ーーー次週 Kindle掲載予定ーーー
袋小路の宇宙
――あるいは、出口のない銀河系における中年男の不条理な彷徨について――
著:田中 袋夫(たなかたいお 推定年齢:不明)
〜まえがき〜
人生には、ときどき行き止まりがあります。
いや、ときどきではないかもしれません。
振り返ってみると、ずっと行き止まりだったような気もします。
学校。
仕事。
恋愛。
結婚。
老後。
何かを乗り越えたと思ったら、また次の壁が現れる。
ようやく出口を見つけたと思ったら、その先にも別の袋小路が待っている。
そんなことの繰り返しです。
若い頃は、それが自分だけだと思っていました。
ところが年を重ねるにつれて気づきます。
どうやらみんな迷っているらしい。
堂々と歩いているように見える人も、実は霧の中を手探りで進んでいるらしい。
本書は、そんな袋小路についての物語です。
宇宙の話であり、中年男の話であり、そしてたぶん、私たち自身の話でもあります。
もし今、あなたが何かの行き止まりに立っているなら。
少し肩の力を抜いて、この奇妙な宇宙旅行に付き合ってください。
出口は見つからないかもしれません。
でも、別の入口くらいは見つかるかもしれません。
ーーーーー
本書はフィクションです。
実在する袋小路、行き止まり、遠回り、回り道、横道、獣道、および人生の選択ミスとは一切関係ありません。
たぶん。
ーーーーー
著者からの一言
(読まなくても宇宙は困らない)
宇宙には出口がないらしい。
もちろん、宇宙物理学者たちはもっと難しい言い方をする。
「宇宙は有限だが境界を持たない」とか、
「三次元空間の位相構造がどうのこうの」とか、
聞いただけで昼寝したくなるような説明だ。
要するに、どこまで行っても終わりが見つからない、ということらしい。
私はその話が好きだ。
なぜなら、少し安心できるからだ。
人生には、どう考えても出口が見えない時期がある。
頑張ればどうにかなると言われても、
どうにもならないことがある。
努力が足りないと言われても、
どこへ向かって努力すればいいのか分からないことがある。
出口を探して歩いていたはずなのに、
気づけばもっと奥の袋小路へ入り込んでいることもある。
そんなとき、
「宇宙ですら出口を見つけられていない」
と思うと、少しだけ肩の力が抜ける。
本書は、ある中年男の話である。
名前は田中袋夫。
もちろんペンネームである。
本名はもっとひどい。
年齢は四十三歳。
独身。
無職。
趣味はコーヒーを飲みながら人生について考え、結局よく分からなくなること。
特技は行き止まりを見つけること。
そしてある日。
彼は宇宙の「出口」を見つけた。
少なくとも、そう書かれた通知を受け取った。
それが彼の人生最大の袋小路の始まりだった。
あるいは入口だったのかもしれない。
その違いは、最後まで読んでも分からないかもしれない。
まあ、それも人生である。
――田中袋夫
(推定年齢:不明)
第一章
宇宙局からのお知らせ
田中袋夫が宇宙から手紙を受け取ったのは、火曜日の朝だった。
正確には、めざまし時計の三度目のアラームを止めた直後だった。
最初のアラームでは起きなかった。
二回目でも起きなかった。
三回目でようやく目を開けた。
四十三歳にもなると、人間は朝に対してかなり慎重になる。
布団の中でしばらく天井を眺め、
今日も特に何も起きないだろう、
と思った。
そこで宇宙から手紙が来た。
人生というのは、だいたいそういうタイミングで余計なことをしてくる。
封筒は茶色だった。
ごく普通の茶封筒だった。
宇宙からの手紙というからには、
銀色に光る素材とか、
未知の元素とか、
そういうものを想像していたのだが、
まったく普通だった。
むしろ役所っぽかった。
差出人欄にはこう書かれていた。
【宇宙省・袋小路管理局
第三課 出口担当係】
袋夫は瞬きをした。
もう一度見た。
やはりそう書いてあった。
宇宙省。
袋小路管理局。
出口担当係。
どれも聞いたことがない。
だが妙に納得感があった。
人生で何度も袋小路に迷い込んできた人間なら、
宇宙のどこかに管理局くらいあっても不思議ではないと思えてしまう。
