さよなら人類
〜打率10割の男とアインシュタインの冷蔵庫〜
まえがき
昨今、毎晩夢を見る。
しかも、妙にリアルで、妙に辻褄が合わず、そして起きると少しだけ人生を考えてしまうような夢だ。
打率10割の野球選手になったり、アインシュタイン博士と会話したり、NFLで無双したと思ったら、巨大な冷蔵庫に乗って2000年後の地球へ行ったりする。
我ながら「なんだそれ」である。
けれど夢というものは不思議だ。
寝ている間だけ、我々は少しだけ無敵になる。現実では叶わない願望も、後悔も、失敗も、全部ごちゃ混ぜにして、脳が勝手に一本の映画を作ってしまう。
この物語は、そんな“夢の記録”である。
笑って読んでいただいて構わない。途中で「アホか」と突っ込んでもらえたら本望である。
ただ、もし読み終わったあとに少しだけ、
「自分なら、どんな夢を見るだろう」
そんなことを考えていただけたなら、作者として嬉しい。
さて。
今夜は、どんな馬鹿げた夢を見るのだろう。
プロローグ
昨今、毎晩夢を見る。
あまりに不思議な夢ばかりだから、忘れないように寝起きにメモを取ることにしている。
この国でのスーパースターは矢沢永吉が最後かと思っていたら、なんと大谷翔平が浮上した。どうやら半世紀に1人、現れるらしい。
昨晩の、そんなお話。
第1章
1Aで終わる男
僕は駆け出しの1Aの選手だ。
田舎町の県立高校で野球をしていたら、たまたま視察に来ていたレッドソックスのスカウトに拾われた。
「肩がいい」の一点張りで契約。英語は「イエス」「ノー」「ハンバーガー」しか言えないままボストンへ飛んだ。
待っていたのは1A、サウスカロライナ州グリーンビル。観客は50人。犬の散歩のついでに寄ったお爺ちゃんの方が多い。
それでもメジャーという響きだけで白米が食えた。どうやら1Aで終わりそうな現実からは目を逸らしていた。
事件は1年目の夏に起きた。
8回裏、2アウト2塁。俺はライト前へしょぼいヒットを放った。外野手が芝に足を取られて転倒。ボールが転々とする間に、俺は3塁を回った。コーチは両腕を広げて「止まれ」のジェスチャー。
それで良いのに、無理してホームまで目指した。
キャッチャーと交差した瞬間、世界がぐちゃりと歪んだ。左足首、右肩、ついでに前歯。担架。救急車。シーズン終了。
第2章
アインシュタインと不思議なカプセル
病室で目が覚めると、ベッドの横に白髪でボサボサ頭の爺さんが立っていた。舌を出している写真で有名な、あの人だ。
「やあ、君。私はアルバート・アインシュタインだ」
絶対に違う。タイムスリップか、俺の脳がイカれたか。看護師に目配せすると、彼女は「博士、お薬の時間です」と言った。マジか。
博士は俺のレントゲンを眺めて頷いた。
「君の怪我を見て閃いてね。相対性理論を応用して、不思議なカプセルを発明した。これを君の体内に埋め込めば、細胞の修復速度が光速に近づく」
「副産物として、ごく稀に周囲の時空が止まって見えるかもしれん。まあ、バグみたいなものだ」
断る理由がなかった。どうせ1Aで終わる身体だ。バグ上等。
手術は30分で終わった。麻酔から覚めた時、肩も足も前歯も治っていた。新品だった。
第3章
打率10割の弊害
退院3日後、リハビリがてら入った打撃ケージで異変に気付く。
時速150kmのマシンが、止まって見える。
いや、止まっている。ホームベース上に、縫い目までくっきり見えるボールが浮いている。置きティーだ。
これを叩けば、常にホームランだった。
1Aで打ちまくった。7試合で23本塁打。全て場外。相手投手は泣きながらマウンドを降りた。
翌週、2A飛ばしてメジャー昇格。レッドソックスの4番。
初打席、初球ホームラン。そこから100打席連続ホームラン。打率10割。OPSは数学の授業になった。
