弓路転生記 〜源義経と刻をこえた男〜
玉響転生記・第三十五話
まえがき
三十四度の邂逅を経て、榊原凪は、また新たな「刻」へと導かれることになった。
藤原鎌足との旅で、凪は「鎌路」という言葉を得た。今回、彼が得た言葉は「弓路」であった。
平家を滅ぼした、稀代の戦上手でありながら、兄に追われる身となった男。
文治五年(一一八九年)閏四月。齢三十一。奥州・平泉にて、追い詰められていた男――源義経。だが、その華々しい戦功の陰には、彼の身代わりとなり、命を落とした、二人の兄弟がいた。
なお、平安末期から鎌倉初期という時代のことゆえ、義経の生涯については、『吾妻鏡』などの史実と、後世、能や軍記物語によって大きく彩られた伝説とが、分かちがたく織り交ざっている。本作もまた、その重なりの上に、一つの物語を紡ぐものである。
プロローグ 卯月の来訪
東京は、晩春の、穏やかな夜だった。
榊原凪は、六十九歳になっていた。藤原鎌足との旅から、半年余りが経っている。
飛鳥の病床で、鎌足が石川麻呂への想いを、子の不比等に託した、あの夜のことを、凪は今も思い出す。
書き上げた小説『新しき国の礎』は、静かな反響を呼んだ。
その夜、凪は書斎で、古い軍記物語の写本を眺めながら、うたた寝をしていた。
ふと、鎧の革と、雪解けの匂いがした。
顔を上げると、部屋の隅に、一人の若い武将が座っていた。
質素な直垂。だが、その目には、驚くほど鋭く、それでいて、どこか寂しげな光が宿っていた。
「夜分に、無礼つかまつる」
武将は、静かに言った。
「あなたは……」
「源義経と申す」
凪は、息を呑んだ。
源義経。一の谷、屋島、壇ノ浦の戦いで、平家を滅ぼした、稀代の戦上手。だが、兄・頼朝との対立の末、追われる身となった武将。そして――このおよそひと月後、その生涯を閉じることになっている男。
「なぜ、ここにおるのか」
「さて、それがしにも、分からぬ」義経は、静かに微笑んだ。「気づけば、この妙な部屋におった。由井、明智、石田、真田、土方、坂本、大石、楠木、伊能、北斎、芭蕉、玄白、定信、松陰、伊藤、田中、渋沢、野口、三島、芥川、力道山、将門、道真、崇徳院、植村、手塚、武蔵、次郎吉、空海、清少納言、鑑真、利休、板垣、鎌足――そなたが会うてきた者たちの気配が、なんとのう、伝わってくる。不思議な御仁じゃな、そなたは」
彼は、凪を静かに見つめた。
「それがしは今、奥州・平泉の、衣川の館に、身を寄せておる。兄上の追討の手が、間もなく、ここまで及ぶであろう」
「義経様……」
「されど」若き武将の目に、複雑な光が宿った。「その前に、はっきりさせておきたいことが、ある」
一章 三十五度目のたゆたい
その夜、凪は軍記物語の写本に埋もれながら、考え続けていた。
これまでの三十四人には皆、「死をどう引き受けるか」という、それぞれの重さがあった。
だが源義経の場合、その重さは、また違う質のものだった。
史実と伝説が織り交ざる世界のなかで、義経は間もなく奥州・平泉の衣川館にて、藤原泰衡の軍勢に攻められ、三十一歳の生涯を閉じる。
しかし、彼の華々しい戦功の陰には、あまり広くは語られない二人の兄弟の犠牲があった。佐藤継信は、屋島の戦いにて義経を狙った矢の前に自ら進み出て命を落とした。その弟・佐藤忠信もまた、都を追われる義経を逃がすため、自ら囮となって奮戦し、激しい最期を遂げている。
後世、義経という名が悲劇の英雄としてあまりに大きく語り継がれる一方で、この二人の名がその影に隠れがちであるのは否めない。
凪の胸に、一つの問いが浮かんだ。
義経が最期にはっきりさせておきたいものがあるとすれば――それは、己の戦功、あるいは兄との確執だけなのだろうか。それとも、己の身代わりとなった、二人の兄弟への想いも、そこにあるのではないか。
凪は、暗い天井を見つめた。
「行きます」
呟くと同時に、部屋の空気が震え、軍記物語の匂いが、鎧の革と雪解けの匂いに変わった。
玉響。
世界が、揺れた。
二章 奥州・衣川の館
気づくと、凪は、奥州・平泉にある、衣川館の裏手に立っていた。
晩春の冷たい風が、北国の館を、吹き抜けていく。
凪の身なりは、館に仕える下人風の姿に変わっていた。
「もし」
館の前にいた若い郎党に声をかけると、彼は驚いた顔で凪を見た。
「義経様に、お目通り願いたい」
「そなた、何者じゃ」
「義経様のお導きで参った者です。到着を告げていただければ、通じるはずです」
郎党は、訝しみながらも、奥へと入っていった。
しばらくして、戻ってきた。
「サカキバラ殿、こちらへ」
この郎党こそ、義経の身の回りの世話を親身にこなす、若き家人であった。
