『一曲だけの青春
―夢の中で、僕はもう一度、青春をやり直した―』 



第二十二幕 「完」の翌日
第二〇一章 終わったはずなのに
物語というものは、作者が「おしまい」と書いたところで本当に終わるとは限らない。少なくとも、僕の場合はそうだった。 
ノートを閉じ、ギターを壁に立てかけてから妻に言った。
「YaYaは、これで終わり」 
テレビを見ながら、妻はあっさりと答える。
「あっ、そう」
「感動しないの?」
「何に?」
「いや、この物語が」 
妻は僕を振り返った。
「あなたの話でしょ? だったら、終わるわけないじゃない」 
なるほど、妻は時々妙に鋭い。僕は黙ってテレビを見ることにした。 

第二〇二章 知らない番号
その夜、午前一時に電話が鳴った。嫌な予感がする。最近、この時間に鳴る電話にろくなものはない。 
「もしもし」
『もしもし』
若い女性の声だ。 
「どちら様ですか?」
『YaYaの者です』 
絶句して電話を切ったが、すぐにまた鳴る。出ずにいると何度も鳴り続け、妻が目を覚ました。 
「出ないの?」
「怖い」
「何が?」
「YaYa」 
妻は笑って「出なさいよ」と促した。僕は仕方なく受話器を取る。 
「もしもし」
『切らないでください。苦情です』
「苦情? 誰からですか」
『お客さんからです。あなたが物語を勝手に終わらせたので』
「……誰ですか?」
『読者です』 
横で妻が吹き出した。 

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第二十三幕 YaYa読者会議
第二〇三章 店に呼ばれる
翌朝、スマホにメールが届いた。 
件名:YaYa緊急読者会議のお知らせ
本文:昨夜の件について、一度お話し合いをしたいと思います。
場所:YaYa
時間:雨が降ったら
持ち物:特になし
※作者本人の参加を強く希望します。 
妻に見せると、真顔で言われた。
「行ってきなさい」
「どこへ?」
「YaYa。雨が降れば分かるんでしょ?」 
その日の夕方、雨が降った。 

第二〇四章 読者たち
午前二時十三分、駅裏へ向かうと確かに「YaYa」があった。
ドアを開けるとカランと音が鳴り、店内には大勢の人がいた。若い女性、老人、サラリーマン、学生、子供。そして先輩、祖父、教授、原さん、桑田さんの姿もあった。 
「何ですか、これ」
桑田さんが手を挙げる。
「読者会議」
「誰が読者です?」
「全員」
「僕も?」
「お前は作者」 
先輩が口を挟む。
「つまり、一番立場が弱い」
「何でですか」 
教授が出した黒板には、大きくこう書かれていた。 
【議題:なぜYaYaを終わらせたのか】 
「物語だからです」と答えると、教授は首を振った。
「違う。人生だからだ」
僕は黙り込んだ。 

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第二十四幕 終わらない理由
第二〇五章 原さんの反論
原さんが手を挙げた。
「私、一つ言いたい。最後に『完』って書いたでしょう? あれ、気に入らないの。だって私たち、まだ生きてるじゃない」
「夢の中ですけど」
「夢だからって勝手に殺さないでよ!」 
桑田さんも「そうだよ、俺まだギター弾きたいし」と乗っかり、先輩も「俺もまだ教授に怒られたい」と続く。「それはもう十分だ」と教授が返すと、店内に笑いが起きた。 
すると、祖父が静かに言った。
「物語が終わるのは、作者が決めることじゃない。読んだ人が続きを生きたとき、初めて終わるんだ」 

第二〇六章 読者の一人
店の隅から見覚えのない四十代ほどの女性が立ち上がった。 
「私、この物語を読んで、二十年ぶりに友達へ連絡したんです。大学時代に一緒に音楽をやっていたけれど、喧嘩してそれきりだった友達に。会って、一緒に一曲だけ歌いました。だから私にとって、この話は終わっていません」 
店内が静まり返る。続いて「俺も」「私も」「僕も」と次々に手が上がり、店の中はどんどん賑やかになっていった。 