封筒の隅には小さな星雲の絵が印刷されていた。
切手の代わりらしかった。
宇宙も経費削減の時代なのだろう。
袋夫はしばらく封筒を眺めた。
裏返した。
表返した。
また裏返した。
特に意味はない。
ただ長年の人生経験によって、
正面から見ても分からないものは、
裏から見ても分からない、
ということを確認する癖がついていた。
ようやく封を切る。
中には一枚の紙が入っていた。
役所の通知にしか見えない紙だった。
そこにはこう書かれていた。
【重要なお知らせ】
田中袋夫様
このたび、あなたが長年お探しの「出口」につきまして、弊局にて確認いたしました。
つきましては、下記日程にてご来局いただき、正式な出口確認手続きを行っていただきますようお願い申し上げます。
日時:本通知受領後七日以内
場所:宇宙省・袋小路管理局 第三課
(土星の裏側・バス停「行き止まり前」下車)
持ち物:
・これまでの袋小路の記録
・未練
・印鑑
※出口は一人につき一個限りです。
※転売は禁止されています。
宇宙省・袋小路管理局
第三課 出口担当係
係長 宇田川どん吉
袋夫は紙を見つめた。
それから台所へ行った。
インスタントコーヒーを作った。
熱かった。
少し冷まして飲んだ。
それからまた通知を読んだ。
やはり同じ内容だった。
残念ながら夢ではなかった。
「出口、か」
袋夫は呟いた。
四十三年間。
ずっと探していた気がした。
学校で。
会社で。
恋愛で。
友人関係で。
将来で。
自分自身で。
何かが行き止まりになるたび、
その先に続く扉を探していた。
開かなかった。
見つからなかった。
見つかったと思ったら、
別の袋小路だった。
それでも探していた。
人間は不思議な生き物で、
見つからないからこそ探し続ける。
もし簡単に見つかるなら、
それはもう出口ではなく案内板だ。
袋夫は通知をテーブルに置いた。
窓の外は曇っていた。
灰色の空だった。
特に意味はない。
だが人生の重要な出来事は、
なぜか曇りの日に起きる気がした。
「七日以内か」
彼はもう一度呟いた。
「宇宙にも締め切りがあるんだな」
誰も答えなかった。
だが、どこか遠くで。
巨大な書類棚の向こうで。
宇田川どん吉という男が、
「あります」
と頷いたような気がした。
第二章
土星へ行くバスについて
土星行きのバスは、朝六時四十七分発だった。
少なくとも時刻表にはそう書いてあった。
袋夫は六時四十五分に到着した。
人生で初めてと言っていいほど余裕を持った行動だった。
どうせ宇宙へ行くのだから、遅刻だけは避けようと思ったのだ。
結果として、その心配はまったく無意味だった。
六時四十七分になってもバスは来なかった。
七時になっても来なかった。
八時になっても来なかった。
九時を過ぎたころ、袋夫はようやく気づいた。
時刻表の文字が変わっていた。
ついさっきまで
【土星行き 6:47発】
だったものが、
【土星行き 不定期運行】
になっていた。
袋夫は時刻表を見た。
時刻表も袋夫を見ている気がした。
「不定期とは」
と袋夫は呟いた。
「どういう意味ですか」
近くの商店のおじさんが答えた。
「定期ではないという意味ですよ」
「それは日本語として正しいですが説明になっていません」
「人生もそんなものでしょう」
袋夫は反論しようとした。
しかし人生も確かにそんなものだったのでやめた。
おじさんは続けた。
「来るときは来ます」
「来ないときは?」
「来ません」
「確率は」
「五分五分です」
「それは低すぎませんか」
「人生もそんなものでしょう」
万能の回答だった。
これを言われると大抵の会話は終わる。
実際、商店のおじさんはシャッターを下ろして帰ってしまった。
袋夫だけが残された。
バス停と。
曇り空と。
人生と。
午後二時十三分。
ようやくバスが来た。
特に申し訳なさそうな様子もなく到着した。
むしろ、
「待った?」
くらいの顔で停車した。
バスに顔はなかったが、そういう雰囲気だった。
袋夫は乗り込もうとして気づいた。
運転席に誰もいない。
ハンドルだけがあった。
「すみません」
と袋夫は言った。