三章 義経の館
館の中は、質素ながらも、緊張した空気に満ちていた。
義経は、板敷きの上から、鋭い目で凪を見た。
「よう参られた」
「参りました」
「座られよ」義経は、静かに言った。「それがしは今、兄上に追われる身じゃ」
「一の谷、屋島、壇ノ浦での戦のことを、伺ってもよろしいでしょうか」
義経は、しばらく黙っていた。
「あの戦の日々のことは、忘れようにも、忘れられぬ」彼は言った。「多くの者が、それがしと共に、命を懸けて戦うてくれた」
「佐藤継信殿、忠信殿のことでしょうか」
義経は、少し目を伏せた。
「あの兄弟のことを、近頃、よく思い出す」彼は、静かに言った。「二人とも、それがしの身代わりとなって、逝ってしもうた」
四章 名の記されなかった兄弟
その夜、凪は衣川館の一室で、眠れぬまま過ごした。
義経の言葉が、頭から離れなかった。
――二人とも、それがしの身代わりとなって、逝ってしもうた。
これまでの三十四人は、皆、有限の生の中で、何を選ぶかという問いを抱えていた。だが義経の場合、彼が向き合っていたのは、「己の戦功をどう遺すか」だけでなく、「己の身代わりとなった者たちを、どう記憶するか」という問いであるように思えた。
窓の外から聞こえる衣川の微かな川音に、凪は、かつて屋島の浜で鳴り響いたであろう鬨の声や、都を落ち延びる際の馬蹄の音を重ね合わせていた。義経がこれほどまでに、己の戦功と兄との確執の文脈でばかり語られる一方で、身代わりとなった兄弟への生身の想いは、これまでどれほど、はっきりと形にされてきたのだろうか。
英雄の孤独な横顔が、凪の脳裏に焼き付いて離れなかった。
五章 郎党との対話
翌日、凪は、館の庭先で武具を整えていた、昨日のあの若い郎党と言葉を交わす機会を得た。
「殿は、佐藤兄弟のことを、よく話されますか」
「はい」郎党は、真剣な眼差しで頷いた。「屋島にて、殿の身代わりとなられた継信様、都で殿を逃がすため戦われた忠信様のことを、時折、お話しになります」
「お二人のお名前は、世に、広く知られておりますか」
郎党は、寂しげに首を振った。
「いいえ。殿のお名前は、天下に知られておりますが、佐藤兄弟のことまでは、あまり、知られていないように思います」
凪は、その言葉の重さを、静かに受け止めた。
「殿ご自身は、それを、どう思っておられるのでしょうか」
郎党は、しばらく考えていた。
「殿は時折、遠い目をされて、お二人のお名前を、口にされます。ですが……それを、はっきりと、後の世に向けて、語られたことは、まだ、ないように思います」
六章 弁慶との対話
その日の夕刻、義経の忠実な家来である、武蔵坊弁慶が、館の廊下を歩いてきた。凪の姿を認めると、大きな体をかがめるようにして声をかけてきた。
「サカキバラ殿と申されるか。殿より、伺っております」
「弁慶殿は、佐藤兄弟のことを、どう見ておられますか」
弁慶は、少し目を伏せた。
「あの兄弟なくば、殿は、幾度も、命を落としておられたでしょう。継信殿は、矢を受けてなお、殿の身を案じておられました」
「それは、義経様ご自身も、深く感謝しておられることですか」
「殿はな」弁慶は、言葉を選びながら言った。「誰よりも、あの兄弟への想いを抱いておられるはずだ。ただ兄上とのことが、常に心を占めておられたゆえ、それをはっきりと語る間がなかったのであろう」
凪は、頷いた。
「もし、殿が、はっきりと、佐藤兄弟への想いを、言葉に遺されたら――何か、変わると思われますか」
弁慶は、しばらく考えた。
「変わりましょう。……殿のお言葉には、それだけの重みがございます」
七章 夜半の対話
その夜、凪は義経に呼ばれ、二人だけで館に残った。
「家人や、弁慶から、聞き申した」と義経は言った。「そなたが、佐藤兄弟のことを、あれこれ問うておるそうじゃな」
「差し出がましいことを、申し上げました」
「いや」義経は、静かに凪を見た。「それがし自身、向き合わねばならぬ角度でござった」
「義経様は、ご自身の戦功や、兄上との確執について、多くを語られてこられました。ですが、佐藤兄弟への想いについては、あまり、はっきりと言葉にされる場が、なかったように見受けました」
義経は、しばらく、黙っていた。
「それがしは……」やがて彼は、絞り出すように言った。「継信、忠信、二人の勇気なくば、それがしは、とうに、討たれておったであろう。あの兄弟は、それがしのために、命を投げ出してくれた。……だが、それがしは、兄上との確執にばかり、心を奪われ、それを、はっきりと語ってこなんだ」
「なぜですか」
