『一曲だけの青春
―夢の中で、僕はもう一度、青春をやり直した―』
第十四幕 死んだあとのライブ
第一七一章 百歳の僕
夢の中で。僕は百歳になっていた。
鏡を見る。白髪。皺。背中は少し曲がっている。でも、ギターだけはまだ持てる。
不思議だった。現実の僕はまだそんな年齢ではない。なのに夢の中では完全に百歳の自分だった。
妻もいる。子供も、孫も、ひ孫も。
そして、そのひ孫が僕に聞く。
「ひいじいちゃん」
「ん?」
「YaYaって、何?」
僕は笑った。
「さあ」
「知らないの?」
「知ってるけど、説明するのが難しい」
「じゃあ、弾いて」
僕はギターを取った。
「一曲だけ?」
ひ孫が笑う。「うん」
僕も笑った。「じゃあ、一曲だけ」
弦を弾く。ポーン。
第一七二章 百歳の誕生日
百歳の誕生日。家族が集まった。
ケーキ、料理、花、写真。みんな笑っている。僕は少し離れたところでギターを弾いていた。
すると、玄関のチャイムが鳴る。ピンポーン。
孫が出る。「誰?」
玄関から声がする。「すみません」
若い女性だった。「こちらに、YaYaという人は?」
孫が困った顔をする。「YaYa?」
女性は頷く。「はい」
「ここですけど」
孫が僕を見る。僕も首を傾げる。
女性が入ってくる。そして僕を見る。
「やっと、会えました」
僕は驚いた。「どなた?」
女性は笑う。「あなたが昔、夢の中でギターを渡した人です」
僕は息を止めた。「……あの少女?」
女性は頷いた。「大人になりました」
僕は笑った。「そうか」
女性は僕の前に小さな箱を置いた。
「これを返しに来ました」
箱を開ける。中には古いピック。僕があの夢で彼女に渡したものだった。
第一七三章 夢の中の時間
「これ、ずっと持ってたの?」僕が聞く。
「はい」
「何年?」
「六十年」
僕は笑った。「長いな」
「私、音楽を続けました」
「そうか」
「途中で何度もやめようと思いました」
「うん」
「でも、一曲だけ思い出すんです」
「YaYa?」
女性は笑った。「はい」
そして彼女は言った。
「私も、たくさんの人に一曲を渡しました」
僕は黙った。
「だから今日は返しに来たんです」
僕はピックを手に取った。
「もう、返さなくていいよ」
「え?」
「次の人へ渡して」
女性は笑った。「分かりました」
その瞬間、僕は気づいた。
YaYaは受け取るものではない。渡すものなのだ。
第一七四章 死んだ僕
夢が変わった。
葬儀場。僕の写真、祭壇。家族が泣いている。僕はその後ろに立っている。
「死んだのか」自分でそう思った。
誰も僕を見ない。妻が写真を見ながら泣いている。僕は近づいた。
「ありがとう」
声は届かない。
息子も泣いている。
「ごめんな」
声は届かない。
孫もいる。ギターを抱えている。僕は言った。
「弾け」
届かない。
そのとき、孫がギターを構えた。そして一曲、弾き始めた。僕が生前好きだった曲。
家族が静かに聴いている。僕は泣いた。
死んでも音は残る。記憶も残る。そして、人の中に残ったものだけが時間を越えていく。
第一七五章 あの講堂
場面が変わる。
古い大学。創立百周年。あの日講堂。僕は若い。先輩もいる。桑田さんもいる。ギター、照明、満員の客。僕ステージに立っている。
「これ、夢だよな」
隣に桑田さん。「そうだよ」
「じゃあ、何でこんなにリアル?」
「夢だから」
「意味分からない」
桑田さんが笑う。「夢って、そういうもんだろ」
僕はギターを見る。
「でもあの日、本当に弾いたの?」
桑田さんが黙る。そして笑う。
「さあ」
「え?」
