天下路転生記 〜徳川家康と刻をこえた男〜
玉響転生記・第四十話
まえがき
三十九度の邂逅を経て、榊原凪はまた新たな「刻」へと導かれることになった。
足利尊氏との旅で、凪は「将軍路」という言葉を得た。今回、彼が得た言葉は「天下路」であった。
耐え忍び、待ち続け、ついに天下を統べた男。
元和二年(一六一六年)四月。齢七十三。関ヶ原の戦いを制し、江戸幕府を開いた男――徳川家康。だが、その天下統一の道の、遥か手前には、政治のために、実の子と、正室とを失った過去があった。
プロローグ 卯月の来訪
東京は、晩春の、穏やかな夜だった。
榊原凪は、七十二歳になっていた。足利尊氏との旅から、半年余りが経っている。
室町第で、尊氏が弟・直義への想いを、静かに語った、あの夜のことを、凪は今も思い出す。
書き上げた小説『失われた弟』は、静かな反響を呼んだ。
その夜、凪は書斎で、古い系図の写しを眺めながら、うたた寝をしていた。
ふと、薬草と、駿府の潮風のような匂いがした。
顔を上げると、部屋の隅に、一人の老人が座っていた。
恰幅のよい体躯。だが、その顔には、老いによる疲れの色が、濃く滲んでいた。
「夜分に、失礼つかまつる」
老人は、静かに言った。
「あなたは……」
「徳川家康と申す。今は、大御所と呼ばれておる」
凪は、息を呑んだ。
徳川家康。関ヶ原の戦いに勝利し、江戸幕府を開いた、天下人。そして――このおよそ一月後、その生涯を閉じることになっている男。
「なぜ、ここにおるのじゃ。そなたは何者じゃ」
「さて、儂にも分からぬよ」家康は、静かに微笑んだ。「気づけば、この妙な部屋におった。由井、明智、石田、真田、土方、坂本、大石、楠木、伊能、北斎、芭蕉、玄白、定信、松陰、伊藤、田中、渋沢、野口、三島、芥川、力道山、将門、道真、崇徳院、植村、手塚、武蔵、次郎吉、空海、清少納言、鑑真、利休、板垣、鎌足、義経、道灌、清正、一休、尊氏――そなたが会うてきた者たちの気配が、なんとのう、伝わってくる。不思議な御仁じゃな、おぬしは」
彼は、凪を静かに見つめた。
「儂は今、駿府にて、静かに余生を過ごしておる」
「家康様……」
「されど」老いた天下人の目に、複雑な光が宿った。「その前に、はっきりさせておきたいことが、ある」
一章 四十度目のたゆたい
その夜、凪は系図の写しに埋もれながら、考え続けていた。
これまでの三十九人には、皆、「死をどう引き受けるか」という、それぞれの重さがあった。
だが徳川家康の場合、その重さは、また違う質のものだった。
史実において、家康は元和二年四月、駿府城にて、その生涯を閉じることになる。享年七十三。
家康の生涯には、あまり語られない、深い悲劇があった。天正七年(一五七九年)、家康の嫡男・松平信康は、武田氏との内通を疑われ、同盟者・織田信長の意向を受け、自害を命じられる。信康の母であり、家康の正室であった築山殿もまた、ほぼ同時期に、命を落とすことになる。天下統一を成し遂げるはるか以前、徳川家がまだ不安定な立場であった頃、この二人の死は、御家を守るために受け入れざるを得ない、痛恨の犠牲であった。
凪の胸に、一つの問いが浮かんだ。
家康が最期にはっきりさせておきたいものがあるとすれば――それは、己が築いた「天下泰平」という功績の確証だけなのだろうか。それとも、遥か昔に失った、実の子と正室への、心の奥底に仕舞い込んだ想いなのだろうか。
凪は、暗い天井を見つめた。
「行きます」
呟くと同時に、部屋の空気が震え、系図の匂いが、薬草と潮風の匂いに変わった。
玉響。
世界が、揺れた。
二章 駿府城
気づくと、凪は、駿府城の裏手に立っていた。
晩春の柔らかな日差しが、城を、静かに照らしている。
凪の身なりは、城に仕える下人風の姿に変わっていた。しかし、七十二歳になった凪が醸し出す静かな風格は、ただの下人のそれとは明らかに異なっていた。
「もし」
城の前にいた家臣に声をかけると、彼は驚いた顔で凪を見た。
「大御所様に、お目通り願いたい」
「そなた、何者じゃ」
「大御所様のお導きで参った者です。到着を告げていただければ、通じるはずです」
家臣は、訝しみながらも、奥へと入っていった。
しばらくして、戻ってきた。
「サカキバラとやら申したな。お入りくだされ」
この家臣こそ、家康の身の回りの世話をしていた、若き従者であった。
