道路転生記 〜田中角栄と刻をこえた男〜
玉響転生記・第十六話
まえがき
十五度の邂逅を経て、榊原凪は、また新たな「刻」へと導かれることになった。
伊藤博文との旅で、凪は「憲路」という言葉を得た。今回、彼が得た言葉は「道路」であった。
雪深い故郷に、道を、鉄路を、通そうとした男。
昭和六十年(一九八五年)一月。齢六十六。総理の座を退いて久しく、ロッキード事件の裁判を抱えながらも、なお政界に隠然たる力を持っていた男――田中角栄。「日本列島改造論」を掲げ、貧しい農村に道路と鉄道を通すことに、政治家としての情熱の多くを注いだ男の物語である。
プロローグ 睦月の来訪
東京は、真冬の、凍てつく夜だった。
榊原凪は、五十九歳になっていた。伊藤博文との旅から、半年余りが経っている。
大磯の別邸で、伊藤が井上毅への想いを書き記した、あの筆の動きを、凪は今も思い出す。
書き上げた小説『織り上げられた憲法』は、静かな反響を呼んだ。
その夜、凪は書斎で、古い新聞の縮刷版――日本列島改造論を報じた記事を眺めながら、うたた寝をしていた。
ふと、安煙草と、どこか湿り気を含んだ雪国の匂いがした。
顔を上げると、部屋の隅に、一人の恰幅のよい男が座っていた。
濃紺の背広。太い眉と、精悍な顔つき。だが、その目には、凄まじい執念の裏に、深い疲弊の色が滲んでいた。
「よう、失礼するよ。うん」
男は、低くだみ声で、しかし人懐こく言った。
「あなたは……」
「田中角栄だ。新潟の、西山の生まれよ」
凪は、息を呑んだ。
田中角栄。貧しい農家に生まれ、高等小学校卒の学歴から独学で身を立て、内閣総理大臣にまで上り詰めた「今太閤」。日中国交正常化を成し遂げ、日本列島改造論を掲げた男。そして――このおよそひと月後、その政治生命を、事実上、絶たれることになっている男。
「なぜ、ここにいるんだ、俺は」
「さあな、俺にも分からんよ」角栄は、がらがらと豪快に、しかしどこか力なく笑った。「気づいたら、この妙な部屋にいた。由井、明智、石田、真田、土方、坂本、大石、楠木、伊能、北斎、芭蕉、玄白、定信、松陰、伊藤――あんたが会ってきた連中の気配が、なんとなく分かる。妙な男だな、あんたは」
彼は、扇子をいじるような手つきで、凪をじろりと見た。
「俺は今、目白の家で、毎晩、オールドを舐める程度だ。医者にもう止められてる。……竹下の野郎、最近やけに田中派の若いのと飯食ってるらしいな。俺の目の黒いうちは、好きにはさせんがね」
「田中様……」
「だが」政治家の目に、一瞬、凍てつくような鋭い光が宿った。「まだ、やり残したことがある。それを、やらずに終わるのは、悔しくてたまらん。うん」
一章 十六度目のたゆたい
その夜、凪は新聞の縮刷版に埋もれながら、考え続けていた。
これまでの十五人には、皆、「死をどう引き受けるか」という、それぞれの重さがあった。
だが田中角栄の場合、その重さは、また違う質のものだった。
これまでの人物たちの多くは、自らの死期を、ある程度、悟っていた。だが田中は違う。史実において、彼は昭和六十年二月二十七日、自邸で倒れ、重い脳梗塞を患う。派閥内の不穏な動きによる激しいストレスが、その引き金になったとも言われている。
以後、深刻な言語障害を負い、政治家としての活動は、事実上、不可能となる。肉体の死は、それから八年後の平成五年まで訪れないが、政治家・田中角栄としての「声」は、この日を境に、失われることになるのだ。
田中の生涯には、もう一つ、あまり語られない側面があった。
彼が掲げた「日本列島改造論」は、豪雪地帯であった新潟の故郷に、道路を、トンネルを、新幹線を通した。ロッキード事件によって「金権政治家」の烙印を押された彼の陰で、その公共事業によって、雪に閉ざされる恐怖から救われ、暮らしを変えられた、名もなき人々がいた。
凪の胸に、一つの問いが浮かんだ。
田中が、あとひと月後に迎える「政治的な死」を前に、書き遺すべきものが、あるとすれば――それは、己の政治手法への弁明だけなのか。それとも、その陰で、道路や鉄路によって、静かに人生を変えられた人々への想いも、含まれているのではないか。
