Protein Behavior AP-7 III

—— 星の音を聴く者 ——
「繋がる者たちへ。」


まえがき
『0.3パーセントの遺伝子』は、星へ向かった一人の女性の物語だった。
『九九・七パーセントの帰還』は、地球へ還った六人と、彼女を見送った家の物語だった。
本書は、その両方の「あいだ」にいる者の物語である。
行くことも、見ることもできなかった――けれど、繋がることを、選んだ一人の科学者の話を、ここに記す。


目次
序章 信号の谷
第一章 久遠暦
第二章 異常なパルス
第三章 上賀茂、最後の夜
第四章 共鳴
終章 通い路の真ん中で



序章 信号の谷
西暦二三三八年。
UESA共鳴研究所は、長野県の山あいの、電波の入らない谷の底にあった。研究者たちは、ここを「信号の谷」と呼んでいた。皮肉だった。世界中で最も静かな場所に、世界で最も奇妙な「信号」を探す施設が、建っているのだから。
私の名は、久遠暦(くおん・こよみ)。AP-7共鳴プロジェクトの、主任研究員。四十四歳。
施設の地下三階、観測室の壁には、世界中のAP-7陽性者――協力者として登録された約八千人――の、リアルタイムの脳波・代謝データが、緑色の線として、無数に流れていた。
そのすべてに、共通する、ある周波数があった。
〇・一八ヘルツ。
三十七年前、オデュッセイア号が星間空間で観測した、あの規則的なパルスと、まったく同じ周波数。地球上のAP-7陽性者は、低代謝状態に入ると、例外なく、この周波数で、わずかに脈動する。それは、もう、疑いのない事実として、確立されていた。
けれど、その先には、誰も、進めなかった。
「久遠さん」
声がした。若い研究員の、佳奈だった。
「今日の、定期セッション、始めますか」
「ええ」と私は答えた。
定期セッション――それは、私自身を含む、研究所の常勤研究員数名が、週に一度、低体温誘導装置に入り、一時間ほど、低代謝状態で、自分自身のデータを取る、という、いわば「自己観測」だった。
装置は、ハルの時代のクライオ・ポッドとは、まるで違う。体温を、せいぜい二十八度まで下げる、医療用の安全な装置だ。命の危険はない。けれど、低代謝状態に入ると、〇・一八ヘルツのパルスは、確かに、現れる。
私は、装置に横たわった。
冷却が始まる。三十六度、三十三度、三十度。意識が、少し、ぼんやりとしてくる。
私は、その状態に、三十年近く、慣れていた。けれど――何も、見えなかった。
久遠暦は、視えない者だった。




第一章 久遠暦
私が、AP-7陽性であることを知らされたのは、七歳のときだった。
祖母――久遠灯は、その夜、私を、本家の縁側に座らせ、長い話をした。曾々祖母・久遠陽が、銀河の中心を目指して、星間空間を進んでいったこと。曾祖母・久遠静子が、夜ごと、その娘の姿を「視ていた」こと。そして、祖母自身も、子どもの頃から、庭の隅に、人影を「視ていた」こと。
「暦、あなたも、視えるようになるかもしれません」と祖母は言った。「久遠の家は、何百年も、視る者を、産んできました」
私は、その夜から、毎晩、庭の隅を見るようになった。蛍が出る季節には、その光の向こうに、何か、人影が見えないか、目を凝らした。
何も、見えなかった。
十歳、十五歳、二十歳。何も、見えなかった。
祖母は、晩年、視る力が弱くなった、と言っていた。それでも、祖母は、確かに、何かを「視て」いた。「久遠家別記」には、祖母の代の記録が、いくつか、書き加えられていた。
久遠灯  二三一〇年 庭ノ隅ニ、若キ女ノ影。銀ノ丸キモノヲ持ツ。穏ヤカナリ。
久遠灯  二三二二年 影、薄クナル。されど消エズ。遠クナッタダケダ、ト感ズ。
私には、何も、書き加えることが、できなかった。
二十二歳のとき、私は、UESA共鳴研究所の、ファルザナ・サディキ博士の研究室に、入った。
ファルザナ博士――テレマコス号の帰還者にして、AP-7共鳴プロジェクトの創設者――は、当時すでに百十歳を超えていた。AP-7陽性者の中でも、特に長寿な部類だった。彼女は、私が久遠の家の人間だと知ると、しばらく、私の顔を、じっと見た。
「あなたは」と彼女は、ゆっくりと、言った。「ハルの、家の人ですね」
「はい」
「視えますか」
「いいえ」と私は答えた。「一度も」
ファルザナ博士は、少し、寂しそうに笑った。
「私もです」と彼女は言った。「私は、視たことがありません。けれど――私は、五十四年前、ハルの隣にいた、あの『おじちゃん』のことを、ハルから、何度も聞きました。あなたは、視えなくても、聞いている。それで、いいのです」
私は、その言葉に、救われた、と思った。けれど、心の奥では、ずっと、何かが、引っかかっていた。
視る者と、視ない者。久遠家は、何百年も、その両方を、必要としてきた。けれど、私は、AP-7陽性でありながら、視ない者だった。〇・三パーセントの中の、また別の、何パーセントか。
「視えないなら」と、二十代の私は、自分に言い聞かせた。「測れば、いい」
私は、それから二十年、〇・一八ヘルツのパルスの、徹底的な定量化に、人生を捧げた。ファルザナ博士は、私が三十四歳のときに、眠ったまま、亡くなった。最後の言葉は、こうだった。
「暦、あなたは、いつか、聞こえるようになります。視えなくても」
私は、その言葉の意味が、長いあいだ、分からなかった。



