空路転生記 〜空海と刻をこえた男〜
玉響転生記・第二十九話
まえがき
二十八度の邂逅を経て、榊原凪は、また新たな「刻」へと導かれることになった。
鼠小僧次郎吉との旅で、凪は「闇路」という言葉を得た。今回、彼が得た言葉は「空路」であった。
唐の都で密教の奥義を極め、日本に、新しき仏の道を開いた男。
承和二年(八三五年)二月。齢六十一。高野山にて、深い禅定に入ろうとしていた男――空海。後に弘法大師と呼ばれ、今なお、高野山の奥之院で、瞑想を続けていると信じられている僧の物語である。
なお、本作は、真言宗における入定信仰を、フィクションとして描くものであり、特定の宗教的立場を主張、あるいは否定する意図はない。
プロローグ 如月の来訪
東京は、まだ寒さの残る、静かな夜だった。
榊原凪は、六十六歳になっていた。鼠小僧次郎吉との旅から、半年余りが経っている。
北町奉行所の牢で、次郎吉が女房たちへの気遣いを、口にせず目で示した、あの夜のことを、凪は今も思い出す。
書き上げた小説『義賊ではなかった男』は、静かな反響を呼んだ。
その夜、凪は書斎で、古い密教経典の写本を眺めながら、うたた寝をしていた。
ふと、香と、深い山の空気のような匂いがした。
顔を上げると、部屋の隅に、一人の僧が座っていた。
質素な法衣。だが、その目には、澱まぬ光が宿っていた。
「夜分に、失礼いたします」
僧は、低く言った。
「あなたは……」
「空海と申します。真言の教えを、伝えている者です」
凪は、息を呑んだ。
空海。唐にて密教の奥義を学び、真言宗を開いた僧。後に、弘法大師として、日本中で敬われることになる人物。そして――このおよそひと月後、深い禅定に入ることになっている男。
「なぜ、ここにおられるのですか」
「さて、私にも分からぬのです」空海は、目を細めた。「気づけば、この妙な部屋におりました。由井、明智、石田、真田、土方、坂本、大石、楠木、伊能、北斎、芭蕉、玄白、定信、松陰、伊藤、田中、渋沢、野口、三島、芥川、力道山、将門、道真、崇徳院、植村、手塚、武蔵、次郎吉――あなたが会うてきた者たちの気配が、なんとのう、伝わってくる。不思議な御仁ですね、あなたは」
彼は、凪を昏くない目で見た。
「私は今、高野山にて、深い禅定に入ろうとしております」
「空海様……」
「されど」僧の声に、僅かな熱が混じった。「その前に、伝えておきたいことが、あるのです」
一章 二十九度目のたゆたい
その夜、凪は密教経典の写本に埋もれながら、考え続けていた。
これまでの二十八人には、皆、「死をどう引き受けるか」という、それぞれの重さがあった。
だが空海の場合、その重さは、また違う質のものだった。
真言宗の伝承において、空海は承和二年三月二十一日、高野山にて、入定したと伝えられている。それは、通常の「死」とは異なり、弥勒菩薩がこの世に現れる、遠い未来まで、禅定を続けているとされる、信仰上の出来事である。
空海の生涯には、あまり語られない側面があった。彼が、若き日、漢籍を学んだ、伯父の阿刀大足(あとの・おおたり)の存在である。大足は、朝廷の官吏を目指す、若き空海に、儒学と、文章の技を、丁寧に教え込んだ。だが空海は、やがて、大学での出世の道を離れ、仏道へと進むことを選ぶ。この選択は、当時、一族にとって、大きな驚き、あるいは落胆をもたらしたと伝えられている。
凪の胸に、一つの問いが浮かんだ。
空海が、あとひと月後に禅定へ入る前に、伝えておきたいものがあるとすれば――それは、己が開いた、真言の教えだけなのか。それとも、その膨大な教えを紡ぐ言葉の土台を築いてくれた、伯父への想いも、あるのではないか。
凪は、暗い天井を見つめた。
「行きます」
呟くと同時に、部屋の空気が震え、経典の匂いが、香と山の空気の匂いに変わった。
玉響。
世界が、揺れた。
二章 高野山・金剛峯寺
気づくと、凪は、高野山にある、金剛峯寺の裏手に立っていた。
早春の冷たい山気が、深い杉木立を、静かに包んでいる。境内の端には、まだ雪が残っていた。
凪の身なりは、修行僧風の姿に変わっていた。
「もし」
境内にいた若い僧に声をかけると、彼は驚いた顔で凪を見た。
「空海様に、お目通り願いたい」
「そなた、何者じゃ」
「空海様のお導きで参った者です。到着を告げていただければ、通じるはずです」
若い僧は、訝しみながらも、奥へと入っていった。
しばらくして、戻ってきた。
「サカキバラとやら申したな。お入りくだされ」
この若い僧こそ、空海の身の回りの世話をしていた、弟子の一人であった。
三章 空海の草庵
草庵の中は、質素ながらも、静謐な空気に満ちていた。文机の脇、炭火が時折はぜた。山の春は、まだ遠い。
文机の上には、書きかけの経典の注釈書が、几帳面に置かれている。
空海は、文机の前から、澱まぬ目で凪を見た。
「よう参られました」
「参りました」
