刻堕とし 十六 〜芝浜異聞・夢喰らい〜
継ぎ目守異聞
古典落語「芝浜」より
まえがき
「芝浜」という噺は、江戸落語の中でも、屈指の人情噺として知られている。魚屋の勝五郎は腕は良いが酒好きで、なかなか身を持ち崩している。ある朝、女房に急かされて芝の浜辺へ仕入れに出た勝五郎は、そこで思いがけず、大金の入った財布を拾う。
大喜びで長屋に帰り、その金で仲間を呼んで大盤振る舞いの酒盛りをした勝五郎だったが、翌朝目覚めると、女房から「そんな金、どこにもありゃしないよ。お前さん、夢でも見たんだろう」と告げられる。呆然とした勝五郎は、酒に溺れていた自分を恥じ、心を入れ替えて真面目に働くようになる。
三年後の大晦日、女房はようやく本当のことを打ち明ける。あの日拾った金は本物だったが、これでは夫を駄目にしてしまうと思い、拾った金を奉行所に届けた上で、夢だったのだと嘘をついていたのだ、と。勝五郎は驚きながらも、女房の情に深く感謝し、久しぶりに酒を注がれる。だが盃を口元まで運んだところで、ふと箸を止め、こう呟く。「よそう。また夢になるといけねえ」――そんな、洒落た余韻を残して幕を閉じる噺である。
この噺の面白さは、女房のついた優しい嘘――「夢だった」というひと言――が、夫の人生を静かに立て直す力を持っていたというところにある。
ところが、とある写しにおいて、この「夢だったことにする」という優しい嘘の仕掛けが、あちこちの継ぎ目で暴走し、誰もが現実と夢の区別をつけられなくなっているという報せが届いた。継ぎ目守の圭馬と弥七は、芝の浜辺へと足を踏み入れることになった。
一 継ぎ目守、夢と現の狭間
鏡面が、寄せては返す波のように、ゆらゆらと揺れ続けていた。だが、その波打ち際は、砂浜なのか布団の中なのか、いつまでも判然としなかった。
継ぎ目守圭馬へ。演目「芝浜」における『夢だったことにする』型が、無数の継ぎ目で暴走している事案を確認。現実の出来事が次々と夢と混同され、当人自身が今が夢か現かを判別できなくなる事例が多発。至急現地調査されたし。
「夢と現の見分けがつかなくなる、たあ、これは厄介だね」
圭馬が波音に耳を澄ませながら呟くと、弥七がすでに提灯片手に立っていた。心なしか、その顔つきも普段より頼りなく見えた。
「旦那、芝浜たあ、女房のついた優しい嘘が、駄目亭主を立ち直らせる、しみじみとした噺のはずなんですがね」
二 勝五郎、浜辺にて
継ぎ目を抜けると、そこは芝の浜辺、まだ夜も明けきらぬ早朝だった。
「魚勝さん、早く仕入れに行っとくれよ。いつまでも寝ぼけてないで」
女房に急かされ、渋々と浜辺に出てきた魚屋の勝五郎が、ふと足元に何か引っかかるものを見つけた。
「なんだこりゃ……財布かい」
拾い上げてみると、ずしりと重い。中を検めると、目もくらむほどの大金が入っていた。
「こ、こいつは……」
弥七が息を呑んだ。
「旦那、噺の型どおりだ。だが……この財布、心なしか、輪郭がぼやけて見えねえか」
三 酒盛りの夜
勝五郎は大喜びで長屋に駆け戻り、仲間を呼び集めて、その日のうちに派手な酒盛りを開いた。
「さあ飲め食え、今日は俺の奢りだ!」
賑やかな宴の様子を、圭馬と弥七は物陰から見守っていた。
「弥七、噺の筋なら、この後、勝五郎は酔い潰れて眠り込み、翌朝、女房から『そんな金はなかった、夢を見たんだろう』と告げられる。それで目が覚めて、心を入れ替える――そういう流れのはずだ」
「へい、そのはずなんですが……旦那、なんだかこの宴、いつまで経っても終わりそうにありやせんぜ」
四 終わらぬ宴
案の定、夜が明けても、その次の夜が明けても、勝五郎の宴は終わらなかった。
「おい、いつまで飲んでるんだ」
「なあに、まだ宵の口じゃねえか。もう一杯くれ」
勝五郎の顔は、日に日にやつれていくが、それでいて宴そのものは、いつまでも同じ賑わいを保ち続けている。
「弥七、これは変だ。噺の型なら、女房が『夢だった』と言い放って、この宴は一晩で終わるはずだ。それが、いつまで経っても、夢から覚める気配がない」
五 幾千の浜辺、覚めぬ夢
圭馬が継ぎ目守の証を掲げると、浜辺の景色が透け、その奥に、幾千もの同じ浜辺が、波打ち際のように重なって見えた。どの継ぎ目でも、財布を拾った者たちが、覚めない宴、覚めない酔い、覚めない財布の重みの中に、いつまでも閉じ込められていた。
「これは夢か、それとも現か……」
うわ言のように繰り返す彼らの目は、どこも虚ろだった。
「弥七、見ろ。あちこちの継ぎ目で、夢と現の境目が溶けちまってる。女房が『夢だった』と告げるはずの、あの優しい嘘の力が、悪用されて暴走してやがる」
六 夢喰らいの正体
幾千の浜辺が収束する先、波の底のような暗がりに、砂と泡でできた、輪郭の定まらない影が揺蕩っていた。
「継ぎ目守か。……この身は、幾百幾千の写しで宙に浮いたままだった、『夢だったことにする』という優しい嘘の残滓から生まれた者。名は夢喰らい。誰かが現実を夢だと思い込む、あの茫漠とした心地――それが何よりの馳走よ」
「お前が、あちこちの継ぎ目で、夢と現の境目を溶かして回ってるのか」