凪は、暗い天井を見つめた。
「行きます」
呟くと同時に、部屋の空気が震え、新聞の匂いが、煙草と雪国の匂いに変わった。
玉響。
世界が、揺れた。
二章 東京・目白台の私邸
気づくと、凪は、文京区目白台にある、広大な田中の私邸の庭先に立っていた。
真冬の庭の池には氷が張り、錦鯉が静かに底でじっとしている。
凪の身なりは、書生風の背広姿に変わっていた。
「ごめんください」
庭先にいた秘書に声をかけると、彼は驚いた顔で凪を見た。目元に深い隈がある。先生の言葉尻から次の陳情を先読みする、古参の男だった。
「先生に、お目通り願いたい」
「あんた、何者だい。今日の面会予定には入っていないが」
「先生のお導きで参った者です。到着を告げていただければ、通じるはずです」
秘書は、訝しみながらも、奥へと入っていった。
しばらくして、戻ってきた。
「榊原さんとやら。お上がりください。先生がお待ちです」
三章 角栄の応接間
応接間には、全国の陳情客からの手紙や、地元・新潟からの便りが、山と積まれていた。机の上には、日本列島改造論の構想をまとめた、擦り切れた資料の束が置かれている。
ソファーに深く腰掛けた角栄は、手にしたグラスを置き、鋭い目で凪を見た。
「よう来たな、な、あんた。座れよ」角栄は、ぶっきらぼうに言った。「俺は、雪に閉ざされた故郷を、変えたかった。それだけなんだよ」
「なぜ、そこまで、道路や鉄道に、こだわられたのですか」
角栄は、しばらく黙って、手元のウイスキーの琥珀色を見つめていた。注ぐ手が、微かに震えている。酔いではない。脳の血管が、悲鳴を上げる前兆だった。
「わしの田舎じゃな、冬になると、三メートルも雪が積もって何ヶ月も外界から切り離される。病人が出ても、医者に診せることもできん。昔はな、お産を控えた妊婦を戸板に載せて、男衆が腰まで雪に浸かりながら、命がけで何時間も山を越えたんだ。途中で冷たくなっちまった赤ん坊を、わしはいくつも見てきた。……そんな村を、日本中から無くしたかったんだ。うん」
「今、ご自身の政治を、どう振り返っておられますか」
角栄は、少し目を伏せ、自嘲気味に笑った。
「金がかかりすぎた、と言われる。金権政治だと、ロッキードだと、世間は大騒ぎだ。……だがな、マスコミが何と言おうと、俺があの山をブチ抜いて道を通した村には、今も人が住み、ガキどもの声が響いているんだ」
四章 語られなかった人々
その夜、凪は目白台の私邸の一室で、眠れぬまま過ごした。
角栄の言葉が、頭から離れなかった。
――俺があの山をブチ抜いて道を通した村には、今も人が住み、ガキどもの声が響いているんだ。
これまでの十五人は、皆、有限の生の中で、何を選ぶかという問いを抱えていた。だが田中の場合、彼自身は、自らの「政治的な死」が、ひと月後に迫っていることを、まだ知らない。それでも彼は、腹心の裏切りへの怒りと、止められた酒を舐めながらも、故郷のことを、繰り返し口にしていた。
史実において、田中角栄という名は、日中国交正常化の立役者としても、金権政治とロッキード事件の当事者としても、後世に、色濃く記憶されることになる。だが、彼の政策によって、雪深い山村に道が通り、鉄路が延び、救われた、無数の名もなき人々の存在は、大きな政治史の陰に、埋もれがちであった。
凪は、ふと思った。
田中が、これほどまでに己の政治への批判を、繰り返し語られる一方で、その政治によって、人生を変えられた人々の声は、これまで、どれほど、はっきりと語られてきたのか。
窓の外、東京の夜の静けさが、遠く微かに感じられた。
五章 故郷からの便り
翌日、凪は、応接間で陳情の手紙を整理していた秘書と、言葉を交わす機会を得た。
「新潟からの便りには、どのようなことが、書かれているのですか」
「様々です」秘書は、少し手を止め、愛おしそうに手紙を見つめた。「中には、先生のおかげでトンネルが通り、隣町の病院まで、冬でも一時間で行けるようになりました、おかげで婆様が助かりました、という、年老いた村人からの手紙もあります。不器用な、鉛筆書きの文字ですがね」