第二〇七章 僕が知らないYaYa
気づいた。僕がYaYaを書いたけれど、完成させたのは僕ではなく読んだ人たちだ。誰かが昔の友達に会い、ギターを買い、家族に謝り、夢を思い出し、恋をする。それぞれが自分の人生で続きを書いている。YaYaは物語ではなく「現象」なのだ。 
「で? 次どうする? 作者だろ」と桑田さんに突っ込まれ、僕は頭を抱えた。
「もう書くことないですよ」 
みんなが笑う中、先輩が言った。
「じゃあ俺の話を書け。単位不足の話はまだまだある!」
教授まで「確かにまだあるな」と乗っかり、再び大爆笑が起こった。 

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第二十五幕 先輩の青春
第二〇八章 六年目の秘密
先輩がギターを置いて明かした。
「実は六年目に大学を辞めようと思ってた。卒業できる単位なんてなかったんだが……好きな女がいた」 
相手は音楽が好きで、卒業したら就職すると聞いて大学に残ったのだという。
「馬鹿だろ?」と笑う先輩に「かなりですね」と返したが、その女性が結婚した相手を聞いて驚いた。先輩の視線の先にいたのは桑田さんだった。 
原さんがため息をつく。
「だから昔から面倒なのよ」 

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第二十六幕 笑ってしまう過去
第二〇九章 四十年前の三角関係
聞けば聞くほどくだらなく、でも少し切ない。先輩も桑田さんも当時は本気で、原さんは二人を馬鹿だと思っていたらしい。 
格好よくも綺麗でもなく、失敗だらけで嫉妬や後悔が混ざり合ったもの。けれど後から思い出して笑える、それこそが青春なのだと思った。 

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第二十七幕 最後の一曲
第二一〇章 あの日の講堂へ
突然店内が明るくなり、壁が消えてあの日の講堂が現れた。僕も先輩も桑田さんも原さんも若返り、満員の客席にはこれまでYaYaに関わった何千もの人々がいた。 
ステージ中央のギターを持ち、「何を弾けば?」と尋ねると、桑田さんが笑った。
「好きなように」 
最初の音を鳴らすと、誰かが歌い、手拍子が起き、音が重なっていく。知っている人も知らない人も、生きている人も死んだ人も、全員で音を出している。 

第二一一章 YaYaの正体
YaYaは店でも夢でも場所でもなく、「一緒に笑える場所」そのものだった。人生で一度、誰かと音が合う。たったそれだけの奇跡。 
曲が終わり大きな拍手の中で顔を上げると、客席に妻や子供、孫、ひ孫の姿があった。その中で立ち上がったギターを持つ若い人に、僕は笑って言った。 
「次、どうぞ」
「はい」 
僕はステージを降りた。 
終章 「完」の取り消し
翌朝目を覚ますと、ノートの最後のページにあった「完」が消え、僕の字でこう書き直されていた。 
『「完」を取り消す。YaYaは、次の人が続きを書く』 
僕はペンを取り、最後に一言添えた。 
『では、次の一曲へ』 
雨の中を再びYaYaへ向かうと、ドアの向こうで店主が言った。
「今日は、お前が店主だ」 
カウンターには一杯のコーヒーとギター、そして『YaYa 第1章 最初の客』と書かれた新しいノート。
そこへ雨に濡れた疲れた顔の客が入ってきた。 
「ここ、何の店ですか?」
「一曲だけ、人生を休む店です」 
ノートの終わりに『明日の朝、知らない女の子が来る』と新しい文字が浮かぶのを見ながら、僕は笑った。YaYaの物語は終わらない。終わらないからこそ面白いのだ。 
――次の一曲へ。