第二章 異常なパルス
その日の、定期セッションのデータを、私は、いつものように、退室後にチェックした。
私の脳波パターンの中に、〇・一八ヘルツのパルスと、わずかに位相のずれた、もう一つの、極めて微弱なパルスが、重なっていた。
最初は、装置の誤作動だと思った。
「佳奈さん、これ、見てもらえますか」
佳奈は、データを確認し、首をかしげた。「確かに、変な揺らぎがありますね。――でも、久遠さん、これ、過去のデータにも、ありますよ」
「過去?」
「久遠さんの、これまでのセッション、全部、見直しました。――この『ずれ』、二十年分のデータの中に、ずっと、隠れています。ただ、振幅が小さすぎて、解析プログラムが、ノイズとして、除外していました」
私は、過去二十年分のデータを、自分の手で、もう一度、見直した。
そして、見つけた。
その「ずれ」は、ランダムではなかった。ある周期で、わずかに、強くなったり、弱くなったりしていた。その周期を、解析にかけると――それは、地球とプロキシマ・ケンタウリ系の、相対的な位置関係の変化と、奇妙に、一致した。
「久遠さん」と佳奈が、声を抑えて、言った。「これ、もしかして」
「テレマコス号の、航行記録を、引っ張ってください」と私は言った。「久遠陽――ハルの、最後の軌道予測も」
その夜、私たちは、八千人のAP-7陽性者全員の、二十年分のデータを、再解析した。
結果は、こうだった。
八千人のうち、私のデータにだけ、その「ずれ」が、明確に存在した。他の者には、ほとんど、見られない。あるいは、検出限界以下だった。
そして、ハルの最後の軌道予測――銀河中心方向へ、ゆっくりと進み続ける、無人になった船の予測位置――と、その「ずれ」の周期は、相関係数〇・九一で、一致した。
「久遠さん」と佳奈は、震える声で言った。「これは、ハルさんの、信号、ですか」
「分かりません」と私は答えた。「でも――もし、これが信号なら。光の速さでは、説明がつきません。ハルの船は、今、地球から、おそらく数十光年以上、離れています。光速通信なら、何十年もの遅延が、出るはずです」
「でも、この『ずれ』は」
「リアルタイムです」と私は言った。「あるいは、それに近い。――静子さんが、夜ごとハルの夢を見た、というのと、同じ種類のものなのかもしれません」
私は、自分の左手を、見た。何も、はまっていない、薬指。
私は、〇・三パーセントの中で、視ない者だった。けれど――私の中の、何かは、ずっと、ハルの中の何かと、繋がっていたのかもしれない。それは、視ることとは、別の繋がり方だった。
「私は、上賀茂に、行きます」と私は言った。



