星路転生記
〜伊能忠敬と刻をこえた男〜
玉響転生記・第九話
まえがき
八度の邂逅を経て、榊原凪は、いつも「死」そのものと向き合ってきた。討死、切腹、暗殺、自刃。刃と炎の匂いが、彼の旅には常について回った。
だが今回、彼が導かれた先には、刃も炎もなかった。
あったのは、夜空と、測量の器具と、静かに燃え尽きようとする、一つの命だけだった。
この巻だけは、玉響転生記でありながら、あえて別の名で呼びたいと思う。
星路(みち)――星を測り、その高さから、大地の弧を知る道。
文化十五年(一八一八年)。五十を過ぎてから第二の人生を歩み始め、日本全国を測量し続けた男――伊能忠敬。その生涯最大の仕事、日本地図の完成を目前にしながら、病床に伏すことになる男の物語である。
プロローグ 文化十五年、春浅き来訪
現代の東京は、桜の便りが聞こえ始める頃だった。
榊原凪は、五十三歳になっていた。楠木正成との旅から、半年余りが経っている。
金剛山の山中に姿を消していく正成の背中――忠義を、死によってではなく、生き続けることによって示した男の背中――を、凪はまだ、鮮明に思い出せた。
書き上げた小説『生き続ける忠義』は、これまでの作品の中でも、特に「戦わずして勝つ」という発想に、多くの読者が新鮮な驚きを覚えたようだった。
その夜、凪は書斎のパソコンから目を移し、手元に広げた文化期の日本沿海測量資料や伊能図の写本を眺めながら、うたた寝をしていた。
ふと、墨と紙、そして微かに、潮風の匂いがした。
顔を上げると、部屋の隅に、一人の老人が、静かに座っていた。
羽織姿。年の頃は七十三、四。痩せた体つきだが、その目には、これまで出会ってきたどの男とも違う、不思議な澄んだ光があった。死を恐れる目でも、死を急ぐ目でもない。ただ、遠くの何かを、静かに見つめる目だった。
「夜分に、お邪魔いたす」
老人は、穏やかに一礼した。
「あなたは……」
「伊能忠敬と申す」
凪の呼吸が、静かに整った。これまでの男たちに感じてきた緊張とは、少し違う何かがあった。
伊能忠敬。上総国の名主・酒造家として財を成した後、五十歳で家督を子に譲り、江戸に出て、幕府天文方・高橋至時に弟子入りした男。その後十七年にわたり、日本全国の海岸線を、自らの足で測量し続けた。そして――このおよそひと月半後、その生涯最大の事業、日本地図の完成を見ることなく、世を去ることになっている男。
「なぜ、ここに」
「分からぬ」忠敬は、静かに微笑んだ。「気づけば、この見慣れぬ部屋におった。由井殿、明智殿、石田殿、真田殿、土方殿、坂本殿、大石殿、楠木殿――そなたが会うてきた方々の気配が、微かに感じられる」
彼は、凪をまっすぐに見た。
「拙者は今、深川の家で、病の床に伏しておる。地図は、まだ、できあがっておらぬ」
一章 八度目のたゆたい
その夜、凪は資料に埋もれながら、考え続けていた。
これまでの七人には、皆、「死ぬべきか、生きるべきか」という、鋭い刃の上の選択があった。
だが伊能忠敬の場合、事情はまったく異なる。彼の死は、戦の帰結でも、罰でもない。ただの、老い先短い人間の、自然な病であった。
史実において、忠敬は文化十五年四月十九日(西暦一八一八年五月十七日)、深川の自宅にて没する。享年七十四。彼が生涯を懸けて測量してきた日本地図――『大日本沿海輿地全図』は、まだ完成していなかった。
弟子たちは、この事実を、幕府にも、世間にも、およそ三年間、伏せ続けた。師の死を公にすれば、幕府からの信頼と支援を失い、地図の完成そのものが危うくなる、と恐れたためである。忠敬は、死してなお、生きているものとして扱われ続けた。
正式に地図が完成し、上呈された文政四年(一八二一年)になって初めて、彼の死が公表されたのだ。
この史実を知ったとき、凪の胸に、複雑な思いが去来した。
弟子たちの選択は、師の偉業を守るための、苦渋の決断だったに違いない。だが――忠敬自身は、その「三年間の沈黙」を、望んでいたのだろうか。それとも、自分の死それ自体が、まるで存在しなかったことのように扱われることに、何か、割り切れぬ思いを抱いていたのではないか。
