飛び立つ日に

── 命の庭師と、青い翅の物語 ──


まえがき

庭に出ると、そこには小さな命たちがいます。
野菜の葉を食べる青虫。
花の蜜を求めて飛ぶ蝶。
空を横切る鳥。
足元を急ぐ蟻。
私たちはつい、自分たち人間の時間だけで世界を見てしまいます。
けれど彼らにも、それぞれの人生があります。
短い命。
長い命。
どちらが幸せなのか。
どちらが恵まれているのか。
その答えを私は知りません。
この物語は、庭で出会った青虫たちと、それを見守る一人の庭師、そして少しだけ不器用な神様のお話です。
読み終えたあと、身の回りにいる小さな命たちを、ほんの少しだけ優しく見つめてもらえたなら、とても嬉しく思います。





第一章 命の庭

宇宙の果てよりも少しだけ遠いところに、とある部屋がある。
壁も天井もなく、床もない。あるのはただ、青白い光だけだ。その光の中に、ひとつの椅子がある。背もたれが高く、肘掛けが丸く削れた、くたびれた木の椅子だ。
その椅子に、神様が座っている。
神様といっても、雷を持っていたり、光輪を頭に乗せていたりはしない。むしろ見た目は、どこにでもいる老人に近い。白い髭は長すぎて膝まで届き、着ているものは薄茶色の作業着だ。指には土がこびりついている。爪の間にも、かすかに緑のものが残っている。
この神様はいつも、庭仕事をしている。
庭といっても、それは地球のことだ。
神様の膝の上には、大きな虫眼鏡がある。ガラスの縁が金色に光り、柄の部分には細かな蔓草の模様が刻まれている。神様はときどきそれを持ち上げ、地球のどこかへと視線を落とす。
今日もそうしていた。
日本のある島の、ある庭を見ていた。
そこには、ブロッコリーが育っていた。
   *   *   *

その庭の持ち主は、ひとりの男だった。
名前は、ここでは「庭師」と呼ぶことにする。還暦を越え、髪には白いものが混じり始めた。背は少し丸くなり、歩くときの足音が以前より重くなった、とご本人は言う。
庭師は毎朝、庭に出る。コーヒーを一杯飲み終えると、軍手を嵌め、土の感触を確かめるようにゆっくりと歩く。野菜たちに水をやり、雑草を抜き、虫の気配を探す。
ある朝のことだった。
ブロッコリーの葉の裏に、青虫を見つけた。
一匹ではない。数えてみると、六匹いた。どれも親指の先ほどの大きさで、鮮やかな黄緑色をしていた。葉を食べているのか、口のあたりがしきりに動いている。
庭師は少し考えた。
そして、捕まえることにした。
踏み潰すためではない。スーパーで買ってきたキャベツの葉を用意し、そっとそこに移してやるためだ。庭師の手のひらの上で、青虫は驚いたように体をくねらせた。小さな、小さな命のかたち。
「まあ、とりあえずこっちにいろ」
庭師は独り言を言いながら、青虫たちをキャベツへと移した。


第二章 青虫クウのこと

六匹の青虫のうちの一匹を、ここでは「クウ」と呼ぶことにしよう。神様がそう呼んでいたからだ。
クウは生まれてから三日が経っていた。
卵の中にいたときのことは、ほとんど覚えていない。ただ、温かかった。そして、ある瞬間にその温かさが割れて、世界が始まった。葉の緑、空の青、土の匂い。すべてが同時に、どっと押し寄せてきた。
クウにとって、世界はとても大きかった。
ブロッコリーの一枚の葉でさえ、クウには大陸のように見えた。その上を歩くたびに、葉脈の凸凹が足の裏に伝わった。水滴が転がってきて、体の横をすり抜けていった。風が吹くと葉ごと揺れて、クウは慌てて足を踏ん張った。
食べることが、一番大事な仕事だった。
葉をかじるたびに、体の中に何かが満ちていく感じがした。緑のもの、甘いもの、苦いもの。そのすべてが自分の体になっていく。クウは夢中で食べた。
そして、あの朝が来た。
   *   *   *

