0.5パーセントの遠回り
――あるいは、惚れっぽい男の統計学
まえがき
数字は嘘をつかないが、肝心なことは何も教えてくれない。
恋愛心理学者が弾き出した「両想いになる確率は0.5%」という数字。それは裏を返せば、一人の大切な人と結ばれるために、僕らは二〇〇回もの遠回りをしなければならないということかもしれない。
これは、東京・墨田区の小さな印刷所を営む不器用な男が、これまでの人生で通り過ぎていった「五人の女性たち」との淡い記憶を電卓で叩き直す、少しばかり奇妙で、ひどく愛おしい統計学の物語である。
序章 電卓と午後三時
数字は嘘をつかない、と誰かが言った。
だが、数字はたいてい肝心なことを黙っている。
墨田区の裏通りに、「戸沢印刷」という看板が出ている。ペンキが少し剥げていて、「戸」の字の点が、時々「一」に見えたりもする。父の代からある看板で、僕はそれを塗り直そうと思いながら、もう十年ほど塗り直していない。
その日、午後三時のことだった。名刺の版下を組み終えて、僕はぬるくなった麦茶を飲みながら、なんとなくスマートフォンを覗いていた。ニュースサイトの隅に、こんな見出しがあった。
「恋愛心理学者が試算 両想いになる確率は0.5%」
僕は麦茶を吹きそうになり、寸前で堪えた。麦茶はコップに戻り、僕の心の水面にだけ小さな波紋を立てた。
――0.5%。
なんだそりゃ、と思うより先に、僕はもう電卓を叩いていた。印刷屋というのは電卓が近い商売で、机の上にいつも、キーが黄ばんだシャープの電卓が転がっている。
0.5%。要するに、千人好きな娘がいたら、その内の五人もが、こちらを同じように向いている、ってことか。するってーと、1/200 ってわけだから、彼女を得るには、二百人に告白すれば……か? せねば……か?
僕はしばらく、電卓の「200」という数字を眺めていた。液晶の中で、その数字は妙に落ち着き払っていた。二百人。二百枚の名刺よりは少なく、二百枚のチラシよりはずっと少ない。しかしそれを人間の顔で並べてみると、途端に、東京駅の朝の八時半みたいな景色になる。
僕、戸沢完治、四十八歳、独身。惚れっぽいから、毎日、すれ違う二百人くらいには惚れている。ならば、その中の一人は……なんて。
電卓のソーラーパネルに、窓からの西日が当たって、「200」の数字がふっと薄くなった。まるで、あんまり本気にするなよ、と数字のほうから言われたみたいだった。
僕は電卓を置いて、椅子の背にもたれた。天井の蛍光灯が、じじ、と一度だけ鳴った。
――思い返せば、僕はこれまで、何人に惚れてきたんだろうな。
考え出したら、もう版下どころではなかった。印刷機の匂いはいつも、少しだけ雨が降ったあとの体育館に似ていて、その匂いの中で、僕は自分の片思いを一人ずつ、順番に呼び戻し始めた。
大鷹くんなら、こんなことは考えないだろうなあ。
これが、この物語の始まりだ。
第一章 みっちゃんのコッペパン
初恋は、たいてい、味の記憶からやってくる。
最初に惚れた相手のことを、僕は「みっちゃん」としか覚えていない。苗字はたしか、道端で拾ったビー玉みたいに、するりと記憶からこぼれてしまった。
小学校三年生の秋、給食にコッペパンが出た。今から思えばあれは、少し焦げていて、少しだけ甘い、平凡なコッペパンだった。だが、僕の隣の席の女の子――みっちゃんは、そのコッペパンを二つに割って、片方を無言で僕の皿にのせた。
「かんちゃん、二つ食べる人でしょ」
彼女はそう言った。実際、僕はよく食べる子供だったので、それはただの正しい観察だった。だが僕は、その瞬間、心臓がコッペパンの断面みたいに、ふわりと二つに裂けるのを感じた。裂けた片方には彼女がいて、もう片方にも彼女がいた。要するに、両側にいた。
