大義転生記
〜楠木正成と刻をこえた男〜


まえがき
七度の邂逅を経て、榊原凪(さかきばら なぎ)は、一つのことを繰り返し思い知らされてきた。
「忠義」や「大義」という言葉は、時に、当人自身の判断を奪う。
玉響(たまゆら)――魂の微かな揺らぎ。
その揺らぎは今度は、南北朝の争乱の世へ、彼を運ぼうとしていた。
延元元年(一三三六年)五月。後醍醐天皇に仕え、河内国・楠木の地から身を起こした武将――楠木正成。奇策と籠城戦をもって鎌倉幕府打倒に最大の功を上げながら、湊川の戦いにおいて、勝ち目のない野戦を命じられ、弟・正季とともに自害することになる男の物語である。




プロローグ 皐月の来訪
東京は、初夏の瑞々しい陽気に包まれていた。
榊原凪は、五十二歳になっていた。大石内蔵助との旅から、半年余りが経っている。
雪の降る江戸の屋敷で、内蔵助が涙を流しながら「あの子は、拙者よりも、よほど、腹が据わっておる」と呟いた声を、凪は今も忘れられずにいた。
書き上げた小説『もう一人の忠臣蔵』は、これまでの作品の中でも、特に静かな支持を得た。「忠義とは、誰のためにあるのか」という問いが、多くの読者の胸に深く突き刺さったようだった。
その夜、凪は資料に埋もれながら、書斎でうたた寝をしていた。
ふと、馬の嘶きと土埃、そして微かな潮の匂いが鼻腔をくすぐった。兵庫の海の匂いだろうか、と凪はぼんやり思った。
顔を上げると、部屋の隅に、鎧姿の男が立っていた。
当世具足とは異なる、古式ゆかしい大鎧。年の頃は四十前後。日に焼けた精悍な顔立ち。だが、その目には、深い諦念と、それでもなお消えぬ思索の光が同居していた。
「夜分に、推参いたす」
男は、静かに一礼した。
「あなたは……」
「楠木正成と申す」
凪の呼吸が、止まった。
楠木正成。後醍醐天皇の倒幕運動に呼応し、赤坂城・千早城での奇策に富んだ籠城戦で、鎌倉幕府の大軍を文字通り翻弄した怪物。建武の新政を支えた最高の忠臣でありながら、足利尊氏の反乱に際し、朝廷の無謀な命によって、勝ち目のない野戦へと赴くことになっている男。
「なぜ、ここに」
「分からぬ」正成は首を振った。「気づけば、この見慣れぬ部屋におった。由井殿、明智殿、真田殿、土方殿、坂本殿、大石殿――そなたが会うてきた方々の気配が、この空間に微かに感じられる」
正成は、静かに凪を見据えた。
「拙者は今、兵庫の陣におる。明日にも、尊氏殿の大軍と、湊川にて雌雄を決することになろう」
「勝算は」
正成は、力なく笑った。
「ない。拙者は、京へ一度退き、帝を叡山へお移しした上で、尊氏の大軍を京の中に誘い込み、東西から包囲して討つべしと上奏いたした。……この策ならば、確実に勝てた。だが――」
彼の顔に、言葉にならぬ苦悩がよぎった。
「その献策は、退けられた」

