さいせん、はじめました。
―五円玉、宇宙を救う(かもしれない)―
まえがき
財布からそっと五円玉を取り出し、「ご縁がありますように」と賽銭箱へ投げ入れる。誰もが一度はしたことのある、日本の参拝風景です。
ところが最近、銀行の硬貨両替手数料が話題になりました。
もし神様の側でも、この小銭の処理に頭を抱えていたとしたら?
良かれと思って続けていた習慣が、実は大好きな神様を困らせていたとしたら。
そんなちょっとおかしなピンチに、真面目だけが取り柄のサラリーマンが挑む物語です。
神社参拝の新しい景色と、神様たちの世俗的な裏事情を、気軽にお楽しみください。
プロローグ カラン、という音について
賽銭箱に硬貨が落ちる音は、世界中どこでも同じだと思われている。
カラン、と。
だがそれは誤解だ。材質や重さ、そして額面によって、音の奥にもう一つの音が鳴っている。人間の耳には届かない、周波数外の通知音だ。
その日、二宮チカラは財布から一番小さくて軽い硬貨を選び、賽銭箱へ指で弾くように投げ入れた。
カラン。
「今年もよろしくお願いします。ご縁がありますように」
彼は手を合わせ、目を閉じた。知らない。その瞬間、三次元の地球から十一次元離れた巨大な処理施設で、けたたましい警報が鳴り響いたことを。
「また五円玉! 今月だけで四十七枚目だぞ!」
処理施設のオペレーターは頭を抱え、モニターに浮かぶ「二宮チカラ」という名前の請求書に深いため息をついた。
第一章 おばあちゃんの教え
二宮チカラ、三十二歳。都内の中堅商社に勤める、取り立てて特徴のない会社員。特技はエクセルの関数を無駄に凝ること。趣味はコンビニのくじを外し続けること。要するに、運に見放されがちなタイプだ。
そんな彼が唯一、律儀に守り続けている習慣があった。神社に行ったら必ず五円玉を入れる、ということだ。
「ご縁は五円って、昔から決まっとるのよ」
小学生の頃、亡くなった祖母がそう教えてくれた。語呂合わせだと大人になればわかる。でも律儀なチカラは三十二歳になった今も守っていた。財布には常に五円玉のストックがあり、コンビニでは「小銭で払います」と言っては、せっせと五円玉だけを残していた。
その日も残業終わり、会社近くの小さな神社に立ち寄っていた。正式名称は三巳稲荷神社。地元の人しか知らないような社だ。
最近のチカラは少し荒れていた。企画は通らない。上司の機嫌は悪い。おまけに失恋したばかり。神頼みでもしなければやっていられない気分だった。
「今年もよろしくお願いします。ご縁がありますように」
五円玉を投げ入れ、深々と頭を下げる。いつもと変わらない参拝のはずだった。
その直後、社務所の奥から巫女装束の女性が飛び出してきた。
「ちょっとあなた。今の五円玉、あなたですね!?」
「は、はい……?」
「四十七枚目ですよ、今月だけで。いい加減にしてください」
目の前まで詰め寄って、彼女は腰に手を当てて言い放った。
「わたし、銭形千歳と申します。この神社の、まあいろいろあって臨時で監査をしている者です。単刀直入に言います。あなたの賽銭、迷惑です」
第二章 監査官・銭形千歳
「迷惑って、言われましても……」
チカラは目を白黒させた。神様に失礼のないよう、真面目に手を合わせてきたつもりだった。
千歳は困惑するチカラを見て、少しだけトーンを落とした。
「順を追って説明します。あなたは五円玉を『縁起がいいから』という理由で選んでいますね」
「はい。祖母の教えで」
「気持ちはわかります。でも現実の話をすると、神社は集めた賽銭を銀行に持ち込んで、必要な現金に両替したり口座に入金したりするんです。ところが今は、大量の硬貨を持ち込むと枚数に応じた手数料がかかる。五百枚を超えたあたりから、完全に赤字です」
「赤字……賽銭が、赤字に?」
