墓場まで持って行くもの


――ある男の、言えない話の、言えない部分についての、
ほぼ何も明かさない回顧録――


著:俺




まえがき

人には誰にも言えない話があります。

言えない理由はさまざまです。

言ったら怒られるから。
言ったら笑われるから。
言ったら信じてもらえないから。

あるいは――言ったところで、誰の得にもならないから。

本書は、そんな「墓場まで持って行く話」について書いた本です。

ただし、安心してください。

何も書いてありません。

いや、正確には、たくさん書いてあります。

しかし肝心な部分は何一つ書いてありません。

表の世界。
裏の世界。
横の世界。

いろいろな場所を歩いてきたつもりですが、その詳細については語りません。

語れません。

語ると面倒だからです。

人生も後半になると、秘密の一つや二つでは済まなくなります。

気が付けば両手では抱えきれないほどの「言えないこと」が増えている。

本書は、その言えないことたちの周りをぐるぐる歩きながら、

結局最後まで中身を見せないという、少々意地の悪い本です。

それでも読んでいただけるなら幸いです。

何も明かしませんが、何かは伝わるかもしれません。

伝わらなければ、それもまた人生です。

では、どうぞ。




本書に登場する人物・団体・事件・秘密・女性・男性・その他もろもろは、

すべて実在します。

しかし何も書きません。

ご了承ください。


プロローグ ―― 棺桶の中は広くない


人間、死ぬときに何を持って行けるかというと、

肉体は持って行けない。
財産も持って行けない。
名誉も持って行けない。
恨みも持って行けない……と言いたいところだが、恨みだけはなんか持って行けそうな気がするな。
あいつの顔、棺桶の中でも思い出しそうだもん。

