面倒な奴は案内状
ーー時空管理局 迷子係よりーー
第一章
引き算の女房と、路地裏の案内状
哲学者でありながら、商店街のうらぶれた古本屋の店主でもある男、
砂原(すなはら)は、
毎日古い木机の上でそろばんを弾いていた。
彼が計算しているのは店の売上ではない。
これまでの人生における「純愛の残高」であった。
「惚れた数から、フラれた数を引けば、女房が残るだけ」
砂原は、いつかどこかの酒場で耳にしたこの出鱈目な名言を、まるで宇宙の絶対法則であるかのようにブツブツと呟いた。
そろばんのパチチという乾いた音が店内に響く。彼の計算によれば、過去に惚れた女性の数は三十六、フラれた数は三十五。差し引き、一。
そして現在、店の奥の台所で凄まじい音を立てて大根を刻んでいるのが、その「残高」たる妻のヨシエだった。
もし明日、もう一人別の女性にフラれたら、我が家のヨシエは数式上ゼロになって消滅してしまうのだろうか。砂原はそんな突拍子もない恐怖に駆られていた。
出会いはいつも突然やって来るが、別れもまた、予告なしに自動ドアが開くようにやって来る。人間関係とは、不確定性原理に支配された奇妙な素粒子の衝突のようなものだ。
そこへ、店の古い木製の扉がガラガラと音を立てて開いた。入ってきたのは、仕立ての悪いタキシードを着て、頭に大きなブリキのじょうろを被った奇妙な男だった。
男は無言で砂原の前に進み出ると、懐から一枚の古びた絵葉書を突き出した。そこには、うねるような筆文字でこう書かれていた。
『面倒な奴と出会うのもまた、次への案内状である。 ――時空管理局・迷子係』
「お前がその、面倒な奴か?」と砂原が尋ねると、じょうろの男はただコクリと首を振った。
男の持つじょうろの注ぎ口からは、なぜか薄紫色の煙が立ち上っている。
男は砂原の手を掴むと、もの凄い力で店の外へと引っ張り出した。引き止めようとするヨシエの大根を刻む音が、背後で遠ざかっていく。
こうして、砂原の「新たな人生観」を探す、あまりにも滑稽で不思議な旅が始まったのだ。
第二章
好奇心のサプリメントと、乗り換えプラットホーム
じょうろの男に連れられてやって来たのは、世界の境界線にあるという「乗り換え駅(プラットホーム)」だった。
そこには無数の列車が並び、それぞれの車両には「新たな趣味」「見知らぬ誰かの人生観」という奇妙な行き先表示が掲げられていた。
駅のベンチには、自称・百三十歳の老人たちが集まり、熱心にカードゲームに興じていた。
彼らの肌は驚くほどツヤツヤとしており、まるで少年の輝きを放っている。
砂原がその秘訣を尋ねると、最も耳の大きな老人がニヤリと笑った。
「簡単なことさ。新たな出会いの扉を閉じないこと。これだけで、心臓のゼンマイは勝手に巻き直される。他人の突拍子もない趣味に首を突っ込み、そこへ身を置いてみるのだよ」
砂原は、勧められるがままに「泥団子を限界まで光らせる同好会」の車両に乗り込んでみた。
車内では、世界各国の学者や元泥棒たちが、必死に泥の球を磨き上げている。砂原も最初は「なんて無意味なことを」と眉をひそめたが、いざ泥をこね、他人のこだわりの中に身を置いてみると、不思議なことに脳の使ったことのない部分がパチパチと音を立てて目覚めるのを感じた。
再び楽しみがやって来て、時計の針が逆回転を始め、人生がまた「1からのスタート」になる感覚だった。
しかし、三日もすると砂原は「やっぱり自分には泥は合わないな」と感じ始めた。すると隣の老人が温かい目をして言った。
「違うと感じたら、静かに身を引けばいい。無理をする必要はない。次が現れたならば、別の列車に乗り換えたらいいのさ。僕らには、そんなに余っている時間はないんだから」
駆け引きめいた男女のドタバタ劇よりも、こうして見知らぬ誰かと「友」として深く静かに想い合う時間の方が、どれほど深く心に染み入るか。
砂原は、限られた時間の中で、この「無理のない乗り換え」を繰り返すことこそが、生きるという歩行術なのだと気づき始めていた。
第三章
笑顔のタイミング
砂原はいくつかの列車を乗り換え、自分のペースで歩いた。走る必要はどこにもなかった。
急いだところで、終着駅にあるのは誰にとっても同じ「終わり」なのだから、歩幅は自由でいいはずだ。
やがて、彼がふと足を止めたとき、目の前に霧が晴れるように一軒の喫茶店が現れた。ドアを開けると、そこには使い慣れたそろばんが置かれた木机と、相変わらず不機嫌そうな顔で大根を刻んでいるヨシエの姿があった。砂原は元の古本屋に戻ってきたのだ。
ただ、一つだけ違っていた。机の上には、あのじょうろの男が残していった一枚の詩が、美しい文字で書き記されていた。
出会うべき人は 目の前に現れて
出会うべきタイミングの中で 笑顔となれる。そう 無意味な出会いはないはずと面倒な奴もまた 次への案内状なのだろう。
なんせ 僕らには あまり時間がないのだ…
砂原はそろばんをパチリと一つ叩いた。惚れた数からフラれた数を引けば、やっぱりヨシエが残る。
だが、その計算の答えは、旅に出る前よりもずっと愛おしく、温かい輝きを放っていた。
砂原は妻の差し出した温かいお茶を飲みながら、次の「面倒な案内状」が届くのを、楽しみに待つことにしたのだった。
―― 物語はここで終わるが、あなたの次の出会いは、もうすぐそこに迫っている。 ――
〜あとがき〜
この物語を書きながら、私は何度も自分自身の人生の出会いを思い返しました。
人との出会いだけではありません。
本との出会い。
音楽との出会い。
仕事との出会い。
旅との出会い。
そして、別れとの出会い。
人生は不思議なもので、その場では意味がわからなかった出来事ほど、何年も後になって「あれが案内状だったのか」と気づくことがあります。
私自身、遠回りや失敗を数え始めればきりがありません。
けれど今では、それらを含めて人生だったのだと思えるようになりました。
面倒な人もいた。
理解できない出来事もあった。
思い通りにならない日々もあった。
しかし、そのどれか一つでも欠けていたなら、今の自分はここにいなかったでしょう。
だから私は最近、少しだけこう考えるようになりました。
出会いには意味があるのではなく、後から意味を与えるのが人間なのだ、と。
もしこの本を閉じたあと、誰かに連絡を取りたくなったなら。
もし新しい趣味を始めたくなったなら。
もし少しだけ外へ出てみようと思ったなら。
それはきっと、あなたの元へ届いた新しい案内状なのかもしれません。
物語は終わります。
けれど、出会いは終わりません。
あなたの次の物語が、穏やかで少し滑稽で、そして温かなものでありますように。