「そうです。そしてそれは、地上の銀行だけの話ではありません」
千歳は指で宙に小さな光の輪を描いた。輪は回転し、立体的な図表になった。
「わたしたちが本当に管理しているのは、賽銭箱の向こう側。神域と呼ばれる領域にある、ご縁の流通システムです。あなたたちが納めたお金は、物理的な硬貨としてだけでなく、エンというエネルギー単位に変換されて、神様たちの活動資金になっています」
「神様の、活動資金」
「はい。神様が霊験を発揮するにもコストがかかるんです。ご利益はタダじゃありません」
チカラは呆然とした。千歳は続けた。
「そして、そのエンへの変換にも両替手数料がかかります。担当は神域にある巨大機関、通称・冥銀行。ここが小額硬貨の処理コストでずっと悲鳴を上げているんです」
「つまり、僕の五円玉が」
「はい。あなたの五円玉一枚につき、神域では処理コストとして約三エンの赤字が出ています。四十七枚で、今月だけで百四十一エン。この三巳稲荷神社を担当する神様、三巳様は半年以上、この負債の返済に追われて、新しいご利益を一つも発動できていません」
第三章 三巳様、経営難
三巳稲荷神社の本殿の裏手、小さな祠の中にその神様はいた。
体長三十センチほどの白い狐。名を三巳様という。神々しいはずの姿は、電卓片手にげっそりやつれ、目の下には濃いクマができていた。
「うわああ、また今月もマイナスかあ……」
電卓を放り投げ、机に突っ伏す。机には冥銀行御中と書かれた督促状らしき巻物が山積みだ。
「あの、あなたが三巳様、ですか」
「おお、お前が例の五円玉常習犯か。いや、責めとらん。責めとらんが、正直つらい」
「すみません……」
「謝らんでいい。悪いのは五円玉にご縁を結びつけた大昔の誰かの語呂合わせのセンスじゃ。あれのせいで日本中の小さな神社が軒並み経営難なんじゃ」
三巳様は大きなため息をついた。
「わしのようなマイナーな神は、賽銭の総額自体が少ない。それでいて律儀に五円玉ばかり納めてくれる参拝者が多いから、額面の割に処理コストばかりかさむ。このままだと来月には合祀の対象にされてしまう」
「合祀というのは?」
千歳が補足した。
「早い話が経営統合です。赤字が続く小さな神様は、近隣の大きな神社の神様に吸収され、独立した神格としては消滅させられてしまう。人間の会社でいう吸収合併ですね」
「そんな、神様にもそんな仕組みが」
「厳しい世界なんです。ご利益資本主義とでも言いましょうか」
チカラは言葉を失った。良かれと思って続けてきた習慣が、神様を廃業寸前まで追い詰めていた。
「わしは別に自分が消えるのは構わん。だがこの神社を頼ってくる参拝者が困る。縁結びも商売繁盛も、頼む相手がおらんようになったら、みんなどこにお願いすればいいんじゃ」
三巳様の目にうっすら涙が浮かんだ。
チカラの中で、何かがカチリと音を立てた。
「わかりました。僕にできることがあるなら、何でもします」
第四章 臨時徴収担当、命を受ける
「本当にいいんですか」
千歳が念を押した。
「何でもする、というのは簡単に言うことじゃありません。あなたには正式に臨時ご縁調整担当を委嘱します。つまり」
千歳が指を鳴らすと、目の前に辞令が浮かび上がった。
辞令
二宮チカラ殿
貴殿を三巳稲荷神社 臨時ご縁調整担当に任命する
任期:本日より正月三が日まで
冥銀行 神域会計監査部
「正月三が日って、あと二週間もないじゃないですか!?」
「そうです。もっと大きな問題が迫っているんです」
千歳の表情が真剣に変わった。
「初詣です。毎年三が日には日本全国の神社に一年で最も多くの参拝者が押し寄せます。そして大半が、あなたと同じように小銭こそ縁起がいいと信じて、五円玉や十円玉を大量に投げ込む」
「それは、確かに」
「今年、その総量が冥銀行の処理能力の限界を超える見込みなんです。名付けて、コイン洪水です」