大きなものが近づいてきた。
影が落ちた。クウは動きを止めた。
それは庭師の手だった。指が五本、ゆっくりと降りてきた。クウは逃げようとしたが、足が震えて動かなかった。そのまま、指の腹に体を乗せられた。
不思議なことに、痛くなかった。
庭師の指は温かかった。土の匂いがした。クウはしばらくじっとしていた。
そして気がつくと、白いものの上にいた。キャベツだ。ブロッコリーとは少し違う匂いがする。葉の表面の質感も、少し違う。でも、食べられる。それはわかった。
クウはおそるおそる、新しい葉をかじった。
悪くなかった。
振り返ると、庭師がしゃがみ込んで、じっとこちらを見ていた。その目は笑っていた。怖い目ではなかった。クウにはそれがわかった。なぜかはわからないが、わかった。


第三章 神様の仕事

神様は虫眼鏡を置いた。
立ち上がり、腰を伸ばす。骨がぽきりと鳴った。年を取るというのはこういうことで、神様とて例外ではない。もっとも、神様がいつ生まれたのかは、神様自身にもよくわからない。宇宙よりは少し前、だと思う。
部屋の隅に、棚がある。棚にはたくさんの引き出しが並んでいて、それぞれに小さな名札がついている。「山の命」「海の命」「砂漠の命」「都市の命」……。引き出しはどれも古びていて、中には何十億年分もの記録が詰まっている。
神様はその中から、「小さな命・翅のあるもの」と書かれた引き出しを開けた。
中には小さなカードが無数に入っていた。神様はそのひとつをつまみ上げた。
「モンシロチョウ。学名 Pieris rapae。生涯四十五日前後。卵→幼虫→蛹→成虫。食草はアブラナ科。パートナーは紫外線で見分ける……」
神様は声に出して読んだ。カードには細かい文字がびっしりと書かれていた。神様が書いたものだ。何千年も前に書いたが、今でもよく覚えている。
あの日、この設計をするのに少し迷った。
四十五日で十分か、と。
今でもときどき、そう思う。
   *   *   *

神様には、迷いがある。
これは、あまり知られていないことだ。神様というものは迷わないと思われているが、そんなことはない。神様ほど迷い続けているものはない、と神様は思っている。
命の長さについては、特によく迷う。
短い命は、凝縮されている。一日一日が、長い命の一年分くらい濃い。クウのような青虫が葉をかじるとき、その体の細胞のひとつひとつが全力で動いている。無駄がない。余裕もない。でも、輝いている。
長い命は、広がっている。人間のように七十年も八十年も生きると、ゆっくりと学ぶことができる。間違いを繰り返し、後悔し、それでも少しずつ何かを掴んでいく。
どちらがいいか。
神様には、答えが出ていない。
だから、どちらも作った。
そして、どちらも見続けている。


第四章 サナギになる夜

十日が過ぎた。
クウの体に変化が起きていた。食欲が落ちた。体が重くなった。歩くのが億劫になった。
これが何を意味するのか、クウには説明できなかった。でも体が知っていた。もうすぐ、何かが変わる。
クウは葉の茎のあたりに移動した。ここだ、と思った。理由はわからないが、ここだった。体の後ろから糸が出てきた。それで自分を茎に固定した。それからまた糸を出して、今度は体全体を包んでいった。
外の世界が、少しずつ遠くなった。
緑の匂いが薄れた。風の感触がなくなった。庭師の足音も、もう届かない。
でも、消えるわけではなかった。
クウはサナギの中で、眠るでもなく、起きているでもない状態になった。夢のような時間が流れた。自分の体が溶けていくような感じがした。怖くはなかった。不思議なことに、怖くなかった。
何かを待っていた。
   *   *   *

庭師はサナギを見つけた。
ブロッコリーの茎にくっついているのを見つけたときは、思わず声を上げた。「お、サナギになったか」。
そっと触れてみた。固くて、少し冷たかった。生きているのかどうか、外からは全くわからない。でも、生きているのはわかっていた。なんとなく、わかった。
庭師は毎日、サナギを確認した。変化はなかなか現れなかった。三日経った。五日経った。七日経った。
変わらないことが、進んでいることだった。
人間にはなかなかわからないことだが、変化のない時間にこそ、大事なことが起きているときがある。庭師はそれをなんとなく知っていた。還暦を越えて、人生のいくつかの場面でそれを学んでいた。
だから、ただ待った。
見守りながら、待った。


