確信堂
――贈り物百パーセント綺譚――



まえがき

贈り物というものは、不思議です。
高価なものが必ず喜ばれるわけではなく、安価なものでも、なぜか心に深く残ることがあります。

人は誰かを想いながら品物を選びます。けれど、その想いが本当に相手へ届いたのか、その答えを知る術はありません。

もしも、「喜ばれる確率」が数字で見えたなら、人はもっと幸せになれるのでしょうか。

あるいは、数字があるからこそ失われるものが、あるのでしょうか。

本作『確信堂』は、そんな少し厄介で、少し愛おしい問いから生まれた物語です。

贈り物とは何か。確信とは何か。そして、人を想うとは何か。

読み終えたあと、大切な誰かの顔がふと浮かぶような作品になっていれば、とても嬉しく思います。




第一章 さくらんぼと、悩める男

 桜田壱(さくらだ・はじめ)、四十二歳。文房具メーカーの総務課長であり、世間からは「真面目すぎる」と評され、本人もそれを否定しない男である。

 彼には一つ、誰にも理解されない拘りがあった。

「贈り物は、自分の中で百パーセントでなければならない」

 日用品は百円ショップで構わない。むしろそうすべきだと思っている。だが誕生日や記念日の品だけは、絶対に定価で、絶対に本物を選ぶ。バッタもんなど論外。割引で買った贈り物は、なぜか自分の中で九十八パーセントにしかならない気がするのだ。

 その年の六月、山形に住む大学時代の友人――蔵王熊吉(ざおう・くまきち)、通称「山形のあいつ」――から、佐藤錦の箱が届いた。毎年恒例の儀式である。

 熊吉からの礫(つぶて)のような短いメッセージが添えられていた。

「食え。返すもんは何でもいいぞ」

 何でもいい、と言われるほど、桜田は何を返せばいいか分からなくなる性分だった。


第二章 路地の奥の店

 会社帰り、桜田はいつも通らない裏路地に迷い込んだ。雨上がりの匂いと、どこからか漂う線香のような香り。気づけば、古びた木製の看板の前に立っていた。

「確信堂」

 ガラス越しに見える店内は、骰子(さいころ)、天秤、古い時計、そして用途不明の器具で埋め尽くされている。扉を押すと、カウンターの奥から、白髪を一本の三つ編みにした老人がぬっと顔を出した。

「お探しは――贈り物の確信、ですな」

 桜田は驚いた。何も言っていないのに。

「顔に出ております。九割九分のお客さんが、その顔をして入ってくる」老人はそう言って、桐箱から一つの単眼鏡を取り出した。真鍮の縁取りに、なぜか目盛りが彫られている。〇から百まで。

「これを通して贈り物を見ると、相手が喜ぶ確率がパーセントで見えます。あなたのお探しのものに、ぴたりと合う数字が」

「そんな馬鹿な」

「馬鹿は承知の上で商売しております」老人は涼しい顔で答えた。

 値段を聞くと、驚くほど安かった。安すぎることが、桜田には逆に不気味だった。だが、気づいたときには懐から金を出していた。


第三章 数字が見える男

 単眼鏡を覗くと、本当に数字が見える。最初に試したのは、デパートの紳士用ハンカチだった。

「62%」

 桜田は驚き、棚にあった別のハンカチに替えてみる。

「58%」

 下がった。隣のネクタイを見ると――

「91%」

 思わず声が出た。なるほど、これは凄い。ネクタイなら九割超え。よし、これにしよう――と思った瞬間、店員が近づいてきて「お客様、それは展示品で売り物ではございません」と言われ、桜田は静かに単眼鏡をしまった。

 数字は、便利であると同時に、人を狂わせる類のものだった。

 家に帰ると、妻の誕生日プレゼントとして去年贈ったマフラーを試しに覗いてみた。

「34%」

 愕然とした。あの時、自分は百パーセントの確信を持って贈ったはずだった。妻は「ありがとう」と笑顔で受け取ってくれた。あれは演技だったのか。三十四パーセントの笑顔だったのか。

 その夜、桜田はほとんど眠れなかった。


第四章 メロン戦争

 熊吉への返礫を探す日々が始まった。桜田は休日ごとに百貨店を回り、単眼鏡を覗き続けた。

 水羊羹――「45%」

 高級線香――「12%」(なぜ線香を試したのかは本人にも説明がつかない)

