六部作

八百万クラウド株式会社
ーー願ほどき係ーー


〜まえがき〜

神様は忙しい。
昔は人が神社へ足を運び、願い、感謝し、季節を共にしていた。

けれど現代は違う。
人はスマートフォンを見ながら願い、
叶ったら忙しさに流され、
時には願ったことさえ忘れてしまう。

もし八百万の神々が、そんな現代社会に対応するため会社を作っていたら――。

そんな少しばかり不思議な想像から、この物語は始まりました。

願いは、誰かとのつながりです。
出会いも別れも、
運も厄も、
見えない支えも、
生と死さえも。

人生には、目に見えない多くの「つながり」があります。

この六部作では、一人の平凡な会社員・三上准一を通して、人が生きる中で出会う様々な出来事を描きました。

笑えるけれど少し切ない。
不思議だけれど、どこか現実に似ている。

そんな物語として楽しんでいただければ幸いです。

そして本を閉じたあと、
もし近くの神社へ少し足を運びたくなったなら、
あるいは誰かに「ありがとう」と伝えたくなったなら、
作者としてとても嬉しく思います。



〜目次〜

第1巻 未読の神様
…… 感謝 願う

第2巻 縁切り申請部
…… 別れ 出会う

第3巻 厄年監査室
…… 変化 別れる

第4巻 
おみくじ確率調整課
…… 運 悩む

第5巻 守護霊サポートセンター …… 支え 支えられる

第6巻 転生データ移行室
…… 生と死 そして次へ渡す


ーー記憶は消えても、
優しさは引き継がれますーー




第1巻 未読の神様


第一章 願いの賞味期限

三上准一、三十二歳。平凡な会社員。

五年前のある夜、就職活動に疲れ果てた彼は、駅前の小さな神社にふらりと立ち寄り、賽銭箱に百円玉を投げ入れて(あとで「投げてはいけない」と知って後悔した)こう祈った。

「お願いします、内定をください」

それから三日後、第一志望の会社から採用通知が来た。

准一は飛び上がって喜び、友人と祝杯を上げ、神社のことなど綺麗に忘れた。

それが、すべての始まりだった。

五年後の今、准一はやたらと「もう一人の自分」を見かけるようになっていた。

通勤電車の窓に映る自分が、一瞬だけ違う方向を向いている。

会議室の隅に、自分とまったく同じ顔をした男が座っていて、誰もそれを気にしていない。

視界の端に、小さな赤い数字――「1」――が浮かんでいることに気づいたのは、先週の月曜だった。

スマホの通知バッジのような、あの「未読1」のマークが、自分の右上に、ずっと張りついている。

「気のせいだよな」

准一はそう呟いて、缶コーヒーを飲んだ。缶コーヒーは、なぜか二口目からラムネ味になっていた。


第二章 八百万クラウド株式会社

決定的な出来事は、ある雨の夜に起きた。

帰り道、五年前に願い事をしたあの神社の前を通りかかると、鳥居の脇に見覚えのない小さな看板が立っていた。

「八百万クラウド株式会社 受付はこちら →」

矢印の先には、神社の社務所にしては不釣り合いなほど洗練された自動ドアがあった。

吸い込まれるように入った准一を迎えたのは、巫女装束にIDカードを下げた受付の女性――いや、女神だった。

「三上准一様。お待ちしておりました。未消化のご利益が一件、五年間ステータス『未読』のままとなっております」

「あの……ご利益、未読って何ですか」

「願いが叶った後、お礼参りという形で『既読』処理をしていただく必要があるのですが、三上様の場合、放置期間が長すぎたため、システム上で利息――失礼、霊圧が蓄積しております」

女神は微笑みながら、タブレット端末を差し出した。画面には古めかしい祝詞のフォントで「未処理案件:1件/滞納霊圧:中規模」と表示されている。 

「弊社は、全国八百万の神々のご利益管理をクラウド上で一括運用しております。願掛け、ご利益発生、お礼参りによるクロージング――この一連のフローを神様お一人お一人が紙の台帳でやっていては、現代の願掛け件数に到底対応できませんので」