「座られよ」空海は、言った。「私は、この地で、真言の教えを、後の世に伝えようとしています。私の肉体は間もなくここに留まることになりますが、教えは、言葉を通じて永遠に生き続けるのです」
「言葉、ですか」
「そうです。仏の教え、密教の深い理を説くにも、それを正しく伝える言葉がなくては、人々に届きはしない。私はそのために、これまで多くの書を著してきました」
空海は、慈愛に満ちた目を少し細め、自身の書きかけの原稿へと視線を落とした。その横顔には、世を去る者の寂寥ではなく、大いなる役割を全うせんとする覚悟が満ちていた。
四章 名の記されなかった師
その夜、凪は草庵の片隅で、眠れぬまま過ごした。
これまでの二十八人は、皆、有限の生の中で、何を選ぶかという問いを抱えていた。だが空海の場合、彼が向き合っていたのは、「己が開いた教えをどう伝えるか」という大いなる問いの陰にある、一人の人間としての心の残り火であるように思えた。
史実において、阿刀大足は、若き空海に、儒学と文章の技を、丁寧に教え込んだ人物であった。だが空海は、やがて、大学での出世の道を離れ、仏道へと進むことを選ぶ。この選択に対する大足の想いは、詳しくは伝わっていないが、当時の常識からすれば、大きな衝撃であったろう。後世、空海は、弘法大師としてあまりに大きな存在となり、その圧倒的な学問の土台を築いた伯父の存在は、光の中に隠れてしまっていた。
凪は、ふと思った。
空海が、これほどまでに己の開いた教えを精緻な言葉で語る一方で、その「言葉」そのものを授けてくれた伯父への感謝は、これまで、どれほど、はっきりと語られてきたのか。
草庵の外、高野山の夜風が、杉の梢を、静かに揺らしていた。
五章 弟子との対話
翌日、凪は、草庵の前で薪を割っていた弟子と、言葉を交わす機会を得た。
「お師匠様は、阿刀大足様のことを、よく話されますか」
「はい」弟子は、頷いた。「若き日に、儒学と文章の技を、丁寧に教えてくださった御方だと、伺っております。お師匠様が唐に渡られた際、翻訳なしでたちまち密教を理解できたのも、すべては大足様のおかげなのだ、と」
「大足様のお名前は、世に、広く知られておりますか」
弟子は、寂しげに首を振った。
「いいえ。お師匠様のお名前は、日本中に知られておりますが、大足様のことまでは、あまり、知られていないように思います」
凪は、その言葉の重さを、静かに受け止めた。
「お師匠様ご自身は、それを、どう思っておられるのでしょうか」
弟子は、しばらく考えていた。
「お師匠様は、時折、懐かしそうに、大足様のお名前を口にされます。ですが……それを、ご自身の最後の教えとして、はっきりと書き記されたことは、まだ、ないように思います」
六章 高弟・実恵との対話
その日の夕刻、空海の高弟の一人、実恵(じちえ)が、草庵を訪れた。
「サカキバラ殿と申されるか。お師匠様より、伺っております」
「実恵殿は、阿刀大足様のことを、どう見ておられますか」
実恵は、少し驚いた顔をした。
「あの御方なくば、お師匠様の、あの見事な文章と、緻密な論理は、育たなかったでしょう。密教の深い教えも、それを的確に説く言葉があってこそ、初めて、人々に届くのですから」
実恵は、庭の雪解け水に目を落とした。
「大足様への情は、密教の曼荼羅のようなものかと。中心に像を置かずとも、全体を支えている」
「それは、空海様ご自身も、認めておられることですか」
「お師匠様は……」実恵は、言葉を選びながら言った。「内心では、誰よりも、大足様への感謝を、抱いておられるはずです。ただ、真言の教えを伝えることに、常に、全身全霊を注いでこられたゆえ、私的な情を言葉にする間が、なかったのでしょう」
凪は、頷いた。
「もし、お師匠様が、はっきりと、大足様への感謝を、書き記されたら――何か、変わると思われますか」
実恵は、しばらく考えた。
「変わりましょう。お師匠様のお言葉には、それだけの重みがございます。そして何より……お師匠様ご自身の心が、救われるかと存じます」
七章 夜半の対話
その夜、凪は空海に呼ばれ、二人だけで草庵に残った。
「弟子や、実恵から、聞き申した」と空海は言った。「あなたが、大足のことを、あれこれ問うているそうですね」
「差し出がましいことを、申し上げました」
「いや」空海は、墨を継ぎながら凪を見た。「私自身、向き合わねばならぬ角度でした。近頃、大足のことを思う。理由はわからぬ。だが思うのだ」
「空海様。あなたはご自身の開かれた真言の教えについて、あまりに多くの書を、著してこられました。ですが、大足様への感謝については、あまり、はっきりと言葉にされる場が、なかったように見受けました」
空海は、しばらく、黙っていた。
「問うが、サカキバラ。教えを遺す者にとって、個の恩を語ることに、どれほどの益がある?仏の法は、私情を超えたところにある」
凪は、深く息を吸った。
