ー本日 Kindle掲載予定ー



あの時、曲がった交差点
〜たか、なかったか…〜


【まえがき】

人生には、不思議な瞬間があります。

たった一歩。
たった一本。
たった一秒。

それだけで、その後の景色が大きく変わってしまうことがあります。

あの大学に受かったか、受からなかったか。
あの会社に入れたか、入れなかったか。
あの電車に乗れたか、乗れなかったか。
あの時、あの交差点を曲がったか、曲がらなかったか。

振り返れば、私たちの人生は「たか、なかったか」の積み重ねです。

けれど、人間というものは不思議なもので、選ばなかった側の人生ほど、良く見えてしまいます。

「あっちを選んでいれば、もっと幸せだったかもしれない」
「あの時違う決断をしていたら、もっと楽だったのではないか」

そんなことを、人生のどこかで誰もが一度は考えるのではないでしょうか。

この物語は、そんな「もしも」と「こちら側」の物語です。

人生に正解があるのかどうか、私はまだ分かりません。

ただ一つ言えるのは、たくさん迷い、たくさん失敗し、それでも今こうして生きているならば。

きっと、その道にも意味があったのだろうということです。

もし今、あなたが何かを後悔していたり、選ばなかった道を眺めて立ち止まっていたりするなら。

この物語が、少しだけ肩の力を抜いて、「まあ、これで良かったのかもしれない」と思える時間になれば嬉しく思います。

――では、ご同輩。

少しだけ、人生の交差点を一緒に歩いてみませんか。




プロローグ:秒速一コマの分岐点
「たか、なかったか……」

洗面台の鏡に向かい、少しばかり白髪の混じった髪を整えながら、私は小さく呟いた。
鏡の中の男は、還暦という人生の大きな節目をとうに過ぎ、それなりの年輪を刻んだ顔をしている。若い頃には想像もしなかった「60代の自分」が、そこには確かに立っていた。
ふと、今朝の記憶が脳裏をよぎる。
駅へと向かういつもの一本道。わずか一秒、靴紐を結び直すために立ち止まった。そのせいで、目の前で信号が赤に変わった。
もし、あの靴紐が解けていなかったら。私は今頃、一本前の電車に乗り、違う車両の、違う吊り革に掴まっていたはずだ。
そんな些細な、本当にわずかな差で、その直後の日常は大きく形を変えていく。
振り返れば、私の人生はそんな「たか、なかったか」の連続だった。
あの日、あの大学に受かったか、受からなかったか。
あの時、あの企業に滑り込めたか、入れなかったか。
あの雨の夕暮れ、あのバスに乗れたか、乗れなかったか。
あのプラチナチケットの予約が、取れたか、取れなかったか。
気が進まないながらも顔を出した、あの飲み会に、行けたか、行けなかったか……。
そう、今でも付き合いのある古い友人も、波長の合う仕事の仲間も、かつて厳しくも温かく導いてくれた先輩も、頼もしい後輩も。
その後半生を共にするパートナーですらも、実はその一瞬の、顕微鏡で覗くようなわずかな選択のズレで、ガラリと変わってしまっていたはずなのだ。
僕らは日々、その瞬間、瞬間に、選択肢を余儀なくされながら過ごしている。
容赦のない時間は、わずか一秒も待ってはくれない。「迷う間もなく、さあ、次はどちらを好む?」と、背中から小突き回されるように問われ続ける。
時には正解を選んだと胸を張り、時には大失敗だったと頭を抱える。
だが、タチが悪いことに、その選択がどちらだったのか、その場ですぐに答えが出るとは限らないのだ。
五年先、十年先、いや、こうして人生の黄昏時に差し掛かる遥か先まで歩いてきてもなお、「あの時の俺は、本当に正しかったのだろうか?」と、心の中の深い霧に迷い込むことだってある。
選ばなかった側のルートは、いつだって隣の芝生のように青く、美しく見えるものだ。「もしあっちの道に行っていれば、もっと楽に、もっと輝かしい場所へ辿り著けたのではないか」と、私たちはつい無い物ねだりをしてしまう。
しかし、本当にそうだろうか。
そっちの道にだって、私には耐えられなかったような激しい嵐や、底なしの泥濘があったかもしれない。
いずれにせよ、だ。
これまで歩んできた道に、多少の波風はあったにせよ。傷も作り、回り道もたくさんしたにせよ。
まずはこうして、今朝も無事に目覚め、自分の足で立っている。こちら側の自分が「無事」であるならば、それだけで、これまでの選択はすべて『正解』だったと思えてならない。
いや、そう思うことにしたのだ。過去の答え合わせは、未来の自分がいくらでも書き換えていい。
時計の秒針がチクタクと刻む音を聞きながら、私はネクタイを締め直した。
今、悩みながら歩いているこの道も、ほんのわずか先で、朝日に照らされて輝いて見えるかもしれない。
私は心の中で、見知らぬ、けれど同じ時代を生き抜いてきた戦友たちに、そっと呼びかける。
――なあ、ご同輩。あんたも今、そう思いながら歩いているかい?


