梅路転生記 〜菅原道真と刻をこえた男〜
玉響転生記・第二十三話
まえがき
二十二度の邂逅を経て、榊原凪は新たな「刻」へと導かれた。
将門が遺した「将路」に続き、今回彼が辿るのは「梅路」である。
都を追われながらも、学問への志を最期まで手放さなかった男。
延喜三年(九〇三年)一月。右大臣にまで昇りながら、政敵の讒言により、大宰府へと左遷された男――菅原道真。都から遠く離れた地で、貧しさと孤独の中、なお学問と誠実を貫こうとした学者の物語である。
なお、平安時代前期という遠い時代のことゆえ、道真の生涯については、史実と、後世に積み重ねられた伝説とが、分かちがたく織り交ざっている。本作もまた、その伝説の重なりの上に、一つの物語を紡ぐものである。
プロローグ 睦月の来訪
東京は、松の内も明けた、底冷えのする夜だった。
榊原凪は、六十三歳になっていた。平将門との旅から、半年余りが経っている。
下総国の館で、将門が坂東の民への想いを語った、あの夜のことを、凪は今も思い出す。
書き上げた小説『逆賊と呼ばれた男』は、静かな反響を呼んだ。
その夜、凪は書斎で、古い漢詩文集の写本を眺めながら、うたた寝をしていた。
ふと、微かな墨の香りと、どこか懐かしい梅の匂いがした。
顔を上げると、部屋の隅に、一人の痩せた老人が座っていた。
質素な狩衣。深く刻まれた皺。だが、その目には、驚くほど澄んだ、学者らしい静けさが宿っていた。
「夜分に、失礼つかまつる」
老人は、静かに言った。
「あなたは……」
「菅原道真と申す。かつては、右大臣を務めた者じゃ」
凪は、息を呑んだ。
菅原道真。学者として、また政治家として、右大臣にまで昇りながら、政敵の讒言により、大宰府へと左遷された人物。後に「学問の神」として、日本中で敬われることになる男。そして――このおよそひと月後、その生涯を閉じることになっている男。
「なぜ、ここにおるのか」
「さて、それがしにも、分からぬ」道真は、静かに微笑んだ。「気づけば、この妙な部屋におった。由井、明智、石田、真田、土方、坂本、大石、楠木、伊能、北斎、芭蕉、玄白、定信、松陰、伊藤、田中、渋沢、野口、三島、芥川、力道山、将門――そなたが会うてきた者たちの気配が、なんとのう、伝わってくる。不思議な御仁じゃな、そなたは」
彼は、凪を穏やかに見つめた。
「それがしは今、大宰府にて、都から遠く離れ、貧しき日々を送っておる」
「道真様……」
「されど」老いた学者の目に、澄んだ光が宿った。「まだ、書き遺したいことが、ある」
一章 二十三度目のたゆたい
その夜、凪は漢詩文集の写本に埋もれながら、考え続けていた。
これまでの二十二人には、皆、「死をどう引き受けるか」という、それぞれの重さがあった。
ふと、自分が五十九歳で世を去る道真の享年を、既に四つも越えていることに気づく。歴史の教科書で仰ぎ見た偉人たちが、今の自分より若くして命を燃やし尽くしていたのだという事実は、凪の胸に不思議な厳粛さをもたらした。
だが菅原道真の場合、その生の重さは、また違う質のものだった。
史実(と伝説)において、道真は延喜元年(九〇一年)、政敵・藤原時平の讒言により、大宰権帥として、大宰府へと左遷される。延喜三年(九〇三年)二月、都に戻ることなく、失意のうちに、その生涯を大宰府で閉じたと伝えられている。
道真の左遷生活を支えた、一人の人物がいた。地元・大宰府の神官であったと伝えられる、味酒安行(うまさけの・やすゆき)である。都から見放され、貧しい暮らしを強いられた道真に、密かに衣食を届け、その最期を看取り、亡骸を、手厚く葬った人物とされている。だが、その名は、後に「学問の神」として、日本中で敬われることになる道真の陰で、あまり広くは知られていない。
凪の胸に、一つの問いが浮かんだ。
漢詩に滲む無念の強さに触れるたび、凪は思う。道真が最期まで抱えていたのは、それだけだったのか。
その無念を、この地で静かに支えた者の存在も、あったのではないか。
凪は、暗い天井を見つめた。
「行きます」
呟くと同時に、部屋の空気が震え、書斎の匂いが、鮮烈な墨と梅の香りに変わった。
玉響。
世界が、揺れた。
二章 大宰府の配所
気づくと、凪は、大宰府にある、道真の配所の裏手に立っていた。
冬枯れの庭に、一本の梅の木が、静かに佇んでいる。
凪の身なりは、配所に仕える下人風の姿に変わっていた。
「もし」
庭先にいた老爺に声をかけると、彼は驚いた顔で凪を見た。
「道真様に、お目通り願いたい」
「そなた、何者じゃ」
「道真様のお導きで参った者です。到着を告げていただければ、通じるはずです」
老爺は、訝しみながらも、奥へと入っていった。