凪は、暗い天井を見つめた。
「行きます」
呟くと同時に、部屋の空気が震え、桜の匂いが、墨と潮風の匂いに変わった。
玉響。
世界が、揺れた。
二章 深川の家
気づくと、凪は、江戸・深川の、静かな路地に立っていた。
隅田川からの風が、心地よく吹いている。忠敬の家は、質素だが、手入れの行き届いた佇まいだった。
凪の身なりは、町人風の羽織姿に変わっていた。
「もし」
門先の弟子らしき若者に声をかけると、彼は怪訝な顔をした。
「忠敬先生に、お目通り願いたい」
「お主、何者か」
「先生のお指図で参った者です。到着を告げていただければ、通じるはずです」
若者は訝しみながらも、奥へと入っていった。
しばらくして、戻ってきた。
「榊原殿とお見受けする。ご案内いたす」
三章 忠敬の病床
病床の間は、地図と天体観測の記録で、埋め尽くされていた。壁には、描きかけの海岸線の図面が、幾枚も貼られている。
忠敬は、床の中から、静かに凪を迎えた。
「よう参られた」
「参りました」
凪が枕元に座ると、忠敬は、天井を見上げながら、ゆっくりと語り始めた。
「拙者は、五十の齢まで、上総の酒造家の当主として生きてきた。一文の狂いも許さぬ商人として、名主として、村を治め、家業を守った。……それだけの人生でも、悪くはなかったろう」
「なぜ、江戸へ出られたのですか」
「星を、測りたかった」忠敬は、目を細めた。「幼き頃より、天体と暦の学問に、憧れておった。だが、家督を継ぐ身として、それを追うことは許されなんだ。……五十になり、ようやく、その夢を、追う番が来た」
「遅すぎる、とは思われませんでしたか」
忠敬は、微かに笑った。
「思うた。だが、拙者には、拙者の刻(とき)があった。他人の刻と比べても、詮無きことじゃ」
彼は、傍らの地図の一枚を、指し示した。
「これが、拙者の第一次測量――蝦夷地の海岸線じゃ。拙者は、まず北へ向かい、そこから南へ、日本の海岸線をすべて、この足で歩いた」
「十七年に渡って、ですね」
「うむ。そして今、地図は、あと少しで完成する。……だが、拙者の体は、それを待ってはくれぬようじゃ」
四章 問いの重さ
その夜、凪は忠敬の家の一室で、眠れぬまま過ごした。
忠敬の言葉が、頭から離れなかった。
――拙者の体は、それを待ってはくれぬようじゃ。
これまでの七人は、皆、「死ぬ間際に、何を選ぶか」という問いを抱えていた。だが忠敬の場合、選択の余地は、もはやない。彼は、確実に、あとひと月半ほどで世を去る。地図の完成を、その目で見ることは、叶わない。
問われるべきは、彼自身の生死の選択ではない。彼の死んだ後、残された弟子たちが、その死を、どう扱うか――ということだ。
史実では、弟子たちは師の死を隠した。それは、地図という「仕事」を守るための選択だった。だが、それは、忠敬という「人間」を、正しく弔うことだったのだろうか。
凪は、これまで出会ってきた男たちの言葉を思い返していた。
「近藤の名誉は、拙者が死ぬことでは、取り戻せぬ」
「あなたの忠義は、四十六人全員が死ぬことでは、なかったはずです」
これらの言葉は、当人自身が「死をどう扱うか」を選ぶ場面で、意味を持ってきた。だが忠敬の場合、その選択は、彼が世を去った後、弟子たちの手に委ねられることになる。
ならば――今、まだ生きている忠敬自身に、その選択について、問うことができるのではないか。
窓の外で、隅田川の水音が、静かに響いていた。
五章 高橋景保との対話
翌日、凪は思わぬ人物と対面することになった。
高橋景保――幕府天文方を継ぎ、忠敬の測量事業を、学術的に支え続けてきた人物である。忠敬の師・高橋至時の息子でもある。
「榊原殿と申されるか。先生より聞き及んでおる」
「景保様、伺いたいことがございます。もし忠敬先生が身罷られたら、地図の事業は、どうなるのでしょうか」
景保の表情が、曇った。
