宝くじを買わない男

——神様と運命と、売り場はどこだ——



まえがき

世の中には二種類の人間がいると言われます。
 宝くじを買う人と、買わない人。
 本書の主人公である田中誠一は、まぎれもなく後者でした。それも、「強い信念があって買わない」という格好いいものではなく、「そもそも売り場がどこにあるか知らないし、買い方もよくわからない」という、極めて受動的なタイプの「買わない男」です。
 そんな彼が、ある日突然、神様の公平性と自分の「徳」の少なさに気がつき、一歩を踏み出す(正確には、近所の稲荷神社まで歩き、のちに定休日の売り場まで往復する)物語が、本作です。
 人生を一発逆転させるような三億円のドラマは、ここにはありません。
 しかし、読み終えたあと、ほんの少しだけコンビニのレジ横のスクラッチくじが愛おしくなったり、誰かに席を譲るのが恥ずかしくなくなったりする――そんな、人生の「下二桁の当たり」のような小さなお話を、どうぞ気楽にお楽しみください。





第一章 神様は公平である(たぶん)

 田中誠一、四十二歳。職業・会社員。趣味・なし。特技・なし。将来の夢・なし。
 履歴書の「趣味・特技」欄に記入できるものが何もないというのは、人生においてかなりの敗北感を伴うものだが、田中はそのことについて深く悩んだことがない。なぜなら、もう履歴書を書く機会がここ十五年ほどなかったからだ。
 今日も今日とて、田中は自宅のソファに沈み込み、テレビで年末ジャンボ宝くじの当選番号発表を眺めていた。
「当たらないなあ」
 隣では妻の節子が、せんべいをぼりぼりと噛みながら言った。
「当たり前でしょ。買ってないんだから」
「……そうだな」
 田中は静かに、しかし深く同意した。
 だが、そこで思考を止めるのが凡人というものである。田中は違った。彼の脳内では、今まさに壮大な哲学が展開されつつあった。
(なぜ、俺には当たらないのか)
(それは……俺よりも正しく生きている人間が、この世界にはたくさんいるからではないか)
(神様は、そういう人たちを優先しているのだ)
(つまり、俺はまだ正しく生きていない)
(ということは……もっと正しく生きねばならんのだな)

 田中は確信した。
 問題は「買っていない」ことではない。問題は「徳が足りない」ことなのだ。
 節子がまたせんべいを噛んだ。
「何ぼーっとしてるの」
「いや……俺、もっと正しく生きようと思って」
「はあ?」
 節子の目が細くなった。十七年の結婚生活で培われた「またろくでもないことを考えている」レーダーが、ピピピと反応した音がした。

第二章 正しい生き方とは何か(田中調べ)

 翌朝、田中は会社への道すがら、「正しい生き方」について本格的に考察を始めた。
 まず思い浮かんだのは「嘘をつかない」ことだ。しかしこれは、昨日の夜すでに失敗していた。節子に「今月の飲み代いくら使った?」と聞かれて「三千円くらい」と答えたが、本当は八千二百円だった。
 次に「人に親切にする」。これは悪くない。しかし、今朝の電車でお年寄りに席を譲ろうとしたら、その方がサッと別の車両へ移動されてしまい、結果として田中だけが空席の前に突っ立つという奇妙な状況が発生した。近くにいた女子高生グループに笑われた。マイナスである。
 「募金をする」という選択肢も浮かんだが、財布の中の小銭を数えたら四十三円しかなく、それはそれで惨めだったのでやめた。
 会社に着いた田中は、後輩の山本に声をかけた。
「山本くん。君は正しい生き方をしているかね」
「は?」
「いや、なんというか……徳を積むというか。神様に好かれるような」
 山本は五秒ほど田中の顔を見つめてから、静かにヘッドフォンを装着した。
 拒絶された。しかし田中はめげなかった。神様への道は険しいのだ。

 お昼休み、田中は神社に向かった。会社の近くに、こじんまりとした稲荷神社があることを思い出したのだ。
「神様。私、田中誠一と申します。正しく生きようと思っておりますので、来年の年末ジャンボ、よろしくお願いいたします」
 賽銭は五円だった。節子に見せられないやつだ。
 だがその瞬間、田中の脳裏に突然、ある考えが閃いた。
(待てよ。俺は宝くじを買っていない)
(当たるも何も、そもそも持っていないのだ)
(神様だって、ないものを当てることはできまい)
 田中は固まった。
 稲荷神社のキツネが、どこか遠くを見ているような顔をしていた。

第三章 買うという決意(そして現実)

 その夜、田中は宣言した。
「節子。俺、宝くじを買おうと思う」
 節子はテレビから目を離さずに言った。
「どこで?」
「……コンビニじゃないの?」
 節子がテレビから目を離した。珍しいことだった。
「ジャンボ宝くじはコンビニでは売ってないわよ」
「え」
「銀行か、宝くじ売り場に行かないと」
「……そうなの?」
「四十二年間、知らなかったの?」
 田中は黙った。知らなかった。一度も買ったことがないのだから、知らなくて当然なのだが、それを言うと話がループするので黙っていた。

 翌日、田中は意気揚々と会社帰りにコンビニへ向かった。念のため自分の目で確かめたかったのだ。
「あの、年末ジャンボって……」
 レジに立ったコンビニ店員は、田中の顔を見る前に言った。
「ジャンボ系はうちでは扱ってないです」
「あ、やっぱり」
「ロトとかナンバーズならありますけど」
「いや……ジャンボが」
「銀行か売り場ですね」
「……ありがとうございます」
 田中はガムを一個買って店を出た。

