午後から降り出した雨はやまない
〜堕天使団地の午後は暴風雨〜


まえがき
人間、60歳を過ぎれば「人生の午後」を迎えると言います。
もしもその「午後」が、言葉通りの天気として頭上に現れる世界になったらどうなるでしょうか。
本作は、2047年のさいたま市を舞台に、頭上の「個人用天候」に振り回されるシニアたちを描いたSFユーモア活劇です。
若き日のやらかし(授業料)のせいで、常に直径5メートルの小雨を降らせている67歳の「ボク」。そして、ちょっとした浮気心から頭上を「暴風雨」に変えてしまい、挙句の果てに竜巻で飛ばされてしまったご近所の旦那たち。
男のプライド、自由への憧れ、そしてそれを一撃で凌駕する「カミさん」という名の宇宙最強の重力。
クスッと笑えて、ちょっぴり身に沁みる、愛すべき男たちの土下座と再生の物語をどうぞお楽しみください。




プロローグ
毎日毎日何かを追いかけて、この歳になってもワクワクしている。
それはきっと物好きだからで、気になった場所は通り過ぎることなく首を突っ込んで、まずはその場を体験してみる。
そう、自らの体験しか本当のことは分からないと、ガキの頃から怪我ばかり。


第一章 午後から降り出した雨はやまない
2047年、さいたま市。人生時報庁が全国民の頭上に個人用天候を実装して三年目だった。
60歳を過ぎると自動的に人生の午後に入る。午前は晴れ。午後はその人の生き方に応じて雨が降る仕様だ。
ボク(67歳)の上空には、直径5メートルの小雨が常時降っている。午後1時ちょうどに、ぷつんと生まれる。
孫のハルはそれを「じいの漏れ」と呼ぶ。
「漏れてない。午後から降り出した雨はやまないんだ。これは持病みたいなもんだ」
「なんでやまないの?」
「午前中にやらかした分を、午後に払ってるんだ。ボクは小3で自作ロケットで眉毛を燃やし、中2で好きな子に0.5秒で告白して0.5秒でフラれ、30歳で呑み屋のネエちゃんに『君は特別だよ』って言われて有り金全部溶かした。全部、体験という名の授業料だ」
カミさんのヨシエはベランダから言った。
「授業料、まだ払い終わってないわよ。洗濯物が濡れるから、ちょっとは小雨を止めなさい」
ヨシエの上空は快晴だった。重力まで操る女だ。ボクの小雨など、彼女が手を払えば止まる。
その時、向かいの佐藤さんの上空で雷が鳴った。佐藤さんだけの空だ。直径5メートルの積乱雲が、佐藤さんをピンポイントで狙っている。
「またか」

第二章 物好きは損をする、得をする
ボクの職業は、なんでも体験屋だった。若い頃は怪しい求人に全部応募した。治験、深海、無重力、滝修行。気になったら首を突っ込む。それが信条だった。
損もした。呑み屋で騙された時は、財布だけでなくプライドも空になった。でもそのおかげで、人の嘘の見分け方が少しだけ上手くなった。家族を持ってからは、それが役立った。「うまい話には裏がある」と鼻で嗅ぎ分けられる。
ハルが聞く。
「損して得するってどういうこと?」
「体験は腐らないんだ。冷蔵庫に入れとけば、いつかカレーになる」
その日の午後、団地の掲示板に新しい張り紙があった。
『異星系スナック ネオンの彼方 新装開店 モテ期再来波動砲 無料体験会』
ボクは即、顔を突っ込むことにした。もちろん体験のためだ。