「はい」
とバスが答えた。
袋夫は三秒ほど黙った。
「今、誰が返事をしましたか」
「私です」
「私とは」
「バスです」
「バスが喋るのですか」
「宇宙省仕様です」
まるで最新型エアコンの機能説明だった。
袋夫は考えた。
考えても仕方がないので乗った。
人生の大半は、その判断で成り立っている。
ドアが閉まる。
発車する。
発車と同時に地球が遠ざかり始めた。
「ずいぶん急ですね」
「宇宙ですから」
「その説明、流行っているんですか」
「職員研修で習いました」
袋夫は窓の外を見た。
街が小さくなる。
県が小さくなる。
日本が小さくなる。
地球が小さくなる。
そして突然、
自分が四十三年間必死に悩んできたことまで小さく見えた。
不思議なものだった。
宇宙から見ると、
人生の袋小路も少しだけ縮むらしい。
「出口をもらいに行くんですか」
とバスが聞いた。
「そうらしいです」
「最近は少ないですよ」
「出口希望者がですか」
「はい。みんな途中であきらめます」
袋夫は窓に映る自分を見た。
少し疲れていた。
思ったよりも。
「私は」
と袋夫は言った。
「諦める出口も見つからなかったので」
バスはしばらく黙った。
そして、
誰もいない宇宙空間で律儀にウィンカーを出した。
土星方面へ右折した。
第三章
宇宙省・袋小路管理局 第三課
土星は思ったより大きかった。
そして管理局は思ったより役所だった。
建物は土星の輪の中に挟まっていた。
巨大なリングの隙間に無理やり建てられたような外観だった。
建築基準法が存在するなら確実に怒られる設計だった。
受付の女性に聞くと、
土星の輪はもともと宇宙省の書類だったらしい。
提出された申請書。
却下された企画書。
未処理の報告書。
誰にも読まれなかった反省文。
それらが積もり積もって輪になった。
「宇宙は書類でできているんです」
受付の女性は真顔で言った。
袋夫は妙に納得した。
人生もだいたいそうだった。
入口のドアは閉まっていた。
鍵もかかっていた。
袋夫は呼び鈴を押した。
「開いていません」
と言った。
インターフォンが答えた。
「開いています」
「開いていません」
「開いています」
「鍵がかかっています」
「それはドアが閉じているだけです」
「閉じていたら入れません」
「それは確かにそうですね」
会話が前進しなかった。
袋夫は人生を思い出した。
大事な話ほどこうなる。
五分ほど押し問答したあと、
袋夫はドアを蹴った。
開いた。
引き戸だった。
押していた。
四十三年間の人生を一言で説明すると、
たぶんそんな感じだった。
中へ入る。
白かった。
白すぎた。
壁も。
床も。
天井も。
空気まで白い気がした。
その中に人がいた。
大勢いた。
全員同じ顔だった。
疲れた中年男。
黒縁眼鏡。
少し猫背。
少し諦め。
少し希望。
袋夫だった。
全部、自分だった。
「ようこそ」
最前列の袋夫が言った。
「私は私です」
袋夫は頭痛を覚えた。
「皆さん私なんですか」
「あなたにはそう見えます」
「では実際は」
「人によります」
「便利ですね」
「人件費削減になります」
役所らしい答えだった。
そのとき、
一番奥の扉が開いた。
誰かが出てきた。
作務衣姿だった。
そしてやはり、
袋夫の顔をしていた。
第四章
鏡の部屋、あるいは燃えよドラゴンについて
係長・宇田川どん吉は、
自分自身が老後に転職した姿に見えた。
違いは服装だけだった。
袋夫がスーツなら、
どん吉は作務衣だった。
袋夫が疲労なら、
どん吉は諦観だった。
そんな違いだった。
「こちらへ」
どん吉は言った。
案内された部屋は、
文字通り鏡の部屋だった。
壁。
床。
天井。
すべて鏡。
無数の袋夫がいた。
若干太った袋夫。
猫背の袋夫。
疲れた袋夫。
昔より笑わなくなった袋夫。
どこを見ても袋夫だった。
「気が滅入りますね」
と袋夫は言った。
「人気のない部屋です」
とどん吉は言った。
鏡の中の袋夫たちは、
全員こちらを見ていた。
正確には自分を見ていた。
しかし四十三歳にもなると、
それが一番居心地が悪い。
「出口はどこですか」
袋夫は聞いた。
どん吉は答えた。
