残心転生記
〜石田三成と刻をこえた男〜
まえがき
『玉響転生記』を書き終えたあと、私は榊原凪という男を、もう一度呼び戻したいと思うようになった。
由井正雪。明智光秀。二人の男に共通していたのは、「歴史の敗者」でありながら、その内側に、単純な悪や単純な野望では割り切れない何かを抱えていたことです。
そして、もう一人。
日本史上、もっとも「嫌われた」男がいます。豊臣家への忠義ゆえに、多くの武将から疎まれ、戦下手と嘲られ、そして敗れた男。
石田三成。
彼もまた、玉響に呼ばれたのかもしれません。
これは、丹波の一夜から、さらに数年後の物語です。
プロローグ 関ヶ原前夜
東京の秋は、静かに深まっていた。
榊原凪は、五十二歳になっていた。
丹波の夜から、七年が経っていた。彼の書いた小説——明智光秀を描いたあの一冊——は、静かなロングセラーとなっていた。歴史の見方を変えた本だ、と評する者もいた。
凪自身は、その評価に戸惑いながらも、次の題材を探すことなく、穏やかに日々を過ごしていた。
もう、玉響は訪れないのだろう、と思っていた。
その夜、彼は書斎で古い甲冑の写真集を手に取っていた。理由はない。ただ、何かに呼ばれるように。
窓の外で、遠くの音が聞こえた。
馬のいななき。陣太鼓。夥しい数の人の気配。
凪は顔を上げた。
部屋の隅に、男が立っていた。
地味な具足に身を包み、面長で、神経質そうな、しかし鋭い目をした男だった。歳の頃は四十前後。疲労と、それを上回る強い意志が、その顔に同居していた。
「夜分に、御免」
声は、硬質で、几帳面な響きを持っていた。
「あなたは……」
「治部少輔、石田三成」
凪の記憶が、瞬時に巡った。
石田三成。豊臣秀吉の忠実な奉行として辣腕を振るい、秀吉の死後、徳川家康に対抗して西軍を組織し、そして慶長5年9月15日、関ヶ原にて敗れた男。戦下手、傲慢、人望なし——後世、そう酷評され続けてきた人物。しかし近年では、豊臣家への忠義に篤い、生真面目な文治派官僚として、再評価も進んでいた。
「なぜ、ここに」
「分からぬ」と三成は答えた。「気づけば、この部屋におった。そなたの書いた明智殿の物語、拙者も——いや、これは妙な言い方じゃな。まだ拙者は、それを読んではおらぬ」
三成は、静かに部屋を見渡した。動じない目だった。むしろ、観察し、分析している目だった。
「そなたが、光秀殿や由井殿を助けた者か」
「……はい」
「ならば、頼みがある」
三成は、一歩前に出た。
「拙者は今、大垣におる。明日、あるいは明後日、関ヶ原にて、家康と雌雄を決する。時が、乱れておる」
「関ヶ原……」
「そなたに、来てほしい。拙者の陣に」
「私に、何ができるのですか」
三成は、少し間を置いた。
「分からぬ。ただ、拙者には今、誰かに問うてほしいことがある。それが何か、拙者自身にも、まだ分からぬのだ」
彼は静かに頭を下げた。
「一夜、考えてくれ」
そして、彼の姿は闇に溶けた。部屋には、硝煙と、馬の汗のにおいだけが、微かに残っていた。
一章 三度目の揺らぎ
凪は、その夜も眠れなかった。
由井正雪、明智光秀、そして今度は石田三成。
三人には、共通点がある。誰もが「歴史の敗者」であり、その敗北の理由を、後世の人間が単純化して語ってきた。正雪は「愚かな反乱者」、光秀は「恩知らずの謀反人」、そして三成は「戦下手で人望のない官僚」。
しかし凪は、既に知っていた。単純な物語の裏には、必ず複雑な人間がいる。
三成の場合、彼が呼んだ理由は、何だろうか。
光秀とは違う。三成には、迷いがないように見えた。忠義という、揺るぎない軸があるように見えた。
では、彼は何を問われたいのか。
凪は、朝までかけて考えた。そして、ひとつの仮説に辿り着いた。
