太閤路転生記 〜豊臣秀吉と刻をこえた男〜
玉響転生記 第四十九話
まえがき
四十八度の邂逅を経て、榊原凪は、また新たな「刻」へと導かれることになった。
伊達政宗との旅で、凪は「使節路」という言葉を得た。今回、彼が得た言葉は「太閤路」であった。
農民の子から、天下人へと駆け上がった男。
慶長三年(千五百九十八年)七月。齢六十二。日本を統一しながら、幼い我が子の行く末を案じ続けていた男、豊臣秀吉。だが、その波乱の生涯には、最も低い身分であった頃から、静かに支え続けた一人の妻がいた。
なお、本作は、秀吉の生涯における明るい功績のみを描くものではない。その最晩年、彼が抱えていたであろう、拭い去ることのできない悔いにも、静かに触れるものである。
プロローグ 文月の来訪
東京は、盛夏の蒸し暑い夜だった。
榊原凪は、七十五歳になっていた。伊達政宗との旅から、半年余りが経っている。
江戸の病床で、政宗が支倉常長への想いを静かに語った、あの夜のことを、凪は今も思い出す。
書き上げた小説『時代に翻弄された使者』は、静かな反響を呼んだ。
その夜、凪は書斎で、古い城郭図と、系図の写しとを眺めながら、うたた寝をしていた。
ふと、金箔と、乾いた薬草のような匂いがした。
顔を上げると、部屋の隅に、一人の小柄な老人が座っていた。
豪奢な小袖。だが、その顔には、老いと、病による疲れの色が濃く滲んでいた。
「これは、何者じゃ」
老人は、しわがれた声で言った。
「あなたは……」
「豊臣秀吉と申す。今は、太閤と呼ばれておる」
凪は、息を呑んだ。
豊臣秀吉。農民の出でありながら、天下統一を成し遂げた戦国の英傑。そして、このおよそひと月後、その生涯を閉じることになっている男。
「なぜ、儂はここにおるのか」
「さて、それがしにも分かりませぬ」凪は答えた。
「妙な話じゃ」秀吉は、しわがれた声で力なく笑った。「気づけば、この妙な場所におった。由井、明智、石田、真田、土方、坂本、大石、楠木、伊能、北斎、芭蕉、玄白、定信、松陰、伊藤、田中、渋沢、野口、三島、芥川、力道山、将門、道真、崇徳院、植村、手塚、武蔵、次郎吉、空海、清少納言、鑑真、利休、板垣、鎌足、義経、道灌、清正、一休、尊氏、家康、信長、小町、紫式部、卑弥呼、聖徳太子、万次郎、後醍醐、政宗。そなたが会うてきた者たちの気配が、なんとのう伝わってくる。利休も、家康も、清正も、そなたに会うたのか」
彼は、凪をじろりと見た。
「儂は今、伏見城にて病の床に伏しておる。幼い秀頼のことが案じられてならぬ」
「太閤様……」
「されど」老いた天下人の目に、複雑な光が宿った。「その前に、伝えておきたいことがある」
一章 四十九度目のたゆたい
その夜、凪は城郭図と系図の写しに埋もれながら、考え続けていた。
これまでの四十八人には、皆、「死をどう引き受けるか」というそれぞれの重さがあった。
だが豊臣秀吉の場合、その重さはまた違う質のものだった。
史実において、秀吉は慶長三年八月、伏見城にてその生涯を閉じることになる。享年六十二。臨終の際、五大老を枕元に呼び、幼い秀頼への忠誠を繰り返し誓わせたと伝えられている。
しかし、秀吉の生涯には、あまりに重く拭い去ることのできない出来事があった。文禄四年(千五百九十五年)、秀吉は、我が子秀頼の誕生により、それまで後継者として関白の座にあった甥秀次を、謀反の疑いありとして高野山にて切腹させる。さらには、秀次の妻子、係累に至るまで三十余名を、三条河原にて処刑させた。この出来事は、当時から多くの人々に消えない衝撃と恐怖を与えることになった。
その一方で、秀吉の生涯には、あまり語られない確かな支えもあった。正室ねね、後の高台院である。秀吉がまだ織田家に仕える一介の武士に過ぎなかった頃から、その傍らにあり続けた女性であった。秀吉は戦の折々、大坂城にいるねねに宛てて、軍事、政治の重要なことを書状に綴っていたと伝えられている。
凪の胸に、一つの問いが浮かんだ。
秀吉が最期に伝えておきたいものがあるとすれば、それは幼い秀頼の行く末への案じだけなのか。それとも、低い身分の頃から共に歩んできた妻への想いもあるのではないか。
凪は、暗い天井を見つめた。
「行きます」