「神様も、システム化されてるんですか……」

「八百万もいらっしゃいますからね。残業代は出ませんが、サーバー代はかかります」

女神は遠い目をした。


第三章 未読バッジ

担当神は、コトシロヌシ三世という名の、目の下にくまを作った中堅の神だった。

スーツ姿に烏帽子という、なんとも言えない格好で現れた彼は、名刺代わりに御札を差し出してきた。

「三上さん、正直に言いますとね、あなたみたいな『叶ったら即フェードアウト』タイプ、めちゃくちゃ多いんですよ。

願うときは三日連続で来るのに、叶った後は一回も来ない。こっちは未読バッジが溜まる一方で、新しい願いを受け付けるキャパが圧迫されてるんです」

「それで、僕の周りで変なことが起きてるのも……」

「未読のご利益が容量を圧迫して、あなたの運命データに軽いバグが出てる状態です。

具体的には、五年前のもう一人の可能性――『内定が取れなかった三上さん』の並行ログが、消去されずにちらちら表示されてしまっています。

あれ、あなたじゃないですよ。落ちた方のあなたです」

「それ、見たくなかったです……」

「放置するとですね」コトシロヌシ三世は指を立てた。

「半年後、システム側で強制クロージングが走ります。
その場合、ご利益自体が巻き戻る可能性があります。つまり――」
「内定が、取り消されるってことですか」

「正確には『なかったこと』になるリスクがある、という話です。 

我々としても、せっかく差し上げたご利益を取り戻すのは心苦しいので、できるだけ自主的な既読処理をお願いしているんですが」

准一は青ざめた。

「どうすればいいんですか」

「簡単です。本来の手順――お礼参りをしていただくだけです。
ただし」
コトシロヌシ三世は声を落とした。

「今、年末年始の願掛けラッシュで、システム全体が重くなっています。

あなたの案件だけ単独処理しようとしても、おそらく途中で詰まります」


第四章 神様、人事異動

その夜、八百万クラウドのサーバー室――本殿の奥にある、しめ縄が張られたデータセンターで、警告音が鳴り響いた。

「未読ご利益、全国で推定二千三百万件突破。霊圧負荷、レッドゾーン」

狐の姿をしたシステム担当――名札には「インフラ担当・コン」とある――が悲鳴のような声を上げた。

「お礼参り率が下がりすぎてます! みんな願うときだけ必死で、叶った後は知らんぷりですよ!」

「人間とは、そういうものだ」

社長――おそらく相当に格の高い神らしいが、見た目はただの疲れた中間管理職――が低く言った。

「だが、このまま放置すれば全国で軽微なリアリティバグが多発する。

電車が一瞬だけ逆走したり、誰もいない神社で柏手の音が鳴り続けたり、コンビニのレジで店員が二礼二拍手一礼をしてしまったり――すでに苦情が来ている」

その瞬間、本殿のあちこちで小さな異変が起きていた。

都内のある踏切で電車が三秒だけ後ろに進み、誰も気づかなかった。

ある家庭では、父親が突然、夕食の前に「ありがとうございました」と神棚に向かって深々と頭を下げ、子供たちが「お父さん変なテンションだね」と笑った。

准一のアパートでは、洗濯機が脱衣所の方角――つまり、五年前に願掛けをした神社の方角――を向いて、ひとりで一回転した。

「やばい、これ完全にキャッシュが溢れてます!」コンが叫んだ。
社長は准一とコトシロヌシ三世に向き直った。

「悪いが、緊急優先処理に協力してくれ。お前の未読を一件消化してくれるだけで、全体の負荷が多少下がる。テスト的に、お前を『最速で既読にできるか』のサンプルケースにしたい」

