ようこそ、は誤送信でした 2

お盆に大渋滞、彼岸トラベル、統合危機


まえがき
「次はもうちょっと空いてから来てくださいね」――そう笑って別れたはずの彼岸トラベルから、まさか半年で緊急召集がかかるなんて、誰が予想できたでしょうか。しかも理由は「お盆の大渋滞」と「ライバル社とのシステム統合障害(ビッグバン移行)」。
前作『ようこそ、は誤送信でした』では、あの世のデジタル化の遅れとオペレーションミスに振り回された主人公・田村誠一ですが、今回は「IT現場で最も恐れられる地獄絵図」に巻き込まれます。
納期優先の無謀な仕様変更、テスト環境と本番環境の乖離、名寄せバグ、タイムゾーンの罠……。社会人なら一度は目にしたことのある「システム障害あるある」を、あの世の繁忙期というシュールな世界観でお届けします。
死後の世界であっても、現場を救うのは最新のAIではなく、泥臭い人間の知恵と「お祭りの屋台の整理券」。しがない会社員・誠一の二度目の奮闘を、どうぞクスッと笑いながらお楽しみください。




第一章 「もうちょっと空いてから」の約束、即死


八月十三日、深夜二時。

田村誠一は、寝室でスマートフォンの異常な振動音に目を覚ました。

着信音は、聞いたことのない、やたら荘厳なパイプオルガンのメロディだった。画面には「彼岸トラベル株式会社(緊急)」の文字。

「……いや、早すぎない?」

半年前、あの世で「次はもうちょっと空いてから来てくださいね」と言い、「了解!」という返事をもらった、あの約束はどこへ行ったのか。

誠一は電話に出た。

「もしもし……」

「田村様! 三途川です! 緊急事態です、至急こちらへ!」

「まだ半年ですよ!? もうちょっと空いてからって言いましたよね!?」

「大変申し訳ございません、状況が状況でして……お盆なんです」

「お盆?」

「はい。年に一度の最繁忙期です。今年は特に、由々しき事態が重なっておりまして……とにかく、来ていただかないと、地球上の生死システムそのものが止まりかねません」

誠一がため息をついた瞬間、天井にいつかの文字が浮かんだ。

「ようこそ!(二回目)」

「……二回目とか律儀に書かなくていいから」

壁に扉が現れ、誠一の身体はまたしても問答無用で吸い込まれていった。



第二章 彼岸トラベル、まさかの大渋滞


半年ぶりの菜の花畑は、以前とはまるで様子が違っていた。

川辺には長蛇の列。渡し船の発着場は満員電車さながらの混雑ぶりで、あちこちで「まだ順番来ないの!?」「予約したのに!」という怒号が飛び交っている。

向こう岸でも同様に、帰省ラッシュのような人だかりができていた。

「な、なんですかこれ……」

出迎えたミサキ課長は、目の下にくっきりとクマを作っていた。

「お盆です。ご先祖様が現世に一時帰省する、年に一度の繁忙期でございます。例年ならなんとか捌けるのですが……」

「今年は違うと」

「はい。今年は、輪をかけて最悪の事態が重なりまして」

その時、遠くの案内所付近で、幽霊らしき人影が困惑した様子でウロウロしているのが見えた。

「あの、すみません、私、もう現世に戻る時間なんですが、ゲートがどこにあるか分からなくて……」

「ちょっと待って、俺も同じ状況!」

「私なんて、三回も同じ受付に並び直してるんですけど!」

誠一が眉をひそめた。

「……なんか、みんな迷子になってません?」

「その通りなんです」

ミサキ課長が肩を落とした。

「実は――弊社、この夏から、同業他社と経営統合いたしまして」

「同業他社?」

「はい。ライバル企業だった『冥土急行株式会社』と、合併したんです」



第三章 現世で起きている珍事件の数々


会議室に案内される道すがら、誠一はモニターに映し出された「現世の状況」を見て絶句した。

ニュース映像には、日本各地――いや世界各地で起きている珍現象が次々と流れていた。

「――大阪のとある家庭では、仏壇から出てきたはずのおじいちゃんの霊が、なぜか現世に居着いてしまい、家族と一緒にテレビを見ながらツッコミを入れる日々を送っているとのことです」

