ドアの向こう側
――ある男と女の、滑稽で不思議な記録――
まえがき
私たちは日々、いくつものドアを開け、そして閉めて生きています。
昨日閉めたドアの向こう側に、何を置いてきたか覚えているでしょうか。
これは、ある一つの別れから始まる物語です。
ドアの隙間に未練のように足を挟み、十四年もの間、過去の記憶を頭の中で公転させ続けた男。
一方で、閉めたドアの向こう側を鮮やかに忘れ、新しい生活の地図をなめらかに描いていった女。
男と女の記憶のあり方は、驚くほど違います。それは時に滑稽で、時に少しだけ切ないミステリーのようでもあります。
冷蔵庫のバター、左右で色の違う靴下、そして持ち主を失った一冊の詩集。
ささやかな日常のモチーフたちが織りなす、二人の「交差しない」足跡を、どうぞのんびりと見届けていただければ幸いです。
第一章 男の側から
田中誠一は五十二歳になった今も、あのドアのことを夢に見る。
正確には、ドアの隙間に挟まった自分の足のことを。
夢の中でいつも彼の右足は、薄暗い廊下と薄明るい部屋のあいだに挟まっている。靴下は左右で色が違う。これは夢の中だけの話ではなく、現実でも彼はしばしばそういうことをやらかした。注意散漫なのか、それとも人生全般において左右の整合性に興味が持てないたちなのか。どちらにせよ、その足は、ドアの隙間でくさびのように機能していた。
相手の名前は――今となっては名前など関係ないだろうが、記録として――水島桜子といった。三十五歳のとき、彼女と出会い、三十八歳のとき、別れた。出会いはある会社の飲み会で、別れは彼女のアパートの玄関先だった。
「もう終わりにしましょう」と桜子は言った。
誠一はその言葉を聞いて、なぜか冷蔵庫の中身を思い浮かべた。たしか彼女の部屋の冷蔵庫には、自分が先週買ってきたバターが半分残っていたはずだ。あのバターは誰が食べるのだろう。
「わかった」と彼は言いながら、しかしドアから出ていくことができなかった。足が、ちょうどドアの金属の縁のところで止まってしまった。靴の先がわずかに部屋の内側に残ったまま、本体は廊下に出ていた。
「誠一さん」
「うん」
「足」
「うん」
しかし足は動かなかった。正確には、脳から足への命令が、どこかで迷子になっているようだった。駅で言えば乗換駅を通り過ぎてしまった感じで、命令は一駅先の「完全撤退」まで行ってしまい、当駅「足を引く」には止まれなかった。
桜子はため息をついた。それから静かに、しかし確実に、ドアを押した。
誠一の足の甲に、ドアの重さがかかった。痛かった。しかし彼はなぜかその痛みに、一種の懐かしさを感じた。まるで長年行方不明だった何かが、突然帰ってきたような。
鍵の回る音がした。カチャリ、と。
その音の、なんと決定的なことか。
誠一は廊下に一人立ちつくした。足の甲がじんじんした。左右で色の違う靴下が、蛍光灯の光の下でひどく間抜けに見えた。
それから彼はゆっくりとエレベーターに向かいながら、思った。
――また会えば、きっとうまくいくはずだ。
これは、その思考の誕生の瞬間であった。そしてこの思考は、以後十四年間、彼の頭の中に生き続けることになる。まるで宿無しの猫が縁側に居着くように、しぶとく、図々しく、そして驚くほど快適そうに。
第二章 女の側から
水島桜子は、ドアに鍵をかけた瞬間のことを、三日後には忘れていた。
嘘をついているわけではない。本当に忘れたのだ。正確には「忘れる必要があることとして、記憶の適切な場所にファイリングした」と言うべきかもしれないが、桜子にとってはそれは忘れることと同義だった。
人間の記憶とは、つまるところ書棚のようなものだと彼女は思っている。どんどん新しい本が増えるのだから、古くて読み返さない本は奥の棚に押しやるしかない。誠一との三年間は、そういう種類の本だった。表紙は決して悪くない。むしろ一時期は毎日読んでいた。でもいつの間にか、手に取らなくなった。