以来、僕はみっちゃんの一挙一動を統計的に観察するようになった。月曜日は左利きの箸で牛乳を飲む。水曜日は上履きの左足の踵をだけ、少し引きずる。金曜日は、僕のほうを、平均して二・三回振り向く。
僕はそれをノートに書き留めていた。今思うと、あれはすでに、僕の中の「確率好き」の萌芽だったのだろう。
四年生に上がるとき、みっちゃんは転校した。父親の仕事の都合、ということだった。担任が黒板に「みっちゃんが○○県に引っ越します」と書いたとき、僕は「○○県」の部分をよく覚えていない。覚えていないのに、あの県はもう二度と、僕の人生には出てこないだろうと、なぜか小学三年生の胃のあたりで確信していた。実際、それきりだ。
――0.5%。
大人になってから、僕はときどき考える。あのコッペパンは、両想いだったのか、そうでなかったのか。証拠は、あの、少し焦げた甘い断面だけだ。
大鷹くんならたぶん、コッペパンなんかもらう前に、みっちゃんに笑いかけて、みっちゃんも笑い返して、それでもうすっかり百パーセントだったんだろうなあ。
僕にはコッペパンしか残らなかった。だがコッペパンは、四十年経っても、まだ僕の中で少し温かい。それはそれで、悪くない資産だと思う。
第二章 図書室の遠山さん
図書室というのは、たぶん、片思いのために設計された部屋だ。
高校二年の春、僕は図書委員になった。じゃんけんに負けたからだ。三人がグーを出し、僕だけがチョキだった。1/3の確率を、あの日の僕は完璧に外した。
だが、その敗北の先に、遠山さんがいた。
遠山さんは一つ上の三年生で、図書委員長だった。眼鏡のレンズがやや厚めで、髪をひとつに結び、貸出カードにハンコを押すとき、いつもわずかに舌の先を出していた。その、舌の先を、僕は今でもよく覚えている。長さにしてほんの二ミリほど。二ミリの舌が、僕の高校生活を丸ごと支配した。
「戸沢くん、この本、返却期限、二日過ぎてる」
遠山さんは、ハンコを押す前にそう言った。僕は借りてもいない本の返却期限を過ぎたような顔で、「すみません」と言った。実際にはその本は、僕が三日前に借りて、二日前に読み終えて、一日前から返しそびれていた本だった。つまり、まったく正当に、二日過ぎていた。
「別に、怒ってるわけじゃないよ」
遠山さんは、そう言って、少しだけ笑った。この「別に」というやつが厄介で、僕はその一語を、家に帰ってから三時間くらい反芻した。「別に、怒ってるわけじゃない」の「別に」は、否定なのか、留保なのか、それとももっと別の何かなのか。
その頃の僕は、伊坂幸太郎のような小説を、まだ読んだことがなかった。だから伏線という言葉も知らなかった。ただ、遠山さんの「別に」が、いつか自分の人生のどこかで回収される予感だけを、なんとなく持っていた。
卒業式の日、僕は遠山さんに、下手くそに折った紙飛行機を渡した。中には「三年間、ありがとうございました」としか書いていなかった。あとで考えると、僕は遠山さんに三年間何もしてもらっていない。せいぜい、二日遅れの本を許してもらっただけだ。
遠山さんは紙飛行機を開いて、ふう、と息を吐き、それからその紙飛行機を、もう一度、ずっと下手くそに折り直して、僕の胸ポケットに差した。
「戸沢くん、これ、飛ばないよ」
「はい」
「でも、まあ、飛ばないほうが、いいこともあるから」
僕は今でも、それがどういう意味だったのか、わからない。わからないまま、四十八になった。飛ばない紙飛行機は、たぶん、飛ばないままのほうが、いいこともあるのだろう。
大鷹くんなら、紙飛行機を渡す前に、遠山さんと同じ大学に受かって、同じサークルに入って、二年後の花見あたりで、もう100%だったんだろうなあ。
僕は僕で、飛ばない紙飛行機を、胸のあたりに、まだ挿している。
第三章 紙問屋の岡野さん