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第二十八幕 カセットテープ
第二一二章 雨の少女
翌朝。雨は、まだ降っていた。
僕はYaYaのカウンターで、コーヒーを飲んでいた。
店主になってから何日経ったのか、分からない。というより、時間そのものがここではあまり意味を持たないのだ。
時計を見る。午前十時。
次に見ると、午後四時。
その次には、午前二時。
なのに、コーヒーは一度も冷めない。変な店だ。
(まあ、夢だから仕方ない)
そんなことを考えていると、カランとドアが開いた。
女の子が入ってきた。十七歳くらい。制服、濡れた髪、小さなリュック。そして、古いカセットテープを一つ握りしめている。
僕は言った。
「いらっしゃい」
女の子は黙っている。
「どうしたの?」
しばらくして、彼女は言った。
「これを、返しに来ました」
「誰に?」
「あなたに」
僕は自分を指差した。
「僕?」
彼女は頷く。
「はい」
そして、カセットテープをカウンターに置いた。

第二一三章 名前
テープには手書きでこう書いてあった。
――『YaYa 1976』
僕は固まった。
「一九七六年?」
女の子は頷いた。
「そうです」
「誰の?」
「分かりません」
「じゃあ、どうして僕に?」
女の子は少し困った顔をした。
「おじいちゃんが、亡くなる前に……私にこれを渡して」
「……何て?」
女の子は小さな声で言った。
「『YaYaへ持っていけ』って」
僕はカセットを見つめた。
「おじいさんの名前は?」
女の子が答える。その名前を聞いた瞬間、僕は椅子から立ち上がった。
僕の祖父の、古い友人だった。

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第二十九幕 1976年
第二一四章 再生
店の奥から古いカセットデッキを取り出した。なぜそんなものがあるのか分からない。でも、YaYaには何でもある。
テープを入れる。カチッ。再生。
ザーッ……。
最初は雑音。そして、若い男の声。
『……聞こえるか?』
僕は息を止めた。
『もし、このテープを誰かが聴いているなら』
少し笑う声。
『たぶん、俺はもういない』
僕は女の子を見る。彼女は黙っている。声が続く。
『でも、それでいい。人間なんていつか死ぬ。問題はその後だ』
カセットの向こうで、ギターが一音。ポーン。
『誰かが、続きをやってくれるかどうか』
僕の背中に寒気が走った。この言葉、聞いたことがある。YaYaの言葉だ。

第二一五章 若い祖父
声は続く。
『一九七六年。俺は大学生だった』
僕は驚いた。祖父の若い頃だ。
『友達がいた。ものすごく馬鹿な奴だった』
僕は思わず笑った。
「先輩だ」
女の子が首をかしげる。
「え?」
「いや、何でもない」
テープの中の声が続く。
『そいつは大学を六年もやった』
僕は吹き出した。女の子も笑う。
『卒業する気があるんだか、ないんだか。でも、ギターだけは好きだった。ある夜、俺たちは渋谷の小さな店にいた』
その店の名前――YaYa。僕は息を呑んだ。
『そこで、一人の男と出会った』
桑田さんの名前が出るかと思った。しかし出なかった。代わりに別の名前――僕は知らない名前だった。

第二一六章 最初のYaYa
『そいつは店の主人だった。年齢は俺たちより少し上。何者なのか、最後まで分からなかった。ただ、一つだけ言った』
テープが一瞬途切れる。ザーッ。そして、男の声。
『君たちはいつか、人生で一曲だけ大切な曲を弾く。その曲を誰かに渡せ。その人がまた誰かに渡す。それがYaYaだ』
女の子が僕を見る。
「……これ」
僕は頷いた。
「僕も、同じことを聞いた」
彼女は驚いた顔をする。
「いつ?」
「夢で」
女の子が黙った。

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第三十幕 夢を見る家系
第二一七章 彼女の夢
女の子がぽつりと言った。
「私もです」
「何を?」
「YaYaの夢。小さい頃から、時々見るんです」
「どんな夢?」
「雨の夜、お店に入るんです」
「うん」
「そこに知らない人がいるの」
「どんな人?」
彼女は少し考えた。
「毎回違います。……でも最後に、必ず同じことを言われます」
僕は聞いた。
「何て?」
彼女は僕を見て、言った。
「『一曲だけ』」
僕は笑った。
「やっぱり」
彼女も笑った。

