算路転生記 〜渋沢栄一と刻をこえた男〜
玉響転生記・第十七話
まえがき
十六度の邂逅を経て、榊原凪はまた新たな「刻」へと導かれることになった。
田中角栄との旅で、凪は「道路」という言葉を得た。今回、彼が得た言葉は「算路」であった。
道徳と、算盤とを、両立させようとした男。
昭和六年(一九三一年)十月。齢九十一。五百もの企業の設立に関わりながら、なお「論語と算盤」の両立を説き続けた男――渋沢栄一。日本の資本主義の礎を築きながら、その晩年、己の若き日を支えた一人の従兄への想いを静かに書き遺そうとした実業家の物語である。
プロローグ 神無月の来訪
東京は、秋も深まる静かな夜だった。
榊原凪は、六十歳になっていた。田中角栄との旅から、半年余りが経っている。
目白台の応接間で、田中が故郷の名もなき人々への想いを秘書に語らせた、あの夜のことを凪は今も思い出す。
書き上げた小説『通された道』は、静かな反響を呼んだ。
その夜、凪は書斎で、古い経済史の資料や『藍香遺稿』などの色褪せた美濃紙を眺めながら、うたた寝をしていた。
ふと、墨と、絹糸のような匂いがした。
顔を上げると、部屋の隅に、一人の小柄な老人が座っていた。
紋付袴。白髪と、深く刻まれた皺。だが、その目には驚くほど穏やかで、それでいて強い光が宿っていた。
「夜分に、失礼致します」
老人は、丁寧に言った。
「あなたは……」
「渋沢栄一と申します。武蔵国血洗島の、百姓の出でございます」
凪は、息を呑んだ。
渋沢栄一。第一国立銀行をはじめ、生涯に五百もの企業の設立・育成に関わり、後に「日本資本主義の父」と呼ばれることになる実業家。そして、このおよそひと月後、その生涯を閉じることになっている男。
「なぜ、ここに」
「さて、私にも分かりませぬ」栄一は静かに微笑んだ。「気づけば、この妙な部屋におりました。由井、明智、石田、真田、土方、坂本、大石、楠木、伊能、北斎、芭蕉、玄白、定信、松陰、伊藤、田中――あなたが会うてこられた方々の気配が、なんとなく伝わってまいります。不思議な御仁でございますな、あなたは」
彼は、凪を穏やかに見つめた。
「私は今、飛鳥山の自邸で、病の床に伏しております。十二指腸の病だと、医師は申しております」
「渋沢様……」
「されど」老いた実業家の目に、澄んだ光が宿った。「まだ、書き遺さねばならぬことがございます。それを果たさずして死ぬのは、心残りでございます」
一章 十七度目のたゆたい
その夜、凪は経済史の資料に埋もれながら、考え続けていた。
これまでの十六人には、皆、「死をどう引き受けるか」という、それぞれの重さがあった。
だが渋沢栄一の場合、その重さはまた違う質のものだった。
凪は知っていた。史実では栄一は昭和六年十一月十一日、十二指腸の病により、九十一歳でその生涯を閉じる。生涯に五百もの企業の設立に関わりながら、特定の財閥を築くことをせず、「論語と算盤」――道徳と経済とは両立し得るという思想を、生涯にわたって説き続けた人物である。
だが、その生涯の出発点には、一人の従兄の存在があった。尾高惇忠。栄一より十歳ほど年上のこの従兄は、幼き日の栄一に論語を教え、共に尊王攘夷の志を語り合った同志であった。後に尾高は、明治政府の求めに応じ、日本初の官営模範工場・富岡製糸場の初代場長を務め、日本の製糸業近代化に大きな功績を残す。だが明治三十四年、彼はその生涯を閉じ、栄一のような大きな名声を後世に残すことはなかった。
凪の胸に、一つの問いが浮かんだ。
栄一が最期に書き遺そうとしたのは、本当に「己の実業の道」だけだったのか。それとも、その出発点で共に学び、志を語り合った従兄への想いもあったのではないか。
凪は、暗い天井を見つめた。
「行きます」
呟くと同時に、部屋の空気が震え、資料の匂いが、墨と絹糸の匂いに変わった。
玉響。
世界が、揺れた。
二章 東京・飛鳥山の邸宅
気づくと、凪は飛鳥山にある栄一の邸宅の庭先に立っていた。
秋の紅葉が、庭を鮮やかに彩っている。
凪の身なりは、書生風の羽織姿に変わっていた。
「ごめんください」
庭先にいた書生に声をかけると、彼は驚いた顔で凪を見た。
「渋沢先生に。急ぎお取次ぎを」
「あなたは、どなたですか」
「先生のお導きで参った者です。到着を告げていただければ、通じるはずです」
書生は訝しみながらも、奥へと入っていった。
