菌路転生記 〜野口英世と刻をこえた男〜
玉響転生記・第十八話


まえがき
十七度の邂逅を経て、榊原凪は、また新たな「刻」へと導かれることになった。
渋沢栄一との旅で、凪は「算路」という言葉を得た。今回、彼が得た言葉は「菌路」であった。
貧しさと、不自由な左手を抱えながら、世界中の病の正体を追い続けた男。
昭和三年(一九二八年)四月。齢五十一。アフリカ・ゴールドコースト(現ガーナ)のアクラにて、黄熱病の研究に没頭していた男――野口英世。世界的な細菌学者となりながら、その最期の地で、己を育ててくれた、一人の恩師への感謝を、静かに書き遺そうとした医学者の物語である。




プロローグ 卯月の来訪
東京は、初夏に向かう、穏やかな夜だった。
榊原凪は、六十一歳になっていた。渋沢栄一との旅から、半年余りが経っている。
飛鳥山の病床で、栄一が従兄・尾高惇忠への想いを、筆に込めた、あの夜のことを、凪は今も思い出す。
書き上げた小説『恩を返す人』は、静かな反響を呼んだ。
その夜、凪は書斎で、古い医学史の資料を眺めながら、うたた寝をしていた。
ふと、消毒液と、乾いた土のような匂いがした。
顔を上げると、部屋の隅に、一人の小柄な男が座っていた。
白い医療用の上着。左手には、幼い頃の火傷の跡が、深く残っている。だが、その目には、驚くほど強い、探究心と焦燥の光が宿っていた。
「夜分に、失礼」
男は、静かに言った。
「あなたは……」
「野口英世です。福島の、貧しい百姓の生まれです」
凪は、息を呑んだ。
野口英世。左手の障害と、貧しさを乗り越え、アメリカのロックフェラー研究所で、世界的な細菌学者となった男。梅毒スピロヘータの純粋培養に成功し、黄熱病の研究に生涯を捧げた医学者。そして――このおよそひと月後、その生涯を閉じることになっている男。
「なぜ、ここにいるんでしょう」
「さあ、私にも、分かりません」野口は、苦笑混じりに静かに笑った。「気づけば、この妙な部屋におりました。楠木、真田、石田、大石、由井、明智、土方、坂本、伊能、芭蕉、玄白、定信、松陰、伊藤、田中、北斎、渋沢――あなたが会ってこられた十七人の気配が、なんとなく、伝わってきます。不思議な御仁ですね、あなたは」
彼は、凪を穏やかに見つめた。
「私は今、アクラの研究所で、黄熱病の研究をしております。この病の正体を、なんとしても、突き止めたいのです」
「野口様……」
「ですが」細菌学者の目に、どこか取り憑かれたような、澄んだ光が宿った。「まだ、書き遺したいことが、あります。それを果たさずに終わるのは、心残りです」


一章 十八度目のたゆたい
その夜、凪は医学史の資料に埋もれながら、考え続けていた。
これまでの十七人には、皆、「死をどう引き受けるか」という、それぞれの重さがあった。
だが野口英世の場合、その重さは、また違う質のものだった。
これまでの人物たちの多くは、自らの死期を、ある程度、悟っていた。だが野口は違う。史実において、彼は昭和三年五月二十一日、アクラにて、自らが研究していた黄熱病に罹患し、五十一歳でその生涯を閉じることになる。本人は、その日が来ることを、まだ知らない。それどころか、後発の研究者たちに自説を否定され、己のすべてを懸けて「見えない敵」と戦っている最中なのだ。
野口の生涯には、もう一人、あまり知られていない恩人がいた。
小林栄(こばやし・さかえ)。野口の故郷、福島の小学校で教鞭を執っていた教師である。幼き日、囲炉裏に落ちて左手に大火傷を負った野口の才能を見抜き、周囲の偏見にもめげぬよう励まし続け、さらに、手術費用を工面するため、生徒や卒業生から寄付を募る運動まで起こした人物であった。この恩師の尽力がなければ、野口の左手の手術も、彼が医学の道へ進むことも、なかったかもしれない。
凪の胸に、一つの問いが浮かんだ。
野口が最期に書き遺すとすれば、それは、本当に「己の研究」だけなのか。それとも、その出発点で、自分を支えてくれた恩師への想いも、あるのではないか。
凪は、暗い天井を見つめた。
「行きます」
呟くと同時に、部屋の空気が震え、資料の匂いが、消毒液と乾いた土の匂いに変わった。
玉響。
世界が、揺れた。