「僕、テストケースなんですか……」

「光栄に思え。神々の業務改善に貢献するんだ」


第五章 願ほどき

結局、准一がやることは、拍子抜けするほど単純だった。

翌朝、傘も差さずに、五年前のあの神社へ向かう。鳥居をくぐり、賽銭箱の前に立つ。コトシロヌシ三世が、隣で(人間には見えない格好で)腕を組んで見守っている。

「投げずに、そっと入れてくださいね。五年前みたいに」

「覚えてたんですか、それ」

「ログに残ってますから。あの夜の投げ方、地味に痛かったんですよ」

准一は苦笑いしながら、今度は丁寧に賽銭を入れた。鈴を鳴らし、二礼二拍手。

そして、ずっと言わずにいた言葉を、ようやく口にした。

「五年前、お願いを聞いてくださって、ありがとうございました。おかげで、今の仕事も、暮らしも、続いています」

一礼。

視界の端にあった「未読1」のバッジが、ふっと色を変えた。赤から、淡い金色へ。
そして、音もなく消えた。

「処理完了です」コトシロヌシ三世がタブレットを確認しながら言った。

「霊圧、正常値に復帰。並行ログ、削除完了。お疲れさまでした」

「これで、もう変なことは起きない……?」

「起きません。安心してください。
ただ」

「ただ?」

「次に願い事をするときは、ちゃんと戻ってきてくださいね。あなたの案件、社内で『未読放置の典型例』として研修資料に使われる予定なので」

「それ、僕にとって何も良いことないですよね……」

コトシロヌシ三世は、初めて少し楽しそうに笑った。

「いいえ。あなたが既読にしてくれたおかげで、今日だけでもサーバーがかなり軽くなりました。
我々にとっては、十分すぎる『良いこと』です」


エピローグ

その後、准一の周りで奇妙なことは一切起きなくなった。

ただ一度、半年後の深夜、コンビニのレジで会計を済ませたあと、ふと「来年は給料が上がりますように」と頭の中で呟いた瞬間、視界の端に小さな文字が浮かんだ気がした。

「新規ウィッシュを受け付けました。担当神:コトシロヌシ三世(再アサイン)」

准一は缶コーヒーを片手に、思わず呟いた。

「あ、これ、ちゃんと戻ってこなきゃいけないやつだ」

そして彼は、スマホのリマインダーに、こう登録した。

「願いが叶ったら、お礼参り(忘れるな)」

ーーーーーーーーーー

第2巻 縁切り申請部


プロローグ 切れないもの

人は、案外たくさんのものを切りたがる。

悪縁。
腐れ縁。
黒歴史。
元恋人。
上司。
借金。
脂肪。
SNSの通知。

しかし神々の世界には、古くから知られた原則があった。

「縁は結ぶより、切るほうが難しい」

なぜなら、結ばれた縁は、たいてい誰か一人のものではないからだ。

切れば、どこかで誰かが泣く。

そして、時々、誰も泣かない代わりに世界のほうが少しだけ軋む。

だから八百万クラウド株式会社には、最も離職率の高い部署が存在した。

その名も――

縁切り申請部。


第一章 退職代行より難しい仕事

三上准一、三十三歳。

最近の彼は、願い事をするときだけでなく、叶ったあとに神社へ戻る習慣がついていた。

その結果、神様界隈では少し有名になっている。

社内評価欄にはこう書かれていた。

人間としては珍しく既読率が高い。
リマインダー運用能力あり。

ある金曜の夜。

コンビニを出た瞬間、准一の視界に見慣れた文字が浮かんだ。

【緊急召喚:縁切り案件発生】

「あっ……これ絶対ろくでもないやつだ」

次の瞬間。

気づけば彼は、八百万クラウド株式会社の受付ロビーに立っていた。

受付の女神が深々と頭を下げる。

「お久しぶりです、三上様」

「いや、なんで僕が呼ばれるんですか」

「既読率が優秀な利用者として、モニター協力をお願いしたく」

「神様にもユーザーテストあるんですね……」

「ございます。だいたい炎上します」


第二章 縁切り申請部

地下七階。

そこには他部署とは違う静けさがあった。

壁一面に無数の赤い糸が張り巡らされている。

一本一本に、人の名前が小さく光っていた。

入口の札にはこう書かれている。

特殊案件管理課 縁切り申請部

中では神々が疲れ切った顔で働いていた。

「元彼を忘れたい案件、三百二十件」

「ブラック企業退職祈願、千百件」

「推しが卒業して立ち直れない案件、優先度A!」

机に突っ伏していた神が顔を上げる。

黒いスーツに白い狩衣。

名札には、

タギリヒメ命 主任

と書かれていた。

「新しい人間?」

「モニター協力の三上さんです」

タギリヒメは深いため息をついた。

「ちょうどいいわ。大規模障害が起きてるの」


第三章 切れない縁

問題は、一人の老人だった。

七十八歳。

妻に先立たれ、独り暮らし。

毎日仏壇に向かって話しかけている。

申請内容はこうだ。

『亡くなった妻への未練を断ち切りたい』

「それなら切ればいいんじゃ?」

准一が言うと、タギリヒメは首を振った。

「縁は感情じゃないの」

モニターに赤い糸が映る。

一本の糸が、柔らかく光っていた。

「愛情の縁は、切るものじゃなく、形を変えるもの」

「……形を変える?」

「会えない人との縁は、記憶になる」

神は静かに言った。

「人間はよく勘違いするの。忘れることが救いだって。でも、本当に必要なのは、痛み方を変えることなのよ」

准一は、少しだけ胸が痛んだ。

五年前の自分も、あの願いを忘れていた。

忘れたから前に進めたのではない。

誰かに支えられていたことを、思い出したから前に進めたのだ。


第四章 正式申請

老人は翌朝、神社を訪れた。

賽銭を静かに入れる。

手を合わせる。

そして言った。

「妻を忘れたいわけではありません」

風が吹いた。

赤い糸が揺れる。

「ありがとう、と言えるようになりたいだけです」

その瞬間。

モニターの表示が変わった。

【縁切り申請:却下】

代わりに新しい表示が現れる。

【縁変換処理:承認】

赤い糸が切れた。

しかし消えなかった。

淡い金色に変わって、老人の胸へ静かに溶けていった。

遠くで鈴の音が鳴った。

タギリヒメが、少しだけ笑う。

「だから私たちは縁切り神社じゃない」

「じゃあ何なんですか?」

神は答えた。

「縁の再編集屋よ」


エピローグ

帰り道。

准一のスマホに通知が届いた。

【人生アップデート完了】

小さな文字が続く。

不要な縁:0件削除
大切な縁:1件再確認

准一は思わず笑った。

結局、人は何かを完全に失って生きることはできない。

切るより、抱え方を変える。

たぶん人生とは、その繰り返しなのだろう。

その夜、八百万クラウド株式会社のサーバーには、新しい部署名が登録された。

縁切り申請部(正式名称:縁再編集課)