パンッと手を叩くと、空中に赤い立体グラフが映し出された。棒グラフがぐんぐん伸び、警告ラインを突き破る。
「もし処理能力を超えた小銭が神域に流れ込むと、システムがパンクして両替処理が完全停止します。そうなれば日本中の、いえ下手をすると世界中の小さな神々のご利益が一斉に機能停止に陥る。これをわたしたちは霊験デノミネーションと呼んで最も恐れています」
「そんな大事になるなんて……」
「しかも近年は、大きな神社ほど後方の参拝者が賽銭箱まで届かせようとコインを投げつけてくる。物理的にも危険です。将棋倒しの原因になったこともあります。神域の経済問題であると同時に、地上の安全問題でもあるんです」
チカラは唾を飲んだ。
「僕は一体、何をすればいいんですか」
千歳はにやりと笑い、肩に手を置いた。
「決まっています。日本中の五円玉信者の意識改革ですよ」
第五章 招き猫、参戦す
とはいえ一介の会社員に、日本中の参拝マナーを変えられるはずがない。
途方に暮れるチカラの前に、社務所の片隅に置かれていた古びた招き猫の置物が口を開いた。
「にゃあ。手伝ってやろうか、人間」
「しゃ、喋った!?」
「驚くことはない。ワシは招福。この神社に三百年仕えとる招き猫型の式神じゃ。普段は置物のフリをしとるが、緊急事態とあらば話は別よ」
招福は台座から飛び降り、後ろ足で立ち上がり、前足を組んだ。
「お前がすべきことは単純明快。SNSじゃ」
「え?」
「今どき人の意識を変えるのに一番手っ取り早いのは口コミよ。お前、会社ではエクセルの達人なんじゃろ。データをまとめて、拡散されるネタにする才能があるはずじゃ」
千歳も頷いた。
「実は冥銀行の広報部から極秘データの開示許可が下りています。賽銭処理コストの実態を可視化して伝えられれば、行動が変わる可能性があると」
そこから三日間、チカラは有給をかき集めて早退しては、千歳や招福と資料作りに没頭した。
一枚の五円玉が神域処理コストで約三エンの赤字。五百円玉一枚ならコストを補って余りあるプラス。電子マネー賽銭は実は神域でも歓迎されている。そうしたデータを、招福直伝のゆるキャライラストと共にわかりやすい画像にまとめていく。
タイトルは招福の提案でこう決まった。
『お賽銭、本当は五百円がありがたいってホント? 神主さんに聞いてみた』
きわめて俗っぽいタイトルだが、これが功を奏した。三巳稲荷神社の宮司の協力を得て投稿された記事はじわじわ拡散され始める。
「バズってる、バズってますよチカラさん!」
千歳が興奮気味にスマホを見せた。閲覧数は十万を超え、コメント欄には知らなかった、今年から百円にする、五円玉信仰意味なかったのかという声が並んでいた。
だが招福だけは浮かない顔をしていた。
「にゃあ……喜ぶのはまだ早いぞ。バズるというのは諸刃の剣じゃ」
第六章 両替尊、降臨
招福の懸念は的中する。
その夜、三巳稲荷神社の空に巨大な渦が現れた。中心から降り立ったのは、そろばんのような杖を持ち、パリッとしたスーツに身を包んだ痩せぎすの神。経理担当の権化のような存在だった。
「誰だ、勝手に神域の内部データを地上に流出させたのは」
低く疲れきった声だった。
「両替尊……!」
千歳が息を呑んだ。
「冥銀行の実務トップです。神域の会計を一手に取り仕切る、恐ろしく忙しい神様……」
両替尊はそろばん杖をチカラに突きつけた。
「二宮チカラ。お前がやったことは確かに参拝マナーの改善に繋がるだろう。だが神域の内部会計情報の無断開示は重大な規約違反だ。下手をすれば地上と神域の間の見えない壁、人間が神様の存在を無条件には信じないという絶妙なバランスを崩しかねん」
「そんなつもりじゃ。僕はただ三巳様を助けたくて」
「わかっている。動機は同情する。だが結果がすべてだというのがうちの上の連中の口癖でな」
