黒い翼
三つに枝分かれした物語

途中 第三章から
物語が三つに変わります…



【まえがき】

人は、自分の中にある「黒さ」をどこまで認められるのでしょうか。

怒り、嫉妬、憎しみ、後悔。
誰にも見せたくない感情を、私たちは胸の奥深くに閉じ込めながら生きています。

そして、いつしか「いい人」であろうとするあまり、本当の自分を忘れてしまうことがあります。

『黒い翼』は、そんな一人の男の物語です。

ある夜、一人の女性を救おうとした男は、白い翼を得て空へ舞い上がります。そして、そこで出会うのは、自分自身の姿をした「黒い翼の男」。

人はなぜ、誰かを救いたいと思うのか。
人は本当に、誰かを救うことができるのか。
そして、自分の闇を受け入れた先に何が待っているのか。

この物語には、三つの結末があります。

どの結末も間違いではありません。
人の心に、たった一つの答えがないように。

読み終えたあと、あなた自身の中にいる「もう一人のあなた」と、少しだけ向き合っていただけたなら、とても嬉しく思います。




黒い翼  
1つ目の物語

第一章 橋

四月の夜の風は、まだ冬の匂いを薄く残していた。

冴島透《さえじまとおる》は、コンビニのレジ袋を片手に提げて多摩川沿いの遊歩道を歩いていた。

残業のあとに買った発泡酒と、半額シールの貼られた唐揚げ弁当。

袋の中で缶がかすかに鳴っている。それ以外に、音らしい音はなかった。

午前一時を回っていた。

橋の手前まで来たとき、彼は足を止めた。

橋といっても歩行者用の小さな鉄橋で、欄干は腰の高さほどしかない。下を流れる川は、夜のこの時間にはただの黒い帯だ。
光を吸い込んで、ほとんど反射しない。
深さは知らない。
ただ、落ちて死ぬかどうかは、落ちる前にはわからない種類の高さだった。

欄干の外側に、女がいた。

外側、というのが正確だ。手すりを背にして、踵《かかと》を端にかけて立っている。両手はうしろの欄干を握っていた。

顔は川のほうを向いていて、髪が風で流れていた。コートは着ていなかった。三月の終わりに買ったような薄いブラウスが、ぼんやりと白く浮かんでいた。

透は息を止めた。

声をかけるべきか、かけずに通り過ぎるべきか、警察に電話すべきか、駆け寄って腕をつかむべきか、頭の中でいくつかの選択肢が並んだ。並んだだけで、どれも実行できなかった。

体が勝手に動いたのは、女の踵が一センチ、外側に滑ったときだった。

「待って」

声は、自分の喉から出たとは思えないほど小さかった。けれど、女はそれを聞いた。ゆっくりと振り返った。

驚きの表情はなかった。怒りもなかった。ただ、迷惑そうな顔だけがあった。

「来ないで」

女は言った。

透はレジ袋を地面に置いた。発泡酒の缶が、アスファルトの上で小さな音を立てた。

「危ないですから、こちら側に」

「来ないでって言ってるの」

女は前を向き直った。風が髪をまた流した。横顔に見覚えがあるような気がして、透は息を呑んだ。気のせいだと思った。気のせいに決まっている。

「あの」

「うるさい」

「話だけでも」

「話すことなんてない」

透は欄干に近づいた。一歩、二歩。三歩目で、女が踵をさらに滑らせた。

「来たら飛ぶ」

足が止まった。

「来なくても、もう飛ぶ」

二人のあいだで、夜の空気が固まっていた。透は自分の心臓の音を聞いていた。

「あなたが」と彼は言った。「あなたが死んだら、たぶん、僕はずっと忘れない」

女は笑った。あの笑い方を、透は知っていた。

知っているはずがないのに、知っていた。

「忘れていいよ」と女は言った。「忘れてくれていい」

「忘れられない」

「あなた、誰」

「通りすがり」

「じゃあ忘れられる」

そう言って、女は手を放した。

正確には、放そうとした。

透が欄干を越えて飛びついたのは、その瞬間だった。あとから思い返しても、なぜそんなことをしたのか説明できなかった。
腕を伸ばせば届く距離だったから、というだけのことかもしれない。

指先が女のブラウスの袖をつかんだ。

つかんだ、と思ったときには、二人とも欄干の外側にいた。

体重が前に傾いた。

「ばか」と女が言った。

それが、落ちる前に聞いた最後の言葉だった。

落下というのは、本当はとても静かなものだと、透は初めて知った。

風の音はあった。耳のうしろで、空気が引き裂かれるような音がしていた。けれどそれは「音」というよりも「感触」に近かった。本物の音は、不思議なほどしなかった。

視界の中で、川の黒い帯が近づいてくる。近づいてくるはずだった。けれど、いつまで経っても近づいてこなかった。

おかしい、と透は思った。

橋の高さはせいぜい十数メートルだった。落下時間は、計算するまでもなく二秒に満たないはずだった。
けれど、もう五秒は落ち続けている気がした。十秒かもしれなかった。

横を見た。

女が落ちていた。彼の少し下、手の届かない距離で、髪を逆立てるようにして落下していた。表情は見えなかった。

その下に、川はなかった。

黒い帯のはずだったものが、黒い「面」になっていた。面はゆっくりと遠ざかっていた。落ちているのに、遠ざかっていた。

これは夢だ、と透は思った。

思った瞬間に、背中に衝撃が走った。

衝撃というよりは、強い圧力だった。両肩の骨のあいだに、何かが押し込まれたような感覚。
痛みはなかった。ただ、自分の体が、自分のものではない形に変わっていく感じがした。

肩甲骨の外側で、何かが展《ひら》いた。

風の抵抗が、変わった。

落下が止まった。

止まっただけではなかった。体は、空中に浮いていた。

透は自分の背中を見ようとして、首を捻った。視界の端に、白いものがあった。羽根だ、と理解するまでに数秒かかった。

白い翼が、彼の背中から生えていた。


「これは」と彼は声に出した。「夢だな」

夢だと自分に言い聞かせれば、目が覚めるはずだった。覚めなかった。

代わりに、翼が勝手に動いた。

最初の一打ちで、体は十メートルほど上昇した。二打ち目で、空気の流れを掴む感覚が指先のように戻ってきた。

彼は飛び方を知らなかった。
けれど、翼は知っていた。
翼が、彼に飛び方を教えていた。

女は、と彼は思った。

下を見た。

女はまだ落ちていた。

ずっと下、ほとんど点になりかけている。落下しているのに、距離は開いていく一方だった。
物理法則がどこかで壊れていた。あるいは、最初から物理法則の通用しない場所だった。

透は翼を畳んで急降下した。

風が頬を切った。眼球が乾いた。翼を畳んでも、彼の体は思ったほど速く落ちなかった。
何かが、彼の落下を遅らせていた。彼は加速しなかった。
けれど女はどんどん遠ざかっていった。

追いつかない。

何度羽ばたいても、加速しても、女との距離は縮まらなかった。むしろ、わずかに開いていく。
透は歯を食いしばった。何かがおかしい。落下する物体の速度に、なぜ追いつけない。