「どの鏡にも映らない場所です」
袋夫は周囲を見回した。
無理だった。
自分しかいない。
人生の後悔しかいない。
失敗しかいない。
未練しかいない。
「ありませんが」
「そうですね」
「出口は存在しないのですか」
「存在します」
「見えません」
「見えないものは結構あります」
どん吉は鏡を指差した。
遠く。
ずっと遠く。
無限に続く鏡の向こう。
小さな点のような自分がいた。
学ラン姿だった。
十七歳くらいだった。
希望だけで生きていた頃の顔だった。
袋夫は息を止めた。
忘れていた顔だった。
「若い頃の私ですか」
「たぶん」
「たぶん?」
「人は自分の過去を正確には覚えていません」
どん吉は静かに言った。
「だから記憶はいつも少しだけ優しいんです」
袋夫はその点を見つめた。
遠かった。
あまりにも遠かった。
だが確かにそこにいた。
第五章
書類を読む夜
宿泊施設は土星の輪の内側にあった。
正確には、
「元・未処理案件保管庫第三別館」
という名前だった。
宿泊施設としてはあまり安心できない名称だった。
部屋は白かった。
宇宙省は白が好きらしい。
壁も白。
床も白。
天井も白。
人生の重要な局面は、なぜか白い部屋で行われる。
「鏡の部屋との違いは何ですか」
袋夫は案内係に聞いた。
「鏡がありません」
案内係は即答した。
なるほどと思った。
自分が映らないだけで、
人はかなり落ち着くらしい。
四十三年も付き合った顔なのに、
見なくて済むならその方がいい。
人生にはそういう日もある。
部屋の机の上には、
自分の袋小路の記録が積まれていた。
分厚かった。
まるで辞書だった。
人生辞典。
あるいは失敗百科事典。
そんな感じだった。
袋夫は最初のページを開いた。
小学三年生。
運動会。
徒競走四位。
弁当の卵焼き。
帰り道。
友達の一言。
――お前、足遅いな。
そこで記録は終わっていた。
たった一行だった。
だが不思議なことに、
その日の空気まで思い出した。
夕方の匂い。
砂埃。
少しだけ悔しかった気持ち。
忘れたと思っていた。
実際には、
忘れた場所を覚えていなかっただけだった。
袋夫はページをめくった。
中学。
高校。
大学。
就職。
退職。
恋愛未満。
失恋以上。
挑戦。
挫折。
再挑戦。
再挫折。
その繰り返し。
人生とは思った以上に同じ話の繰り返しだった。
ただ主人公だけが少しずつ老けていく。
それだけだった。
百ページほど読んだ頃、
袋夫は気づいた。
どの袋小路にも共通点があった。
その時は絶望していた。
だが、
今読むと案外そうでもない。
世界の終わりだと思っていた場所が、
ただの通過点になっていた。
あの日は人生が終わったと思った。
終わっていなかった。
むしろ次が始まっていた。
その繰り返しだった。
「なるほどな」
袋夫は独り言を言った。
部屋には誰もいなかった。
だから遠慮はいらなかった。
「出口じゃなかったんだな」
そう言って、
書類を枕代わりにして眠った。
少し硬かった。
しかし人生もだいたいそんなものだった。
第六章
出口の見つけ方(改訂第十四版)
翌朝。
宇田川どん吉がやって来た。
作務衣姿だった。
相変わらず袋夫と同じ顔だった。
違う人生を歩んだ袋夫。
そんな風にも見えた。
「眠れましたか」
「人生を枕にしたわりには」
「それは結構」
どん吉は薄い冊子を差し出した。
表紙にはこう書かれていた。
【出口の見つけ方】
改訂第十四版
袋夫は期待した。
少なくとも百ページくらいはあるだろうと思った。
人生の答えなのだ。
それくらいの分量は必要だろう。
開いた。
一行だった。
【第一ステップ】
出口を探すのをやめてください。
以上。
終わりだった。
裏表紙だった。
袋夫は冊子を閉じた。
もう一度開いた。
やはり終わりだった。
人生の答えとしては少々雑だった。
「これだけですか」
「これだけです」
「改訂の意味は」
「文字を大きくしました」
袋夫は冊子を机に置いた。
少し腹が立った。
四十三年探してきた。
宇宙まで来た。
土星まで来た。
喋るバスにも乗った。
それなのに答えは一行だった。
思わず冊子を放り投げた。
