パーティーナイト・シンドローム
〜僕が銀河非公認キューピッドになった、笑えない夜の話〜



まえがき

誰かに恋をしたことがありますか。

「好き」と言えば何かが変わるかもしれない。
でも、その一言が言えなくて、結局何も始まらなかった——そんな経験は、きっと誰にでもあるでしょう。

この物語は、そんな「あと一歩」をめぐる物語です。

主人公は、ごく普通の会社員。
クリスマスの寂しさから始めたパーティーで、ちょっとした嘘をきっかけに、いくつもの恋を生み出してしまいます。

「あの人、あなたのこと気にしてたよ」

たったそれだけの一言が、人の心を動かし、やがて銀河中の文明を救う仕事へとつながっていく——そんな少し不思議で、少し笑えて、少しだけ胸が熱くなるSFを書いてみたいと思いました。

恋とは何でしょう。
運命でしょうか。
偶然でしょうか。

私は、そのどちらでもなく、「ほんの少しの勇気」が形を変えたものなのかもしれないと思っています。

この物語が、あなたの心にも小さな火を灯すことができたなら、作者としてこれ以上の喜びはありません。

それでは、銀河で一番ゆるいキューピッドの物語を、お楽しみください。




第一章 クリスマスの企み

あの頃、僕は暇だった。
いや、正確に言うと、暇な"ふり"をしていた。
クリスマスが近づくたびに胸の奥がざわつくのは、太平洋の向こうに置いてきた彼女のせいだった。時差十七時間。声を聞くたびに、会えない距離のぶんだけ何かが目減りしていく気がした。
それを埋める方法を、僕は知らなかった。だから代わりに、レストランを一軒まるごと借り切った。
「パーティーをやろう」
そう言った瞬間、僕の中の寂しさは他人事になった。仲間を集め、仲間の仲間を呼び、そのまた仲間まで招くうちに、店は満席になった。儲けなんて要らない。ただ、賑やかな部屋の隅に自分の寂しさを置き去りにできれば、それでよかった。
集まったのは、彼氏彼女のいない、ちょっとばかり奥手な連中ばかりだった。誰も彼もが、誰かを気にしているのに、誰も言い出せずにいた。
その光景を見ていて、僕はふと思いついた。
——火のないところに、煙を立ててやろう。
我ながら性質の悪い思いつきだった。天使のふりをした悪魔のような企み。けれど、それが妙に楽しかったのだ。
男には、こう耳打ちした。
「おい、あの娘、お前のこと氣にしてるみたいだぞ」
女には、少し遅れてこう囁いた。
「あいつ、キミのこと……なんか言ってたよ」
嘘だった。九割九分、僕の勝手な想像だった。けれど不思議なことに、その嘘は転がるうちに、いつのまにか本当になっていった。今まで氣にも留めていなかった相手から「好きです」と言われて、平静でいられる人間なんて滅多にいない。よほどの朴念仁でない限り、その瞬間から視線は変わる。
僕はその夜、五組のカップルを"製造"した。もちろん自称・無資格・無報酬のキューピッドとして。
まさかその夜の悪戯が、僕の人生をまるごと巻き込む「案件」になるだなんて、その時の僕は知る由もなかった。