第五章 神様の独り言

夜になると、神様はよく独り言を言う。
聞く者は誰もいないが、それでも言う。言葉にすることで、考えがまとまる気がするからだ。
「犬は、なぜ人間より短く生きるのか」
これは、何千年も前から自分に問い続けている問いだ。犬は人間に懐く。人間のそばで生きる。人間の時間に合わせて動く。なのに、その持ち時間は人間の七分の一か八分の一しかない。
「人間が困らないように、か」
神様は自分でそう言い、少し笑った。
これは半分、本当のことだ。もし犬が人間と同じだけ生きたら、どうなるか。人間は犬に先立たれることを知らないまま生きる。「別れ」というものが、生の一部であることを学べない。
でも、半分は言い訳でもある。
本当のことを言えば、神様にも全部はわかっていない。命の長さを決めるとき、完璧な答えがあったわけではない。試行錯誤があった。失敗もあった。今でも、「もう少し長くすればよかった」と思うことがある。
神様は椅子に深く座り直した。
「それでも、みんな精一杯やっている」
それだけは、確かだった。
   *   *   *

神様が最も不思議に思っていることがある。
それは、「幸せ」というものについてだ。
命を作るとき、神様は「幸せになるように」とは設計しなかった。正確には、できなかった。幸せとは、生きることの結果として偶然生まれるもので、最初から組み込めるものではない、ということに気づいたからだ。
でも、幸せになる生き物はいる。
犬は幸せになれる。モンシロチョウは、幸せかどうかはわからないが、精一杯生きている。そして人間は、幸せを考えることができる。「幸せだったか」と問うことができる。それは、神様が作った生き物の中で、人間だけが持っている特別な能力だった。
還暦を越えた庭師が、サナギを眺めながら何かを考えている姿を見るとき、神様はいつも少しだけ、胸が温かくなる。
人間というものは、不思議だ。
青虫一匹のことを、こんなに真剣に思う。


第六章 翅が生まれる朝

十日目の朝、クウは気づいた。
何かが変わっていた。体の外側が、内側から押されていた。押されているというより、破れようとしていた。クウは力を込めた。そして、割れた。
光が入ってきた。
風が入ってきた。
クウは外に出た。
でも、クウはもうクウではなかった。体は大きくなっていた。足の数が変わっていた。背中に何かが折り畳まれていた。クウはそれをゆっくりと広げた。
翅だった。
白く、透明で、縁に少し黒い斑点がある。朝の光を受けて、微かに輝いた。クウは翅を動かしてみた。一度、二度。空気の感触が全く違った。
体が、浮いた。
地面が遠くなった。葉が遠くなった。茎が遠くなった。
そして、空が近くなった。
   *   *   *

庭師はコーヒーを飲んでいた。
縁側に腰掛けて、いつものように庭を眺めていた。朝の空気は少し冷たく、霞がかかっていた。
そのとき、白いものが舞い上がるのが見えた。
サナギがあった場所だった。
庭師は立ち上がり、庭に出た。草の露が軍手を濡らした。白い翅を持つモンシロチョウが、ふらりふらりと飛んでいた。まだ飛び方がぎこちなかった。翅の動きが少し不揃いだった。でも、確かに飛んでいた。
庭師はそれをじっと見た。
「気をつけて」と、声をかけた。「長生きせーよ」
チョウは答えなかった。でも、一度だけ、庭師の顔の前を通り過ぎた。近かった。ほんの一瞬、翅の風圧が頬に触れた。
それから、空へ上がっていった。
みるみる小さくなり、青い空に溶けていった。
庭師はしばらく、空を見上げていた。


