使節路転生記 〜伊達政宗と刻をこえた男〜
玉響転生記・第四十八話



まえがき
四十七回の邂逅を経て、榊原凪はまた新たな刻へと導かれることになった。
後醍醐天皇との旅で、凪は「建武路」という言葉を得た。今回、彼が得た言葉は「使節路」であった。
独眼竜と呼ばれ、遠くローマにまで使節を送った男。
寛永十三年(一六三六年)五月。齢七十。仙台藩の礎を築いた男、伊達政宗。だが、その壮大な夢の陰には、遥かヨーロッパへ旅立ちながら、時代の変化の中で静かに世を去った一人の家臣がいた。




プロローグ 皐月の来訪
東京は初夏に向かう爽やかな夜だった。
榊原凪は七十五歳になっていた。後醍醐天皇との旅から半年余りが経っている。
吉野の行宮で、後醍醐が護良親王への悔いを静かに語ったあの夜のことを、凪は今も思い出す。
書き上げた小説『政治の犠牲となった皇子』は静かな反響を呼んだ。
その夜、凪は書斎で古い南蛮渡来の地図を眺めながらうたた寝をしていた。
ふと潮風と異国の香辛料のような匂いがした。
顔を上げると部屋の隅に一人の武将が座っていた。
片眼に黒い眼帯をかけていた。だが残る一眼には驚くほど鋭く、それでいて遠くを見据えるような光が宿っていた。
「これは、失礼つかまつる」
武将は静かに言った。
「あなたは……」
「伊達政宗と申す。奥州仙台を治めておる者じゃ」
凪は息を呑んだ。
伊達政宗。独眼竜と呼ばれ、仙台藩の礎を築いた戦国大名。慶長の遣欧使節を遠くローマにまで送った人物。そしてそれからひと月ほどでその生涯を閉じることになっている男。
「なぜ、ここにおるのか」
「さて、それがしにも分からぬ」政宗は静かに微笑んだ。「気づけばこの妙な場所におった。由井、明智、石田、真田、土方、坂本、大石、楠木、伊能、北斎、芭蕉、玄白、定信、松陰、伊藤、田中、渋沢、野口、三島、芥川、力道山、将門、道真、崇徳院、植村、手塚、武蔵、次郎吉、空海、清少納言、鑑真、利休、板垣、鎌足、義経、道灌、清正、一休、尊氏、家康、信長、小町、紫式部、卑弥呼、聖徳太子、万次郎、後醍醐、そなたが会うてきた者たちの気配がなんとのう伝わってくる。不思議な御仁じゃな、そなたは」
彼は凪を静かに見つめた。
「それがしは今、江戸にて病の床に伏しておる」
「政宗様……」
「されど」独眼竜の目に懐かしむような光が宿った。「その前に伝えておきたいことがある」


一章 四十八度目のたゆたい
その夜、凪は南蛮渡来の地図に埋もれながら考え続けていた。
これまでの四十七人には皆、死をどう引き受けるかというそれぞれの重さがあった。
だが伊達政宗の場合、その重さはまた違う質のものだった。
史実において政宗は寛永十三年五月、江戸にてその生涯を閉じる。享年七十。晩年は病に冒されながらも自らの最期を驚くほど冷静に家臣たちと語り合っていたと伝えられている。
政宗の生涯にはあまり語られない壮大な夢の残響があった。慶長の遣欧使節である。慶長十八年(一六一三年)、政宗は家臣・支倉常長(はせくらつねなが)を遠くメキシコ、スペイン、そしてローマへと派遣した。常長はスペイン国王やローマ教皇にまで謁見を果たすという当時の日本人としては前人未到の旅を成し遂げる。だが常長が七年の歳月を経て帰国した頃には幕府によるキリスト教禁教の動きが急速に強まっており、常長の使命は政治的な成果をほとんど得ることができなかった。常長は帰国のわずか一年後、静かにその生涯を閉じている。
凪の胸に一つの問いが浮かんだ。
政宗が最期に伝えておきたいものがあるとすれば、それは己が築いた仙台藩の礎だけなのか。それとも時代の変化の中で静かに世を去った常長への想いも、あるのではないか。
凪は暗い天井を見つめた。
「行きます」
呟くと同時に部屋の空気が震え、地図の匂いが潮風と香辛料の匂いに変わった。
玉響。
世界が揺れた。


二章 江戸・政宗の屋敷
気づくと凪は江戸にある政宗の屋敷の裏手に立っていた。
初夏の柔らかな日差しが庭を静かに照らしている。
凪の身なりは屋敷に仕える下人風の姿に変わっていた。
門前にいた家臣に声をかけた。
「御免くだされ」
家臣は驚いた顔で凪を見た。
「殿にお目通り願いたい」
「そなた、何者じゃ」
「殿のお導きで参った者です。到着を告げていただければ通じるはずです」
家臣は訝しみながらも奥へ入っていった。
しばらくして戻ってくる。案内に出てきたのは政宗の身の回りの世話をしていたまだあどけなさの残る若い従者だった。
「榊原とやら申したな。お入りくだされ」


