極路転生記 〜植村直己と刻をこえた男〜
玉響転生記・第二十五話


まえがき
二十四度の邂逅を経て、榊原凪は、また新たな「刻」へと導かれることになった。
崇徳院との旅で、凪は「皇路」という言葉を得た。今回、彼が得た言葉は「極路」であった。
北極から南極まで、地球の果てを、単独で駆け抜けようとした男。
昭和五十九年(一九八四年)一月。齢四十三。五大陸最高峰への登頂、犬ぞりによる北極点単独到達など、数々の前人未到の記録を打ち立ててきた男――植村直己。だが、その「単独行」という栄光の陰で、彼を育ててくれた、遠い北極圏の人々への感謝を、静かに抱き続けていた冒険家の物語である。




プロローグ 睦月の来訪
東京は、正月気分も抜けきらぬ、冷え込む夜だった。
榊原凪は、六十四歳になっていた。崇徳院との旅から、半年余りが経っている。
讃岐の御所で、崇徳院が綾高遠と綾御前への想いを語った、あの夜のことを、凪は今も思い出す。
書き上げた小説『情の記憶』は、静かな反響を呼んだ。
その夜、凪は書斎で、古い冒険記の写真集を眺めながら、うたた寝をしていた。
ふと、犬の匂いと、凍てついた雪のような匂いがした。
顔を上げると、部屋の隅に、一人の小柄な男が座っていた。
厚手の防寒着。日に焼けた、精悍な顔立ち。だが、その目には、驚くほど穏やかな、人懐こい光が宿っていた。
「こんばんは。お邪魔します」
男は、朗らかに言った。
「あなたは……」
「植村直己です。冒険家をしております」
凪は、息を呑んだ。
植村直己。世界初の五大陸最高峰登頂、犬ぞりによる世界初の北極点単独到達を成し遂げた冒険家。このおよそひと月後、その消息を絶つことになっている男。
「なぜ、ここにいるんでしょうね」
「さあ、僕にも、分かりません」植村は、人懐こく笑った。「気づいたら、この妙な部屋にいました。由井、明智、石田、真田、土方、坂本、大石、楠木、伊能、北斎、芭蕉、玄白、定信、松陰、伊藤、田中、渋沢、野口、三島、芥川、力道山、将門、道真、崇徳院――あなたが会ってこられた方々の気配が、なんとなく、伝わってきます。不思議な方ですね、あなたは」
彼は、凪を穏やかに見つめた。
「僕は今、マッキンリーの冬季単独登頂に、挑もうとしています」
「植村さん……」
「ですが」冒険家の目に、澄んだ光が宿った。「その前に、伝えておきたいことが、あります」


一章 二十五度目のたゆたい
その夜、凪は冒険記の写真集に埋もれながら、考え続けていた。
これまでの二十四人には、皆、「死をどう引き受けるか」という、それぞれの重さがあった。
だが植村直己の場合、その重さは、また違う質のものだった。
これまでの人物たちの多くは、自らの死期を、ある程度、悟っていた。だが植村は違う。彼は昭和五十九年二月、マッキンリー(現デナリ)の冬季単独登頂に成功した直後、下山中に消息を絶つことになる。本人は、まだ、その日が来ることを知らないのだ。
植村の生涯には、あまり語られない側面があった。彼の「単独行」という栄光は、日本国内では、しばしば、たった一人の力で成し遂げられた偉業として、語られてきた。だが、その単独行を可能にした技術の多くは、グリーンランド最北の村・シオラパルクで、彼が生活を共にした、イヌイットの人々から学んだものであった。犬ぞりの操り方、極地での生き方、氷の状態の読み方――それらすべてを、植村は、名もなき先住の人々から、謙虚に学び取っていた。
凪の胸に、一つの問いが浮かんだ。
植村が、あとひと月後に迎える運命を前に、伝えておきたいものがあるとすれば――それは、己の「単独行」の栄光だけなのか。それとも、その陰で、彼を育ててくれた、極北の人々への感謝も、あるのではないか。
凪は、暗い天井を見つめた。
「行きます」
呟くと同時に、部屋の空気が震え、写真集の匂いが、犬と雪の匂いに変わった。
玉響。
世界が、揺れた。


