刻堕とし 二十 〜粗忽長屋異聞・終いの継ぎ目〜 完結編

古典落語「粗忽長屋」より


まえがき
「粗忽長屋」という噺は、落語の中でも屈指の、突き抜けた不条理噺である。粗忽者――そそっかしい八五郎が、浅草の観音様の境内で、行き倒れの死人を見物する人だかりに行き当たる。死人の顔を覗き込んだ八五郎は、驚いてこう言い出す。
「こいつは、おれの長屋の熊公じゃねえか」
騒ぎを聞きつけた当の熊公を長屋から引っ張り出し、死人の前に連れてくると、八五郎は熊公にこう言い聞かせる。「お前は死んでるんだよ。ほら、これがお前の死骸だ」。熊公は最初こそ面食らうが、生来の粗忽さも手伝って、次第に「そういえば、自分は死んでいるのかもしれない」と思い込み始め、しまいには自分の死骸を、自分の手で抱き上げて、長屋まで運ぼうとする。
そして、噺はあの有名な一言で幕を閉じる。
「抱かれているのは確かにおれだが、こうして抱いているおれは、一体誰なんだろう」
この噺の凄みは、単なる勘違いや粗忽の可笑しさに留まらない。自分が自分であることの根拠を、他人の言葉一つで、いとも簡単に手放してしまう人間の危うさを、突き抜けた不条理の中に描き出しているところにある。
継ぎ目守の圭馬と弥七が、これまで十九の噺を渡り歩いてきた、その最後に待っていたのが、この噺だったのは、あるいは必然だったのかもしれない。皿屋敷の井戸から始まり、目黒の秋刀魚、宿屋の仇討、居残り佐平次、時そば、元犬、紙入れ、松山鏡、まんじゅう怖い、火焔太鼓、芝浜、お血脈、文七元結、寿限無――幾多の型崩れを継ぎ直してきた継ぎ目守自身が、ここで初めて、自分自身の輪郭を問われることになる。




一 継ぎ目守、終いの報せ
いつものように、圭馬の傍らの鏡面が揺れた。だが、その揺れ方は、これまでのどの継ぎ目とも違っていた。まるで、鏡そのものが、深く息をついているようだった。
継ぎ目守圭馬へ。演目「粗忽長屋」における『自分が自分であることの根拠』の型に、これまで継ぎ直してきたすべての型崩れの残滓が、収束しつつある事案を確認。これが、当面の最後の継ぎ目となる見込み。至急現地調査されたし。
「これが、当面の最後の継ぎ目、か」
圭馬が鏡面の文字を読み上げると、弥七がいつになく静かな面持ちで立っていた。
「旦那、とうとう来ちまいましたね。……これまでの型崩れの残滓が、みんな集まってきてるってのは、穏やかじゃありやせん」
「弥七、行くぞ」
「へい」



二 浅草、行き倒れの死人
継ぎ目を抜けると、そこは浅草の観音様の境内だった。人だかりの向こうに、筵をかけられた行き倒れの死人が横たわっている。
粗忽者の八五郎が、人垣をかき分けて死人の顔を覗き込んだ。
「あっ、こいつは、おれの長屋の熊公じゃねえか。かわいそうに、行き倒れちまったか」
八五郎は駆け出し、当の熊公を長屋から引きずり出してきた。
「熊、大変だ。お前は死んでるんだよ」
「な、なんだって。おれが、死んでる、だと」
熊公は困惑した様子で、死人の前に連れてこられた。圭馬と弥七は、その一部始終を物陰から見守っていた。
「弥七、噺の型どおりだ。だが、あの死人の顔、心なしか、見るたびに輪郭がぼやけていかないか」



三 これが俺だ
「ほら、よく見ろ。これがお前の死骸だ」
八五郎に言われるがまま、熊公は死人の顔をまじまじと見つめた。
「言われてみりゃあ……たしかに、おれの顔にも見えてきた」
「そうだろう、そうだろう。お前は、いつの間にか死んじまってたのさ」
熊公は次第に、自分が死んでいるという八五郎の言葉を、疑いもなく信じ込み始めた。
圭馬は眉を寄せた。
「弥七、これも噺の型どおりのはずだ。だが……この後の展開、ずいぶんと様子が違ってきてる気がする」



四 止まらぬ問い
本来ならば、熊公が自分の死骸を抱き上げ、「抱かれているのは確かにおれだが、抱いているおれは、一体誰なんだろう」という、あの有名な一言で締めくくられるはずだった。
だが、熊公は死骸を抱き上げたまま、いつまで経っても、その先へ進もうとしなかった。
「抱かれているのは、おれだ。……だが、抱いているおれは……おれは、いったい……」
同じ問いを、何度も何度も、熊公は繰り返していた。あたりの喧騒が、少しずつ遠のいていく。
「弥七、まずいぞ。この問いが、これまでの型崩れすべての、行き着く先だったんだ」



