『一曲だけの青春
―夢の中で、僕はもう一度、青春をやり直した―』  



第三幕 夢の続きは現実にある
第四十六章 知らないギター
それから三年が経った。
僕は六十三歳になった。
三年前なら、六十三歳という数字を聞くだけで、かなりの老人だと思っていた。ところが、実際になってみると、たいしたことはない。
ただ、朝、起きたときに「よっこらしょ」と言う回数が増えただけだ。
それから、眼鏡を探す時間も増えた。眼鏡を掛けているのに「眼鏡がない」と言ったこともある。
カミさんには「もう一度、人生やり直してきたら?」と笑われた。
僕は答えた。
「夢の中なら、何度もやってる」
「知らないわよ」
そんな、平凡な毎日だった。
ところが、ある朝。玄関先に、見知らぬ荷物が届いた。
差出人は「クロコダイル」。
僕は固まった。
「……」
カミさんが後ろから覗き込む。
「何?」
「知らない」
「あなた宛てでしょ?」
「うん」
「開けてみれば?」
僕は箱を開けた。中に古いギターが入っていた。
白いボディ。少し傷がある。だが、妙に見覚えがある。
僕は弦に触れた。
ポーン。
音が鳴った。
その瞬間、胸の奥で何かが動いた。

第四十七章 伝票
箱の底に伝票が一枚あった。
宛名は僕。差出人は空欄。
ただ、備考欄に手書きで『遅くなってすまん』と書かれていた。
僕は笑った。
「……またか」
カミさんが聞く。
「誰?」
「分からない」
「分からない人からギター?」
「そう」
「怖くない?」
「少し」
「じゃあ捨てれば?」
僕はギターを見る。
「いや」
「何で?」
「返さないといけない気がする」
「誰に?」
僕は答えられなかった。
その夜、ギターを弾いてみた。
驚いたことに、僕の指が昔覚えたコードを自然に押さえた。
忘れていたはずなのに、身体は覚えている。
人間というのは不思議だ。頭は忘れる。身体は覚えている。
そして、心はもっと長く覚えている。

第三十一部 六十三歳のバンド
第四十八章 メンバー募集
翌週、僕はとんでもないことを始めた。
バンドを作ったのだ。
きっかけは会社の元同僚だった。
「ギター弾けるんですか?」
「昔はな」
「じゃあ、やりましょうよ」
「何を?」
「バンド」
「俺たちが?」
「俺たちが」
集まったのは、六十三歳、六十一歳、六十歳、五十八歳、五十五歳。
平均年齢、六十歳。
若者から見れば完全な老人会である。ところが、本人たちは全員、大学生のつもりだった。
ドラムの男が言う。
「バンド名、どうします?」
僕は答えた。
「YaYa」
全員が黙った。
「何それ?」
「夢で聞いた」
「……いいじゃん」
「何が?」
「意味は分からないけど」
「じゃあ決まり」
こうして、「YaYa」という、日本一平均年齢の高い素人バンドが誕生した。

第四十九章 初練習
初練習はひどかった。
ギターは間違える。ドラムは走る。ベースは入る場所を間違える。キーボードは一曲飛ばす。ボーカルは歌詞を忘れる。
五分後、全員口を揃えて「休憩!」。
僕は笑った。
「桑田さんたちも最初はこんな感じだったんだろうな」
誰かが言った。
「お前、夢の中で会ったんだろ?」
「うん」
「本当に?」
「本当」
「じゃあ、サインもらった?」
「夢だからない」
「役に立たないな」
全員が笑った。
そのとき、スタジオのドアが開いた。
若い女性が顔を出した。
「すみません」
「はい?」
「隣の部屋、予約してたんですけど」
「どうぞ」
女性は中を見て「あ」と言った。僕を見る。
そして、驚いた顔をした。
「……」
「どうしました?」
女性は僕のギターを指差した。
「それ」
「はい?」
「私の祖父のギターです」
僕は固まった。

第三十二部 祖父
第五十章 写真
女性はスマートフォンを取り出し、写真を見せてくれた。
そこには、若い男性がギターを抱えて写っていた。
「祖父です」
僕は写真を見る。そして、言葉を失った。
その男性は、夢の中の「四人目」だった。
「……知ってますか?」
僕は答えられなかった。女性が言う。
「祖父は若い頃、大学でバンドをやっていたそうです」
「大学?」
「はい」
僕が自分の大学名を尋ねると、同じだった。
「いつ頃?」
「一九八〇年前後です」
僕は椅子から立ち上がった。
「ちょっと待って。お祖父さんの名前は?」
女性が答えた名前を聴いて、僕は目を閉じた。
その名前を知っている。
だが、学生名簿にはなかった。写真にも名前がなかった。
なぜなら彼は、大学を卒業する前に突然いなくなったからだった。