「益、ではありません。空海様。あなたは今、深い禅定に入ろうとしておられます。ですが――もし、大足様への感謝を、はっきりと言葉にしないまま入定されれば、その恩は、あなたの偉大な教えの陰に、埋もれたままになってしまうかもしれません」
凪は、文机の上の筆を見た。
「あなたが本当に遺したいものは、ご自身の開かれた教えだけでしょうか。それとも――大足様という、あなたを育てた恩人の姿を、あなたの紡ぐ見事な『言葉』によって、次の時代へと、はっきり書き伝えることも、含まれているのではないでしょうか」
空海は、長い間、目を閉じていた。
八章 筆を執る夜
その夜遅く、空海は、文机に向かい、筆を執った。
凪は、その傍らに、静かに控えていた。
空海が広げたのは、弟子たちよ密厳国土を荘厳せよ、と書き連ねた、真言宗の行く末を託す重要な書――のちに『御遺告(ごゆいごう)』と呼ばれることになる、その草稿であった。
文の末に、空海はふと筆を止めた。
「大足は……」空海は、筆を運びながら、低く言った。「私に、学問の厳しさと、言葉を尽くすことの大切さを、教えてくれた人であった。あの教えなくば、私は、密教の深い理を、人々に説く言葉を、持ち得なかったでしょう」
墨の香が満ちる中、筆先から生まれる文字が、重々しい教えの余白を、静かに埋めていった。
「これを、はっきりと、書き記しておかねばならぬ。私の学びの原点には、大足がいたのだと。真言の空へと至る道――『空路』は、彼が授けてくれた言葉から始まっていたのだと」
凪は、静かに、その筆の動きを見つめていた。
やがて空海は、筆を置き、深く息をついた。
「これで……ようやく、心残りが、一つ、減りました」
九章 遺されたもの
この夜からおよそひと月後、承和二年三月二十一日、空海は、高野山にて、深い禅定に入ったと伝えられている。真言宗の教えでは、彼は、今なお、弥勒菩薩がこの世に現れる遠い未来まで、高野山奥之院にて、瞑想を続けているとされる。今日に至るまで、一日に二度、食事が捧げられ続けているのは、その信仰の証である。
史実において、阿刀大足が、若き空海の学問を支えたことは、空海自身の初期の著作にも、その痕跡を見ることができる。だが、後世、弘法大師としての空海の存在があまりに大きくなり、その学問の原点にいた伯父の名が、広く人々に語られることは、少なかった。
凪は、その事実を知り、静かに思った。
偉大な教えの土台にも、確かに、名もなき師の、地道な教えが、息づいていたのかもしれない、と。
終章 もう一つの空路
千二百年余りの後。
高野山奥之院には、今も、多くの参拝者が、静かに訪れていた。
弘法大師の教えを求めて訪れる人々の中で、その学問の原点を築いた、一人の伯父の存在を、知る者は、多くはない。
しかし、空海が遺した言葉の端々には、今も確かに、その教えの温もりが宿っている。
「真言の教えを開いた大師」としてだけではなく、「地道な学びの上に、深い教えを築いた、一人の求道者」として、空海は今も、あの奥之院の闇の中で、微笑んでいるのかもしれない。
エピローグ もう一つの光
東京の書斎で、凪は、書き上げたばかりの原稿を、静かに読み返していた。
窓の外では、早春の風が、まだ冷たく吹いていた。
「あなたが遺したかったのは、ご自身の教えだけではなかったはずです」
凪は、呟いた。
パソコンの画面には、彼が書き上げた物語の、最後の一文が残されていた。
『承和二年三月、高野山の空は、静かに暮れようとしていた。唐の都で密教の奥義を極めた男は、深い禅定に入る前に、己の教えを語りながらも、もう一つの光を、確かに、名もなき恩師へと、書き遺したのである。』
風が吹いた。書斎の換気扇が回る、微かな機械音に混じって、香と、山の空気の匂いがした。
玉響の揺らぎは、今日もまた、静かに続いている。
――了――
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あとがき
本作は空海の最晩年を題材としたフィクションです。空海、阿刀大足、実恵などは実在の人物ですが、物語における対話の内容は、著者の創作です。
真言宗の伝承では、空海は承和二年(八三五年)三月二十一日、高野山にて入定したとされ、今日に至るまで、弥勒菩薩がこの世に現れるまで禅定を続けていると信じられており、高野山奥之院では、一日に二度の食事が、今も捧げられ続けています。本作におけるこの信仰の描写は、フィクションとしての創作であり、特定の宗教的立場を主張、あるいは否定する意図はありません。
阿刀大足は、空海の母方の伯父であり、若き日の空海に儒学と文章を教えたとされる人物です。空海が大学での出世の道を離れ仏道へ進んだ選択について、大足がどのように感じていたかは、詳しくは伝わっておらず、本作における晩年の対話や心情描写は、著者の創作です。
本作は、前二十八作と同じく、「もし介入できたなら」という思考実験として書かれています。
そして、玉響は、いつの時代にも、静かに揺らいでいるのかもしれません。

