右足から始める男 完全版
まえがき
「あなたの『なんとなく』に、名前をつける本です」
駅の階段を降りる時、数歩手前から歩幅を調整したこと、ありませんか。
シャツは右腕から、ズボンは左足からじゃないと落ち着かない。
メールの「よろしくお願いいたします」は三回書かないと送信できない。
根拠はない。意味もない。
でも、それを破った日は、世界が0.5秒ズレる気がする。
この物語は、そんな「なんとなく」に支配されてきた男・田中誠一の話です。
右足から階段を降りたい。ただそれだけの男が、呪いをお守りに変えて、道具にして、最後は娘に渡すまでの、四十年の記録。
読んだ後、あなたはきっと自分の足元を見る。
そして、ふっと笑う。
それでいい。それがこの本の目的です。
どの足からでも、どこへでも、行ける。
そんな当たり前を、思い出すために。
なんとなく文庫編集部
右 足 か ら 始 め る 男 第一巻
〜 あるいは、人生を支配する小さな儀式について 〜
著:なんとなく文庫
第一章 啓示は駅の階段で訪れた
田中誠一、四十三歳。
大手食品メーカーの経理部に勤めて十八年。趣味は特になし。特技も特になし。強いて言えば、エクセルの関数を組むのがやや得意であることと、もうひとつ——
階段を上がる前に、最初の一歩が右足か左足かを、数メートル手前から看破できる、という謎の才能があった。
これは本人が最初に気づいたのは中学三年の春のことだった。
通学路にある歩道橋。毎朝渡るそれを、ある朝なんとなく眺めていたら、ふと思った。
「……左足からになりそうだな」
著者も実際、左足から上り始めた自分がそこにいた。
翌朝も、翌々朝も。田中少年は確信した。俺には才能がある、と。
もっとも、その才能が何かの役に立ったことは、三十年間、ただの一度もなかった。
就職面接でその話をしたら、面接官が静かに次の質問へ移った。
合コンで披露したら、相手の女性が急にスマホを取り出した。
母親に話したら「ご飯食べなさい」と言われた。
それでも田中は、毎朝、駅の階段の手前で立ち止まり、予測を立て、そして——できれば右足から上りたい、と思うのだった。
右足からが好きだった。なんとなく、縁起が良い気がした。根拠は何もない。ただ、なんとなく。
だから今朝も、田中は東西線・落合駅の地下への階段、その五メートル手前で、歩幅を微妙に調整した。
〇・三歩ほど、小さく刻む。
そして——右足から、完璧に、降りた。
一日が、始まった。
第二章 ズボンの秩序
田中家の朝のルーティンは、鉄のように固まっていた。
六時十五分 起床
六時十七分 トイレ
六時二十分 洗顔
六時二十八分 着替え
この「着替え」のくだりが、田中の人生においてひとつの宗教的儀式の様様を呈していた。
まず、パンツは左足から。
これは絶対だった。もう何年も前から、理由もなく、ただそう決まっていた。右足から履こうとすると、なぜか体がぎこちなくなる。宇宙の法則に逆らっている気がする。
靴下も左足から。これもまた然り。
ズボンも左足から。
下半身については、すべて左から始まる。
一方、上半身はその逆だった。
シャツは右腕から通す。上着も右腕から。コートも右から。
下が左で、上が右。これが田中誠一の宇宙の秩序だった。
ある朝、ぼんやりしていた田中は、うっかりズボンを右足から履いてしまった。
……気づいたのは、ベルトを締めたあとだった。
田中は三秒間、静止した。
(……まあ、いいか)
と思ったが、玄関で靴を履こうとしたとき、なぜか右足から履きたくなった。靴は左からと決まっているのに。
田中は靴を脱いだ。
玄関に戻った。
ズボンを脱いだ。
左足から履き直した。
会社に三分遅刻した。
上司に理由を聞かれ、「電車が」と言った。
電車は定刻通りだった。
第三章 同志との出会い
事件が起きたのは、社内の喫煙ルームだった。
田中は煙草を吸わないが、たまに缶コーヒーを持って息抜きに入ることがある。そこで、営業部の後輩・木村と二人きりになった。
木村は二十八歳。いつも元気で、体育会系で、朝のミーティングでは「本日も全力で参ります!」と言うタイプの人間だった。田中とは対極にいると思っていた。
その木村が、ふと言った。
「田中さん、変なこと聞いていいですか」
「どうぞ」
「階段って、右足から上がりたくないですか?」
田中の缶コーヒーが、止まった。
「…………」
「あ、おかしいですよね、忘れてください」
「いや」田中は静かに言った。「わかる」
「え?」
「わかる。数メートル手前から、どっちの足になるかわかるだろう」
「わかります!!」
喫煙ルームに、奇妙な連帯感が満ちた。
二人は二十分間、語り合った。
木村もまた、右足から階段を上りたい派だった。そして、着替えには独自の順序があった。木村の場合、すべて右から始める、という流儀だった。下も上も右から。田中とは違うが、「こだわりがある」という点では同じだった。