第三十三部 幻の四人目
第五十一章 消えた学生
僕たちは彼女の祖父について調べ始めた。
名前、住所、当時の写真、古い新聞、大学の資料。
少しずつ分かってきた。
彼は音楽が好きで、ギターが上手かった。そして卒業前、家族の事情で突然大学を辞めたらしい。それ以上は分からなかった。
しかし、一枚だけ写真があった。大学の記念式典のステージ。
そこに僕がいる。桑田さんがいる。原さんがいる。そして、彼がいる。
僕は写真を見ながら震えた。夢とまったく同じだった。
ただし、一つだけ違う。夢では彼はギターを忘れていたが、現実ではギターを持っていた。
「このギター……」
彼女が頷く。
「祖父が最後まで持っていたものです」
「なぜ僕に?」
「祖父が亡くなる前に私に預けたんです。『いつか、あの人に返してくれ』って」
僕は息を止めた。
「あの人?」
「誰のことか分からなかったんです。でも、写真を見たらあなたのことだと思いました」
僕はギターを見た。
三十年以上眠っていたギター。僕の夢を待っていたギター。

第三十四部 もう一度のステージ
第五十二章 電話
その夜、電話が鳴った。知らない番号。
僕は出た。
『久しぶり』
また、あの声だった。
「……桑田さん?」
『おう』
「今度は何ですか?」
『ライブ』
「え?」
『やるんだろ?』
僕は笑った。
「どうして知ってるんです?」
『夢はつながってるから』
「そんな馬鹿な」
『じゃあ、やめるか?』
「……やります」
『そうこなくちゃ』
電話が切れた。カミさんが言う。
「誰?」
「桑田さん」
「本物?」
「分からない」
「夢?」
「たぶん」
「じゃあ、好きにしたら?」
僕も笑った。

第三十五部 雨の夜
第五十三章 ステージ
ライブ当日は雨だった。不思議なくらい昔と同じ。
会場は小さなライブハウス。
観客は家族、友人、昔の大学仲間、そしてあの女性。彼女は祖父のギターをじっと見ていた。
僕はステージへ上がり、マイクを持った。
「今日は……夢の話をします」
客席が笑う。
「でも、今日は夢から借りてきたギターを弾きます」
彼女が涙を浮かべた。
「このギターの持ち主は、ずっと誰かを待っていたらしい。僕はその人を知りません。でも、夢の中では何度も会いました」
そして、ギターを鳴らす。
ジャーン。
音が響いたその瞬間、会場の照明が一度だけ消えた。

第五十四章 四人
真っ暗な中、誰かが笑った。
「よっ」
僕はその声を聞いた。
「……先輩?」
別の声。
「遅いぞ」
僕は笑った。
「誰がですか」
「お前だよ」
「何年待たせるんだ」
僕はギターを握った。
暗闇の中、四人の気配がする。僕、若い僕、母、そして四人目。
僕は言った。
「今日は一曲だけですよ」
誰かが笑う。
「いつも一曲だな」
僕は答える。
「一曲がいいんです。一曲なら、終わったあと、また会える気がするから」
照明が戻る。
客席には誰もいない場所が一つだけ空いており、そこに古いギターケースが置かれていた。

第三十六部 YaYa
第五十五章 最後の客
ライブが終わり、観客が帰っていく。
最後まで残っていたのは、あの女性だった。
「ありがとうございました」
彼女が言う。
僕はギターを渡そうとした。
「これは……」
「いえ」
彼女は首を振る。
「祖父があなたにって。私もそう思います。このギターは、もう帰る場所が決まってるんじゃないですか?」
僕はギターを見た。
その瞬間、弦が一度だけ鳴った。
ポーン。
僕は笑った。
「そうですね」
「何か?」
「いや、また一曲、弾けそうだなと思って」
彼女も笑った。
最終章 六十三歳の青春
帰宅したのは午前一時。雨はまだ降っていた。
僕はギターを壁に掛けた。
カミさんが眠っている。僕は一人、窓を開けた。
渋谷ではない。昔の大学でもない。ただの、今の東京。
でも、どこかでギターが鳴った。
僕は笑った。
「またか」
そして、小さく呟いた。
「YaYa」
すると、背後から声がした。
「よっ」
僕は振り返らなかった。もう、怖くない。
「よっ」と返事をする。
「元気か?」
「まあまあ」
「幸せか?」
僕は少し考えた。
「うん」
「ならいい」
声が消えた。
僕は窓の外を見る。雨が静かに降っている。
その向こうに、若い僕がいる。ギターを抱えている。
その隣に、母、先輩、美紀、そして知らない四人目。
みんなが僕を見ている。
僕は手を振った。若い僕も手を振る。
そして四人は、ゆっくり坂道を上っていく。
僕は追わない。今度こそ、追わない。
僕には今の人生がある。家族がいる。友達がいる。ギターがある。
そして、まだ一曲残っている。
僕はギターを手に取り、少しだけ弾く。
下手だ。昔よりもっと下手だ。でも、楽しい。それでいい。
人生は、上手に弾くためにあるんじゃない。
誰かと一緒に、音を出すためにある。
僕は最後のコードを鳴らした。
ジャーン。
音が消える。そして静寂の中、誰かが言った。
『またな』
僕は笑った。
「また」
その言葉を僕は知っている。それがさよならではないことを。
YaYa。
それは、また会うための合言葉なのだ。
そして僕たちの青春は、今日もどこかで鳴っている。
一曲、また一曲。終わることなく。
ずっと、ずっと。
YaYa。
――完――

