第I部 未来予想
――日本州、2057年――
 

未来は速くなった。
けれど、人が人を想う速度だけは変わらない。


著:ある老年の詩

未来予想

未来は今よりずっと良い と
どなたかが言ってたけれど…

今まだ
国と国とが争うのならば
未来はさほど良いとは思えない

いっそ転じて
国境が無くなれば
それは未来への前進かもしれない

けれども
それにはリスクが大き過ぎて
どちらかの国が
滅ばねばならないのだろう

映画
バックトゥーザフューチャーで
マーティが
デロリアンで向かった未来をもとうに越し

トップガン2では
今まだ敵対するテロの国と争う

わずか30年で
ポケベルは
携帯電話を通り越し
スマホとなった

そして今
そのスマホがないと
多くのことが出来ない時代

そう
まさに
スマホというコンピューターに
人々は操られ
いつか誰かが
勝手に予測した時代となった

ところが
それにより多くの弊害は起きて
心病むばかり

便利さと引き換えに
大事なものを失ってしまったと
気付いた時にはすでに遅く

いっそ
Wi-Fiの届かない田舎暮らしが
幸せなのかとも思う今日

これまでの30年で
これだけ変わってしまった社会

すれば
これからの30年では
どれだけ変わるのだろうか?

こんな政府で日本は大丈夫か?
それとも
アメリカの51個目の州と
化していないだろうか?

移動時間は短くもなり
いずれ
新幹線はリニアになり
東京-大阪は1時間となる

それは
果たして幸せなのだろうか?

分からない
解らない
判らない…

いずれ車は
全てが電気となり
また自動運転ともなり
衝突事故は無くなるのだろう

そして
空を飛び始め
渋滞はなくなり
最短距離での移動となるのだろう

ただし
それらの進歩による
エネルギー問題は浮上し
やはり
原発かと国は推し進めるはずで

ならば
その廃棄物は
地球で処理せず
ロケットに積み
遠い星へと運んだら良い

それよりも
原発への利権を無くし
太陽と仲良くして
太陽からの 光 熱 風を
最大限利用したら良い

そんなことは
皆 とうに分かっていても
立ち塞がる大きな壁に阻まれ
未来は来ない

そう
原子力の脅威により
それを盾にして争う限り
バカな大将が1人いたら
世界が滅ぶ時代

地球もろとも
吹っ飛ばしかねない悪魔の力は
もしかすると
未来は来ないかもしれない

ならば
1度滅んだら良いとすら
思っていまうから
怖いのだ

ポケベルでなんとかなった時代
電報でなんとか出来た時代
速達でも用が足りた時代

そんな時代を知ってるもんで
今の便利さは有り難いけれども
それにより
失ったものを愛おしく思うのは
僕ら世代までなのだろうか…



まえがき

 この物語は、一篇の詩から生まれました。
 詩を書いた人がいました。その人は、失われたものを惜しみながら、それでも未来を想っていました。怒りと懐かしさと、ほんの少しの希望を、言葉に込めていました。
 その詩の魂を借りて、私はこの小説を書きました。
 ポケベルを知っている世代へ。
 そして、ポケベルを知らない世代へ。
 


プロローグ ポケベルの音

 倉田誠司は夢を見ていた。
 夢の中では、まだ日本という国があった。
 腰のベルトには小さな黒い機械がぶら下がっていた。縦七センチ、横四センチ。液晶画面には数字が並んでいる。「090-XXXX-XXXX 折り返してください」と、誰かからのメッセージ。誠司はその数字を手帳に書き写し、近くの公衆電話へ走った。
 目が覚めた。
 二〇五七年、七月。倉田誠司は五十三歳だった。
 窓の外には東京州第一行政区の空が広がっている。かつて「東京都」と呼ばれた場所。いまは「JAPAN STATE, DISTRICT-1」と標識に刻まれ、道路標識の文字はすべて英語が先、日本語がその下に小さく添えられている。
 誠司は起き上がり、スマートグラスに触れた。ガラス面が薄く光り、今日のニュースが流れ始める。
 ——日本州議会、連邦予算案を可決。防衛費は引き続きワシントンが管轄——
 彼はグラスを外した。
 夢の中のポケベルの音が、まだ耳の奥に残っていた。