呟くと同時に、部屋の空気が震え、城郭図の匂いが金箔と薬草の匂いに変わった。
玉響。
世界が揺れた。
二章 伏見城
気づくと、凪は伏見城の裏手に立っていた。
盛夏の蒸し暑い風が、壮麗な城を吹き抜けていく。
凪の身なりは、城に仕える下人風の姿に変わっていた。
「もし」
城の前にいた小姓に声をかけると、彼は驚いた顔で凪を見た。
「太閤様にお目通り願いたい」
「そなた、何者じゃ」
「太閤様のお導きで参った者です。到着を告げていただければ、通じるはずです」
小姓は、訝しみながらも奥へと入っていった。
しばらくして戻ってきた。
「サカキバラとやら申したな。お入りくだされ」
この小姓こそ、秀吉の身の回りの世話をしていた若き近習であった。
三章 秀吉の病床
病床の間には、諸大名から取り交わされた誓紙の数々が静かに積まれていた。
秀吉は、床の中からしわがれた目で凪を見た。
「よう来たな、サカキバラ」
「参りました」
「座れ」秀吉は、はあ、はあと荒い息を吐きながら言った。「儂は農民の子から、この日の本を統一するまでになった。欲しいものは全て手に入れた。だがよ……」
「ねね様のことを、伺ってもよろしいでしょうか」
秀吉は、しばらく黙っていた。その目が、一瞬だけ優しく細められる。
「あれはな……儂がまだただの『猿』と呼ばれておった頃から、傍らにおってくれた。戦に出るたび、儂はあれに泣き言混じりの文を送りつけたものよ。誰にも言えん格好の悪いことも、ねねにだけは全部ぶちまけられた」
「今、ご自身の来し方をどう振り返っておられますか」
秀吉は、がくりと頭を落とすように目を伏せた。
「ねねのことを、近頃よく思う。天下なんぞを取ってからより、あれと二人貧乏侍をやっておった頃のことばかりが、妙に思い出されてならんのじゃ……」
四章 城内の風
その夜、凪は伏見城の一室で眠れぬまま過ごした。
秀吉の言葉が頭から離れなかった。
ねねのことを、近頃よく思う。
これまでの四十八人は、皆有限の生の中で何を選ぶかという問いを抱えていた。だが秀吉の場合、彼が向き合っていたのは「己が成し遂げた天下統一をどう遺すか」だけでなく、「己を最も低い身分の頃から支え続けた妻をどう記憶するか」という問いであるように思えた。
史実において、ねねは、秀吉が織田家に仕える一介の武士に過ぎなかった頃から、周囲の反対を押し切って恋愛結婚を受け入れ、共に歩んできた人物であった。秀吉が戦に出ている間、大坂城を守り、家臣の妻たちをまとめ、政務にも深く関わっていた。だが後世、豊臣秀吉という名が「天下人」としてあまりに大きく語り継がれる一方で、ねねの存在はその陰に埋もれがちであった。
さらに、今の城内には重苦しい空気が満ちていた。秀頼の生母である淀殿の勢力が力を増す中で、古参であるねねの立場はどこか微妙なものになりつつある。
凪は、ふと思った。
秀吉がこれほどまでに天下の功績を語られる一方で、低い身分の頃から支え続けた妻への感謝は、これまでどれほどはっきりと語られてきたのか。
窓の外、伏見の夏の夜風が静かに吹いていた。
五章 近習との対話
翌日、凪は病床の外で控えていた若い近習と言葉を交わす機会を得た。
「太閤様は、ねね様のことをよく話されますか」
「滅多に」近習は、周囲を気にするように声を潜めた。「北政所様のご人徳は、加藤清正様をはじめ多くの武将が慕うております。ですが、今は秀頼様の御引立てが何より最優先。城内では淀殿派の手前、北政所様のお噂を大っぴらにすることは憚られるのです」
「太閤様ご自身は、それをどう思っておられるのでしょうか」
近習は、しばらく考えていた。
「太閤様は、ねね様を深く頼りにしておられます。ですが、それを公式な言葉として遺されたことはまだ一度もないように思います。このままでは、奥方様の功績は歴史の闇に隠れてしまうやもしれません」
六章 旧臣との対話
その日の夕刻、秀吉に長く仕える古い旧臣の一人が病床から退出してきた。
「サカキバラ殿と申されるか。太閤様より伺っております」
「あなたは、ねね様のことをどう見ておられますか」
旧臣は、深く息を吐き、遠い目をした。