神々の仕事は、今日も終わらない。

なぜなら人間は、

願うのも、
迷うのも、
誰かを好きになるのも、

やめない生き物だからだ。

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第3巻 厄年監査室

プロローグ 厄とは何か

人はよく言う。

「今年、厄年だから」

電車に乗り遅れた。
財布を落とした。
風邪を引いた。
上司が異動してきた。

なんでもかんでも厄年のせいにする。

しかし神々の世界では、厄とはもっと事務的な概念だった。

厄とは――

人生の変化に伴って発生する、一時的な運命負荷である。

そして負荷が発生すれば、当然、監査が入る。

八百万クラウド株式会社。

その中でも、最も恐れられている部署があった。

監査本部 厄年監査室。

神ですら、監査だけは嫌がる。


第一章 監査通知

三上准一、三十四歳。

最近の彼は神社へのお礼参りを欠かさない。

おかげで運命システムの稼働状況は良好。

未読ゼロ。

ご利益返礼率九十八パーセント。

神界ユーザー満足度、平均以上。

しかし、その夜。

帰宅した准一の視界に赤い通知が現れた。

【監査予告:七日以内に厄年点検を実施します】

「えっ」

思わず声が出た。

「僕、厄年じゃないですよ?」

直後、足元が光った。

気づけば、いつもの八百万クラウド株式会社。

ただし今日は様子が違う。

社員たちが妙に静かだ。

廊下を歩く神々が皆、背筋を伸ばしている。

コピー機の前で雑談していた福の神たちが、なぜか急に仕事を始めた。

「……監査の日?」

受付の女神が青い顔で頷いた。

「はい。本日、監査本部が来ています」

その瞬間。

廊下の向こうから、革靴の音が響いた。

カツ。

カツ。

カツ。

神々が一斉に姿勢を正す。

現れたのは、白い狩衣に黒縁眼鏡をかけた女性だった。

名札にはこう書かれていた。

監査官 オオマガツヒメ



第二章 厄は災いではない

「三上准一様ですね」

声は静かだった。

しかし逆らえない圧がある。

准一は思わず背筋を伸ばした。

「は、はい」

「安心してください。本日は回収ではありません」

「回収!?」

「誤解されがちですが、厄年は罰ではありません」

彼女はタブレットを操作した。

空中に准一の人生グラフが浮かぶ。

大学卒業。

就職。

転職未遂。

父の入院。

昇進。

友人の結婚。

無数の出来事が線になっていた。

「人生が大きく変化するとき、人間の運命は不安定になります」

「それが厄年……?」

「ええ。システム用語では『人生移行期負荷』です」

なんだか急にITっぽくなった。

「厄払いとは、本来、災厄除去ではありません」

監査官は言った。

「変化の時期だから、少し休みなさいという安全装置です」

准一は黙った。

そう言われると、思い当たることがあった。

最近、少し無理をしていた。

仕事も。

将来も。

親のことも。

全部、自分だけで抱えようとしていた。



第三章 監査結果

監査室の中央には巨大な鏡があった。

八咫運命監査鏡。

運命の歪みを映す神器らしい。

准一が覗く。

すると鏡の中の自分は、少し疲れて見えた。

肩には見えない荷物が積まれている。

仕事。

期待。

責任。

後悔。

将来への不安。

監査官が静かに言う。

「人間は、自分で自分に厄を追加課金します」

「追加課金……」

「本来十の重さしかないものを、百にして背負う生き物です」

耳が痛かった。

ものすごく痛かった。

監査官は端末を閉じる。

「監査結果を通知します」

空中に文字が浮かんだ。



厄年監査結果

重大違反:なし

運命負荷:軽度超過

推奨措置:

・睡眠時間の確保
・感謝の定期送信
・他者への相談機能の利用
・神社参拝(任意)