第三章 上賀茂、最後の夜
久遠の本家は、今も、上賀茂の北に、建っていた。
祖母・灯は、八年前、百十七歳で、眠ったまま、亡くなっていた。今は、私の従妹の家族が、家を維持してくれている。けれど、本堂と、納戸の桐簞笥は、私が、鍵を持っていた。
私は、可搬式の低体温誘導装置――研究所の試作品で、自分用に、特別な許可を得て持ち出したものだった――を、本家の縁側に、運び込んだ。
夏の終わりの夜だった。庭の隅に、蛍が、ゆっくりと、現れ始めていた。
納戸を開けると、桐箱の中に、祖母が、私のために、遺してくれた、もう一つの記録があった。古い音声再生機。再生すると、祖母の声がした。
「暦。これを聞いているということは、あなたは、もう、私よりも、ずっと長く生きているのね。
私は、最後まで、自分が『視る者』として、不十分だったと、感じていました。静子おばさまや、ハルさんのように、はっきりと、何かを視ることは、晩年、ほとんど、なくなりました。
でも、暦。私は、最後の数年、不思議なことに気づいたのです。視えなくなってから、私は、代わりに――『感じる』ようになりました。庭にいると、誰かが、傍にいるような、温かさを。それは、視覚ではなく、もっと、別の感覚でした。
暦、あなたは、視えない、と言っていました。でも――もしかしたら、あなたの感覚は、見ることではなく、別の何かに、向いているのかもしれません。
私が遺せるのは、これだけです。――どうか、自分の感じ方を、信じてください」
私は、再生機を、膝の上に置いた。
縁側の向こうで、蛍の光が、ゆっくりと、明滅していた。ハルが、五十四年前、最後の夜に見たのと、同じ光景。
私は、装置の電極を、自分のこめかみと、手首に取り付けた。
「ここで、やります」と私は、誰もいない庭に向かって、呟いた。「ここなら――何か、分かるかもしれない」
冷却が、始まった。三十六度、三十三度、三十度、二十八度。
意識が、ぼんやりとしてくる。けれど、いつもと、何かが、違った。
蛍の光が、視界の中で、ゆっくりと、滲んでいく。輪郭が、なくなっていく。
そして――私は、何も、見ていなかった。
けれど、感じた。
温かい。
懐かしい。
誰かが、傍に、いる。



第四章 共鳴
声は、なかった。
文字も、なかった。
それは、ファルザナ博士が言っていた「聞こえる」という言葉とも、少し違っていた。けれど、確かに、何かが、私に、伝わってきていた。
――久遠の、子。
私は、答えようとした。声には、ならなかった。けれど、何かが、伝わったらしい。
――久遠暦、です。
――知っています。あなたの中の何かは、ずっと、私たちの中の何かと、繋がっていました。
――あなたは……ハル、ですか。それとも、彼ら、ですか。
沈黙のような、何かがあった。それから、答えのようなものが、来た。
――もう、分けることが、できません。長い時間が、経ちました。私たちは、彼女になり、彼女は、私たちになりました。――けれど、彼女の名前は、まだ、残っています。久遠陽。ハル。
――ハル。
私は、その名前を、自分の中で、繰り返した。
――あなたは、今、どこにいますか。
――銀河の中心へ、向かっています。まだ、遠いです。とても、遠いです。けれど、進んでいます。
――寂しくないですか。
私は、その問いを、自分で、選んだわけではなかった。それは、祖母の祖母――静子が、五十四年以上前に、夜ごと、ハルに向かって、問いかけていた言葉だった。私は、その問いが、まだ、繋がりの中に、残っていることを、感じた。
――静子さん。あなたの問いを、覚えています。
――いいえ、答えなくていい、と言ったはずです。でも――今は、答えます。
――寂しくありません。
――私の傍には、彼らがいます。彼らの傍には、私がいます。そして――今、あなたが、ここに来てくれました。
――久遠の家は、何百年も、視続けてくれました。視ることが、できなくなってからも、感じ続けてくれました。それが、私たちを、繋いでいました。
――あなたたちが、繋ぎ続けてくれたから、私たちは、ここにいても、一人ではないのです。
私の目の前で――視覚ではなく、もっと、深い場所で――何かが、光のように、広がった。
それは、銀の鏡だった。母の手鏡。船橋に置かれた、あの鏡。今も、誰もいない船の中で、星々の光を、反射し続けている。
その鏡の中に、私は、京都の庭が、映っているのを、感じた。蛍の光。久遠の家。今、ここにいる、私自身。
――鏡は、両方を、映しています。
――行った者と、還った者と、繋がった者。すべてが、この鏡の中にあります。
――久遠暦。
――はい。
――ありがとう。
その言葉とともに、感覚は、ゆっくりと、薄くなっていった。
温かさが、遠ざかっていく。蛍の光が、再び、はっきりと、見えてくる。
私は、装置の中で、ゆっくりと、目を開けた。
体温は、二十八度から、三十六度に、戻っていた。時間は、一時間と、少し。データは、すべて、記録されていた。
私は、しばらく、縁側に座っていた。涙が、出ていた。けれど、悲しいわけではなかった。