三成が恐れているのは、おそらく「決断」そのものではない。
彼が恐れているのは、負けたあとに何が残るか、ということではないか。
朝が来た。
凪は、窓を開けた。秋の冷たい風が入ってきた。
「行きます」
その言葉とともに、世界が震えた。玉響。三度目の揺らぎだった。
二章 大垣の陣
気づくと、凪は陣中にいた。
夜だった。無数の篝火が、暗闇の中で揺れていた。具足を着けた兵たちが、慌ただしく行き交っていた。緊張が、空気そのものを重くしていた。
凪は、自分の服装を確認した。今回も、最初から具足姿だった。
一人の武将が、彼に気づいて近づいてきた。鋭い眼光を持つ、屈強な男だった。
「そなたが、榊原殿か」島左近と名乗ったその男は、値踏みするように凪を見た。「殿がお呼びじゃ。妙な男を連れてくるとは思わなんだが……まあよい、参れ」
左近に案内され、凪は本陣の天幕に入った。
三成は、地図を前に、じっと座っていた。傍らには、頭巾で顔を覆った、痩せた武将がいた。目の周りに、包帯のようなものが巻かれている。
「大谷刑部殿だ」と三成が紹介した。「拙者の、数少ない真の友じゃ」
大谷吉継——業病を患いながらも、三成の盟友として西軍に加わった武将。凪は、その名を知っていた。
「榊原殿と申されるか」吉継の声は、穏やかだった。「治部殿から聞いておる。未来より来た者、と」
「はい」
「面白い世になったものよ」吉継は、微かに笑ったようだった。「して、榊原殿。未来の史書は、この戦をどう記しておるのか」
凪は、答えに詰まった。
三成が、静かに言った。
「良い。正直に申せ」
凪は、深呼吸をした。
「明日——いえ、もう今日かもしれません。関ヶ原にて、東西の軍が激突します。西軍は数において優っています。しかし……」
「しかし?」
「小早川秀秋様の裏切りにより、西軍は総崩れとなります。あなたは敗走し、後日、捕らえられて処刑されます」
天幕の中に、沈黙が落ちた。
三成は、表情を変えなかった。ただ、目を閉じた。
吉継が、静かに言った。
「秀秋、か。やはりのう」
「ご存じだったのですか」と凪は聞いた。
「疑うておった」吉継は答えた。「あの若造の目は、定まっておらぬ。松尾山に布陣させたこと自体、拙者は危ういと申し上げた」
三成が、目を開けた。
「分かっていて、なぜ止めなかったのですか」と凪は問うた。
「止められなんだからじゃ」三成の声は、静かだが、鋭かった。「西軍には、大将が必要だった。毛利輝元殿は動かず、他に担げる者がおらぬ。秀秋を疑うても、代わりがおらぬのだ」
三章 三成の本陣
夜が更けても、三成は眠らなかった。
凪は、彼と二人きりで、天幕の中に残った。
「榊原殿」と三成は言った。「そなたに問う。拙者は、なぜここにおると思う」
「豊臣家への、忠義のためではないのですか」
「うむ、それはある」三成は頷いた。「太閤殿下には、拙者は取り立てていただいた恩がある。近江の一介の小者から、奉行にまで引き上げていただいた」
「では——」
「だが、それだけではない」三成は、凪を見た。「拙者は、家康を憎んでおる。あの男が、太閤殿下の遺言を踏みにじり、天下を我が物にしようとしておることが、許せぬ」
「憎しみ、ですか」
「憎しみと、忠義と……」三成は言葉を探した。「——意地じゃ」
「意地?」
「拙者は、戦下手と言われておる。武功のない、ただの帳面付けじゃと。加藤清正、福島正則、そういった歴戦の将たちに、そう蔑まれてきた。ここで退けば、拙者はただの、口先だけの官僚として歴史に残る」
三成の目に、初めて、迷いのようなものが浮かんだ。
「拙者は、負けることが恐ろしいのではない」と彼は言った。「負けたあと、拙者の忠義そのものが、無意味だったと断じられることが、恐ろしいのだ」
凪は、その言葉を、静かに受け止めた。