大人の恋というのは、伝票の裏側で始まる。
二十代の僕は、父の跡を継いだばかりで、印刷屋の仕事を覚えるのに必死だった。父はまだ元気で、僕の後ろから「そこ、色が浅い」「そこ、詰めすぎだ」と口を出した。父の言うことはだいたい正しかったので、僕はいちいち腹を立てながら、いちいち直していた。
その頃、うちの店に紙を卸してくれていたのが、岡野さんという女性だった。三十代半ばで、既婚。指輪はいつも、していたり、していなかったりした。
「戸沢さん、今日は指輪、忘れてきたんですよ」
彼女はそう言って、少し困ったように笑った。僕はそのとき、指輪を「忘れる」というのが、どういう状態なのか、正確にはわからなかった。あれは、家の洗面台に置いてくることなのか、それとも、心のどこかに置いてくることなのか。
岡野さんとの関係は、たとえるなら、印刷機のインクの、ほんの少しだけ乾ききらないあの感じに似ていた。触ると跡がつくが、触らなければ、たぶんきれいなままそこにある。
僕は触らなかった。
一度だけ、彼女と居酒屋に行ったことがある。仕事の打ち上げの流れで、他に三人ほどいた。だが二次会は、なぜか二人になっていた。三人がそれぞれの家に帰っていったのを、僕はうっすらと確率的に不自然だと感じていたが、そのときはそれを言わなかった。
岡野さんは、日本酒を二合飲んで、こう言った。
「戸沢さんって、たぶん、女の人を好きになるのが上手なのに、女の人と付き合うのが下手なんですよ」
「はあ」
「上手と下手が、逆でしたね」
僕はそのとき、店の壁のシミが、なんとなく北海道の形に見えるな、と思っていた。北海道は、思ったより小さかった。
岡野さんは、その半年後に会社を辞め、旦那さんの転勤で福岡に行った。挨拶の電話がかかってきたとき、僕は電卓の「1」を、意味もなく何度か叩いていた。「1、1、1、1」と液晶に並んだのを、僕はしばらく眺めていた。「1」がたくさん並ぶと、なんだかそれ自体が、少しさびしい柵のように見えた。
――大事にせねば、というのは、たぶん、こういう人のことなんだろうなあ。
僕はそのとき、まだそのことを、はっきりとは言葉にできなかった。
第四章 花屋のアユミさんと鳩の集会
世界は、時々、こちらの片思いを笑いに来る。
三十代の半ば、僕は商店街のはずれの花屋に、毎週火曜日、通っていた。花なんて特に必要ではなかった。ただ、店の奥に、アユミさんという人がいた。
アユミさんは、花よりも花に見える人だった、と書くと嘘っぽくなるので、正確に書くと、花よりも「花屋の人」に見える人だった。エプロンの結び方が完璧で、指先にいつも、少しだけ土がついていた。
僕は毎週火曜日、彼女に「今日のおすすめの花を一本ください」と言った。それが精一杯の口説き文句だった。今から思えば、あれを口説き文句と呼ぶには、地球の重力が足りない。
ある火曜日、僕がいつものように店に着くと、店先の歩道に、鳩が集まっていた。数えたら、十七羽いた。十七という数字は、なんだか中途半端で、僕は数え間違いを疑ってもう一度数えたが、やっぱり十七羽だった。
アユミさんは、鳩の中央で、途方に暮れていた。
「戸沢さん、これ、なんですかね」
「集会……ですかね」
「議題、なんでしょう」
「たぶん、パンのことだと思います」
僕がそう言うと、アユミさんはふっと笑った。あの笑い方を、僕は今でも、時々思い出す。あの笑いには、少しだけシュールなところがあって、そのシュールさが、僕にはちょうどよかった。
鳩たちは、そのあと、二十分ほど議論して、結論が出ないまま解散した。アユミさんと僕だけが、店先に取り残された。
「戸沢さん、火曜日以外にも、来てくれてもいいですよ」
彼女はそう言った。花を差し出しながら、目は少しだけ、伏せられていた。