「己の境遇の悲しさに、心を奪われておったのじゃろう」
凪は、深く息を吸った。
「義経様。あなたは今、追われる身にあられます。この先、何が起こるかは、誰にも分かりません。ですが――もし、佐藤兄弟への想いを、はっきりと言葉にしないまま終われば、その勇気は、あなたの悲劇の陰に、埋もれたままになってしまうかもしれません」
義経の目が、微かに揺れた。
「あなたが本当に遺したいものは、ご自身の戦功や、悲運だけでしょうか。それとも――佐藤兄弟という、あなたの身代わりとなった者たちの存在を、次の時代へと、はっきり伝えることも、含まれているのではないでしょうか」
義経は、長い間、目を閉じていた。
八章 語られた言葉
その夜遅く、義経は、弁慶とあの若い郎党を呼び、静かに語り始めた。
凪は、その傍らに、静かに控えていた。
「継信と、忠信は……」義経は、ゆっくりと、言葉を選びながら言った。「それがしのために、命を投げ出してくれた。この先、それがしが、どうなろうとも、あの兄弟のことだけは、忘れてはならぬ」
弁慶と郎党は、深く頭を下げた。
「もし、それがしの身に、何かあらば」義経は、静かに続けた。「皆に、伝えてほしい。それがしの戦功は、それがし一人のものではなく、あの兄弟と、共に成し遂げたものなのだと」
凪は、静かに、その言葉を聞いていた。
やがて義経は、深く息をついた。
「これで……少しは、心が、定まった」
九章 遺されたもの
この夜からおよそひと月後、文治五年閏四月。衣川の館は激しい鬨の声と炎に包まれ、源義経は三十一年の生涯を閉じた。
だが、その最期の瞬間、彼の胸にあったのは兄への呪詛だけだったろうか。
後世、彼の悲劇は大いなる伝説として語り継がれ、佐藤兄弟の忠義もまた『義経記』などの物語に描かれることになる。しかし、あまりに巨大な「判官贔屓」の影で、彼らの名がどこか遠くへ置かれがちであったことも確かだ。
それでも凪は、あの夜に義経が確かに口にした「兄弟への光」を信じている。
悲劇の英雄の陰にも、確かに、その身代わりとなった者たちの勇気を自らの血肉として記憶し、次の時代へと託そうとした、一人の人間の温き意思が息づいていたのだ、と。
終章 弓路
八百年余りの後。
東北のある地に、佐藤継信、忠信、兄弟の墓と伝えられる場所が、今も、静かに守られていた。
悲劇の英雄・義経の物語が、日本中で語り継がれる陰で、その身代わりとなった、二人の兄弟の存在を、知る人は、多くはない。
「稀代の戦上手」としてだけではなく、
「己を守った者たちの勇気を、生涯、忘れなかった、一人の武将」として。
エピローグ もう一つの光
東京の書斎で、凪は、書き上げたばかりの原稿を、静かに読み返していた。
窓の外では、晩春の風が、心地よく吹いていた。
「あなたが遺したかったのは、ご自身の悲運だけではなかったはずです」
凪は、静かに呟いた。
パソコンの画面には、彼が書き上げた物語の、最後の一文が残されていた。
『文治五年閏四月、奥州の空は、静かに暮れようとしていた。平家を滅ぼした稀代の戦上手は、その最期の日々に、己の悲運を見つめながらも、もう一つの光を、確かに、身代わりとなった者たちへと、語り遺した。』
風が吹いた。鎧の革と、雪解けの匂いが、微かにした。
玉響の揺らぎは、今日もまた、静かに続いている。
——了——
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本作は源義経の最晩年を題材としたフィクションです。平安末期から鎌倉初期という時代のことゆえ、義経の生涯については、『吾妻鏡』などの史実と、後世、能や軍記物語『義経記』によって大きく彩られた伝説とが、分かちがたく織り交ざっており、本作もその重なりの上に書かれています。源義経、佐藤継信、佐藤忠信、武蔵坊弁慶などは実在の人物、あるいは伝承上の人物とされていますが、物語における対話の内容は、著者の創作です。
実際に義経は文治五年(一一八九年)閏四月、奥州・平泉の衣川館にて、藤原泰衡の軍勢に攻められ、三十一歳でその生涯を閉じたと伝えられています。
佐藤継信は屋島の戦いで義経の身代わりとなって討死し、弟の忠信も、義経の都落ちの際、囮となって奮戦し、後にその生涯を閉じたとされています。義経が最晩年、この兄弟への想いをどのように語っていたかについて、具体的な記録は確認されておらず、本作における描写は、著者の創作です。
本作は、前三十四作と同じく、「もし介入できたなら」という思考実験として書かれています。
そして、玉響は、いつの時代にも、静かに揺らいでいるのかもしれません。