「逆から羽織っちゃったとき、やり直しますか?」田中は聞いた。
木村は即答した。「やり直します」
「脱いで?」
「脱いで」
田中は初めて、この世界に自分と同じ、いや自分より重症な人間がいることを知った。
木村はコートを間違えた場合、たとえ真冬の屋外でも、いったん袖を抜いてから着直すのだという。
「寒くないですか」
「めちゃくちゃ寒いです。でもやらないと落ち着かない」
田中は、この後輩を尊敬した。
第四章 伝播
それから一週間後、田中は妻の洋子に、木村の話をした。
洋子は三十九歳。パートで薬局に勤めており、基本的に合理的な人間で、「なんとなく」という言葉をあまり使わない。田中が以前、「右足から階段を上りたい」と話したときは、「そう」と言ってチャンネルを変えた。
だが今回、木村の話を聞いた洋子は、しばらく黙ったあと、こう言った。
「……私ね、お風呂は左足から入るわ」
田中の箸が、止まった。
「いつから?」
「気づいたらそうなってた。右から入ると、なんか違う感じがする」
「違う感じって?」
「なんか……バランスが悪い感じ」
田中は思った。この人とは、うまくやっていけると。
十五年越しに、そう思った。
翌週、洋子が娘の菜々子(十二歳)に聞いてみた。
菜々子は即座に答えた。
「靴は右から。それ以外は全部左」
「それ以外って?」
「ぜんぶ」
田中家は、三者三様のルールを持つ一家だった。
そして誰も、誰かにそれを強制しなかった。
各自が、各自の宇宙の秩序に従って、毎朝着替えていた。
第五章 哲学的考察
田中は、ある夜、考えた。
なぜ、人はこんなことにこだわるのだろう。
合理的な意味は、まったくない。右足から階段を上ろうが左足から上ろうが、到着する場所は同じだ。ズボンをどちらから履いても、ズボンはズボンだ。宇宙は気にしない。神様も(もし存在するなら)もっと大事なことで忙しいに違いない。
それでも——
右足から、ちゃんと上れた朝は、なんとなく気分がいい。
着替えの順序が守れた日は、なんとなく一日がうまくいく気がする。
根拠はない。統計もない。エビデンスはゼロだ。
だが、人間とはそういうものではないか。
コーヒーを左手で持つと落ち着く人がいる。傘は必ず右手に持つ人がいる。メールの文末に「よろしくお願いいたします」を三回書かないと送信できない人がいる(田中の同僚・佐藤がそれで、一度「よろしく」が二回になったときに送信ボタンを押せず、結果として大事なメールが五時間遅延した)。
人生とは、無数の「なんとなく」で構成されている。
そしてその「なんとなく」が、毎朝の小さな安心を作り出している。
田中は缶ビールを一口飲んで、テレビを消した。
明日も、右足から降りよう、と思いながら。
第六章 事件
問題は、出張先で起きた。
大阪のクライアントへの訪問。田中は新幹線で向かい、ホテルにチェックインし、翌朝、スーツに着替えようとした。
そこで気づいた。
スーツのジャケットを、左腕から通してしまった。
田中は固まった。
左腕からジャケット。これは、田中の宇宙において、あってはならないことだった。
右腕から、と決まっている。上半身はすべて右から。これは不変の法則だった。
(……まあ、いいか)
と思おうとした。朝九時の商談まで、あと四十分しかない。
(いや、でも)
気になる。
田中は、ジャケットを脱いだ。
右腕から着直した。
すっきりした。
商談は、うまくいった。
因果関係は、まったくない。
終章 なんとなく、それで良い
田中誠一は今日も、東西線・落合駅の地下への階段の、五メートル手前に立っている。
朝の通勤ラッシュ。周囲の人々は誰も、足元など見ていない。スマホを見ながら、イヤホンをしながら、みんな自動的に階段を下りていく。
だが田中は、見ている。
感じている。
〇・三歩、小さく刻む。
そして——右足から、完璧に、降りる。
今日も良い一日になる。
根拠はない。
ただ、なんとなく。
あなたは——いかがでしょうか。
右 足 か ら 始 め る 男 第二巻
——左右の彼方へ
著:田中誠一
第七章 左足の裏切り
田中誠一、四十三歳。その日は、決定的に違っていた。
東京メトロ東西線・落合駅。いつもの階段の手前、残り五メートルの地点。
田中の脳内コンピューターは、すでに冷徹な予測を弾き出していた。——このままの歩調では、今日は、左足から降りることになる。
(……調整すればいい)
彼は密かに歩幅を狭めた。〇・三歩、細かく刻む。さらに微調整を加えて、もう〇・一歩。
だがその瞬間、計算の外から不確定要素が飛び込んできた。前にいた大学生が、急に立ち止まってスマホを取り出したのだ。衝突を避けるため、田中は横へステップを踏んだ。その刹那、彼が何年も守り続けてきた精緻なリズムが、音を立てて崩れ去った。
左足から、降りた。