僕は「はい」と答えた。だが、翌週の火曜日も、僕は火曜日に行った。その次の火曜日も、火曜日に行った。人間は、意外と、自分の曜日を変えられない。
三ヶ月後、花屋は閉店した。アユミさんは、地元に帰ることになった、と言った。彼女の地元がどこなのか、僕はやっぱり、うまく思い出せない。あのとき聞いたはずなのだが、その地名は、みっちゃんの引っ越し先の県と、同じ棚に仕舞われている気がする。
閉店の日、アユミさんは僕に、鉢植えのオリヅルランをくれた。
「これ、丈夫ですから。放っておいても、なんとかなります」
そのオリヅルランは、今もうちの印刷所の窓際にいる。十年以上、放っておかれても、なんとかなっている。時々、僕はその葉に、指先で触れて、「ならば、その中の一人は……」と、意味もなく呟く。
大鷹くんなら、火曜日を、たぶん、木曜日にも増やせたんだろうなあ。
僕には、火曜日しかなかった。
第五章 紺のコートの人
名前を知らないというのは、片思いのもっとも純度の高い形かもしれない。
四十を過ぎたころ、僕は毎朝、都営浅草線の同じ車両に乗っていた。理由は特にない。同じ時間に家を出れば、同じ車両に乗ることになる。人生の多くは、それくらいの理由でできている。
その車両に、紺のコートの人がいた。
彼女は毎朝、押上駅から乗ってきて、日本橋駅で降りた。年の頃は四十前後、髪をひとつに結び、いつも文庫本を読んでいた。文庫本のカバーは、いつも同じ古本屋の紙カバーで、その古本屋の名前を、僕はまだそのときは知らなかった。
冬のあいだ、彼女はずっと紺のコートだった。春になると、コートを脱いだが、彼女の中には紺色がまだ残っている気がして、僕は勝手に「紺のコートの人」と呼び続けた。
僕らのあいだには、いくつかの偶然があった。
一度は、彼女が文庫本を落とし、僕がそれを拾った。カバーの内側に、鉛筆で薄く、「三」と書いてあった。三とは何か、僕にはわからなかった。三巻目なのか、三度目なのか、三月の三なのか。ただ、彼女は「ありがとうございます」と言い、僕は「いえ」と言い、それで終わりだった。
もう一度は、日本橋駅のホームで、僕が転びかけたところを、彼女が肘のあたりで支えてくれた。ほんの一瞬で、ほとんど接触といえるほどの接触でもなかった。だが、その肘の圧力を、僕はしばらく、コートのその位置に感じ続けた。
僕は、彼女に話しかけようと、毎朝、心の中でリハーサルをした。
「あの、その本、面白いですか」
「あの、いつも同じ古本屋のカバーですね」
「あの、朝、寒いですね」
どれもうまくいかなかった。心の中のリハーサルは百点満点だったが、実際の電車の中では、僕はいつも、天井の広告を熱心に読んでいる中年男に成り下がった。医療脱毛の広告を、僕はあの時期、たぶん、日本で一番熟読していた。
ある日、彼女は、電車に乗ってこなかった。
翌日も、乗ってこなかった。
一週間経っても、彼女は現れなかった。
僕は、たぶん彼女が引っ越したか、勤め先が変わったか、あるいは病気にでもなったのだろうと考え、そしてそのどれもが、僕には確かめる術のないことに、初めて気づいた。名前を知らないというのは、こういうことだった。
――0.5%どころか、0%だよなあ。
僕はそう思った。だが、その「0%」は、なぜかそれほど悲しくなかった。彼女が僕の人生の中で、たしかに紺色だったこと。その事実だけは、確率とは無関係に、僕の中に残っていた。
数ヶ月後、僕は近所の古本屋の店先で、彼女の文庫本と同じ紙カバーを見つけた。
そこは、「三日月書房」という古本屋だった。
第六章 三日月書房の土曜日
恋というのは、たぶん、続けて通うことでしか、確かめられない。
三日月書房は、うちの印刷所から歩いて七分のところにある、間口の狭い古本屋だ。入り口の上に、木彫りの三日月がぶら下がっていて、風のある日には、少しだけ揺れる。