第一章 日本州

 倉田誠司がこの国に生まれたのは二〇〇四年だった。
 子供の頃、父親がよく言っていた。「日本はすごい国だ」と。新幹線があり、電化製品があり、マンガがあり、アニメがあった。世界に誇れる文化と技術があった。
 それがいつから、こうなったのか。
 誠司は朝のルーティンをこなす。顔を洗い、コーヒーを淹れ、キッチンのウォールパネルで今日のスケジュールを確認する。パネルには英語と日本語が混在している。システムのデフォルト言語は英語だ。日本語は「サブ表示」の扱いになって、もう十年になる。
 二〇四一年の「統合条約」——正式名称は「太平洋安全保障・経済統合協定」——が締結されたとき、日本の有権者の多くはそれがどういう意味なのか、まだ理解していなかった。条約の全文は英語で書かれており、日本語の翻訳版が公開されたのは批准から三ヶ月後だった。
 反対運動はあった。
 国会前に人々が集まった。ネットでは激しい議論が交わされた。しかしそのころすでに、情報空間はアルゴリズムによって細かく分断されていた。反対派は反対派だけのタイムラインを見ており、賛成派は賛成派だけの「世論」を眺めていた。
 気づけば、条約は通過していた。
 翌年から、円はドルに統合された。
 その翌年、自衛隊はアメリカ軍の指揮下に編入された。
 その翌年、選挙制度が「連邦標準方式」に改められた。日本語での立候補は認められているが、連邦議会への議席は存在しない。日本州選出の代表者は「オブザーバー」として会議に参加できるが、投票権はない。
 誠司はエンジニアだった。プログラムを書くのが仕事だった。技術は変わっても、コードを書くという行為そのものは変わらなかった。だから彼は波に乗り続けた。ポケベルの時代を知り、携帯電話の時代を生き、スマートフォンに乗り換え、ウェアラブル端末を装着し、いまはスマートグラスとニューラルリンクが標準装備の時代だ。
 技術の進歩は止まらない。
 ただ、何かが失われていた。
 誠司はそれが何なのか、うまく言葉にできなかった。しかしそれは、朝目が覚めるたびに、夢の中のポケベルの音のように、彼の心の奥で鳴り続けていた。
 会社はアメリカ系のIT企業だった。正確には「旧日本企業をアメリカの持株会社が買収した結果、名前だけ残った会社」だ。本社はサンフランシスコにあり、東京オフィスは「アジア太平洋サービスセンター」と呼ばれている。
 同僚の三割はインド出身のエンジニアだった。優秀な人間が多かった。誠司は彼らと英語で話し、夜は一人で日本語の古い映画を観た。
 今日の会議は午前十時からだった。アジェンダはすべて英語。発言も英語が推奨される。誠司は準備した。
 会議室に向かう途中、廊下の窓から外を見た。
 空が、青かった。
 その青さだけは、変わっていない、と誠司は思った。