第二章 来訪者

パーティーがお開きになった深夜、僕は最後の客を見送って、借り切ったレストランの片付けを手伝っていた。
グラスを片付けていると、誰もいないはずの奥のブース席に、見覚えのない女性が座っているのに気づいた。
グレーのパンツスーツ。年齢不詳。名札には「観測官」とだけ書かれた、妙に安っぽいプラスチックの札を提げている。
「今夜はお疲れさまでした」
彼女は僕の顔を見るなり、まるで長年の同僚にするような労いの言葉をかけてきた。
「……失礼ですが、どちら様で?」
「ミライ・カノン。所属は、まあ、長くなるので略して『局』とお呼びください」
彼女はテーブルの上に、コースターほどの大きさの薄い金属板を置いた。触れてもいないのに、そこに映像が浮かび上がる。今夜の僕の会話——「あの娘、お前のこと氣にしてるみたいだぞ」のくだりが、ご丁寧に赤い波形グラフつきで再生された。
「これ、何の映像です?」
「あなたが引き起こした反応の記録です。心理的擾乱、ドーパミン濃度変化、フェロモン交換量……この五件、すべて成功していますね。しかも成功率九十八パーセント。統計的にありえない数字です」
僕は苦笑いした。
「ただの世話焼きですよ。占いとか、そういうんじゃなくて」
「ええ、占いじゃない。もっと厄介です」
ミライと名乗った女性は、僕の目をまっすぐ見て、こう言った。
「あなたは『触媒体質』です。人類の中でも、億人に一人あるかないかの」
「触媒?」
「ええ。あなたの言葉は、他人の感情反応の"活性化エネルギー"を、劇的に下げる。本来なら何年もかかって芽生えるはずの好意を、一言で沸点まで持っていける。まるで——」
「化学反応、みたいに?」
彼女は初めて、少しだけ笑った。
「その通り。混ざるはずのなかった二つの元素が、あなたという触媒を介して、確かに発熱する」

第三章 孤独エントロピー対策局

ミライは、僕を近所の二十四時間営業のファミレスに連れ出し、ドリンクバーのコーヒーを片手に、とんでもないことを話し始めた。
「私たちの局の正式名称は『銀河孤独熱力学対策機構』——長いので『局』で結構です。任務は一つ。宇宙のあらゆる知的種族における『孤独エントロピー』の増大を、可能な限り遅らせること」
「孤独エントロピー」
「はい。閉じた系では、放っておくとエントロピー——乱雑さは増大する一方です。感情のシステムも同じ。文明が発展し、個体がそれぞれ孤立した箱の中で"最適化"された生活を送るようになるほど、誰かと誰かの間の"熱の交換"は起こりにくくなる。つまり、恋も、友情も、家族も生まれにくくなっていく」
「それって……単なる少子化とか、そういう話じゃなくて?」
「それも一因です。ですが局にとって深刻なのは、孤独エントロピーが臨界点を超えた文明が、例外なく緩やかに"消えていく"という事実です。争いもなく、疫病もなく、ただ誰も彼もが、誰とも熱を交わさなくなって、静かに絶える。私たちはそれを『冷却絶滅』と呼んでいます」
僕はコーヒーを吹き出しそうになった。
「ちょっと待ってください、僕はただの……パーティー好きの、しがない会社員ですよ?」
「ええ。ですが局の観測網は、あなたの引き起こした反応を五年前から追跡していました。あなたのような"天然の触媒"は、局にとって——喩えるなら、消防士のいない街に生まれた、生まれつきの消火能力者のようなものです」
「僕、別に選ばれたくないんですけど」
「わかります。ですから、これは『お願い』です」
彼女はテーブルの上に、もう一枚の金属板を置いた。今度映し出されたのは、地球ではない、見たこともない色の空を持つ惑星の映像だった。街並みは美しく整然として、誰も彼もが一人でモノレールに乗り、一人で食事をし、一人で眠っていた。
「ここは、かつて局が"手遅れ"と判断した文明の一つです。テクノロジーは我々よりずっと進んでいました。ですが誰も、隣人に『お前のこと氣にしてるみたいだぞ』と言ってやれなかった」
画面の中の街が、ゆっくりと、明かりを落としていくように暗くなっていった。
僕は、しばらく黙っていた。