「――ニューヨークでは、心停止から蘇生した患者が『あの世で長い行列に並ばされ、受付の人に謝られて追い返された』と証言し、SNSで同様の体験談が多数投稿され、トレンド入りしています」

「――某遊園地のジェットコースターが原因不明の停止事故を起こした際、乗客の一人が『動いている途中、一瞬、川と菜の花畑が見えた気がした』とコメント」

誠一は思わず頭を抱えた。

「これ、僕らのせいなんですか……?」

「厳密には、合併に伴うシステム統合の不具合です」

会議室の扉を開けると、以前と変わらぬ顔ぶれ――閻魔田局長、そして見知らぬ制服姿の男が待っていた。

「初めまして。冥土急行から出向してまいりました、黒川と申します」

黒川と名乗った男は、いかにも「デキるビジネスマン」といった雰囲気で、名刺代わりにタブレットを差し出してきた。

「弊社の最新AIシステム『冥界オプティマイザーZ』を導入すれば、この程度の混雑、瞬時に解消できますよ」

閻魔田局長が渋い顔をした。

「その『瞬時に解消できる』はずのシステムが、そもそも今回の混乱の原因なんだが」

「いやいや局長、あれはまだ導入初期の一時的な誤差でして」

「一時的にしては規模がデカすぎるだろう」

誠一は、二人のやり取りを聞きながら、なんとなく既視感を覚えた。

(これ、うちの会社でもあったやつだ……新システム導入したはいいけど、現場が全然ついていけてないってやつ……)



第四章 ビッグバン移行、という名の惨劇


事情を聞くと、こういうことだった。

彼岸トラベル社と冥土急行社の合併に伴い、両社の管理システム――片や「アカシックサーバー」、片や「冥界オプティマイザーZ」――を、たった一晩で完全統合するという、いわゆる「ビッグバン移行」が強行されたのだという。

「一晩で全部切り替えたんですか!? テストとかしたんですか!?」

誠一が思わず声を荒らげると、黒川は自信満々に答えた。

「もちろん、テスト環境では問題なく動作を確認しております」

「テスト環境と本番環境って、大体データ量が桁違いに違うんですよ! お盆の繁忙期に、テストもそこそこに全部切り替えるとか、正気ですか!?」

「田村様……もしや、その道のプロでいらっしゃる?」

「いや、平凡な会社員です。でも、うちの会社でも似たようなことがあって、当時のシステム部が半年泣いてました」

閻魔田局長が深く頷いた。

「まさに今、我々が置かれている状況だ。旧システムの利用者データと、新システムの利用者データの『名寄せ』が正しく行われず、あちこちで案内先が重複したり、消失したりしている」

「名寄せ……」

誠一はこめかみを押さえた。会社の基幹システム更新プロジェクトで、散々聞かされた単語だった。

「あの、質問です。今、旧システムと新システム、両方とも生きてるんですか?」

「はい、一応、両方稼働はしております」

「じゃあ、一旦、全部を新システムに寄せるのやめません?」

会議室が静まり返った。



第五章 誠一、再びの提案


「あの、僕、専門家じゃないので偉そうなことは言えないんですけど」

誠一は続けた。

「新システムに全部一気に統合するんじゃなくて、まず一部の地域とか一部の機能だけ新システムに切り替えて、ちゃんと動くか確認しながら、少しずつ広げていくって、できません?」

黒川が眉をひそめた。

「それでは統合完了までに時間がかかりすぎます。経営会議で約束した納期が――」

「納期を守って現場が大混乱するのと、多少遅れてでもちゃんと動くのと、どっちがマシですか」

「……」

「今、世界中で幽霊が家に居着いたり、蘇生した患者さんが変な証言してSNSでバズったりしてるんですよね? これ、納期守って大失敗した方の被害、めちゃくちゃデカいと思うんですけど」