ドアを閉めた翌朝、桜子は近所のカフェでモーニングセットを食べた。厚切りトーストに、バターをたっぷり塗った。
バターを見て、何かを思い出しかけた気もしたが、すぐにトーストを口に入れたら消えた。
その三ヶ月後、桜子は職場の後輩と付き合い始めた。二年後に結婚した。一年後に子供ができた。子供が三歳になったとき、夫が転勤で福岡に行くことになり、家族全員で引っ越した。福岡では鮮魚が安く、毎週末に夫と魚屋に行くのが習慣になった。
桜子の人生は、ドアを閉めた日から、なめらかに前へと進んでいた。まるで川が低いほうへと流れるように、自然に、淀みなく。
ただひとつ、不思議なことがあった。
ときどき夜中に、夢を見た。玄関のドアを閉める夢だ。ドアの向こうに誰かがいる。顔は見えない。でも靴下の色が左右で違う、ということだけがやけにはっきり見えた。左が紺で、右がグレー。
夢から覚めるといつも、桜子は少しだけ笑った。
そしてまた眠った。
第三章 男は宇宙を旅する
田中誠一のその後について、少し詳しく記す必要があるだろう。
彼はその後、二度ほど別の女性と交際した。一度目は四十一歳のとき、同じ職場の先輩社員と。二度目は四十五歳のとき、合コンで知り合った女性と。どちらも一年ほどで終わった。終わり方はどちらも似ていた。女性のほうが先に「もう終わりにしましょう」と言い、誠一はドアのところで足を残し、相手はそれを蹴飛ばして鍵をかけた。
一度目のときは、左足だった。二度目のときは、両足だった。両足の場合はさすがにドアが閉まらず、女性は困り果てて「ちょっと、本当に出てってください」と少し大きな声で言った。誠一はそこでやっと我に返り、「すみません」と言って出ていった。
こうして三度の別れを経験した誠一の頭の中には、三人分の「また会えばうまくいく」が同居することになった。それらは互いに干渉せず、それぞれ独立した惑星のように、彼の頭蓋骨の内側を静かに公転していた。
五十二歳になった誠一は、独身で、会社の近くのマンションに一人で住んでいた。部屋は散らかっていたが、冷蔵庫の中には常にバターが入っていた。これは無意識の習慣だった。なぜバターが必要なのか、自分でも説明できなかった。でも、なくなると不安になった。
ある土曜日の昼下がり、誠一はスーパーでバターを買って帰るとちゅう、商店街の入り口で見知らぬ女性とぶつかった。女性の手から買い物袋が落ち、中身が散乱した。誠一は慌てて拾い集めた。人参、ジャガイモ、玉ねぎ、そして――バター。
「すみません」と言って差し出すと、女性も「すみません」と言って受け取った。
二人はほぼ同時に「バター、同じですね」と言った。
それから二人はきまり悪そうに笑った。
この女性の名前は後に判明するが、ここではまだ明かさない。
第四章 女は地図を書く
福岡での暮らしは、桜子に合っていた。
魚が旨く、空が広く、人が穏やかだった。夫の啓介は優しい男で、週末になると必ず家族で出かけた。子供の翔太は今年七歳になり、学校でも友達が多かった。
桜子の生活は、地図に例えるなら、きちんと整備された道路のようだった。信号もあり、標識もあり、どこに行けばどこに着くかが明確だった。それは退屈ということではなく、安心ということだった。少なくとも桜子はそう思っていた。
しかし時々、地図の端っこに、名もない道が現れることがあった。
たとえばスーパーの帰り道、なんとなく違う道を歩いたとき。たとえば夫が出張でいない夜、子供を寝かしつけた後、一人でベランダに出て夜風に当たったとき。そういうとき、桜子の頭の中に、地図に載っていない何かが、ほんの一瞬だけ顔を出した。
それが何なのかは、わからなかった。あるいは、わかっているのに、わからないふりをしていたのかもしれない。
ただ、それは決して悲しいものではなかった。むしろ、若い頃に読んだ好きな本のタイトルを、ふいに思い出したときのような感覚に近かった。内容はもう覚えていない。でも、確かに好きだった、という感触だけが残っている。