第四章 契約は嫌よと言ったけれど

「断ります」
僕は言った。当然だ。突然現れた自称・宇宙機構の職員に「あなたは選ばれた触媒です、銀河を救ってください」なんて言われて、二つ返事で頷ける人間がいたら、そいつのほうがどうかしている。
「わかりました」
ミライはあっさり頷いた。拍子抜けするほどに。
「無理強いはしません。局の理念は"自発的な熱の交換"を守ることですから、強制でそれを歪めるのは本末転倒です」
「……それなら」
「ただ、一つだけ見ていただきたい映像があります」
彼女がまた金属板に触れると、映し出されたのは——僕の実家だった。
いや、正確には、僕の"将来"の実家だった。リビングにクリスマスツリー。孫らしき小さな子どもたちが駆け回っている。あの夜、僕が無理やりくっつけた五組のカップルのうちの一組——最初は「絶対ないでしょ」と本人たちが笑い合っていた二人——が、白髪まじりの穏やかな顔で、その孫たちを眺めて笑っていた。
「これは、あなたが今夜"起こした"未来の一つです。あなたが何もしなければ、この二人は一生、隣に住んでいながら、互いの存在にすら氣づかなかったでしょう」
僕は言葉を失った。
「局が求めているのは、これと同じことを、もう少しだけ広い規模でやっていただくことです。難しい仕事じゃありません。あなたが今夜やったのと、本質的には同じです」
「……同じ、セリフでいいんですか」
「ええ。『あの人、あなたのこと氣にしてたよ』——このシンプルな一言が、私たちの知る限り、宇宙で最も汎用性の高い"点火装置"です。種族が違っても、言語が違っても、なぜか効く」
僕はため息をついた。断りきれない自分に呆れながら。
「……交通費と、宿泊費は?」
「もちろん局持ちです」
「時差ボケの薬とかは」
「支給します」
「彼女に、ちゃんと会いに行く時間はもらえるんですか」
ミライは、少しだけ意外そうな顔をしてから、初めてちゃんと笑った。
「それはむしろ、局として奨励します。あなた自身の熱が冷めては、元も子もありませんから」

第五章 変な研修

契約書——のようなもの、実際は光る球体に手をかざすだけだったが——にサインをした翌週から、僕の"研修"が始まった。
研修施設は、渋谷のはずれにある、何の変哲もない雑居ビルの地下三階だった。エレベーターのボタンは四階までしかないのに、なぜか地下三階に着く。局員に聞いても「ご質問には回答しかねます」としか言われなかった。
研修担当は、局長を名乗る、丸眼鏡をかけた小柄なおじさん——というか、多分おじさんの"形をした何か"——だった。名前は「タナカ・ゼータ」。地球出身局員への配慮からか、名字だけは律儀に日本人ふうだった。
「まず、これを装着してください」
渡されたのは、赤いミサンガのような、糸電話の糸のような、細く光る紐だった。
「『縁トラッカー』です。装着者の周囲、半径五百メートル以内における、好感度の"沸点接近状態"を検知します」
「赤い糸ってやつですか」
「はい、地球の伝承を参考に、局のデザイン部がノリで作りました」
……ノリで、宇宙機構が動いているらしい。
次に渡されたのは、耳栓のような小さな装置。
「『フェロモン翻訳機』です。相手の分泌する感情ホルモンの揺らぎを、あなたの言語に翻訳して耳元で囁きます」
「便利ですね」
「ただし、たまに誤訳して、まったく違う感情を伝えてくることがあります。局の技術は完璧ではありません」
「それ大丈夫なんですか?」
「大丈夫ではないので、あなたの"人間としての勘"のほうを、局は本当は一番信頼しています」
タナカ・ゼータ局長は、そう言って、悪びれもせずに笑った。
研修の最後、僕は模擬環境で「化学反応シミュレーション」を受けさせられた。二人の被験者(局員がロールプレイ)の間に立ち、あの一言を言うだけの簡単な仕事だ。
「あの人、あなたのこと氣にしてたよ」
その瞬間、僕の目には、二人の間の空気が、文字通り"発熱"して見えた。淡い橙色の光が、二人の間で渦を巻き、やがて小さな星のようにきらめいた。
「合格です」
タナカ・ゼータは満足げに頷いた。
「あなたには、この光が"視える"ようですね。これは局員の中でも稀な才能です」
僕はその光をもう一度見たくて、少しだけ——ほんの少しだけ、この妙な仕事に、心が動いていた。