「会社の健康診断みたいですね」

准一が苦笑する。

すると監査官は珍しく微笑んだ。

「ええ。厄年とは、人生の定期点検ですから」



第四章 厄払い

帰り際。

監査官は一枚の札を渡した。

白紙だった。

「これは?」

「厄払い札です」

「何も書いてませんけど」

「厄払いとは、何かを消す儀式ではありません」

監査官は夜空を見上げた。

「空白を作る儀式です」

風が吹いた。

遠くで鈴の音が鳴る。

「人は余白がなくなると、幸福も入りません」

その言葉を、准一は長く覚えていた。

翌日。

彼は久しぶりに有給休暇を取った。

特別なことは何もしない。

喫茶店で本を読み、

少し歩き、

夕方には神社へ寄った。

賽銭箱に硬貨をそっと入れる。

二礼二拍手一礼。

願い事はしなかった。

ただ、

「いつもありがとうございます」

とだけ言った。

その瞬間。

視界の端に小さな表示が浮かんだ。

【運命キャッシュ最適化完了】

准一は少し笑った。

どうやら神様のシステムは、

人間が思うより優しいらしい。



エピローグ

八百万クラウド株式会社。

監査本部。

新人神が恐る恐る尋ねた。

「監査官。厄って、なくせないんですか?」

オオマガツヒメは首を横に振った。

「厄のない人生は、変化のない人生です」

窓の外では、春の風が吹いていた。

誰かが生まれ、

誰かが旅立ち、

誰かが恋をして、

誰かが別れを知る。

人生が動くたび、厄は生まれる。

だから神々は今日も見守る。

壊れないように。

無理しすぎないように。

ちゃんと、生きられるように。

そして監査官は静かに判を押す。

【人生:概ね良好】

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第4巻 おみくじ確率調整課


プロローグ 大吉の渋滞

元日。

日本中の神社で、おみくじが引かれる。

大吉。
中吉。
小吉。
吉。
末吉。
凶。

人はよく言う。

「今年は大吉だったから運がいい」

しかし、神々の世界では有名な話がある。

おみくじは予言ではない。負荷分散である。

もし全国民が同じ日に大吉を引いたら。

恋愛運サーバーが落ちる。

金運クラスタが過熱する。

交通安全ノードが飽和する。

つまり世界が少しだけ混雑する。

だから神々は、人知れず運勢を調整していた。

その部署こそ――

運勢配信部 おみくじ確率調整課。


第一章 大吉率0.8%

三上准一、三十五歳。

元日の朝。

彼はいつもの神社へ初詣に来ていた。

願い事はしない。

代わりにこう言う。

「昨年もありがとうございました」

神様界隈では、すっかり優良利用者である。

そのとき。

おみくじ箱を振った瞬間、

視界の端に見慣れた通知が現れた。

【内部エラー:運勢配信遅延】

「嫌な予感しかしないな……」

直後。

世界が一瞬だけ止まった。

参拝客の動きが静止する。

風も止まる。

鈴の音だけが、空に残った。

「緊急招集です」

背後にいたのは、コトシロヌシ三世だった。

目の下のクマが以前より深い。

「年始障害ですか?」

「ええ」

神は遠い目をした。

「全国で大吉が出すぎています」


第二章 運勢配信部

地下八階。

そこは証券取引所とコールセンターを足したような場所だった。

巨大モニターには日本列島。

各地の神社が点滅している。

神々が叫ぶ。

「東京、大吉率二十七パーセント!」

「高すぎます!」

「恋愛運サーバー九十二パーセント!」

「金運系リクエスト急増!」

白衣姿の神が走る。

狐のコンがキーボードを叩く。

「福岡、凶不足!」

「大阪、中吉を追加投入!」

「北海道、吉が余ってます!」

准一は目を丸くした。

「えっ、おみくじって調整してるんですか?」

若い神が頷く。

名札には、

運勢統計官 アメノウズメ

とあった。

「当然です。人生の幸福は偏ると危険なんです」

「でも、大吉が多い方が嬉しくないですか?」

彼女は首を振った。

「大吉は、案外扱いが難しいんですよ」


第三章 凶の仕事

モニターに、一人の少女が映る。

高校受験を控えた中学生。

手の中には、おみくじ。

結果は――

凶。

少女の顔が曇る。