三章 家康の居室
居室には、天下泰平のための、様々な法令の草案が、静かに積まれていた。
家康は、文机の前から、静かな目で凪を見た。
「よう参られた」
「参りました」
「座られよ」家康は、静かに言った。「儂は、長い戦乱の世を終わらせようと、生涯、耐え忍んでまいった」
「信康様のことを、伺ってもよろしいでしょうか」
家康は、しばらく黙っていた。
「あの日のことは、忘れようにも忘れられぬ」彼は言った。「弱小であった、あの頃の儂には、他にどうする術もなかった」
「今、ご自身の来し方を、どう振り返っておられますか」
家康は、少し目を伏せた。
「信康と、築山殿のことを、近頃、よく思い出すのだ」
四章 名の記されなかった母子
その夜、凪は駿府城の一室で、眠れぬまま過ごした。
家康の言葉が、頭から離れなかった。
――信康と、築山殿のことを、近頃、よく思い出す。
これまでの三十九人は、皆、有限の生の中で、何を選ぶかという問いを抱えていた。だが家康の場合、彼が見つめていたのは、「天下泰平をどう遺すか」という政治の問いだけではない。「歴史の歯車の陰で、名を奪われた家族の記憶をどう残すか」という、一個の父としての問いでもあった。
史実において、松平信康の自害と築山殿の死の真相は、今なお謎に包まれている。後世、徳川家康という名が、天下統一を成し遂げるはるか以前、徳川家がまだ不安定な立場であった頃、この二人の死は、御家を守るために受け入れざるを得ない、痛恨の犠牲であった。
凪は、窓の外で静かに吹く駿府の夜風を感じながら、彼らの無念に思いを馳せた。
五章 従者との対話
翌日、凪は、居室で書状を整理していた従者と、言葉を交わす機会を得た。
「大御所様は、信康様のことを、よく話されますか」
「はい」従者は、頷いた。「若くして、自害を命じられた、ご嫡男だと、伺っております」
「信康様のお名前は、世に、広く知られておりますか」
従者は、首を振った。
「いいえ。大御所様のお名前は天下に知られておりますが、信康様のことまでは、あまり、知られていないように思います」
凪は、その言葉の重さを、静かに受け止めた。
「大御所様ご自身は、それを、どう思っておられるのでしょうか」
従者は、しばらく考えていた。
「大御所様は、時折、遠い目をされて、信康様のお名前を口にされます。ですが……それを、はっきりと誰かに言葉として打ち明けられたことは、まだないように思います」
六章 旧臣との対話
その日の夕刻、家康の古くからの家臣が、居室を訪れた。
「サカキバラ殿と申されるか。大御所様より、伺っております」
「あなたは、信康様、築山殿のことを、どう見ておられますか」
旧臣は、少し目を伏せた。
「あの頃の我が家は、織田公の機嫌一つで首が飛ぶような有様でございました。三河一国すらままならぬ弱小の身、御家を守るためには、泣いて馬謖を斬る他なかった。殿がどれほどの苦渋を呑んであの決断を下されたか……わしらは皆、胸の内に仕舞うております。殿は、誰よりも深い悔いを抱いておられるはずです。ただ、天下を取るという大きな仕事に、常に心を占められておられたゆえ、それを表に出す暇がなかったのでございましょう」
「もし、大御所様が、はっきりと、信康様、築山殿への想いを、言葉に遺されたら――何か、変わると思われますか」
旧臣は、しばらく考えた。
「変わりましょう。……大御所様のお言葉には、それだけの重みがございます。岡崎の土の下に眠るお二人の魂も、さぞ、報われましょう」
七章 夜半の対話
その夜、凪は家康に呼ばれ、二人だけで居室に残った。
「従者や、旧臣から聞き申した」と家康は言った。「そなたが、信康と、築山殿のことを、あれこれ問うておるそうじゃな」
「差し出がましいことを、申し上げました」
「いや」家康は、静かに凪を見た。「儂自身、向き合わねばならぬことじゃ」
「家康様。あなたが天下泰平の礎を語られる時、その影にあるものについて、言葉にされる機会は、これまでございましたか」
家康は、長い沈黙の後、絞り出すように言った。
「儂は……あの頃、弱小な儂には、信長公の意向に逆らう力がなかった。それゆえ、我が子と、妻とを失うた。……この悔いは、生涯、消えることはない。悔いと、申し訳なさと……その両方が、いつも、儂の中にござる。天下泰平を築くことができたのも、あの頃の耐え忍びがあったればこそじゃ。だが、その礎に、あの二人の犠牲があったことを忘れてはならぬのだ」
