わすれじのレイドバック
〜1980年 鵠沼の夏 〜
まえがき
誰しも「人生の針が止まってしまった」と感じる瞬間があるのではないでしょうか。
かつて描いていた未来とは違う現在に立ち、ふと足を止めてしまうような時が。
本作『わすれじのレイドバック ―1980年、鵠沼の夏―』は、人生の半ばで立ち止まってしまった一人の男が、一本の古びたカセットテープによって1980年の湘南へと引き戻される物語です。
1980年。角ばったセダンが走り、サーファーカットの若者たちが波を待っていた時代。
昭和から令和へと時代が移り変わっても、人が誰かを愛する切なさや、過ちに怯える弱さ、そして過去と向き合う苦しさは変わりません。
「レイドバック(Laid-back)」とは、くつろいだ、ゆったりとした時間を意味します。
波の音と懐かしいギターのイントロに身をゆだねるように、どうぞ1980年の鵠沼の風を感じながら、彼らの夏の結末を見届けていただければ幸いです。
プロローグ このカセットテープ
父が死んだ。実家の納屋を片づけていたら、錆びついたクーラーボックスの底からカセットテープが一本出てきた。ラベルはすっかり色褪せて、手書きの文字がかろうじて読めた。
わすれじのレイドバック
父の趣味には見えなかった。母に聞いても首をかしげるだけだ。ただ隅に小さく書かれた1980という数字だけが、妙に引っかかった。
僕は瀬戸涼介、四十二歳。三年前に離婚して、今は一人でこの古い家に戻ってきている。会社では窓際に追いやられ、自分の人生がどこにも繋がっていない感覚だけが募っていた。そんな時にこのテープを見つけたのは、出来すぎている気がした。
納屋の奥には、父が若い頃に乗っていた70年代のセダンが埃をかぶって眠っていた。後付けのカセットデッキだけが、泥除けのように不格好に残っていた。なんとなく、そのテープを差し込んでみたくなった。
キーを回すと、エンジンが一発でかかった。デッキのランプが点滅する。ヒスノイズの後に、カセットが回り始めた。
再生ボタンを押す。知らないバンドの、どこか懐かしいイントロだった。ギターが鳴った瞬間、目の前が白く滲んで、潮の匂いがした。
気がつくと、砂浜に立っていた。
一章 鵠沼 1980年の夏
強い日差しと、耳を刺す蝉の声。振り返ると、見慣れたはずの湘南の海岸線が少しだけ違っていた。走る車は角ばったセダンばかりで、女の子たちの水着も、男たちのサーファーカットも、僕の知っている形と少しずれている。
「ちょっと、どいてよ」
振り向くと、サーフボードを抱えた女性が立っていた。日に焼けた肌、潮風に揺れる長い髪。年上だとすぐにわかった。
「すみません」
場所を空けると、彼女は小さく笑って波打ち際へ歩いていった。
道端のオープンカーのラジオから、同じイントロが流れていた。わすれじのレイドバック。あのテープと同じ曲だ。
近くにいた若者に今日の日付を尋ねると、怪訝な顔で答えてくれた。
1980年8月。
僕はまだ生まれてもいない夏に迷い込んでいた。自販機のガラスに映ったのは、十九か二十の顔だった。切れ上がった目元だけはそのままで、あとは全部若返っていた。父の若い頃の写真にそっくりな顔がそこにあった。
二章 由美という女性
浜辺をさまよっていると、先ほどの女性が戻ってきて声をかけてきた。
「顔、真っ青よ。日射病じゃない」
「いえ、ちょっと記憶が曖昧で」
苦し紛れの言い訳に、彼女は「休んでいきなさいよ」と近くの喫茶店に連れて行ってくれた。レモンスカッシュのグラスに水滴が浮いていた。彼女は由美と名乗った。東京から毎年夏だけ来ているという。
由美は僕より七つほど年上だった。年上特有の余裕と、潮焼けした声と、こちらの緊張を笑い飛ばす豪快さ。何もかもが、僕の知っている令和の女性たちと違っていた。
