厄年、十を加えて
― ある噺家の、向こう側の座敷 ―
柳家喜三太 述
〜まえがき〜
落語という芸能は不思議なものです。
高座の上には、机もなければ大道具もありません。
噺家は座布団一枚の上で、扇子と手拭いだけを使い、人を笑わせ、泣かせ、ときには震え上がらせます。
なかでも怪談噺には、独特の魅力があります。
怖い話を聞いているはずなのに、どこか懐かしい。
亡くなった人の話を聞いているはずなのに、なぜか温かい。
それはきっと、怪談が「死」を語る話ではなく、「生きていた人」を語る話だからなのでしょう。
本作は、そんな落語の世界を舞台にした小さな幻想譚です。
昔の厄年は四十二歳と言われました。
けれど現代では、人生も寿命も大きく変わりました。
もし厄年に十を加えるとしたら。
その頃、人は何を思い、何を失い、
何を見つけるのでしょうか。
そして、高座の上から見える景色は、
本当にこちら側だけなのでしょうか。
そんなことを考えながら書きました。
どうぞ肩の力を抜いて、
一席お付き合いください。
序
三遊亭圓朝が『牡丹燈籠』を語り終えたあと、客席は長いあいだ静まり返っていた、という話を、師匠から何度も聞かされた。
噺が終わっても、あの世の気配だけが座敷に残る。それが落語の怪談というものだ、と。
師匠の名は、柳家喜三久。
昭和の残り香をそのまま身にまとったような人だった。高座では着古した黒紋付きに角帯を締め、扇子ひとつで江戸の町も、あの世の廊下も、つくり出してみせた。
その師匠が、五十三歳で逝った。
私の名は、柳家喜三太。まだ二つ目のひよっこだが、師匠に拾われ、師匠に育てられ、師匠の高座を一番近くで見続けてきた。
師匠が亡くなったのは、六月の、雨の夜だった。
葬儀のあと、独りで師匠の部屋を片付けていたとき、押し入れの奥から古びた手拭いに包まれたものが出てきた。
広げてみると、それは古い高座台本だった。表紙に、師匠の筆で、こう書いてあった。
「重なり噺 全一席」
私はそれを、読んだ。
そしてこれは、その台本に書かれていた物語である。
一、 五十三の坂
六代目・橘屋錦秋は、還暦を二年越えたところで、ようやく大師匠の称号を得た。
落語界では珍しくない。真打ちになるのに二十年かかり、看板になるのにさらに二十年。芸の道とは、そういうものだ。
だが錦秋が最近よく考えることは、芸のことではなかった。
仲間のことだった。
ここ数年で、同じ世代の噺家が何人か逝った。みな五十代の入り口で、である。
五十一、五十三、五十四。
ある者は心臓、ある者は肝臓、ある者は脳の血管。
原因は違えど、不思議なほど同じ年頃に、ぱたぱたと。
錦秋は弟子の前でこんなことを言った。
「昔は四十二が厄年と言ったろう。でも今はな、どうも十ほど上がったようだぞ。五十二あたりが、いちばん危ない坂になったんじゃないかねえ」
弟子は笑った。だが錦秋は笑わなかった。
四十代のうちは、身体がまだ解毒してくれる。多少の無理も、深酒も、睡眠の足りない夜も、朝になれば帳消しにしてくれる。
ところが五十を越えると、その解毒の力が、静かに、ゆっくりと、衰えていく。
衰えているとは、なかなか気づかない。四十代と同じように飲み、同じように喋り、同じように高座に上がる。
そして二年、三年と溜まったものが、ある日突然、破裂する。
錦秋はそう考えていた。
そしてその坂を越えて、還暦を迎えた今、ようやく少しずつ、身体の使い方というものが、わかってきた気がしていた。
その夜、錦秋は高座から楽屋に戻り、着物を脱いでいると、ふと気配を感じた。
楽屋の隅に、人が座っているような気がした。
見ると、誰もいない。
だが、気配だけが、ある。
錦秋は長年、怪談噺を演じてきた。『真景累ヶ淵』も、『怪談乳房榎』も、『芝浜』の幽霊話も、数えきれないほど語ってきた。
だから少々の気配には動じない。
「誰かいるかい」
錦秋は楽屋の隅に向かって、静かに訊いた。
返事はなかった。