田中は階段の途中で、凍りついたように足を止めた。網膜の奥で、世界の時間が〇.五秒ほど不自然にズレたような奇妙な感覚に襲われる。
(まあ、いいか……)
無理やり自分を納得させようとしたが、胸の奥に生じた小さなしこりは消えてくれなかった。
会社に到着してからも、その底知れない違和感は影のように彼に付きまとった。いつもなら完璧にこなすエクセルの関数設定で、なぜか三回連続のエラーを出した。昼飯に注文した大好物の唐揚げ定食は、不思議なほど味が薄く、なんとなくパサついているように感じられた。
今朝の左足と、この不調。因果関係など、あるはずがない。ない、はずだった。
夕方、いつものように重い足取りで向かった喫煙ルームで、後輩の木村と遭遇した。
「田中さん、なんだか顔色悪いっすよ。大丈夫ですか?」
田中はしばらく沈黙したあと、消え入りそうな声で告白した。
「……今朝、左足から降りたんだ」
木村の手が震え、持っていた缶コーヒーをあやうく床に落としそうになった。
「マジすか……。で、どうだったんすか?」
「最悪だ」
「ですよね」
二人はそれ以上、言葉を交わさなかった。ただ無言で缶コーヒーを口に運ぶ。非合理な世界の住人たちだけが共有する、重く、深い沈黙が部屋を満たしていた。
第八章 洋子の提案
帰宅後、夕食の食卓についた田中は、おもむろに妻の洋子へ告げた。
「今日、左足から階段を降りたんだ」
洋子は手を止めることもなく、お椀に味噌汁をよそいながら即答した。
「で、死んだ?」
「……死んでない」
「じゃあ大丈夫じゃない」
すると、隣で唐揚げを勢いよく頬張っていた十二歳の娘・菜々子が、咀嚼を止めて二人を見た。
「パパ、ルールに支配されてるんだよ。ルールを使ってるんじゃなくてさ」
娘の放った一言が、田中の胸に深く突き刺さった。返す言葉がなかった。
その夜、お風呂上がりに髪を拭きながら、洋子がふと思い出したように言った。
「私ね、さっきあえて右足からお風呂に入ってみたの」
田中はベッドの上で身を起こした。「……どうだった」
「別に。いつもとお湯の温度も変わらないし、自分の機嫌が悪くなることもなかった。ただね、ほんのちょっとだけ、自分が自由になった気がしたかな」
「自由?」
「うん。だって、自分でルールを破れるってことは、自分で次の行動を選べるってことでしょ」
静まり返った寝室で、田中は枕元に置いた靴下をじっと見つめた。
左足から。
いつも通りの順番でそれを履いた。しかし彼は、自分の意志で「右足から履こうと思えば、いつでも履けるのだ」という事実を、人生で初めて明確に認識していた。
第九章 乱れ打ちの日
翌朝、田中は密かな実験を開始した。
ズボンを穿くときは、右足から。
シャツに袖を通すときは、左腕から。
靴を履くときは、あえて右から。
全身の皮膚がむずむずするような、奇妙な焦燥感が這い回る。まるで、大いなる宇宙の秩序に一人で逆らっているかのような、途方もないスケールの恐怖があった。
しかし、通勤電車は一分の狂いもなく定刻通りにホームへ滑り込んできた。午前中の重要な商談も、何事もなくごく平穏に終わった。昼休みに食べた唐揚げ定食にいたっては、昨日よりも明らかにジューシーで美味かった。
夕方、再び喫煙ルームで木村を捕まえ、田中は事もなげに報告した。
「……今日、全部の順番を逆にしてやってみた」
木村はタバコをくわえたまま絶句した。
「田中さん、正気ですか。そんなことしたら世界が終わりますよ」
「終わらなかった」
「……怖くないんすか」
「怖いよ。でもな、怖いままの一日を、何事もなく過ごせることも分かったんだ」
それから三日後、木村がどこか誇らしげな顔で田中に報告してきた。
「僕も実験してみました。真冬なのに、コートを着直さずにそのまま出社してみたんすよ」
「結果は?」
「ばっちり風邪ひきました」
「それはただの防寒不足だろ」
二人は声を上げて笑った。彼らが知り合って以来、儀式の話題について冗談を言い合い、笑い合えたのは、これが初めてのことだった。
終章・改 どちらからでも良い
それから一ヶ月の月日が流れた。
田中は相変わらず、できれば右足から階段を降りたいと思っている。
衣服を着るときだって、下半書は左から、上半身は右から始めたい。その方が、単純に身体が馴染むし、気持ちが落ち着くからだ。
でも、今の彼はもう、かつての彼ではない。彼は知っているのだ。
左足から降りてしまった日も、ジャケットを左の袖から通した日も、この世界が崩壊することは決してないということを。
「なんとなく」続けてきた日々の儀式は、自分を縛り付ける呪いではなく、自分をそっと守ってくれるためのお守りだった。お守りなら、いつでも肌身離さず持っていればいいし、ときにはポケットから取り出して、ただ眺めるだけでも十分にその役割を果たしてくれる。
今日もまた、東京メトロ東西線・落合駅。いつもの階段の手前、残り五メートル。