そのとき、女が振り返った。

落下しながら、上を向いて、透のほうを見た。

距離があるはずなのに、その顔ははっきり見えた。

女は微笑んでいた。

「ありがとう」

声は届かないはずだった。けれど届いた。

「さよなら」

その顔を、透は知っていた。

二十年前に知っていた顔だった。


彼女の名前は、桐谷澪《きりたにみお》といった。

透が大学三年のとき、同じゼミにいた女性だった。理工学部の物理学科で、量子力学を専攻していた。
背が高く、笑い方がぎこちなく、ノートの余白に意味のわからない数式の落書きを書く癖があった。

二人は付き合っていた、というほどでもない、けれど他人でもない距離にいた。

澪は卒業を前に、研究室で命を絶った。

理由は、最後までわからなかった。

遺書はなかった。両親も、ゼミの教授も、誰一人として、彼女がそんなことをする予兆を見ていなかった。透自身も見ていなかった。
少なくとも、見ていたことに気づいていなかった。

葬式の帰り道、透は橋の上で吐いた。

吐いたあとで、欄干にもたれて、こう思った。

僕は、たぶん、彼女に「死にたい」と言わせなかった。「死にたい」と言える隙間を、僕は彼女に与えなかった。
僕はいつも、いい話ばかりした。彼女が暗い顔をすると、励ました。慰めた。先のことを話した。希望のことを話した。

たぶんそれが、致命的だった。

その夜のことを、透は二十年間、誰にも話さなかった。


落下していく女は、二十年前の桐谷澪の顔をしていた。

そんなはずがなかった。橋の上で見たときは、見覚えがあるような気がしただけで、別人のはずだった。澪はとっくに死んでいる。
死んだ人間は、四十前の中年女になって橋から飛び降りたりはしない。

それでも、落ちていく女の顔は、澪だった。

二十二歳の、あの澪の顔だった。

透の翼が、勢いを増した。

理屈ではなかった。翼が、彼の意思とは別のところで強く羽ばたいた。彼の体は、矢のように加速した。風の音がはじめて、本物の音になった。

距離が、縮まりはじめた。


追いついたのは、どれくらいの落下のあとだったかわからない。

ひょっとしたら、数秒だったのかもしれない。数分だったのかもしれない。あるいは、もっとずっと長かったのかもしれない。落下の時間は、もう普通の時間ではなかった。

透は腕を伸ばし、女の腰を抱いた。

抱き寄せた瞬間、女の体は驚くほど軽かった。重さが、ほとんどなかった。羽根のほうがまだ重い、というほどの軽さだった。

「澪」

呼んだ。

女は答えなかった。けれど、彼の胸に顔をうずめた。

透は翼を強く打ち、上昇に転じた。


橋へ戻ろう、と彼は思った。

橋に戻れば、現実に戻れる気がした。あの欄干の、こちら側に降りれば、すべてが元通りになる。
澪は生きていて、二十年は巻き戻り、いや、巻き戻らなくていい、ただ、この女を、この見知らぬ女を、安全な場所に戻せれば。

上を見た。

橋がなかった。

落ちてきた空間は、ただの暗い空だった。星は出ていなかった。雲もなかった。空のはずなのに、空ではなく、ただの「上」だった。橋があったはずの場所には、ぼんやりとした灰色の靄《もや》が広がっているだけだった。

それでも、透は翼を打ち続けた。

何度打っても、上にたどり着かなかった。

そして、下から、別の翼の音が聞こえてきた。



第二章 黒い翼

最初に聞こえたのは、自分の翼の音と、ほとんど同じ音だった。

ほとんど同じだが、わずかに違う。位相がずれている。打ち下ろすタイミングが、半拍だけ遅い。透は自分の心臓が二つあるような錯
覚に陥った。一つは胸の中で、もう一つは胸の外で、別のリズムを刻んでいる。

彼は下を見た。

下、というよりは、後方やや下。雲のような靄を切り裂いて、何かが上昇してくる。

人影だった。

人影には翼があった。

翼の形は、透のそれと同じだった。風切り羽の数も、羽ばたきの幅も、おそらく彼自身のものと一ミリの誤差もない。違うのは、色だけだった。

漆黒。

光をまったく反射しない、純粋な黒。羽根の一枚一枚が、夜そのものを切り取って貼り付けたように見えた。

その人影が顔を上げた。

透は腕の中の女を、無意識に強く抱き直した。

下から上がってくる男の顔は、透自身の顔だった。


「渡せ」

声が届いたとき、透はまだ二十メートルほど上にいた。距離があるはずなのに、声は耳元で囁かれたかのようにはっきりと聞こえた。

「その女を、こちらに渡せ」

透は答えなかった。代わりに、翼をさらに強く打った。上昇の速度を上げた。

黒い翼の男も、同じだけ加速した。

距離は縮まらず、開きもしなかった。

「無駄だ」と黒い翼が言った。「お前と俺は、同じ筋力を持っている。
同じ翼を持っている。同じ意志を持っている。逃げ切れない」

「お前は誰だ」

透は言った。声が震えていた。

黒い翼は笑った。

その笑い方も、透自身の笑い方だった。

「俺は」

黒い翼の男は、ゆっくりと言った。

「黒の、お前だ」


その瞬間、空間が一度、波打った。

波打った、としか言いようがなかった。地平線のような線が一本、視界のどこかに走り、それが横にずれ、また戻った。
透の三半規管が、自分のいる場所を見失った。上下が一瞬わからなくなった。腕の中の女が、ずるり、と滑った。

慌てて抱き直した。

「黒、だと」と透は言った。

「そうだ」黒い翼の男は答えた。「お前の本当の姿だ。お前がずっと隠してきた、悪魔のほうのお前だ」

「悪魔」

「言葉が古いか」黒い翼は笑った。「シャドウ、と呼んでもいい。影、と呼んでもいい。抑圧された半身、と呼んでもいい。
呼び方はどうでもいい。重要なのは、お前が俺を、ずっと地下に閉じ込めてきたという事実だけだ」

透は何も言えなかった。

「その女を渡せ」と黒い翼は繰り返した。「その女は、本来俺のものだ」

「澪は」

「澪?」黒い翼は片眉を上げた。「ああ、そう呼んでいたな。お前は」

「澪は誰のものでもない」

「もちろんだ」黒い翼は頷いた。「だが、彼女を救えるのは、お前ではない」


透は混乱していた。

理屈で考えれば、これは夢だった。夢のなかの整合性を真に受ける必要はなかった。目を閉じて、強く念じれば、目が覚めるはずだった。

念じた。

覚めなかった。

代わりに、黒い翼が距離を詰めてきた。

透は反射的に身を翻し、横方向に飛んだ。女の体を抱え直し、翼を強く打ち、雲の上の暗い空間を斜めに駆け抜けた。
背後で、黒い翼が同じ角度で旋回した。完璧な追跡だった。