一章 七度目のたゆたい
正成が消えた後、凪は資料に埋もれながら、夜通し考え続けていた。
正雪、光秀、信繁、歳三、龍馬、内蔵助――それぞれに、己自身、あるいは大切な者の生死を懸けた問いがあった。
だが、楠木正成の場合は、いささか事情が異なるように思えた。
史実において、正成は自らの戦略的判断――京での持久・包囲戦――を朝廷に献策しながら、それを退けられ、兵庫での野戦を命じられる。彼自身、この戦に勝ち目がないことを、誰よりも理解していた。それでも彼は、帝への絶対的な忠義から、その命に従った。
湊川にて足利軍に包囲された正成は、弟・正季とともに、「七生報国(七度生まれ変わっても朝敵を滅ぼさん)」と誓い合い、自害して果てる。
この最期は、後世「大楠公」として、忠義の最高峰と称えられ続けることになる。
だが、と凪は思う。
正成は、正しい戦略を持っていた。それを退けたのは彼自身ではなく、戦を知らぬ朝廷の判断だった。ならば――彼が、その誤った命令に唯々諾々と従い、命を落とす必要が、本当にあったのか。
忠義とは、命令に従って死ぬことなのか。それとも、正しいと信じる道を、たとえ命令に背いてでも貫くことなのか。
凪は、暗い天井を見つめた。
「行きます」
呟くと同時に、部屋の空気が激しく震え、初夏の匂いが、一気に馬と土埃の匂いに変わった。
玉響。
世界が、大きく揺れた。

二章 兵庫の陣
気づくと、凪は瀬戸内の海を一望する丘の上に立っていた。
眼下に広がるのは、楠木勢の陣営。青い空に旗指物が初夏の風にはためいている。だが、遠く海上を見やれば、すでに足利方の無数の軍船が黒い影となって押し寄せていた。
凪の身なりは、旅の修験者風の装いに変わっていた。
「もし」
見張りの武士に声をかけると、彼は怪訝な顔をして刀の柄に手をかけた。
「正成様に、お目通り願いたい」
「お主、何者だ。ここは戦場ぞ」
「正成様のお指図で参った者です。『東京の書斎の者』と告げていただければ、必ず通じるはずです」
武士は訝しみながらも、そのただならぬ雰囲気に気圧され、奥へと駆けていった。
しばらくして、案内の者が血相を変えて戻ってきた。
「榊原殿とお見受けする。正成様がお待ちだ、ご案内いたす」

三章 正成の陣屋
陣屋は、質実剛健を絵に描いたような作りだった。薄暗い堂内には、詳細な地図と、書きかけの上奏文の写しが文机に広げられている。
正成は地図を見つめていたが、凪が入ると顔を上げた。
「よう参られた、榊原殿」
「参りました、正成様」
「座ってくれ」正成は静かに言った。「明日には、決着がつく。……いや、決着というほどのものでもないな。拙者の負けは、初めから決まっておるのだから」
「京での持久戦を、頑なに拒まれたのですね」
「うむ」正成は頷いた。「帝を比叡山へお移しし、尊氏の大軍を京の中へ誘い込む。そこを、新田殿の軍と拙者の軍とで、南北から挟み撃ちにする。……この策以外に、この戦況を覆す道はなかった」
「なぜ、退けられたのですか」
正成は、重い息を吐き出した。
「坊門宰相清忠(ぼうもん さいしょう きよただ)殿をはじめとする公家衆が、帝を再び都から落とすことを、良しとされなんだ。帝の御威光に傷がつく、とな。……戦の理(ことわり)よりも、体面が優先されたのだ」
「それでも、あなたは、その愚策に従われるのですね」
正成は、長い沈黙のあと、胸の奥底から絞り出すように答えた。
「拙者は、帝に忠義を誓うた身じゃ。その忠義が、拙者自身の戦略眼よりも、優先されねばならぬ時がある。……それが今なのだと、自分に言い聞かせている」

四章 問いの重さ
その夜、凪は陣屋の隅で、眠れぬまま夜空を見上げていた。
正成の言葉が、呪縛のように頭から離れなかった。
――拙者自身の戦略眼よりも、優先されねばならぬ時がある。
これまで出会ってきた男たちは皆、己自身の意志と、外からの圧力との間で揺れていた。だが、楠木正成の場合、彼自身の判断はすでに完璧に定まっている。「京での持久戦こそが正しい」と。にもかかわらず、彼はそれが退けられたという理由だけで、誤った命令に従い、死地へ向かおうとしている。
これは本当に忠義なのか。それとも――大義という名の「思考の放棄」ではないのか。
凪は、かつて出会った明智光秀の言葉を思い出していた。
『拙者は、いずれ殺されるかもしれぬ。だが、己の心を裏切ることだけは選ばぬ』
正成にとっての「己の心」とは、何なのか。戦略家としての正しい瞳か、それとも、帝への絶対的な盲従か。
もし、その二つが真っ向から対立してしまったとき――彼は、どちらを選ぶべきなのか。
暗闇の向こうで、寄せては返す波音が、まるでタイムリミットを刻むように響いていた。