ーーーーーーーーーー

第四幕 YaYaを知っている人
第五十六章 娘の夢
翌朝。娘から電話があった。
「お父さん」
「どうした?」
「変な夢を見た」
僕は黙った。
「どんな夢?」
娘は少し笑った。
「知らない大学の坂道を歩いてた」
僕の手が止まった。
「……それで?」
「古い講堂があった」
「うん」
「そこに若い男の人がいて」
「誰?」
「分からない」
娘は言った。
「でも、お父さんにそっくりだった」
僕は、椅子から立ち上がった。
「何をしてた?」
「ギターを弾いてた」
「……」
「それでね」
娘が笑う。
「その人が私に言ったの」
「何て?」
「『お父さんをよろしく』って」
僕は、言葉が出なかった。娘は続ける。
「意味分からないでしょ?」
「うん」
「でも」
少し間があって。
「最後に。『YaYa』って言ってた」
僕は、電話を握ったまま、何も言えなかった。

第五十七章 カミさんの夢
その日の夜。カミさんが言った。
「私も変な夢を見た」
「……何?」
「いや、あなたと同じ」
僕は笑えなかった。
「どんな夢?」
「大学みたいな場所」
「講堂?」
「そう」
「ギター?」
「そう」
「……何で知ってるの?」
僕は観念して、全部話した。
夢のこと。母のこと。先輩のこと。桑田さんのこと。四人目のギタリストのこと。
カミさんは黙って聞いていた。そして、最後に笑った。
「馬鹿ね」
「何が?」
「一人で青春やり直してると思ったら、家族まで巻き込んでるじゃない」
僕は苦笑した。
「ごめん」
「別に」
カミさんはお茶を飲んだ。
「でも」
「何?」
「夢の中で、あなたのお母さんに会った」
僕は顔を上げた。
「何て言ってた?」
カミさんは少し笑った。
「あなたをよろしくって」
「……」
「それから」
「うん」
「『この人、昔から鈍いから』って」
僕は笑った。
「母さんらしい」
カミさんも笑った。

第五十八章 町内会
数日後、町内会の集まりがあった。僕は何となく出席した。
すると、隣に座った老人が突然、「YaYa」と言った。
僕は振り向いた。
「……」
老人もこちらを見る。
「何ですか?」
「いや」
老人は笑った。
「知ってるかなと思って」
「何を?」
「夢」
僕は背筋が寒くなった。
「あなたも?」
「見るよ」
「どんな?」
「若い頃の自分」
僕は黙った。老人は続けた。
「俺の場合は、昭和四十年代の銀座だ」
「へえ」
「毎晩、同じ喫茶店に行く」
「そこで何を?」
「昔の女房が待ってる」
「……」
「もう死んで三十年になる」
僕は何も言えなかった。老人は笑った。
「夢ってのは、会いたい奴に会えるんだな」
「そうですね」
「でも」
老人は少し遠くを見る。
「一つだけおかしいことがある」
「何です?」
老人は小さく笑った。
「毎回、店を出るとき、誰かが言うんだ」
「何て?」
「YaYa」
僕はその言葉を聞いて確信した。
これは、僕だけの夢ではない。

第五十九章 夢の掲示板
その夜。僕はインターネットで「YaYa 夢」と検索した。
何もない。
「YaYa 夢 大学」
何もない。
「YaYa 不思議な夢」
何もない。
諦めようとしたそのとき、古い掲示板を見つけた。
タイトル:同じ夢を見る人いますか?
投稿日時:二〇〇一年
最初の書き込み。
『雨の夜、古い店に入る夢を見る。』
次。
『店の名前は?』
返信。
『YaYa。』
僕は画面を見つめた。さらに投稿を読む。
『店の中に、若い頃の自分がいる。ギターを持っている。店を出ると、人生が少し変わっている。』
そして最後の投稿。
投稿日時:二〇一〇年
『もう一度、あの店に行きたい。』
その後、書き込みはない。僕はページを閉じようとした。
その瞬間、新しい投稿があった。
投稿日時:今日
内容:今夜、YaYaに行きます。
僕は時計を見た。午前一時。
その投稿者の名前。
KATO
僕は息を呑んだ。