二章 アクラの研究所
気づくと、凪は、ゴールドコースト・アクラにある、研究所の裏手に立っていた。
乾いた熱風が、赤い土埃を舞い上げている。
凪の身なりは、現地の医療助手風の白衣姿に変わっていた。
「失礼します」
建物の前にいた助手に声をかけると、彼は驚いた顔で凪を見た。
「野口博士に、お目にかかりたい。榊原と申します」
「榊原さん、ですか」
助手は、訝しみながらも、奥へと入っていった。
しばらくして、戻ってきた。
「博士がお待ちです。お入りください」
この助手こそ、野口の研究を健気に手伝っていた、現地の若き医療従事者であった。


三章 野口の研究室
研究室には、顕微鏡と、培養器と、書きかけの論文原稿が、所狭しと並んでいた。
野口は、顕微鏡を睨みつけるように覗き込んでいたが、凪の気配を察すると、鋭い目で彼を見た。不自由な左手で、ぎゅっと机の端を掴んでいる。
「よく来てくれました」
「参りました」
「掛けてください」野口は、どこか焦燥を隠せない様子で言った。「私は、この黄熱病の正体を、なんとしても、突き止めねばなりません。アメリカの若造どもが私の説を否定している。だが、間違っているのは彼らだ。私は絶対に諦めない」
「なぜ、そこまで、研究に、こだわられるのですか」
凪の静かな問いに、野口はハッと我に返り、しばらく黙っていた。
「私は、この左手のせいで、幼い頃、随分と、辛い思いをしました」彼は、少し寂しげに言った。「ですが、多くの人の助けがあって、今の私がある。だからこそ、私も、誰かの役に立ちたい。ただそれだけなのです。世界の野口などという名声のためにやっているのではない」
「今、ご自身の生涯を、どのように振り返っておられますか」
野口は、少し目を細めた。
「福島の、小林先生のことを、近頃、よく思い出します」


四章 名の記されなかった人
その夜、凪は研究所の一室で、眠れぬまま過ごした。
野口の言葉が、頭から離れなかった。
――福島の、小林先生のことを、近頃、よく思い出します。
これまでの十七人は、皆、有限の生の中で、何を選ぶかという問いを抱えていた。だが野口の場合、彼自身は、自らの死が、ひと月後に迫っていることを、まだ知らない。それでも彼は、孤独な異国の地で、激しい研究の合間に、故郷の恩師のことを、繰り返し口にしていた。
史実において、小林栄は、野口の才能を見抜き、手術費用の寄付を募る運動まで起こした、最大の恩師であった。だが、世界的な細菌学者となった野口の名声の陰で、この恩師の存在は、世界的にはあまり広くは知られていない。
凪は、ふと思った。
野口が、これほどまでに己の研究への情熱と焦りを語る一方で、その原点にいた恩師への感謝は、これまで、どれほど世に向けて、はっきりと語られてきたのか。
窓の外、アフリカの夜の虫の声が、遠く微かに聞こえていた。
名を世界に知られた者の陰には、いつも、その出発点を支えた、名もなき恩人たちがいた。