まあそれはともかく。

唯一持って行けるのが「秘密」だ。

これだけは誰にも奪えない。
税務署にも奪えない。
弁護士にも奪えない。
酔っぱらった夜の自分にも……これが一番危ない。

俺はこの年齢になって、ようやくわかってきたことがある。

人生とは、秘密の製造工場だ。

若い頃は空っぽで始まる。
工場はまだ稼働していない。
機械も錆びている。
作業員もいない。

しかし。

生きているうちに、工場はフル稼働し始める。
昼も夜も関係なく。
三交代制で。
残業代なし。
有給も取れない。

そうして気づいたら、倉庫が秘密でいっぱいになっている。

「これ、どこに出荷するんですか?」

出荷先は墓場だ。

一か所しかない。
返品不可。
着払い不可。
送り状にも何も書けない。

さあ、そういう話をしよう。

……と言っても、内容は何も話さないが。

そこのところ、よろしく頼む。






第一章 ―― 表の世界というものがあってな

まず断っておくが、俺は別にやましいことをしてきたわけじゃない。

……とは言い切れない部分もないわけではないが、少なくとも、おおむね、だいたい、概ね、わりと、まあまあ、そこそこ、ちゃんとした人間として生きてきた。

「表の世界」というものがある。

みなさんがご存知の、あの世界だ。
会社があって、上司がいて、会議があって、社食のカレーがちょっとだけ美味しい、あの世界。

俺もその世界に長くいた。
スーツを着て、名刺を持って、「お世話になっております」と言って。

しかし、だ。

表の世界にいると、どうしても気づいてしまうことがある。

表があれば、裏がある。

光があれば、影がある。

カレーがあれば、ルーが足りない日がある。

これは宇宙の法則だ。ニュートンも言っていた、たぶん。

俺が最初に「あ、表だけじゃないな、この世界」と気づいたのは、いつだったか。

それは……言えない。

状況も言えない。
場所も言えない。
誰が関係していたかも言えない。
そのとき俺が何を飲んでいたかも、なんとなく言えない。

ただ一つ言えるのは、その日を境に、俺の秘密製造工場は、

第一ラインを増設した。

ということだ。
 

余談・その一 ―― 名刺の裏側

名刺というものは不思議なもので、表には肩書きが書いてある。

「株式会社〇〇 営業部長」とか。
「代表取締役社長」とか。
「顧問」とか。

顧問ってのはいいよな。
何をしているかよくわからない。
「顧みて問う」と書くが、何を顧みているのか、何を問うているのか。

俺は長い人生の中で、いろんな肩書きの名刺をもらった。
もらったし、渡した。

でも。

本当のことが書いてある名刺など、この世に一枚も存在しない。

もし本当のことが書いてある名刺があるとしたら、こうなるはずだ。

「株式会社〇〇 営業部長(表向き)/ 諸々担当(本当)」

渡せるか、そんな名刺。
渡せない。
渡した瞬間に人生終わる。

ということで、名刺の裏側は、

常に白紙だ。

白紙が一番いい。
白紙は語らない。
白紙は訴えられない。
白紙は証拠にならない。

人生も、白紙の部分を大事にしないといけない、という話だ。

……という話で、何かを暗示しているわけではない。断じて。


第二章 ―― 裏の世界というものもあってな

さて。

裏の世界の話をしよう。

……と言って、何も話さないのが、この本の作法だ。もう慣れてきたか。

ただ、「裏の世界」と聞いて、みなさんが想像するものと、俺の言う「裏の世界」は、

たぶん、

少し違う。

でも、

完全には違わない。

というのが最大限言えることだ。

この絶妙な「少し違うが完全には違わない」という距離感を、しっかり胸に刻んでほしい。

裏の世界で俺が学んだことは、大きく分けて三つある。

一つ目は……言えない。
二つ目は……これも言えない。
三つ目は、言えなくはないが、一つ目と二つ目を言わないと文脈が通じないので、言えない。

ただ、この三つを学んだことで、俺の人生観は大きく変わった。

以前の俺は、世界はだいたいまっとうにできていると思っていた。

以後の俺は、世界はだいたいまっとうにできていないが、まっとうなふりをするのがうまい人間が得をする、と知った。

これは財産だ。
墓場には持って行けない財産だが、生きているうちは役に立つ財産だ。
 


余談・その二 ―― 仲間と敵の見分け方

人生において、仲間と敵の見分け方、というのは永遠のテーマだ。

孔子も言っていた。たぶん。
マキャベリも言っていた。確実に。
近所のおじさんも言っていた。「あいつは信用するな」と。

俺の経験則から言うと、仲間と敵の見分け方は簡単だ。

飲みの席で、俺の秘密を聞き出そうとする奴が敵だ。

シンプルだろ。

「それで、あのときどうしたんですか?」
「もっと詳しく聞かせてくださいよ」
「え、続きは?」

こういう奴が敵だ。

逆に、仲間は何も聞かない。

「まあ、いろいろあったんでしょう」
「飲みましょう」
「干杯」

これだけでいい。
これが仲間だ。

俺の周りには、幸いにして、この種の仲間が何人かいた。

……いた、と過去形で言うのは、様々な事情がある。

様々な事情とは何か。

言えない。


第三章 ―― 横の世界というものまであってな