第二一八章 祖父からの伝言
テープがまた再生される。
『もしこれを聴いているのが俺の孫なら――』
僕は固まった。
『一つだけ伝えておく』
音楽が小さく流れている。
『人生で一番大切なことは、成功することじゃない。有名になることでもない。金を持つことでもない。誰かと、同じ曲を一度でも弾くことだ』
僕は目を閉じた。祖父の顔が浮かぶ。
『それだけで、人間は何十年でも生きていける。だからもし、お前がこのテープを聴いているなら――誰かに一曲、渡せ』
そこで録音が終わった。

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第三十一幕 祖父の青春
第二一九章 知らなかった過去
女の子が聞いた。
「あなたのおじいさん?」
「たぶん」
「たぶん?」
「僕は、この話を知らなかった」
女の子が笑う。
「じゃあ今、知ったんですね」
僕は頷いた。
「そうだね」
「よかった」
「何が?」
「おじいちゃん、ずっとこれを誰かに渡したかったみたいだから」
僕はカセットを手に取った。
「君はどうしてこれを持ってきたの?」
女の子は答えた。
「おじいちゃんが言ったんです。『雨が降ったらYaYaへ行け』って」
僕は笑った。
「おじいさん、本当に知ってたんだな」
「何を?」
「この店」
女の子は首を傾げる。
「この店、昔からあるんですか?」
僕は店内を見回した。
「分からない。……たぶん、ずっと」
女の子が笑った。

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第三十二幕 写真
第二二〇章 壁の写真
その時、女の子が壁を見た。
「あれ?」
「どうした?」
「あの写真」
僕も見る。一枚の古い白黒写真。大学の前、若い男たち、ギター。
その中央に、僕の祖父。そして隣には若い先輩。さらに、もう一人知らない男。三人の後ろにはYaYaの看板。
僕は近づいた。写真の裏に文字が書かれている。
――『1976年 最初の一曲』
僕は写真をひっくり返した。その瞬間、写真の中の三人が動いた。
「……え?」
祖父が顔を上げる。写真の中から声が聞こえた。
『おい』
僕は後ずさった。
「誰?」
写真の中の祖父が笑う。
『お前、遅いぞ』
「……」
『ずっと待ってた』
僕は笑いながら泣いた。

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第三十三幕 1976年の僕
第二二一章 祖父との再会
写真の中、祖父が僕を見る。
『大きくなったな』
僕は笑う。
「とっくに大人ですよ」
『そうか』
「じいちゃん」
『何だ?』
「どうして何も教えてくれなかったの?」
祖父は少し黙った。
『教えたら、お前が夢を見なくなるだろ。だから待ってた』
「何を?」
祖父は笑った。
『お前が自分でここへ来るのを』
僕は写真に手を伸ばす。触れられない。でも、温かい。
「じいちゃん」
『ん?』
「ありがとう」
祖父は笑った。
『礼はいらん。……次の奴へ渡せ』
僕は頷いた。

第二二二章 先輩の若い頃
若い先輩が写真の中から口を挟む。
『おい』
僕は笑う。
「何です?」
『俺の話、勝手に作るなよ』
「作ってません」
『じゃあ、六年生の話もか?』
「事実でしょう」
『余計なことを……』
祖父が笑う。
『こいつは昔から見栄っ張りだった』
先輩が返す。
『お前もだろ』
祖父が言う。
『俺は違う』
僕が言った。
「二人とも同じです」
二人揃って言った。
『お前に言われたくない!』
僕は吹き出した。女の子も笑った。写真の中、三人が笑っている。
不思議だった。死んだ祖父と、若い先輩と、今の僕が同じ場所で笑っている。時間など、本当はそんなにきっちり分かれていないのかもしれない。

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第三十四幕 四人目のYaYa
第二二三章 新しい店主
女の子が言った。
「私も、一曲弾いていいですか?」
「もちろん」
彼女はギターを受け取った。少し震えている。
「下手です」
僕は笑った。
「僕も」
「本当?」
「本当」
「じゃあ、安心しました」
彼女が弾く。ポーン。少し外れる。でも、綺麗だった。
写真の中、祖父が笑っている。先輩も笑っている。そして僕も笑う。
曲が終わる。彼女が僕を見る。
「どうでした?」
僕は言った。
「最高」
「本当に?」
「うん」
「じゃあ、次は?」
僕は少し考える。
「次は、君が誰かに渡すんだ」
彼女は頷いた。
「分かりました」