第六十章 KATO
翌朝、その掲示板をもう一度開いた。
投稿は消えていた。
「……」
検索しても出てこない。夢だったのか。僕はそう思った。
ところが午後、知らない男から電話があった。
「カトウさんですか?」
「はい」
「私、あなたと同じ夢を見ています」
僕は黙った。
「どこに住んでるんです?」
「東京です」
「年齢は?」
「六十」
「……」
「何か?」
「僕より三歳若い」
男は笑った。
「じゃあ、先輩ですね」
僕も笑った。
「やめてくださいよ」
男は言った。
「今夜、会いませんか?」
「どこで?」
「渋谷」
「また?」
「はい」
「クロコダイル?」
「違います」
男が言った。
「YaYaです」
僕はしばらく黙った。
「そんな店、ありませんよ」
「あります」
「どこに?」
「雨が降ったら分かります」
電話が切れた。

第六十一章 渋谷の雨
夜、雨が降った。
僕は渋谷へ向かった。駅を出る。昔と同じ坂道。だが景色は違う。ビル、看板、外国人、若者、スマートフォン。
僕は笑った。
「俺たちの時代とは違うな」
そのとき、雨が強くなった。僕はいっぽんの路地へ入った。
そこに小さな店があった。
看板:YaYa
僕は立ち止まった。ドアを開ける。
カラン。
店内には男が一人。六十歳くらい。ギターを抱えている。男は僕を見る。
「遅かったですね」
「あなたが?」
「はい」
「名前は?」
男は笑った。
「KATOです」
僕は笑った。
「僕も」
「知ってます」
「……」
男は一枚の写真を出した。そこには若い僕、若い男、そして四人。
僕は息を止めた。
「これ」
「私の父です」
「……」
「父は、あなたのことを知っていました」
僕は写真を見る。
「どうして?」
男は静かに言った。
「あなたと一緒に、あの一曲を弾いたからです」

第六十二章 五人目
僕は椅子に座った。
「待ってください」
「はい」
「僕の夢では四人でした」
「そうですね」
「でも、あなたの父親がいたなら五人になる」
男は笑った。
「実は」
「何です?」
「もう一人います」
「……」
「六人目も」
僕は頭を抱えた。
「いったい何人いるんです?」
男は笑った。
「分かりません」
「何それ」
「夢を見る人が増えているんです」
「どうして?」
男はギターを鳴らした。
ポーン。
「誰かが夢を思い出すたびに、新しい人が入ってくる」
「何の中へ?」
男は店内を見回した。
「YaYaへ」
その瞬間、ドアが開いた。
カラン。
一人の若い女性が入ってきた。僕はその顔を見て驚いた。僕の娘だった。
「……」
「お父さん?」
僕は立ち上がった。
「どうしてここに?」
娘はきょとんとしている。
「夢を見たから」
僕は笑った。
「やっぱりな」
娘は言った。
「何が?」
僕は店の奥を見る。
そこには若い僕、母、美紀、先輩、四人目、そして知らない人たち。みんながこちらを見ている。
僕は小さく息を吐いた。
「どうやら」
ギターを手に取る。
「今夜は一曲じゃ済まないらしい」
誰かが笑った。
「よっ」
僕も笑った。
「よっ」
そして、店の奥から最初のコードが鳴った。

第六十三章 夢のバンド
その夜、僕たちは一晩中演奏した。
誰も曲名を知らない。楽譜もない。でも全員、なぜか知っている。
昔の歌、知らない歌、まだ存在しない歌、これから生まれる歌。全部一つになった。
娘が歌う。僕がギターを弾く。若い僕が隣で笑う。母が手拍子をする。美紀がピアノを弾く。四人目の男がベースを弾く。
桑田さんがどこからともなく現れて、「いいねえ」と笑う。
原さんが「もうちょっとテンポ落として」と言う。
僕は笑った。
「夢なのに注文が細かいな」
原さんが言う。
「夢だからよ」
全員が笑った。
そして、最後の曲。
タイトルは「YaYa」。
誰がつけたのか分からない。歌詞もメロディも最初から知っていた。
僕はギターを鳴らした。そして歌った。
過去へ戻る歌ではない。未来へ進む歌でもない。ただ、今ここにいることを喜ぶ歌。一番大切な人に「また会おう」と伝える歌。
最後の音が、静かに消えた。

第六十四章 朝
目が覚めた。自宅だった。
朝、カミさんが「おはよう」と言った。僕は「おはよう」と答えた。
娘からメッセージが来ていた。
『昨夜、変な夢を見た。』
僕は笑った。返信する。
『YaYa?』
すぐに返事が来る。
『うん。』
僕はスマートフォンを置いた。
カミさんが「何?」と聞く。
僕は笑った。
「秘密」
「何それ」
僕は窓を開けた。雨は止んでいた。朝の東京。いつもの景色、いつもの人生。でも、どこか違う。
僕はギターを手に取った。一つ、コードを鳴らす。
するとスマートフォンが震えた。知らない番号。メッセージ。
『今夜、YaYaで。』
僕は笑った。そしてカミさんに言った。
「今夜、ちょっと出かけていい?」
「どこへ?」
僕は少し考えて答えた。
「昔の友達に会いに」
カミさんは笑った。
「いってらっしゃい」
僕は靴を履いた。玄関を開ける。外は晴れている。
僕は空を見上げた。
「雨じゃないと店は開かないんだよな」
そう言った瞬間、一滴、雨が落ちてきた。僕の頬に。
ポツン。
僕は笑った。
「……やっぱり」
そして歩き出した。
六十三歳。
もう一度、青春の続きを始めるために。
YaYa
――夢は、忘れた頃に続きを始める。――