「名前は」
「涼介です」
「涼ちゃんね」
そう笑う由美の横顔を、僕はこっそり見ていた。笑顔に時々影が差す。誰かを思い出すような、遠い目になる瞬間があった。
その日から、僕は毎日のように浜辺へ通った。行けば由美がいて、仲間たちと波待ちをしたり、夕方の防波堤で安いワインを回し飲みしたりした。
どうやって来たのか、いつ帰れるのか、わからなかった。けれど由美と過ごす時間が眩しくて、そんな疑問は後回しになった。
三章 純一という名前
数日過ごすうちに、ある名前が出ると場の空気が張り詰めることに気づいた。
純一
由美は目を伏せ、話題を変える。誰もが視線を逸らす。
ある夜、思い切って尋ねた。
「その人、誰なんですか」
由美は少し黙ってから言った。
「去年まで、私の恋人だった人。この海で死んだの」
「事故ですか」
「そう。ナイトサーフィンをしていて、溺れたって。去年の夏の終わり」
声は平坦だったが、感情の重さは隠せていなかった。
「涼ちゃん、最初に会った時驚いたの。横顔とか雰囲気が、純一に似てるところがあって」
背筋がひやりとした。佐伯純一。父の従兄で、あの車の名義人。テープの1980という数字。すべてが繋がり始めていた。
四章 仲間たち
週末、由美に連れられて集まりに顔を出した。
リーダー格の高木浩二は、日焼けした顔に人懐こい笑みを浮かべながら、目の奥に鋭さを隠している男だった。二十九歳、この界隈の顔役らしい。
恋人だという田村亜矢は、浩二の隣で時折落ち着かなげに視線を泳がせていた。二十四歳。
「お前が涼介か。由美がえらく気に入ってるみたいだな」
浩二は肩を叩きながら、値踏みするように見てきた。悪意はなさそうだが、探る気配があった。
「純一の話、由美から聞いたか」
「少しだけ」
「あいつはな、運が悪かったんだよ。ちょっと海を舐めてたとこもあったし」
豪快に笑ってみせたが、その笑い方は作られたものに見えた。隣で亜矢の指先が微かに震えているのを、僕は見逃さなかった。
純一の死には、まだ知らない何かがある。
五章 噂話と不穏な影
浜辺の茶屋で涼んでいると、地元の年配の女性たちの世間話が聞こえてきた。
「去年のあの子、可哀想にねえ」
「本当にただの事故だったのかしら。あの晩、浜で怒鳴り声がしたって話もあるじゃない」
「滅多なこと言うもんじゃないよ。もう終わったことなんだから」
怒鳴り声。もし本当なら、純一の死は不注意ではなく、諍いの果てだったことになる。
由美にそれとなく確かめると、表情が強張った。
「その噂、私も知ってる。でも確かめようがないの。あの晩、浜にいたのは浩二と亜矢だけだったから」
「二人だけですか」
「うん。純一を最後に見たのはあの二人。私は先に帰ってたから」
一年間、誰もこの話に踏み込んでこなかったのだ。
六章 由美の告白 一年前の夏
防波堤で二人きりになった夜、由美はぽつりぽつりと語り始めた。
「純一とは大学で知り合ったの。海洋生物の研究をしてて、夏になるとこの海に入り浸ってた。私も誘われて一緒に来るようになって」
「素敵な人だったんですね」
「うん。真面目で優しくて。でも時々、すごく思いつめた顔をすることがあった。最後の夏は特に」
「何か悩んでたんでしょうか」
「わからない。聞いてもはぐらかされるだけだった。ただあの日の夕方、浩二と言い合いになってるのを遠くから見た気がするの」
由美は膝を抱えて海を見ていた。
「翌朝、浜辺で見つかったって聞かされて、頭が真っ白になった。それからずっと、もっと引き止めていればって、そればかり考えてる」
自責の念が、見当違いの場所に向いている気がした。
七章 重なる視線と浩二の苛立ち
僕が由美と親しくなるほど、浩二の苛立ちは隠せなくなっていった。