第七章 地球という物質

夕方、庭師は縁側で日記を書いた。
特別な日記ではない。毎日書くわけでもない。書きたいことがあるときに、書く。
今日のページには、こんなことを書いた。
「モンシロチョウが三羽、飛んでいった。気をつけてと声をかけた。バカみたいだが、そういう気持ちになった。還暦を越えてから、命について考えることが増えた。犬のことも。自分のことも。みんな、幸せだったかなあと思う」
ペンを止めて、空を見た。
チョウはもういなかった。かわりに、燕が一羽飛んでいた。
庭師は思った。自分たちは何なのだろうと。
僕らは皆、地球の物質でできている。水と炭素とミネラル。太陽のエネルギーを受けて、偶然動き出した。虫も、犬も、人間も、植物も、みんなそうだ。そして、いつかまた地球に還る。分解されて、土になって、また別のものになる。
それが怖いかというと、不思議なことに、そんなでもない。
むしろ、それでいい気がする。
ただ、「次は何になるか」と考えると、ひとつだけ、強く思うことがある。
   *   *   *

神様はその夜、庭師の日記を読んでいた。
正確には、読んでいたわけではない。神様には、言葉にならない人間の思いが、霧のように届いてくる。それを感じ取っていた。
庭師が思っていること。
次もまた、人間でいたい。
そして、すべての者たちに、優しく接してみたい。
神様はその思いを、しばらく手のひらの上で転がした。思いというのは、霧のようなもので、手のひらの上に置くことはできないのだが、神様にはできた。それが神様の、ほとんど唯一の特別な能力だった。
「そうか」と、神様は言った。
「次もまた、人間か」
神様は笑った。迷惑そうでも、困った顔でもなかった。ただ、静かに、嬉しそうに笑った。
人間は手間がかかる。青虫よりも、犬よりも、はるかに手間がかかる。でも、そういうことを考えられる生き物を作ったのは、神様自身だった。
「わかった」と、神様は言った。
声は、誰にも届かない。
でも、庭師には、何かが届いた気がした。
その夜、庭師は久しぶりに、よく眠れた。


第八章 クウの最後の十日

クウは飛んでいた。
最初の三日は、ただ飛ぶことに夢中だった。翅をどう動かせばどちらに曲がれるか。上昇気流を掴む感覚。花の香りの方向。すべてが新しく、すべてが面白かった。
四日目に、パートナーを見つけた。
クウには紫外線が見えた。相手の翅が、紫外線の光の中で輝いて見えた。クウは近づいた。相手も近づいてきた。言葉はなかった。でも、わかった。
命を繋ぐ、ということが起きた。
その後、クウはキャベツ畑を探した。都市の端にある小さな農園だった。葉の裏に、丁寧に、卵を産んだ。一枚の葉に一粒。丁寧に、一粒ずつ。
産み終えたとき、体が軽くなった気がした。
やることをやった、という感じがした。
   *   *   *

クウの最後の数日は、静かだった。
飛ぶ距離が短くなった。翅の動きが少し遅くなった。花の蜜を吸うのも、以前ほど急がなくなった。
ある午後、クウは草の葉の上に降りた。
日当たりのいい場所だった。風が穏やかに吹いていた。遠くで、子どもの声がした。
クウは翅を広げたまま、じっとしていた。
温かかった。
それから、そっと眼を閉じた。眼を閉じる、という動作を、チョウはしない。でも、クウはそうした気がした。
命が、静かに、地球へ還っていった。
クウの体はやがて土に溶け、根に吸われ、葉になり、また別の青虫の食べ物になった。
そういう仕組みになっている。
神様が、そう決めた。


第九章 庭師の問い

秋になった。
ブロッコリーは穴だらけのまま、新しい葉を伸ばしていた。青虫たちがいなくなっても、植物たちは続いていた。それが植物というものだ。傷ついても、喰われても、また伸びる。
庭師は新しい青虫を見つけるたびに、「みーつけた」と声をかけた。そしてキャベツに移した。笑いながら。
でも、ある日の夕方、庭師は急に立ち止まった。
何でもない瞬間だった。ただ、庭に立って、空を見ていた。
そのとき、ふと思った。
「彼らは、幸せだったろうか」
青虫のクウのことを思った。あの六匹のことを思った。飛んでいったチョウたちのことを思った。そして、今は亡き犬のことも思った。
答えは出なかった。
でも、問えたことが、大事なことのような気がした。
庭師は深く息を吸った。土の匂いがした。
   *   *   *