三章 政宗の病床
病床の間には南蛮渡来の品々と遣欧使節の記録とが静かに置かれていた。
政宗は臥所から鋭い目で凪を見た。
「よう参られた」
「参りました」
「座られよ」政宗は静かに言った。「それがしはこの奥州の地に新しき国の礎を築いてまいった」
「支倉常長殿のことを伺ってもよろしいでしょうか」
政宗はしばらく黙っていた。
「あの者はそれがしの夢を託し遠くローマにまで渡ってくれた」彼は言った。「されどあの者が戻った頃には時代はすっかり変わってしもうておった」
「今ご自身の来し方をどう振り返っておられますか」
政宗は少し目を伏せた。
「常長のことを近頃よく思い出す」


四章 時代に取り残された使者
その夜、凪は政宗の屋敷の一室で眠れぬまま過ごした。
政宗の言葉が頭から離れなかった。
――常長のことを近頃よく思い出す。
これまでの四十七人は皆、有限の生の中で何を選ぶかという問いを抱えていた。だが政宗の場合、彼が向き合っていたのは己が築いた仙台藩の礎をどう遺すかだけでなく、己の夢を託し時代に取り残された家臣をどう記憶するかという問いであるように思えた。
帰国した常長を待っていたのは禁教の嵐だった。命懸けの役目を果たしながら誰からも顧みられぬまま静かに死んでいったという事実が、凪の胸に引っかかった。
政宗がこれほどまでに仙台藩の礎を語られる一方で、時代に翻弄された常長への想いはこれまでどれほどはっきりと語られてきたのか。
窓の外、江戸の初夏の夜風が静かに吹いていた。


五章 従者との対話
翌日、凪は病床の外で控えていた若い従者と言葉を交わす機会を得た。
「殿は支倉常長様のことをよく話されますか」
「はい」従者は頷いたが少し声を潜めて続けた。「遠くローマにまで渡られた御方だと伺っております。ただ近頃は幕府の目も厳しく、キリシタンの影がちらつくあの旅のことは屋敷内でも公には口にしづらい空気がございます。若い者の間ではもう常長様の名を知らぬ者も増えており、このまま歴史の闇に消え去ってしまうのではないかと寂しく思うことがございます」
凪はその言葉の重さを静かに受け止めた。
「殿ご自身はそれをどう思っておられるのでしょうか」
従者はしばらく考えていた。
「殿は時折遠い目をされて常長様のお名前を口にされます。ですがそれをはっきりと書き記されたことはまだございません。語ることすら許されぬこの時代をどこかじっと耐えておられるようにも見えます」


六章 旧臣との対話
その日の夕刻、政宗の旧臣であり常長と共に大海原を渡った老人一人が病床を訪れた。凪は廊下で彼を引き止め問いかけた。
「あなたは支倉常長様のことをどう見ておられますか」
旧臣は深く皺の刻まれた目を伏せた。
「あの御方なくばあの遥かなる航海は成らなかったでしょう。異国での七年、辛酸を嘗め尽くしてようやく帰国したというのに待っていたのはキリシタン禁教の嵐。命懸けの役目を果たしながら誰からも顧みられぬまま静かに死んでいかれた。私は今でも帰国された常長殿のあの寂しげな背中が忘れられませぬ」
「それは政宗様ご自身も深く感じておられることですか」
「殿は」旧臣は声を震わせながら言った。「内心では誰よりも常長殿への申し訳なさを抱いておられるはずです。我が身の野心が忠義の男を生きながら歴史の底へ葬ってしまったと。ただ藩の政(まつりごと)を守るため常に心を砕いてこられたゆえ、それをはっきりと口にされる間がなかったのでしょう」
凪は頷いた。
「もし殿がはっきりと常長様への想いを書き記されたら、何か変わると思われますか」
旧臣はじっと凪を見つめた。
「変わりましょう。殿のお言葉にはそれだけの重みがございます。歴史に不義理の烙印を押された常長殿の魂がようやく救われるはずです」