両替尊は大きなため息をついた。怒りよりも深い疲労がにじんでいた。
「正直に言おう。わし自身この仕組みにはうんざりしとる。神とはいえ毎日毎日五円玉の入金伝票を何万枚と処理させられる身にもなってみろ。手が震える。目がかすむ。おまけに上からは赤字を出すなの一点張り。神様の経理担当ほど割に合わん仕事はないぞ」
「両替尊様も、大変なんですね」
「大変なんてもんじゃない。だからこそお前のやったことは本来ならありがたい話でもある。問題はやり方だ」
両替尊はそろばん杖を回し、地面に巨大な書類を投影した。
「三日後の大晦日、日本中の主要な神社に特別査察が入る。結果次第でコイン洪水を防ぐ緊急措置、全国一斉の賽銭システム緊急停止が発動される可能性がある」
「賽銭システムの停止って」
「初詣そのものが成立しなくなるということだ」
第七章 初詣の夜、コイン洪水
大晦日の夜。三巳稲荷神社にはいつになく長い行列ができていた。
チカラは招福特製の五百円のすすめと書かれた立て看板を持って境内入口に立っていた。隣には巫女姿の千歳。本殿の屋根の上には腕組みをした両替尊の姿もある。
「本当にこれでうまくいくんでしょうか……」
チカラがつぶやいたその時、都心の方角の空がうっすら赤く光り始めた。
「まずい。都心の大きな神社からコインが溢れ始めている……!」
千歳のスマホには神域の処理量を示すグラフが表示されていた。棒グラフが警告ラインを軽々と突き破っていく。
「見てください、あの空!」
夜空には無数の光の粒が隕石群のように降り注いでいた。全国の賽銭箱から溢れ出した、処理しきれない小銭たちの残留エネルギーだった。
「このままでは本当にデノミネーションが……!」
両替尊が屋根から飛び降り、そろばん杖を天に掲げた。
「仕方ない。緊急停止を発動する」
「待ってください!」
チカラは思わず叫んでいた。
「停止したら今夜初詣に来ているみんなの願い事はどうなるんですか。三巳様みたいな小さな神様たちはどうなるんですか」
「代案があるのか」
両替尊がじろりと見た。
チカラは深呼吸し、招福が持ってきた段ボール製の即席ブースを指差した。臨時両替所と書かれている。
「みんな五円玉が縁起いいって信じてるだけなんです。だったらもっと縁起がいい方法を今夜ここで教えればいいじゃないですか」
「今夜、この場で?」
「五円玉を持ってきた人には僕らのポケットマネーで五百円玉に両替してもらう。手数料はこっちが持ちます。その代わりその五百円玉を賽銭箱に入れてもらう。なぜそれが神様のためになるのかもその場で説明する」
千歳が目を丸くした。
「チカラさん、それ全財産注ぎ込むことになりますよ!?」
「かまいません。どうせボーナスも出なかったし、失恋のショックで貯金する気力もなくしてたんです。それなら目の前の神様を助けるために使った方がよっぽど気が晴れる」
両替尊はしばし沈黙したのち、ふっと小さく笑った。
「面白い。よかろう。一時間だけ待ってやる。それで流入量が落ち着かなければ緊急停止は免れんがな」
第八章 五百円の勇気
「五円玉、五百円に両替できまーす! 手数料無料! わけを聞いてってくださーい!」
招福がどこからか調達した拡声器で叫んだ。最初は誰も足を止めなかった。だが千歳が笑顔で一人ひとりに声をかけていくうち、少しずつ人だかりができ始める。
「え、五円玉だと神様が困るって本当ですか?」
「はい、実は」
チカラはあの日聞いた話をできるだけわかりやすく噛み砕いて説明した。銀行の両替手数料のこと。神域の処理コストのこと。小さな神様たちが経営難で苦しんでいること。
最初は半信半疑だった参拝者たちも、自腹を切って必死に両替を続けるチカラの様子や、屋根の上に立つ偉そうな痩せた神様の存在感に、次第に耳を傾け始めた。
「へえ、じゃあ今年は五百円にしようかな」