表の世界と裏の世界、この二つだけでも十分ややこしいのに、

俺の人生には、「横の世界」というものまで存在した。

横、だ。

縦でも斜めでもなく、横。

横の世界とは何か。

説明するのが非常に難しい。

地図で言うと、表の世界が「ここ」で、裏の世界が「裏」だとすると、横の世界は……地図に載っていない場所だ。

カーナビが案内してくれない場所。
Googleマップでも表示されない場所。
「この先、道なりに進んでください」とも言ってくれない場所。

気づいたら入っていて、気づいたら出ていた。

そういう場所だ。

その間、何があったか。

言えない。

ただ、横の世界を経験した人間と、していない人間では、

顔が少し違う。

どう違うか。

それも言えない。

でも、わかる人にはわかる。

お互いに目が合ったとき、一瞬で「ああ、こいつも横の世界に行ったな」とわかる瞬間がある。

そういう奴と出会ったとき、俺たちは何も言わない。
ただ、少し深めに頷く。

それだけだ。

それで十分だ。
 

余談・その三 ―― 異性について

表の世界にも、裏の世界にも、横の世界にも、共通して存在するものがある。

異性だ。

これについては、本当に何も言えない。

理由は三つある。

一つ、言ったら怒られる。
二つ、言ったら誤解される。
三つ、誤解した上でさらに怒られる。

人類の歴史の中で、女性のことを語って得をした男性が何人いるか。

俺は歴史家ではないので正確な数字は出せないが、体感として、ほぼゼロに近いと思う。

ナポレオンもジョセフィーヌのことを語って苦労した。
トルストイもアンナ・カレーニナを書いて大変だった(あれは実在の人物ではないが、モデルはいたという噂だ)。
うちの父親も、母親のことを少し語っただけで、一週間口をきいてもらえなかった。

俺はこの偉大な先人たちの轍を踏まない。

ただ一つだけ言う。

俺の人生において、異性との関わりは、

多かった。

……以上。

次の章へ行こう。


第四章 ―― 裁判員制度というものがあってな

話は変わる。

というか、俺の話は常に変わる。これが俺の文体だ。慣れてくれ。

裁判員制度について話したい。

これは俺にとって、非常に重要なトピックだ。

なぜかというと、もし俺が裁判員に選ばれていたら、今頃さらに多くの秘密を抱えて生きていたからだ。

幸いにして、通知は来なかった。

幸い、という言葉が適切かどうかわからないが、少なくとも「また増えなくてよかった」という安堵感はあった。

裁判員制度というのは、ご存知の通り、一般市民が裁判に参加する制度だ。

考えた人は偉い、と言いたいところだが、

考えた人は、実際に庶民の生活を理解していたのだろうか、と問いたい。

庶民というのは、飲む。

飲むと喋る。

喋ると言ってはいけないことを言う。

これは自然の法則だ。
重力と同じくらい確実な法則だ。

「守秘義務があります。裁判員として知った情報を漏らしてはいけません」

そうです、わかりました、と言う。

飲み屋で「実はさあ」と言い始める。

これが人間だ。

その瞬間、

3年以下の懲役 または50万円以下の罰金。

裁判員が被告人へと転落する。

こんな制度、設計が逆だろう。

裁判員に選ばれた人間には、選ばれた期間中、無料で禁酒クリニックへの通院権を与えるべきだ。

それが本当の司法改革だ。

俺を法務大臣にしてくれたら、まずそこから手をつける。

……なることはないが。
 

余談・その四 ―― 酒と秘密の関係

酒と秘密の関係について、俺は長年研究してきた。

研究結果を報告する。

酒は秘密の天敵である。

これが結論だ。

詳しく説明しよう。

素面のとき、秘密は金庫の中に入っている。
鍵は二重になっている。
暗証番号もある。
指紋認証もある。
虹彩認証もある。

一杯飲むと、金庫の鍵が一つ外れる。
二杯飲むと、暗証番号が変わる(本人も忘れる)。
三杯飲むと、金庫のドアが少し開く。
四杯飲むと、「そういえばさあ、昔ちょっとすごいことがあってさあ」と言い始める。
五杯飲むと、「まあ詳しくは言えないんだけどねえ」と言いながら、かなり詳しく言い始める。
六杯飲むと、金庫が全開になる。
七杯飲むと、本人が金庫の中に入って寝ている。
八杯飲むと、翌朝何も覚えていない。

これが酒と秘密の関係だ。

俺はこの研究から、一つの結論を導き出した。

七杯目で止めろ。

七杯目で本人が金庫の中に入って寝てしまえば、秘密は守られる。

重要なのは、六杯目と七杯目の間に、ちゃんとした友人がいることだ。

「おい、そろそろ寝ろ」と言ってくれる友人。

俺の人生で、この役を果たしてくれた友人が何人いたか。

それは……秘密だ。

いや、秘密じゃない。ただ、数えてみると少し寂しくなるので、数えないようにしている。


第五章 ―― 言えないことの分類学

ここで少し整理しよう。

俺が「言えないこと」は、大きく分けていくつかのカテゴリーがある。

カテゴリーA:言うに言えないこと

これは、言葉にするのが難しいタイプの秘密だ。

複雑すぎて、説明しようとしても、どこから始めればいいかわからない。
始めたとしても、途中で迷子になる。
迷子になって、全然関係ない話をし始める。
気づいたら朝になっている。