桜子はベランダから室内に戻り、洗い物をした。翔太の体操服、啓介のシャツ、自分のエプロン。手を動かしながら、何も考えなかった。いや、正確には、何も考えないことを選んだ。
人生とは選択の積み重ねであり、「考えないこと」もまた選択のひとつである。桜子はそのことをよく知っていた。
第五章 奇妙な再会、あるいは再会しない話
田中誠一は、スーパーでぶつかった女性と、その後三回会った。
一回目は一週間後、同じスーパーの同じ時間帯に偶然。二回目はその翌週、近くの蕎麦屋で偶然。三回目は地元の秋祭りで偶然。三回ともバターが関係していた。一回目はバターの棚の前で鉢合わせた。二回目は蕎麦屋のメニューに「バター蕎麦」があり、二人とも頼んでいた。三回目は屋台で「バターコーン」を買おうとしたら同じ屋台に並んでいた。
「バターの縁ですね」と女性は笑って言った。
名前は村上奈緒といった。四十八歳で、近所に住んでいた。離婚して五年になり、小学生の息子がひとりいた。
誠一は奈緒と話しているとき、不思議なことに、頭の中を公転していた三つの惑星のことを思い出さなかった。いや、思い出さなかったというより、惑星たちが自然と公転を止めて、静止したような気がした。宇宙が、少し静かになった。
これはどういうことだろう、と誠一は思った。
答えは出なかった。でも悪い気はしなかった。
一方、水島桜子は――今や水島ではなく田所桜子だが――その年の秋、夫の啓介の転勤が再びあり、今度は東京に戻ることになった。引っ越しの荷造りをしながら、桜子は本棚を整理した。福岡に来てから読んだ本、子供の絵本、料理の本。そして、奥の棚の奥の奥に、一冊の薄い詩集が挟まっているのを見つけた。
表紙には手書きで「桜子へ」と書いてあった。三十代に誰かにもらったものだ。誰に、というのは、もう思い出せなかった。あるいは思い出さなかった。
桜子はそれを、他の不要な本と一緒に、近所の古本屋に持っていった。
古本屋の主人は、その詩集を見て「これ、なかなか珍しいですね」と言った。「百円でどうですか」桜子は「はい」と言った。
第六章 ドアは誰のものか
ここで少し、哲学的な話をしなければならない。
ドアとは何か。
建築学的に言えば、それは空間と空間を区切り、かつ結ぶ装置である。閉めれば壁になり、開ければ通路になる。つまりドアとは、壁と通路の両方の性質を持つ、二面的な物体だ。
男と女の関係においても、ドアは同じように機能する。ただし、開け閉めする権限が、いつも均等に分配されているとは限らない。
田中誠一の場合、権限は常に相手の女性が持っていた。これは彼が弱かったからではなく――少なくとも彼はそう思っていた――単純に、ドアが相手の家にあったからだ、という解釈もできる。もし自分の家のドアだったら、自分が鍵をかけていたかもしれない。
しかしよく考えると、誠一は一度も相手を自分のマンションに招いたことがなかった。
なぜか。
冷蔵庫にバターが入っているからだ、と彼は思った。でもそれは理由にならない。バターを見られて困る人間はそう多くない。
本当の理由は、もっと単純かもしれなかった。自分の領域に人を入れることへの、漠然とした恐れ。それを「スケベ心」と呼ぶ人もいる。でも誠一の場合はむしろ、失うことへの恐れだったかもしれない。自分だけの場所が、誰かの記憶の一部になることへの。
水島桜子の場合はどうか。
彼女は常に、自分のドアを自分で閉めた。これは主体性の表れだろうか。それとも防衛本能だろうか。あるいは単純に、片付けが得意な性格の延長だろうか。
正解は多分、全部だ。人間の行動はたいてい、複数の理由が合わさって生まれる。それを一つに絞ろうとするのは、複雑な料理を「これは塩の味がする」と言い切るようなものだ。塩も入っているかもしれないが、それだけではない。
第七章 バターという名の奇跡(小さな)
田中誠一と村上奈緒は、その秋から冬にかけて、少しずつ近くなった。