101打席目から、全球敬遠になった。バットを構える前に一塁へ歩かされる。観客はブーイング、俺は欠伸。
「これはつまらん」
シーズン途中で野球を引退した。記者会見でそう言ったら、NFLの全32球団からオファーが来た。
第4章
時が止まるクォーターバック
選んだのはニューイングランド・ペイトリオッツ。ポジションはクォーターバック。ルールは知らん。
でも関係なかった。スナップを受けた瞬間、11人のディフェンスが止まって見える。マネキンだ。
止まっているランニングバックにポイと投げれば、勝手に走ってタッチダウン。
1試合平均スコア 98対0。相手チームは試合後に集団引退した。
そのシーズン、当然スーパーボウルへ出て優勝した。MVPインタビューでマイクを向けられた瞬間、頭の中で「プツン」と音がした。
視界が戻る。世界が動き出す。肩に激痛。足首が砕ける音。
カプセルの電池が切れた。身体はあの日の怪我人に戻っていた。ボロボロだった。
第5章
4126年の良い風呂
慌ててアインシュタイン博士を探した。どこにもいない。
自宅兼研究室のドアを蹴破ると、部屋の中央に業務用の大きな冷蔵庫が置いてあった。扉にはデジタル表示。
その下に手書きの付箋。「良い風呂」。
「ハトヤ?伊東?」なんて思いながら扉を開けると、中は六畳間くらいあった。運転席のような椅子と、赤いスイッチ。
座ってスイッチを押した。冷気が噴き出す。意識が飛んだ。
目を開けると、そこはジャングルだった。セミの鳴き声がうるさい。湿度200パーセント。冷蔵庫から這い出て「はてな」と首を傾げた瞬間、後ろから声がした。
「やっぱり来たか」
振り向くと博士だった。麦わら帽子にアロハシャツ、虫除けスプレー完備。
「博士、ここは?」
「4126年の地球だよ。君たちがいた時代から2000年後」
「で、人類は?」
博士はジャングルの奥を指差した。
「バカな人間たちは2222年に滅びてしまった。戦争と、環境破壊と、SNSの炎上でな」
足元を見ると、コンクリートの破片に『GO SOX』と書いてあった。フェンウェイパークの欠片らしい。
「それで、地球はこの有り様。でも見ろ、ジャングルだ。酸素は濃い。動物も楽しそうだ」
博士は深呼吸して言った。
「地球は、喜んでる」
第6章
次の支配者を迎えに行く
博士は冷蔵庫の扉を撫でながら笑った。
「そろそろ、次に地球を支配する者が現れる頃だ」
「人間以外、ですか?」
「イルカかもしれん。菌類かもしれん。カピバラの可能性もある。私が審査員になって、次の当番を決める」
「それを今から、連れに行く」
「また始めからやり直しだ。ピテカントロプスからだ」
博士は冷蔵庫の年号を紀元前にセットした。
「さあ、行くぞ」
俺の手を引いて冷蔵庫に乗り込む。扉が閉まる。赤いスイッチ。
第7章
目が覚めた
そこで目が覚めた。
天井。見慣れたアパート。肩も足も、あの日の怪我のまま痛い。カプセルなんて埋まってない。
続きを見たいと目を閉じたけれど、もうそこへは戻れなかった。
エピローグ
今夜の夢
枕元には、寝起きに書いたメモが散らばっている。
「打率10割」「冷蔵庫」「良い風呂」「ピテカントロプス」
馬鹿馬鹿しい。でも、書いている間だけはスーパースターだった。
さて、今夜の夢はどんなだろう。
もしまた博士に会えたら、今度は電池の替え方を聞いておこうと思う。
了
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あとがき
この物語は、ある夜に見た夢をそのまま書いたものである。
人類は2222年に滅びるらしい。あと196年。
それまで、精一杯バットを振ろう。敬遠されても、NFLに行っても、最後は冷蔵庫に乗ってやり直せばいい。
もしあなたが今夜、不思議な夢を見たら。
忘れないうちに、メモを取ってほしい。
その夢が、誰かの次の地球になるかもしれないから。

