間に合うだけあれば
──ある男の、静かな一年──


【まえがき】

人はいつか、自分の人生の残り時間を意識するようになる。

若い頃は、明日が来ることを疑わなかった。頑張れば未来は広がり、失敗してもやり直せると思っていた。けれど歳を重ねるにつれ、少しずつわかってくる。

「今日」が、思っていた以上に貴重だということを。

本作『間に合うだけあれば』は、六十二歳の男・橘正一の静かな一年を描いた物語です。

派手な成功も、大逆転もありません。あるのは、朝のラジオ体操、妻との会話、亡くなった仲間への想い、そして「今日も生きていた」という小さな実感です。

健康、安全、安定。

そして、間に合うだけのカネ。

それだけで十分だと思えるまでに、人はどれだけ遠回りをするのか。あるいは、それこそが人生なのかもしれません。

もしこの物語が、読んでくださる誰かの「明日を少しだけ大事に思える時間」になれば、著者として嬉しく思います。




プロローグ

今夜も、俺は生きている。
それだけで、まあいいか。

六十二歳の秋、橘 正一(たちばな しょういち)はそう思うようになっていた。大げさな話ではない。朝、目を覚ますたびに、ほんの少しだけほっとする。それだけのことだ。
死にたいわけじゃない。ただ、死というものが、思っていたよりずっと身近にあると、この歳になれば誰でも気づく。
同期の田端が逝ったのが三年前。五十八だった。「心臓が突然」と聞かされたとき、正一は葬儀の帰り道、コンビニでホットコーヒーを一杯買い、駐車場のベンチに座って空を見上げた。泣くほどでもなく、笑うほどでもなく、ただ、缶の温かさが手のひらに伝わってくるのを感じていた。
田端は朝、起きてこなかった。
それだけのことが、人の命を変える。

だから俺は今日も、起きた。それでいい。


第一章 健康・安全・安定

正一の一日は、ラジオ体操から始まる。
妻の幸子に「また始まったわよ」と言われながら、六時半に台所の窓を開け、スマートフォンのアプリを起動する。デジタル機器には疎いつもりでいたが、この一点だけは息子の健太に設定してもらって以来、三年間欠かさず続けている。
「健太、お前のおかげで俺は健康だ」
「お父さん、それだけでいいの?」
「それだけで十分だ」

定年退職してから二年が経つ。三十八年間勤めた中堅の鉄鋼商社を去るとき、正一は意外なほどすんなりと社員証を返した。感慨はあった。しかし未練はなかった。仕事が嫌いだったわけじゃない。ただ、仕事だけが人生ではないと、遅まきながら気づいていたのだ。
退職後の生活はシンプルだ。年金と、三十年かけて築いた多くはない貯蓄。足りるかどうかと問われれば、間に合う。それで十分だと、正一は思っている。
「間に合うだけあれば」というのが、最近の口癖だった。

幸子は笑う。「あなたって、昔からそういう人よね」
「悪いか」
「悪くない。むしろ好き」

今朝のラジオ体操を終えると、正一は縁側に腰を下ろして緑茶を一杯飲む。庭の金木犀がそろそろ咲きそうだった。この香りが来ると、また一年が変わる気がする。
健康。安全。安定。
三つが揃えば、人は生きていける。
そう思いながら、正一は空を見た。雲が、ゆっくりと流れていた。


第二章 閻魔さまへのワイロ

近所に、佐々木という男がいる。
七十過ぎで、現役の会社役員だ。週に三回は黒塗りの車が迎えに来て、スーツを着て出かけていく。庭には手入れの行き届いた松の木が三本あり、聞くところによれば「一本百万円の価値がある」らしい。
「なんでそんな歳まで働くんだろうな」
正一が言うと、幸子は「羨ましいの?」と聞く。
「羨ましくはない。ただ不思議なんだ」

莫大な富を築いて、さらにまだまだと追い続ける人間がいる。正一にはその気持ちがよくわからない。理解しようとしたこともあるが、結局わからなかった。
そろそろ適当なところで辞めて、世間へと戻したら良いのに。
そう思う。残りの時間を、自分のために生きたら良いのに。

ある日、佐々木老人が庭の掃除をしているところに出くわした。珍しいことで、正一は思わず声をかけた。
「佐々木さん、今日はお出かけじゃないんですか」
老人は振り向いて、薄く笑った。目じりにたくさんの皺があった。
「今日は休みにした。松を見てやらんと、機嫌を損ねる」
「松が機嫌を?」
「木にも気分というものがある。手をかけてやると、ちゃんと応える」

正一は少し見直した。この人は松のために働いているのかもしれない、と。いや、それは言いすぎだが、少なくともカネだけが目的ではないのだろう。
「佐々木さん、カネをたくさん持って何をするんですか」
老人はしばらく考えた。それから言った。
「さあ。閻魔さまに賄賂でも送れればいいんだが」

二人で笑った。庭の松が、風に揺れた。
正一は、この老人のことが少し好きになった。


第三章 お先にどうぞ

五十を過ぎた頃から、正一は車を譲るようになった。
以前は違った。三十代の頃は、前の車が少しでも遅ければイライラした。四十代は、仕事のストレスで常に何かが沸騰しかけていて、ハンドルを握ると人が変わった。
それが、五十二の誕生日の翌日、信号待ちで隣の車線を見たとき、老婆が運転する軽自動車が右折したそうにしているのを見て、なんとなく先を譲った。ただそれだけのことだった。
老婆は深々と頭を下げて、角を曲がっていった。
その小さな動作が、正一の胸に妙に残った。