第二二四章 では、店主を交代します
突然、店の照明が全部消えた。真っ暗。
そして一つだけ灯る。カウンター。そこに新しい鍵が置いてある。
僕はそれを見る。女の子も見る。
「これ、何ですか?」
僕は分かってしまった。
「店主の鍵。……たぶん、君の」
彼女は驚く。
「私?」
「そう」
「でも、私まだ高校生です」
「僕だって最初は大学生だった」
「それでも?」
「それでも」
彼女は鍵を取った。その瞬間、店の壁に新しい文字が浮かぶ。
――『YaYa 四代目店主』
僕は笑った。
「四代目か」
女の子が聞く。
「初代は?」
僕は写真を見る。祖父、その隣に若い男。そして、さらにその前に誰かがいる。知らない顔だ。初代なのだろう。
僕は思った。YaYaにはもっと、もっと長い歴史がある。

ーーーーーーーーーー

第三十五幕 初代
第二二五章 階段の下
女の子が鍵を握ったまま言った。
「初代の人、どこにいるんでしょう?」
その瞬間、店の奥からカランと何かが落ちる音がした。
僕たちは顔を見合わせる。
「行ってみます?」
「うん」
奥へ進む。古い階段。下へ、下へ。地下。扉。
僕は開ける。そこには大量のギター、古い写真、カセットテープ、手紙。そして壁一面に、何百人、何千人という名前が書かれていた。名前の横には小さな丸。
そして最後に大きな文字。
――『YaYaを訪れた人』
僕は息を呑んだ。
「これ、全部……」
女の子が呟く。
「お客さん?」
僕は頷く。その中に僕の名前、祖父の名前、先輩の名前、桑田さん、原さん、そして女の子の名前。まだ来たばかりなのに、もう書いてある。
僕がその下を見ると、さらに一つ名前があった。まだ知らない名前。その横には大きな丸。
女の子が聞く。
「この人、誰?」
僕は答えられない。その時、地下の奥から男の声がした。
『俺だよ』
僕たちは振り返った。

第二二六章 初代YaYa
暗闇から一人の男が出てくる。年齢は分からない。若くも見えるし、老人にも見える。白いシャツ、ギター、そして笑顔。
「やっと来たな」
僕は聞いた。
「あなたが……?」
男は頷く。
「初代YaYa」
女の子が聞く。
「何歳ですか?」
男は笑う。
「さあな」
「分からないんですか?」
「時間を数えるのをやめたからな」
僕は苦笑する。
「何でこんな店を?」
男はギターを構えた。
「一曲、聴くか?」
僕は笑った。
「また一曲ですか?」
「YaYaだからな」
男が弾く。ポーン。
その一音で地下室の壁が全部消えた。東京、渋谷、昭和、平成、令和、そしてまだ来ていない未来。無数の人間が一斉に同じ音を聴いている。
男が言った。
「これが、YaYaだ」
僕は聞いた。
「何なんですか、ここは?」
男は笑う。
「人間が時間を越えて会うための場所だ」
僕は息を呑む。
「じゃあ、僕たちは……」
「お前たちは、その続きをやる」
女の子が鍵を見る。男は言った。
「店主をよろしくな」
僕は驚いた。
「僕じゃない?」
男は笑う。
「もうお前の役目は終わった。今度は客になれ」
僕は笑った。
「客?」
「そう」
「何をすれば?」
初代YaYaはギターを差し出した。
「一曲、聴いていけ」
僕はギターを受け取る。そして思った。
(ああ、これでいい)
人生はいつか主役を降りる。でも、物語から降りる必要はない。誰かが次の主役になる。自分は客席から拍手をすればいい。
僕はギターを女の子へ渡した。
「次、君」
彼女が笑う。
「はい」
そして、YaYaの灯りがまた一つ点いた。
ポーン。
遠くで誰かが笑った。
『よっ』
僕も笑った。
「よっ」
――そしてまた、新しい一曲が始まった。

続く… はず





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