まあまあよ、と宇宙人は言った
―― ある平凡な男と、ご先祖と、犬と、アリをめぐる、ちょっと間の抜けたSF ――
まえがき
みなさんは、自分の飼っているペットや、庭先を這うアリたちが、じっとこちらを見つめてくる瞬間に立ち会ったことはないでしょうか。
「何か言いたげだな」
そう思ったあなたの直感は、もしかしたら正しいのかもしれません。
これは、宇宙規模の壮大な陰謀……では一切なく、宇宙人たちの「うっかりした事故」と、一人の風変わりなおばあちゃんの「うっかりした優しさ」が繋いだ、とても小さな星の、とても小さなお話です。
肩の力を抜いて、コンビニの唐揚げでも食べながら、どうぞ気楽にお楽しみください。
第一話 霊感ゼロ男
僕、田中健二、三十四歳。霊感というものが、まったくない。
心霊番組を見ても何も感じないし、パワースポットに行っても「ただの石」としか思えない。友人が「あそこの神社、空気が違うよね」と言うたびに、僕は心の中で(違いがわからん)とつぶやいている。
そんな霊感ゼロの僕だが、なぜかUFOだけは二度見たことがある。一度目は残業帰りのコンビニ駐輪場で。二度目は退屈な結婚式の二次会の帰り道で。どちらも、コンビニの唐揚げと同じくらいの温度感でスーッと横切って、それだけだった。
そして小人を一度。大学生の頃、深夜のファミレスで、テーブルの下を五センチくらいの人影が横切るのを見た。友人に話したら「お前、それただの寝不足」と一蹴された。
僕自身、深く考えたことはなかった。UFOも小人も、「まあ、そういうこともあるか」くらいの認識で、記憶の隅にしまい込んでいた。
それが動き出したのは、今年のお彼岸だった。
第二話 お彼岸の墓前にて
実家の墓は、小高い丘の上にある小さな霊園にある。彼岸の中日、僕は両親と共に墓参りに来ていた。
大好きだったバアちゃんは、三年前に亡くなった。優しくて、少しおっちょこちょいで、庭にお菓子の欠片を撒いては「アリさんたちにもご馳走してあげなきゃ」と笑っていた人だった。
線香をあげ、手を合わせる。ふと、いたずら心が湧いて、僕は心の中で語りかけてみた。
(バアちゃん、そっちはどう? まあまあ元気にやってる?)
その瞬間——
「まあまあよ」
耳元で、はっきり聞こえた気がした。空耳だろう。そう思って目を開けると、墓石の横のアリの巣から、一匹のアリが僕の方をじっと見つめているように見えた。
気のせいだ。たぶん。
その夜、僕は不思議な胸騒ぎを感じながら実家に泊まることにした。
第三話 ポチの異変
実家には、ポチという名の老犬がいる。柴犬の血が混ざった雑種で、もう十二歳。普段は縁側で寝てばかりの、覇気のない犬だ。
その夜、僕がスマホをいじっていると、充電ケーブルにつないでいたスマホのスピーカーから、ノイズ混じりの声が聞こえた。
『……接続確認。こちら観測ユニット、コードネーム「ポチ」。本部、応答願います』
僕は飛び起きた。振り返ると、縁側で寝ていたはずのポチが、体を起こしてこちらをじっと見ている。目が、いつもより知的な光を宿しているように見えた。
「ポ、ポチ……お前、しゃべった……?」
ポチは何も言わず、ただ尻尾をゆっくり振った。スマホのスピーカーからは、さっきの声が続いている。
『失礼。混線しました。人間の個体に気づかれるのは想定外です。まあ、いいでしょう。田中健二さん、でしたね』
僕は震える声で聞いた。「お前、何者だ……」
『説明すると長くなりますが、手短に言えば——私は、あなた方が「犬」と呼んでいる姿をした、銀河規模生態観測連盟の駐在員です』
第四話 銀河規模生態観測連盟
ポチ(本名は発音不可能な記号列らしいので、以下ポチとする)によれば、宇宙人は、実は地球中に大量に潜伏しているという。
『我々は、貴星の生態系に溶け込む形で観測任務を行っています。犬、猫、そして——』
「アリも、か?」僕は思わず口を挟んだ。
『ご名答。アリのコロニーの約三割は、我々の下部組織「微小偵察部隊」が運用する、生体型モニタリングネットワークです』
僕は頭を抱えた。じゃあ、あの小人は?