ーーーーーーーーーー

第五幕 未来から来た客
第六十五章 雨のない夜
その夜、僕は渋谷へ向かった。不思議なことに雨は降っていなかった。
YaYaは雨の夜だけ開く店だ。だから今夜は開いていない、そう思った。ところが、あの路地に入ると店があった。看板にはいつもの文字、「YaYa」。
僕は立ち止まった。
「……雨、降ってないぞ」
すると、店のドアが開いた。カラン。中から声がした。
「今夜は特別」
僕は恐る恐る入った。店内には誰もいない。いや、一人だけカウンターに男が座っていた。後ろ姿。六十代、白髪。僕はその男を見て、妙な既視感を覚えた。
「こんばんは」
男が振り返った。僕は息を呑んだ。僕だった。今の僕ではない。少しだけ歳を取った僕。七十代くらい。
「……」
男は笑った。
「やっと来たな」
「あなたは?」
「お前だよ」
「僕?」
「そう」
僕は椅子に座った。
「何年後?」
男は考えた。
「十五年後」
「僕は、そんなに長生きするの?」
「予定では」
「予定?」
「人生は、予定通りにはいかないからな」
僕は笑った。
「それもそうだ」
未来の僕はコーヒーを飲んだ。
「うまいぞ」
「同じ味?」
「少し苦い」
「今と同じじゃないか」
二人で笑った。

第六十六章 未来の僕
「何しに来た?」未来の僕が聞いた。
「呼ばれたから」
「誰に?」
「分からない」
「そうだろうな」
未来の僕は笑った。「お前は、いつも分からないまま来る」
「悪かったな」
「いや、それでいい」
「どうして?」
未来の僕は窓の外を見た。「分かっていたら、人生なんて面白くない」
僕は黙った。
「十五年後、何が起きる?」
「知りたいか?」
「少し」
「家族は?」
「いる」
「妻は?」
「いる」
「娘は?」
「いる」
「幸せ?」
「うん」
未来の僕は笑った。「それなら、もう十分だ」
「仕事は?」
「辞めてる」
「ギターは?」
「まだ弾いてる」
「下手?」
「相変わらず」
僕は笑った。「安心した」
未来の僕も笑った。
「でもな」
「何?」
「一つだけ、お前に言っておきたい」
「うん」
「夢は、歳を取るほど現実に近くなる」
「どういう意味?」
「若い頃は、夢と現実を分けていた」
「うん」
「歳を取ると、その境目がだんだん消えていく」
僕は黙って聞いた。

第六十七章 なくなるもの
「十五年後、何がなくなる?」僕が聞く。
未来の僕は少し考えた。
「友達」
「……」
「親戚」
「……」
「知っている店」
「……」
「街」
「……」
「自分の記憶」
僕は黙った。
「怖い?」
「少し」
「そうだろうな」
未来の僕は笑った。「でも、代わりに増えるものもある」
「何?」
「ありがとう」
「?」
「若い頃は言わなかっただろ?」
「まあ」
「歳を取ると、言いたくなる」
未来の僕はコーヒーを飲んだ。
「ありがとう」
「誰に?」
「みんなに」
「母にも?」
「もちろん」
「美紀にも?」
「もちろん」
「先輩にも?」
「もちろん」
「カミさんには?」
未来の僕は笑った。「一番言う」
僕は少し笑った。

第六十八章 未来の妻
そのとき、店のドアが開いた。カラン。女性が入ってきた。僕は目を見開いた。
彼女は未来の僕の隣に座り、僕を見る。
「こんにちは」
僕は声を失った。彼女は今のカミさんだった。ただ、少し歳を取っている。
「……」
僕は未来の僕を見る。「本物?」
「本物」
妻が笑った。「何してるの?」
「昔の俺と話してる」
「変なの」
「夢だから」
「そうね」
僕は二人を見ていた。未来の僕が妻の手を握る。その光景を見て、僕はなぜか泣きそうになった。
「何?」妻が聞く。
「いや」僕は笑った。「十五年後も仲良くしてるんだな」
未来の妻は少し考えて、「仲良くしたり、喧嘩したり」
「今と同じ?」
「今と同じ」
僕は笑った。「それが一番いい」
未来の僕が言う。「そうだろ?」