「あの御方なくば、太閤様の出世はこれほど早くは成らなかったでしょう。低い身分の頃から共に泥をすすり歩まれた、まことの伴侶でございます。大きな戦の前、太閤様がどれほど奥方に泣き言の書状を送り励まされていたか、我ら古参の者は皆知っております」
「それは、秀吉様ご自身も深く認めておられることですか」
「内心では誰よりもな」旧臣は苦渋をにじませた。「ただ太閤様は天下統一というあまりに大きな仕事に常に心を奪われてこられた。それゆえその感謝をはっきりと公に語る間がなかった。今はただ秀頼様の行く末ばかりに血眼になっておられる」
凪は頷いた。
「もし太閤様がはっきりとねね様への想いを言葉に遺されたら、何か変わると思われますか」
旧臣は、強い目で凪を見た。
「変わりましょう。豊臣の歴史に、あの御方の名が正しく刻まれることになります。太閤様のお言葉には、それだけの重みがございます」
七章 夜半の対話
その夜、凪は秀吉に呼ばれ二人だけで病床に残った。
「近習や旧臣から聞いた」と秀吉は言った。「そなたがねねのことをあれこれ問うておるそうじゃな」
「差し出がましいことを申し上げました」
「いや、儂自身向き合わねばならぬ角度であった」
「太閤様はご自身が成し遂げられた天下統一の功績について多くを語られてこられました。ですが、ねね様への想いについてはあまりはっきりと言葉にされる場がなかったように見受けました」
秀吉はしばらく黙っていた。
「太閤様。もう一つ伺ってもよろしいでしょうか」
秀吉は静かに頷いた。
「秀次様とそのご一族のことについては、どのように受け止めておられますか」
その瞬間、秀吉の顔が病床とは思えぬ恐ろしい眼光へと変わった。
「黙れ」秀吉は激昂し、しわがれた声を震わせた。「あれは謀反を企てたのだ。豊臣の家を秀頼を守るためには仕方のないことであった。儂のしたことに間違いなどないわ」
だが凪は一歩も引かず、その老いた天下人の目を静かに見つめ返した。
「本当に、それだけですか。あなた様が本当に恐れていたのは何ですか」
長い、痛切な沈黙が流れた。
やがて、秀吉の肩から不自然な力が抜け、その瞳から鋭さが消え失せた。ぼろぼろと、老いた目から涙がこぼれ落ちる。
「取り返しがつかぬ」秀吉は絞り出すように言った。「秀頼が可愛かったのだ。あの子に全てを遺したくて、儂は狂うてしまった。あの子らに何の罪があったというのか。三条河原の血が、今もこの目を離れんのじゃ……」
「その悔いをどうすればよいとお考えですか」
「分からぬ。詫びて済むことではない。ただこの罪をなかったことにはせぬ。それだけが儂にできるせめてものことじゃ」
凪は深く息を吸った。
「太閤様。あなたは今幼い秀頼様の行く末を案じておられます。ですが、もしねね様への感謝をはっきりと言葉にしないまま終われば、その支えはあなたの功績やこの血塗られた罪の陰に埋もれたままになってしまうかもしれません」
秀吉の目が微かに揺れた。
「あなたが本当に遺したいものは、ご自身の天下統一の功績だけでしょうか。それとも、ねね様というあなたを支え続けた妻の存在を次の時代へとはっきり伝えることも含まれているのではないでしょうか」
秀吉は長い間目を閉じていた。
八章 語られた言葉
その夜遅く、秀吉は旧臣と近習を呼び、静かに語り始めた。
凪はその傍らに静かに控えていた。
「ねねは……」
秀吉は、短く息を継ぎながら、ゆっくりと言葉を絞り出した。
「儂が、まだ……ただの『猿』であり、何者でもなかった頃から、変わらず傍らにおってくれた」
静まり返る夜の間に、しわがれた声だけが落ちていく。
「これより後……儂のことを語り継ぐ者は、皆にねねのことも伝えてほしい」
秀吉は一度目を閉じ、いとおしむように小さく笑った。
「『あの天下人のハゲネズミも、カカア天下には勝てなんだ』とな。今日の儂があるのは、すべて……あれの支えあってこそじゃ」
旧臣と近習は、驚きに目を見張り、次いで深く頭を下げた。涙を流す者もいた。
「秀頼のこともくれぐれも頼む。あれには儂の罪までは負わせとうない。ねねと共に豊臣を守ってやってくれ」
凪は静かにその言葉を聞いていた。
やがて秀吉は憑き物が落ちたような顔で深く息をついた。
「これでよかろう」
九章 遺されたもの