神様はその問いを聞いた。
正確には聞いたわけではないが、感じた。庭師が問うたとき、その霧が神様の部屋まで届いた。
神様は少し考えた。
幸せだったか。
クウは幸せだったか。
正直に言えば、神様にも確かなことはわからない。幸せというものは、外から測れない。でも、クウは全力で生きた。食べ、変わり、飛び、命を繋いだ。一瞬一瞬を、手を抜かずに生きた。それが幸せでないとしたら、一体何が幸せというのだろう。
神様は立ち上がり、棚の一番上の引き出しを開けた。
そこには何も入っていなかった。神様はその空の引き出しを眺めた。
「幸せの引き出し」と書かれた名札がついていた。
空なのは、中身を決めていないからではない。中身は、生きるものたちが、それぞれ自分で埋めるものだからだ。
それが、神様の最後の設計だった。


終章 飛び立つ日に

冬が来て、春が来た。
庭師の庭に、また新しいブロッコリーが育った。
その葉の裏に、小さな卵がついているのを、庭師は見つけた。一粒だけ、ぽつりと。誰かが産んでいったのだ。
庭師はしばらくその卵を眺めた。
黄色くて、小さくて、宝石みたいだった。
「また来たんか」
声をかけると、当然、卵は答えなかった。でも、庭師は笑った。
三日後、その卵は青虫になった。
庭師は「みーつけた」と言い、キャベツを用意した。
また、始まった。
   *   *   *

神様は部屋の椅子に座り、虫眼鏡を持って、庭師の庭を見ていた。
新しい青虫が、新しい葉の上を歩いていた。
神様はその小さな命を見ながら、思った。
短い命も、長い命も、どちらも精一杯だ。どちらが上でも下でもない。青虫には青虫の時間があり、犬には犬の時間があり、人間には人間の時間がある。
そして、それぞれの時間の中で、誰かが誰かのことを思う。
庭師が青虫を思い、青虫の命が庭師の心に何かを残す。それはどちらにとっても、持ち時間の一部だ。
神様はその光景を見るとき、いつも少し驚く。
こんなことになるとは、思っていなかった。命と命がこんな風につながるとは、最初に設計したとき、予測していなかった。
でも、起きた。
起き続けている。
神様は虫眼鏡を置き、椅子の背もたれにもたれた。空の「幸せの引き出し」のことを思った。あの引き出しは、今日も少し、埋まっている。
「次も、人間で頼む」という庭師の願いを、神様はまだ手のひらに持っていた。
「わかった」と、もう一度、言った。
そして、目を閉じた。
窓の外に、白い翅のチョウが一羽、飛んでいった。


エピローグ

すべての命は、地球の物質でできている。
太陽の光を浴びて、偶然に動き出した。
いつかまた、地球へ還る。
そしてまた、別の姿で動き出す。

その繰り返しの中に、
誰かを思う心がある。
「幸せだったか」と問う心がある。
「次もまた」と願う心がある。

それが何なのかは、神様にもわからない。
でも、それがあるから、神様はまだ庭師を続けている。

今日も、どこかの庭で、
青虫が生まれ、
サナギになり、
翅を広げる。

飛び立つ日に。


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あとがき

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

この物語を書きながら、私は何度も「幸せとは何だろう」と考えました。

長く生きることなのか。
多くを手に入れることなのか。
誰かに愛されることなのか。

答えは今もわかりません。

けれど、ひとつだけ思うことがあります。

幸せとは、誰かを思うことなのではないか。

青虫を見守る庭師。
庭師を見守る神様。
そして、物語を読んでくださったあなた。

命はいつか終わります。
けれど、その命が誰かの心に残したものは、少しだけ長く生き続けます。

もし次に庭や公園で小さな虫を見かけたら、その命にも物語があるのだと思い出していただけたら嬉しく思います。

あなたの日々が穏やかでありますように。