五 幾千の境内、収束する残滓
圭馬が継ぎ目守の証を掲げると、境内の景色が透け、その奥に、これまで訪れてきたすべての継ぎ目の残像が、幾重にも折り重なって見えた。
皿屋敷の井戸、目黒の丘、宿屋の一室、品川の帳場、夜鳴きそばの屋台、稲荷の社、商家の寝間、松山の村、若い衆の座敷、大名屋敷、芝の浜辺、閻魔庁、大川端の橋、寺の門前――それらすべての残滓が、まるで川が海に注ぎ込むように、この浅草の境内へと集まってきていた。
「弥七、見ろ。これまでの型崩れの向こうにいた奴ら――皿嘗女郎、勘定大蛇、刻喰らい、祈願喰らい、確定喰らい、鏡喰らい、恐怖喰らい、値上喰らい、夢喰らい、極楽喰らい、捨て身喰らい、名呑喰らい――そのすべての残り滓が、ここに集まってきてやがる」
「まさか、こいつら全部が、繋がってたってんですかい」



六 名も無き、終いの正体
境内の中心、幾千の残像が渦を巻く先に、これまで見てきたどの怪異とも似ていない、輪郭すら定かでない、ただの淡い揺らぎのような存在が、静かに佇んでいた。
「継ぎ目守か。……この身に、名は無い。お前たちが継ぎ直してきた、それぞれの型崩れの、その根っこにあった、ただ一つの問い――『自分が自分である証は、何なのか』。その問いそのものが、幾百幾千の写しを渡り歩くうちに、寄り集まって、ここに至った」
「お前が、あれもこれも、みんな引き起こしてたってのか」
「いいや、違う。この身は、引き起こした者ではない。……この身は、お前たち自身が、これまで繰り返し繰り返し、問い続けてきたものの、成れの果てだ」



七 弥七の言葉
圭馬は、その言葉に、ふと足元が揺らぐのを感じた。
「弥七……俺は、本当に、最初の継ぎ目守なのかな。これまで、幾つもの噺を渡り歩いてきた。だが、もしかしたら俺自身も、誰かが継ぎ直した、写しの一つに過ぎないのかもしれない」
「旦那……」
弥七は、しばし黙り込んだあと、静かに、しかしはっきりと口を開いた。
「旦那、それを言うなら、あっしだって同じことでさ。あっしが本物の弥七なのか、写しの弥七なのか、そんなこたぁ、正直、あっしにも分かりやしません」
「弥七……」
「ですがね、旦那。あっしが知ってるのは、こういうことでさ。お菊さんの涙を、一緒に見た。居残り佐平次の啖呵を、一緒に聞いた。松山の鏡に映った旦那の顔を、あっしはちゃんと、そこにいて見てた。……それが、写しだろうと本物だろうと、あっしにとっちゃ、紛れもない、旦那と過ごしてきた刻でさ」



八 自分である証
熊公が、死骸を抱いたまま、なおも問い続けている。
「抱かれているのは、おれだ。……だが、抱いているおれは……」
圭馬は、熊公の傍らに歩み寄り、静かに声をかけた。
「熊公さん、その答えは、もう出てるはずだ」
「な、なんだって」
「あんたが今、迷いながらも、その死骸を大事に抱きかかえてる。その手の温もり、その困惑、その優しさ――それこそが、あんた自身の証だ。死んでるのが誰だろうと、抱いてるのが誰だろうと、そんなことは、二の次でいい」



九 終いの啖呵
圭馬は、名も無き揺らぎに向き直った。
「お前の問いに、答えてやろう。自分が自分である証ってのはな、生まれの一点にあるんじゃねえ。積み重ねてきた刻、共に過ごしてきた誰か、その積み重ねの中にこそあるんだ」
「戯言を。積み重ねなど、いくらでも書き換えられる。写しは写しに過ぎぬ」
「いいや。書き換えられねえもんが、一つだけある。……弥七が、今この瞬間、俺の隣に立って、俺を見ていてくれる。その事実だけは、誰にも書き換えられねえ」
圭馬は懐から継ぎ目守の証を掲げ、境内に渦巻く幾千の残像すべてに向けて、力強く語りかけた。
「皿屋敷のお菊さんも、居残りの佐平次も、元犬のシロも、松山の娘も、みんな、自分が自分であることに、迷いながらも、答えを見つけてきた。誰かに見ていてもらえること、誰かのために手を伸ばせること――それが、自分自身の輪郭ってもんだ」