第六十九章 最後のメンバー
突然、店の奥からギターの音がした。ポロン。
僕は振り返る。若い僕、母、美紀、先輩、四人目、娘。そして未来の僕。みんなが楽器を持っている。
僕は笑った。「またバンド?」
若い僕が言った。「当たり前だろ」
「何を弾く?」
「決まってる」
「YaYa?」
「そう」
僕はギターを受け取った。
未来の僕が言う。「お前が最後の音を出せ」
「僕が?」
「そう」
「どうして?」
「最初の音は、若いお前が出した」
僕は若い自分を見る。
「最後は?」
未来の僕が笑う。「今のお前だ」
僕はギターを構えた。みんなが静かになる。

第七十章 一曲
僕は最初のコードを鳴らした。
若い僕が二つ目、美紀が三つ目、母が四つ目、先輩が五つ目、四人目が六つ目、娘が七つ目、未来の妻が八つ目。そして未来の僕が最後のコード。
音が重なった。若い僕、今の僕、未来の僕。三人の時間が一つになった。
僕は思った。過去も現在も未来も、本当は同じ一日なのかもしれない。僕たちはそれぞれの時間から少しずつ音を出しているだけ。
そして、最後の音が消えた。

第七十一章 未来からの手紙
目が覚めた。朝。
僕は机の上に一枚の紙を見つけた。夢の中で未来の僕が書いていたものだった。
あり得ない。そんなことは分かっている。でも確かにそこにあった。便箋、文字、僕の字。
そこにはこう書いてあった。
六十三歳の俺へ。
心配するな。十五年後もギターは下手だ。
僕は笑った。その下、続きがあった。
でも、まだ弾いている。
僕は少し胸が熱くなった。さらに最後の一行。
だから、お前も弾け。
僕はギターを取った。朝の静かな部屋、僕は一曲弾いた。

第七十二章 妻の質問
朝食の時、カミさんが聞いた。「また夢?」
「うん」
「今度は?」
「未来の俺」
「何歳?」
「七十八」
「へえ」
「お前も出てきた」
「私?」
「うん」
「何してた?」
「喧嘩してた」
カミさんが睨む。「夢の中でも?」
「いや、現実でも」
「そう」
二人で笑った。
カミさんが味噌汁をよそう。「で、七十八歳の私はどんなだった?」
僕は少し考えた。「今と同じ」
「何それ」
「きれいだった」
「急に何?」
「夢だから」
「便利ね」
僕たちは笑った。

第七十三章 最後の雨
その日の夕方、空が曇り雨が降り始める。
僕は傘を持たずに外へ出た。雨に濡れる。昔なら嫌だった。今は少し気持ちいい。
駅まで歩くと、あの路地にYaYaの店がある。僕はドアを開けた。カラン。
中には誰もいない。カウンターに一枚の紙があった。僕は手に取った。
次は、お前が夢を見せる番だ。
僕は笑った。「誰に?」
すると店の奥から若い声がした。「俺たちに」
僕は振り返った。そこには若い僕がいた。ギターを抱えて笑っている。
「何を見せる?」僕が聞く。
若い僕は肩をすくめた。「知らない」
「お前が知らないのか?」
「知らない」
二人で笑った。
僕はギターを持った。そして二人で店を出た。
雨の渋谷、人が行き交う。若い僕が走り出す。「待て!」僕も走る。六十三歳、息が切れる。「おい!」
若い僕が笑う。「遅いぞ!」
「うるさい!」僕も笑う。
坂道を二人で走る。昔の坂、今の坂、同じ坂。そして坂の上から朝日が差した。

終章 YaYa
僕は目を覚ました。ベッドの中。隣でカミさんが寝ている。
時計は午前六時。僕はしばらく天井を見た。そして笑った。
夢だった。全部、夢だった。
でも不思議なことに悲しくない。僕はベッドから起き上がり窓を開ける。
朝の空気、鳥の声、車の音、いつもの世界。
僕はギターを取り、弦を鳴らす。ポーン。
少し音が外れた。僕は笑う。「まあいいか」
そして思う。
青春は若い人だけのものではない。六十三歳にも、七十八歳にも、そして死んだ人にも、夢の中なら青春はある。
だから人は何度でもあの頃へ戻れる。ただし戻るためではない。今をも一度好きになるために。
僕は窓の外を見る。雨はもう止んでいる。
でもどこかで誰かがギターを弾いている。その音に合わせるように僕も弾く。
一つ、二つ、三つ。
そして最後に小さく言う。「YaYa」
誰かが遠くで答えた。「またな」
僕は笑った。「また」
人生は一度きり。でも青春は何度でも始められる。夢の中でも、現実の中でも、そして誰かの心の中でも。
だから今日も一曲弾こう。下手でもいい、途中で間違えてもいい、最後まで弾けばいい。
その先に、また誰かが待っている。「よっ」と肩を叩いてくれる。そんな人生なら悪くない。
僕はギターを抱えた。そして朝の街へ歩き出した。
YaYa。
――また会おう。
――また一曲。
――そして、また明日。