最初はスーパーで会えば話す程度だった。次に、近くのカフェでコーヒーを飲むようになった。それから、奈緒の息子の陸が誠一に懐き、週末に三人で公園に行くようになった。
誠一は子供との接し方がわからなかったので、最初は困った。でも陸は構わず誠一の手を引っ張った。子供というのは、相手の都合をあまり考えない生き物だ。それが時に、大人にとって救いになる。
ある日曜日の夕方、三人で公園から帰る途中、誠一は奈緒に聞いた。
「なんでバターばかり買うんですか」
「え?」
「いや、会うたびにバターが関係してるから」
奈緒は少し考えてから言った。「陸がバタートーストしか食べないんです。毎朝。だからなくなるのが早くて」
「へえ」
「田中さんは?」
誠一は少し間を置いた。正直に言うかどうか、一瞬迷った。そして言うことにした。
「昔、好きだった人の部屋に置いてきたバターが、ずっと気になってて」
奈緒はぷっと吹き出した。「それで買い続けてるんですか」
「そういうわけじゃないと思うけど」
「思うけど、って何ですかそれ」
二人は笑った。陸は何がおかしいのかわからず、それでも二人が笑うから自分も笑った。商店街に、三人分の笑い声が小さく広がった。
その夜、誠一は帰宅して、冷蔵庫を開けた。バターがあった。いつものように。でも今日は、なんだかそれが少し、違って見えた。呪いではなく、ただの食べ物に見えた。
彼はトーストを焼いて、バターを塗って、食べた。うまかった。
第八章 東京の夜と、地図の外
田所桜子が東京に戻ったのは、十一月の初めだった。
新居は杉並区の住宅街で、静かな場所だった。翔太は近所の小学校に転入し、最初の一週間は友達ができないと泣いていたが、二週間目には毎日誰かと遊んで帰ってくるようになった。子供の適応力というのは、大人のそれとは別の原理で動いているらしい。
桜子は新居に慣れながら、近所の地理を覚えていった。スーパーはどこか、病院はどこか、翔太の学校への近道はどこか。一週間もすれば、だいたいの地図が頭に入った。
ある夕方、桜子は翔太を迎えに学校へ向かう途中、見慣れない路地に入り込んだ。抜け道だと思ったのだが、行き止まりだった。戻ろうとして振り返ると、路地の奥に小さな古本屋があることに気づいた。
引き寄せられるように、入った。
店内は狭く、床から天井まで本が積まれていた。埃っぽく、薄暗く、しかし不思議と居心地がよかった。
棚を眺めながら歩くと、詩集のコーナーに来た。薄い本が何十冊も並んでいた。桜子はなんとなく一冊を手に取った。
表紙には手書きで「桜子へ」と書いてあった。
桜子は三秒ほど、その表紙を見つめた。
それから本を棚に戻して、店を出た。
翔太の学校まで、早足で歩いた。途中、空が夕焼けで赤かった。電線に鳥が一羽止まっていた。下校する子供たちの声がした。
桜子は何も考えなかった。ただ歩いた。
でも口元には、少し笑みがあった。
第九章 男は眠れない夜に考える
十二月のある夜、田中誠一は眠れなかった。
別に悩みがあったわけではない。強いて言えば、来週から奈緒と陸と一緒に、近所のイルミネーションを見に行くことになっており、その約束が頭に引っかかっていた。引っかかるというのは、嫌だということではなく、むしろ楽しみで意識から離れないということだった。五十二歳で待ち遠しいと思うとは思わなかった、というのが正直なところで、それはそれで少しおかしかった。
天井を見ながら、誠一はぼんやり思った。
頭の中の惑星が、消えている。
いつ消えたのだろう。気づかないうちに、公転が止まり、そのまま静かに消滅したらしい。宇宙のどこかで星が消えても、光が届くのに時間がかかるから、地球からは気づかない。それと同じで、誠一の頭の中でも、惑星はずっと前に消えていたのかもしれない。ただ彼が気づいていなかっただけで。
誠一は少し考えた。
もし仮に、桜子に会ったとして。あるいは一度目や二度目の彼女に会ったとして。また抱けると思うか。
思わない。