「正直に申せば……案じておる。先生の名は、幕府からの信頼そのものじゃ。先生が亡くなったと知れれば、資金も、人手も、途絶えるやもしれぬ。お上は『人』に金を出すのであって、『事業』に出すのではないからのう」
「では、どうなさるおつもりですか」
景保は、しばらく黙っていた。
「弟子たちの間では――先生の死を、地図の完成まで、伏せておくべきだという声がある」
「景保様は、それに、賛成なのですか」
「賛成、というより……他に道がないように思える。先生の生涯を懸けた仕事を、無に帰させるわけには、いかぬ」
凪は、景保の苦渋に満ちた表情を真っ直ぐに見つめ、その胸中にある師への強い忠実さを深く受け止めながら、静かに、しかし確かな口調で言葉を返した。
「先生の偉業を何としても守り抜きたいという皆様のお覚悟、痛いほど分かります。そのために泥をかぶることも辞さないほどの、深いお気持ちなのでしょう。……ですが、もしその隠し立てがのちに露見した時、先生の名誉にどのような傷がつくか、お考えになりましたか。それ以上に……あなた方が泥にまみれて積み上げてきた数字そのものの価値を、あなた方自身が疑うことになりはしませんか」
景保は、はっとした顔をした。
「そこまでは……考えが及んでおらなんだ」
六章 弟子たちの評定
その日の夕刻、忠敬の弟子たちが、家に集まった。高橋景保をはじめ、尾形慶助、下河辺政五郎ら、測量事業を支えてきた面々である。凪も、末席に加わることを許された。
「先生の御病状、思わしくない」下河辺が、重い声で言った。「万一のことがあれば、如何いたす」
「伏せるほかあるまい」尾形が言った。「地図が完成するまで、先生は御存命ということにしておく。さすれば、幕府からの支援も、途切れずに済む」
「それは、先生を、偽ることになりはせぬか」
凪は、議論の白熱する座一座を見渡し、弟子たちが抱く「事業打ち切りへの恐怖」をその身に感じながら、そっと頭を下げて口を開いた。
「畏れながら、申し上げます。皆様が、何としてでも先生の地図を完成させたい、そのためにあらゆる非難を引き受ける覚悟でおられることは、十分に承知しております。その上で、あえて伺わせてください」
全員の視線が、凪に集まった。
「皆様が本当に信じ、誇るべきは、先生のお名前という権威でしょうか。それとも、命を削って積み上げてきた、この確かな歩みの跡でしょうか」
凪は立ち上がり、壁に貼られた膨大な測量図と、一分の狂いもなく書き込まれた数字の列を指し示した。
「この、針の穴一つ通さぬ正確無比な大地の姿を見て、言い逃れのできる役人がおりましょうか。先生ご自身は、どう思われるでしょうか。ご自身の死が、まるで存在しなかったことのように、三年もの間、扱われることを、望んでおられるでしょうか」
誰も、答えられなかった。だが、その瞳には、技術者としての強いプライドの火が灯り始めていた。
七章 夜半の対話
その夜、凪は忠敬に呼ばれ、二人だけで病床に残った。
「弟子たちから、聞いた」と忠敬は言った。「そなたが、面白い問いを、立てたそうじゃな」
「差し出がましいことを、申し上げました」
「いや」忠敬は、静かに首を振った。「拙者自身、考えたことのない問いであった」
「忠敬様は、ご自身の死を、どう扱ってほしいと、お考えですか」
忠敬は、しばらく、天井を見つめていた。
「正直に申そう」と彼は言った。「拙者は、五十まで商人として、一文の狂いもなく帳簿を合わせて生きてきた。後半生は、一分の狂いもなく星と大地を測ることに費やした。……その拙者の人生の最後の『帳尻』が、死を隠すという偽りで濁されるのは、どうにも座りが悪い。自分の死くらい、正しい数字としてそこに記録しておきたいものじゃな」
「では、どうなさりたいですか」
忠敬は、微かに笑った。
「拙者が死んだことを、隠さず、正直に、弟子たちに伝えてほしい。……ただし、地図の仕事は、続けてほしい。拙者の名によってではなく、拙者が積み上げてきた測量の記録、その正確さそのものによって、幕府の信頼を得られるように」