ーーーーーーーーーー


第六幕 会ったことのない友達
第七十四章 変なメール
そのメールが届いたのは、土曜日の朝だった。
件名は「YaYaについて」。僕は嫌な予感がした。
最近、「YaYa」という文字を見ると何でも怪しく感じる。
メールを開く。本文は短かった。
『はじめまして。突然のメールで申し訳ありません。
私は北海道に住んでいます。あなたとは一度も会ったことがありません。
でも、昨夜、夢の中で会いました』
僕はコーヒーを飲む手を止めた。続きを読む。
『私は夢の中で、古い大学の講堂にいました。そこにあなたがいました。
あなたはギターを弾いていました。そして、私にこう言いました。
「遅刻するなよ」
でも、私は何に遅刻するのか分かりません』
僕は思わず笑った。
「何だそれ」
『もし同じ夢を見ているのであれば、一度お話しできませんか。
追伸。私もギターを弾きます。ただし、かなり下手です』
僕は返信を書こうとした。しかしその前に、カミさんが後ろから覗き込んだ。
「また?」
「うん」
「今度は北海道?」
「うん」
「そのうち世界一周するわね」
「夢で?」
「あなたの場合、ありそう」
僕たちは笑った。

第七十五章 北海道の男
男の名前は佐々木、六十四歳。札幌在住。
会社を定年退職して、今は暇を持て余しているらしい。電話で話した。
「本当に夢に出てきました?」
「はい」
「僕が?」
「そうです」
「何してました?」
「講堂でギター」
「やっぱり」
「それから、あなたの隣に若い男がいました」
僕は黙った。
「誰でした?」
「分かりません」
「顔は?」
「あなたに似ていました」
「若い僕?」
「たぶん」
僕は椅子にもたれた。
「あなた、その夢の中で誰かから何か言われませんでした?」
「言われました」
「何て?」
佐々木は少し笑った。
「『バンドやろうぜ』」
僕は吹き出した。
「誰が?」
「あなたです」
「俺かよ」
「はい」
僕は笑いながら頭を抱えた。
どうやら夢の中の僕は、六十三歳になってもまだバンドを組みたがっているらしい。

第七十六章 老人会ではない
一週間後、佐々木が東京へ来た。
僕たちは渋谷で会った。写真では見ていたが、実際に会うのは初めてだ。なのに顔を合わせた瞬間、二人とも笑ってしまった。
「初めまして」
「初めまして」
「……なんか変ですね」
「何が?」
「初めて会った気がしない」
僕も同じだった。
「夢で会ってるからかな」
「かもしれません」
僕たちは近くの喫茶店に入った。
音楽、大学、仕事、家族、人生。気がつけば三時間が経っていた。
佐々木が言った。
「これ、持ってきました」
ケースを開ける。ギターだった。僕は笑った。
「本当に持ってきたんだ」
「夢の続きですから」
「なるほど」
佐々木が真顔で言う。
「バンド、やりませんか?」
僕はコーヒーを吹きそうになった。
「またか」
「何が?」
「夢でも同じこと言われた」
佐々木は笑った。
「じゃあ運命ですね」
「大げさだな」
「人生、もう残り時間も少ないですよ」
「おい」
「だったら、やりたいことやりましょう」
僕は黙った。そして笑った。
「分かった」
こうして、また一人メンバーが増えた。

第七十七章 平均年齢六十二歳
YaYaのメンバーは、気がつけば六人になっていた。
ギター:僕
ギター:佐々木
ベース:六十一歳
ドラム:五十八歳
キーボード:五十五歳
ボーカル:六十歳
平均年齢は六十歳を超えている。
若いスタッフから「シニアバンドですね」と言われ、僕たちは全員で否定した。
「違う」
「何が?」
「青春バンドだ」
「……」
スタッフは苦笑した。
「まあ、どちらでもいいですけど」
練習開始三十分で全員息切れ。
「休憩!」
「早い!」
「無理するな!」
「年寄り扱いするな!」
「お前が一番休みたがってる!」
笑い声が響く。楽しかった。演奏は相変わらず下手だった。

第七十八章 娘の提案
娘がライブを見に来た。終演後、声をかけてくる。
「お父さん」
「何?」
「面白い。みんな下手なのに楽しそう」
「下手は余計だ」
娘は笑った。
「でも、それがいいんじゃない?」
僕は少し考えた。
「そうかな」
「うん」
娘はスマートフォンを見せてきた。そこには僕たちの演奏動画が投稿されていた。
再生回数、一万。
「何だこれ?」
「私が投稿した」
「勝手に?」
「うん」
「消してくれ」
「嫌」
翌日、再生回数は三万。その翌日は十万。一週間後には百万人になっていた。
僕たちは全員で固まった。