准一は思わず言った。

「かわいそうじゃないですか」

アメノウズメは静かに答えた。

「続きを見てください」

少女は神社のベンチに座る。

落ち込む。

深呼吸する。

そして、

参考書を開いた。

翌日から、勉強時間が増えた。

数か月後。

合格通知。

少女は笑顔で神社に戻ってくる。

「ありがとうございました」

准一は黙った。

「凶は罰ではありません」

神は言う。

「注意喚起です」

モニターが切り替わる。

別の男性。

大吉を引いた。

油断した。

準備を怠った。

結果――失敗。

「運勢は未来の決定ではありません」

アメノウズメが言う。

「人間の行動を少しだけ動かす、風向きみたいなものです」


第四章 偏りの神

そのとき。

警報が鳴った。

【異常検知:大吉偏重現象】

全国マップが赤く染まる。

「原因は!?」

「SNSです!」

コンが叫ぶ。

「『大吉が出る神社ランキング』が拡散しています!」

「あー……」

准一は頭を抱えた。

現代人らしい。

人はすぐ攻略法を探す。

結果として、

特定神社へのアクセス集中。

大吉要求の偏り。

運勢負荷が暴走したのだ。

モニターに表示される。

大吉率:九十八パーセント

「これはまずい!」

アメノウズメの表情が変わる。

「このままでは、全国から『普通の日』が消えます!」

人間は幸運に慣れる。

慣れた幸運は幸福ではなくなる。

世界は少しずつ、感謝を失う。

それこそが、最も大きな障害だった。


第五章 吉の価値

緊急会議。

社長が腕を組む。

「大吉の配信制限を実施する」

神々がざわつく。

「不満が出ます!」

「レビューが荒れます!」

「星一つ付けられます!」

社長は静かに言った。

「幸福とは、比較の中で感じるものだ」

そして准一を見る。

「三上。お前は今年、何を引きたい」

突然の質問だった。

准一は考えた。

五年前なら、

内定。

昇進。

年収。

恋愛。

そう答えたかもしれない。

だが今は違う。

少し考えて答えた。

「……普通でいいです」

神々が静まる。

社長が少し笑った。

「その答えが、一番難しい」

その瞬間。

全国の配信確率が再計算された。

大吉。

吉。

中吉。

凶。

世界は再び、ちょうどよい揺らぎを取り戻した。


エピローグ

准一が引いたおみくじは、

吉。

健康:無理をしなければ良い。

仕事:急がず進め。

縁談:焦るな。

願望:やがて叶う。

派手ではない。

けれど悪くない。

准一は笑った。

「案外、こういうのが一番当たるんだよな」

そのとき。

視界の端に小さな通知が浮かぶ。

【運勢受領確認:既読済】

その下に、さらに小さな文字。

本年もご利用ありがとうございます。
幸運は均等ではなく、適度に揺らぎます。

空は青かった。

良いこともある。

悪いこともある。

だから人生は、案外飽きないのかもしれない。

そして今日も八百万クラウド株式会社では、

神々が黙々と、

誰かの「ちょうどいい一年」を配信している。

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第5巻 守護霊サポートセンター


プロローグ 見えない担当者

人はよく言う。

「運が良かった」

あるいは、

「運が悪かった」と。

しかし神々の世界では、その表現は少し正確ではない。

人生には運がある。

縁もある。

偶然もある。

だが、それとは別に――

担当者がいる。

人間一人につき、おおむね一柱。

配置は適性と経験年数による。

新人神の場合、共同担当制。

難易度の高い人生には、複数人体制もある。

そして彼らの部署は、

八百万クラウド株式会社の中でも離職率第二位を誇っていた。

その名も――

人生伴走部 守護霊サポートセンター。

なお、離職率第一位は縁切り申請部である。


第一章 担当変更のお知らせ

三上准一、三十五歳。

その夜。

残業を終えた彼は、いつものようにコンビニで缶コーヒーを買った。

レジを済ませた瞬間、

視界の端に通知が浮かぶ。

【重要:担当守護霊変更のお知らせ】

「えっ」

缶コーヒーを落としそうになった。

担当変更?