第三章 即退場の美学
スナックは団地の1階に、いつの間にかできていた。ママは触手が七本あるのに、なぜか美人に見えるエイリアンだった。名前はママ。
「お客さん、物好きね。顔が知りたがってるわ」
カウンターにはご近所の旦那たちがいた。みんな60代、70代。人生の午後組だ。
ママが波動砲を撃つ。ピュイ、と音がして、旦那たちの上空の小雨が、一瞬だけ止む。代わりにキラキラしたオーラが出る。
「あら、モテ期が再来したわ」
旦那たちは急に背筋が伸びた。
「ボク、まだいける気がする」
「ボクも、人生、ここから」
ボクは違うな、と感じた。鼻が言っている。これはあの時の呑み屋の匂いだ。
「すまん、ママ。違うな、と思ったから退場するわ。ガキの頃から白黒つけねば気が済まんのだ」
ボクは1分で店を出た。滞在時間57秒。これがボクの特技、即退場だ。悩む時間がもったいない。
しかし旦那たちは残った。午後からの雨は、ここから暴風雨になる。

第四章 呑み屋のネエちゃんはエイリアンだった
翌日、佐藤さんの上空は暴風雨だった。田中さんは竜巻の目の中にいた。傘がバラバラに飛んでいる。
「佐藤さん、大丈夫か」
「いや、モテ出してからが大変で。メッセージが止まらん。しかも全部ママからの請求書で」
ママの正体は、銀河連邦風紀調査官だった。地球の午後組の浮気心エネルギーを集めて、ワープエンジンの燃料にしているのだ。浮気心は高出力らしい。高慢、嫉妬、浮気。三大燃料だ。
「自由が欲しかっただけなのに」と佐藤さんは泣いた。傘の骨だけ握りしめて。

第五章 ご近所の暴風雨観測日誌
ボクは観測日誌をつけ始めた。孫の自由研究ということにして。
6月1日 佐藤さん、暴風雨。傘2本目破損。本人は遠くへ飛ばされそうになり、電柱にしがみつく。
6月2日 田中さん、雹が降る。雹はすべて「反省しなさい」と書かれたレシート。
6月3日 鈴木さん、行方不明。上空の雲だけ残して、本人は竜巻でどこかへ飛ばされた。
「ご同輩、我々がモテるはずはないんだから、そろそろその下心、お気をつけ下さいな」
ボクがベランダから叫ぶと、団地の奥さんたちが一斉に拍手した。ヨシエだけは言った。
「あんた、他人事じゃないわよ。小雨のくせに」

第六章 竜巻に乗って飛ばされた旦那たち
ついに佐藤さんが飛ばされた。午後3時33分。竜巻が佐藤さんを吸い上げ、団地の上空200メートルで「ひゃっほー」と叫ばせたまま消えた。残ったのは片方のサンダルだけだった。
ハルが言った。
「じい、追いかけよう」
「よし、体験だ」
ボクたちはヨシエに頭を下げた。
「カミさん、ちょっと行ってくる」
「早く帰ってきなさい。夕飯までに。でないとあなたの小雨、一生止めないわよ」

第七章 堕天使団地へようこそ
竜巻の先は、もう一つの団地だった。看板には『堕天使団地 5号棟 昭和54年建築』とある。ここは追放された男たちの吹き溜まりだった。カミさんに反逆し、罰せられて追放された男たち。カッコよく言えば、自由が欲しくて離反した男たち。
みんな自分の5メートル雨を背負って暮らしている。雨はやまない。洗濯物は永遠に乾かない。牛乳自販機は120円のまま。
佐藤さんがいた。びしょ濡れで、少し痩せていた。
「ここは自由だが、不便だ。自由って、誰かが洗濯物を取り込んでくれて初めて成り立つんだな」

第八章 自由が欲しくて離反したけど
堕天使団地の掟は一つ。戻りたければ、土下座して戻ればいい。だが誰もできない。プライドという名の重力が邪魔をする。
ボクは佐藤さんに言った。
「昨日、お向かいの旦那さまに話したばかりなのに、って詩に書いてあったろ。ならば土下座してでも戻ったら良いのに、って」
佐藤さんは笑った。
「詩人は簡単に言うよ。土下座ってのはな、宇宙で一番難しいんだ」