 山形には負けられないと意気込んで取り寄せた静岡のメロン――

「99%」

 ほぼ満点。狂喜した桜田が会計に向かったその時、隣で同じように果物売り場の前で固まっている男がいた。手には、見覚えのある真鍮の単眼鏡。

「あなたも……確信堂の」

「お互い、業者じゃないのに業者みたいな顔してますね」

 その男――近藤と名乗った――もまた、長年の知人への「百パーセントの贈り物」を探して三ヶ月、すでに人生で四十八個の品物を試したという猛者だった。

「教えてあげましょう。数字は、一度見ると上書きされる。九十九を見た後だと、九十八が出てもがっかりするようになる」

「では、あなたの最高記録は」

「百二だ」

「百を超えるんですか」

「ええ。だから、もう何も信じられなくなった」近藤は遠い目でそう言うと、メロンも買わずに去っていった。

 桜田は、99%のメロンをひとつ買って帰った。だが家でもう一度覗くと、なぜか「97%」に下がっていた。湿度のせいなのか、自分の心境のせいなのか、誰にも分からない。


第五章 壊れた目盛り

 ある晩、桜田は単眼鏡を磨いていて、誤って絨毯に落とした。拾い上げて覗くと、表示が乱れている。何を見ても「ERROR」、あるいは意味不明な記号が浮かぶ。

 途方に暮れて確信堂に駆け込むと、老人は壊れた単眼鏡を一目見て、笑い出した。

「壊れてはおりません。これは、計測不能というだけのこと」

「計測不能?」

「数字というのは、相手の頭の中の確率を計算する道具。ですが――ある種の品物には、相手の頭ではなく、相手の心が直接動く。心は、確率では測れない」

 老人は単眼鏡を覗かせた先に、店の隅にあった、何の変哲もない一本の鉛筆を置いた。

「これを見てごらんなさい」

 桜田が覗くと、確かに何も表示されない。ただ、レンズの奥が、ぼんやりと温かい光のようなものに見えた。それは数字ではなかった。

「鉛筆一本でも、その人を想って選んだのなら、これになる。逆に、宝石でも、適当に選べば、ちゃんと数字が出ます。数字が出る、ということは、まだ計算の余地がある、ということですよ」

 桜田は黙って、単眼鏡をカウンターに置いた。

「お代はいただきません。むしろ、それを持ち帰った分の代金、返金いたしましょう」

「なぜです」

「数字を捨てられる人には、もう要らない道具だからです」


終章 さくらんぼの礫

 桜田は熊吉への返礫として、結局、近所の和菓子屋の水羊羹を選んだ。先月「45%」と出ていたあの品である。値は張らないが、定価で、本物で、毎年熊吉が「あれは美味かった」とこぼしていたのを思い出して選んだものだった。

 箱に手紙を添えた。

「お前が、さくらんぼを送ってくる理由を、俺は一度も聞いたことがなかった。だから今年は聞かずに、ただ、お前が好きそうなものを選んだ」

 発送した帰り道、桜田はふと懐に手をやった。単眼鏡は、もう確信堂に置いてきた。覗かなくても、なぜか分かる気がした。

 数字にすれば、たぶん――百パーセントは超えている。だが、それを確かめる装置は、もう彼の手元にはない。

 数日後、熊吉から短い返信が来た。

「うまかった。来年もまた送る」

 それだけで、十分だった。

―― 完 ――



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あとがき

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

人は歳を重ねるほど、贈り物が難しくなるように思います。

若い頃は勢いや見栄で選べたものが、いつしか「本当にこれで良かったのだろうか」と考えるようになるからです。

本作の主人公・桜田壱は、「百パーセントの贈り物」を求め続けました。しかし、人の心は天気のように移ろい、数字や理屈だけでは測れません。

それでも私たちは、誰かを想い、迷い、選びます。

その迷いそのものが、実は贈り物の一部なのかもしれません。

もし読了後に、久しぶりに誰かへ小さな贈り物をしたくなったなら、あるいは、昔もらった品物を少し優しい気持ちで見直したくなったなら、とても嬉しく思います。

来年もまた、誰かのもとへ、ささやかな礫が届きますように。