このカテゴリーは、言えないというより、「言い切れない」に近い。

カテゴリーB:言っちゃいけないこと

これは、明確に「言うな」という話だ。

誰かに言われたのか、自分で判断しているのか、それは言えない。

言ったらどうなるか。

それも言えない。

カテゴリーC:言ったらヤバイこと

「ヤバイ」の定義は人によって違うが、俺の場合のヤバイは、

かなり本格的なヤバイだ。

詳細は控える。

カテゴリーD:誰かに迷惑をかけちまうこと

これが一番つらい。

自分一人の秘密なら、まだいい。
自分が我慢すればいい話だ。

しかし、誰かが絡んでいる秘密は、重さが違う。

その誰かが今どこで何をしているか。
その誰かが今幸せかどうか。
その誰かが、この本を読んでいないかどうか。

……読んでたら困るな。

念のため言っておく。

この本には、特定の個人を指す記述は一切ない。

全部、一般論だ。
普遍的な人類の話だ。
孔子の言う「己の欲せざるところを人に施すなかれ」的な、哲学的な話だ。

わかったか。

よし。

第六章 ―― 言っちゃいたいんだよなあ、の研究

「言っちゃいたい」という感情について、真剣に考えたことがあるか。

俺はある。

「言っちゃいたい」の正体は何か。

これは単純な「しゃべりたい欲」ではない。

もっと深いものだ。

人間は、自分が経験したことを、誰かに「わかってもらいたい」生き物だ。

「すごいことがあったんだよ」と言いたい。
「信じられないことを俺は知っているんだよ」と言いたい。
「あのとき俺がいなかったら大変なことになっていたんだよ」と言いたい。

でも言えない。

このフラストレーションが積み上がると、どうなるか。

おじさんは、関係ない話で発散し始める。

「昔ねえ、こんなことがあってさあ」と言い始める話が、実はかなり「ぼかした」バージョンであることに、聞いている方は気づかない。

本当の話は、もっとすごい。

でも言えない部分がすごいのだから、言えないのだ。

これはジレンマだ。

「言えない話がすごい」というアピールだけはできるが、「何がすごいか」は言えない。

だから結局、「まあ、いろいろあってさあ」で終わる。

「いろいろ」という言葉は偉大だ。

全部入る。

どんな体験も、「いろいろ」に収納できる。

「いろいろ」は、人生最大のトランクだ。
容量無制限。
重量制限なし。
手荷物検査もない。
X線も通さない。

「いろいろあってさあ」。

この五文字に、俺の人生の大部分が入っている。


第七章 ―― まっすぐじゃなかった道について

俺の人生は、まっすぐではなかった。

自分で言うのも何だが、かなり曲がっていた。

地図で書くとしたら、出発点から目的地まで、最短距離は100メートルなのに、

実際に歩いた距離は、数万キロになっている。

途中、何度か方向を完全に見失った。
途中、誰かに引っ張られた。
途中、自分から飛び込んだ場所もある。

飛び込んだ先が正解だったかどうかは、今でもわからない。

でも後悔はしていない。

後悔しているかどうか、というのは難しい問いだ。

「後悔していない」という言葉には、二種類ある。

一つは、本当に後悔していないパターン。
もう一つは、後悔していないと言い聞かせているパターン。

どちらかは言わない。

どちらも正解のような気がするし、どちらも不正解のような気がする。

まっすぐじゃない道を歩くと、まっすぐな道では見えない景色が見える。

これは本当だ。

絶対に本当だ。

でも、その景色の内容は言えない。

言えないが、綺麗なものも見た。
言えないが、怖いものも見た。
言えないが、笑えるものも見た。
言えないが、一生忘れられないものも見た。

これだけは言える。

俺の人生の景色は、退屈ではなかった。


第八章 ―― 責任者、出て来い

「責任者、出て来い」

俺は人生で、何度この言葉を心の中で叫んだかわからない。

裁判員制度を作った人。
意味のない会議を設定した人。
「改革」と言いながら現場を混乱させた人。
書類を三部提出しろと言った人(なぜ三部必要なのか、一度でいいから説明してほしい)。