転勤みたいなものだろうか。

その瞬間。

世界が一瞬だけ暗転した。

気づけば、八百万クラウド株式会社。

すっかり見慣れた受付だった。

受付の女神が深々と頭を下げる。

「いつもご利用ありがとうございます」

「いや、定期契約してませんからね?」

「十分に常連様です」

なんだか少し複雑だった。

すると奥から、

見覚えのある顔が走ってきた。

「三上さん!」

コトシロヌシ三世だった。

目の下のクマは、もはや神格の一部になっている。

「実は少し問題が起きまして……」

准一は嫌な予感がした。

この会社で「少し」は信用できない。


第二章 守護霊サポートセンター

案内された部署は、意外にも静かだった。

広いフロア。

壁一面に無数の光。

それぞれが、一人の人生を表している。

神々はヘッドセットを付け、モニターを見つめていた。

「転倒回避、成功」

「縁接続率、微増」

「寝坊警告、三回無効化されました」

「利用者が深夜二時まで動画視聴中です!」

「ああ、またか……」

そこには派手な奇跡はなかった。

小さな仕事ばかりだった。

転びそうな瞬間、手すりに気づく。

会いたかった人と偶然会う。

一本早い電車に乗る。

ふと思い出して連絡する。

人生を大きく変えるのではない。

少しだけ、転びにくくする。

それが守護霊の仕事だった。

「地味ですね……」

准一が呟く。

隣の神が苦笑した。

名札には、

守護霊主任 サルタヒコ

と書かれていた。

「目立たないのが良い守護なんですよ」


第三章 退任する守護霊

応接室には、一人の老人が座っていた。

いや。

神なのだろう。

柔らかな顔をしている。

少しだけ疲れている。

名札には、

担当守護霊 ミチヒラ

とあった。

「初めまして」

老人は笑った。

「三上君。三十五年間担当しておったよ」

准一は固まった。

「……え?」

「自転車の転倒を二十七回回避」

「熱中症を四回軽減」

「就活時の電車遅延を一件調整」

「高校時代の告白失敗は回避できんかった。あれはすまん」

「そこまで管理してるんですか!?」

ミチヒラは申し訳なさそうに笑う。

「すまん。恋愛系は管轄外でな」

なぜか納得した。

「今回、定年なんじゃよ」

神にも定年があるらしい。

千年勤務。

完全退職。

長期休暇付き。

福利厚生だけは意外としっかりしている。

准一は、なぜだか胸が少し痛くなった。

会ったこともない。

見えたこともない。

それでも確かに、

ずっと隣にいた誰かだった。


第四章 引き継ぎ

後任は新人神だった。

名札には、

新人守護霊 ワカヒコ

とある。

やる気に満ちている。

そして少し空回りしている。

「三上様! 今後とも全力でサポートします!」

その瞬間。

准一のスマホが震えた。

キャンペーン当選通知。

続いてポイント還元。

さらに無料クーポン。

「おお!」

しかし次の瞬間。

通知が百件来た。

広告。

宣伝。

おすすめ。

迷惑メール。

情報の洪水。

コンが青ざめる。

「守護出力が強すぎます!」

サルタヒコが叫ぶ。

「新人! 幸運は一度に流すな!」

ワカヒコは慌てた。

「す、すみません!」

人生には適量がある。

幸運も同じだった。

多すぎれば、ただのノイズになる。

准一は初めて知った。

人生が少しずつ良い方向へ進むのは、

誰かが少しずつ調整しているからかもしれない、と。


第五章 ありがとうの送信先

退任式の時間が来た。

ミチヒラは静かに立ち上がる。

「人間はのう」

老人は言った。

「自分一人で生きてきたと思いがちなんじゃ」

遠くで風鈴が鳴る。

「だが実際には、見えない助けをたくさん受けておる」

先生。

友人。

家族。

見知らぬ誰か。

そして時には、

見えない存在からも。

「だから感謝は、相手が見えなくても届くんじゃよ」

准一は黙って頭を下げた。

自然に言葉が出た。

「ありがとうございました」

その瞬間。

ミチヒラの名札が、柔らかな光になって消えた。

空中に表示が浮かぶ。

【担当者退任:正常終了】

【感謝受領:確認済】

老人は最後に笑った。

「うむ。十分じゃ」

そして風のように消えた。


エピローグ

数日後。

朝の通勤電車。

いつもなら乗り遅れる時間だった。

なのに、なぜか間に合った。

ふと見ると、駅の時計が数秒だけ遅れていた気がした。

気のせいかもしれない。

気のせいではないかもしれない。

視界の端に、小さな文字が浮かぶ。

新人守護霊サポート実施中
成長率:18%

その下に、さらに小さく書かれていた。

ベテラン担当者の記録を継承しました。

准一は少し笑った。

人生は、一人で歩く道に見える。

けれど本当は、

見える誰かと、

見えない誰かが、

少しずつ支えているのかもしれない。

今日も八百万クラウド株式会社では、

誰にも気づかれない奇跡が、

静かに運用されている。


第6巻 転生データ移行室


プロローグ 引き継がれるもの

人は死を終わりだと思っている。

神々は、少し違う。

終わりではない。

移行である。

古来より魂は流れ続けてきた。

生まれ、

学び、

愛し、

傷つき、

別れ、

そして次へ進む。

しかし現代社会は複雑だ。

人生は長くなり、

経験は膨大になり、

魂のデータ量は増え続けた。

昔は紙一枚で済んだ転生記録が、

今では数百テラ霊に達する者もいる。

そのため八百万クラウド株式会社には、

最も静かで、

最も重要な部署が存在した。

その名も――

魂基盤管理本部 転生データ移行室。

ここでは毎日、

誰かの人生が終わり、

誰かの人生が始まっている。


第一章 深夜二時の通知

三上准一、三十六歳。

ある冬の夜だった。

仕事帰り。

コンビニで温かい缶コーヒーを買い、

自宅への坂道を歩いていた。

その途中。

ふいに空を見上げた。

理由は分からない。

ただ、見上げたくなった。

星が綺麗だった。

そのとき。

視界の端に見慣れた通知が現れた。

【緊急案件:転生移行補助】

「えっ」

嫌な予感しかしない。

そして次の瞬間。

世界が静止した。

風も、

車の音も、

信号も止まる。

動いているのは自分だけだった。

背後から声がした。

「今回は少し重い案件です」

振り返る。

コトシロヌシ三世だった。

目の下のクマが、

今日は少しだけ深い。

「転生案件ですか?」

神は静かに頷いた。

「はい」

その声は、珍しく軽くなかった。


第二章 移行室

地下最深部。

准一は初めてそこへ案内された。

扉には何も書かれていない。

白い廊下。

静かな光。