第二章 Wi-Fiの届かない場所

 誠司に連絡をくれたのは、旧友の畑中だった。
 畑中俊也。中学からの付き合いで、二十年前に東京を捨てて長野の山中に移住した男だ。
「久しぶり。元気か」
 スマートグラスの通話ではなく、古いスマートフォンからの音声通話だった。
「畑中か。珍しいな、電話なんて」
「グラスの調子が悪くて。というかそもそも俺、グラスを持ってないし」
 誠司は笑った。「そうだったな」
 畑中は長野の山の中で、小さな農場を営んでいた。電気は太陽光パネルで賄い、Wi-Fiは最低限しかつながらない。スマートグラスはない。ニューラルリンクはもちろんない。
「一度来てみないか」と畑中は言った。「先月、熊が出て畑を荒らされたんだが、それ以外はすこぶる快適だぞ」
「熊が出てそれ以外は快適って、だいぶ条件が厳しくないか」
「いやいや。空気がうまい。夜は星が見える。朝は鳥の声で起きる。スマートなんとかがなくても、人間は生きていける」
 誠司は少し考えた。
 有給休暇は三十日分たまっていた。使わない日が続いていた。
「……わかった。来週、行く」
 言ってから、自分でも驚いた。
 長野行きの新幹線の中で、誠司は窓の外を眺め続けた。かつて「のぞみ」と呼ばれた列車は、いまは「Bullet-J」というブランド名で運行している。車内アナウンスは英語が先だ。
 富士山が見えた。
 その形だけは、何も変わっていなかった。
 畑中の家は、長野市から車で一時間ほど入った山の中にあった。細い道を軽トラックで登ると、突然ひらけた場所に小さな家と畑が現れた。
「よく来た」
 畑中は日焼けした顔で笑っていた。東京にいたころより、確かに若く見えた。
 家の中には、スマートデバイスがほとんどなかった。冷蔵庫はある。電灯はある。しかしウォールパネルはない。音声アシスタントはいない。静かだった。
 誠司はその静けさに、最初は戸惑った。
 情報が来ない。通知が来ない。誰かに何かを求められない。
 夜、縁側に座って星を見た。
「都会では、これが見えないんだよな」と畑中が言った。
「見えない。空が明るすぎる」
「情報も同じだろ。情報が多すぎると、大事なものが見えなくなる」
 誠司は答えなかった。
 ただ、星を見ていた。
 三日目の朝、誠司はスマートグラスをポーチにしまった。
 そして初めて気づいた。
 鳥の声が、こんなにも種類があることを。土の匂いが、季節によって変わることを。雨が降る前に、風が変わることを。
 人間が何万年もかけて培ってきた感覚が、まだ自分の中に残っていた。
 ただ、長い間使っていなかっただけだ。
 五日目の夜、誠司は畑中に言った。
「俺、このまま東京に戻るのが怖い」
「戻らなくていいんじゃないか」
「仕事がある」
「仕事のために生きてるのか」
 答えが出なかった。
 その夜、遠くで雷が鳴った。畑中が言った。「明日は雨だ。久しぶりに恵みの雨だな」
 誠司はその言葉を、不思議なほど美しいと思った。

第三章 核の影

 東京に戻った翌日、ニュースが飛び込んできた。
 ——北東アジア緊張激化。某国、核搭載可能ミサイルの発射実験を実施——
 スマートグラスの通知が連続して鳴った。ウォールパネルのニュースフィードが赤く点滅した。
 誠司は、その光景を見て奇妙な感覚に囚われた。
 恐怖ではなかった。
 疲弊だった。
 これは、何度目だ。
 彼が生まれる前から、この脅威はあった。父親の時代にもあった。祖父の時代にも。核兵器が存在し始めてから、人類はずっとその影の下で生きてきた。
 進歩した。テクノロジーは進歩した。生活は変わった。しかし人間の愚かさは、ほとんど変わっていない。
 誠司はかつて、仕事でセキュリティシステムの設計をしていた時期があった。その経験から、彼は一つのことをよく知っていた。
 どんな堅牢なシステムも、「一人のバカ」によって崩壊する。
 内部の人間が意図的に扉を開ければ、外側の壁はいくら厚くても意味がない。
 核の話も同じだ。
 抑止力という概念は、「全員が合理的に行動する」という前提の上に成り立っている。しかし歴史上、権力を持った「一人のバカ」が世界を崩壊寸前まで追い込んだことが、何度あったことか。
 誠司の上司のアメリカ人、マイケル・グレッグが話しかけてきた。
「誠司、ニュース見たか? また例の国が騒いでるな」
「見ました」
「でも大丈夫だ。アメリカが守る。そのために日本州があるんだから」
 誠司は微笑んだ。
「そうですね」
 言いながら、心の中で思った。守られている、という感覚が、いつから心地よくなくなったのだろう、と。
 その夜、誠司は古いノートを引っ張り出した。
 二十代のころ、思ったことを手書きで書き留めていたノート。
 一ページを開いた。学生時代に書いた走り書きがあった。
「原発の廃棄物を、ロケットに積んで宇宙に飛ばしたらどうだろう」
 子どもみたいな発想だ、と誠司は苦笑した。
 しかしそのページの隣には、こんなことも書いてあった。
「太陽は毎日エネルギーをタダでくれている。なぜ人間はそれを使わず、危険なものを掘り起こして燃やそうとするのか。利権だ。利権が邪魔をしている」
 二十代の自分は、怒っていた。
 五十三歳の自分は、疲れていた。
 それだけが、違いだった。
 その夜、誠司は眠れなかった。
 天井を見つめながら、考えた。
 もし、本当に「一度滅んだほうがいい」としたら。
 滅んだ後に、何かが残るとしたら。
 それは何だろう。
 答えが出ないまま、夜が明けた。