第九章 土下座ワープ理論
ママが現れた。七本の触手で正座していた。
「説明するわね。土下座ワープは誠意の角度で決まるの。額が地面に90度、0.5秒じゃダメ。心から『すまんかった』と思って、地面にめり込むまで頭を下げる。そうすると、あなたの浮気心エネルギーが逆噴射して、元の団地へ戻れるの」
「そんなエンジンあるか」
「あるのよ。あなたが呑み屋で騙された時、店を出た後に無意識にやったでしょ。あれが初代よ」
ボクは思い出した。30年前、財布を空にして店を出た夜、家に帰ってヨシエの前で勝手に頭が下がった。あれがワープだったのか。
佐藤さんは練習を始めた。最初はへっぴり腰。だんだん上手くなる。

第十章 カミさん重力
その時、空が割れた。ヨシエが怒ったのだ。堕天使団地の上空に、ヨシエの特大の晴れ間が現れた。重力制御だ。
「あんたたち、夕飯よ。帰ってきなさい」
声だけで竜巻が止まった。堕天使団地の雨が、一瞬だけ止んだ。ママが驚く。
「なんて重力。愛の重力よ」
ヨシエの重力は、浮気心エンジンをも上回る。家族最優先でやってきた女の重力は、宇宙一重い。

第十一章 孫と始める午後の晴らし方
佐藤さんはついに土下座した。額が地面にめり込んだ。角度180度。誠意100パーセント。
ボン、と音がして、佐藤さんは元の団地のベランダにワープした。そこには奥さんが立っていた。奥さんは何も言わず、バケツの水を佐藤さんにかけた。暴風雨より冷たい、現実の水だ。
「おかえり。洗濯物、取り込んで」
佐藤さんは泣きながら洗濯物を取り込んだ。上空の雲が、すうっと消えた。小雨になった。
ハルが言った。
「じい、かっこいい」
「土下座がか?」
「違う。戻るって決めるのが」

第十二章 午後は濡れる程度がちょうどいい
こうして堕天使団地は少しずつ人口が減った。戻り方を覚えた旦那たちが、一人、また一人と土下座ワープで帰っていく。戻れない奴もいる。まだ角度が足りないのだ。
ボクの上空の小雨は、まだやまない。午後から降り出した雨はやまない。でもそれでいい。完全に晴れたら、きっとワクワクを忘れる。
ヨシエとハルと縁側で線香花火をしている。ボクの小雨だけが、花火に当たってジュッと消える。
「なあ、ハル。人生の午後はな、暴風雨にしないのがコツだ。しっとり濡れる程度にしておけ。そうすれば孫と笑っていられる」
ハルは笑った。
「じい、詩人みたい」
夕方、向かいの佐藤さんがやってきて言った。
「昨日はすまんかった。おかげで助かった。今度、土下座のやり方、教えてくれんか。ご近所の旦那たちにも」
ボクは答えた。
「よし、まずは体験だ。縁側で正座からだ」
雨はやまない。でも、もう怖くない。だって家の中は、いつも晴れだから。

(了)



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あとがき
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
この物語は、「男のロマンや自由への憧れ」と「現実の生活(主に洗濯物と夕飯)」のギャップをコミカルに描きたいという思いから生まれました。
作中、佐藤さんは「自由って、誰かが洗濯物を取り込んでくれて初めて成り立つんだな」と気づきます。私たちが謳歌している自由の裏には、実は誰かの支えや「重力」があるのかもしれません。
主人公の言う通り、人生の午後は「暴風雨にしないのがコツで、しっとり濡れる程度がちょうどいい」のかもしれません。頭上の小雨さえも「体験は腐らない」と楽しんでしまう、そんなタフでチャーミングな大人でありたいものです。
あなたの頭上の空は、いまどんなお天気ですか?
もし激しい雨が降ってきたときは……ぜひ「誠意の角度180度」を思い出してみてください。