「無駄だと言っただろう」

「うるさい」

「お前と俺は同じだ。
お前が右に飛べば、俺も右に飛ぶ。お前が左に飛べば、俺も左に飛ぶ。お前が上に逃げれば、俺も上に追う。なぜなら俺はお前だからだ」

「だったら」と透は息を切らせながら言った。「だったら、なぜ追ってくる。俺がお前なら、お前は俺の意思に従えばいい」

黒い翼は笑った。

「お前こそ、俺の意思に従うべきじゃないのか」


腕の中の女が、わずかに身じろぎした。

「ねえ」

か細い声が、透の耳元で言った。

「ねえ、降ろして」

「澪」

「降ろしてって、言ってる」

「だめだ」

「あなた、誰」

女は目を開けていた。落下していたときとは違う顔だった。澪ではなかった。あるいは、澪でもあった。二十二歳のあの澪と、四十前の見知らぬ女の顔が、二重写しになっていた。どちらでもあり、どちらでもなかった。

「君を、助けにきた」と透は言った。

「誰も、助けてなんて頼んでない」

「頼まれなくても」

「あなた、いい人ね」

女は笑った。

それは皮肉ではなかった。けれど、褒め言葉でもなかった。ただの、観察だった。

「いい人。ずっと、いい人だったんでしょう」

「……」

「いい人は、人を救えないのよ」


下から、黒い翼が肉薄してきた。

腕が伸びてきた。女の足首を掴もうとする黒い指。透は身を捻って避けた。女の体が、また少しずれた。

「離せ」と透は叫んだ。

「お前こそ離せ」と黒い翼は言った。「お前はこの女を、救えない」

「俺が救う」

「お前はいい人だ」黒い翼は笑った。「いい人は、誰も救えない。お前自身がそれを知っているはずだ」

「黙れ」

「澪のときも、そうだっただろう」

透の翼が、一瞬、止まった。

止まった、というよりは、力を失った。空気を掴む感覚が、指先から抜けた。彼の体は、女を抱えたまま、ふっと数メートル落下した。慌てて翼を打ち直した。

黒い翼は、その隙を見逃さなかった。

距離は、もう五メートルもなかった。


透は上を見た。

雲のような灰色の靄が、頭上に近づいていた。あの靄の中に入れば、視界が遮られる。視界が遮られれば、黒い翼から逃げ切れるかもしれない。

理屈は通っていなかった。同じ翼を持つ存在に対して、視界を遮ることに意味があるのか。けれど、ほかに方法はなかった。

彼は最後の力で翼を打った。


靄の中は、本当の意味で「無」だった。

色がなかった。音がなかった。上も下もなかった。湿り気だけが、肌にまとわりついた。
透は翼の動きを頼りに方向を保とうとした。打ち下ろせば、体は上に向かう。それだけが、確かなことだった。

腕の中の女は、また気を失っていた。

呼吸はしていた。胸が、ゆっくりと上下していた。

しばらく、靄のなかを上昇し続けた。

どのくらいの時間がかかったのか、わからなかった。十秒だったかもしれないし、十分だったかもしれない。靄の中では、時間が膨らんだり縮んだりしていた。

ふいに、靄が薄くなった。


抜けた。

雲を抜けた、と最初は思った。

けれど、それは雲ではなかった。

透が出た先は、夜の空でも、青い空でもなかった。

そこは、もっと高い場所だった。


頭上は、漆黒だった。

ただの闇ではなかった。星がちりばめられていた。何百、何千、何万という星が、瞬きもせずにそこにあった。地上から見上げる星空ではなかった。大気の揺らぎを通さずに見る、本物の星だった。

足元には、青い球体の一部が広がっていた。

雲海の縁が、丸く、わずかに彎曲《わんきょく》していた。その向こうに、青と白のまだら模様。さらにその下に、もっと深い青。

地球だった。

透は、大気圏の外、ぎりぎりのところに浮いていた。


下を見た。

黒い翼の姿は、なかった。

雲の中、あるいは雲のずっと下、見えない場所で、彼は追跡をやめていた。

ここまでは、追ってこられない。

直感的に、透はそう理解した。

なぜここまでは追ってこられないのか、彼にはわからなかった。けれど、黒い翼があの靄を抜けない理由は、確かに存在するのだ、と感じた。

彼の翼が、ゆっくりと羽ばたきをやめた。

それでも、体は落ちなかった。

ここでは、もう、重力は彼に作用していないようだった。


腕の中の女が、目を覚ました。


「ねえ」と女は言った。

声は、もう澪のものではなかった。けれど、澪ではない、とも言い切れなかった。

「ねえ、ありがとう」

「澪」

「澪じゃない」と女は微笑んだ。「澪でもある。でも、澪じゃない」

「君は」

「ねえ、もう、いいの」

「何が」

「降ろして」

透は首を振った。

「だめだ」

「下に、黒いあなたがいるからって?」

「そうだ」

「いいのよ、それで」

「何を言ってる」

「それが、いいのよ」


地球が、足の下でゆっくりと回っていた。

風はなかった。音もなかった。

ただ、女の声だけが、彼の耳元にあった。

「ねえ」と女は言った。「あなた、二十年前の夜のこと、覚えてる?」

透は答えなかった。

「橋の上で吐いた夜のこと」

「……」

「あの夜、あなたは決めたの。覚えてる?」

「……何を」

「もう、誰も死なせないって」

透の翼が、ぴくりと震えた。

「もう、誰にも、悲しい思いをさせないって。誰に対しても、優しくあろうって。誰の前でも、いい人でいようって」

「それの、何が悪い」

「悪くないのよ」女は首を振った。「悪くない。ただ、それは、片方を捨てる決断だったの」

「片方」

「あなたが、本当はもう一人いたの。怒ったり、嫉妬したり、人を傷つけたいと思ったり、誰かを羨んだり、誰かを憎んだりする、もう一人のあなた」

「……」

「それを、あなたは捨てたの。地下に閉じ込めた。鍵をかけて、見ないことにした」

透は黙っていた。

「でも、人間って、そんなふうにできてないのよ。半分だけで生きるようには、できてないの」

「だから、何だと言うんだ」

「だから」女は微笑んだ。「だから、私を落として」


透は息を呑んだ。

女は、彼の腕の中で、もう一度ゆっくりと言った。

「私を落として。下にいる、黒いあなたのところに」

「だめだ」

「それが、いいの」

「君を、彼に渡したら」

「渡したら?」

「君は、死ぬ」

女は笑った。

「もう、死んでるのよ、私は」


地球の縁から、太陽の光が漏れはじめていた。

夜明けが、地表のどこかで始まろうとしていた。

透の白い翼が、その光を受けて、ほんのわずかに金色に染まった。


「ねえ」と女は言った。「あなた、量子力学、覚えてる?」

「少しだけ」

「観測されない限り、すべての可能性は重なり合ったままで存在し続ける。覚えてる?」

「シュレディンガーの猫の話か」

「そう。猫は、箱を開けるまでは、生きていて、同時に死んでいる」

「それが」

「私もそうなの」女は言った。「私は、生きていて、死んでいる。あなたが二十年前、観測しなかった可能性の中で、私はずっと、どちらでもなかった」

「観測しなかった?」

「あなたは、あの夜、私の顔を見なかった。本当の意味で、見なかった。私が何を抱えていたか、あなたは見ないことを選んだ」

「……」

「だから、私はあのとき、確定しなかった。死んでもいないし、生きてもいない。二十年間、ずっと、どちらでもないまま、漂っていた」


透の腕が、震えた。

「君は」

「ええ」

「澪なのか」

「澪でもあるし、澪じゃない」女は笑った。「私は、あなたが観測しなかったすべての女の集まりよ」



第三章 観測

「私が、観測しなかった、すべての女」
透は言葉を繰り返した。その意味が、大気圏外の冷たい空白へと溶けていく。

腕の中の彼女は、地球の自転が生み出すかすかな光の輪をその瞳に映していた。二十年前の澪であり、数分前に橋の欄干にいた名もなき女性であり、あるいは透がこれまでの人生で「見ないふり」をして通り過ぎてきた、あらゆる誰か。