この夜からおよそひと月後、慶長三年八月、豊臣秀吉は伏見城にてその生涯を閉じることになる。享年六十二。臨終の際、五大老を枕元に呼び、幼い秀頼への忠誠を繰り返し誓わせたと伝えられている。
史実において、ねねは秀吉の死後、豊臣家の存続のためには徳川家康に従うことが得策であると考え、淀殿を説得しようとしたが、これは実らなかった。慶長二十年(千六百十五年)、大坂夏の陣にて大坂城が落城し、淀殿と秀頼は自刃することになる。ねねは高台寺から燃え盛る大坂城を見ていたと伝えられている。
だが、秀吉が最期に遺したあの不器用な言葉は、古参の武将たちの胸に深く刻まれ、ねねという女性の誇りを激動の時代の中で最後まで守り抜く盾となった。
凪は、その事実を知り静かに思った。
天下人としての秀吉の陰にも、確かに低い身分の頃から支え続けた妻への至純の感謝と、そして取り返しのつかぬ悔いとが共に息づいていたのかもしれない、と。
終章 もう一つの太閤路
四百年余りの後。
京都高台寺には、ねねの菩提を弔う静かな庭が今も残されていた。
また、京都の瑞泉寺には、秀次とその一族を弔う供養塔が今も守り継がれている。
「天下統一を成し遂げた英傑」としてだけではなく、「支えてくれた妻への感謝と取り返しのつかぬ悔いとを共に抱え続けた一人の人間」として。
エピローグ もう一つの光
東京の書斎で、凪は書き上げたばかりの原稿を静かに読み返していた。
窓の外では、盛夏の風がまだ蒸し暑く吹いていた。
「あなたが遺したかったのはご自身の功績だけではなかったはずです」
凪は静かに呟いた。
パソコンの画面には、彼が書き上げた物語の最後の一文が残されていた。
『慶長三年八月、伏見の空は静かに暮れようとしていた。農民の子から天下人へと駆け上がった男は、その最期の日々に己の功績と拭えぬ悔いとを共に見つめながら、もう一つの光を確かに支え続けた妻へと語り遺したのである。』
風が吹いた。金箔と薬草の匂いが微かにした。
玉響の揺らぎは今日もまた静かに続いている。
了
作者注
本作は豊臣秀吉の最晩年を題材としたフィクションです。豊臣秀吉、ねね(高台院)などは実在の人物ですが、物語における近習や旧臣との対話の内容は、著者の創作です。
実際に秀吉は慶長三年(千五百九十八年)八月、伏見城にて六十二歳でその生涯を閉じました。臨終の際、五大老に幼い秀頼への忠誠を繰り返し誓わせたことは複数の記録に残されています。
文禄四年(千五百九十五年)、秀吉は実子秀頼の誕生を受け、それまで後継者としていた甥秀次に謀反の疑いをかけ、切腹させ、その妻子、係累三十余名を処刑しました。この出来事は当時から多くの衝撃をもって受け止められ、後世まで秀吉の生涯における最も重い出来事の一つとして語り継がれています。本作はこの出来事を美化したり、簡単に解決した悔いとして描いたりすることを意図しておらず、秀吉自身がこの罪を取り返しのつかないものとして抱え続けていたであろうことをそのまま描いています。
正室ねね(高台院)は、秀吉が織田家の一武士であった頃からの妻であり、秀吉が戦の折々大坂城の彼女に重要な報告を書き送っていたことも知られています。織田信長がねねに宛てた書状の中で秀吉をハゲネズミと評した逸話は有名ですが、本作ではその言葉を秀吉自身の自嘲と親愛の情の表現として引用しています。秀吉が最晩年ねねへの想いをどのように語っていたかについて具体的な記録は限られており、本作における描写は著者の創作です。
本作は前四十八作と同じく、もし介入できたならという思考実験として書かれています。
そして、玉響はいつの時代にも静かに揺らいでいるのかもしれません。
あらすじ
太閤路転生記 豊臣秀吉と刻をこえた男
四十九度目の玉響が、七十五歳の榊原凪を誘ったのは、慶長三年七月、死をひと月後に控えた豊臣秀吉の病床だった。
農民から天下人へ駆け上がった男は、幼き秀頼の行く末を案じる裏で、血塗られた秀次事件の悔恨に苛まれていた。
そんな天下人に、凪は静かに問いかける。あなたが本当に遺したいものは、功績だけですか、と。
歴史の陰に隠れゆく糟糠の妻ねねへの至純の感謝。最晩年の秀吉が、不器用な言葉で遺したもう一つの光とは。歪みと情愛に満ちた一人の人間の最期を描く歴史ファンタジー。
玉響転生記 第四十九話
まえがき