「境目などなければないほど、この身は肥え太る。夢と現、どちらも同じ味がすれば、誰も彼もが、いつまでも覚めることのない宴に浸っていられる。……なんと安らかなことか」
弥七が唸った。
「旦那、こいつぁ、あの女房の優しい嘘を、真逆の意味に使ってやがる。あの嘘は、夫に現実へ帰ってきてもらうための嘘だったはずだ。それを、いつまでも夢の中に留めておくための道具にすり替えてる」
七 弥七、宴に紛れ込む
調べを進める中、弥七がふと、覚めない宴の輪の中に足を踏み入れてしまった。
「なあお前さんも、一杯どうだい」
差し出された盃に、弥七はふらふらと手を伸ばしかけた。
「弥七!」
圭馬がとっさにその手を払いのけた。
「弥七、これは夢だ。お前が今まで見てきた、本物の景色じゃねえ」
「旦那……すいやせん、あの盃の中身が、やけに旨そうに見えちまって」
「気をつけろ。夢喰らいにとっちゃ、覚めたくねえって気持ちそのものが、格好の餌だ」
八 女房という要石
圭馬は、あの女房の姿を思い返した。
「弥七、思い出してみろ。あの女房が『夢だった』と嘘をついたのは、夫を甘やかすためじゃねえ。夫がもう一度、現実に踏み出す力を持てるようにするための、厳しくも優しい嘘だったはずだ」
「なるほど。あの嘘には、ちゃんと『いつか本当のことを話す』っていう期限があったんですね」
「ああ。三年後の大晦日、女房はちゃんと真実を告げてる。夢喰らいは、その『いつか覚める』って部分を、都合よく抜き取ってやがるんだ」
九 圭馬の啖呵
圭馬は覚めない宴の中心、勝五郎の傍らに進み出た。
「勝五郎さん、しっかりしなせえ。この宴は、もう三日も三月も、いや、三年も続いちまってる」
「な……三年、だと」
「ああ。あんたの女房は、いつまでもあんたを夢の中に閉じ込めておくような人じゃねえ。ちゃんと、潮時を見て、本当のことを話すつもりでいたはずだ」
圭馬は懐から継ぎ目守の証を掲げ、幾千の浜辺すべてに向けて、力強く語りかけた。
「夢喰らいよ、お前が喰ってきたのは、覚めない夢の心地よさだけだ。だが、本当に旨いのは、そこじゃねえ。夢から覚めた時の、あの一瞬の寂しさと、それでも現実を受け入れて立ち上がる、その人の強さの方だ」
十 夢から覚める
圭馬の言葉が、幾千の継ぎ目すべてに染み渡っていくと、覚めない宴の景色が、ゆっくりと薄れ始めた。勝五郎は、はっとしたように目を覚まし、傍らに座る女房の顔を見つめた。
「お前さん、目が覚めたかい。……昨日拾ったっていう大金、そんなもの、うちのどこにもありゃしないよ。お前さん、夢でも見たんじゃないのかい」
その言葉を聞いた瞬間、勝五郎の中で、何かがすとんと定まった。
「そうか……あれは、夢だったのか」
夢喰らいは、正しく「いつか覚める」という筋道を取り戻した夢の連なりに耐えかね、纏っていた砂と泡の輪郭を波にさらわれるように崩され、静かに溶け消えていった。
十一 三年後の大晦日
それから勝五郎は、酒を断ち、真面目に働くようになった。三年の月日が流れた、ある大晦日の夜。
「お前さん、実はね、話しておきたいことがあるんだよ」
女房は、あの日拾った金が本物だったこと、しかしそれでは夫を駄目にしてしまうと思い、金を奉行所に届けた上で「夢だった」と嘘をついていたことを、静かに打ち明けた。
「そうだったのか……お前には、随分と苦労をかけちまった」
勝五郎は深く頭を下げ、女房は久しぶりに、勝五郎の盃に酒を注いだ。勝五郎はその酒を、ゆっくりと口元まで運び――そこでふと、箸を止めた。
「よそう。また夢になるといけねえ」
十二 高座にて
気づけば圭馬は着物姿で高座に座っていた。扇子をとんとんと畳に置き、客席を見渡す。
「というわけで、女房のついた優しい嘘が、駄目亭主を三年がかりで立ち直らせるという、実に江戸っ子らしい情の噺でございます。夢と現の境目、時にゃ曖昧にしておくのも人情のうち。ですが、いつかはちゃんと覚めなきゃならねえ。そこを見誤ると、とんだ化け物にまで育っちまうんでございます。今日はこの辺りで、お後がよろしいようで」
客席から、盛大な拍手が沸き起こった。
了
あとがき
本作をお読みいただきありがとうございました。刻堕としシリーズも十六作目、今回は「芝浜」という、江戸落語屈指の人情噺を題材にしました。
この噺の胸を打つところは、女房のついた優しい嘘が、単なる誤魔化しではなく、夫がもう一度立ち上がるための、期限付きの猶予だったというところにあると思います。今回はその「夢だったことにする」という仕掛けが、あちこちの継ぎ目で暴走し、誰も現実と夢の区別をつけられなくなるというSF的な事件にしてみました。
夢喰らいが喰らっていたのは、覚めない夢の心地よさでしたが、圭馬が最後に語った通り、本当に価値があるのは、夢から覚めた時の寂しさと、それでも現実を受け入れて立ち上がる強さの方なのだと思います。ラストの「よそう、また夢になるといけねえ」という台詞は、原話の余韻をそのまま大切に残しました。
しみじみとした人情と、少し不思議な夢と現の狭間の噺を、楽しんでいただけましたら幸いです。それでは、また次の継ぎ目でお会いしましょう。