ミサキ課長が小さく手を挙げた。

「あの、僭越ながら、私も『段階的移行』に賛成です。現場としても、一気に全部変わるより、少しずつの方が対応しやすいです」

「私もです」「同じく」「異議なし」

会議室の各所から賛同の声が上がった。黒川は劣勢を悟ったのか、渋々といった様子で頷いた。

「……わかりました。では、段階的統合方式に切り替えましょう。ただし、田村様。言い出しっぺとして、現場の統括をお願いできますか」

「いや、僕、明日普通に仕事あるんですけど!?」

「大丈夫です。こちらの時間軸は、現世の時間とは独立していますので、どれだけ作業しても、現世に戻る時には『一瞬』しか経っていません」

「そんな都合のいい設定、ある!?」

「あるんです、これが」



第六章 現場統括、田村誠一


かくして誠一は、急遽「段階的移行プロジェクト」の現場責任者(非常勤)に任命された。

まず着手したのは、最も混乱がひどい「渡し船の発着ゲート」だった。誠一が提案したのは、拍子抜けするほどシンプルな方法だった。

「とりあえず、整理券配りません? お祭りの屋台とかでよくやるやつ」

「整理券、ですか」

「はい。番号順に呼び出せば、みんな『自分の番はいつか』が分かって、無駄にウロウロしなくて済みます。あと、新システム対象者と旧システム対象者で、窓口を色分けしましょう。赤と青みたいに」

浩二(今回もなぜか助っ人として登場。理由は「暇だったから」)が、誠一の指示のもと、せっせと手作りの整理券を配り始めた。

「まさかあの世で祭りの屋台バイトのノリを再現するとはなあ」

「文句言わずに配ってくれ、浩二」

意外にも、この単純な施策が功を奏した。整理券方式を導入しただけで、発着ゲートの混乱は目に見えて解消していった。

「す、すごい…… こんな単純な方法で……」

黒川が呆然と呟いた。

「これが人間の知恵というものですか」

「いや、そんな大層なもんじゃなくて、単に、お祭りの屋台の知恵ですよ」



第七章 名寄せ大作戦


続いて着手したのは、両システムのデータがバラバラになっている「名寄せ」の問題だった。

誠一のチーム(ミサキ課長、浩二、そして黒川もいつの間にか協力的になっていた)は、丸一日(現世換算では数秒)かけて、地道な確認作業を行った。

「あ、これ見てください。『山田太郎』さんのデータ、旧システムと新システムで、生年月日が一日ズレてます」

「タイムゾーンの設定ミスですね……。冥界標準時と、現世標準時の変換処理が、二重に適用されてる箇所があります」

「あー、あるあるですね、それ。うちの会社の海外支店とのシステム連携でも似たようなバグありました」

黒川が感心したように誠一を見た。

「田村様、本当に専門家ではないんですか」

「本当にただの会社員です。ただ、システムのバグって、業界が変わっても大体似たパターンで起きるんだなって、実感してます」

夜(体感)が更けていく中、少しずつ、少しずつ、混乱は収束していった。

そしてついに――



第八章 クライマックス:最後の大渋滞


移行作業も終盤に差し掛かった、その時。

けたたましい警報が鳴り響いた。

「緊急事態です! 東アジア圏の処理が集中し、システム負荷が限界に達しています! このままではサーバーダウン、全処理が停止します!」

ミサキ課長が青ざめた。

「まずいです……もし今サーバーがダウンしたら、日本、中国、韓国――お盆や旧正月で最も混雑する地域の生死処理が、丸ごと止まってしまいます」

「止まったらどうなるんですか」

「生きるべき人が生死不明のまま放置され、亡くなるべき方が現世に留まり続けます。前回のバグの、比較にならない規模の大混乱になるかと」

誠一は一瞬考え、そして言った。

「……もう一回、電源、落としましょう」

「ま、また電源ですか!?」

「いや、今回は違います。全部落とすんじゃなくて、負荷が集中してる地域の処理だけ、一旦『メンテナンス中』にして、他の地域に処理を分散させましょう。うちの会社のサーバーでも、アクセス集中した時、地域ごとに負荷分散するんです」

黒川が素早くタブレットを操作した。

「――地域別負荷分散、可能です! 実行します!」

サーバー室の光が、一瞬、大きく明滅した。

全員が息を呑んで見守る中――

ピコン。

「負荷分散完了。システム、安定稼働に復帰しました」

会議室に、割れんばかりの拍手が沸き起こった。



第九章 大団円(一応)