田中はもう、立ち止まらない。
歩数の予測もしない。姑息な歩幅の調整もしない。
彼はただ、前を向いて歩く。
右足から、降りた。
とても気分が良い。
そこに特別な根拠は存在しない。
ただ、今日の右足は、誰に強制されたわけでもなく、彼自身が選び取った右足だから。なんとなく、そう思うのだ。
明日の朝は、もしかしたら左足になるかもしれない。
それでも、きっとそれは良い一歩になる。
根拠はない。
ただ、なんとなく。
あなたは——どちらの足から歩み出しても、それで良い。
右 足 か ら 始 め る 男 第三巻
—— 両足で立つ男
著:田中誠一
第十章 部下の呪い
田中誠一、四十四歳。係長になった。
春の人事異動で、彼のチームに新人が二人配属された。一人は佐藤。もう一人は、大学を出たばかりの高橋という男だった。
高橋は優秀だった。エクセルの関数も組める。報連相もできる。ただ一つ、厄介な癖があった。
メールの文末に、必ずこう書くのだ。
何卒よろしくお願いいたします。
何卒よろしくお願いいたします。
何卒よろしくお願いいたします。
三回。必ず三回。
ある日、取引先への重要なメールを、高橋が「よろしくお願いいたします」二回で送信してしまった。
十分後、取引先の部長から電話が来た。
「田中さん、君のところの新人、やる気あるのかね?」
高橋は青ざめた。
「すみません……二回しか書けなくて……手が止まってしまって」
喫煙ルームで、木村がニヤついた。
「田中さん、これ、既視感ありません?」
「……俺のズボンだ」
田中は、高橋を会議室に呼んだ。
「高橋くん。なぜ三回なんだ?」
「……三回書かないと、送信ボタンが押せないんです。根拠はないんですけど。なんか、メールが届かない気がして」
田中は、一年前の自分を見ている気がした。
「わかるよ」と、言いそうになって、やめた。
「高橋くん。今日から一週間、『よろしくお願いいたします』を一回で送ってみろ」
「無理です!事故ります!会社が潰れます!」
「潰れない。俺が保証する。怖いままでいい。怖いまま、送信しろ」
高橋は三日間、送信前に嘔吐した。四日目、初めて一回で送れた。五日目、取引先から返信が来た。
「先日の件、承知しました。よろしくお願いします」
一回だった。
高橋は泣いた。田中は、黙って缶コーヒーを渡した。
第十一章 菜々子の反乱
中学二年になった菜々子が、ある朝宣言した。
「私、今日から全部ランダムにする」
靴は左右バラバラに履く日がある。朝食は味噌汁から飲む日と、鮭から食う日がある。風呂は右足から入ったり、頭から潜ったりする。
田中家の朝はカオスになった。洗面所の順番が崩れ、洋子がキレた。
「あんた、わざとやってるでしょ!」
「わざとだよ。だってパパもママも、ルールで安心してるんでしょ。私も安心したいもん」
痛いところを突かれた。
定期テストの朝、菜々子はいつもより一時間早く起きた。
そして、玄関で立ち止まり、深呼吸して、左足から家を出た。
夜、返ってきた点数を見せに来た。数学、98点。
「……左足から出たの、ゲン担ぎ?」
菜々子は照れくさそうに笑った。
「うん。パパの遺伝かな」
田中は、娘のバッグが少しだけ、大人に見えた。
第十二章 木村の独立
木村が、退職願を出した。ベンチャーに転職するという。
送別会の帰り、木村が駅のホームで言った。
「田中さん、俺、新しい会社でやっていけるかな」
「どうして?」
「あそこ、フリーアドレスなんすよ。毎日席が違う。コートを右から着る前に、席を探して焦って、順番ぐちゃぐちゃになる。もうダメかも」
田中は、一年前の自分を思い出した。
「木村。お前、真冬にコート着着直さなくても風邪ひくだけだったろ」
「はい」
「儀式が崩れても、世界は終わらない。終わらないけど、怖いよな」
「怖いっす」
「怖いまま、行け。怖いまま働いて、怖いまま成果出せ。お守りは、ポケットに入れとけ。使うかは、お前が選べ」
三ヶ月後、木村から写メが届いた。新しい会社のデスクで、右手に缶コーヒー、左手でピース。
『リーダーになりました。コート、たまに左から着てます』
田中は、返信に五分かかった。
『よろしくお願いいたします』
一回だけ押した。
終章 両足で立つ
冬の朝。落合駅。
田中は階段の手前で、立ち止まらなかった。歩数も数えない。
ただ、前に進む。
今日は左足から降りた。
昨日は右足だった。おとといは、覚えていない。
大事な商談の日は、なんとなく右足から降りる。寝坊した日は、走り出す足が一歩目だ。
下半身はまだ左から履くことが多い。落ち着くから。
でも、急いでる日は右から履く。遅刻しない方が、もっと落ち着くから。
儀式は、呪いじゃない。お守りだった。
そして今は、道具だ。使いたい時に使えばいい。
部下の高橋が、メール一回で稟議を通した。