二章 東京・府中の自宅
気づくと、凪は、東京・府中にある、植村の自宅の玄関先に立っていた。
正月飾りの残る、質素な一軒家であった。
凪の身なりは、出版社の編集者風の姿に変わっていた。
「ごめんください」
声をかけると、奥から、小柄で芯の強そうな女性――植村をそっと支え続けてきた妻が、静かに出てきた。
「植村さんにお目にかかりたいのです。ご本人のお導きで参りました。到着をお伝えいただければ、お分かりになるはずです」
女性は少し驚いた顔をしたが、凪の佇まいを見て何かを察したのか、静かに奥へと消えた。
しばらくして、彼女は戻ってきた。
「どうぞ、お上がりください。書斎に主人がおります」


三章 植村の書斎
書斎には、世界各地の地図と、犬ぞりの模型、そして、書きかけの遠征計画書が、几帳面に並んでいた。
植村は、机の前から、穏やかな目で凪を見た。
「よく来てくれました」
「参りました」
「座ってください」植村は、朗らかに言った。「僕は今、マッキンリーの冬季単独登頂の準備をしています」
「なぜ、そこまで、単独での挑戦に、こだわられるのですか」
植村は、しばらく黙っていた。
「組織で行う登山には、色々な気遣いが要りますから」彼は言った。「単独なら、自分の判断だけで、山と向き合える。それが、僕の性に合っているんです」
「今、ご自身の冒険人生を、どう振り返っておられますか」
植村は、少し目を細めた。
「グリーンランドのシオラパルクのことを、近頃、よく思い出します」


四章 名の記されなかった人々
その夜、凪は植村の家の一室を借り、眠れぬまま過ごした。
植村の言葉が、頭から離れなかった。
――グリーンランドのシオラパルクのことを、近頃、よく思い出します。
植村は、南極大陸横断という夢のため、極地トレーニングとして、グリーンランド最北の村・シオラパルクで、十ヶ月にわたり、イヌイットの人々と生活を共にした。狩猟の技術、犬ぞりの操り方、氷の状態の読み方――彼の「単独行」を支えた、あらゆる技術の土台は、この村の人々から、学んだものであった。だが、日本で語られる植村直己の物語は、しばしば、「たった一人で成し遂げた男」という側面ばかりが、強調されがちであった。
植村が、これほどまでに単独行の栄光を語られる一方で、彼を育ててくれた、極北の名もなき人々への感謝は、これまで、どれほど、はっきりと語られてきたのか。
奥の部屋からは、遠征準備の手伝いをする、奥方の静かな衣擦れの音が聞こえてくる。茶托を置く、かすかな陶器の音。彼が守ろうとした日常の音だ。
窓の外、府中の静かな夜の気配が、遠く微かに感じられた。その闇の向こうに、緯度にして50度も北の、氷の気配を、凪はふと錯覚した。


五章 事務所職員との対話
翌日、凪は、書斎で遠征計画書を整理していた、若い事務所の職員と、言葉を交わす機会を得た。
「植村さんは、グリーンランドの村のことを、よく話されますか」
「はい」職員は、頷いた。「特に、犬ぞりの操り方を教えてくれた、村の方々のことを、本当に親しみを込めて話されます」
「その方々のお名前は、日本で、広く知られておりますか」
職員は、寂しそうに首を振った。
「いいえ。植村さんのお名前は日本中で知られておりますが、シオラパルクの方々のお名前までは、あまり知られていないように思います」
凪は、その言葉の重さを、静かに受け止めた。
「植村さんご自身は、それを、どう思っておられるのでしょうか」
職員は、しばらく考えていた。
「植村さんは、いつも、感謝の言葉を口にされます。ですが……それを、まとまった形で、はっきりと書き記されたことは、まだ、あまりないように思います」