しかし。

責任者は、出て来ない。

これが世の真理だ。

責任者というのは、常にどこかにいるが、どこにいるかは誰も知らない。

「担当者に確認します」
「上の者に聞いてみます」
「検討いたします」

この三段構えで、責任者は永久に姿を現さない。

姿を現さないまま、時間が過ぎる。

時間が過ぎると、問題が風化する。

風化したところで、「以前の件ですが、解決いたしました」と言ってくる。

解決の内容は教えてくれない。

これが官僚制度だ。
これが組織だ。
これが社会だ。

「ま、いいか」。

俺の魔法の言葉、ここでも登場。



エピローグ ―― 墓場にて

さて。

ここまで読んでくれたあなたに、一つ打ち明けることがある。

この本に、俺の秘密は一つも書いていない。

ゼロだ。

全部ぼかした。
全部すり替えた。
全部一般論にした。

読んでいて「これは何の話だろう」と思った部分は、

何の話でもあるし、何の話でもない。

でも、何かの話ではある。

何かは言えない。

これが、この本のすべてだ。
 

俺は今日も生きている。

秘密を抱えたまま、生きている。

「言っちゃいたいなあ」と思いながら、「でも言えないんだよなあ」と笑いながら、

「あははは」と言いながら、

「ま、いいか」と言いながら、

「面倒なことは抜き!!でいこう」と言いながら、

生きている。

墓場まで持って行く話が何十個あろうと、

今日の飯は美味かった。

今日の酒は(少し飲みすぎたが)旨かった。

それでいい。

それで十分だ。

棺桶は案外広くない。

でも、秘密は形がないから、

いくつでも入る。

詰め込んで、

持って行く。

行き先は決まっている。

帰りはない。

だから、今を生きる。


あははは。



 

― 了 ―



何も明かさなかったが、何かは伝わったかもしれない。

伝わったとしたら、それがこの本の正体だ。

伝わらなかったとしたら、それもまた、この本の正体だ。


墓場まで持って行く。


著者について

著者は、表の世界・裏の世界・横の世界を渡り歩いてきたおじさんである。

現在も現役で秘密を製造中。

趣味は、言えない。

特技は、言えない。

好きな食べ物は、言える。カレーだ。ただし、ルーが足りない日は許せない。

連絡先は、非公開。

次回作は未定。書くかどうかも未定。書いたとしても、また何も言わないだろう。

「ま、いいか」



©俺 無断転載禁止。ただし秘密の転載は最初からしていないので禁止のしようがない。


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あとがき

最後までお付き合いいただき、ありがとうございます。

ここまで読んだあなたは、きっとこう思っていることでしょう。

「で、結局何があったんだ?」

その気持ちはよくわかります。

書いた本人も同じことを思っています。

しかし残念ながら、本当に何も言えません。

いや、言えることも少しはあります。

ただ、それを言い始めると別のことが言えなくなり、別のことを言うとまた別の誰かに迷惑がかかり、結局何も言えなくなるのです。

人生とはそういうものです。

歳を重ねてわかったことがあります。

人は秘密を抱えて生きています。

立派な秘密もあれば、くだらない秘密もある。

思い出したくない秘密もあれば、何度も思い出してしまう秘密もある。

けれど、そのすべてがその人の人生を形作っています。

だから私は、秘密を無理に暴こうとは思いません。

自分の秘密も、他人の秘密も。

少しくらいわからない部分があった方が、人間は面白いのです。

もしあなたにも墓場まで持って行く話があるなら、それはきっと悪いことではありません。

誰にも言わなくてもいい。

無理に語らなくてもいい。

今日の飯がうまくて、少し笑えて、生きていけるならそれで十分です。

さて、私はこれからも秘密を増やしながら生きていきます。

できれば面白いやつを。

そしていつの日か、全部まとめて墓場へ持って行きます。

ま、いいか。