凪は、深く息を吸った。
「家康様。あなたが本当に遺したいものは、ご自身が築いた天下泰平の功績だけでしょうか。それとも――信康様、築山殿という、政治のために失った、実の子と正室との存在を、次の時代へと、あなたの言葉ではっきり伝えることも、含まれているのではないでしょうか。そうでなければ、お二人の存在は、あなたの天下統一の栄光の陰に、埋もれたままになってしまうかもしれません」
家康の目が、微かに揺れた。そして長い間、静かに目を閉じていた。
八章 語られた言葉
その夜遅く、家康は、旧臣と従者を呼び、静かに語り始めた。
凪は、その傍らに、静かに控えていた。
「信康と、築山殿は……儂が、弱小であったがゆえに、失うた者たちじゃ。天下泰平を築いた今、その礎に、あの二人の犠牲があったことを、決して忘れてはならぬ」
旧臣と従者は、深く頭を下げた。
「これより後、儂のことを語り継ぐ者は、皆に、信康と、築山殿のことも伝えてほしい」家康は、静かに続けた。「この天下泰平は、儂一人の功績ではなく、あの二人の犠牲の上にも、築かれたものなのだと」
凪は、静かに、その言葉を聞いていた。
やがて家康は、深く息をついた。
「これで……少しは、心が、安まろう。信康、築山よ、許せ」
九章 遺されたもの
この夜からおよそ一月後、元和二年四月、徳川家康は、駿府城にて、その生涯を閉じることになる。享年七十三。
史実において、松平信康、築山殿の悲劇は、後世に語られる家康の華々しい天下統一の物語の中で、しばしば簡潔に触れられるのみであった。だが、後世の歴史研究においては、この出来事が、家康の生涯に、深い影を落とし続けたことが指摘されている。
凪は、その事実を知り、静かに思った。
偉大な天下統一の物語の陰にも、確かに、政治のために失われた、家族の犠牲が、息づいていたのだ、と。
終章 もう一つの天下路
四百年余りの後。
静岡のある寺には、松平信康、築山殿を弔う、静かな墓所が、今も残されていた。
江戸幕府を開いた、偉大な天下人としての家康の陰で、政治のために失われた、実の子と、正室との存在を深く知る人は、多くはない。
「天下泰平を築いた将軍」としてだけではなく、「政治の犠牲となった家族への悔いを、生涯、抱き続けた、一人の人間」としての家康の姿が、そこにはあった。
エピローグ もう一つの光
東京の書斎で、凪は、書き上げたばかりの原稿を、静かに読み返していた。
窓の外では、晩春の風が、心地よく吹いていた。
「あなたが遺したかったのは、ご自身の功績だけではなかったはずです」
凪は、静かに呟いた。
パソコンの画面には、彼が書き上げた物語の、最後の一文が残されていた。
『元和二年四月、駿府の空は、静かに暮れようとしていた。耐え忍び、待ち続け、ついに天下を統べた男は、その最期の日々に、己の功績を語りながらも、もう一つの光を、確かに、失われた家族へと、語り遺したのである。』
風が吹いた。薬草と、駿府の潮風の匂いが、微かにした。
玉響の揺らぎは、今日もまた、静かに続いている。
――了――
あとがき
本作は徳川家康の最晩年を題材としたフィクションです。徳川家康、松平信康、築山殿などは実在の人物ですが、物語における従者や旧臣との対話の内容は、著者の創作です。
実際に家康は元和二年(一六一六年)四月、駿府城にて、七十三歳でその生涯を閉じたと伝えられています。天正七年(一五七九年)、嫡男・松平信康は、武田氏との内通を疑われ、同盟者・織田信長の意向を受けて自害を命じられ、正室・築山殿もまた、ほぼ同時期に命を落としました。この事件の真相については、今日でも研究者の間で見解が分かれており、信長の強要説のほか、家康と信康との対立、あるいは家中の内部事情によるものとする説なども唱えられています。
家康が晩年、この二人への想いをどのように語っていたかについて、具体的な記録は確認されておらず、本作における晩年の対話や心情描写は、著者の創作です。
本作は、前三十九作と同じく、「もし介入できたなら」という思考実験として書かれています。
そして、玉響は、いつの時代にも、静かに揺らいでいるのかもしれません。