四十八度の邂逅を経て、榊原凪は、また新たな「刻」へと導かれることになった。
伊達政宗との旅で、凪は「使節路」という言葉を得た。今回、彼が得た言葉は「太閤路」であった。
農民の子から、天下人へと駆け上がった男。
慶長三年(千五百九十八年)七月。齢六十二。日本を統一しながら、幼い我が子の行く末を案じ続けていた男、豊臣秀吉。だが、その波乱の生涯には、最も低い身分であった頃から、静かに支え続けた一人の妻がいた。
なお、本作は、秀吉の生涯における明るい功績のみを描くものではない。その最晩年、彼が抱えていたであろう、拭い去ることのできない悔いにも、静かに触れるものである。
プロローグ 文月の来訪
東京は、盛夏の蒸し暑い夜だった。
榊原凪は、七十五歳になっていた。伊達政宗との旅から、半年余りが経っている。
江戸の病床で、政宗が支倉常長への想いを静かに語った、あの夜のことを、凪は今も思い出す。
書き上げた小説『時代に翻弄された使者』は、静かな反響を呼んだ。
その夜、凪は書斎で、古い城郭図と、系図の写しとを眺めながら、うたた寝をしていた。
ふと、金箔と、乾いた薬草のような匂いがした。
顔を上げると、部屋の隅に、一人の小柄な老人が座っていた。
豪奢な小袖。だが、その顔には、老いと、病による疲れの色が濃く滲んでいた。
「これは、何者じゃ」
老人は、しわがれた声で言った。
「あなたは……」
「豊臣秀吉と申す。今は、太閤と呼ばれておる」
凪は、息を呑んだ。
豊臣秀吉。農民の出でありながら、天下統一を成し遂げた戦国の英傑。そして、このおよそひと月後、その生涯を閉じることになっている男。
「なぜ、儂はここにおるのか」
「さて、それがしにも分かりませぬ」凪は答えた。
「妙な話じゃ」秀吉は、しわがれた声で力なく笑った。「気づけば、この妙な場所におった。由井、明智、石田、真田、土方、坂本、大石、楠木、伊能、北斎、芭蕉、玄白、定信、松陰、伊藤、田中、渋沢、野口、三島、芥川、力道山、将門、道真、崇徳院、植村、手塚、武蔵、次郎吉、空海、清少納言、鑑真、利休、板垣、鎌足、義経、道灌、清正、一休、尊氏、家康、信長、小町、紫式部、卑弥呼、聖徳太子、万次郎、後醍醐、政宗。そなたが会うてきた者たちの気配が、なんとのう伝わってくる。利休も、家康も、清正も、そなたに会うたのか」
彼は、凪をじろりと見た。
「儂は今、伏見城にて病の床に伏しておる。幼い秀頼のことが案じられてならぬ」
「太閤様……」
「されど」老いた天下人の目に、複雑な光が宿った。「その前に、伝えておきたいことがある」
一章 四十九度目のたゆたい
その夜、凪は城郭図と系図の写しに埋もれながら、考え続けていた。
これまでの四十八人には、皆、「死をどう引き受けるか」というそれぞれの重さがあった。
だが豊臣秀吉の場合、その重さはまた違う質のものだった。
史実において、秀吉は慶長三年八月、伏見城にてその生涯を閉じることになる。享年六十二。臨終の際、五大老を枕元に呼び、幼い秀頼への忠誠を繰り返し誓わせたと伝えられている。
しかし、秀吉の生涯には、あまりに重く拭い去ることのできない出来事があった。文禄四年(千五百九十五年)、秀吉は、我が子秀頼の誕生により、それまで後継者として関白の座にあった甥秀次を、謀反の疑いありとして高野山にて切腹させる。さらには、秀次の妻子、係累に至るまで三十余名を、三条河原にて処刑させた。この出来事は、当時から多くの人々に消えない衝撃と恐怖を与えることになった。
その一方で、秀吉の生涯には、あまり語られない確かな支えもあった。正室ねね、後の高台院である。秀吉がまだ織田家に仕える一介の武士に過ぎなかった頃から、その傍らにあり続けた女性であった。秀吉は戦の折々、大坂城にいるねねに宛てて、軍事、政治の重要なことを書状に綴っていたと伝えられている。
凪の胸に、一つの問いが浮かんだ。
秀吉が最期に伝えておきたいものがあるとすれば、それは幼い秀頼の行く末への案じだけなのか。それとも、低い身分の頃から共に歩んできた妻への想いもあるのではないか。
凪は、暗い天井を見つめた。
「行きます」
呟くと同時に、部屋の空気が震え、城郭図の匂いが金箔と薬草の匂いに変わった。
玉響。