五章 桜井の別れ、ふたたび
翌朝、凪は正成が息子・正行(まさつら)に宛てて書いた文を、偶然目にする機会を得た。
正行は、この兵庫への出陣に先立ち、桜井の駅にて、正成から故郷・河内へ帰るよう諭されていた。当時、わずか十一歳。
「息子様は、すでに故郷へお帰しになったのですね」
「うむ」正成は優しく目を細めた。「あの子には、生きて、この先の世を見てほしい。父に殉ずることだけが忠義ではない。生き延び、いつか帝のために真に働くことこそが、真の忠義じゃと伝えた」
凪は、その言葉に、かつて我が子・主税を戦場へ送り出した大石内蔵助の姿を重ねた。そして、真っ直ぐに正成を見据えた。
「正成様。あなたは、正行様には『生きよ』と説かれた。ならば――なぜ、ご自身には、その言葉を当てはめられないのですか」
正成は、はっとした顔で凪を見た。
「拙者自身に……?」
「あなたは、勝つための正しい戦略を持っておられる。それが退けられたからといって、あなたがここで犬死にすることは、本当に帝への忠義になりますか? それとも――泥をすすってでも生き延びて、いつか再び、正しい戦略をもって帝の軍を勝利に導く機会を待つことこそが、正行様に説いたのと同じ『真の忠義』ではないのですか」
正成は、落雷に打たれたかのように硬直したまま、長い間、答えることができなかった。

六章 坊門清忠との対話
その日の昼過ぎ、凪は陣屋の天幕で、思わぬ人物と対峙することになった。
坊門清忠――正成の持久策を真っ向から退けた、朝廷の公家である。彼は監軍として、この兵庫の陣に同行していた。
「榊原殿と申されるか。正成殿より、妙な旅の者がいると聞き及んでおる」
烏帽子を被り、戦場には不釣り合いな直衣を纏った清忠は、傲然と言い放った。
「清忠様、お伺いしたいことがございます。なぜ、正成様の献策――京での持久戦――を退けられたのですか」
清忠は、不快そうに眉をひそめた。
「しつこいな。武士風情はすぐに戦の勝ち負けの次元で物を見る。帝を再び都からお移しすることなど、あってはならぬのだ。帝の御威光に、傷がつく」
「しかし、正成様の策ならば、確実に足利を討てた」
「戦とは、勝てば良いというものではない!」清忠は苛立たしげに扇子で机を叩いた。「帝の御威光を守ることこそが何よりも肝要じゃ。それに……」
清忠の目に、冷徹な計算の光が宿る。
「正成殿ほどの天下の忠臣が、帝の御下命に従い、身命を賭して戦う。たとえここで散ろうとも、その壮絶な最期こそが、他の日和見の武将たちへの何よりの『示し』になろう。朝廷の権威を担保する、不滅のプロパガンダとなるのだ」
凪の胸の内に、猛烈な怒りが湧き上がった。一歩前に踏み出し、清忠を鋭く睨みつける。その眼光には、これまで幾多の英雄の生死を見届けてきた重みがあった。
「『示し』、ですか」
凪の声は、低く、しかし冷徹に響いた。
「一人の人間の命を、それも国を救いうる不世出の知将の命を、ただの飾りにするおつもりか。……あなた方が守ろうとしているのは、帝の御威光ではない。御威光という盾の裏に隠れた、あなた方自身の保身と体面だ。生きた知略を殺し、死んだ美談を欲しがる者に、国を治める資格などない!」
「な、何だと……! 無礼者!」
清忠は顔を真っ赤にして立ち上がったが、凪の凄まじい気迫に圧され、それ以上言葉を続けることができなかった。