六章 旧友との対話
その日の夕刻、植村と共にグリーンランドで過ごした経験を持つ、日本人の旧友が、家を訪ねてきた。
「榊原さんですか。植村から、少し聞いています」
「あなたは、シオラパルクの人々のことを、どう見ておられますか」
旧友は、少し驚いた顔をした。
「あの人たちがいなけりゃ、植村の単独行は、成らなかったでしょうね。厳しい極地で生き抜く知恵を、惜しみなく分け与えてくれる人たちです」
「それは、植村さんご自身も、深く認めておられることですか」
「あいつは……口じゃ“単独、単独”って言うけどよ」旧友は、言葉を選びながら言った。「酔うとポロッと、イヌイットの親父さんの名前を出すんだ。『あの人がいなけりゃ、僕はここにいない』って。内心では、誰よりも、あの村の人たちへの感謝を、抱いているはずです。ただ、次の冒険のことばかりを、いつも考えている男ですからね」
凪は、頷いた。
「もし、植村さんが、この遠征の前に、はっきりと、シオラパルクの人々への感謝を、書き記されたら――何か、変わると思われますか」
旧友は、少し目を細めて言った。
「変わると思いますよ。あいつの言葉には……それだけの重みがありますから」


七章 夜半の対話
その夜、凪は植村に呼ばれ、二人だけで書斎に残った。
「職員や、古い友人から、聞きました」と植村は言った。「あなたが、シオラパルクの人たちのことを、あれこれ聞いておられるそうですね」
「差し出がましいことを、申し上げました」
「いえ」植村は、穏やかな目で凪を見た。「僕自身、向き合わねばならない角度でした」
「植村さん。あなたはご自身の単独行について、日本中で、あれほど語られてこられました。ですが、シオラパルクの人々への感謝については、まとまった形で、語られる場が、少なかったように見受けました」
植村は、しばらく、黙っていた。
「僕は……」やがて彼は、静かに言った。「あの村の人たちの知恵がなけりゃ、極地では一歩も前に進めなかった。犬ぞりの操り方も、氷の読み方も、生きる術のすべてを、あの人たちから教わったんです。……だけど、それをはっきりと形にして遺そうとは、これまで、あまり考えてみなかったな」
「なぜですか」
「単独行、単独行と、周りが言ううちに、僕自身も次の山のことばかりに頭がいってしまっていたのかもしれません」
凪は、深く息を吸った。
「植村さん。あなたは今、マッキンリーへの挑戦を、何より優先しておられます。この先、何が起こるかは、誰にも分かりません。ですが――もし、シオラパルクの人々への感謝を、はっきりと言葉にしないまま出発されれば、その恩は、あなたの栄光の陰に、埋もれたままになってしまうかもしれません」
「埋もれる、か」植村が初めて少し語気を強めた。「僕は、別に名を売りたくて山に登ってるわけじゃない。だけどな、榊原さん。感謝を形にするってのは、照れくさいもんだぜ」
「照れくさい、ですか」
「あ。山じゃ誰にも頼らず、自分の足で立つ。それが冒険ってもんだ。でも……」植村は、そこで言葉を切った。
「あなたが本当に遺したいものは、ご自身の単独行の栄光だけでしょうか。それとも――シオラパルクの人々という、あなたを育てた恩人たちの存在を、次の時代へと、はっきり書き伝えることも、含まれているのではないでしょうか」
植村は、長い間、目を閉じていた。