世界が揺れた。
二章 伏見城
気づくと、凪は伏見城の裏手に立っていた。
盛夏の蒸し暑い風が、壮麗な城を吹き抜けていく。
凪の身なりは、城に仕える下人風の姿に変わっていた。
「もし」
城の前にいた小姓に声をかけると、彼は驚いた顔で凪を見た。
「太閤様にお目通り願いたい」
「そなた、何者じゃ」
「太閤様のお導きで参った者です。到着を告げていただければ、通じるはずです」
小姓は、訝しみながらも奥へと入っていった。
しばらくして戻ってきた。
「サカキバラとやら申したな。お入りくだされ」
この小姓こそ、秀吉の身の回りの世話をしていた若き近習であった。
三章 秀吉の病床
病床の間には、諸大名から取り交わされた誓紙の数々が静かに積まれていた。
秀吉は、床の中からしわがれた目で凪を見た。
「よう来たな、サカキバラ」
「参りました」
「座れ」秀吉は、はあ、はあと荒い息を吐きながら言った。「儂は農民の子から、この日の本を統一するまでになった。欲しいものは全て手に入れた。だがよ……」
「ねね様のことを、伺ってもよろしいでしょうか」
秀吉は、しばらく黙っていた。その目が、一瞬だけ優しく細められる。
「あれはな……儂がまだただの『猿』と呼ばれておった頃から、傍らにおってくれた。戦に出るたび、儂はあれに泣き言混じりの文を送りつけたものよ。誰にも言えん格好の悪いことも、ねねにだけは全部ぶちまけられた」
「今、ご自身の来し方をどう振り返っておられますか」
秀吉は、がくりと頭を落とすように目を伏せた。
「ねねのことを、近頃よく思う。天下なんぞを取ってからより、あれと二人貧乏侍をやっておった頃のことばかりが、妙に思い出されてならんのじゃ……」
四章 城内の風
その夜、凪は伏見城の一室で眠れぬまま過ごした。
秀吉の言葉が頭から離れなかった。
ねねのことを、近頃よく思う。
これまでの四十八人は、皆有限の生の中で何を選ぶかという問いを抱えていた。だが秀吉の場合、彼が向き合っていたのは「己が成し遂げた天下統一をどう遺すか」だけでなく、「己を最も低い身分の頃から支え続けた妻をどう記憶するか」という問いであるように思えた。
史実において、ねねは、秀吉が織田家に仕える一介の武士に過ぎなかった頃から、周囲の反対を押し切って恋愛結婚を受け入れ、共に歩んできた人物であった。秀吉が戦に出ている間、大坂城を守り、家臣の妻たちをまとめ、政務にも深く関わっていた。だが後世、豊臣秀吉という名が「天下人」としてあまりに大きく語り継がれる一方で、ねねの存在はその陰に埋もれがちであった。
さらに、今の城内には重苦しい空気が満ちていた。秀頼の生母である淀殿の勢力が力を増す中で、古参であるねねの立場はどこか微妙なものになりつつある。
凪は、ふと思った。
秀吉がこれほどまでに天下の功績を語られる一方で、低い身分の頃から支え続けた妻への感謝は、これまでどれほどはっきりと語られてきたのか。
窓の外、伏見の夏の夜風が静かに吹いていた。
五章 近習との対話
翌日、凪は病床の外で控えていた若い近習と言葉を交わす機会を得た。
「太閤様は、ねね様のことをよく話されますか」
「滅多に」近習は、周囲を気にするように声を潜めた。「北政所様のご人徳は、加藤清正様をはじめ多くの武将が慕うております。ですが、今は秀頼様の御引立てが何より最優先。城内では淀殿派の手前、北政所様のお噂を大っぴらにすることは憚られるのです」
「太閤様ご自身は、それをどう思っておられるのでしょうか」
近習は、しばらく考えていた。
「太閤様は、ねね様を深く頼りにしておられます。ですが、それを公式な言葉として遺されたことはまだ一度もないように思います。このままでは、奥方様の功績は歴史の闇に隠れてしまうやもしれません」
六章 旧臣との対話
その日の夕刻、秀吉に長く仕える古い旧臣の一人が病床から退出してきた。
「サカキバラ殿と申されるか。太閤様より伺っております」
「あなたは、ねね様のことをどう見ておられますか」
旧臣は、深く息を吐き、遠い目をした。
「あの御方なくば、太閤様の出世はこれほど早くは成らなかったでしょう。低い身分の頃から共に泥をすすり歩まれた、まことの伴侶でございます。大きな戦の前、太閤様がどれほど奥方に泣き言の書状を送り励まされていたか、我ら古参の者は皆知っております」