第六章 初出張:羊座第三惑星

初仕事は、太陽系から78光年離れた、羊座(おひつじ座)方向にある、とある惑星だった。
局の"転送室"——実態は、渋谷の雑居ビルの給湯室にしか見えない小部屋——を通ると、一瞬でその惑星の地表に立っていた。空はうっすら紫色で、二つの月が同時に浮かんでいた。
住民たちは、外見こそ人間とほとんど変わらなかったが、耳が異様に長く、感情が昂ると耳の先が発光した。
「この星の住民は『レイス人』と呼ばれています。高度な文明を持ちながら、極端な"配慮文化"のせいで、好意を言葉にすることがタブーとされています」
案内役の局員が、小声で説明した。
「気になる相手がいても、相手に"負担"をかけるのを恐れて、誰も何も言わない。結果、平均婚姻率はここ二百年でゼロに近づいています」
僕は目の前の食堂で、明らかに互いを気にしながら、視線すら合わせようとしない二人のレイス人を見つけた。
近づいて、耳打ちする。
「あの人、あなたのこと氣にしてたよ」
一瞬の静寂。
それから、片方の耳の先が、みるみるうちに橙色に発光しはじめた。もう片方も釣られるように光り出す。周囲のレイス人たちが「ナ、ナンダアレハ」とざわつくほどの光量だった。
言葉なんて要らなかった。この星でも、あの一言は"点火"した。
「……効きましたね」
局員が呆れたように呟いた。
「地球のあなたの"それ"は、レイス人にとって、耳の発光を強制的に誘発する、いわば禁じ手みたいなものです。今後、乱用は控えてください」
「僕のせいじゃなくないですか、これ」
僕はそう言いながらも、二人の耳がだんだん近づいていくのを見て、ちょっとだけ、嬉しくなっていた。

第七章 暴走する反応

順調に思えた出張生活に、最初の"事故"が起きたのは、三つ目の惑星でのことだった。
その星の住民——集合意識でつながった、菌類に近い生命体たち——は、"個"という概念自体が希薄だった。局いわく、彼らの孤独エントロピー対策は、逆に"個の熱"を目覚めさせることにあるという。
「集合意識の一部に、あの一言を伝えてください。反応が、全体に波及するはずです」
言われた通り、僕は集合体の"代表個体"らしき突起に向かって囁いた。
「あの人、あなたのこと氣にしてたよ」
その瞬間——想定外のことが起きた。
集合意識全体が、まるで一つの感情装置のように、一斉に"発熱"したのだ。橙色の光が惑星の地表全体を覆い、次の瞬間、彼らは"個"としての自我に目覚め始めた。何千何万という個体が、同時に、生まれて初めて「私」という感覚を持ち、同時に、生まれて初めて「あなたが氣になる」という感情を抱いた。
「ちょ、これ、まずくないですか!?」
僕は局員に詰め寄った。
「まずいです。局史上初の、"孤独エントロピー"の急激な"逆転現象"です。彼らは急速に個体化しすぎている。このままでは、逆に——今度は"個の孤独"に苦しみ始めます」
つまり、良かれと思ってやったことが、行き過ぎたのだ。
集合意識だった彼らは、生まれて初めての"個"としての孤独に、パニックを起こし始めていた。地表のあちこちで、橙色の光が、痛々しいほど激しく点滅していた。
僕は焦った。同時に、思い出した。あの夜のパーティーで、僕が本当にやっていたのは"一言"だけではなかったということを。
「待って、待ってください。もう一言、言わせてください」
僕は代表個体に駆け寄り、こう続けた。
「でもさ、一人になったからって、独りぼっちってわけじゃないよ。だって、みんな元々、繋がってたんだから。今度はその繋がりを、"言葉"で結び直せばいいだけだよ」
橙色の光が、少しずつ、落ち着いたトーンに変わっていった。パニックのような点滅から、穏やかな明滅へ。
「……どうやら、彼らは"個"になった上で、改めて"仲間"を選び直すことを覚え始めたようです」
局員が、モニターを見ながら、ほっとしたように言った。
僕は、あの夜のパーティーで自分がやっていたことの本当の意味を、ここに来て初めて理解した。
くっつけるだけが、僕の仕事じゃない。くっついた後も、ちゃんと"仲間"でいられるように、言葉を継ぎ足してやること。それが本当の役目だったのだ。