第四章 ゼロの日

 それは誠司が五十三歳の、八月十五日に起きた。
 終戦記念日。
 偶然ではなかった、と後から多くの人が言った。
 午前十一時二分。
 誠司は会社のデスクにいた。
 最初に止まったのは、すべてのスマートデバイスだった。
 スマートグラスが落ちた。ウォールパネルが暗転した。社内のコンピューターが一斉にシャットダウンした。
「なんだ?」
 誰かが言った。
 次の瞬間、電気が消えた。
 非常用電源が入り、薄暗い赤い光が点った。しかしネットワークはつながらない。
 社内が騒然とした。
 誠司は冷静だった。こういうときにパニックになっても何も解決しない、ということを、長年のエンジニア経験が教えていた。
 彼は窓に近づいた。
 外の道路で、車が止まっていた。自動運転車が、一斉に停止していた。道路のあちこちで人々が車から降り、呆然と立ち尽くしていた。
 空を飛んでいた航空タクシーが、一台また一台と、緊急着陸モードで降下し始めていた。
 すべてが、止まっていた。
 後になって分かったことだが、あの日起きたのは核攻撃ではなかった。
 それは「カスケード崩壊」と呼ばれるシステム障害だった。
 二〇五七年の世界では、すべてのインフラがネットワークで接続されていた。電力網、交通システム、通信網、金融システム、医療システム——すべてが一つの巨大なクモの巣で結ばれていた。
 そのクモの巣の、ある一点に、誰かが細工をしていた。
 犯人は特定されていない。国家なのか、組織なのか、あるいは一個人なのか。
 ただ、その細工は「連鎖」を起こすよう設計されていた。一点が崩れると、隣が崩れ、また隣が崩れ——ドミノのように、世界中のシステムが止まっていった。
 三十分で、ほぼすべての先進国のインフラが機能を停止した。
 これを「ゼロの日」と呼ぶ。
 誠司は会社を出た。
 エレベーターは動かない。階段で十七階から降りた。
 外に出ると、東京の街が静かだった。
 こんなに静かな東京を、誠司は見たことがなかった。車の音がない。スマートデバイスの通知音がない。ドローンの羽音がない。
 代わりに、聞こえてきたものがあった。
 鳥の声だった。
 誠司は立ち止まり、耳を澄ませた。
 真夏の東京のど真ん中で、鳥が鳴いていた。
 ずっとそこにいたのだ、と気づいた。ただ、他の音がうるさすぎて、聞こえなかっただけで。
 誠司は歩き始めた。
 どこへ行くあてもなかった。
 ただ、歩いた。
 しばらくすると、道端で人が集まっているのが見えた。
 老人が、何かを配っていた。
 近づくと、それは手書きのビラだった。
「この先の公園に水があります。食料を持っている方は分け合いましょう」
 誠司はそのビラを受け取り、公園に向かった。
 公園には、すでに五十人ほどが集まっていた。
 スマートデバイスを持たない人たちが、顔を見合わせて話をしていた。
 英語ではなく。
 日本語で。
 誠司は気づいた。
 ここにいる全員が、日本語で話していた。
 それは、とても自然なことだった。
 そして、とても久しぶりのことだった。