「なあ涼介、お前由美とどうなってるんだ」
ある夜、酒の席で絡んできた。
「別にそんな」
「隠さなくていいだろ。由美のやつ、お前のこと純一に重ねて見てるんじゃないか」
図星だった。浩二は皮肉っぽく笑った。
「まあ無理もないか。後ろ姿とか、ふとした時の目元が似てるからな」
忘れたいのに忘れられない記憶を、僕が呼び覚ましてしまっているようだった。翌日から、波待ちの最中にわざと進路を塞がれたり、皆の前で嫌味を言われたりするようになった。
仲間の一人が耳打ちしてくれた。
「浩二のやつ、純一が死んでからずっとピリピリしてるんだ。気にすんな」
悲しみと敵意の間に、何か別の感情が挟まっているように思えてならなかった。
八章 亜矢の涙と若き父との出会い
ある午後、浜辺で亜矢と二人きりになった。彼女は僕の顔を見るなり涙ぐんだ。
「ごめんなさい、あなたを見てると時々純一くんを思い出しちゃって」
「亜矢さん、あの晩何があったんですか」
顔から血の気が引いた。
「なんのこと」
答えず、首を振って逃げるように去っていった。
気持ちを整理しようと商店街をぶらついていた。自転車屋の店先で、見覚えのある青年が店番をしていた。胸の名札には瀬戸とあった。その字を見てから、心臓が跳ねた。二十歳そこそこの、まだ若い父だった。
「自転車をお探しですか」
父は僕の顔をまじまじと見て首を傾げた。
「あんた、どっかで会ったことあったかな。親戚の誰かに似てる気がする」
「初めてだと思います」
「佐伯純一さんをご存知ですか」
父は少し驚いた顔をした。
「純一兄さんのことか。俺の従兄でな、この夏海で亡くなったばかりなんだ。まだ信じられなくてさ」
この青年が、いずれ僕の父になり、数十年後にあのカセットを残して去っていく。運命の糸が絡み合う音がした気がした。
九章 老漁師 岩崎の証言
浜の外れに番屋を構える老漁師、岩崎のことを教えてくれたのは茶屋の主人だった。由美を誘って訪ねた。
潮焼けした顔の老人は、純一の名前を聞くと表情を曇らせた。
「あの晩のことか。わしは沖から戻る途中でな、浜で人影が揉めてるのを見た。三人ほどか。声を荒げてるようだった」
「三人ですか」
「一瞬もつれ合うように動いて、一人が岩場の方に倒れ込むようだった。その後、他の二人が慌てたように走り去っていくのを見たよ。まるで逃げるみたいにな」
僕と由美の間に、重い沈黙が落ちた。
純一は揉み合いの末に転倒し、海に流された。その場にいた二人は、助けを呼ばずに逃げたのだ。
「警察には言えんよ。証拠もない、見間違いかもしれんからな。だが、あの晩見たものはずっと頭から離れん」
十章 接近する二人
番屋からの帰り道、由美はずっと黙っていた。海沿いの道で、ふいに足を止めた。
「涼ちゃん、ごめんね。巻き込んで」
「僕が知りたいと思ったんです。由美さんがずっと自分を責めてるのが辛いから」
由美は驚いたように僕を見て、小さく笑った。
「涼ちゃんって変わってるね。純一に似てるとこもあるけど、全然違う。純一は一人で抱え込むタイプだったけど、あなたはちゃんと隣にいてくれる」
胸の奥が熱くなった。由美への想いは、好奇心を超えて切実な愛おしさに変わっていた。
雨の日、由美の小さなアパートで二人きりの時間を過ごした。窓を打つ雨音を聞きながら、由美は僕の胸に頭を預けて呟いた。
「涼ちゃん、もしあなたが突然いなくなったりしたら、私耐えられるかな。純一の時みたいに、何も言えないまま消えられたら」
「いなくなるとしても、ちゃんと言葉を交わしてから行きます。約束します」
「守ってね」
多くを語らず、ただ体温を確かめ合っていた。時間に制約があると知りながらも、今この瞬間だけは本物だった。
十一章 夏祭りの夜と隠されたノート
八月中旬、神社で夏祭りがあった。浴衣姿の由美と並んで防波堤に座り、花火を見上げた。