第八章 局長の秘密

出張から局に戻った夜、僕はタナカ・ゼータ局長に、素朴な疑問をぶつけた。
「そもそも、局は何のためにこんなことを? 誰かが命令してるんですか?」
局長は珍しく黙り込み、それから、丸眼鏡を外して答えた。
「私自身の話をしましょう。私は、かつて"冷却絶滅"した文明の、最後の生き残りです」
僕は息を呑んだ。
「私の星では、ある時期から"効率"が全てになりました。感情の交換は非効率だとされ、誰もが最適化されたルーティンの中で、一人で生き、一人で死んでいくようになった。私が最後の一人になったとき、隣人の顔さえ思い出せませんでした」
局長は、遠くを見るような目をした。
「局は、そんな私のような存在を、二度と生み出さないために作られました。理事長も、観測官のミライも、私と同じように、かつて"手遅れ"だった星の生き残りです。私たちは、自分の星ではもう手遅れだったからこそ、まだ間に合う星のために働いているのです」
「……だから、僕を?」
「ええ。あなたの持つ"触媒体質"は、局員の誰も持っていない天性のものです。私たちは知識と技術を持っていますが、あなたのように、心から他人のことを"氣にする"才能は、後天的には身につけられない」
僕は、あの夜、彼女に会えない寂しさを埋めるためだけにパーティーを開いた自分を思い出した。あれは、自分本位な寂しさの穴埋めに過ぎなかったはずだ。
「僕、そんな立派な理由でやってたわけじゃ……」
「立派である必要はありません」
局長は、静かに、でもはっきりと言った。
「あなたは、自分の寂しさを知っていたからこそ、他人の寂しさに氣づけた。それだけで、局にとっては十分すぎる資格です」

第九章 最後の任務

局員としての僕に、最大にして最後の任務が下ったのは、それから半年後のことだった。
対象は、地球から遠く離れた、かつて局長の故郷だったのと同じ末路を辿りかけている惑星——皮肉にも、局長自身の生まれ故郷の"隣星"だった。
「私は行けません。感情移入しすぎて、判断を誤る恐れがあります」
局長は、初めて弱気な顔を見せた。
「あなたに行ってほしい。これは命令ではなく、お願いです」
僕はもちろん、頷いた。
その星に降り立つと、そこはすでに"冷却"の最終段階にあった。街は美しいまま、誰もいない。いや、誰もいないわけではない。皆、一人ずつ、部屋の中で、静かに座っているだけだった。
僕は一軒一軒、扉を叩いて回った。
「あの人、あなたのこと氣にしてたよ」
言い続けた。何百回も、何千回も。最初は、誰の耳の先も、誰の肌も、発熱しなかった。孤独エントロピーは、もはや"火種"すら残っていないほどに、冷え切っていた。
僕は疲れ果てて、街の広場の真ん中で座り込んだ。
——火のないところに、煙を立ててやろう。
かつての僕の、性質の悪い企みが、頭をよぎった。
火が残っていないなら、煙からでいい。まず、僕自身が、寂しさを口にすればいい。
僕は広場の真ん中で、大声で叫んだ。
「僕は寂しい! 地球の彼女に会えなくて、寂しくて、だからパーティーを開いた! それだけの、しょうもない理由で、ここまで来た!」
静寂。
けれど、窓の向こうで、カーテンが一枚、めくれた。
もう一枚。
もう一枚。
「……あなたも、寂しいの?」と、誰かが窓から顔を出した。
「寂しいよ。滅茶苦茶寂しいよ」
「私も」
「僕も」
「私もです」
一人、また一人、扉を開けて出てきた。誰かが誰かに、「あなたも?」と聞き、誰かが誰かに、「実はずっと氣になってた」と答え始めた。
橙色の光が、一つ、また一つ、街のあちこちに灯り始めた。
それは、僕が起こした反応ではなかった。僕はただ、最初の"煙"を立てただけだった。あとは、この星の人々自身が、自分たちの手で、火を熾したのだ。