「それは、可能でしょうか」
「可能かどうかは、分からぬ」忠敬は言った。「だが、拙者は、賭けてみたい。拙者という一人の人間の名声にすがってではなく、拙者たちが積み重ねてきた仕事そのものの価値によって、この地図が、完成されることを」
八章 春の別れ
文化十五年四月十九日(西暦一八一八年五月十七日)。
伊能忠敬は、深川の自宅にて、静かに息を引き取った。
その死は、史実と何ら変わらなかった。ただ一つ、彼の枕元に集まった高橋景保、尾形慶助、下河辺政五郎、そして凪の前で、彼は最後に、こう言い残した。
「拙者の死を、隠すな。拙者が積み上げてきたものを、信じよ」
九章 公表
忠敬の死後、弟子たちは、迷いながらも、師の遺言に従うことを決めた。
景保は幕府に対し、忠敬の隠居および不帰の客となった事実を正直に報告した。突然の巨星の墜落に、当然ながら勘定奉行や老中らの間には大きな動揺と、事業打ち切りの声が広がった。「伊能忠敬という一人の天才がいなくては、これほどの精緻な地図を完成させることなど不可能だ」というお決まりの役人論理であった。
しかし、景保は一歩も引かなかった。彼はこれまで全国から集積された膨大な測量データの正確性を、科学的・実務的に証明する詳細な文書を突きつけた。
「今ここで本事業を止めれば、これまで幕府が投じてきた莫大な御用金と、異国船への国防・沿岸警備の要となる最重要機密データが、すべて水の泡に帰します。我々弟子一同は、すでに先生の手法を完全に受け継いでおり、一分の狂いもなくこれを仕上げる術を持っております。これをお捨てになることこそ、幕府の最大の損失でございます」
実利と国防の論理、そして「嘘を排した誠実さ」に、幕府の実務者たちもついに首を縦に振った。こうして、忠敬の死は公に悼まれながらも、プロジェクトの継続が正式に認められたのである。
終章 大日本沿海輿地全図
文政四年(一八二一年)、忠敬の死から、およそ三年後。
弟子たちの手により、『大日本沿海輿地全図』が、ついに完成した。
地図には、忠敬の名が、事業の創始者として、大きく記された。彼の死が公然の事実として扱われたことで、むしろ、地図の完成は、亡き師への、弟子たちからの、公明正大な報告として、世に迎えられた。
「伏せられた死」ではなく、「悼まれ、引き継がれた死」として。
エピローグ もう一つの星路
東京の書斎で、凪は、書き上げたばかりの原稿を、静かに読み返していた。
窓の外では、桜が、静かに散り始めていた。
「あなたの死は、隠されるべきものではなかった。悼まれ、そして、引き継がれるべきものでした」
凪は、静かに呟いた。
パソコンの画面には、彼が書き上げた物語の、最後の一文が残されていた。
『文化十五年四月十九日、深川の空には、静かな春の光が差していた。星を測り、大地の弧を知った男は、その日、己の死を包み隠すことなく、仕事の価値そのものに未来を託し、静かに、星の彼方へと旅立ったのである。』
風が吹いた。墨と、微かな潮の匂いがした。
玉響の揺らぎは、今日もまた、静かに続いている。
――了――
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【作者注】
本作は伊能忠敬の日本地図作成事業を題材としたフィクションです。伊能忠敬、高橋景保、尾形慶助、下河辺政五郎などは実在の歴史人物ですが、物語の展開は著者の創作によるものです。実際には、伊能忠敬は文化十五年(一八一八年)四月十九日に没しましたが、地図『大日本沿海輿地全図』が完成する文政四年(一八二一年)まで、弟子たちによってその死は伏せられていたとされています。地図には、後に忠敬の名が、事業の創始者として記されました。
本作は、前八作と同じく、「もし介入できたなら」という思考実験として書かれています。
そして、玉響(たまゆら)は、いつの時代にも、静かに揺らいでいるのかもしれません。