「人間はね、誰かを救おうとするとき、自分の見たい姿だけを切り取って救おうとするの」
彼女は、透の白い羽をそっと指先でなぞった。

その指は驚くほど冷たく、しかし確かにそこにあった。
「あなたのその綺麗な白い翼は、優しさだけでできている。でも、優しさというのはね、時に残酷な『拒絶』でもあるのよ」

「拒絶……? 僕が、君を拒絶したというのか」

「そうよ」
彼女は穏やかに、しかし断固として言った。

「あなたが二十年前に私に与えなかったのは、『死にたい』と言える隙間だけじゃない。
私の『醜さ』や『絶望』を受け入れる隙間よ。

あなたはいつも正しく、いつも優しかった。だから私は、自分の底にある真っ黒な泥を、あなたに見せることができなかった。

見せれば、あなたのその綺麗な世界を汚してしまうと思ったから」
透の胸の奥で、何かがきしむ音を立てた。

葬式の帰り道、橋の上で吐いたあの夜の記憶が、濁流となって蘇る。自分は彼女を励まし、慰め、希望を語った。それが正解だと信じていた。だが、それは彼女の「暗闇」から目を背け、自分の「正しさ」を守るための独善だったのではないか。

「だから、彼が生まれたのね」
彼女は下方の、灰色の靄の奥を指さした。

「あなたが切り捨てた、怒りや、利己心や、醜さを引き受けた、もう一人のあなたが」
下層の雲海が、にわかに波打ち始めた。

靄を裂いて、再びあの位相のずれた羽ばたきが聞こえてくる。

黒い翼。

彼は諦めていなかった。大気圏の境界、重力が消失しかけたこの絶対的な静寂の領域へと、重力を、あるいは執着をその身にまとったまま、猛烈な速度で上昇してくる。

「渡せ」
再び、あの声が響いた。今度は耳元ではなく、透の脳髄に直接突き刺さるような、重く、濁った響きだった。

「透、お前はまた同じ過ちを繰り返す気か。その女を『綺麗なまま』抱きしめて、宇宙の果てまで連れて行く気か。

それは救いではない。ただの監禁だ。ただの独りよがりだ!」
黒い翼の男が、雲海から躍り出た。
彼の顔は、怒りに歪んでいた。

それは透がこれまでの人生で、決して他人に見せたことのない、自分自身でも忘れていたはずの「激情」の表情だった。

「俺に渡せ! 俺なら、この女の泥を、絶望を、そのまま喰らってやれる。お前のように綺麗な言葉で薄めたりはしない!」
透は女を抱きしめる腕に力を入れた。

「だめだ……! お前に渡せば、彼女は落ちる。真っ逆さまに、あの黒い川へ!」

「それでいいのよ、透」
腕の中の女が、悲しいほど綺麗な声で囁いた。

「箱は、開けられなければならないの。生か死か、どちらか一つに、私は確定しなきゃいけない。あなたの『いい人』という名の箱の中に、私を閉じ込め続けないで」

「澪……」

「私は、落とされることを望んでいるの。あなたの『黒さ』に、私のすべてを観測してもらうために」
黒い翼が、眼前に迫る。

その漆黒の羽根から、夜の匂いが放たれる。それは四月の、あの冬の匂いを残した風と同じ匂いだった。
透は理解した。

このまま彼女を抱きしめて飛び続ければ、自分は「何一つ汚さない聖者」のまま、誰も救えずに永遠を彷徨うことになる。彼女を救うということは、彼女のすべて――その命の終わりさえも――を受け入れるということであり、そのためには、自分自身の「汚さ」と向き合わなければならないのだ。

透はゆっくりと、腕の力を抜いた。
「透……?」
黒い翼の男が、一瞬、驚いたように羽ばたきを止めた。

透は女の体を、宇宙の静寂の中にそっと手放した。
重力のないはずの空間で、なぜか彼女の体は、吸い込まれるように下方へと、黒い翼の男に向かって落ちていった。

「ありがとう」
彼女の最後の微笑みが、太陽の光に照らされて、今度こそ明確に、二十年前の桐谷澪の顔となって確定した。

黒い翼の男が、両腕を広げて彼女を受け止める。
抱きしめた瞬間、男の黒い翼から、墨のような闇が溢れ出し、彼女のブラウスを、そして彼女の存在そのものを包み込んでいった。

それは破壊ではなく、完全な「受容」の儀式のように見えた。

そして、二人の体が、猛烈な速度で地球へと落下し始める。

「待ってくれ!」
透は叫び、後を追おうとした。

しかし、羽ばたこうとした瞬間、背中に奇妙な違和感を覚えた。
白い翼が、一枚、また一枚と、ハラハラと抜け落ちていく。

光を浴びて金色に輝いていた羽根は、大気圏の摩擦に触れることもなく、ただの光の粒子となって消えていく。

救うべき対象を失った翼は、その存在理由を失ったかのように、完全に消滅した。

「あ――」
翼を失った透の体もまた、重力の網に捕らえられた。

上下の感覚が戻る。猛烈な風の音が、鼓膜を破らんばかりに鳴り響く。

落下が始まった。
黒い翼と彼女を追いかけるように、透は真っ逆さまに、青い地球へと、あの黒い帯のような多摩川へと、落ちていく。

視界が、急速に白夜から夜の闇へと巻き戻されていく。
雲を突き抜け、靄を裂き、風が肉を削るように吹き荒れる。

透は目を閉じなかった。
迫り来る黒い川の面を、しっかりと見つめていた。


結章 四月の風

「――っ!」
激しい呼吸と共に、透は跳ね起きた。

アスファルトの冷たい感触が、手のひらを通じて伝わってくる。

耳に飛び込んできたのは、ごうごうと流れる川の音と、遠くを走る電車の遠鳴りだった。

「はぁ、はぁ、はぁ……」
胸が激しく上下する。自分の手を何度も握り締め、確かめる。普通の、四十前の男の、少し冷えた手だった。背中に翼の気配はなかった。

肩甲骨のあたりを触ってみても、そこにあるのは凝り固まった筋肉だけだった。
隣を見る。
コンビニのレジ袋が、倒れていた。
中から発泡酒の缶が転がり出し、アスファルトの上で静かに止まっている。半額シールの貼られた唐揚げ弁当も、そのままだった。