十 型を取り戻す
圭馬の言葉が、幾千の残像すべてに染み渡っていくと、名も無き揺らぎは、少しずつ、その輪郭を失っていった。
「そうか……この身は、問いそのものであった。答えを得れば、問いである意味も、失われる」
揺らぎは、悲しむでもなく、恨むでもなく、ただ静かに、朝靄が晴れるように、消えていった。
熊公は、抱いていた死骸をそっと下ろすと、大きく息をついた。
「なんだか、無性に腹が減ってきたな。おい八五郎、飯でも食いに行こうじゃねえか」
「お、おう。お前、もう死んでるってこたぁ、いいのか」
「なあに、腹が減るってこたぁ、生きてる証だろうよ」
二人は笑いながら、境内を後にしていった。



十一 弥七との対話
境内に静けさが戻ると、圭馬は弥七と並んで、朝焼けの空を見上げた。
「弥七、済まなかったな。柄にもなく、迷っちまって」
「なあに、旦那らしくもねえって思いやしたが、まあ、こういう日もあるでしょうよ」
「これで、当面の継ぎ目は、終いってことらしい」
「へい。……旦那、これから先、あっしらはどうなるんでしょうね」
圭馬はしばし考えて、にやりと笑った。
「さあな。だが、また新しい型崩れが起きりゃ、俺たちはまた呼び出されるだろう。その時は、また一緒に行こうじゃないか」
「そりゃもう、望むところでさ」



十二 高座にて、終いの一席
気づけば圭馬は着物姿で高座に座っていた。だが、この日はどこか、いつもと違う静けさが、寄席の空気を包んでいた。
「というわけで、粗忽長屋の熊公さん、自分が死んでるんだか生きてるんだか、最後まで分からずじまいでございました。ですが、腹が減るってこたぁ、生きてる証だってんで、笑って幕を閉じることになりました。……さて、あっしらもこうして、幾つもの継ぎ目を渡り歩いてまいりましたが、自分が自分である証ってやつは、案外、こういう小さな積み重ねの中にあるのかもしれません」
圭馬は、扇子をとんとんと畳に置き、客席をゆっくりと見渡した。
「お菊さんの涙も、居残り佐平次の啖呵も、元犬のシロの一途さも、松山の娘の亡き父を思う心も、みんな、誰かに見ていてもらえたからこそ、ちゃんと自分自身でいられたんでございましょう。……あっしも、こうして皆様に見ていただいたからこそ、圭馬という一人の継ぎ目守で、いられたのかもしれません」
弥七が、高座の袖から、そっと頭を下げた。
「長らくのご贔屓、ありがとうございました。今日はこの辺りで、お後がよろしいようで」
客席から、これまでで一番大きな、盛大な拍手が沸き起こった。






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あとがき
本作をお読みいただきありがとうございました。刻堕としシリーズも、この二十作目をもって、一つの区切りを迎えることとなりました。
シリーズを通じて、お菊の皿、目黒のさんま、宿屋の仇討、居残り佐平次、時そば、元犬、紙入れ、松山鏡、まんじゅう怖い、火焔太鼓、芝浜、お血脈、文七元結、寿限無と、実に多彩な古典落語の型に挑んでまいりました。それぞれの噺には、それぞれの型崩れと、それぞれの怪異がおりましたが、振り返ってみれば、そのどれもが、根っこのところで「自分が自分である証は何か」「誰かのために何かを手放す、あるいは差し出すとはどういうことか」という、一つの太い幹に繋がっていたように思います。
最終話「粗忽長屋」は、その太い幹そのものを、正面から見つめ直す物語として書きました。継ぎ目守の圭馬自身が、自分の輪郭に迷い、それを弥七の言葉が支えるという構図は、十三作目「松山鏡」で描いたテーマの、いわば集大成です。写しであろうと本物であろうと、積み重ねてきた刻と、隣にいてくれる誰かの存在こそが、自分自身の確かな証になる――そんな結論に、シリーズ全体の答えを込めたつもりです。
圭馬と弥七のこれからについては、あえて明確な終わりを描かず、「また型崩れが起きれば、また呼び出されるだろう」という、開かれた余韻を残しました。江戸の噺というものが、時代を超えて何度も語り直されてきたように、この継ぎ目守たちの物語もまた、いつかまた、どこかの継ぎ目で、静かに再開するのかもしれません。
長きにわたり、このシリーズにお付き合いいただき、誠にありがとうございました。それでは、また、いつかの継ぎ目でお会いしましょう。