第十章 帰還

任務を終えて地球に戻ると、局長は珍しく、涙ぐんでいるように見えた。
「あの星は、間に合いました。あなたのおかげです」
「僕、大したことしてないですよ。ただ、みっともなく喚いただけです」
「それが一番、局員に足りなかったものです」
タナカ・ゼータ局長は、丸眼鏡を拭きながら、言った。
「私たちは、皆、"手遅れ"の生存者だからこそ、どこか、自分の寂しさを見せることを恐れていた。あなたのように、堂々と『寂しい』と叫べる者は、局には一人もいなかった」
僕はしばらく局での仕事を続けたが、あるとき、局長からこう告げられた。
「あなたの契約は、ひとまずここで一区切りです。地球での、あなた自身の"火"も、ちゃんと大事にしてください」
「クビ、ってことですか」
「いいえ。"待機"です。局は、いつでもあなたを必要としています。ただ、今は——彼女に会いに行く番です」
僕は、その言葉に甘えることにした。

終章 サンタクロースの正体

それから、随分と長い時間が経った。
僕はあの頃の彼女と、結局一緒になった。局の"仕事"のことは、彼女にも、誰にも話していない。話したところで、誰が信じるだろう。
あの夜、僕が無理やりくっつけた五組のカップルたちは、今ではすっかりいい歳のおじさんおばさんになった。彼らの子どもたちは、僕を実の叔父のように慕ってくれる。
そして最近、その子どもたちに、孫が生まれ始めた。
クリスマスが近づくたびに、僕はあの頃と同じように、みんなを集めてパーティーを開く。孫たちが僕を見て「サンタさんみたい」と笑うたび、僕は曖昧に笑い返す。
——本当は、サンタクロースなんかじゃない。
僕はただ、寂しがりやの、しがない元・銀河非公認キューピードで、局にはまだ"待機"の身分のまま、時々、あの赤い縁トラッカーが、手首の上でかすかに疼くのを感じている。
もし今夜、あなたの隣にいる誰かが、あなたのことを、ほんの少しだけ氣にしているとしたら。
それは、僕のような、どこかの誰かが立てた、ただの"煙"かもしれない。
けれど、その煙から、本当の火を熾すのは——いつだって、あなた自身なのだ。

【了】


アマゾン キンドル



あとがき

この作品の原点は、実際に私が若い頃に開いていたクリスマスパーティーです。

「誰々があなたのこと気になっているらしいよ。」

そんな他愛もない一言から、本当に何組ものカップルが誕生しました。

もちろん、最初は半分冗談でした。

けれど、人は誰かから「あなたは誰かに必要とされている」と教えられた瞬間、相手の見え方が少しだけ変わるのかもしれません。

その小さな不思議を、もし宇宙規模に広げたらどうなるだろう。

そんな空想から、この『銀河非公認キューピッド』は生まれました。

この作品には悪の帝国も、世界征服を企む敵も登場しません。

立ち向かう相手は、「孤独」です。

文明がどれほど発達しても、人と人との温もりが失われれば、その世界は静かに冷えてしまう。

だからこそ、本当に世界を救うのは、英雄ではなく、「誰かを気にかける人」なのだと思っています。

もし読み終えたあと、誰かに「元気?」と声を掛けたくなったり、「会いたい」と伝えたくなったりしたなら、この物語は役目を果たせたのでしょう。

あなたの毎日が、たくさんの温かなご縁に恵まれますように。
また次の物語で、お会いしましょう。