しばらくして、戻ってきた。
「サカキバラとやら申したな。お入りくだされ」
この老爺こそ、味酒安行――道真の配所を、密かに支え続けてきた、地元の神官であった。
三章 道真の配所
配所は、都の邸宅とは比べようもない、粗末な造りであった。だが、文机の上には、書きかけの漢詩の草稿が、几帳面に置かれている。
道真は、文机の前から、澄んだ目で凪を見た。
「よう参られた」
「参りました」
「座られよ」道真は、静かに言った。「それがしは、この地で、学問と、詩作だけを、支えに生きておる」
「なぜ、そこまで、学問に、こだわられるのですか」
道真は、しばらく黙っていた。
「政(まつりごと)の道は、それがしから、無情にも、奪われた」彼は言った。「されど、学問だけは、誰にも、奪うことができぬ」
「今、ご自身の来し方を、どう振り返っておられますか」
道真は、少し目を細めた。
「都に残してきた、紅梅のことを、近頃よく思い出す」彼は、静かに言った。「そして、この地で、それがしを支えてくれておる、安行のことも」
四章 名の記されなかった人
その夜、凪は配所の片隅で、眠れぬまま過ごした。
道真の言葉が、頭から離れなかった。
――この地で、それがしを支えてくれておる、安行のことも。
これまでの二十二人は、皆、有限の生の中で、何を選ぶかという問いを抱えていた。だが道真の場合、彼が向き合っていたのは、「己の無念をどう引き受けるか」だけでなく、「己を支えてくれた者を、どう遺すか」という問いであるように思えた。
伝説において、味酒安行は、都から見放された道真に、密かに衣食を届け続けた人物とされている。だが、その献身は、後に「学問の神」として、日本中で敬われることになる道真の、あまりに大きな名声の陰に、埋もれがちであった。
凪は、ふと思った。
道真が、これほどまでに己の無念を漢詩に詠む一方で、安行への感謝は、これまで、どれほど、はっきりと語られてきたのか。
窓の外、大宰府の夜風が、梅の枝を、静かに揺らしていた。
五章 安行との対話
翌日、凪は、庭先で薪を割っていた安行と、言葉を交わす機会を得た。
「あなたは、なぜ、道真様に、これほどまでに、お仕えになるのですか」
安行は、手を止めた。
「あの御方は、都では、あれほどの地位におられた御方じゃ。それが、この辺境で、粗末な暮らしを強いられておられる。……見過ごすことなど、できぬ」
「あなたご自身のお名前は、世に、広く知られておりますか」
安行は、静かに首を振った。
「いいえ。それがしのような、地元の神官の名など、誰も覚えてはおりますまいな」
凪は、その言葉の重さを、静かに受け止めた。
「道真様は、それを、どう思っておられるのでしょうか」
安行は、しばらく黙って、割った薪を見つめていた。
「道真様は、いつも、感謝の言葉を、かけてくださる」彼は、やがて言った。「ですが……それを、詩や文として、はっきりと書き記されたことは、まだ、ないように思う」
六章 弟子・味酒好文との対話
その日の夕刻、道真の身の回りの世話をしていた、安行の息子・味酒好文(うまさけの・よしふみ)が、配所を訪れた。
「サカキバラ殿と申されるか。道真様より、伺っております」
「好文殿は、父君・安行様のことを、どう見ておられますか」
好文は、少し驚いた顔をした。
「父なくば、道真様は、この地で、とうに、飢え死にされていたやもしれませぬ。父は、誰に頼まれたわけでもなく、ただ、道真様のことを、案じ続けております」
「それは、道真様ご自身も、深く感謝しておられることですか」
「道真様は……」好文は、言葉を選びながら言った。「内心では、誰よりも、父への感謝を、抱いておられるはずです。ただ、都を追われた無念のことで、頭が一杯であられたのでしょう」
凪は、頷いた。
「もし、道真様が、はっきりと、安行様への感謝を、詩に書き記されたら――何か、変わると思われますか」
好文は、しばらく考えた。
「変わりましょう。……道真様のお言葉には、それだけの重みがございます」
七章 夜半の対話
その夜、凪は道真に呼ばれ、二人だけで配所に残った。
「安行や、好文から、聞き申した」と道真は言った。「そなたが、安行のことを、あれこれ問うておるそうじゃな」
「差し出がましいことを、申し上げました」
「いや」道真は、澄んだ目で凪を見た。「それがし自身、向き合わねばならぬ角度でござった」
「道真様は、ご自身の無念について、あれほど多くの漢詩に、詠んでこられました。ですが、安行様への感謝については、あまり、多くを語る場が、なかったように見受けました」
道真は、しばらく、黙っていた。