 外に出ると、冬の空気が顔に刺さった。
 田中はしばらく空を見上げた。
(そうか。売り場に行けばよかったのか)
(なんで今まで気づかなかったんだろう)
(いや、買おうとしたことがなかったから気づかなかったんだ)
(では明日、売り場に行けばいい)
(……売り場はどこにあるんだろう)
 ガムを口に入れながら、田中はスマートフォンで「宝くじ売り場 近く」と検索した。最寄りの売り場は、会社とは反対方向に、徒歩二十分のところにあった。
 田中は翌日も行かなかった。

第四章 目が覚めるような当たり

 年が明けた。
 田中は相変わらず会社に行き、山本にたまに無視され、節子にたまに呆れられ、稲荷神社に時々お参りし(賽銭は五円から十円に昇格した)、コンビニのコーヒーを飲み、ソファに沈み込んでテレビを眺める日々を過ごしていた。
 宝くじ売り場には、まだ行っていなかった。
 それでも、何かが変わっていた。
 田中は今年、嘘を一回減らした。飲み代を「六千円くらい」と言った。本当は七千八百円だったが、これは誤差だ。進歩である。
 電車でお年寄りに席を譲ることにも成功した。ただし相手の方が「いや、結構です」と断ったので、また空席の前に突っ立つことになったが、今回は女子高生グループがいなかった。百点だ。
 募金もした。百円。四十三円のときより、ずっとよかった。

 ある春の夕方、田中は駅の改札前で、転びかけたおばあさんの荷物を支えた。
「ありがとうございます。助かりました」
 おばあさんは深々と頭を下げ、去っていった。
 田中はそこに突っ立ったまま、妙な気持ちになった。
 悪くない気持ちだった。三億円当たったときに感じるだろう気持ち(想像)とは違う。もっと地味で、もっと静かな、でも確かに「何か」がある感じだった。
(これが……徳か)
(よし。今年こそ売り場に行こう)

 その週末、田中はついに宝くじ売り場へ向かった。
 徒歩二十分。思ったより遠かった。
 売り場に着くと、シャッターが閉まっていた。
 貼り紙には「本日定休日」と書いてあった。
「……」
 田中は五分ほどシャッターを眺めてから、来た道を戻った。

 翌週、今度こそと再び売り場へ向かった田中は、ちゃんと開いている売り場の前に立ち、人生で初めて年末ジャンボ宝くじを一枚購入した。
 三百円だった。
 帰り道、田中はコンビニに寄り、コーヒーを一杯買った。
 レジの横に、スクラッチくじが売っていた。
「こっちはコンビニで売ってるんだな」
 田中はつぶやき、一枚買った。
 コインでガリガリと削る。
 当たった。
 三百円が。

「……」
 田中は再投資した。
 ハズレた。

 まあ、そういうものだ。
 田中は夜道を歩きながら、コーヒーを飲んだ。少し冷めていたが、悪くなかった。
 神様はきっと、公平なのだと思う。ただ、その「公平」が何を意味するのかは、よくわからない。もしかしたら、おばあさんの荷物を支えた瞬間の、あの地味で静かな気持ちが、三億円の等価物なのかもしれない。
 そんなわけないとは思うが。
 でも、まあ。
 来年こそは、ちゃんと当たるかもしれない。

エピローグ

 年末ジャンボの当選番号発表の日、田中はソファで番号を照合した。
 下二桁が合っていた。
 三百円当選である。
 田中は換金しなかった。
 券をそのまま財布に入れて、時々眺めた。
「当選」と書いてあるのが、なんとなく嬉しかったのだ。

 節子には言わなかった。
「換金してきなさい」と言われるのが目に見えていたから。

 一生に一度くらい、目が覚めるような当たりが欲しい。
 田中はまだそう思っている。
 ただ、売り場の場所はもう知っている。
 定休日も把握した。
 来年も一枚、買うつもりだ。

(了)


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あとがき

最後までお読みいただき、ありがとうございました。
 本作の着想は、私自身が年末のニュースで宝くじ売り場の行列を眺めていたときに浮かんだものです。あの行列に並ぶ人たちには、それぞれ「三億円が当たったらあれを買おう、ここへ行こう」という壮大な夢があるのだろうな、と。
 その一方で、一度もあの列に並んだことがない人間の脳内には、一体どんなドラマが眠っているのだろう。それが、田中誠一という男が生まれたきっかけでした。
 彼は四十を過ぎてなお、嘘の金額を数千円ごまかし、電車の空席の前で突っ立ち、後輩にヘッドフォンをされてしまうような、お世辞にも「立派」とは言えない男です。けれど、自分の「徳」をちまちまと計算しながら、少しずつ、本当に少しずつ「正しく」あろうとする彼の姿は、どこか私たち自身の不器用な日常と重なる部分があるのではないでしょうか。
 作中、田中は三百円の当選券を換金せず、財布に忍ばせます。
 私たちが日々の中で見つける「ちょっと良いこと」――誰かを助けてお礼を言われたり、冷めたコーヒーが意外と美味しかったりすること――は、もしかしたら神様が換金期限をあえて作らなかった、人生の当選券なのかもしれません。
 この本が、お忙しいあなたの日常に、ほんの少しの「まあ、悪くないか」をもたらす三百円分の価値になれたなら、著者としてこれ以上の幸せはありません。
 最後に、本作の執筆を支えてくださったすべての方々と、今日もどこかで「正しく生きよう」と奮闘している全国の田中さんに、心からの感謝を込めて。