「私も。五円玉うちに何百枚もあるから両替してもらおうっと」
行列はいつしか臨時両替所を中心にした縁日のような賑わいに変わっていた。
チカラの財布からはみるみる一万円札が消えていった。二万、三万。それでも彼は笑顔で両替を続けた。
「チカラさん、そこまで自分の貯金を……!?」
「いいんです。誰かの願い事が神様に届くなら、こんなに安い買い物はありません」
一時間後。千歳のスマホのグラフは警告ラインを大きく下回るところまで下がっていた。
「信じられない。都心の方の神社でも同じような動きが自然発生的に広がっています。SNSでチカラさんたちの取り組みが拡散されたみたいです。チカラさんが作ったあの図解、全国の宮司さんがそのまま印刷して貼り出してくれてます」
屋根の上で両替尊が満足げに頷いた。
「よくやった、二宮チカラ。緊急停止は必要なさそうだ」
「本当ですか……!」
チカラはその場へへなへなと座り込んだ。財布はほとんど空っぽだったが、不思議と気持ちは軽かった。
祠の奥からげっそりしていたはずの三巳様が元気な足取りで駆け寄ってきた。
「チカラよ。お前のおかげでわしの今月の収支、久しぶりに黒字に転じそうじゃ!」
「よかった、本当に、よかったです」
三巳様はチカラの肩によじ登ると、ふさふさの尻尾で頬をそっと撫でた。
「お前のおばあさんが教えてくれたご縁は五円というのはな、あながち間違いではないんじゃ。ただ金額の話ではなく、気持ちの話だったんじゃよ。それを額面に固執させてしまったのは時代の方じゃ」
エピローグ あといくつ寝ればお正月
三が日が明けた頃、チカラのもとに一枚の辞令が届いた。
辞令
二宮チカラ殿
臨時ご縁調整担当の任を解く
なお貴殿の功績に鑑みご縁大使の称号を授与する
冥銀行 神域会計監査部 両替尊
「ご縁大使、ですって」
千歳が隣でくすくす笑った。あの一件以来、なぜか頻繁に監査と称して顔を出すようになっていた。
「これからもたまにでいいので、お賽銭の啓発活動手伝ってもらえますか」
「もちろんです。あ、そうだ」
チカラは財布を取り出すと、中から一枚の五円玉を取り出した。
「これ、最後の一枚なんです。捨てるのはもったいないから記念に取っておこうかと」
千歳はそれを見てふっと笑った。
「五円玉自体が悪者なわけじゃありません。ただそれだけで済ませようとする気持ちが神様を困らせていただけです。気持ちを込めて選ぶ金額なら、五円でも五百円でも神様はちゃんと受け取ってくれます」
「なるほど……」
チカラは空を見上げた。もうすぐまた一年が終わる。そしてまた新しい年が来る。
大きな神社では今年もきっと黒山の人だかりができるのだろう。後ろの方から危なっかしくコインを投げ込む人もまだいるかもしれない。
けれどチカラは知っている。その一枚一枚の向こうで、電卓片手に経営に頭を悩ませる小さな神様たちがいることを。
「さて、今年はいくら包もうかな」
財布の中の一万円札を数えながら、チカラは小さく笑った。
あといくつ寝れば、お正月。
その夜もどこかの神社の賽銭箱でカランという音が響いていた。
その向こう側で今日も誰かがそろばんを弾いている。
了
Amazon Kindle
あとがき
「感謝の気持ちを伝えるための賽銭が、文化や経済の変化によって意図せず相手(神社や神様)の負担になってしまう」という日常のちょっとした矛盾。それをユーモアと優しさで解きほぐす物語にしたいと思い、一気に書き上げました。
お金の額そのものよりも、「相手を思いやる気持ち」こそが一番のご利益(ご縁)なのだと、チカラたちの奮闘を通して少しでもお伝えできていれば幸いです。
今度神社にお参りに行く際は、ぜひ賽銭箱の"向こう側"に思いを馳せてみてください。もしかすると、電卓を叩く小さな神様が、笑顔であなたを迎えてくれるかもしれません。