目の前の車、わずか一台。譲らず恨まれるよりも、お先にどうぞと譲って、感謝される生き方の方がいい。
そう思い始めたのが、十年前。
今も、その気持ちは変わっていない。いや、むしろ強くなっている。

先日、近くのスーパーで面白いことがあった。
レジに二人並んでいた。正一と、若い母親。母親は両手に荷物を抱え、子供が抱きついてきて、財布を取り出そうとしてもたもたしていた。
正一はすぐに言った。「お先にどうぞ」
母親は驚いた顔をした。「いいんですか」
「俺は急ぎませんから」

会計を終えた母親が、振り返って言った。「ありがとうございました。なんか、元気出ました」
元気が出た。そんな大げさなことでもないのに、と正一は思った。だがその言葉が、駐車場に向かう足を少し軽くした。
人にありがとうと言われることが、この歳になると少なくなる。仕事を辞めれば、なおさら。だからかもしれない。あの言葉が、ちょっと嬉しかった。

家に帰って幸子に話すと、妻は「あなたらしい」と言った。
「褒めてるのか」
「もちろん」
それだけで十分だった。


第四章 起きてこなかった仲間たち

十月の中旬、正一に一本の電話がかかってきた。
かつての同僚、木村からだった。
「田所が逝った」
一瞬、言葉が出なかった。田所は正一と同期で、入社した年に同じ部署に配属された。最初の歓迎会で二人でカラオケに行き、田所が松山千春を熱唱して周りを引かせた。そういう男だった。
「いつだ」
「先週。脳梗塞。六十一だった」

葬儀は小雨の日だった。
正一は喪服を着て、バスに乗った。最近はなるべく車を使わないようにしている。理由は単純で、万が一のとき、人に迷惑をかけたくないからだ。
式場には、懐かしい顔が集まっていた。田端の葬儀以来だという者もいた。みな、少しずつ歳を取っていた。髪が白くなり、腰が曲がり、耳が遠くなっていた。それでも笑顔は残っていて、「久しぶりだな」「元気か」「まだ生きてたか」と言い合った。
生きてたか、というのは冗談だが、冗談でもない。

田所の遺影は、笑っていた。少し照れたような、あの笑顔だった。
正一はしばらく、その写真を見ていた。
お前は起きてこなかったな。でも、よく生きたよ。
そう心の中で言って、手を合わせた。

帰りの電車の中で、正一はぼんやりと窓の外を見ていた。
毎日、一生懸命頑張る。大きなことじゃなくていい。ラジオ体操をして、緑茶を飲んで、車を譲って、妻と話す。それだけのことを、続ける。
それが、起きてこなかった仲間たちへの、正一なりの弔い方だった。


第五章 還暦を越えると

十二月になると、正一は手帳を買い替える。
毎年、同じ文具店で同じ型の手帳を買う。店主の老婆も、もう何も言わずに棚から取り出してくれる。「今年もどうぞ」「また来年も」それだけのやり取り。それが正一は好きだった。
今年の手帳の最初のページに、正一は三つだけ書いた。

  健康。
  安全。
  安定。

それから少し考えて、四つ目を書いた。

  間に合うだけのカネ。

幸子が覗き込んで、「欲がないわね」と言った。
「欲はある。ただ、身の丈に合ってるだけだ」

还暦を越えると、何かが変わる気がしていた。五十のときは「これから」という感覚が残っていた。六十になると、「これから」より「これまで」の重さが増した。後悔がないわけじゃない。もっとこうすればよかったと思うことは、いくつもある。
だが、今さら変えられないことを悔やむより、今日をどう生きるかの方が大事だ。
明日も、明後日も、その次も。後悔せぬように生きてみる。

年末の夜、正一は縁側に座って夜空を見た。幸子が熱燗を一合持ってきて、隣に座った。
「来年も生きてたいな」と正一は言った。
幸子は少し笑って、「生きてなさい」と言った。
「命令か」
「お願い」

二人で、黙って月を見た。
冷たい空気の中に、金木犀の残り香のような、何か甘いものが混じっていた気がした。気のせいかもしれない。でも、そういう気のせいを大切にするのが、六十二歳の生き方だと正一は思っていた。


エピローグ

翌朝、六時半。
正一はいつものようにスマートフォンを手に取り、台所の窓を開けた。
冷たい空気が入ってきた。庭の土が、夜露に濡れていた。
アプリを起動する。ラジオ体操の音楽が流れる。
腕を伸ばす。足を開く。深く息を吸う。

生きている。

それだけで、まあいいか。

今日も、間に合うだけあれば。


──了──



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【あとがき】

この物語は、「今夜眠って、明日の朝、目を覚ます保証などない」という、ごく当たり前でいて、とても重い事実から生まれました。

年齢を重ねると、友人や同僚の訃報が少しずつ増えていきます。昨日まで元気だった人が、ある朝、起きてこなかった――そんな話も珍しくなくなります。

けれど、不思議なことに、その現実を知るほど、人は小さな幸せに敏感になる気がします。

朝の空気。
湯気の立つ緑茶。
妻との何気ない会話。
誰かに「ありがとう」と言われること。

若い頃には見過ごしていたものが、急に愛おしくなる。

橘正一という男は、とても普通の人です。だからこそ、書きながら何度も思いました。「こんな人、どこかにいるな」と。

もしかすると、それは私たち自身なのかもしれません。

どうか今夜、ゆっくり眠れますように。そして明日の朝、また静かに目を覚ませますように。

読んでくださり、本当にありがとうございました。