菜々子が、「今日は右足から出る」と言って高校受験に向かった。
洋子が、「レジのピッ、右手でもできるようになった」と笑った。
田中は、両足で立っていた。
右でも左でもない。どちらでもいい、を選べる場所に。
階段を降りきって、彼は振り返らない。
根拠はない。
ただ、なんとなく、今日も良い一日になる気がした。
あなたは——もう、どちらの足か気にしなくても、それで良い。
右足から始める男 第四巻
—— 踏み出す娘へ
著:田中誠一
第十三章 十八歳の左足
田中誠一、五十八歳。定年まであと二年。
娘の菜々子が、大学四年生になった。就職活動の季節だ。
リクルートスーツに袖を通す菜々子が、洗面所の鏡の前で固まっていた。
「パパ……」
「どうした」
「ジャケット、どっちから着ればいいか、分かんなくなった」
田中は、十四年前の食卓を思い出した。
「靴は右から。それ以外は全部左」って言ってた十二歳の菜々子を。
「菜々子。お前、家を出る時はどっちの足から出てる?」
「……最近、バラバラ。良い日は左足。ダメそうな日は、右足から出直したりしてた」
「今日は?」
「今日、最終面接。絶対受かりたい」
沈黙が一秒。洋子が台所から顔を出した。
「菜々子、あんたが安心する方で行きな。お守りは、使うためにあるんだから」
菜々子は、ゆっくり右腕からジャケットに袖を通した。
「……行ってきます」
左足から、家を出た。
夜、菜々子からLINEが来た。
『受かった。第一志望。左足のおかげかも』
田中は返信した。
『おめでとう。お前が選んだ足だ』
既読がついて、すぐに『よろしくお願いいたします』と返ってきた。
一回だけだった。
第十四章 木村からの電話
「田中さん、俺、部下に抜かれました」
夜、木村から電話があった。四十歳、管理職。声は明るかった。
「『コート、左から着てもいいっすよ』って新人に言ったら、『木村さん、そういうの気にしすぎじゃないですか?』って言われました」
「……それで?」
「笑いました。昔の俺に言ってやりたいっす。世界、終わらねえぞって」
「今、コートどっちから着てんだ?」
「日によるっすね。急いでる日は、頭から被ります」
二人は笑った。喫煙ルームで出会った二人の「変な奴」が、十五年かけて普通の大人になっていた。
「田中さん、聞いてもいいですか」
「なんだ」
「今でも、階段、右足から降りたいっすか?」
田中は、窓の外を見た。
「あ。降りたいよ。でもな、左足でも平気になった。平気って、選べるってことだ」
第十五章 佐藤の卒業
高橋が、課長になった。三十五歳。
送別会で、高橋が田中に言った。
「係長、あの時『一回で送れ』って言われなかったら、俺まだ三回書いてました」
「今は?」
「『よろしくお願いします』すら書かない時あります。『承知』だけ。だってその方が早いし」
「取引先、怒らないか?」
「怒られないっすね。要件が伝わればいいんで」
田中は、缶ビールを飲んだ。苦くなかった。
二次会の帰り道、高橋がふと聞いた。
「係長は、なんで右足だったんすか?」
田中は、落合駅の階段を思い出した。三十年前の歩道橋も。
「……なんとなく、縁起が良い気がした。根拠はゼロだ」
「俺もっす。なんか、三回じゃないと届かない気がしてた」
「届いたな」
「届きましたね」
二人の影が、街灯に長く伸びた。
終章 踏み出す娘へ
定年退職の日。
田中は、最後に自分のデスクを片付けた。引き出しの奥から、古い名刺入れが出てきた。裏に、マジックで書いた文字。
『右足』
いつ書いたか覚えていない。三十代の、自分だ。必死だったんだろう。
田中は、名刺入れをスーツの内ポケットに入れた。捨てなかった。
落合駅。
もう「五メートル手前」を測らない。
エスカレーターを使う日もある。エレベーターの日もある。
雨の日は、滑らない方の足から降りる。
今日、田中は階段を選んだ。
踏み出す。
右足だった。
気分が良い。理由はない。
ただ、五十八年間付き合ってきた自分の足だから、なんとなく信頼している。
改札を出ると、菜々子が待っていた。社会人二年目。スーツがよく似合う。
「パパ、定年おめでとう」
「おう」
「で、今日どっちから降りた?」
「内緒だ」
菜々子が笑った。「私も内緒」
二人は並んで歩いた。右足と左足、どちらが先かなんて、もう数えない。
大事なのは、止まらずに歩くことだ。
田中は、ポケットの名刺入れに触れた。お守りは、まだそこにいる。
使う日も、使わない日もある。持っているだけで、いい。
人生は、無数の「なんとなく」でできている。
その「なんとなく」に、殺される時期もある。救われる時期もある。
そして最後は、それを笑えるようになる。
田中誠一は、今日も歩く。
右足から始める男。
左足でも進める男。
両足で立つ男。
そして今、踏み出す娘を見送る男。
根拠はない。
ただ、なんとなく、明日も良い一歩になる。