第七十九章 老人バンド、ブレイク
テレビ局から電話が来た。
「出演していただけませんか?」
「何の番組ですか?」
「音楽番組です」
「いや、僕たち素人ですよ」
「それがいいんです」
「平均年齢六十歳ですよ」
「それがいいんです」
「全員、演奏が下手です」
「そこもいいんです」
僕はメンバーを見る。全員ニヤニヤしている。
「どうする?」
「出よう」とベース。
「怖いけど出よう」とドラム。
佐々木がギターを抱える。「夢の続きです」
僕は笑った。
「分かった」
出演決定。

第八十章 テレビ局
テレビ局では若いスタッフが走り回っていた。
「五分前!」「三分前!」「スタンバイ!」
僕たちは控室で固まっていた。
「緊張するな」
「する」
「手が震える」
「俺も」
佐々木が僕を見る。
「大学の講堂より緊張しますね」
「当たり前だ」
「でも」と佐々木が笑った。「一曲だけなら」
僕も笑った。
「そうだな」
そのとき、控室のドアがノックされた。
「失礼します」
入ってきたのは番組のプロデューサー。そして、その後ろに一人の男性。
僕はその人を見た瞬間、立ち上がった。
桑田さんだった。

第八十一章 また会ったな
「久しぶり」と桑田さんが笑う。
僕は言葉が出ない。
「夢ですか?」
「今日は現実」と桑田さんは笑った。「テレビの企画でね」
僕は笑った。
「驚かせないでくださいよ」
「悪い悪い」
桑田さんは僕の肩を叩く。「よっ」
僕も笑って「よっ」と返した。
桑田さんはメンバーを見る。
「YaYa?」
「はい」
「いい名前だね」
僕は聞いた。
「どうして知ってるんです?」
桑田さんは少し考えた。
「夢で聞いた」
僕たちは顔を見合わせた。桑田さんが笑う。
「夢って、案外みんなで共有してるのかもね」
そして、本番の時間になった。

第八十二章 一曲だけ
ステージ。照明、観客、ものすごい数のカメラ。
僕はギターを握った。手が震える。
佐々木が小声で言った。
「大丈夫」
「何が?」
「夢と同じ」
「そうだな」
ドラムのカウント。一、二、三、四。
音が始まった。
僕たちは演奏した。下手だった。少し音も外れた。
でも観客が笑っている。楽しそうに手を叩いている。
そして最後、僕は一つだけコードを鳴らした。ジャーン。
大きな拍手。僕が頭を下げる。
その瞬間、客席の一番後ろに母が見えた。

第八十三章 母
僕は息を止めた。
母は若い頃の姿だった。笑っている。
その隣に、先輩、美紀、四人目の若い僕、そして未来の僕。みんな手を叩いている。
僕は涙が出そうになった。でも泣かなかった。笑った。
そして小さく口を動かした。
「ありがとう」
母が頷いた。
次の瞬間、照明が変わった。客席は普通の観客。誰もいない。
幻だった。夢だった。
でも、それでいいと僕は思った。

第八十四章 アンコール
司会者がステージへ出てきた。
「素晴らしかったですね!」
僕たちは苦笑した。
「いや、素晴らしくは……」
「アンコール!」と客席から声が上がる。
「アンコール!」
僕たちは顔を見合わせる。佐々木が言った。
「どうします?」
僕は笑った。
「一曲だけ」
全員が笑う。アンコール。
僕はギターを構え、言った。
「この曲は、昔の僕たちへ。そして、今の僕たちへ。最後に、これからの僕たちへ」
観客が静かになる。ギターを鳴らす。
そして、YaYa。
僕たちはもう一度、演奏した。

第八十五章 帰り道
放送終了後、僕たちは局を出た。
夜の東京。雨。
佐々木が笑った。
「やっぱり」
「何?」
「YaYaは雨の日ですね」
僕は空を見る。
「そうだな」
「次はどこへ?」
「知らない」
「夢?」
「たぶん」
僕たちは歩いた。六人全員が六十代。
でもその後ろ姿は、どう見ても若者だった。
駅へ向かう坂道で、僕はふと後ろを振り返った。
誰もいない。でも確かに聞こえた。
「よっ」
僕は笑った。
「よっ」
そして歩き出す。
青春は終わっていなかった。ただ形を変えただけだった。
大学生だった僕、会社員だった僕、夫になった僕、父親になった僕、そして六十三歳になった僕。
全部同じ人間。全部僕だった。
だから過去の自分を恥ずかしがる必要なんてない。あの頃の自分がいたから、今の自分がいる。
夢の中で何度も会った若い僕は、もう別人ではない。僕自身なのだ。
そして未来の僕も、きっと今の僕の続きを生きている。
だから僕は、今日もギターを弾く。
上手くなくていい。格好良くなくていい。ただ、誰かと一緒に音を出せばいい。
その音の向こうに、また誰かがいるから。
YaYa。
――青春は、年齢では終わらない。
――思い出した瞬間に、もう一度始まる。
そしてその夜、世界のどこかで、また一人同じ夢を見始めた。
古い講堂。
雨。
ギター。
そして、誰かの声。
「よっ」
物語は、まだ終わらない。

続く…


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