「誰かと花火を見るの、純一が死んでから初めて。涼ちゃんといると、前を向けそうな気がするの」
手をそっと握った。
翌日、純一が借りていた貸別荘の物置から、一冊のノートを見つけた。ページの端は濡れたように波打っていた。海洋生物の記録の間に、苦悩が綴られていた。
『浩二とのことで最近ぎくしゃくしている。亜矢のことを俺は何も思っていないのに、浩二はどうも誤解しているらしい。近いうちに腹を割って話し、誤解を解かなければ』
そこで記述は途切れていた。
「純一は、亜矢さんに気があったわけじゃなかった」
由美が呟いた。浩二の勝手な嫉妬が、すべての発端だったのだ。
十二章 迫られた自白
ノートを踏まえ、買い物帰りの亜矢を呼び止めた。
「純一さんのノートを見ました。浩二さんは誤解していただけなんです。あの晩のことを教えてください」
亜矢は涙をこぼした。
「ずっと苦しかった。浩二くんを庇うために黙ってきたけど、もう限界。私から話すより、浩二くん自身に話してもらう。彼に伝えるわ」
二日後の夜、亜矢に伴われて浩二を防波堤に呼んだ。風が強く吹く夜だった。浩二は海を見つめ、静かに口を開いた。
「全部話すよ」
声はかすかに震えていた。
「あの晩、純一と言い合いになった。亜矢のことで頭に血が上って、胸倉を掴んで揉み合いになった。突き飛ばしたら、あいつは足を滑らせて岩場に頭を強く打った」
由美が息を呑む音がした。
「意識が朦朧としてる純一を見て、パニックになった。波が高くて、あっという間に沖に流されて。怖くて、俺と亜矢は逃げたんだ」
十三章 贖罪と解き放たれた心
「なんで黙ってたのよ」
由美が泣きながら詰め寄った。浩二は防波堤の上に膝をついた。
「すまなかった由美。俺のせいで純一は死んだ。君にずっと罪悪感を抱かせたことも、本当に申し訳ない」
「私も共犯です」亜矢も泣き崩れた。「警察にも言えずに」
僕は静かに言った。
「由美さん、あなたが自分を責める理由は最初からどこにもなかったんです」
真実が明かされたことで、由美の胸を一年縛り続けていた鎖が音を立てて解けた。悲しみは消えない。けれどそれは自責ではなく、正しい形の追悼に変わったのだ。
後日、浩二は亜矢と共に警察へ出頭した。証拠の少なさから当時は事件として立件されるか不透明だったが、浩二は逃げることをやめ、純一の遺族へ謝罪に向かうことを選んだ。
十四章 わすれじの夏 二度目の別れ
八月の最後の夜。最初に出会った浜辺に立っていた。
「涼ちゃん、ありがとう。あなたのおかげで、ようやく純一を正しく弔うことができた」
由美は僕を見つめ、静かに笑った。
「涼ちゃんは本当はこの時代の人じゃないんでしょ」
息を呑んだ。
「気づいてたんですか」
「なんとなくね。時々見せる遠い目とか。でも聞かなかった。聞いたら、この夏が終わっちゃう気がしたから」
僕はすべてを明かした。令和から来たこと、純一の血を引く者であること、カセットのこと。由美は驚きながらも優しく頷いた。
「だから似てたのね。私はこれから東京に戻って、ちゃんとやり直すわ。あなたとの恋は、私にとって本物だった」
「僕にとってもです」
「約束、守ってくれたね。ちゃんとお別れを言いに来てくれた」
遠くのラジオから、あの曲が波音に混じって聞こえていた。
「この曲、もう悲しく聴かずにすむわ。忘れなくていい、大切な思い出になったから」
由美は僕の頬にそっと触れ、振り返らずに歩き出した。その姿は夜の闇に溶けていった。
次の瞬間、激しいめまいが襲った。
エピローグ 現在、そして受け継がれるもの
目が覚めると、実家の納屋の中だった。カーステレオのライトは消え、テープを取り出すと磁気テープは伸びきって、二度と再生できない状態になっていた。