透は立ち上がり、ゆっくりと周囲を見回した。
そこは、多摩川沿いの遊歩道だった。

数メートル先には、歩行者用の小さな鉄橋がある。欄干は腰の高さほどしかない。
欄干の外側には――誰もいなかった。

薄いブラウスの女も、黒い翼の男も、そこには存在しなかった。
ただ、四月の夜風が、冬の匂いをかすかに残して吹き抜けていくだけだった。

「夢、か」
透は呟いた。

だが、その声は以前のような諦念を帯びてはいなかった。胸の奥が、不思議なほど軽かった。

二十年間、ずっと自分を縛り付けていた、あの葬式の夜の吐き気のような重苦しさが、綺麗に消え去っていた。

彼は鉄橋に近づき、欄干に手をかけた。
下を流れる川は、やはりただの黒い帯で、光を吸い込んで反射しない。深さはわからない。

けれど、透はもう、そこから目を背けようとは見えなかった。
川の黒さは、自分の内側にある黒さと同じだった。それを認め、受け入れたとき、世界は少しだけ違って見えた。

「澪」
小さく、名前を呼んでみた。

返事はなかった。けれど、風が優しく彼の頬を撫でた。それは、あの宇宙の境界で聞いた「ありがとう」という声に、とてもよく似ていた。
透はレジ袋を拾い上げ、発泡酒の缶を中に戻した。

明日もまた、いつも通りの残業があり、いつも通りの日常が始まるのだろう。いい人でいることを、完全にやめることはできないかもしれない。

けれど、これからは。
暗い顔をした誰かに出会ったとき、安易な希望でその場を濁すことだけはしないだろう。共にその暗闇を眺める強さを、今の自分は持っている気がした。

透は歩き出した。
橋を渡り、自分の家へと向かう彼の足取りは、ほんの少しだけ、地面から浮いているようになめらかだった。




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2つ目の物語


第三章 二つの翼

透は、女を抱く腕に力をこめた。

「だめだ」

「あなた」

「君を、誰にも渡さない」

「でも、あなたは知ってるはずよ」女は静かに言った。

「箱を開けなければ、何も終わらない。私はずっと、開かれるのを待ってる」

「箱を開けるのが、君を落とすことだとは限らない」
女は目を見開いた。

透は自分の言葉に、自分で驚いていた。けれど、口にしてしまうと、それが正しい気がした。

「君は言った。俺が観測しなかったから、君は確定しなかったって」

「ええ」

「だったら、今、観測すればいい。落とすことでも、見ないふりをすることでもなく」

「どうやって」

「分からない」透は首を振った。「分からないけど、たぶん、今までと同じやり方じゃだめなんだ」

下で、何かが動く気配があった。
雲の縁が、黒く滲んだ。
黒い翼が、追いついてきたのだ。

大気の境界などないかのように、漆黒の翼が靄を突き破って上昇してきた。透のすぐ下、五メートルもない距離に、もう一人の自分が浮かんでいた。

「ここまで来れないはずだ」と透は言った。

「来れないと思っていたのは、お前だけだ」黒い翼は答えた。
「俺はずっと、お前のすぐ後ろにいた。お前が気づかなかっただけだ」
その言葉に、透は何も言い返せなかった。

「渡せ」黒い翼はもう一度言った。けれど、声には、最初ほどの強さがなかった。

「いやだ」

「お前には救えない」

「お前にも救えない」

黒い翼は黙った。

「お前は、彼女を地下に引きずり込むだけだ」と透は続けた。
「俺は、彼女を光の届かないところに閉じ込めるだけだった。どっちも、彼女を見ていない」

「では、どうしろと言うんだ」
透は答えなかった。代わりに、腕の中の女を見た。

女は、もう澪の顔ではなかった。誰の顔でもなかった。輪郭だけがあって、そこに無数の表情が、波のように重なっては消えていった。

透は、黒い翼に向かって、手を伸ばした。
「何のつもりだ」

「お前を、地下に閉じ込めたままにはしない」

「俺を、地上に連れて行くつもりか」黒い翼は笑った。

「俺がどんな存在か、分かって言っているのか」

「分かってない」透は言った。
「分かってないから、知りたい」

指先が触れた瞬間、世界がもう一度、波打った。
今度は、地平線がずれるのではなかった。

二つの翼が、重なった。
白い羽根の隙間に、黒い羽根が入り込んだ。黒い羽根の隙間に、白い羽根が入り込んだ。痛みはなかった。

ただ、長いあいだ閉じていた扉が、軋みながら開いていくような感覚があった。

透は、二十年間忘れていたものを、一度に思い出した。
澪が暗い顔をするたびに、励ましながら、心のどこかで苛立っていたこと。

彼女の沈黙が怖くて、言葉で埋めようとしていたこと。
「大丈夫」と言うたびに、本当は「大丈夫にしてくれ」と願っていたこと。

そして、葬式の夜、橋の上で吐きながら、悲しみと同じ量だけ、どこかで安堵していたこと——もう、彼女の暗さに、付き合わなくていいのだという、誰にも言えなかった安堵。
それは、醜い感情だった。
けれど、確かに、透のものだった。

「これが」と透は言った。声が震えていた。「これが、俺だったのか」
「半分はな」黒い翼は、もう黒くなかった。羽根の色が、灰色に変わりはじめていた。

「もう半分は、お前がさっき言った通りだ。誰かを救いたいと、本気で思う部分」

「お前は、悪魔じゃなかったのか」
「悪魔と呼んだのは、お前だ」灰色の翼は言った。「俺はずっと、お前に見てもらいたかっただけだ」

腕の中の女が、目を開けた。
その顔は、もう誰かの顔ではなかった。透の前にいる、一人の女の顔だった。

「ねえ」と彼女は言った。「私、誰だったか、分かる?」
透は首を振った。

「分からない。でも」

「でも?」

「君が誰であっても、俺は君を、ちゃんと見る」

女は、長いあいだ黙っていた。
それから、ゆっくりと微笑んだ。今度の笑いは、皮肉でも、観察でもなかった。
「やっと」とだけ、彼女は言った。

体が、ふわりと軽くなった。
女の輪郭が、光の粒になって、ほどけていった。痛みも、悲しみも、安堵も含めて、すべてが透の腕の中で静かに散っていった。

最後まで残ったのは、二十二歳の澪の、ぎこちない笑い方だった。
それも、やがて消えた。

気づくと、透の背中には一対の翼があった。
片方は白く、片方は灰色だった。
地球が、足元でゆっくりと回っていた。夜明けの光が、雲海の縁を金色に染めていた。

透は、もう何も追いかけていなかった。
落ちていく誰かもいなかった。
ただ、二つの色をした翼で、静かに、宇宙に浮かんでいた。

目を覚ましたとき、透は橋の上にいた。
欄干の内側、安全な側に、座り込んでいた。
手には、まだレジ袋が提げられていた。発泡酒の缶が、ぬるくなっていた。

川を見た。黒い帯が、いつも通り、そこにあった。誰も立っていなかった。

透は、長いあいだ、欄干にもたれていた。
それから、ゆっくりと立ち上がり、歩き出した。

背中に、もう翼はなかった。けれど、何かが、確かに変わっていた。
二十年間閉じ込めていた扉が、もう、施錠されていないことだけは、分かっていた。



ーーーーーーーーーー



3つ目の物語


第三章 地下室

靄を抜けた瞬間、落下は止まった。
止まった、というよりは、地面があった。

いや、地面ではなかった。天井だった。あるいは壁だった。上下も前後もない、真っ白な部屋だった。透は女を抱いたまま、その白い空間に立っていた。
白い翼はまだ背中にあった。けれど、羽ばたく必要はもうなかった。