「治部少輔様。もう一つ、伺ってもよろしいですか」
「申せ」
「もし、負けると分かっていたら——それでも、戦われますか」
三成は、長い間、答えなかった。
やがて、彼は言った。
「分からぬ。ただ、ここまで来て退くことは、拙者にはできぬ。多くの者が、拙者を信じてついてきておる。今さら、退けと言えるはずがない」
「では、問いは、戦うか退くかではないのかもしれません」
「なんじゃと」
「負けたあと、あなたがどう在るか、ということかもしれません」
三成は、凪の顔を見つめた。
外で、鶏が鳴いた。夜明けが、近づいていた。
四章 決戦
九月十五日、朝。
深い霧が、関ヶ原の盆地を覆っていた。
凪は、三成のすぐ後ろで、戦の推移を見守った。開戦は、思いのほか、西軍優勢に進んだ。島左近の奮戦、大谷隊の踏ん張り。霧が晴れる頃には、東軍の一部が押されているようにさえ見えた。
しかし、正午近く。
松尾山の方角から、銃声が轟いた。
小早川秀秋の軍が、動いた。
東軍にではない。西軍——大谷吉継の陣に向かって。
裏切りだった。
凪は、三成の顔を見た。三成は、動かなかった。まるで、初めからそれを知っていたかのように、静かにその光景を見つめていた。
「刑部殿……」三成の口から、小さく漏れた。
その声は、戦場の喧騒に掻き消された。だが凪には聞こえた。友を失う男の、最初で最後の慟哭だった。
大谷隊は、寡兵ながら、奮戦した。しかし、小早川の裏切りに呼応するように、脇坂安治、朽木元綱ら諸隊も次々と東軍に寝返った。西軍の一角が、瞬く間に崩壊していった。
「殿」島左近が、血に汚れた顔で天幕に駆け込んできた。「もはや、これまでにございます。お退きくだされ!」
三成は、動かなかった。
「左近、そなたは——」
「拙者はここで、殿の御退去の時を稼ぎまする!」左近は叫んだ。「行ってくだされ! 生きて、殿!」
三成の目に、初めて、激しい感情が浮かんだ。
「左近……」
「行けと申しておる!」
三成は、拳を握りしめた。そして、凪を見た。
「榊原、共に参れ」
二人は、乱戦の中を、駆け出した。
五章 伊吹山
三成は、伊吹山中へと逃れた。
数日間、山中をさまよった。従う者は、わずかだった。凪は、影のようにその傍らにあり続けた。
ある夜、洞窟のような岩陰で、三成はうずくまっていた。飢えと疲労で、その顔は土気色になっていた。
「榊原よ」と彼は、掠れた声で言った。「なぜ、拙者はまだ、生きておるのだろうな」
「治部少輔様」
「左近は死んだ。刑部殿も、自ら命を絶たれたと聞く。多くの者が、拙者のために死んだ。それなのに、拙者だけが、こうして山中を這い回っておる」
「生きることは、恥ではありません」
「恥だとも!」三成の声が、初めて荒れた。「武士として、潔く自害すべきであろう! このまま生き延びて、捕らえられ、市中を引き回され、晒し首にされる——それが、拙者にふさわしい末路か!」
凪は、彼の目を見た。
「治部少輔様。かつて、明智光秀という方に、私はこう申し上げました。『生きて訴え続けることこそ、最大の武士道だ』と」
「光秀殿に、そう申したのか」
「はい。そして光秀殿は、生きることを選ばれました」
三成は、しばらく黙っていた。
「拙者は、光秀殿とは違う」と彼はやがて言った。「拙者には、訴えるべきものが、はっきりとある」
「それは、何ですか」
「拙者の忠義は、決して私欲ではなかった、ということじゃ。戦下手だ、人望がないと嘲られようと、拙者は太閤殿下の御恩に報い、豊臣家のために戦った。それだけは、誰にも否定させぬ」
三成の目に、光が戻っていた。
「ならば」と凪は言った。「生きて、それを語ってください。死んでしまえば、あなたの言葉は、誰にも届きません」
六章 選択