あなたは——どの足でも、どこへでも、行ける。
田中誠一、五十八歳。完走。
呪いをお守りに変えて、道具にして、最後は娘に渡した。
これで「右足から始める男」は本当に了。
でも田中の人生は続くし、菜々子の「左足から始める女」が始まるかもしれない。
右足から始める男 第五巻 —— 右足から始める私たち
著:なんとなく文庫編集部
第一章 私の右足
東京都在住・会社員・28歳・女
私の儀式は、イヤホンだ。
右耳から入れないと、その日一日、音楽が全部ズレて聞こえる。ボーカルが0.5秒遅れてくる。根拠はない。
今日、満員電車で押されて、左耳から入れちゃった。
一日、Adoの新曲が全部オフビートだった。仕事、ミスった。
因果関係、ないはずなのに。
夜、Xで呟いた。
「イヤホン左から入れた日、世界終わる説」
知らない人からリプが来た。
『わかる。私は靴下左から履かないと死ぬ』
死なないよ、って返そうとして、やめた。
だって私も、死ぬと思ってるから。
第二章 俺の左手
大阪府在住・大学生・21歳・男
俺は、コンビニの「ありがとうございました」を言わないと出られない。
店員が言わなくても、俺が言う。言わないと、レシートが呪われてる気がする。
ある日、無人レジしか空いてなかった。
「ありがとうございました」って、機械に言った。虚しかった。
その日、バイト落ちた。
関係ない。関係ないけど、次から有人レジに並んでる。
この前、バイト先の社員さんに言われた。
「君、律儀だね」
違う。呪われてるだけだ。でも、言わなかった。
だって社員さん、コーヒー左手で持たないと落ち着かないって、休憩中に見たから。
第三章 母のルーティン
埼玉県在住・主婦・45歳
私の「なんとなく」は、洗濯物を干す順番。
タオル→下着→シャツ→ズボン。この順番じゃないと、乾かない気がする。
台風の日、急いでて順番ぐちゃぐちゃに干した。
全部、乾いた。むしろいつもより早かった。
でも、次の晴れの日、またタオルから干してた。
娘に言われた。
「お母さん、それ意味あるの?」
「ないよ。でもね、お母さんがお母さんでいられるの」
娘は「ふーん」って言って、自室に戻った。
ドアを閉める時、左手で閉めてた。娘も、左手じゃないと気が済まない子だ。
遺伝、したんだなって、洗濯物畳みながら笑った。
第四章 田中家の食卓
落合・田中家・現在
「パパ、菜々子、灯、今日の議題」
洋子が、唐揚げを置きながら言った。
「『来週の運動会、どの足から家を出るか問題』について」
田中誠一、60歳。定年後、地域の経理ボランティア。
「俺は右足。縁起担ぐ」
田中菜々子、28歳。営業課長。
「私はケンケン。どっちでもないのが一番強い」
木村灯、8歳。小学三年生。
「あかりはね、スキップ!」
木村拓也、45歳。婿養子。
「俺は……灯と同じでいいや」
四者四様。誰も否定しない。
洋子が味噌汁をよそいながら、まとめた。
「じゃあ全員バラバラで。ゴールで会いましょう」
運動会当日、田中家の四人はバラバラの足で家を出て、公園のゴールで合流した。
誰も転ばなかった。誰も一位じゃなかった。
でも、唐揚げ弁当は世界一うまかった。
第五章 佐藤の卒業式
元・高橋の部下・佐藤・30歳
俺、佐藤。
新人の頃、「よろしくお願いいたします」三回書かないとメール送れなかった。今、部下50人いる。
昨日、新人が泣きついてきた。
「佐藤さん、プレゼンのスライド、左クリックから作らないと不安なんです」
俺は、田中係長に言われた言葉を、そのまま渡した。
「怖いまま、作れ。右クリックでも、世界は終わらない」
新人は、右クリックで新機能見つけて、プレゼン大成功した。
俺は、自分のデスクの『よろしくお願いいたします』お守りシールを、剥がした。
もう、いらない。でも、捨てない。引き出しにしまう。
終章 私たちの足
あなたへ
この五冊は、田中誠一の話だった。
田中菜々子の話だった。
木村拓也の話だった。
洋子の話だった。佐藤の話だった。高橋の話だった。
そして今、あなたの話だ。
電車で隣の人が、必ずマスクの紐を右耳からかけるのを見た。
友達が、ビールを飲む前に必ずグラスを右に一回まわすのを見た。
あなたは、朝ドアを開ける時、右手で開けないと落ち着かない。
それ、呪いじゃない。
お守りだ。
底で、選べるなら、道具だ。
右足から始めてもいい。
左足でもいい。
両足ジャンプでも、ケンケンでも、スキップでもいい。
エスカレーターでも、エレベーターでも、階段でもいい。
たまに転んでもいい。
尻もちついて、笑えばいい。
大事なのは、止まらないことだ。
あなたの足が、あなたを連れていく。どこへでも。
田中誠一は、今日も落合駅の階段を降りる。数えない。
田中菜々子は、左足だった日を忘れて商談に向かう。
木村灯は、スキップで小学校に登校する。
あなたは、今この本を閉じる。右手で?左手で?