「それは、秀吉様ご自身も深く認めておられることですか」
「内心では誰よりもな」旧臣は苦渋をにじませた。「ただ太閤様は天下統一というあまりに大きな仕事に常に心を奪われてこられた。それゆえその感謝をはっきりと公に語る間がなかった。今はただ秀頼様の行く末ばかりに血眼になっておられる」
凪は頷いた。
「もし太閤様がはっきりとねね様への想いを言葉に遺されたら、何か変わると思われますか」
旧臣は、強い目で凪を見た。
「変わりましょう。豊臣の歴史に、あの御方の名が正しく刻まれることになります。太閤様のお言葉には、それだけの重みがございます」
七章 夜半の対話
その夜、凪は秀吉に呼ばれ二人だけで病床に残った。
「近習や旧臣から聞いた」と秀吉は言った。「そなたがねねのことをあれこれ問うておるそうじゃな」
「差し出がましいことを申し上げました」
「いや、儂自身向き合わねばならぬ角度であった」
「太閤様はご自身が成し遂げられた天下統一の功績について多くを語られてこられました。ですが、ねね様への想いについてはあまりはっきりと言葉にされる場がなかったように見受けました」
秀吉はしばらく黙っていた。
「太閤様。もう一つ伺ってもよろしいでしょうか」
秀吉は静かに頷いた。
「秀次様とそのご一族のことについては、どのように受け止めておられますか」
その瞬間、秀吉の顔が病床とは思えぬ恐ろしい眼光へと変わった。
「黙れ」秀吉は激昂し、しわがれた声を震わせた。「あれは謀反を企てたのだ。豊臣の家を秀頼を守るためには仕方のないことであった。儂のしたことに間違いなどないわ」
だが凪は一歩も引かず、その老いた天下人の目を静かに見つめ返した。
「本当に、それだけですか。あなた様が本当に恐れていたのは何ですか」
長い、痛切な沈黙が流れた。
やがて、秀吉の肩から不自然な力が抜け、その瞳から鋭さが消え失せた。ぼろぼろと、老いた目から涙がこぼれ落ちる。
「取り返しがつかぬ」秀吉は絞り出すように言った。「秀頼が可愛かったのだ。あの子に全てを遺したくて、儂は狂うてしまった。あの子らに何の罪があったというのか。三条河原の血が、今もこの目を離れんのじゃ……」
「その悔いをどうすればよいとお考えですか」
「分からぬ。詫びて済むことではない。ただこの罪をなかったことにはせぬ。それだけが儂にできるせめてものことじゃ」
凪は深く息を吸った。
「太閤様。あなたは今幼い秀頼様の行く末を案じておられます。ですが、もしねね様への感謝をはっきりと言葉にしないまま終われば、その支えはあなたの功績やこの血塗られた罪の陰に埋もれたままになってしまうかもしれません」
秀吉の目が微かに揺れた。
「あなたが本当に遺したいものは、ご自身の天下統一の功績だけでしょうか。それとも、ねね様というあなたを支え続けた妻の存在を次の時代へとはっきり伝えることも含まれているのではないでしょうか」
秀吉は長い間目を閉じていた。
八章 語られた言葉
その夜遅く、秀吉は旧臣と近習を呼び、静かに語り始めた。
凪はその傍らに静かに控えていた。
「ねねは……」
秀吉は、短く息を継ぎながら、ゆっくりと言葉を絞り出した。
「儂が、まだ……ただの『猿』であり、何者でもなかった頃から、変わらず傍らにおってくれた」
静まり返る夜の間に、しわがれた声だけが落ちていく。
「これより後……儂のことを語り継ぐ者は、皆にねねのことも伝えてほしい」
秀吉は一度目を閉じ、いとおしむように小さく笑った。
「『あの天下人のハゲネズミも、カカア天下には勝てなんだ』とな。今日の儂があるのは、すべて……あれの支えあってこそじゃ」
旧臣と近習は、驚きに目を見張り、次いで深く頭を下げた。涙を流す者もいた。
「秀頼のこともくれぐれも頼む。あれには儂の罪までは負わせとうない。ねねと共に豊臣を守ってやってくれ」
凪は静かにその言葉を聞いていた。
やがて秀吉は憑き物が落ちたような顔で深く息をついた。
「これでよかろう」
九章 遺されたもの
この夜からおよそひと月後、慶長三年八月、豊臣秀吉は伏見城にてその生涯を閉じることになる。享年六十二。臨終の際、五大老を枕元に呼び、幼い秀頼への忠誠を繰り返し誓わせたと伝えられている。