「ここは」

「地下室」

声がした。

振り返ると、黒い翼の男が立っていた。十メートルも離れていない。さっきまで追いかけっこをしていた距離が、嘘のようだった。

黒い翼は壁にもたれ、腕を組んでいた。その姿は、残業明けの透自身がコンビニの前で煙草を吸うときの姿と寸分違わなかった。

「地下室、だと」透は繰り返した。

「お前が作った」黒い翼は言った。

「二十年前にな」

透は女をそっと床に降ろした。
床は床らしく冷たく、硬かった。
女はまだ目を閉じている。
呼吸は浅い。
生きているのか、死んでいるのか、まだ確定していない。

「渡しに来たんだろう」黒い翼が言った。「その女を」
透は黙って頷いた。

「なら、置いていけ」

「その前に」透は一歩前に出た。「聞きたいことがある」

「なんだ」

「お前は、俺なのか」
黒い翼は笑った。

やはり、透自身の笑い方だった。嫌なところまでそっくりだった。
「そう聞かないと、お前は安心できないんだな」

「答えろ」

「俺はお前だよ」黒い翼は翼を一度だけ小さく羽ばたかせた。

風圧で、透の前髪が揺れた。「お前が捨てたほうのお前だ。お前が『あはなりたくない』と思って、二十年間かけて殺し続けてきたお前だ」

「殺して、ない」

「殺したさ」黒い翼は指を三本立てた。
「大学四年の冬、お前は教授に殴りかかりそうになった。覚えてるか。澪の死を『彼女の弱さだ』と言われたときだ」

透の喉が、ひくりと動いた。

「お前は殴らなかった。殴る代わりに、頭を下げた。『ご指導ありがとうございました』ってな。あのとき、俺は死んだ」

黒い翼はもう一本指を折った。
「社会人三年目。取引先の部長に、サービス残業を押し付けられた。断ればよかった。お前は断らなかった。『喜んで』と言って、朝まで資料を作った。あのときも、俺は死んだ」

最後の一本を折る。

「三十五のときだ。婚約者に浮気された。問い詰めればよかった。殴ればよかった。泣き喚けばよかった。

お前は何をした? 『君が幸せなら、それでいい』と笑った。あの夜、俺は完全に死んだ」
白い部屋に、しばらく沈黙が落ちた。

「そのたびに」黒い翼は続けた。
「お前は白い翼を一枚、手に入れた。

いい人の翼だ。
正しい人の翼だ。
誰も傷つけない人の翼だ」

「……それの、何が悪い」

「悪くないさ」
黒い翼は肩をすくめた。

「ただ、お前は半分になった。それだけだ」
透は拳を握った。
握った拳が、自分のものではないみたいに軽かった。

「だから」と黒い翼は女を顎で指した。「その女を俺に渡せ。お前には、彼女を観測する資格がない。いい人は、他人の地獄を覗き込めない。覗き込んだら、自分が汚れるからな」

透は女を見た。
女の睫毛が、わずかに震えた。まだ、どちらでもなかった。

「観測って」透は言った。

「なんだ」

「見ることだよ」黒い翼は嘲るように言った。

「相手の全部を見る。光も、闇も、善も、悪も、綺麗なところも、醜いところも。見て、それでも『お前でいい』と言う。それが観測だ」

「お前に、それができるのか」

「俺はお前だ」黒い翼は一歩前に出た。
「俺は、お前が見るのをやめた全部を持ってる。だからできる」

二人の距離は、三メートルまで縮まっていた。白と黒、同じ顔、同じ身長、同じ声。違うのは、翼の色だけだった。

「最後に聞く」透は言った。
「お前は、澪を、愛していたか」
黒い翼は、初めて笑わなかった。

しばらく、黙っていた。
やがて、ゆっくりと口を開いた。
「愛していたさ」

「じゃあ、なぜ」

「愛していたから、殺したくなかった。
殺したくないから、見なかった。
見なかったから、彼女は一人で死んだ」

透の白い翼が、大きくしなった。

「同じだな」透は言った。

「ああ」黒い翼は頷いた。

「俺もお前も、同じ理由で彼女を見殺しにした。
お前は善で見殺しにした。
俺は悪で見殺しにした。

動機は正反対で、結果は同じだった」

「なら」透は一歩、前に出た。
距離は二メートル。

「俺が彼女を渡したら、お前はどうする」

「決める」黒い翼は女を見た。

「生かすか、殺すか、今ここで決める。それが観測だ」

「俺にも、決めさせろ」

「お前には無理だ」黒い翼は首を振った。

「お前は決めない。決めることは、誰かを傷つけることだから。お前は誰も傷つけたくない。
だから、永遠に決めない」

透は目を閉じた。
二十年間の夜を思い出していた。

残業の夜。
一人で食べる半額弁当の夜。
橋の上で吐いた夜。
誰かの幸せを祈って、自分を殺してきた夜。

目を開けた。
「違うな」透は言った。

「何が」

「俺は、決めなかったんじゃない」
白い翼が、音を立てて畳まれた。
羽根が一枚、床に落ちた。

「決めるのが、怖かっただけだ」
黒い翼の表情が、初めて変わった。驚きだった。

「俺は」透は続けた。
「俺は、澪の地獄を見て、それでも『お前でいい』と言えなかった。
言う資格が自分にはないと思った。

だって俺は、汚い人間だからだ。
怒るし、嫉妬するし、殴りたいときもある。そんな俺が、彼女の綺麗な絶望を抱きしめるなんて、烏滸《おこ》がましいと思った」

「……」

「だから、いい人になった。いい人をやってれば、汚い自分を隠せると思った。隠してれば、彼女にふさわしい人間になれると思った」

透は女の横に膝をついた。冷たい手に、自分の手を重ねた。

「馬鹿だったな」
女の指が、ぴくりと動いた。

「澪」透は呼んだ。
「ごめん」

黒い翼が動いた。
止めに来た。

透は顔を上げなかった。
女の指に、額を当てた。

「ごめん。俺、怒ってる。お前が一人で死んだことに、怒ってる。
俺に何も言わなかったことに、嫉妬してる。
あの教授を、今でも殴りたいと思ってる。
婚約者のことも、まだ憎んでる」

一言ごとに、白い翼が黒く染まっていった。
羽根の先から、根本に向かって、墨を流したように。

「俺、ぜんぜんいい人じゃない。
弱いし、ずるいし、見たくないものから目を逸らしてきた。
お前のことだって、本当はちゃんと見てなかった」

白い翼は、もう半分以上が黒に変わっていた。
「でも」透は女の手を握りしめた。「でも、お前が、生きてても、死んでても、お前がお前であることに変わりはない。お前がどっちでも、俺は」