『あれは事故です。三十年ほど前、小型化技術の試験機がこの星に不時着しましてね。機体の冷却水が漏れてピンチだった偵察員を、あなたのお祖母様が偶然落としたポカリスエットの雫で救ってしまった。その後、修理担当官が慌ててファミレスの床を走っているところを、あなたに目撃されてしまったのです。あれは正直、こちらの失態でした』
後日、バアちゃんが「あのファミレス、床にポカリこぼしたら店員さんに怒られたわ」とぼやいていたのを思い出した。そういうことか。
僕は思わず笑ってしまった。宇宙人の壮大な陰謀かと思いきや、まさかの「バアちゃんのうっかりお助け」と「宇宙人のうっかり事故」。なんとも間の抜けた話である。
『それで本題ですが』とポチは続けた。『お墓で聞こえた「まあまあよ」という声——あれは、我々のネットワークを経由した正式な通信でした』
第五話 バアちゃんと宇宙人
話はこうだった。
僕のバアちゃんは、生前、庭に毎日お菓子の欠片を撒いていた。それは「アリさんにご馳走」ではなく、正確には、微小偵察部隊への重要な“補給物資(エネルギー)”になっていたのだという。
『あなたの祖母は、四十年以上にわたり、毎日欠かさず高純度の糖分を供給してくれた、我々にとって最重要の協力者でした。正直、地球でもっとも貢献した人間ランキング、現在7位です。上にはエジプトで猫に牛乳あげてた婆さんとかいます』
「バアちゃんが……銀河のVIP……?」
『しかも彼女は、庭の縁側で我々の観測ユニット——つまり私が引き継ぐ前の先代のポチにも、よく話しかけてくれました。おかげで我々は、貴星の言語と文化について、多くのデータを取得できたのです』
僕は絶句した。子供の頃に一緒に走り回っていた初代ポチも、今目の前にいる二代目ポチも、みんなバアちゃんのファンだったのだ。
そしてバアちゃんが亡くなる直前、連盟はある決定を下した。長年の功績に報いるため、彼女の意識パターンの一部をネットワークの記憶領域に保存する——いわば“名誉会員”待遇である。
『ゆえに、彼女の思考の断片は、今も我々のシステムの片隅に残っています。あなたが墓前で語りかけた際、たまたま通信が繋がってしまった。本来は許可されていない、いわば裏ルートです』
バアちゃんは、銀河のサーバーの片隅で、まだ「まあまあ」生きていたのだ。
第六話 委員会からの通達
しかし、話はそう甘くなかった。
数日後、ポチのスピーカーから、事務的な声が響いた。
『通達。銀河規模生態観測連盟・倫理委員会より。地球第7墓地区画における未承認の通信リークが検出されました。当該記憶データは規定によりただちに消去、もしくは本部への回収対象となります』
「消去!?」僕は叫んだ。「バアちゃんを消すってことか!?」
『恐縮ですが、規則は規則でして』とポチは、犬のくせに申し訳なさそうな顔をした。『本来、故人の意識断片を地球側に残すことは、文明干渉防止条約第38条『故人の意識を孫への小言に転用してはならない』の項に違反します』
僕は焦った。せっかく繋がった「まあまあよ」を、こんな官僚的な理由で消されてたまるか。
「なあポチ、なんとかならないのか?」
ポチはしばらく考え込み、やがて言った。
『一つだけ、抜け道があります。彼女の記憶データを、正式な「観測ユニット」として再登録すれば、条約の対象外になります』
「つまり?」
『つまり——お祖母様に、次のポチのサポートAIになっていただく、ということです』
第七話 バアちゃん、犬になる(一部)
もちろん、丸ごと犬になるわけではない。意識データのごく一部を、次期観測ユニットの補助人格として組み込む形式らしい。要するに、ポチの中に、ほんの少しだけ“バアちゃんスパイス”が加わるということだ。
「……スパイスって。バアちゃんを七味みたいに言うな」
複雑な気持ちだった。でも、消えてしまうよりは、ずっといい。
「頼む、それでいいから、繋いでおいてくれ」
手続きは意外とあっさり進んだ。銀河規模の官僚機構にしては、という条件付きだが。
数日後、縁側で伸びをしたポチが、ふとこちらを見て言った。
「あら健坊、また夜遅くまでスマホばっかり見て。ちゃんとご飯食べてるの?」
僕は固まった。その口調、その内容——間違いなく、バアちゃんだった。
胸の奥が、じんわり熱くなった。
「……バアちゃん?」
「まあまあよ」
ポチ(バアちゃん成分入り)は、そう言って、犬なのに、ほんの少しだけ笑ったように見えた。
第八話 それから
今でも、僕は時々実家に帰る。ポチは相変わらず縁側で寝てばかりいるが、たまに「あんた、また野菜残して」「お肌がカサカサじゃないの、ちゃんと寝なさいよ」とか、いい歳した僕に小言を言ってくる。
庭のアリたちは、相変わらず忙しそうに働いている。時々、僕がぼんやり庭を眺めていると、視線を感じて振り返る。一匹のアリがこちらをじっと見ていることがある。あれはきっと、バアちゃんの“お仲間”からの挨拶なのだろう。
お彼岸には、必ず墓参りに行くようにしている。手を合わせて、心の中で語りかける。
(バアちゃん、そっちはどう?)
すると、決まって、どこからともなく、あの声が聞こえる気がする。
「まあまあよ」
宇宙人を見たことは、一度もない。気配すら感じたことはない。
——でも、もしかしたら、宇宙人はとっくにそこにいて、僕らと、静かに、まあまあ、共存しているのかもしれない。
犬という姿で。
アリという姿で。
そして、ほんの少しだけ、夜更かしを叱ってくれる大好きだったバアちゃんという姿で。
(了)
本作はフィクションであり、実在の犬・アリ・銀河組織とは一切関係ありません。
あとがき
作中にもあります通り、本作はフィクションであり、実在の犬・アリ・銀河組織とは一切関係ありません。……ということになっております。
ですが、もしあなたのご自宅のワンちゃんや猫ちゃんが、急にスマホのスピーカーを鳴らして「夜更かしはダメよ」と小言を言い出したり、庭のアリたちが妙に統率の取れた動きであなたに挨拶をしてきたりしたら……。
その時はどうか、怒らずに話を聞いてあげてください。
案外、懐かしい誰かからの、最高に「まあまあ」な近況報告が聞けるかもしれません。
皆様の日常のすぐ隣にも、小さな宇宙人の優しい視線がありますように。