「君がそう思ってるなら、弾いたんじゃない?」
僕は呆れる。「そんな適当な」
「音楽なんてそんなもんだよ」
桑田さんがステージへ出ていく。客席から歓声。僕も続く。
その瞬間、僕は気づいた。
あの日、僕は一曲しか弾いていない。でも記憶の中では、何十年もその曲を弾き続けている。
つまりあの日の一曲は、僕の人生そのものだった。
第一七六章 先輩が来る
突然、先輩がステージへ上がってきた。
「おい!」
「何です?」
「俺にもギター貸せ」
「弾けるんですか?」
「知らん」
「知らないって……」
先輩はギターを抱える。そして弾く。
ジャーン。
ものすごく下手だった。僕は吹き出した。
「先輩!」
「何だ!」
「下手すぎます」
「うるさい!」
客席から笑い声。桑田さんも笑っている。
原さんが叫ぶ。「もう! ちゃんと弾いてよ!」
先輩が怒鳴る。「じゃあ、お前が弾け!」
原さん「私は歌うの!」
会場が大爆笑。僕も笑った。こんなくだらない時間が永遠ならいいのに、そう思った。
第一七七章 教授が来る
すると、客席から教授が現れた。あの教授。僕が単位をもらった、あの教授。
「お前」
「はい」
「卒業したか?」
「しました」
「本当に?」
「はい」
教授は笑った。「なら、よし」
先輩が口を挟む。「先生、俺も卒業しました」
教授「お前は本当にギリギリだったな」
「すみません」
「ジョニ黒は?」
先輩が固まる。「……」
僕は笑った。「やっぱり持っていったんだ」
先輩が小声で「黙れ」
会場、大爆笑。
教授が笑いながら言った。
「人生も単位も、追試ばかりだ」
僕はその言葉を聞いて、胸が熱くなった。
第一七八章 追試
教授が黒板を出した。そこには大きく書いてある。
「人生の追試」
僕は笑った。「何ですか、これ?」
教授「お前たち、まだ終わっていない」
「死んだのに?」
教授は頷く。「人生に追試はない」
「じゃあ?」
「次の人が受ける」
僕は意味が分からなかった。教授が黒板に書く。
「一人が失敗したら、次の人が続きをやる」
僕は黙った。
「それがYaYaだ」教授が笑った。「一人で完成させなくていい」
「……」
「誰かに続きを渡せ」
僕はようやく分かった。祖父が僕に渡したように、僕も誰かへ渡す。そしてその人も、誰かへ渡す。
だから、物語は終わらない。
第一七九章 最後の観客
講堂が静かになった。
客席に一人だけ、知らない少年が座っている。僕は近づいた。
「君は?」
少年は答えない。ただギターケースを持っている。
僕は聞く。「音楽、好き?」
少年は頷く。
「弾ける?」
首を振る。
「じゃあ、一曲だけ」
僕はギターを渡した。少年は震える手で受け取る。そして弦を弾く。
ポーン。
一音。それだけ。でも講堂が明るくなった。
客席にいた人たちが、少しずつ消えていく。祖父、原さん、桑田さん、先輩、教授。最後に、僕。
少年だけが残った。少年が僕を見る。
「あなたは?」
僕は笑った。「俺?」
「はい」
僕は少し考えた。そして答えた。
「昔、一曲だけ手伝った人」
少年が笑う。「じゃあ今度は、僕が」
「何を?」
「あなたを手伝います」
僕は泣いた。
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第十五幕 目覚め
第一八〇章 朝の電話
電話で目が覚めた。妻だった。
「起きてる?」
「うん」
「何時だと思ってるの?」
時計を見る。午前六時。
「早いな」
「あなた寝言で、ずっと『一曲だけ』って」
僕は笑った。「夢見てた」
「またYaYa?」
「うん」
妻が呆れる。「好きねえ」