史実において、ねねは秀吉の死後、豊臣家の存続のためには徳川家康に従うことが得策であると考え、淀殿を説得しようとしたが、これは実らなかった。慶長二十年(千六百十五年)、大坂夏の陣にて大坂城が落城し、淀殿と秀頼は自刃することになる。ねねは高台寺から燃え盛る大坂城を見ていたと伝えられている。
だが、秀吉が最期に遺したあの不器用な言葉は、古参の武将たちの胸に深く刻まれ、ねねという女性の誇りを激動の時代の中で最後まで守り抜く盾となった。
凪は、その事実を知り静かに思った。
天下人としての秀吉の陰にも、確かに低い身分の頃から支え続けた妻への至純の感謝と、そして取り返しのつかぬ悔いとが共に息づいていたのかもしれない、と。
終章 もう一つの太閤路
四百年余りの後。
京都高台寺には、ねねの菩提を弔う静かな庭が今も残されていた。
また、京都の瑞泉寺には、秀次とその一族を弔う供養塔が今も守り継がれている。
「天下統一を成し遂げた英傑」としてだけではなく、「支えてくれた妻への感謝と取り返しのつかぬ悔いとを共に抱え続けた一人の人間」として。
エピローグ もう一つの光
東京の書斎で、凪は書き上げたばかりの原稿を静かに読み返していた。
窓の外では、盛夏の風がまだ蒸し暑く吹いていた。
「あなたが遺したかったのはご自身の功績だけではなかったはずです」
凪は静かに呟いた。
パソコンの画面には、彼が書き上げた物語の最後の一文が残されていた。
『慶長三年八月、伏見の空は静かに暮れようとしていた。農民の子から天下人へと駆け上がった男は、その最期の日々に己の功績と拭えぬ悔いとを共に見つめながら、もう一つの光を確かに支え続けた妻へと語り遺したのである。』
風が吹いた。金箔と薬草の匂いが微かにした。
玉響の揺らぎは今日もまた静かに続いている。
了
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作者注
本作は豊臣秀吉の最晩年を題材としたフィクションです。豊臣秀吉、ねね(高台院)などは実在の人物ですが、物語における近習や旧臣との対話の内容は、著者の創作です。
実際に秀吉は慶長三年(千五百九十八年)八月、伏見城にて六十二歳でその生涯を閉じました。臨終の際、五大老に幼い秀頼への忠誠を繰り返し誓わせたことは複数の記録に残されています。
文禄四年(千五百九十五年)、秀吉は実子秀頼の誕生を受け、それまで後継者としていた甥秀次に謀反の疑いをかけ、切腹させ、その妻子、係累三十余名を処刑しました。この出来事は当時から多くの衝撃をもって受け止められ、後世まで秀吉の生涯における最も重い出来事の一つとして語り継がれています。本作はこの出来事を美化したり、簡単に解決した悔いとして描いたりすることを意図しておらず、秀吉自身がこの罪を取り返しのつかないものとして抱え続けていたであろうことをそのまま描いています。
正室ねね(高台院)は、秀吉が織田家の一武士であった頃からの妻であり、秀吉が戦の折々大坂城の彼女に重要な報告を書き送っていたことも知られています。織田信長がねねに宛てた書状の中で秀吉をハゲネズミと評した逸話は有名ですが、本作ではその言葉を秀吉自身の自嘲と親愛の情の表現として引用しています。秀吉が最晩年ねねへの想いをどのように語っていたかについて具体的な記録は限られており、本作における描写は著者の創作です。
本作は前四十八作と同じく、もし介入できたならという思考実験として書かれています。
そして、玉響はいつの時代にも静かに揺らいでいるのかもしれません。
あらすじ
太閤路転生記 豊臣秀吉と刻をこえた男
四十九度目の玉響が、七十五歳の榊原凪を誘ったのは、慶長三年七月、死をひと月後に控えた豊臣秀吉の病床だった。
農民から天下人へ駆け上がった男は、幼き秀頼の行く末を案じる裏で、血塗られた秀次事件の悔恨に苛まれていた。
そんな天下人に、凪は静かに問いかける。あなたが本当に遺したいものは、功績だけですか、と。
歴史の陰に隠れゆく糟糠の妻ねねへの至純の感謝。最晩年の秀吉が、不器用な言葉で遺したもう一つの光とは。歪みと情愛に満ちた一人の人間の最期を描く歴史ファンタジー。