八章 筆を執る夜
その夜遅く、植村は、書斎の机に向かい、遠征前の手記を、書き始めた。
凪は、その傍らに、静かに控えていた。
「シオラパルクの人たちは……」植村は、筆を運びながら、静かに言った。「見返りを求めず、僕に、生きる術のすべてを、教えてくれました。あの人たちがいなければ、おれの単独行は、そもそも、成り立たなかったでしょう」
ふと「おれ」と口をついて出た。植村自身も驚いたように、少し笑った。
手記に綴られる文字が、静かに、余白を埋めていった。
「これを、はっきりと、書いておきたい。単独行とは言っても、僕は、決して一人で、成し遂げたわけではないと」
凪は、静かに、その筆の動きを見つめていた。
やがて植村は、筆を置き、深く息をついた。
「これで……少しは、心が、軽くなりました」
その時、遠くで犬の遠吠えのような音がした。府中の住宅街で、そんなはずはない。だが確かに、凪の耳には、氷原を渡る犬ぞりの気配が届いた。


九章 残されたもの
この夜からおよそひと月後、昭和五十九年二月、植村直己は、マッキンリーの冬季単独登頂に成功し、無線でその成功を伝えた後、下山の途中で消息を絶った。
捜索は続けられたが、その姿は、今日に至るまで、発見されていない。同年、彼には、国民栄誉賞が贈られている。
凪は、東京の自宅へ戻り、植村が遺した足跡を、静かに想った。
一人で成し遂げたように見える偉業もまた、その陰には、名もなき人々の、惜しみない知恵の分かち合いが、あったのかもしれない、と。


終章 もう一つの極路
数十年後。
グリーンランド最北の村・シオラパルクには、今も、植村直己の記憶が、村人たちの間に、静かに語り継がれていた。
「彼に、エスキモー語を教えていたんだよ」と、ある村人は、目を細めて語った。
「単独行の英雄」としてだけではなく、「遠い異国の知恵を、謙虚に学び取った、一人の旅人」として。


エピローグ もう一つの光
東京の書斎で、凪は、書き上げたばかりの原稿を、静かに読み返していた。
窓の外では、真冬の風が、まだ冷たく吹いていた。
「あなたが遺したかったのは、ご自身の栄光だけではなかったはずです」
凪は、静かに呟いた。
パソコンの画面には、彼が書き上げた物語の、最後の一文が残されていた。
『昭和五十九年一月、東京の空は、静かに暮れようとしていた。地球の果てを単独で駆け抜けようとした男は、その最期の日々に、己の挑戦を語りながらも、もう一つの光を、確かに、遠い北の大地へと、書き遺したのである。』
風が吹いた。犬と、雪の匂いが、微かにした。
玉響の揺らぎは、今日もまた、静かに続いている。

――了――


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あとがき
本作は植村直己の最晩年を題材としたフィクションです。植村直己は実在の人物ですが、物語における周囲との対話の内容、遠征前の手記の描写は、著者の創作です。
実際に植村は昭和五十九年(一九八四年)二月、北米大陸最高峰マッキンリー(現デナリ)の冬季単独登頂に成功した後、下山中に消息を絶ちました。遺体は今日まで発見されておらず、同年、国民栄誉賞が贈られています。
植村は、南極大陸横断という夢のため、昭和四十七年から四十八年(一九七二〜七三年)にかけて、グリーンランド最北の村・シオラパルクで、イヌイットの人々と生活を共にし、狩猟や犬ぞりの技術を学びました。この経験は、彼の著書『極北に駆ける』などに詳しく記されています。植村自身が、こうした人々への感謝を、最晩年、具体的にどのように語っていたかについては、本作における描写は、著者の創作です。
また植村の妻・公子氏は、彼が遠征のたびに送った手紙や絵日記を通じて、その活動を長く支え続けたことが知られていますが、本作ではご存命の方への配慮から、直接的な心情描写は控え、一歩引いた佇まいとして描いております。
本作は、前二十四作と同じく、「もし介入できたなら」という思考実験として書かれています。
そして、玉響は、いつの時代にも、静かに揺らいでいるのかもしれません。