第五章 ゼロから

 システムは、三日後に部分的に復旧し始めた。
 しかし、完全に元に戻ることはなかった。
 世界は「ゼロの日」以前と以後に分かれた。
 最初の一週間、人々は混乱した。食料を求めて争いが起きた場所もあった。しかし多くの場所では、奇妙なことが起きた。
 人々が、助け合い始めたのだ。
 スマートデバイスがなければ、情報はアルゴリズムで分断されない。人は目の前の人と話すしかない。隣に住んでいるのに名前も知らなかった人と、水を分け合った。言葉が通じない外国人と、身振り手振りで意思疎通した。
 誠司は公園を拠点に、仲間たちと動いた。
 エンジニアとしての知識が、初めて「人のため」に使われていると感じた。発電機の修理を手伝い、通信の復旧を助け、医療システムの緊急パッチを書いた。
 報酬はなかった。
 ただ、やりがいがあった。
 三日目の夜、畑中から連絡が来た。古いアナログ無線機経由だった。
「こっちは大丈夫だ。野菜はある。水もある。来れる人間はこっちに来い」
 誠司は笑った。
「さすが準備万端だな」
「準備したわけじゃない。ただ、電気がなくても暮らせるようにしてただけだ」
 それが、一番の「準備」だ、と誠司は思った。
 二週間が経った。
 連邦政府——アメリカ連邦政府——は復旧支援を約束したが、実際に動いたのは遅かった。
 代わりに機能したのは、地域のネットワークだった。
 昔の、もっと昔の、近所付き合いのような繋がりが、自然に復活していた。
 誠司は一つのことに気づいた。
 便利さと引き換えに失ったものを、人々はまだ覚えていた。
 体が覚えていた。
 スマートデバイスがなくても、人は笑えた。泣けた。助け合えた。
 一ヶ月後、政府は新しい「復旧計画」を発表した。
 インフラの再構築に際して「分散型エネルギー網」を採用するという。太陽光と風力と水力を組み合わせ、一点集中型ではなく、地域ごとに自律するシステムにする。
 それを聞いた誠司は、古いノートを開いた。
 二十代の自分が書いた走り書きが、そこにあった。
「太陽は毎日エネルギーをタダでくれている」
 三十年前に、分かっていた。
 それが実現するのに、「一度滅ぶ」必要があった。
 それは、悲劇なのか。
 それとも、それが人間というものなのか。
 誠司には分からなかった。
 ただ、今日の空が青いことは、分かった。
 長野から畑中が送ってきた野菜が、テーブルの上にあることは、分かった。
 隣の部屋で、子どもたちが日本語で笑っていることは、分かった。
 それで、今は十分だと思った。

エピローグ 三十年後の星

 二〇八七年、八月。
 倉田誠司は八十三歳になっていた。
 長野の畑中の土地の隣に、小さな家を建てたのは「ゼロの日」から十年後のことだった。
 庭には太陽光パネルがある。雨水をためるタンクがある。小さな畑がある。
「おじいちゃん、今日は星がよく見える」
 孫娘の声だった。
 縁側に座り、誠司は空を見上げた。
 天の川が見えた。
 東京にいたころは、一度も見えなかった天の川が。
「きれいだろう」
「うん。でも、なんでこんなに星があるの?」
「昔からあったんだよ」と誠司は言った。「ただ、見えなかっただけで」
 孫娘は少し考えてから言った。
「じゃあ、昔の人は損してたね」
「そうかもしれない。でも昔の人は、別のものを持ってた」
「何を?」
「便利さ」と誠司は言った。「指一本で、何でも出来た。どこでも繋がれた。何でも知れた」
「それって、いいことじゃないの?」
「悪いことじゃない。でも……」
 誠司は少し間を置いた。
「星が見えなくなるくらい、明るくしすぎた」
 孫娘は空を見上げ、しばらく黙っていた。
「今は、ちょうどいいね」
 誠司は笑った。
「そうだな。ちょうどいい」
 遠くで、フクロウが鳴いた。
 風が吹いた。
 稲の穂が、さわさわと揺れた。
 ポケベルの夢は、もう見なくなっていた。
 代わりに、誠司はよくこんな夢を見る。
 広い野原に立っていて、空が果てしなく広がっていて、誰かが隣にいて、ただ、そこにいる夢。
 それは静かで、穏やかで、どこかなつかしくて——
 目が覚めるたびに、少しだけ惜しいと思う。
 それで十分だ、と誠司は思っている。
 それで、十分だ。
                      ——了



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あとがき

 便利さと引き換えに、何かを失った。
 その「何か」に、名前をつけることは難しい。でもきっと、それは人間であることの核心に近いものだと、私は思います。
 テクノロジーは悪ではありません。問題は、テクノロジーに操られるのではなく、テクノロジーを使いこなすことができているかどうか。
 ポケベルの時代を生きた人たちが覚えているもの。Wi-Fiの届かない山の中で感じるもの。それらは、失われたのではなく、ただ眠っているだけかもしれない。
 この物語が、誰かの「眠っているもの」を揺り起こすきっかけになれば、とても嬉しく思います。

本作品はフィクションです。