七章 弟・正季との対話
その夜、凪は篝火の傍らで刀を研いでいる正成の弟・正季(まさすえ)を訪ねた。
正季は豪胆な武人で、兄とは対照的に、迷いのない目をしていた。
「榊原殿とやら。兄上に、昼間から何を吹き込んでおる」
「吹き込んでなどいません。ただ、問いを立てているだけです」
「問い、だと?」
「正成様が、本当にこの湊川の地で死ぬことを、望んでおられるのか、です」
正季は手を止め、じっと凪を見つめた。
「兄上は、拙者にこう申された。『たとえ勝ち目がなくとも、帝の御下命とあらば赴かねばならぬ。それが武士の生き様じゃ』と。拙者は、兄上とともに死ぬことに、一片の迷いもない」
「正季様」凪は一歩近づいた。「本当に、それで悔いはありませんか。正成様ほどの知将が、このような犬死にを遂げることを、最も惜しいと思っているのは、あなたではないのですか」
正季は視線を落とし、研ぎ澄まされた刀身を見つめた。しばらくの沈黙の後、ぽつりと言った。
「……兄上は、赤坂城、千早城にて、寡兵をもって大軍を翻弄した。あの、敵の裏をかき、嘲笑うかのような戦い方こそ、兄上の真骨頂じゃ。野に出て、正面から大軍にぶつかって玉砕するなど……兄上らしくない。そう思わぬと言えば、嘘になるな」

八章 夜半の対話
深い夜、凪は正成に呼ばれ、二人だけで静まり返った陣屋に残った。
「拙者は、迷うておる」と正成は言った。
「何を、ですか」
「そなたの言葉、そして正行へ残した己の言葉を思い返しておった。……拙者は、帝への忠義を『命令通りに死ぬこと』でしか示せぬと、思い込んでおっていたのかもしれぬ。だが、赤坂城や千早城での泥臭い戦いを思えば、拙者の真の忠義は、華々しく散ることではなく、生き延び、知略を尽くして、いつか帝に真の勝利を捧げることにあるのではないか、と」
「もし、そう思われるなら」
「だが」正成は顔を曇らせた。「清忠殿の命、すなわち朝廷の命に表立って背くわけにはいかぬ。それは朝廷の秩序そのものを崩壊させる」
凪は、深く息を吸い込んだ。
「正成様。命令に背くことと、戦い方を工夫することは違います。あなたは正面からの力比べではなく、地の利と奇策をもって大軍を翻弄してきたはずだ。この湊川でも、あなた自身の戦い方ができるはずです」
正成の目に、かつて幕府軍を震撼させた鋭い光が宿った。
「拙者自身の、戦い方……」
「野戦で真正面からぶつかり、全滅することだけが命令に従う道ではないはずです。命じられた通り兵庫で足利を迎え撃ちつつも、あなた自身の知略で、全員が生きて撤退する道を構築することは不可能なのですか」
正成の口元に、不敵な笑みが浮かんだ。
「……できるな。いや、拙者にしかできぬわ」