「好きなんだと思う」
「じゃあ、朝ご飯」
「分かった」
電話を切る。僕はベッドから出た。
そのとき、机を見る。ギター。その横に小さなピック。昨日までなかった。
僕は手に取った。裏に小さく文字。
「次は君。」
僕は笑った。
第一八一章 講堂へ
その日、僕は大学へ向かった。何十年ぶりだろう。
古い坂道。少し短くなった気がする。昔にあんなに長かったのに。
講堂。改修されている。でも入り口だけは昔のまま。
僕は中へ入る。誰もいない。舞台、客席、照明。僕はステージへ上がった。
ギターを持つ。そしてあの日と同じ場所に立った。
目を閉じる。拍手が聞こえた気がした。
「よっ」
僕は笑った。「よっ」
そして、一曲弾いた。
第一八二章 百周年の意味
大学の創立百周年。あの日、僕は何も知らなかった。
ただ先輩に連れられ式典に行った。偶然、桑田さんに会った。偶然、ギターを弾いた。偶然、人生が少しだけ変わった。
でも今なら分かる。偶然ではなかった。
あの日、あの場所に、あの人たちが集まった。それだけで十分だった。
人生にはそういう日がある。後になって初めて意味が分かる日。その瞬間はただの一日。でも何十年後、何十年後に振り返ると、人生の中心になっている。
僕にとって、それがあの日だった。
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第十六幕 YaYaの百年
第一八三章 百年後
さらに夢は進んだ。
百年後、東京。僕はもういない。でも町にはYaYaがある。
小さな店。誰が経営しているのか誰も知らない。看板だけ昔のまま。
「YaYa」
雨の日、灯りがつく。一人の若者が店へ入る。
「ここ、何の店ですか?」
店主は答えない。ただギターを渡す。
「一曲だけ」
若者は笑う。「また?」
店主も笑う。「また」
若者がギターを弾く。すると店の壁に写真が浮かぶ。
僕、祖父、先輩、桑田さん、原さん、教授、知らない人々。そしてもっと、もっとたくさんの人。百年間、この店を通り過ぎた人たち。誰もが一枚ずつ写真になっている。
若者が聞く。「この人、誰?」
店主が答える。「昔、一曲だけ弾いた人」
「有名?」
「全然」
「じゃあ、何で?」
店主は笑う。「それで十分だから」
第一八四章 最後のページ
百年後のYaYa。店の奥に一冊のノート。
最初のページ、祖父。最後のページはまだ空白。
若者がペンを持つ。何を書こうか迷う。そして一行書いた。
「今日は、僕が一曲弾いた。」
その瞬間、次のページに文字が浮かぶ。
「ありがとう。」
若者が驚く。誰の字か分からない。さらに一行。
「次は、君が渡して。」
若者は笑った。ギターをケースへ入れる。
店を出る。雨が止んでいる。振り返ると店が消えている。
でも不思議ではない。YaYaは建物ではない。だから消えても困らない。必要な場所にまた現れる。誰かが誰かを必要としたとき。誰かが一曲を渡したいとき。そして誰かが自分の人生をもう一度始めたいとき。
終章 YaYa
僕はもう、何歳なのか分からない。夢なのか現実なのか、それも分からない。
ただ、一つだけ分かる。僕たちは人生の中で、何度も夢を見る。
若い頃の夢。叶わなかった夢。忘れていた夢。そして、もう一度見たい夢。
そのどれも無駄ではない。夢は現実から逃げるためだけのものではない。時には現実へ戻ってくるための場所になる。
だから、もし今夜あなたが雨の音を聞いたなら、目を閉じて少しだけ待ってほしい。
カラン。
ドアが開く。誰かが言う。「遅いよ」