五章 助手との対話
翌日、凪は、研究室で器具を洗っていた現地の助手と、言葉を交わす機会を得た。
「博士は、故郷のことを、よく話されますか」
「はい」助手は、手を休めて頷いた。「特に、小林先生という方のことを、よく話されます。手紙も、時々、書いておられるようです」
「こちらの研究所の他の方々も、その先生のことはご存知なのですか」
助手は、首を振った。
「いいえ。博士のお名前は、世界中で知られておりますが、小林先生のことは、私も、博士から伺うまで、存じませんでした」
凪は、その言葉の重さを、静かに受け止めた。


六章 同僚・ヤング博士との対話
その日の夕刻、野口の同僚である、英国人医師のヤング博士が、研究室の廊下で凪に声をかけてきた。
「サカキバラさん、と仰るか。野口博士から伺っています。彼の日本の友人だと」
「ヤング博士。野口博士の恩師のことを、ご存知ですか」
ヤングは、少し驚いた顔をした。
「野口君から、時折、聞いていますよ。福島の小学校の先生が、彼の才能を信じ、手術のための寄付まで集めてくれたと。それがなければ、今日の野口博士は、いなかったかもしれない、とね」
「それは、野口博士ご自身も、深く感謝しておられることですか」
「野口君は」ヤングは、沈む夕日を見つめながら、言葉を選んだ。「口には、あまり多くを語りませんが、内心では、誰よりも、その恩師への感謝を抱いているはずです。ただ、世界を飛び回る研究者としての日々と、現在の研究のプレッシャーに、追われ続けてきたのでしょう」
凪は、深く頷いた。
「もし、博士が、はっきりと、恩師への想いを、書き記されたら、何か、変わると思われますか」
ヤングは、しばらく考え、温かい微笑みを浮かべた。
「きっと、変わるでしょう。彼の言葉には、世界を動かす、それだけの重みがあるのですから」


七章 夜半の対話
その夜、凪は野口に呼ばれ、二人だけで研究室に残った。
「助手や、ヤング博士から、聞きました」と野口は言った。顕微鏡のランプが、彼の顔を半分だけ照らしている。「あなたが、小林先生のことを、あれこれ聞いておられるそうですね」
「差し出がましいことを、申し上げました」
「いえ」野口は、疲れの滲む目で、しかし真っ直ぐに凪を見た。「私自身、向き合わねばならぬ角度でした」
「野口様は、ご自身の研究について、世界中で、あれほど雄弁に語られてこられました。ですが、小林先生への想いについては、あまり、多くを語る場が、なかったように見受けました」
野口は、しばらく、黙っていた。不自由な左手が、白衣のポケットの中で小さく震えている。
「私は」やがて彼は、絞り出すように言った。「小林先生の御恩を、片時も、忘れたことはありません。あの先生が、私の才能を信じ、寄付を集めてくださらねば、私は、この左手のまま、故郷で、一生を終えていたでしょう。だが、それを、世界に向けて、はっきりと語ったことは、なかったかもしれない」
「なぜですか」
「私自身、研究に追われ、世界中を飛び回る日々の中で、いつしか、原点を振り返る間を、作ってこなかったのでしょう。今は、この黄熱病の正体を暴くことだけで、頭が破裂しそうだ」
凪は、深く息を吸った。
「野口様。あなたが本当に遺したいものは、ご自身の研究の功績だけでしょうか」
野口は、長い間、目を閉じていた。アフリカの夜の静寂が、二人の間を満たしていた。


八章 筆を執る夜
その夜遅く、野口は、顕微鏡から離れ、研究室の机に向かった。そして、不自由な左手で紙をしっかりと押さえ、右手で故郷への手紙を書き始めた。
凪は、その傍らに、静かに控えていた。
「小林先生は」野口は、一文字一文字を噛み締めるように、筆を運びながら呟いた。「私の左手を、恥じるものではないと、教えてくれた人でした。あの先生が、寄付を集めてくださらねば、私の医学の道は、そもそも、始まらなかったでしょう」
ペン先から生まれる文字が、便箋の余白を、確かな熱量で埋めていった。
「これを、はっきりと、書いておかねばなりません。世界が何を言おうと、私が先生への感謝を、一瞬たりとも忘れてはいないということを」
凪は、静かに、その力強い筆の動きを見つめていた。
やがて野口は、ペンを置き、深く、深い息をついた。その表情からは、先ほどまでの刺々しい焦燥感が消え、穏やかな光が戻っていた。
「これで、少しは、心が、軽くなりました」