翌日(体感)、彼岸トラベル社と冥土急行社の合同会議が開かれた。

閻魔田局長が満足げに頷いた。

「今回の混乱、田村くんの『段階的移行』という提案がなければ、間違いなくもっと大きな事件になっていた。改めて、礼を言う」

黒川も深々と頭を下げた。

「田村様。私、正直に申し上げますと、最初は『素人が何を言っているんだ』と思っておりました。しかし、現場の知恵というものの重要性を、痛感いたしました」

「いや、僕もただ、会社で経験したことを言っただけなので……」

ミサキ課長が微笑んだ。

「田村様。今回の功績を称え、正式に『特別技術顧問』の肩書を追加させていただきます」

「肩書増えるの、正直、荷が重いです」

「ちなみに、お給料はいかがいたしましょう。現世の通貨は使えませんので、代わりに――寿命を、少し延長するというのはいかがでしょう」

「寿命!? そんな大盤振る舞いしていいんですか!?」

「田村様の働きを考えれば、妥当な対価かと」

誠一はしばし考えて、首を横に振った。

「いや、それは結構です。長生きするより、今ある時間を、ちゃんと大事に生きる方がいいので」

会議室が、しんと静まり返った。

「……田村様、なかなか良いことを仰いますね」

「僕にしては珍しく」

浩二が茶化すように笑った。

「セイイチ、お前、あの世で説教くさいこと言うようになったな」

「うるさいぞ浩二」



第十章 帰還、そして次の予感


「では田村様、お戻りいただきます」

見慣れた扉が誠一の前に現れた。

「あの、一つだけ聞いていいですか」

「なんでしょう」

「次は、本当に、いつになったら呼ばれるんですか」

ミサキ課長は、少し困ったように笑った。

「実は……年末年始も、繁忙期でして」

「え」

「大晦日から三が日にかけて、初詣やらお正月やらで、また混雑が予想されておりまして……」

「もうちょっと空いてからって言ったじゃないですか!」

「申し訳ございません、こればっかりは業界の宿命と申しますか……」

誠一は深いため息をついた後、諦めたように笑った。

「……まあ、いいです。次何かあったら、また呼んでください」

「よろしいんですか」

「なんか、憎めないんですよね、この仕事」

扉をくぐる直前、浩二が最後にこう言った。

「セイイチ、次は正月だな。おせち持ってきてくれよ」

「あの世におせちの概念あるのか」

「ないから、お前が持ってきてくれって言ってるんだよ」

「無茶言うな」



終章 平凡な日常、時々、非日常


八月十四日の朝。

誠一は自室のベッドで目を覚ました。時計を見ると、電話がかかってきたのとほぼ同じ時刻だった。ミサキ課長の言う通り、現世ではほとんど時間が経っていなかったらしい。

「……夢じゃ、ないんだよなあ、これ」

スーツのポケットには、新しい名刺が増えていた。

「彼岸トラベル株式会社/冥土急行株式会社 統合特別技術顧問 田村誠一様」

裏には、走り書きでこう添えられていた。

「次回は年末年始を予定しております。おせちの持参は不要です(浩二様のジョークです、真に受けないでください)。――三途川ミサキ」

誠一は小さく笑うと、名刺を財布にしまい、いつも通り出勤の支度を始めた。

満員電車に揺られながら、彼はふと思った。

(あの世も、結局、人手不足とシステムトラブルに悩まされてるんだよな……)

なんだか、少しだけ、親近感が湧いた。

そして年の瀬、大晦日の夜。誠一のスマートフォンが、再び荘厳なパイプオルガンの音を鳴らし始める――

― 続く(かもしれない) ―



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あとがき

前作に続き、またしても「あの世のトラブル」に巻き込まれてしまった誠一ですが、彼自身も気づかないうちにどんどん「優秀なITコンサルタント」のような頼もしさを発揮していく姿を描くのがとても楽しい執筆作業でした。
特に気に入っているのは、誠一が寿命の延長という破格の報酬を断るシーンです。「長生きするより、今ある時間を大事に生きる」という言葉は、残業やシステム障害に追われる現代社会への、私なりのささやかなメッセージでもあります。
結局、年末年始の繁忙期にも駆り出されそうな気配を残して物語は幕を閉じましたが、きっと誠一なら大晦日の夜も、なんだかんだ文句を言いながらパイプオルガンの着信音に応じるのでしょう。
現実の仕事でトラブルに直面したとき、「まあ、あの世でも似たようなバグで揉めてるしな」と、少しでも皆様の心が軽くなるような作品になれていれば幸いです。
それでは、また「大晦日・初詣ラッシュ編」でお会いしましょう!