店主は、小林志摩子さんという。四十五歳。夫と数年前に死別した、と、噂で聞いた。噂は、下町ではだいたい正確に近い。彼女は普段はぶっきらぼうで、レジで釣り銭を渡すときも、ほとんど目を合わせない。だが、本の話になると、突然、饒舌になる。
「戸沢さんね、その本、著者の三作目ですけど、二作目のほうが、絶対にいいですよ」
「はあ」
「二作目、うちにありますよ、五百円で」
「じゃあ、それも」
「二冊まとめて七百円で、いいです」
こういう計算を、志摩子さんはよくする。彼女の値引きには一貫性がなく、僕は密かに、その不規則さを、統計的に楽しんでいる。
僕が三日月書房に通い始めたのは、あの紺のコートの人の紙カバーを見つけた日からだった。だから、最初は正直、後ろめたい気持ちも少しあった。僕は、紺のコートの人の代わりを探しているのではないか、と。
だが、三ヶ月も経つ頃には、僕はもう、紺のコートの人と志摩子さんを、まったく別の棚に仕舞い直していた。人間は、幸い、そういうことができる。
土曜日の午後、僕は三日月書房のカウンターの前で、たいてい三十分ほど、意味のない話をする。
「今週、注文の名刺が七百枚ありました」
「へえ」
「そのうち、三百枚が、同じ会社の別々の人でした」
「その会社、暇なのかしら」
「暇か、忙しすぎるか、どっちかです」
「両方ってこともありますよ」
「ああ、それは、ありますね」
こういう会話には、確率も、統計も、告白も、片思いも、出てこない。だが不思議なことに、僕はこの会話の中で、生まれて初めて、「言葉を絶やさない」という言い回しの、本当の意味を考え始めていた。
ある土曜日、店の奥のブラウン管テレビに、たまたま野球中継が映っていた。志摩子さんは野球にはさっぱり興味がないようで、テレビの音量はほとんど絞られていた。画面の中で、大谷という選手が、また何か途方もないことをしていた。二塁打だったか、ホームランだったか、その両方の中間みたいな打球だったか、僕はよく覚えていない。
「あの人、化け物ですよね」
志摩子さんが、ぼそっと言った。
「化け物ですね」
「ああいう人がいると、私たち、まあ、その、なんというか」
「……安心しますよね」
「そう、それ」
僕らは笑った。あの人が100%だから、僕らは0.5%でも、まあ、いいということになる。世界には、そういう役割分担というものが、たぶん、ある。
「戸沢さんは、なんで結婚しなかったんですか」
彼女は、レジ横のガラスケースの中の、古い万年筆を並べ替えながら、そう聞いた。声の高さは、二作目のほうがいい、と言ったときと、ほとんど変わらなかった。
僕は、少し考えて、こう答えた。
「たぶん、二百人に告白しなかったからです」
「二百人」
「はい」
「多いですね」
「多いんです」
「じゃあ、あと、何人残ってますか」
僕は、そこで初めて、志摩子さんの顔を、正面から見た。彼女はやっぱり、目を合わせるのが苦手なようで、万年筆のほうを見ていた。だが、口元は、ほんのわずかに、緩んでいた。
「あと、一人です」
僕はそう答えた。声が、少しだけ震えたかもしれない。
志摩子さんは、しばらく黙って、万年筆をもう一度、並べ直した。それから、こう言った。
「じゃあ、その一人は、そんなに大事にしなくちゃ、いけませんね」
僕は、うなずいた。
大鷹くんなら、たぶん、この場面で、もっと気の利いた台詞を返せたんだろうなあ。だが、そのとき僕は、初めて、大鷹くんのことをうらやましいと思わなかった。うなずくだけで、じゅうぶんな気がした。
終章 0.5パーセントの遠回り
遠回りというのは、たぶん、間違いではなく、道の別名だ。
その夜、僕は印刷所に戻って、また電卓を叩いた。
0.5%。両想いになる確率。1/200。二百人に告白すれば……か?