そこまで言って、透は息を呑んだ。
言う資格がないと思っていた言葉が、喉まで出かかっていた。

黒い翼が叫んだ。
「言うな!」

透は黒い翼を見た。もう一人の自分を見た。地下室に閉じ込めてきた、自分自身を見た。

「お前も」透は言った。「一緒に言えよ」
黒い翼は立ち止まった。

「俺一人じゃ、言えないんだ」透は笑った。
泣きそうな顔で笑った。「半分じゃ、足りないんだよ」
白い部屋が、きしんだ。

床に亀裂が走った。
亀裂から、光が漏れた。

黒い翼は、ゆっくりと透の横に膝をついた。女のもう片方の手に、触れた。

二人は顔を見合わせた。
二十年ぶりに、自分自身と目が合った。
「せーの、で」透が言った。

黒い翼は頷いた。
二人は同時に、女に向かって口を開いた。

「「生きてくれて、ありがとう。
死なないでくれて、ありがとう」」
白と黒が混ざった翼が、大きく広がった。

灰色の、夜明けの色をした翼だった。
女の睫毛が、ゆっくりと持ち上がった。


地下室が崩れた。



第四章 朝

目が覚めると、頬にアスファルトの感触があった。
冷たかった。ざらざらしていた。
現実の冷たさだった。

透はゆっくりと上体を起こした。
背中が重い。
翼はない。
振り返っても、灰色の羽根は一枚も落ちていなかった。
夢か。そう思って、右手を見た。

レジ袋があった。
中身は、ぬるくなった発泡酒と、潰れた唐揚げ弁当。缶が一つ、転がって、カランと鳴った。

橋だった。
歩行者用の小さな鉄橋。欄干は腰の高さほどしかない。下を流れる多摩川は、やはり黒い帯だった。けれど、東の空が白み始めていた。夜が、少しずつ剥がれていく時間だった。