しばらくして、戻ってきた。
「榊原さんとやら。お上がりください」
この書生こそ、栄一の伝記編纂を手伝っていた、若き学生であった。
三章 栄一の病床
病床の間には、書きかけの原稿と、若き日を振り返るための古い書簡が几帳面に整えられていた。
栄一は、床の中から穏やかな目で凪を見た。
「よう参られました」
「参りました」
「お座りなされ」栄一は静かに言った。「私はこの原稿を書き上げねば、死ぬに死ねぬ思いでございます」
「何を、書き遺そうとしておられるのですか」
栄一は、しばらく黙っていた。
「私の若き日のことを」彼は言った。「特に、従兄の尾高惇忠のことを」
「尾高様は、どのような御方だったのですか」
栄一は、少し目を細めた。
「私に、論語を教えてくれた人でございます」彼は懐かしそうに言った。「あの人がおらねば、私の商いの根には、道徳という支えはなかったでしょう」
四章 名の記されなかった男
その夜、凪は栄一の邸宅の一室で、眠れぬまま過ごした。
栄一の言葉が、頭から離れなかった。
――あの人がおらねば、私の商いの根には、道徳という支えはなかったでしょう。
これまでの十六人は、皆、有限の生の中で何を選ぶかという問いを抱えていた。だが栄一の場合、彼が向き合っていたのは「己の実業の功績をどう語るか」だけでなく、「己を育てた者を、どう後世に伝えるか」という問いであるように思えた。
史実において、尾高惇忠は富岡製糸場の初代場長として、日本の製糸業近代化の礎を築いた人物である。だが、その名は渋沢栄一というあまりに大きな存在の陰に、次第に埋もれていくことになった。
凪はふと思った。
栄一がこれほどまでに己の実業の道を語られる一方で、その出発点にいた尾高への想いは、これまでどれほど世に向けてはっきりと語られてきたのか。
窓の外、飛鳥山の木々のざわめきが、遠く微かに聞こえていた。
五章 血脈と学徒の声
翌日、凪は書斎で古い書簡を整理していた学生と、言葉を交わした。
「尾高惇忠様のことを、先生はどのように語られますか」
「尾高様は……」学生は少し言葉に詰まった。「富岡製糸場の初代場長を務められた御方だと伺っております。ですが、世間ではそのことはあまり知られていないように思います」
その時、奥から声がした。
「榊原殿と申されるか。祖父より伺っております」
振り向くと、栄一の孫、穂積重遠が立っていた。法学者の彼は、見舞いに訪れたところだった。
「重遠殿は、尾高様をどう見ておられますか」
重遠は学生の言葉を受け、亡き父・陳重の言葉を思い出すように目を細めた。
「父からも聞いております。あの御方なくば、渋沢先生の学問の基は成らなかった、と。富岡製糸場での御功績も、日本の近代化にとって決して小さくはございません」
「それは、栄一先生ご自身も認めておられることですか」
「先生は……」重遠は、病床の方向を静かに見つめた。「内心では、誰よりも尾高様への感謝を抱いておられるはずです。ただ、御自身があまりに多くの事業に関わり、世に名を知られる立場になられたことで、若き日の恩人への言葉が、どこか後回しになってきたのでしょう」
凪は頷いた。
「もし、先生が今書いておられる原稿に、はっきりと尾高様への想いを書き記されたら、何か変わると思われますか」
重遠はしばらく考えた。
「変わりましょう。先生のお言葉には、それだけの重みがございます」
学生も、静かに頭を下げた。
六章 夜半の対話
その夜、凪は栄一に呼ばれ、二人だけで病床に残った。
「学生や重遠から聞き申した」と栄一は言った。「あなたが尾高のことを、あれこれ問うておるそうですな」
「差し出がましいことを申し上げました」
「いや」栄一は穏やかな目で凪を見た。「私自身、向き合わねばならぬ角度でございました」
「栄一様は、ご自身の実業の道について、あれほど多くの場で語られてこられました。ですが、尾高様への想いについては、あまり多くを語る場がなかったように見受けられました」
栄一は、しばらく黙っていた。
「私は……」やがて彼は、絞り出すように言った。「尾高の存在を、片時も忘れたことはございませぬ。あの人が論語を教えてくれねば、私はただ金を追うだけの商人になっていたやもしれませぬ。されど、それを世に向けて、はっきりと書き記すことは、商いに身をやつすうち、恩を語る機を逸しておりました」