あなたは笑う。「悪い。ちょっと寄り道してた」
「どこへ?」
「人生」
店主が笑う。「そうか。それなら仕方ない」
そしてギターを渡す。「一曲だけ」
あなたはギターを受け取る。「何を弾けば?」
店主は答える。「君が今まで生きてきた曲」
あなたは考える。
楽しかった日、苦しかった日、恋、別れ、家族、友達、失敗、成功、笑い、涙。全部思い出す。
そして、弦を弾く。
ポーン。
最初の音。少し不器用。でも確かにあなたの音。
店主が笑う。「いい音だ」
あなたも笑う。そして、もう一度弾く。今度は少しだけ上手くなる。
人生も同じ。最初から上手くなんていかない。何度も間違える。何度もやり直す。それでも最後まで弾けばいい。
誰かが聴いている。誰かが待っている。そしていつか、あなたの一曲を誰かが受け取る。
その瞬間、あなたはもう一人ではない。
YaYa。それは、そんな場所。
だから、この物語に本当の意味での終わりはない。僕が終わっても、あなたが続ける。あなたが終わっても、誰かが続ける。
一曲、また一曲。
そしていつの日か、遠い未来。知らない誰かがあなたのことを思い出す。
「昔、こんな人がいたんだって」
そしてギターを手に取る。
ポーン。
その一音が鳴った瞬間、YaYaの灯りがまたつく。
雨の夜。東京のどこか。誰も知らない小さな店。
カラン。
ドアが開く。
「いらっしゃい」
「ここ、YaYaですか?」
「そう」
「何の店?」
店主が笑う。「一曲だけ弾く店」
「それだけ?」
「それだけ」
「変な店ですね」
「よく言われる」
二人、笑う。そしてまた、一曲始まる。
YaYa。
――夢は、忘れた過去ではない。
――未来へ渡すために、一度だけ、もう一度。
――自分を取り戻すための、小さなステージなのだ。
そして今日もどこかで、誰かが肩を叩かれている。
「よっ」
その人が振り返る。笑う。
「よっ」
その瞬間、物語はまた始まる。
YaYa。
おしまい。
……のはずだった。
雨が、また降り始めた。
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第十七幕 書いていない物語
第一八五章 雨の音で目が覚めた
雨の音で目が覚めた。
時計を見る。午前四時四十四分。「またか」僕は天井を見ながら呟いた。
最近、妙な夢ばかり見る。YaYa、祖父、講堂、先輩、ギター、知らない人。そして最後には、必ず「一曲だけ」と言われる。
僕はベッドを出た。台所へ行き、水を飲む。そしてふと机を見る。昨日まで何も置いていなかった場所にノートがある。黒い表紙。見覚えがない。
僕は手に取った。表紙に白い文字で「YaYa」。「またかよ」思わず笑ってしまった。
ノートを開く。最初のページ、何もない。二ページ目、何もない。三ページ目、何もない。
最後のページ。そこだけ文字があった。僕の字。間違いなく、僕の字だった。
『明日の朝、先輩が来る。』
僕は笑った。「そんなわけない」ノートを閉じた。
第一八六章 翌朝
午前八時。インターホンが鳴る。ピンポーン。
妻が玄関へ向かう。「誰?」「俺だ」
その声。僕は飛び起きた。「……まさか」
玄関へ行く。ドアを開ける。そこに、先輩がいた。
「よっ」
僕は固まった。先輩は昔と同じように僕の肩を叩いた。「久しぶりだな」「……何で?」「何が?」「いや。何でここに?」「お前、電話しただろ」「してません」
先輩が首を傾げる。「したよ」「いつ?」「昨日」「……」
僕は何も言えなかった。先輩が笑う。「何だ。寝ぼけてんのか?」
僕は机を見る。ノート。そこには確かに書いてある。