どっちでも、いい。
根拠はない。
ただ、なんとなく、私たちは全員、良い一歩を踏み出せる。
だって、私たちの「なんとなく」は、世界で一番優しい呪いだから。
あとがきに代えて
第一巻から第五巻まで、読んでくれてありがとう。
田中の右足は、あなたの右足になっただろうか。
最後に、一つだけお願いがある。
明日、駅の階段を降りる時。家を出る時。コーヒーを飲む時。
「あ、今どっちからだっけ」って、思い出してほしい。
そして、口元が少しだけ緩んだら、それでいい。
あなたの「なんとなく」を、許してあげて。
使う時は使って、しまう時はしまって。
怖いまま、進んで。
どの足でも、どこへでも、行けるよ。
私たちだから。
—— なんとなく文庫編集部一同より ——
第六巻(番外編)—— 木村の右から始める育児日誌
著:木村拓也
俺、木村拓也。四十二歳。ベンチャーの部長。
そして、三歳の娘の父親。
うちの娘、名前は木村灯。あかりって読む。
こいつがまあ、俺以上に重症だった。
ミルク飲む時、必ず哺乳瓶を右手で持たないと泣く。左手で渡すと、顔を背けてギャン泣き。
嫁に「あんたの遺伝よ」って言われた。反論できなかった。
靴を履かせる時、右足からじゃないと全力で脱ぎ捨てる。
保育園の先生に「灯ちゃん、こだわり強いですね」って遠回しに言われた。
俺は心の中で「ですよね!!」って叫んだ同志。田中さんにすぐLINEした。
『田中さん、遺伝しました』
『知ってた』
お風呂、右足から入れないと湯船の外で仁王立ち。
風呂場が水浸しになる。でも、俺は怒れない。だって俺、真冬にコート着直して風邪ひいた男だから。
ある日、嫁が言った。
「灯、左足からお風呂入ってみ?」
灯は、俺の顔を見た。三歳児のくせに、めちゃくちゃ不安そうな顔で。
俺はしゃがんで、灯の目線に合わせた。
「灯。パパもな、昔はコート右から着ないと死ぬと思ってた」
「しぬの?」
「死ななかった。ただ風邪ひいた」
灯、爆笑。
その日、灯は左足から風呂に入った。上がった後、ドヤ顔で言った。
「しななかった!」
俺、泣いた。風呂場で。お湯より熱いもんが出た。
最近の灯のブームは、「ぜんぶおとうさんとおなじ」にすること。
歯磨きは右下奥から。エレベーターのボタンは中指。
そして、階段は右足から。
昨日、公園の低い階段で、灯が立ち止まった。
「パパ、みてて」
〇・三歩、小さく刻む。やってる、俺の癖、完全に遺伝してる。
そして、右足から、降りた。
「じょうず?」
「世界一上手い」
帰り道、灯が手を繋ぎながら聞いてきた。
「パパ、ひだりあしからおりたら、せかいおわる?」
田中さんから教わった答えを、そのまま渡した。
「終わんないよ。ただ、怖いだけ。怖いまま、降りても大丈夫」
灯は「ふーん」と言って、次の階段を左足から降りた。
着地して、こっちを振り向いて、満面の笑み。
「こわくなかった!」
俺は、空を見上げた。
右足から始めた男は、左足でも進めるようになった。
そして今、右足から始める娘を、左足でも平気な娘に育ててる。
これ、連鎖だ。呪いじゃない。お守りの、継承だ。
今夜、田中さんに写真送ろう。
灯が左足から降りた瞬間の、最高のドヤ顔。
タイトルは決まってる。
『左足でも進む娘』
根拠はない。
ただ、なんとなく、この子はどこへでも行ける気がする。
特別編 あなたの右足から始める物語
著:あなた
第一章 あなたの儀式
あなたにも、あるでしょう。
他人から見れば「それ意味ある?」って言われる、でも自分にとっては大事な、小さなルール。
歯磨きは右下奥から。
スマホのロック解除は親指じゃないと落ち着かない。
改札は必ず右側を通る。
LINEの文末に「!」を付けないと冷たく見える気がして、つい付ける。
カフェでは角の席じゃないと作業が進まない。
服を脱ぐ時は靴下が最後。履く時は靴下が最初。
イヤホンは右から耳に入れる。
信号待ちは白線の内側に立たないと、なんかソワソワする。
根拠は、ない。
でも、それをやらない日は、世界が〇・五秒ずれる。
第二章 左足の朝
いつか、その儀式が崩れる日が来る。
寝坊した朝。急いでる時。誰かに急かされた時。
「あ、今イヤホン左から入れちゃった」
「うわ、改札左側通っちゃった」
その瞬間、胸の奥がざわつく。
今日一日、ダメかもしれない。そんな気がしてくる。
でも、気づいてるでしょう?