九章 湊川の采配
翌朝、延元元年五月二十五日。
湊川の地は、両軍の軍勢で埋め尽くされていた。足利尊氏率いる圧倒的大軍に対し、楠木勢はあまりにも寡兵。
正成は、兵たちを前に、静かに采配を執った。
「これより、兵庫にて足利勢を迎え撃つ! だが――正面からの力比べは一切せぬ!」
将兵の間に、微かなどよめきが走る。
「兵を三手に分ける。一手は湊川沿いに陣を張り、敵を正面から受け止める構えを見せよ。だが、深追いは厳禁だ。偽りの本陣を作り、我が身代わりの鎧をつけた案山子を大量に並べ立てよ。敵が『正成を包囲した』と歓喜し、突撃してきた瞬間――」
正成は全軍を見渡した。
「全軍、山の手へと退き、金剛山へ向けて撤退する!」
老練な将の一人が、驚愕の声を上げた。
「殿! それは……敵前逃亡と見られはしませぬか! 忠臣の名が廃ります!」
「見られよう! 罵りたければ罵るが良い!」
正成は、腹の底から響く声で言い放った。
「拙者は、帝への忠義を、この場で死ぬという自己満足でのみ示すつもりはない! 生き延び、金剛山の地の利を頼り、幾度でも泥にまみれて蘇り、いつか必ず朝敵・足利尊氏を討つ! それこそが、拙者の真の忠義じゃ!」
「兄上、これが俺たちの真の誓いですな」
正季が隣で不敵に笑った。正成は力強く頷く。
「うむ。死んで生まれ変わるのではない。この命がある限り、七度でも、何度でも蘇って戦い続ける。これぞ、我らの『七生報国』よ!」
史実であれば、この日、楠木正成・正季兄弟は足利軍に包囲され、民家にて凄絶な自刃を遂げるはずだった。
だが、もう一つの結末では――。
足利勢が「正成の本陣」へと怒涛の勢いで突撃した時、そこにいたのは無数の案山子と空の天幕だけだった。完全なる欺瞞戦術によって時間を稼がれた足利軍が混乱している隙に、楠木勢の本隊は、一人の犠牲者も出すことなく山の手へと鮮やかに撤退していたのである。
正成・正季、そして生き残った将兵たちは、夜陰に紛れて、河内・金剛山方面へと悠然と落ち延びていった。

終章 金剛山の抵抗
それから数年、楠木正成は、金剛山の千早城を拠点に、地の利を徹底的に活かしたゲリラ戦を続けたと伝えられる。
湊川で名誉の討死を遂げたという「大楠公」の美談が、後世に広まることはなかった。その代わりに、彼は「生きて幾度も蘇り、権力者を震撼させ続けた不屈の智将」として、河内の山中で、畏怖と敬意を込めて静かに語り継がれることになる。
後醍醐天皇が崩御した後も、成長した息子・正行が父のもとに合流し、二代にわたって不屈の抵抗を続けたという。
「七生報国」の誓いは、自刃による美化ではなく、泥臭く生き続けることによって、真に体現されたのだった。

エピローグ もう一つの忠義
東京の書斎で、凪は、書き上げたばかりの原稿を静かに読み返していた。
窓の外では、初夏の風が、鮮やかな緑の匂いを運んでいた。
「あなたの忠義は、命令通りに死ぬことでは、なかったはずです」
凪は、画面の向こうの英雄に語りかけるように、静かに呟いた。
パソコンの画面には、彼が書き上げた物語の、最後の一文が静かに明滅していた。
『延元元年五月二十五日、兵庫の海は、どこまでも凪いでいた。知略の将は、その日、忠義を死によってではなく、生き続けることによって示す道を選び、山深く、静かに姿を消したのである。』
カーテンが大きく揺れ、柔らかな風が吹き抜けた。潮の匂いが、微かに、確かにした。
玉響の揺らぎは、今日もまた、世界のどこかで静かに続いている。

――了――


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【作者注】
本作は南北朝時代・湊川の戦いを題材としたフィクションです。楠木正成、正季、正行、坊門清忠などは実在の歴史人物ですが、物語の展開は著者の創作によるものです。
実際の湊川の戦い(延元元年、一三三六年五月二十五日)では、楠木正成は足利尊氏の大軍に敗れ、弟・正季とともに「七生報国」を誓い、自刃したとされています。この最期は「大楠公」として、後世長く忠義の象徴として語り継がれています。
本作は、前七作と同じく、「もし介入できたなら」という思考実験として書かれています。
そして、玉響(たまゆら)は、いつの時代にも、静かに揺らいでいるのかもしれません。