『明日の朝、先輩が来る。』
僕はノートをそっと閉じた。
第一八七章 ノートの続き
先輩が帰ったあと、僕はノートを開いた。すると、昨日までなかった文字が増えている。
『午後三時、大学へ行く。』
「……」僕はノートを閉じた。「行かない」
妻が聞く。「どこへ?」「大学」「何で?」「呼ばれてる」「誰に?」「……知らない」
妻は少し考えて言った。「行ってくれば?」「え?」「夢の続きなんでしょ?」
僕は笑った。「夢じゃないよ」
妻はノートを見る。そして一言。「じゃあ、なおさら」
午後二時。僕は大学へ向かった。
第一八八章 誰もいない講堂
大学。あの日と同じ坂道。ただし、今はずっと綺麗だ。新しい校舎、新しい看板。学生たちが笑いながら歩いている。
僕は講堂へ入った。誰もいない。ステージ、客席、静寂。僕は中央の席に座った。
そのとき、照明が一つ点いた。僕は立ち上がった。「誰?」
返事なし。
もう一つ、照明が点く。そしてステージ中央にマイク一本。その横にギター。
僕は笑った。「分かったよ」
ステージへ上がる。ギターを持つ。すると、客席から声。
「遅いよ」
僕は振り返る。誰もいない。「誰?」
声。「俺だよ」「どこ?」「後ろ」
振り向く。そこに、若い僕がいた。
第一八九章 若い僕
二十代の僕。髪も黒い。痩せている。少し生意気そうな顔。
僕は笑った。「お前、若いな」
若い僕が言う。「そっちこそ、老けたな」「そりゃそうだ」「何歳?」「内緒」「何で?」「夢だから」
若い僕は笑った。「俺、ちゃんと卒業できる?」
僕は少し考えた。「できる」「本当?」「ああ」「音楽は?」「やる」「売れる?」「……」「どう?」
僕は笑った。「それは自分で決めろ」
若い僕が少し不満そうに言う。「ずるい」「人生なんてそんなもんだ」
若い僕がギターを見る。「俺、上手くなる?」「少し」「少しかよ」
二人で笑った。
第一九〇章 ノートの正体
若い僕が突然言った。「そのノート」
僕は驚いた。「知ってるの?」「俺が書いた」「え?」
若い僕が笑う。「正確には、まだ書いてない」「どういう意味?」「未来の俺が書く」「未来の俺?」
「そう」僕はノートを見る。
若い僕が続ける。「そのノート、時間を逆に進むんだ」「……」「未来に書かれたものが、過去に現れる」
僕は呆れた。「そんな馬鹿な」「夢だよ」「またそれか」「でも、現実だ」
僕は言い返せなかった。
第一九一章 書いてはいけないこと
若い僕がノートを指差す。「一つだけ、注意して」「何?」「未来を書きすぎないこと」「どうして?」「全部決まってしまうから」
僕は黙った。
「未来は分からないから面白い」若い僕は笑った。「先輩が来ることくらいならいい」「じゃあ?」「宝くじの番号とか書いちゃ駄目」「……」
僕は黙った。若い僕が僕を見る。「考えた?」「少し」「駄目」「まだ何も言ってない」「顔に書いてある」
僕は笑った。「昔のお前、嫌な奴だな」「今もだろ」
二人で笑った。
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第十八幕 桑田さんからの電話
第一九二章 あり得ない電話
大学から帰る途中、スマホが鳴った。知らない番号。僕は出る。「もしもし」
『もしもし』男の声。僕のは固まった。
「……桑田さん?」
『おう』
「え?」
『元気?』
「いや、元気ですけど」
『今度、ちょっと手伝ってほしいんだけど』
僕は笑った。「またですか?」
『また』
「今度は何?」
『ギター』
「やっぱり」
『一本、足りない』
僕は空を見上げた。雨。