ただ、楽屋の端に置いてあった扇子が、ひとりでに、ぱたりと開いた。
二、 重なった座敷
落語には「世界」という言葉がある。
演目ひとつひとつが、完結した宇宙を持っている。登場人物の名前、舞台となる町、そこに流れる時間、すべてがひとつの「世界」を形作っている。
熟達した噺家は、その「世界」に入り込む。そして客を、その世界に連れ込む。
高座の上では、現と虚の境目が、薄くなる。
錦秋が気づいたのは、その夜の高座の途中だった。
演目は『死神』。
蠟燭の炎が消えかけている場面で、錦秋はいつもより深く、その「世界」に入り込んでいた。
客席の後ろの方に、見知らぬ顔が見えた。
着物を着た男が、じっとこちらを見ている。
見覚えのある顔だった。
五年前に逝った、仲間の顔だった。
錦秋は動揺しなかった。いや、できなかった。噺の途中だったから。
彼はそのまま語り続けた。死神の台詞を語り、主人公が蠟燭を吹き消す場面を語り、客席に笑いを引き起こした。
そして最後の一言を言い終え、頭を下げて、立ち上がると——
後ろの席に、もう誰もいなかった。
その夜、錦秋は眠れなかった。
寝床の中で、師匠から聞かされた話を思い出していた。
「噺家はな、この世とあの世の境目で話をしているんだ」
師匠はよくそう言った。
「高座の上はな、向こう側と、こちら側が、重なっている場所なんだよ。だからいい怪談が語れる。俺たちはそこに、毎晩立ってるんだ」
錦秋はその言葉を、長年、芸論として聞いていた。
噺が上手くなるための、比喩だと思っていた。
だが今夜、はじめて文字通りのことを、聞いたような気がした。
この世はいくつかの空間が重なっている。
高座というのは、その重なり目に、たまたまある場所なのかもしれない。
そして噺家は、その重なり目に毎晩立って、こちらと向こうをつなぐ橋を、口ひとつで作っているのかもしれない。
三、 向こうの座敷
翌月、錦秋は地方の小屋で独演会をやった。
山の中の小さな温泉町で、芸人が来るのは年に一度か二度だという。
客は五十人ほど。みな年配で、顔に深い皺を刻んだ人たちだった。
三席演じて、最後に『牡丹燈籠』の一節をやろうとしたとき、錦秋はふと、奇妙なことに気づいた。
客の数が、増えている。
数えると、七十人はいる。
だが小屋の扉は閉まっていて、誰かが入ってきた様子はない。
しかも後ろの方に座っている客は、どこか輪郭が、薄い。
錦秋は扇子を持ちなおし、静かに、語り始めた。
お露が提灯を下げて、坂を上ってくる。
カランコロンと下駄の音がする。
荻原新三郎が目を覚ます。
錦秋が語るほどに、後ろの客たちが、静かになってきた。
身を乗り出すようにして、聞いている。
笑いは起きない。だがその静けさは、怖れからではなく、どこか懐かしさのような感触を帯びていた。
語り終えて、錦秋が頭を下げると、拍手が起きた。
後ろから聞こえる拍手は、音が少し違った。
重みがなく、遠くの雨のような音だった。
顔を上げると、後ろの席はまた、五十人に戻っていた。
楽屋に引き上げると、主催の老人がやってきて、こう言った。
「今夜は珍しいことがあった。いつもよりお客が多かった。後ろの方に、知らない顔がいくつかあった」
錦秋は笑って答えた。
「そうですか。みなさん、お聞きになりたかったんでしょう」
「あの方たちは、この町の墓地に眠っているお方たちに、よく似ておりましたよ」
老人は笑わずに、そう言った。
四、 長生きは徳か
還暦を越えると、見えるものが変わってくる。
錦秋はそれを、誰にも言えなかった。言っても信じてもらえないし、信じてもらえたとしても、困る。
だが確かに、変わった。
若い頃は見えなかったものが、少しずつ、見えてくる。
気配を感じる。
重なりを感じる。
高座の上だけでなく、ふとした瞬間に、この世の薄い膜の向こうに、もう一枚の景色があるような気がする。
ある夜、錦秋は弟子の喜三太に話した。
「長生きは徳だと思うかい」
喜三太は困った顔をした。