九章 遺されたもの
野口は、この手紙を書き上げた、およそひと月後、自らが研究していた黄熱病に罹患し、アクラにて、その生涯を閉じることになる。享年五十一歳。
彼が最期に遺したあの手紙は、のちに遺品とともに、遥か福島の小林のもとへと無事に届けられることになる。
史実において、野口英世は、世界的な細菌学者として、後世に名を残すことになる。その研究の一部には、後に見直しを迫られたものもあったと伝えられているが、彼が生涯を通じて、貧しさや障害を乗り越え、世界に挑み続けた姿は、多くの人々に、今も語り継がれている。
その陰で、彼を育てた恩師・小林栄の名も、伝記や資料の中に、確かに記されている。
凪は、その事実を知り、静かに思った。
名を世界に知られた者の陰には、いつも、その出発点を支えた、名もなき恩人たちがいる、と。


終章 もう一つの菌路
数年後。
福島のある小学校に、一人の老いた教師の姿が、今も語り継がれていた。
かつて、火傷を負った一人の少年の才能を信じ、寄付を募った、その教師の物語は、少年が世界的な学者となった後も、静かに、地域の人々の間で、語り継がれていった。
「野口英世博士の恩師」としてだけではなく、「一人の子供の未来を、信じ抜いた教育者」として。
彼らが紡いだ絆という名の「路」は、目に見えない菌の道を越えて、確かに後世へと繋がっていた。


エピローグ もう一つの光
東京の書斎で、凪は、書き上げたばかりの原稿の画面を、静かに見つめていた。
窓の外では、初夏の風が、心地よく吹いていた。
「あなたが遺したかったのは、ご自身の研究の功績だけではなかったはずです」
凪は、静かに呟いた。
画面には、彼が書き上げた物語の、最後の一文が残されていた。
『昭和三年五月、アクラの空は、静かに暮れようとしていた。世界中の病の正体を追い続けた男は、その最期の地で、己の研究を語りながらも、もう一つの光を、確かに故郷へと、書き遺したのである。』
風が吹いた。消毒液と、乾いた土の匂いが、微かにした。
玉響の揺らぎは、今日もまた、静かに続いている。

——了——


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あとがき
本作は野口英世の最晩年を題材としたフィクションです。野口英世、小林栄、ウィリアム・アパ・ヤングなどは実在の人物ですが、物語の展開、助手やヤング博士との対話の内容は、著者の創作です。
実際に野口は昭和三年(一九二八年)五月二十一日、当時のゴールドコースト(現ガーナ)のアクラにて、自身が研究していた黄熱病に罹患し、五十一歳で逝去しました。当時は自説(スピロヘータ説)と、台頭するウイルス説の間で激しい研究上の葛藤があったとされています。
小林栄は、野口の故郷・福島の小学校教師で、幼少期に大火傷を負った野口の才能を見出し、手術費用の寄付を募る運動を起こすなど、生涯にわたり彼を支えた恩師として知られています。野口が最晩年、恩師への想いをどのように書き記していたかについては、本作における具体的な描写は、著者の創作です。
なお、野口の黄熱病研究の一部の結論については、後の研究により見直しが行われたことが知られていますが、本作はその学術的評価そのものを主題とするものではありません。
本作は、前十七作と同じく、「もし介入できたなら」という思考実験として書かれています。
そして、玉響は、いつの時代にも、静かに揺らいでいるのかもしれません。