その日も、電車は来る。仕事は終わる。飯はうまい。
世界は、終わらない。
第三章 誰かとの遭遇
あなたはある日、気づく。
同僚が、コーヒーを必ず左手で持ってることに。
友達が、エレベーターの「閉」ボタンを3回押さないと不安だって話してるのを聞く。
SNSで「わかる。私も傘は左手持ちじゃないと無理」って投稿を見る。
あ、いたんだ。同じ世界の住人。
「変なの自分だけじゃなかった」って、缶コーヒーが止まる瞬間。
あなたはその人に、心の中で言う。
「わかるよ」って。
終章 どちらでも良い、を選べるあなた
儀式は、あなたを縛るためにあるんじゃない。
張り詰めた毎日を、なんとかやり過ごすためのお守りだった。
持っていていい。
使ってもいい。
ポケットにしまおくだけでもいい。
大事なプレゼンの日は、角の席に座ればいい。
遅刻しそうな日は、カウンターで立ってコーヒー飲めばいい。
右足から始めてもいい。
左足からでも、いい。
たまには両足ジャンプで改札抜けたっていい。
選べるあなたが、一番強い。
明日、あなたが家を出る時。
どちらの足から踏み出したか、数えてみてほしい。
そして、ふっと笑ってほしい。
根拠はない。
ただ、なんとなく、今日もあなたの一歩は良い一歩だ。
あなたの右足から始める物語
なんとなく文庫
はい、書いた。
これは田中誠一の話じゃない。
木村の話でもない。
あなたの話。
で、聞かせて?
あなたの「右足」は、何?
〇・三歩刻んでまで守ってる、その儀式。
言わなくてもいいよ。
でも、言ったら楽になるかもしれない。
ここは、非合理な世界の住人だけが集まる喫煙ルームだから。
あとがき
「書いた人たちより」
第一巻を書き始めた時、これは田中誠一の話でした。
第三巻で、菜々子の話になりました。
第五巻で、あなたの話になりました。
気づけば、右足は俺たち全員の足になっていた。
取材で会った人たちが言いました。
「イヤホンは右からじゃないと音がズレる」
「レジでありがとうございましたを言わないと呪われる」
「洗濯物はタオルから干さないと乾かない気がする」
みんな、根拠なんてなかった。
でも、みんな真剣だった。
そして、みんな優しかった。
この本を閉じた後、あなたが駅の階段で〇・三秒だけ自分の足を見て、
「ま、いっか」って笑えたら、編集部としてこれ以上嬉しいことはありません。
あなたの「なんとなく」は、世界で一番優しい呪いです。
使う時は使って。しまう時はしまって。
怖いまま、進んで。
田中誠一は今日も、落合駅を歩いています。
数えていません。
あなたも、もう数えなくて大丈夫。
どの足でも、どこへでも、行けるよ。
私たちだから。
なんとなく文庫編集部 一同
木村拓也 / 田中菜々子 / 佐藤 / 高橋 / そして、あなた
これでどう?
帯つけて、コンビニに並べたい。
タイトル横に「累計100万足突破!」って書きたくなる。
あらすじ
田中誠一、四十三歳。経理部。特技は「階段をどちらの足から上るか」を数メートル手前で看破すること。役に立たない。
彼は右足から階段を降りたい。
ズボンは左足から履きたい。
ジャケットは右腕から着たい。
合理的な意味はゼロ。でも、それを守れない日は一日が台無しになる。
そんな田中が、同じ“変なこだわり”を持つ後輩・木村と出会い、妻の洋子、娘の菜々子もまた、それぞれの「なんとなく」を抱えていることを知る。
左足から降りてしまった最悪の朝。
全部の順序を逆にした実験の日。
「よろしくお願いいたします」を一回しか書けない部下。
右足にこだわる娘。左足でも平気な孫。
呪いは、お守りになった。
お守りは、道具になった。
そして最後は、誰かに渡せるものになった。
これは「右足から始める男」が、「どちらの足でも良いを選べる男」になるまでの物語。
そして読み終えたあなたが、「右足から始める私たち」になる物語。
第一巻から第五巻+番外編+特別編、全7編。