「師匠、縁起でもない」
「縁起でもなくはないよ。本気で考えてるんだ」
錦秋は続けた。
「この世は全員が老人になれるわけじゃない。古希まで生きられる人間は、そのうちの何割かだ。八十まで健康でいられる人間は、さらにその何割かだ」
「それはそうですが」
「だとすると、長生きしたから幸せかというと、そう単純じゃない気がしてきてな」
弟子は黙って聞いていた。
「向こうに行った連中はな、五十三とか五十四で逝ったわけだが、それはそれで、なにか理由があったんじゃないかと思うようになった。この世に用があって生まれてきて、その用が済んだから帰った。そういうことかもしれない」
「じゃあ師匠は、まだ用が済んでいないと」
「まあ、そうだな。噺がまだ残っているから、ここにいるんだろう」
錦秋は扇子を開き、閉じた。
「でもな、そう考えると、向こうに行ったやつらを、あまり悲しむのも違うかもしれない。あいつらは帰っただけで、どこかで噺を聞いてるんだよ、きっと」
五、 台本の最後
その台本の最後には、こんな一節があった。
高座とは、橋のようなものである。
この世とあの世のあいだに、毎晩かけられる、一夜限りの橋。
噺家はその橋の上に立って、語る。
こちらからは生きた客が聞きに来る。
向こうからは、かつて笑っていた者たちが、また聞きに来る。
語り手は知っている。
だから怖くない。
ただ、語る。
五十三で逝くことも、八十五で逝くことも、おそらく大した違いではない。
用が済めば帰る。用が残れば残る。それだけのことだ。
長生きが徳でないとすれば、では何が徳か。
それは語ること、だろう。
生きているあいだ、精一杯、語ること。
笑わせること。泣かせること。静かにさせること。
向こうの客にも聞こえるほどの声で、語ること。
それだけが、噺家の徳だ。
台本はそこで終わっていた。
私、喜三太は、その台本をそっと閉じた。
雨はまだ降っていた。師匠の部屋に、香の残り香がしていた。
窓の外に向かって、私は言った。
「師匠、聞こえましたか」
返事はなかった。
ただ、机の上に置いてあった扇子が、ひとりでに、ぱたりと開いた。
後記に代えて
この物語は、噺家の話であり、厄年の話であり、この世の薄さについての話である。
五十三歳という年齢は、かつての厄年より十ほど上にある。時代が変わり、身体の使い方が変わり、それでも人は同じ坂のあたりで、ふと、躓くことがある。
それを嘆くより、こう考えてみることにした。
この世はいくつかの空間が重なっている。そのうちのひとつに、今、私たちはいる。
噺家はその重なりの上で、毎晩、橋をかける。
師匠は先に渡った。
こちら側には、まだ噺が残っている。
だから、語る。
ー了ー
〜あとがき〜
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。
昨日、大好きだった噺家さんが亡くなったと聞き
残念でなりません。
五十三歳 だったと。
この物語を書きながら、私は何度も「長生きとは何だろう」と考えました。
若い頃は、長く生きることが良いことだと思っていました。
年齢を重ねれば重ねるほど、幸せが増えるものだと思っていました。
けれど人生を見渡してみると、必ずしもそう単純ではありません。
五十代で旅立つ人もいれば、
九十代まで生きる人もいます。
どちらが幸せだったのか、
どちらが正しかったのか、
それは本人にしか分からないことでしょう。
ただ一つ言えるのは、
生きている間に誰かへ何かを渡せたなら、
その人生には意味があったのではないかということです。
落語家なら噺を。
職人なら技を。
親なら愛情を。
人はそれぞれの形で、
次の誰かへ何かを手渡していきます。
本作の錦秋もまた、
向こう側へ渡る日まで、
噺を語り続けるのでしょう。
そして私たちもまた、
誰かの物語の続きを生きているのかもしれません。
また別の物語でお会いできれば幸いです。
この物語は
すべて、フィクションです。