まるで病院と図書館を足したような場所だった。

無数の棚が並ぶ。

そこにあるのは本ではない。

光だった。

一つひとつが、

誰かの人生である。

笑った日。

泣いた日。

誰かを好きになった日。

誰かを失った日。

すべてが小さな星のように光っていた。

准一は息を呑む。

「これ全部……?」

「人生の記録です」

案内役の神が答える。

名札には、

転生主任 タマヨリヒメ

と書かれていた。

優しい目をしていた。

優しすぎる人の目だった。

「ただし」

彼女は少し困った顔をする。

「記憶は全部持って行けないんです」


第三章 容量制限

「魂にも容量があるんですか?」

准一は思わず聞いた。

「あります」

即答だった。

「前世の記憶を全部持ったまま生きると、人間は現在を生きられなくなります」

タマヨリヒメは光の粒を一つ手に取る。

そこには一人の女性の人生が映っていた。

笑顔。

家族。

仕事。

小さな幸せ。

別れ。

老い。

そして穏やかな最期。

「今回の移行対象です」

七十九歳。

教師だった女性。

多くの子供を育て、

静かに人生を終えた。

移行作業が始まる。

愛情。

優しさ。

勇気。

後悔。

諦め。

祈り。

無数の記録が整理されていく。

すると准一は気づいた。

思い出が消えていく。

名前が消える。

顔が消える。

場所が消える。

「消すんですか……?」

胸が苦しくなった。

タマヨリヒメは静かに首を振る。

「違います」

彼女は微笑んだ。

「圧縮するんです」


第四章 圧縮アルゴリズム

神々は記憶を削除しない。

変換する。

母の温もりは、

理由のない安心感へ。

失恋の痛みは、

他人への優しさへ。

努力した記憶は、

諦めにくい心へ。

人生の出来事は消える。

だが、

人生で得たものは残る。

准一は言葉を失った。

人は忘れる。

でも、

何も残らないわけではない。

理由もなく好きな景色。

初めてなのに懐かしい場所。

なぜか惹かれる人。

それらは、

遠い人生の余韻なのかもしれない。

そのとき警報が鳴った。

【移行エラー発生】

モニターが赤く染まる。

原因は一つだった。

未送信データ。

たった一件。

女性の魂に、

強い未練が残っていた。


第五章 最後の授業

残っていた記録は、

三十年前の教室だった。

一人の少年。

家庭環境に恵まれず、

誰にも期待されなかった子供。

教師だった彼女だけが、

最後まで見捨てなかった。

卒業の日。

少年は何も言わず学校を去った。

感謝もなかった。

連絡もなかった。

それが心残りだった。

「未読案件ですね」

准一が呟く。

コトシロヌシ三世が小さく頷く。

「ええ」

その瞬間。

移行室に新しい通知が届いた。

現世からの通信。

映像が映る。

中年になったその少年だった。

小学校教師になっていた。

古いアルバムを開き、

彼は誰もいない部屋で呟く。

「先生、あの時ありがとうございました」

静かな夜だった。

誰にも届かない独り言。

けれど神々のシステムは受信した。

【感謝受領:確認済】

女性の魂が柔らかく光る。

未練が消える。

いや。

感謝へ変わった。

タマヨリヒメが微笑んだ。

「移行準備、完了です」

光がゆっくり昇っていく。

悲しさはあった。

けれど不思議と、

寂しさだけではなかった。


エピローグ

帰り道。

止まっていた世界が再び動き始める。

信号が変わる。

風が吹く。

誰かが笑う。

准一は缶コーヒーを握りしめた。

ふと、

理由もなく懐かしい気持ちになった。

行ったことのない海辺。

知らないはずの夕焼け。

聞いたことのない子守歌。

視界の端に、

小さな通知が浮かぶ。

【魂移行:正常終了】

継承項目:

・人を信じる力
・誰かを助ける習慣
・春を好きになる感性

その下に、

さらに小さな文字があった。

記憶は消えても、
優しさは引き継がれます。

夜空には星があった。

人は終わる。

けれど、

人生が誰かに渡していくものは、

きっと終わらない。

今日も八百万クラウド株式会社では、

静かに、

新しい人生の初期設定が行われている。




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〜あとがき〜

ここまで『八百万クラウド株式会社』六部作をお読みいただき、本当にありがとうございました。

願いから始まった物語は、
縁を結び、別れ、
変化を受け入れ、
運の揺らぎを知り、
見えない支えに気づき、
そして次の世代へ何かを渡す場所へと辿り着きました。

振り返ってみると、
これは神様の物語というより、
人間の物語だったのかもしれません。

私たちは、自分一人の力で生きているようでいて、
実際には数え切れないほどの縁と優しさの上に立っています。

名前を覚えている人もいれば、
もう思い出せない人もいます。

けれど、誰かから受け取った優しさは、
形を変えながら次の誰かへ渡っていく。

もしこの物語が、
忙しい日々の中で少しだけ立ち止まり、
「ありがとう」と思う時間になったなら、
それ以上の喜びはありません。

願いが叶った日も、
叶わなかった日も、
どうか皆さまの人生が、
少し優しいものでありますように。

本日も八百万クラウド株式会社は通常運転です。

新規願掛け、受付中。





〜紹介文〜

神様にも会社がある。

願いの受付、縁の管理、厄年の監査、おみくじの確率調整、守護霊のサポート、そして転生データの移行――。

全国八百万の神々が働く「八百万クラウド株式会社」。

平凡な会社員・三上准一は、ひょんなことから神々の業務に巻き込まれ、人間の願いと人生の仕組みを少しずつ知っていく。

笑って、少し泣けて、読み終えると誰かに感謝したくなる。

現代日本の神話的お仕事ファンタジー、ここに開幕。

ーー記憶は消えても、優しさは引き継がれますーー



〜あらすじ〜

平凡な会社員・三上准一が迷い込んだのは、全国八百万の神々が働く不思議な会社――**「八百万クラウド株式会社」**だった。

願いの未読管理を行う「未読の神様」。
縁を切るのではなく、形を変える「縁切り申請部」。
人生の変化を見守る「厄年監査室」。
運の揺らぎを調整する「おみくじ確率調整課」。
見えない支えを届ける「守護霊サポートセンター」。
そして、生と死をつなぐ「転生データ移行室」。

願い、出会い、別れ、迷い、支えられ、次へ渡していく――。

笑えて少し切なく、読み終えたあとに誰かへ「ありがとう」と伝えたくなる、連作ファンタジー六部作。

人は忘れる。けれど優しさは残る。

神様たちは今日も、人知れず世界を運用している。