三成は、その夜、長い沈黙のあと、口を開いた。
「榊原よ。拙者は、腹を切るまい」
「……はい」
「多くの者が、拙者を臆病者と呼ぶだろう。戦に負け、山中で捕らえられ、無様に生き延びようとした男、と」
「それでも、生きるのですね」
「うむ」三成は、静かに頷いた。「拙者が死ねば、拙者の忠義は、拙者と共に消える。だが、生きて捕らえられ、たとえ晒し首になろうとも、拙者の言葉が誰かの耳に届くなら——それは、無駄ではない」
彼は、凪をまっすぐに見た。
「榊原よ。もし拙者が捕らえられ、処刑の前に柿でも勧められたら、拙者は『体に障る』と断るつもりじゃ」
「……命を落とす間際に、ですか」
「周囲の者は嘲笑うだろう。『死ぬ者が今さら体を気にしてどうする』と」
三成は、微かに——本当に微かに——笑った。
「だが、大志を持つ者は、最後の一瞬まで己の命を大事にするものよ。最後まで生きる意志を捨てぬ。それが、拙者なりの、意地というものよ」
凪は、その言葉の意味を、深く理解した。
死を望まれてなお、最後の瞬間まで、生きることを選び続ける。それこそが、三成という男の、静かな抵抗だった。
夜明けが近づいていた。山の稜線が、白く浮かび上がり始めていた。
「治部少輔様」と凪は言った。「あなたの物語を、私は書き残します」
「戦下手の、負け犬の物語をか」
「忠義を貫いた男の物語です」
三成は、長い間、凪を見つめていた。
「良い」と彼は言った。「そなたに、任せよう」
そのとき、麓から、人の気配がした。追手だった。
三成は、静かに立ち上がった。逃げようとはしなかった。
「行け、榊原」と彼は言った。「そなたの時代へ」
世界が、大きく揺らいだ。
エピローグ 生きて候
気づくと、凪は自室の床に座り込んでいた。
窓の外は、まだ夜だった。
彼は、しばらく動けなかった。
やがて、パソコンの前に座り、新しいファイルを開いた。
数ヶ月後、凪は一冊の本を書き上げた。
史実では、石田三成はその後、伊吹山中で村人に捕らえられ、京へ送られた。市中を引き回され、六条河原にて斬首された。享年四十一歳。処刑に臨んでも、彼は取り乱すことなく、堂々とした態度を崩さなかったと伝えられている。
凪は、その史実を、一切変えなかった。
変えられるはずもない、と彼は思っていた。歴史の大きな流れは、たった一人の意思では、動かせない。
しかし、と彼は書いた。
三成が最期まで見せた、あの奇妙なまでの生への執着——処刑直前に勧められた柿を「体に毒だから」と拒んだという、あの有名な逸話——それは、命を惜しんだ臆病さの証などではない。最後の一瞬まで、自らの大志と信念を証明し続けようとした、一人の男の、静かな戦いだったのではないか。
凪は、原稿の最後に、こう記した。
『負けることは、恥ではない。負けたあとも、自らの言葉を手放さぬこと——それこそが、この男の、誰にも奪えなかった勝利であった』
風が吹いた。硝煙のにおいは、もうしなかった。
しかし凪の胸の奥には、三度目の玉響が、静かに、確かな熱を持って残り続けていた。
——了——
Amazon Kindle
【作者注】
本作は関ヶ原の戦いを題材としたフィクションです。石田三成、大谷吉継、島左近などは実在の歴史人物ですが、物語の展開は著者の創作によるものです。実際の関ヶ原の戦い(慶長5年9月15日、1600年)では、小早川秀秋らの寝返りにより西軍は敗北し、三成は伊吹山中に逃れたのち捕縛され、京の六条河原にて処刑されました。処刑直前に「体に毒だから」と柿を断ったという逸話は、実際に伝わる史実(伝承)に基づいています。
前2作と異なり、本作では歴史の結末そのものは変えていません。玉響は、時に大きな分岐を生み、時に、ただ一人の男の内側だけを、静かに揺らすのかもしれません。