七章 夜半の対話
その夜、凪は政宗に呼ばれ二人だけで病床に残った。
「従者や旧臣から聞き申した」と政宗は言った。「そなたが常長のことをあれこれ問うておるそうじゃな」
「差し出がましいことを申し上げました」
「いや」政宗は静かに凪を見た。「それがし自身、向き合わねばならぬ問いではあった」
「政宗様はご自身が築かれた仙台藩の礎について多くを語られてこられました。ですが常長様への想いについてはあまりはっきりと言葉にされる場がなかったように見受けました」
政宗はしばらく黙っていた。
「それがしは」やがて彼は絞り出すように言った。「常長を遠くローマにまで送り出したのはそれがしじゃ。あの者はそれがしの夢を託され命懸けでその使命を果たしてくれた。だがあの者が戻った頃には時代はすっかり変わってしもうておった。あの者の偉業はほとんど報われることがなかった」
「それをどのように受け止めておられますか」
「申し訳なさと感謝と、その両方がいつもそれがしの中にござる」政宗は静かに言った。「あの者を遠い異国へと送り出したのはそれがしの壮大すぎる夢のためであった。その夢にあの者を巻き込んでしもうたのかもしれぬ」
凪は深く息を吸った。
「政宗様。あなたは今病の床にあられます。ですがもし常長様への想いをはっきりと言葉にしないまま終われば、その偉業はあなたの夢の陰に埋もれたままになってしまうかもしれません」
政宗の目が微かに揺れた。
「あなたが本当に遺したいものはご自身が築いた仙台藩の礎だけでしょうか。それとも常長様というあなたの夢を託され時代に翻弄された家臣の存在を次の時代へとはっきり伝えることも含まれているのではないでしょうか」
政宗は長い間目を閉じていた。


八章 語られた言葉
その夜遅く、政宗は旧臣と従者を呼び静かに語り始めた。
凪はその傍らに静かに控えていた。
「常長はな」政宗はゆっくりと言葉を選びながら言った。「それがしの夢を背負うて命懸けで遠くローマにまで渡ってくれた。あの者の偉業は時代の変化によって報われることがなかった。だがそれがしは決してその功績を忘れてはおらぬ」
旧臣と従者は深く頭を下げた。庭の虫の音がふっと止み、部屋には硯の墨の香りだけが残った。
「これより後、それがしのことを語り継ぐ者は皆に常長のことも伝えてほしい」政宗は静かに続けた。「あの遠い旅はそれがし一人の夢ではない。あの者と共に紡いだものなれば」
凪は静かにその言葉を聞いていた。
やがて政宗は深く息をついた。
「これで少しは心が安まった」


九章 遺されたもの
この夜からおよそひと月後、寛永十三年五月、伊達政宗は江戸にてその生涯を閉じることになる。享年七十。
支倉常長は遠くローマに渡りスペイン国王フェリペ三世、ローマ教皇パウロ五世との謁見を果たした。だが帰国した頃には幕府の禁教政策が強まっており、その功績が当時の日本で正当に評価されることはほとんどなかった。常長自身、帰国の翌年静かに世を去っている。
凪はその事実を知り静かに思った。
壮大な夢を掲げた大名の陰にも確かに時代に翻弄されながらも命懸けで使命を果たした一人の家臣の存在が息づいていたのかもしれないと。


終章 もう一つの使節路
四百年余りの後。
スペインのコリア・デル・リオの町には支倉常長ゆかりの人々の子孫が今も暮らしていると伝えられている。
独眼竜として天下にその名を知られる政宗の陰で、遠くローマにまで渡り時代の変化に翻弄された一人の家臣の存在を深く知る人は多くはない。
仙台藩の礎を築いた大名としてだけではなく、時代に翻弄された家臣への想いを生涯抱き続けた一人の武将として。
エピローグ もう一つの光
東京の書斎で凪は書き上げたばかりの原稿を静かに読み返していた。
窓の外では初夏の風が心地よく吹いていた。
「あなたが遺したかったのはご自身の夢だけではなかったはずです」
凪は静かに呟いた。
パソコンの画面には彼が書き上げた物語の最後の一文が残されていた。
「寛永十三年五月、江戸の空は静かに暮れようとしていた。独眼竜と呼ばれ遥かローマにまで夢を馳せた男は、その最期の刹那、共に荒波を越えた一人の家臣の名を愛おしむように優しく呼び遺したのだ。」
風が吹いた。潮風と香辛料の匂いが微かにした。
玉響の揺らぎは今日もまた静かに続いている。

――了――


Amazon Kindle



作者注
本作は伊達政宗の最晩年を題材としたフィクションです。伊達政宗、支倉常長などは実在の人物ですが、物語における従者や旧臣との対話の内容は著者の創作です。
実際に政宗は寛永十三年(一六三六年)五月、江戸にて七十歳でその生涯を閉じました。慶長十八年(一六一三年)、政宗は家臣・支倉常長をメキシコ、スペイン、ローマへと派遣し、慶長遣欧使節と呼ばれる使節団はスペイン国王フェリペ三世、ローマ教皇パウロ五世との謁見を果たしています。しかし元和六年(一六二〇年)に常長が帰国した頃には江戸幕府によるキリスト教禁教政策が強まっており、使節の本来の目的であった通商交渉は実を結びませんでした。常長は帰国の翌年である元和八年(一六二二年)頃、静かにその生涯を閉じたと伝えられています。政宗が最晩年、常長への想いをどのように語っていたかについて具体的な記録は確認されておらず、本作における描写は著者の創作です。
本作は前四十七作と同じく、もし介入できたならという思考実験として書かれています。
そして玉響はいつの時代にも静かに揺らいでいるのかもしれません。