だが、その日の電卓は、いつもと少し違って見えた。「200」という数字が、以前ほど大きくは見えなかった。
考えてみれば、僕はこれまで、二百人に告白したわけではなかった。だが、二百人分の「惚れた気持ち」は、たぶん、もう、じゅうぶんに使ってきた。みっちゃん、遠山さん、岡野さん、アユミさん、紺のコートの人。そして、たくさんの、名前も思い出せない、朝の電車の人、昼のパン屋の人、夕方の信号待ちの人。
僕はそのすべてに、少しずつ、心を配ってきた。配って、そして受け取ってもらえないまま、風に流されていった。だが、その風は、たぶん、まったく無駄には吹いていなかった。あの風の一部が、めぐりめぐって、今、三日月書房の店先の三日月を、揺らしているような気がする。
――0.5%。
僕はもう一度、その数字を口に出してみた。
思ったより、悪くない数字だった。
なぜなら、その0.5%は、「一回で当てる確率」ではなく、「人生のどこかで、少なくとも一度は、誰かと結ばれる確率」の話でもあるのだろう。人生は思っていたよりずっと長くて、その長さの中で、0.5%は、二百回のうちの、たった一回。その一回がいつ来るかを、僕らは選べない。だから、そのあいだの百九十九回を、ちゃんと生きるしかない。
たぶん、あの詩を書いた誰か――というのは、僕自身のことなのだが――が言いたかったのは、そういうことだったのだろう。
彼氏に、彼女になれたならば、大事にせねばならん。ダンナに、カミさんになれたならば、それはもう、奇跡に近い。だから、いつしか年老いたときに、「仕方ない」と思わないように、「仕方ない」と思われないように、言葉を絶やさずにいたい。
僕は今、その言葉を、生まれて初めて、自分の言葉として、自分の胸のあたりに置いてみた。
置いてみて、思った。
――ならば、僕は、三日月書房に、来週の土曜日も行こう。
来週の土曜日、僕は、たぶん、また名刺の話をするだろう。志摩子さんはたぶん、また二作目のほうがいい、と言うだろう。ブラウン管の中で、大谷さんはまた、何か途方もないことをしているだろう。
そのすべてを、僕は、丁寧に、繰り返そうと思う。
なぜなら、確率0.5%というのは、正確に言えば、こういうことだからだ。
「大谷なら100%」の世界の隣に、「戸沢完治の0.5%」の世界がある。両者は、まったく別の競技だ。100%の彼が、僕の代わりに、志摩子さんの隣に立つことはない。それは彼にはできないことだ。0.5%を、二百回の遠回りをかけて手繰り寄せる。それは、僕にしかできないことだ。
だから、器量は、たぶん、逆説的に、悪くない話なのだ。
僕は電卓のスイッチを切り、シャッターを下ろした。夜の墨田区は、いつもよりほんの少しだけ、月の位置が高かった。三日月ではなかったが、あと二、三日もすれば三日月になりそうな、そういう欠け方の月だった。
僕は歩きながら、心の中で、こう呟いた。
――言葉を、絶やさずに、いたいよなあ。
その「なあ」の余韻を、僕は、たぶんこの先、何十回も繰り返すのだろう。うまくいく日もあるだろうし、うまくいかない日もあるだろう。だが、それでいい。
大鷹くんなら100%だろうなあ。だが、僕は僕で、0.5%を、遠回りしながら、大事にしていく。
そういう男が、下町の裏通りの、印刷屋の二代目に、一人くらい、いてもいいだろう。
(了)
アマゾン キンドル
あとがき
「両想いになる確率は0.5%」という、どこかで見かけた、ほんの数行の言葉に触発されて書かれた、惚れっぽい男の、少しばかり遠回りな統計学の話です。
主人公の戸沢完治は、二百人に告白する勇気こそなかったものの、二百人分の「惚れた気持ち」を、たぶん、じゅうぶんに配って生きてきた男です。私は彼のことを、少しだけ羨ましく、そして少しだけ、他人事とは思えずに書きました。
世の中には、どうやっても100%の人と、どうがんばっても0.5%の人がいるようです。しかし、両者は、まったく別の競技をしている、というのが、この物語を書き終えたあとの、私のささやかな結論です。
読み終えたあと、あなたのそばにいる誰かに、「なんてことのない一言」を、いつもより一つだけ多く、かけてみていただけたら、この本を書いた甲斐がありました。
言葉を絶やさずに。
2026年 夏 ――著者