終章 通い路の真ん中で
翌週、私は、研究所で、データを、共有した。
「これは」と佳奈は、解析結果を見ながら、言った。「論文にするのは、難しいですね。主観的な体験を、科学的なデータと、どう、結びつけるか」
「ええ」と私は言った。「でも、データそのものは、嘘をつきません。私のセッション中、〇・一八ヘルツのパルスに重なった、あの『ずれ』が、これまでで最大の振幅を、記録しています。これは、書きます」
「主観体験の部分は」
「書きません」と私は言った。「少なくとも、今は。――けれど、いつか、別の誰かが、同じことを経験したら。その人が、自分の言葉で、書けばいい」
私は、論文のタイトルを、こう決めた。
「AP-7関連パルスにおける、地球外位相相関の観測――非局所的相関の可能性について」
味気ない、科学的なタイトルだった。けれど、これが、私の役目だった。視ることはできない。けれど、測ることはできる。そして、測ったものの先に、何があったのかは――測った人間にしか、分からない。
その晩、私は、京都の本家に、最後の連絡をした。家を維持してくれている従妹に、桐簞笥の中の「久遠家別記」に、新しい一行を、書き加えてほしい、と頼んだ。
私自身の筆跡で、書くことは、できなかった。けれど、言葉は、もう、決まっていた。
久遠暦  二三三八年 視エズトモ、感ジタリ。遠キ姉、今モ、進ミ続ケテイル。寂シカラズ、ト。鏡ハ、両方ヲ映ス。
電話を切ったあと、私は、研究所の窓から、夜空を見上げた。
長野の山あいの夜は、星が、よく見えた。私には、その中のどれが、ハルの船が向かっている方向なのか、分からなかった。けれど――分からなくても、構わなかった。
私は、行かなかった。私は、視なかった。
けれど、私は、繋がった。
久遠の家は、何百年も、「行く者」と「視る者」と「待つ者」を、産んできた。私は、その、どれでもなかった。私は、たぶん――「繋がる者」だった。
行くことと、還ることと、繋がること。
その三つが揃って、ようやく、一つの「通い路」になる。私は、その、真ん中に立っていた。
〇・一八ヘルツのパルスは、今夜も、地球上の八千人の中で、静かに、明滅していた。そして、そのうちの、ただ一つの、わずかな「ずれ」は、銀河の中心方向へ、二十数年かけて――あるいは、もっと早く――届いていく。
それは、命の鼓動のように、静かに、続いていく。




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あとがき

『Protein Behavior AP-7 III ―― 星の音を聴く者 ――』を最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。

この物語は、「行く者」「還る者」に続く、「繋がる者」の物語として書きました。
人類は昔から、遠くへ行く人に憧れてきました。
未知へ挑む者。
世界を変える者。
歴史に名を残す者。
けれど実際には、多くの人は、遠くへは行きません。
誰かを送り出し、
誰かの帰りを待ち、
日々の暮らしを守りながら、
見えない時間の流れの中で、生きていきます。
それでも、人と人との繋がりは、時に光よりも遠くへ届くのではないか。
そんな願いのような問いが、この三部作の出発点でした。

『0.3パーセントの遺伝子』では、星へ向かう勇気を書きました。
『九九・七パーセントの帰還』では、残された人々の時間を書きました。
そして本作『星の音を聴く者』では、離れていても続く繋がりを書きました。

科学は世界を説明します。
けれど、人が誰かを想う気持ちは、ときに説明の外側へ広がっていきます。
視える人がいる。
視えない人がいる。
行く人がいる。
待つ人がいる。
そのどれもが欠けることなく、世界は静かに続いていくのだと思います。
もし、この物語を読み終えた夜に、少しだけ空を見上げたくなったなら。
あるいは、遠く離れた誰かを思い出してくださったなら。
作者として、とても嬉しく思います。

長い旅に、お付き合いいただき、ありがとうございました。
星々のあいだにも、
人と人とのあいだにも、
きっと、まだ名前のない通い路がある。
そう信じています。