「その方のお名前は、世に、広く知られていますか」
秘書は、寂しそうに首を振った。
「いいえ。新聞に載るのは、いつも、事件のことや派閥の権力争いばかりです。あの村人の暮らしのことなど、誰も知りません」
凪は、その言葉の重さを、静かに受け止めた。
「先生ご自身は、それを、どう思っておられるのでしょうか」
秘書は、しばらく黙って、手紙の束を見つめていた。
「先生は、ああした手紙を、一通一通、眼鏡をかけて丁寧に読まれます。ですが……それを、公の場で、はっきりと語られたことは、あまり、ないように思います。語れば『言い訳だ』『美談にすり替えるな』と叩かれるのが、分かっておいでなのでしょう」
六章 地元支持者との対話
その日の夕刻、新潟から上京してきた、田中の強力な後援会、越山会の古参の一人が、見舞いに訪れた。
「榊原殿と申されるか。先生より、伺っております」
「あなたは、あのトンネルが通る前の村を、覚えておいでですか」
古参の支持者は、少し驚いた顔をし、それから遠い目をした。
「よく覚えております。冬になれば、何ヶ月も、外の世界から切り離されておりました。先生が道を通してくださってから、村の暮らしは、まるで変わりました。若いもんが冬でも出稼ぎに行かずに済むようになったんです」
「それは、先生ご自身も、誇りに思っておられることですか」
「先生は……」支持者は、言葉を選びながら言った。「裁判のことや、最近の身内の動きのことで、随分と、辛い思いをしてこられました。ですが、故郷の道のことになると、いつも、誰よりも、嬉しそうなお顔をされます。あれが、あの人の政治の原点なんです」
凪は、深く頷いた。
「もし、先生が、はっきりと、故郷の人々への想いを、今、書き遺されたら――何か、変わると思われますか」
支持者は、しばらく考えた末に、力強く言った。
「変わりましょう。世間がどう言おうと、先生のお言葉には、我々にとって、それだけの重みがございます」
七章 夜半の対話
その夜、凪は角栄に呼ばれ、二人だけで応接間に残った。部屋には、重い沈黙と、ウイスキーの香りが満ちていた。
「秘書やら、越山会の連中から、聞いたよ」と角栄は言った。「あんたが、故郷の村のことを、あれこれ聞いておるそうだな。な、あんた」
「差し出がましいことを、申し上げました」
「いや」角栄は、鋭い目で凪を見た。「俺自身、向き合わなきゃならん角度だったよ。うん」
「田中様。あなたは今、ご自身の政治について、事件のことも含めて、あれこれ語られる場が多くございます。ですが、道を通した村の人々への想いについては、あまり、多くを語る場が、なかったように見受けました」
角栄は、しばらく、黙っていた。
「俺は……」やがて彼は、絞り出すように言った。「あの村の連中の暮らしを、誰よりも、大事に思ってきた。だが、世間は、俺のことを、金をばらまく金権政治家としてしか、見ようとしない。……それに、いつしか、俺自身も、開き直っちまったのかもしれん。どうせ言っても分かりゃせん、とな」
「なぜですか」
「事件のことで、いちいち、弁解するのが、疲れちまったんだよ。それより、ここで酒を舐めている方が、楽だったんだ」
凪は、深く息を吸った。一歩、角栄へと近づく。
「田中様。あなたは今、信頼していた人たちが離れていく予感に、身を焦がしておられます。ですが――もし、故郷の人々への本当の想いを、はっきりと言葉にしないまま、この先、万が一のことがあれば、その想いは、事件の記憶の陰に、完全に埋もれたままになってしまうかもしれません」
角栄の目が、微かに揺れた。
「あなたが本当に大事にしたいものは、政界での己の権力だけでしょうか。それとも――道を通した、あの名もなき人々の暮らしを、次の時代へと、はっきり語り伝えることも、含まれているのではないでしょうか」
角栄は、長い間、目を閉じていた。その呼吸は、どこか荒く、しかし静かに整えられていった。
八章 語られた言葉
その夜遅く、角栄は、秘書を枕元に呼び、一つの覚書を、口述で残させた。
凪は、その傍らに、静かに控えていた。