「なぜですか」
「私自身、あまりに多くの事業に心を奪われて生きてまいりましたゆえ、じゃろうと思います。若き日に受けし恩を、言い遺す暇すら惜しんで働いておりましたのでな」
凪は、深く息を吸った。
「栄一様。あなたは今、ご自身の生涯の意味を、後の世に書き遺そうとしておられます。ですが、もし、その原稿に、ご自身の実業の功績だけを記して終われば、尾高様が育んだものは、あなたの名声の陰に、埋もれたままになってしまうかもしれません」
栄一の目が、微かに揺れた。
「あなたが本当に遺したいものは、ご自身の実業の功績だけでしょうか。それとも、尾高様という、あなたを育てた同志の姿を、次の時代へと、はっきり書き伝えることも含まれているのではないでしょうか」
栄一は、長い間、目を閉じていた。
七章 筆を執る夜
その夜遅く、栄一は床の中から身を起こし、筆を執った。
凪は、その傍らに静かに控えていた。
かすかに漂う墨の香りが、かつて武蔵国血洗島で惇忠の背中を見つめながら論語を読んだ、あの若き日の古い記憶を呼び覚ますようだった。
「尾高は……」栄一は筆を運びながら、呟くように言った。「私に、論語というものを、初めて教えてくれた人でございました。あの人がいなければ、私の商いは、道徳という背骨を持ち得なんだでしょう」
筆先から生まれる文字が、原稿の余白を埋めていった。
「これを、はっきりと書き記しておかねばなりませぬ。富岡製糸場での彼の功績も、共に。私一人の力で、今日の私があるわけではないのですから」
凪は、静かにその確かな筆の動きを見つめていた。
これが、算路か。
道徳と算盤を繋ぐ、もう一本の道。
やがて栄一は筆を置き、深く息をついた。
「これで……ようやく、心残りが、一つ減り申した」
八章 書き遺されたもの
その後、栄一の原稿は静かに書き継がれていった。
史実において、渋沢栄一の伝記資料には、若き日の学問の師として、また富岡製糸場の功労者として、尾高惇忠についての記述が確かに残されている。渋沢自身、生涯を通じて、この従兄への敬意を折に触れて語っていたと伝えられている。
凪は、その事実を知り、静かに思った。
もう一つの結末は、既に、史実そのものの中に静かに息づいていたのかもしれない、と。
終章 もう一つの算路
数日後。
栄一の書斎には、書き上げられた原稿が静かに置かれていた。
その中には、栄一自身の実業への想いと共に、尾高惇忠という一人の恩人の功績が、はっきりと記されていた。
この原稿は、いつか誰かの手によって、次の時代へと受け渡されることになるだろう。
「日本資本主義の父」としてだけではなく、「多くの恩を受け、多くの恩を返した、一人の商人」として。
エピローグ もう一つの光
東京の書斎で、凪は書き上げたばかりの原稿を静かに読み返していた。
窓の外では、晩秋の風が静かに吹いていた。
「あなたが遺したかったのは、ご自身の功績だけではなかったはずです」
凪は、静かに呟いた。
パソコンの画面には、彼が書き上げた物語の、最後の一文が残されていた。
『昭和六年十一月、東京の空は静かに暮れようとしていた。道徳と算盤との両立を説き続けた男は、その最期に、もう一つの光を、次の時代へと書き遺したのである。』
風が吹いた。墨と、絹糸の匂いが、微かにした。
玉響の揺らぎは、今日もまた、静かに続いている。
――了――
Amazon Kindle
あとがき
本作は渋沢栄一の晩年を題材としたフィクションです。渋沢栄一、尾高惇忠、穂積重遠などは実在の人物ですが、物語の展開は著者の創作です。実際に渋沢は昭和六年(一九三一年)十一月十一日、九十一歳で逝去しました。生涯に五百におよぶ企業の設立・育成に関わり、「論語と算盤」の思想のもと、道徳と経済の両立を説いたことで知られています。
尾高惇忠は渋沢の従兄であり、幼少期の学問の師でもありました。後に富岡製糸場の初代場長を務め、日本の製糸業近代化に大きく貢献した人物ですが、渋沢栄一ほどの知名度を得ることはありませんでした。渋沢が生涯を通じて尾高への敬意を抱いていたことは伝記資料からも窺えますが、本作における晩年の対話や心情描写は、著者の創作です。
本作は、前十六作と同じく、「もし介入できたなら」という思考実験として書かれています。
そして、玉響は、いつの時代にも、静かに揺らいでいるのかもしれません。