『来られる?』
「いつ?」
『今夜』
「……」
『一曲だけ』
僕は笑った。「分かりました」
電話を切る。妻へ連絡。「今夜、ちょっと出る」
妻『また夢?』
「たぶん」
妻『気をつけてね』
「うん」
僕は歩き出した。
第一九三章 ライブハウス
夜。小さなライブハウス。入り口に「YaYa」。僕は立ち止まる。「……ここ?」
ドアを開ける。カラン。
中には桑田さん、原さん、そして知らない若者たち。
桑田さんが僕を見る。「来たな」「どうも」「今日は一曲じゃないぞ」「え?」「三曲」「話が違う」
原さんが笑う。「この人、昔からこうなの」
桑田さん。「いいだろ?」「いや、よくない」「ギター、貸すから」
僕はギターを見る。「これ、僕が弾くんですか?」「そう」「下手ですよ」
桑田さんが笑う。「知ってる」「……」「でも、今日は下手なほうが入い」
「何で?」
桑田さんは客席を見る。「みんな、上手い音楽を聴きに来たんじゃない」
僕は客席を見る。そこには昔の僕、昔の先輩、祖父、若い原さん、そして見知らぬ人々。
「……」
桑田さんが言う。「思い出しに来たんだよ」
僕はギターを持った。
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第十九幕 人生のセッション
第一九四章 一曲目
僕が弾く最初の音。少し外れた。客席から笑い。僕も笑った。「すみません」
桑田さんが言う。「それでいい」
二音目、今度は合った。三音目、原さんが歌う。客席から手拍子。
僕は思った。これはコンサートじゃない。人生だ。
最初は音を外す。次に合わせる。また外す。でも誰かが待ってくれる。誰かが合わせてくれる。だから続けられる。
第一九五章 二曲目
二曲目、僕の知らない曲。桑田さんが歌う。でも歌詞が不思議だった。全部、僕の人生。
大学、先輩、妻、子供、仕事、失敗、成功、夢、そして老い。
僕は弾きながら泣いていた。「何で?」
桑田さんが歌いながら笑う。「知らないよ」「これ、僕の人生ですよ」「そう?」「そうですよ」「じゃあ、君が作ったんじゃない?」
僕は笑った。「作った覚えない」「人生なんてそんなもんだ」
また、その言葉。
第一九六章 三曲目
最後の曲。桑田さんが言う。「これは君が弾いて」「何?」「YaYa」
僕は驚いた。「YaYaって、曲だったんですか?」
桑田さん「違う」「じゃあ?」「店」「……」「でも、曲でもある」
原さんが笑う。「いいから弾いて」
僕は弦に指を置く。そして弾いた。
最初の音。ポーン。
すると客席全員が歌い始めた。僕は知らない歌詞。でも、なぜか歌える。
声が重なる。祖父、先輩、妻、子供、孫、ひ孫、見知らぬ人、若い僕、百歳の僕。みんなが一緒に歌っている。
僕は笑った。そして泣いた。
曲が終わる。静寂。誰も拍手しない。一秒、二秒、三秒。
そして一斉に拍手。大きな拍手。僕は頭を下げた。
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第二十幕 夢からの手紙
第一九七章 翌朝
目が覚めた。朝。雨。机。ノート。
僕は恐る恐る開いた。新しい文字。
『ありがとう。』
僕は笑った。その下、さらに文字。
『これで、三曲目。』
「三曲目?」僕はページをめくる。そこには数字。一、二、三、そして四。四の横には空白。
僕はペンを持った。「四曲目?」そう呟いた。
するとノートに文字が浮かんだ。
『四曲目は、お前が決めろ。』
僕は考えた。何を弾けばいい? 昔の曲? 新しい曲? 祖父の曲? 自分の曲? 家族の曲?