「あの村の連中は……」角栄は、ゆっくりと、しかし確かなだみ声で言葉を選びながら言った。「新聞にも載らんし、歴史にも残らん。だがな、俺の政治の意味は、あそこにこそ、あったんだ。うん」
秘書の筆が、覚書の余白を、静かに埋めていった。
「これを、越山会の連中、いや、次の時代を生きる奴らに、伝えておいてくれ。道は、俺一人で通したわけじゃない。あの雪深い村の連中が、辛抱強く、暮らし続けてきたからこそ、道を通す意味が、あったんだ、とな」
角栄は、窓の外の闇を見つめながら、最後に小さく呟いた。
「道さえあれば、人は生きていける。国は、人でできているんだからな」
凪は、静かに、その言葉を聞いていた。
やがて角栄は、深く息をつき、満足そうに目を閉じた。
「これで……少しは、気が、済んだよ」
九章 残されたもの
この夜からおよそひと月後、昭和六十年二月二十七日。田中角栄は、激しい政治的激動の最中、目白台の自邸で倒れる。
以後、彼は深刻な言語障害を負い、政治家としての「声」を、事実上、失うことになる。
史実において、田中角栄という名は、日中国交正常化の立役者として、また、ロッキード事件による金権政治の象徴として、賛否両論と共に、後世に語り継がれている。
凪は、その事実を知り、静かに思った。
彼が最後に語った、故郷の名もなき人々への想い――それは、大きな政治史の中では、小さな覚書にすぎない。だが、道が通ったあの村では、今も、確かに、人々の暮らしが、続いている。
終章 もう一つの道路
数年後。
新潟のある山村に、一本のトンネルが、静かに口を開けていた。
かつて、冬になれば、幾月も外界から閉ざされていた村は、今では、隣町の病院にも、学校にも、いつでも行き来ができるようになっていた。
村の古老たちは、時折、雪を見つめながら、若い世代に、あのトンネルが通った日のことを、語って聞かせた。
「金権政治家」としてだけではなく、「あの雪深い村に、道を通してくれた男」として。その男が遺した、「道さえあれば、人は生きていける」という言葉とともに。
エピローグ もう一つの光
東京の書斎で、凪は、書き上げたばかりの原稿を、静かに読み返していた。
窓の外では、真冬の風が、冷たく吹いていた。
「あなたが大事にしたかったのは、政界での力だけではなかったはずです」
凪は、静かに呟いた。
パソコンの画面には、彼が書き上げた物語の、最後の一文が残されていた。
『昭和六十年一月、東京の空は凍てつくように暮れようとしていた。
「道さえありゃ、なんとかなる。うん」
声を失うひと月前、男はそう呟いて、ウイスキーを飲み干した。』
風が吹いた。安煙草と、雪国の匂いが、微かにした。
玉響の揺らぎは、今日もまた、静かに続いている。
——了——
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あとがき
本作は田中角栄の政治家としての晩年を題材としたフィクションです。田中角栄は実在の人物ですが、物語の展開、秘書や後援会員との対話の内容は、著者の創作です。
実際に田中は昭和六十年(一九八五年)二月二十七日に脳梗塞で倒れ、重い言語障害を負い、政治活動が不可能となりました。その後八年の療養生活を経て、平成五年(一九九三年)十二月十六日、肺炎により七十五歳で逝去しています。
田中は、内閣総理大臣として日中国交正常化を実現する一方、「日本列島改造論」を掲げて全国、特に故郷・新潟の交通網整備を強力に推進しました。同時に、昭和五十一年(一九七六年)に発覚したロッキード事件により受託収賄罪で起訴され、昭和五十八年(一九八三年)に東京地裁で有罪判決を受けています。この事件をめぐる評価は、今なお分かれるところであり、本作は特定の評価を下すことを意図していません。
本作における「秘書」「後援会員」は、特定の実在人物をモデルにしたものではなく、創作上の人物です。
本作は、前十五作と同じく、「もし介入できたなら」という思考実験として書かれています。
そして、玉響は、いつの時代にも、静かに揺らいでいるのかもしれません。