「それがしは……」やがて彼は、絞り出すように言った。「安行の献身を、片時も、忘れたことはござらぬ。あの者がおらねば、それがしは、この地で、とうに、朽ち果てておったであろう。……だが、それを、詩として、はっきりと書き記したことは、なかったやもしれぬ」
「なぜですか」
「都を追われた無念が、あまりに深く、それがしの心を、占め続けておったゆえ、じゃろう」
凪は、深く息を吸った。
「道真様。学問とは、真を書き遺すこととお聞きしました。ならば、あなたの無念だけが真でしょうか」
道真の目が、微かに揺れた。
「あなたを生かした安行様の献身もまた、書き遺すべき真ではないのですか。もし、それを言葉にしないまま終われば、その献身は、あなたの無念の陰に、埋もれたままになってしまうかもしれません」
道真は、長い間、目を閉じていた。
八章 筆を執る夜
その夜遅く、道真は、文机に向かい、筆を執った。
凪は、その傍らに、静かに控えていた。
「安行は……」道真は、筆を運びながら、呟くように言った。「見返りを求めず、それがしを、支え続けてくれた。都の誰も、それがしを顧みなんだ折に、この辺境の地で、ただ一人」
筆先から生まれる文字が、詩稿の余白を、埋めていった。
「これを、はっきりと、書き記しておかねばならぬ。安行の恩を、忘れてはおらぬと」
凪は、静かに、その筆の動きを見つめていた。
やがて道真は、筆を置き、深く息をついた。
「これで……ようやく、心残りが、一つ、減り申した」
九章 遺されたもの
この夜からおよそひと月後、延喜三年二月、菅原道真は、大宰府にて、その生涯を閉じることになる。
伝説によれば、道真は、自らの亡骸を運ぶ牛車を、御鞭(みむち)を持たせぬまま、牛の歩みに任せよと言い遺した。牛が自ら足を止めた場所に、道真の亡骸は葬られ、後に、その地に、社が築かれることになる。この社を、味酒安行が中心となって整えたと、伝えられている。それが、今日の太宰府天満宮の起こりであるという。
道真の死後、都では、彼を陥れた者たちに、次々と不幸が続いたと伝えられ、朝廷は、彼の祟りを鎮めるため、彼を「天満大自在天神」として祀ることになる。以来、彼は「学問の神」として、日本中で、広く敬われ続けている。
凪は、その事実を知り、静かに思った。
都から見放された無念の学者を、最期まで支え続けた、名もなき神官の献身もまた、その社の礎の中に、確かに、息づいているのかもしれない、と。
終章 もう一つの梅路
千年余りの後。
寒の明けた境内に、一本の梅が花を咲かせていた。
参拝客の吐く白い息に混じって、微かな花の香りが立つ。その香りは、都を追われた学者の無念と、彼を支え続けた名もなき人々の献身とを、静かに今へ運んでいるようだった。
「学問の神」としてだけではなく、「見返りを求めぬ献身によって、支えられた一人の人間」として。
エピローグ もう一つの光
東京の書斎で、凪は、書き上げたばかりの原稿を、静かに読み返していた。
窓の外では、冬の風が、まだ冷たく吹いていた。
「あなたが遺したかったのは、ご自身の無念だけではなかったはずです」
凪は、静かに呟いた。
パソコンの画面には、彼が書き上げた物語の、最後の一文が残されていた。
『延喜三年二月、大宰府の空は、静かに暮れようとしていた。都を追われながらも学問への志を手放さなかった男は、その最期の日々に、己の無念を語りながらも、もう一つの光を、確かに、名もなき恩人へと、書き遺したのである。』
風が吹いた。書斎に、深い墨と仄かな梅の香りが、微かに満ちた。
玉響の揺らぎは、今日もまた、静かに続いている。
——了——
あとがき
本作は菅原道真の最晩年を題材としたフィクションです。平安時代前期という遠い時代のことゆえ、道真の生涯については、史実と、後世に積み重ねられた伝説とが、分かちがたく織り交ざっており、本作もその伝説の重なりの上に書かれています。
実際に道真は、延喜元年(九〇一年)、藤原時平の讒言により大宰権帥として大宰府へ左遷され、延喜三年(九〇三年)、都に戻ることなくその生涯を終えたと伝えられています。彼の死後、都で相次いだ不幸が彼の祟りとされ、後に「天満大自在天神」として祀られ、今日では「学問の神」として広く信仰されています。
味酒安行は、道真の配所での生活を支えた人物として、太宰府天満宮の縁起や伝承の中に、その名が伝えられています。彼の具体的な人物像や、道真との対話の内容、息子・好文についての描写は、著者の創作です。
本作は、前二十二作と同じく、「もし介入できたなら」という思考実験として書かれています。
そして、玉響は、いつの時代にも、静かに揺らいでいるのかもしれません。