しばらく考えて、僕は書いた。
『まだ決めない。』
すると文字が消えた。代わりに一行。
『正解。』
僕は笑った。
第一九八章 妻の秘密
朝食。妻がコーヒーを飲んでいる。僕は何気なく聞いた。「YaYaって知ってる?」
妻の手が止まった。「……」「知ってるの?」「昔、夢で見た」
僕は箸を落とした。「え?」
妻が笑う。「あなたと結婚する前」「どんな夢?」「雨の夜、小さな店」「YaYa?」「そう」
僕は黙った。妻が続ける。「そこであなたに会った」「僕に?」「若いあなた」
僕は驚いた。「何て言ってた?」
妻は少し考える。「一曲、歌って」
僕は笑った。「俺、ギターじゃなくて?」「歌」「何を?」
妻が笑った。「覚えてない」「……」「でもあなた、下手だった」「夢の中でも?」「夢の中でも」
二人で笑った。
第一九九章 妻のYaYa
妻は言った。「私ね、あの夢を見て、あなたと会うんじゃないかって思ったの」「実際、会った?」「会った」「どこで?」「駅」「いつ?」「雨の日」
僕は黙った。妻も黙った。そして二人、同時に笑った。「まさか」「ね」
でも僕は思った。もしかしたらあの日、駅で僕が彼女に声をかけたのも、偶然ではなかったのかもしれない。
YaYaは人を再会させる。まだ会ったことのない人さえ再会させる。
未来の自分と過去の自分。まだ生まれていない自分。そして、まだ出会っていない人。
すべてどこかで一度会っている。夢の中で。
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第二一幕 四曲目
第二〇〇章 決めない曲
僕はその日、ノートを閉じた。
四曲目はまだ決めない。未来もまだ決めない。夢もまだ決めない。
ただ、今日を生きる。妻と朝食を食べる。仕事へ行く。帰る。テレビを見る。笑う。眠る。それだけ。
でも、その「それだけ」が、実は一番大切なのかもしれない。
夜、ベッドに入ると雨がポツポツと窓を叩く。僕が目を閉じると、遠くからギターの一音。ポーン。
僕は笑った。「またか」
すると肩を叩かれた。「よっ」
目を開けると、そこに若い僕。「また来たのか」「うん」「何しに?」
若い僕が笑う。「四曲目」「まだ決めてないぞ」「だから来た」「何で?」「一緒に決めよう」
僕は笑った。「しょうがないな」
二人で雨の夜を歩く。駅裏の灯り。YaYa。カランとドアを開ける。
店の中には先輩、祖父、桑田さん、原さん、教授、妻、子供、孫、ひ孫、そしてまだ会ったことのない人々。全員が待っている。
桑田さんが言う。「遅いよ」
僕は笑う。「悪い」「何してた?」「人生」
先輩が笑う。「まだやってんのか」「まだ」
教授が黒板を出す。そこには大きく書いてある。――第4曲。
僕はギターを持つ。「何を弾けば?」
誰も答えない。僕は考える。そして最初の音を弾く。ポーン。
その瞬間、店の壁が消えた。東京の夜景、渋谷、大学、坂道、講堂、ライブハウス、駅、家、雨、青春、老後、そしてこれから。全部が一つにつながる。
僕は弾き続ける。誰かが歌い、笑い、泣き、手を叩く。
そして誰かが新しいギターを持って入ってきた。「すみません」
振り返ると若い女性。ギターケースを抱え、少し緊張している。
「ここ、YaYaですか?」
僕は笑う。「そう」「一曲、弾いてもいいですか?」
僕はギターを差し出す。「もちろん」
彼女が受け取り、僕に聞く。「何を弾けば?」
僕は答える。「あなたの曲」
彼女が笑う。僕も笑う。そしてYaYaの灯りがまた一つ点いた。
エピローグ まだ終わらない
朝、目が覚める。雨は止んでいた。
ノートを見る。最後のページに新しい文字。
『第5曲は、あなたへ。』
僕はしばらくその文字を見つめ、ペンを持った。その下に自分で一行書く。
『次に弾く人が、決める。』
ノートを閉じ、窓を開ける。朝の空が青い。遠くで電車が走っている。普通の東京の朝。
でも、もう僕には分かっている。どこかで今日も誰かが夢を見る。雨の夜、小さな店、ギター、「一曲だけ」。
そしてその人は目を覚まし、少しだけ人生を好きになる。それでいい。
YaYaは今日もどこかで開いている。誰かが誰かを待っている。そして僕たちはいつかまたそこで会う。若い自分とも、老いた自分とも、死んだ人とも、まだ生まれていない人とも、そして一度も会ったことのない大切な人とも。
だから、もしあなたが今夜雨の音を聞いたなら、眠る前に少しだけ耳を澄ませてほしい。
もし遠くでギターの音が聞こえたら、それはきっと誰かがあなたのために一曲始めた音だ。ポーン。
そして誰かが笑う。「よっ」
あなたも笑う。「よっ」
――その瞬間、また物語が始まる。
YaYa。一曲だけ。でも、その一曲が、人生になる。
――完――
続く… かな?