時計を見ると、数分しか経っていなかった。けれど心の中の景色はすっかり変わっていた。
後日、古い新聞の縮刷版を調べた。佐伯純一の死は事故として処理されていたが、翌年関係者の男が自首し、遺族と示談が成立したという小さな記述を見つけた。浩二は逃げずに前へ進んだのだ。
母に由美のことを尋ねると、「そういえばお父さんの親戚筋の知り合いで、東京から来ていた綺麗な女性がいたらしいわね」と懐かしそうに言った。由美もまた、あの夏の後に自分の人生を生き抜いたのだ。
部屋に戻り、鏡を見る。四十二歳の疲れた男の顔。けれど目元の奥には、あの強い夏の日差しと潮風の記憶が確かに宿っていた。
会社での地位や失った家庭が戻るわけではない。けれど足元はもう揺らいでいなかった。僕の人生はちゃんと過去から今日へ、そして明日へと繋がっている。
伸びきったテープを愛おしくポケットにしまい、光が差し込む納屋の外へ一歩踏み出した。
了
アマゾン キンドル
あとがき
最後までお読みいただき、誠にありがとうございました。
本作のタイトルにもなっている『わすれじのレイドバック』は、1980年にリリースされたサザンオールスターズの名曲から着想を得ています。「忘れじの」という言葉には、「決して忘れない」という強い誓いと、「もう過去に縛られずに、忘れ去ってもいい(解き放たれていい)」という二つのニュアンスが漂っています。
主人公の涼介が出会った真実は、決してハッピーエンドだけのものではありませんでした。失われた命は戻らず、過ぎ去った夏がやり直せるわけでもありません。
けれど、隠されていた過去に向き合い、罪や後悔の重荷を「正しい形」で下ろしたとき、登場人物たちはようやくそれぞれの足で未来へ歩き出すことができました。
タイムトラベルという不思議な体験を経て令和に戻ってきた涼介の状況は、客観的には何ひとつ変わっていません。依然として窓際族であり、一人きりの部屋です。
しかし、彼の心には1980年の強い日差しと、由美と過ごした眩しい夏の記憶が消えない光として残っています。「足元はもう揺らいでいない」――それこそが、彼があの夏からもらった一番の贈り物だったのだと思います。
今、この物語を読み終えたあなたの心にも、爽やかな湘南の潮風と、明日へ一歩踏み出すための静かな温もりが届いていることを願って。
紹介文
「あの夏、僕らは忘れられない傷を抱え、それでも wave(波)を待っていた。」
父の遺品のカセットテープが奏でたのは、1980年、鵠沼の波音。
人生に行き詰まった42歳の男がタイムスリップした先で出会ったのは、哀しい秘密を抱える年上の女性と、若き日の父だった――。
サザンオールスターズの名曲をモチーフに贈る、ノスタルジック・タイムトラベルミステリー。
あらすじ
人生の潮目が変わり、人生に行き詰まっていた42歳の瀬戸涼介。
亡き父の納屋を片づけていた彼は、錆びついたクーラーボックスから一本の古いカセットテープを見つける。手書きのラベルに書かれていたのは「わすれじのレイドバック 1980」。
父の旧車にそのテープを差し込み、再生ボタンを押した瞬間――強い潮の匂いと共に、涼介は1980年夏の鵠沼海岸へタイムスリップしてしまう。
十九歳の姿に若返った涼介が出会ったのは、潮風に髪を揺らす年上の女性・由美。彼女は一年前の夏、この海で恋人の「純一」を事故で亡くし、自責の念に囚われ続けていた。
純一の面影を残す涼介に惹かれていく由美と、二人の接近を苦々しく見つめる仲間の浩二。そして、まだ母と出会う前の若い父親との出会い――。
なぜ父はこのテープを持っていたのか。純一の死の裏に隠された「真実」とは。
湘南の波音とサザンオールスターズのノスタルジックな旋律に乗せて描く、切なくも温かい大人の再生の物語。