冊子は壁に当たり、
床に落ち、
表紙が開いた。
そこにもう一行、
小さな文字が見えた。
今まで気づかなかった文字だった。
【出口は入口のふりをしています】
袋夫は拾い上げた。
読み返した。
どん吉は黙っていた。
「どういう意味ですか」
「そのままです」
「説明してください」
「説明されると、人は信じなくなります」
袋夫はため息をついた。
宇宙省の説明はいつも不親切だった。
しかし、
少しだけ分かる気もした。
人生で本当に大事だった出来事は、
いつも入口の姿で現れていた。
新しい仕事。
新しい出会い。
新しい失敗。
新しい袋小路。
その時は入口だと思っていた。
振り返ると、
別の何かからの出口だった。
人生は片側からしか読めない本なのだ。
最後のページに来るまで、
何章にいるのか分からない。
第七章
帰還、あるいは次の部屋について
帰る日。
土星は静かだった。
どん吉は入口まで見送りに来た。
袋夫は書類の束を抱えていた。
重かった。
四十三年分だから当然だった。
「置いていけませんか」
「置いていけません」
「コピーは」
「人生にコピーはありません」
袋夫は観念した。
どん吉は少し笑った。
初めて見た笑顔だった。
袋夫自身が笑ったようにも見えた。
「出口は見つかりましたか」
どん吉が聞いた。
袋夫は考えた。
しばらく考えた。
そして首を振った。
「分かりません」
どん吉は満足そうに頷いた。
「それで結構です」
「結構なんですか」
「分かったと思った人ほど迷います」
「では私は」
「まだ歩けます」
風が吹いた。
土星の輪が光った。
無数の書類が反射していた。
誰かの失敗。
誰かの後悔。
誰かの袋小路。
その全部が光になっていた。
袋夫は少しだけ見とれた。
人生も案外悪くないのかもしれないと思った。
ほんの少しだけ。
エピローグ
本日の袋小路
帰りのバスは時間通りだった。
それだけで少し感動した。
地球は青かった。
思ったよりずっと青かった。
人は離れてみないと見えないものが多い。
地球も。
人生も。
自分自身も。
部屋へ戻る。
冷蔵庫にはインスタントコーヒーしかなかった。
安心した。
世界は変わっていなかった。
宇宙へ行っても、
人生の問題は勝手には解決しないらしい。
袋夫はコーヒーを淹れた。
机に座った。
書類を開いた。
高校二年。
冬。
部活の大会で負けた日の記録だった。
あの日は終わったと思った。
だが終わっていなかった。
大学があった。
就職があった。
退職もあった。
土星もあった。
宇宙省もあった。
人生は思ったよりしぶとい。
窓の外を見る。
霧が出ていた。
何かが見えそうだった。
見えないかもしれなかった。
まあ、それでもいい。
見えないことには慣れている。
袋夫はコーヒーを飲んだ。
そして次のページを開いた。
まだ四百ページ以上残っていた。
人生も、
たぶんそんな感じなのだろう。
終わりだと思っていた場所の少し先に、
また次のページがある。
霧の向こうに何があるのか、
袋夫はまだ知らなかった。
でも、
知らないまま歩くことには、
もう少し慣れていた。
――了――
〜あとがき〜
最後までお付き合いいただき、ありがとうございます。
袋夫は最後まで出口を見つけませんでした。
もしかすると、最初から存在しなかったのかもしれません。
あるいは、何度も通り過ぎていたのかもしれません。
人生を振り返ると、私自身も似たようなものです。
あのとき失敗したと思ったこと。
遠回りしたと思ったこと。
袋小路に迷い込んだと思ったこと。
その多くが、後になって別の景色へ続く入口だったことに気づきます。
もちろん、今いる場所もまた袋小路かもしれません。
でも、それで構わないのだと思います。
袋小路には袋小路の景色があります。
遠回りには遠回りの出会いがあります。
そして歩き続けている限り、物語は終わりません。
人生は完成した地図ではなく、書きかけの地図です。
今日もどこかで、新しい道が一本増えているのでしょう。
願わくば、この物語があなたの地図の片隅に、小さな印を残せたなら幸いです。
またどこかの袋小路でお会いしましょう。