「……」

透は立ち上がった。
足元に、もう一つ影があった。
女が倒れていた。

薄いブラウス。
髪が顔にかかっている。
欄干の外側ではない。
こちら側の、アスファルトの上に。

呼吸をしている。
胸が、かすかに上下していた。
生きていた。

透は膝をついた。
手を伸ばして、女の肩に触れた。

「大丈夫、か」
女の睫毛が震えた。
ゆっくりと、目が開いた。

二十年前の顔ではなかった。
かといって、見知らぬ顔でもなかった。

四十前後の、疲れた顔だった。
泣きはらしたような目元だった。
けれど、確かに生きている人間の顔だった。

女は透を見た。しばらく、誰かを確認するように見た。

「……誰」
かすれた声だった。

「通りすがり」透は答えた。
二十年前にできなかった返事を、今、ようやく口にした。

「通りすがりだけど、放っておけなかった」
女は少し笑った。
迷惑そうな顔ではなかった。
困ったような、照れたような笑い方だった。

「ばか」
落ちる前に聞いた、最後の言葉だった。

今度は、落ちた後に聞く、最初の言葉だった。

透は女を抱き起こした。
軽くはなかった。
ちゃんと、人間の重さがあった。
体温があった。震えていた。

「救急車、呼ぶか」
「いい」女は首を振った。

「大丈夫。ちょっと、眠いだけ」

「警察は」

「呼ばないで」女は透のシャツを掴んだ。

「お願い。誰にも、言わないで」
透は頷いた。

二人はしばらく、欄干に並んで座っていた。
女は膝を抱え、透はレジ袋を足元に置いた。発泡酒は、もう飲む気がしなかった。

東の空が、だんだんと赤くなっていく。
多摩川の黒い帯に、初めて光が射した。川面が、きらきらと反射した。深さは相変わらずわからない。

けれど、落ちて死ぬかどうかは、落ちなくてもわかる種類の朝だった。

「なあ」透が言った。

「なに」

「名前、聞いてもいいか」
女は少し迷って、それから小さく答えた。

「美月《みづき》。佐倉美月」
澪じゃなかった。

当たり前だった。澪は二十年前に死んでいる。
死んだ人間は、年を取らない。

「透」彼は言った。「冴島透」

「透さん」美月はその名前を、一度舌に乗せた。

「変な名前」

「よく言われる」

二人は笑った。
声に出して笑うのは、なんだか久しぶりな気がした。

風が吹いた。
もう冬の匂いはしなかった。
四月の、朝の匂いだった。

「なあ、佐倉さん」

「美月でいい」

「美月」呼び直して、透は言った。

「俺、さっきまで、変な夢を見てた」

「どんな」

「翼が生えて、あんたを抱えて宇宙まで飛んで、もう一人の俺と喧嘩する夢」

美月はきょとんとして、それから吹き出した。

「なにそれ。厨二病?」

「かもしれない」透も笑った。

「でも、その夢の中で、俺、決めたんだ」

「何を」

「もう、いい人やめる」

美月は笑うのをやめて、透を見た。

「いい人やめたら、どうするの」

「怒るときは怒る。
悲しいときは悲しいって言う。
嫉妬もするし、羨ましいって言う。誰かを殴りたいときは、殴りたいって言う」

「最低じゃん」

「そう」透は頷いた。
「最低。でも、その最低な俺で、あんたのこと、ちゃんと見る」

美月は何も言わなかった。
膝を抱える腕に、少し力が入った。

「見られて」透は続けた。
「どうするかは、あんたが決めていい。嫌なら逃げていい。殴ってもいい。でも、俺はもう、見ないふりはしない」

川面が、朝日に染まって金色になっていた。
美月は立ち上がった。
よろめいて、欄干に手をついた。
透も慌てて立つ。

「帰れるか」

「……たぶん」

「送ってく」

「いい。来ないで」

橋の上での、最初の言葉と同じだった。けれど、響きが違った。
拒絶ではなかった。
照れ隠しだった。

透は三歩下がった。
レジ袋を持ち上げた。
「じゃあ、俺は帰る。残業の続きがあるから」

「嘘。もう朝だよ」

「そうだった」

二人はまた笑った。
美月が橋を渡り始める。
透は見送った。
追いかけなかった。
追いかけないことが、観測することだと、彼はもう知っていた。

橋の真ん中まで行って、美月が振り返った。

「ねえ、透さん」

「なに」

「ありがとう」

「さよなら、じゃないのか」

美月は笑った。
二十年前の誰かに似た笑い方だった。

けれど、誰でもない、佐倉美月自身の笑い方だった。

「また、助けてくれる?」

透は欄干に手を置いた。
鉄はもう冷たくなかった。
朝の陽に温められていた。

「あ」彼は頷いた。

「何度でも、落ちるよ」

美月はもう一度笑って、今度こそ橋を渡り切った。

遊歩道の向こう、マンションの影に消えていった。

透はしばらくそこに立っていた。
やがて、空が完全に白んだ。

街が、動き出す音を立て始めた。
彼はレジ袋を持ち直した。潰れた弁当は、もう食べられそうになかった。発泡酒は、帰って風呂に入りながら飲もうと思った。

橋を降りる。
そのとき、背中に一瞬、羽根の重みを感じた気がした。

振り返っても、何もなかった。
ただ、朝の風が、シャツの背中を膨らませただけだった。

透は歩き出した。
灰色の翼を畳んで、今日という一日へ。



エピローグ 半額弁当

その日の夜、透はまた残業になった。

二十年前から変わらない蛍光灯の下で、二十年前にはなかったクラウドの画面を睨み、二十年前と同じように「お疲れ様でした」と頭を下げて会社を出た。

違うのは、コンビニに寄らなかったことだ。
代わりに、駅前のスーパーに寄った。
閉店間際の店内は、半額シールの祭りだった。

弁当も、惣菜も、刺身も、全部が「50%OFF」の赤い文字を貼られて、助けを待っている。

透は唐揚げ弁当を二つ手に取った。
レジに並びながら、ふと考える。
いい人をやめる、と決めた朝から三日経った。怒る練習はまだできていない。

嫉妬も、憎しみも、うまく言葉にできない。ただ一つだけ、できるようになったことがある。

“見る”ことだ。

部下の疲れた顔を、見なかったことにしなかった。
「大丈夫?」と聞いたら、
「大丈夫じゃないです」と返ってきた。

それでいいのだ、と今は思う。

「お箸、お二つでよろしいですか」
レジの店員に言われて、透は頷いた。

「はい。二人分で」

袋を受け取り、多摩川沿いを歩く。橋はもう渡らない。
橋の手前のベンチが、定位置になった。
ベンチには、先客がいた。

「遅い」

佐倉美月が、膝にバッグを抱えて座っていた。
三日前と同じブラウスではなかった。
ちゃんとコートを着ていた。
化粧も、薄くしていた。

「残業」透は隣に腰を下ろした。
「ごめん」

「別に、待ってたわけじゃないから」

「はい」
袋から弁当を出す。
二つ並べる。
箸を割って、一つを渡す。

「……本当に食べるんだ」

「食うよ。約束したし」

三日前の朝、橋で別れ際に美月が言った。

『今度、半額じゃない弁当、奢ってよ』

『嫌だ』透は即答した。
『半額のほうがうまい』

『最低』

『最低だから』

そうして、なぜか今夜になった。

美月は箸で唐揚げをつついた。
口に入れる。
咀嚼する。
飲み込む。

「……うまい」

「だろ」

「悔しい」

二人は笑った。
川の向こうで、電車が光の帯を引いて走っていった。

「なあ」美月が言った。

「なに」

「あのさ、あの夜のこと、覚えてる?」

「どの夜」

「私が、橋から」

透は弁当を置いた。
美月を見た。
美月は川を見ていた。

「覚えてる」

「私、飛ぶつもりだったの」
美月は静かに言った。

「本当に。誰にも言わないでって言ったけど、本当は、誰かに止めてほしかったのかもしれない」

「……」

「でも、来ないでって言った。

来たら飛ぶって言った。
矛盾してるよね」

「人間だから」透は言った。
「矛盾してていいんだよ」

美月は唐揚げをもう一つ口に入れた。

「あのとき、透さん、欄干越えてきたでしょ」

「うん」

「落ちると思った。
死ぬと思った。
二人で死ぬんだと思った」

「俺も思った」

「でも、落ちなかった」

「うん」

「なんで」

透は空を見上げた。
星は見えない。
街の光が明るすぎるからだ。

でも、確かに上には宇宙があって、灰色の翼があったことを、彼は知っている。

「誰かが」透は言った。
「俺の中の、もう一人の俺が、『お前一人じゃ無理だ』って、背中を押したんだと思う」

「もう一人の、透さん?」

「うん。怒る俺。嫉妬する俺。殴りたいって思う俺。最低なほうの俺」
美月は箸を止めた。

「その人にも、会ってみたいな」

「会ってるよ」透は笑った。

「今、こうやって、あんたと半額弁当食ってるのが、そいつだから」

美月はきょとんとして、それから声を出して笑った。

橋の上では見せなかった、大きな笑い声だった。

「なにそれ。口説いてるの?」

「観測してるの」透は真顔で答えた。

「佐倉美月って人間が、唐揚げ好きで、笑うと目がなくなるってこと、今、観測した」

「きも」

「はい」

また笑った。

食べ終えた弁当の容器を、レジ袋にまとめる。
透が立って、ゴミ箱に捨てに行く。戻ってくると、美月がベンチの上で足をぶらぶらさせていた。

「ねえ、透さん」

「なに」

「私、まだ、死にたいって思うとき、あるよ」

透の足が止まった。

美月は続けた。

「でも、死なないって思うときも、ある。どっちもある。半々なの」

「……そっか」

「それでいいって、言ってくれる?」

透は美月の隣に座り直した。
肩が触れそうで、触れない距離。

「いいよ」

「本当に?」

「本当に」透は頷いた。

「どっちでもいい。どっちでも、あんたはあんただから」

美月は何も言わなかった。
ただ、すん、と鼻をすすった。

「やば。泣くところだった」

「泣いていいよ」

「やだ。化粧崩れる」

「そっか」

四月の夜風は、もう冬の匂いを残していなかった。

川の向こうから、新しい年度の、新しい生活の音が聞こえてくる。

「帰る」美月が立ち上がった。

「送ってく」

「いい。今日は、来ないで」

「わかった」

透は立ち上がらなかった。
ベンチに座ったまま、美月を見送る。

三日前と違うのは、美月が三歩進むたびに振り返ることだった。
三回目に振り返ったとき、
美月は言った。

「また、明日も」

「うん」

「半額弁当」

「うん」

「約束ね」

「約束」

美月は今度こそ振り返らずに歩いていった。
遊歩道の街灯が、彼女の髪をオレンジ色に染めていた。

透はベンチに一人残された。
ポケットを探る。
発泡酒は、もう買わなかった。
代わりに、缶コーヒーが一本入っていた。

微糖。

プルタブを開ける。
冷たい。

一口飲んで、空を見上げた。

翼はない。
でも、飛べる気がした。

落ちてもいい、と思える気がした。

缶を掲げる。
誰もいない夜に向かって、小さく呟いた。

「お疲れ。もう一人の俺」

風が、
返事の代わりにシャツを揺らした。



ーーーーーーーーーー

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【あとがき】

『黒い翼』を最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました。

この物語を書き終えた今、私は一つのことを思います。

人は誰しも、白い翼と黒い翼の両方を持っているのではないでしょうか。

誰かを助けたいと思う気持ちも、
誰かを羨み、憎み、怒る気持ちも、
どちらも間違いなく「自分」です。

けれど私たちは、大人になるにつれて、黒い翼を見ないように生きていきます。

いい人になろう。
優しくあろう。
怒らないようにしよう。

それはとても尊いことです。

しかし、黒い翼を閉じ込めたままでは、いつか自分自身が半分になってしまうのかもしれません。

この作品には三つの結末があります。

どれが正解なのか、私にもわかりません。

きっと人生と同じで、答えは一つではないのでしょう。

ただ一つ言えるのは、人は自分の闇を受け入れたとき、少しだけ誰かの痛みに寄り添えるようになるのではないか、ということです。

もしこの物語が、あなたの心の中にいる「もう一人のあなた」と出会うきっかけになれたなら、とても嬉しく思います。

そして願わくば、あなたの翼が白であっても、黒であっても、あるいはその間の灰色であっても、それを否定せずに生きていけますように。

また別の物語でお会いしましょう。