その答えが出たとき、誠一は少し驚いた。そしてすぐに、何か重いものが胸から外れたような感覚を覚えた。重かったのか、と今更思った。重かったのだろう、とも思った。
彼はそのまま、十分もしないうちに眠りについた。
夢は見なかった。
最終章 ドアと鍵と、その先のこと
男と女の話は、たいてい、どちらかがドアを閉めて終わる。
だが実のところ、ドアを閉めることで終わるのは「その話」であり、「その人の話」ではない。ドアの外に出た人間は、別の廊下を歩いて、別のドアを開ける。ドアを閉めた人間は、別の窓から空を見て、また明日の朝ごはんを考える。
田中誠一は翌春、村上奈緒と付き合い始めた。正式に、ということになったのは、陸が「パパとママみたいになるの?」と聞いたことがきっかけだった。二人は顔を見合わせ、そして笑い、「まあそういうことかな」と誠一が答えた。陸は「じゃあいいや」と言って、またゲームに戻った。
誠一は初めて、奈緒の家に招かれた。玄関を入ったとき、自分の家のドアを人に開けるとはこういう感覚か、と思った。少し緊張したが、悪くなかった。
そして帰り際、ドアを出るとき、誠一は自分の足が完全に外に出ていることを確認した。隙間に残った部分は、ない。
奈緒が「また来てね」と言いながらドアを閉めた。
鍵の音がした。カチャリ、と。
同じ音なのに、今回は少しも寂しくなかった。
田所桜子は東京の春を、家族三人で過ごした。翔太は新学年になり、担任の先生が変わり、それをえらく気に入ったと言った。夫の啓介は新しい職場に慣れ、週末には以前のようにどこかへ連れ出してくれた。
ある日、桜子は近所の公園で翔太を遊ばせながら、ベンチに座って空を見ていた。青く、澄んでいた。
そういえば、と思った。
あの詩集。
でもそれが何だったか、誰にもらったか、やはり思い出せなかった。ただ、手書きの字が少しだけ浮かんだ。丸くて、ぎこちない字だった。
桜子は目を細めて空を見た。雲が一つ、ゆっくり流れていった。
翔太が「ママー!」と呼んだ。
「なに?」
「ブランコ、押して!」
「はいはい」
桜子は立ち上がり、息子のほうへ歩いていった。
春の風が、桜の花びらを少し舞い上げた。それはどこかのドアの隙間から、吹き込んできたのかもしれなかった。あるいはそうじゃないかもしれない。
どちらでもよかった。
花びらは、とにかく舞っていた。
(了)
あとがき
この物語は、劇的な再会も、激しい愛憎劇も起こりません。ただ、かつて同じ時間を過ごした二人が、それぞれの速度で、それぞれの人生を肯定していく姿を描きたいと思い筆を執りました。
作中で誠一の頭を悩ませていた「バターの呪い」は、新しい出会いによってただの「美味しい食べ物」へと変わります。また、桜子にとっては過去の詩集も「名前の思い出せない、でも確かに好きだった本」という優しい輪郭だけになっていきます。
ドアを閉めることは、決して人生の終わりではなく、次のドアへ向かうための静かな区切りに過ぎません。
もし今、あなたの頭の中に公転し続けている「消えない惑星」があるなら、このお話が、それをそっと着陸させる小さなきっかけになれば嬉しく思います。皆様の歩む廊下の先に、心地よい風が吹くドアが開かれていますように。
紹介文
三十八歳のとき、恋人・桜子のアパートの玄関先で別れを告げられた田中誠一。
「わかった」と言いながらも、彼の右足はなぜかドアの隙間に挟まったまま動かなかった――。
それから十四年。五十二歳になった誠一の頭の中には、いまも元カノたちの記憶が「独立した惑星」のように公転し続けている。
一方の桜子は、ドアを閉めた三分後にはその味を忘れ、結婚、出産、地方への引っ越しと、なめらかに前を向いて生きていた。
すれ違う二人の記憶、なぜかシンクロする「冷蔵庫のバター」と「左右の違う靴下」。
決して交わることのない二人の人生が、東京の片隅で小さな奇跡と交差する――。
可笑しくて、ちょっぴり切ない、大人のための「人生の片付け」の物語。