第一章:一本あとの江ノ電
私の記憶の針は、一気に1970年代の後半へと巻き戻る。
当時、10代後半だった私は、小遣いを叩いて買った中古のシングルフィン・ロングボードを抱え、暇さえあれば湘南の海へと通っていた。ゴッデスのTシャツを羽織り、フレアのパンツにビーサンを履いて、潮風に髪をなびかせる。それが当時の私のすべてだった。
あの日、私は鵠沼の海岸で、夕暮れまで波を追いかけていた。
心地よい疲労感のなか、砂を落とし、江ノ電の駅へと急ぐ。
遠くから、遮断機のカンカンという音が聞こえた。
駅のホームには、まさに今、藤沢行きの緑色の古い車両が滑り込もうとしている。
「あ、乗れるか?」
私はサーフボードを抱え直して走った。しかし、あと数メートルのところで、無情にもプシューと扉が閉まる。窓ガラスの向こうで、数秒前まで私のすぐ後ろを歩いていた見知らぬ男が、吊り革を掴んでこちらを見ていた。
乗れなかった。私はホームに一人、取り残された。
「ちぇ、ついてないな……」
そう呟きながら、次の電車を待つために、駅のベンチにどさりと腰を下ろした。潮の香りと、駅前の売店から漂うおでんの出汁の匂いが混ざり合う、夏の終わりの夕暮れだった。
15分後、やってきた次の電車に私は乗り込んだ。
車内はさっきの電車よりも少し空いていた。ドアの近くにボードを固定し、ふうと息を吐いた時、私の足元にコロンと何かが転がってきた。
見ると、小さなキーホルダーだった。イルカの形をした、色あせたプラスチック製のものだ。
「あ、それ、私のです」
声をかけてきたのは、白いブラウスを着た、私と同世代の髪の長い女性だった。
それが、のちに私の妻となる「彼女」との、最初の出会いだった。
もし、あの時。私が靴紐を気にせず、あと一歩早く走って、あの「一本前の江ノ電」に乗れていたら。私は彼女と出会うことはなかった。彼女のキーホルダーを拾うことも、それをきっかけに「よく海に来るんですか?」なんて不器用な会話を始めることもなかったのだ。
一本前の電車に乗れたか、乗れなかったか。
わずか15分のズレが、私のその後の40年を超える人生の航路を、決定づけてしまった。
あの日、ホームに取り残された私は、自分のことを「ついていない男だ」と呪った。だが、その「失敗」こそが、私の人生最大の『正解』へと繋がっていたのだ。当時の私には、知る由もなかったけれど。


第二章:あの交差点を曲がった日
時は流れ、私は社会の荒波に揉まれる30代になっていた。
バブルの熱気が日本中を包み込み、誰もが右肩上がりの幻想を追いかけていた時代。私は小さな中堅企業で、がむしゃらに働いていた。
ある秋の金曜日。時計は夜の9時を回っていた。
1週間分の疲労を背負い、私は愛車を運転して帰路についた。街頭のネオンがフロントガラスに滲む。
大きな交差点に差し掛かった。
直進すれば、いつも通りの、一番早く自宅へと帰れる退屈なルート。
左に曲がれば、少し遠回りになるが、昔ながらの古い商店街や、かつて通った喫茶店があるルート。
信号は青。いつもなら迷わず直進するはずだった。
しかし、その夜の私は、なぜか「ほんの気まぐれ」で、ハンドルを左に切った。本当に、理由なんてなかった。ただ、直進する1秒前に、なんとなくウインカーを出したのだ。
その交差点を曲がったか、直進したか。
左折してすぐの古い商店街。街灯の薄暗い影のなかで、1軒の小さなバーの前に、見覚えのある背中が立っていた。
大学時代の先輩だった。数年前に会社を立ち上げたものの、激務と孤独で押し潰されそうになり、その夜、文字通り「一人で途方に暮れていた」らしい。
「あれ? カトウじゃないか……」
驚いた顔をする先輩に誘われ、私は車を近くのパーキングに止め、その店に入った。
先輩はグラスを傾けながら、熱く、時に涙を浮かべながら、自分のビジネスの展望と、今直面している壁について語った。そして、こう言ったのだ。
「お前、うちに来ないか。お前の力が必要なんだ」
もし、あの交差点を直進していたら。私は先輩のピンチを知ることもなく、そのまま家でテレビを見て眠り、翌週も同じルーティンを繰り返していただろう。
私は悩んだ。安定を捨てるべきか、否か。
あの時、その企業に「入れたか、入れなかったか」ではなく、あえて「入るか、入らないか」の選択肢を余儀なくされた。
私は先輩の手を取った。
その後の数年間は、まさに泥をすするような忙しさだった。睡眠時間を削り、トラブルに奔走し、何度も「あの交差点を直進していれば、こんな苦労はしなかったのに」と、自分の選択を呪った。夜中のオフィスで、選ばなかった側のルートを羨ましく思い、深い霧の中に迷い込んだ。
だが、あの苦しい日々があったからこそ、私は「自分で自分の飯を食う」という本当の強さを知ることができた。そこで出会った仲間たちは、今でも私の生涯の財産だ。
あの左折は、正解だったのか、失敗だったのか。
その場では答えは出なかった。10年経っても分からなかった。けれど、今なら言える。あれは、間違いなく正解だった、と。


第三章:波風の立つ海を越えて
50代を迎える頃、私の人生には予期せぬ大きな「嵐」が吹き荒れた。
信じていたビジネスのパートナーとの決別、自身の体調の異変。そして何より、10年近く我が家の一員として、いつも私の足元でしっぽを振っていた愛犬の死。
愛犬が旅立ったあとのリビングは、耐え難いほど静かだった。
お気に入りのフリスビーを咥えて、水に飛び込むのが大好きだったあいつ。
「あの時、もっと早く異変に気づいて病院へ連れて行けていたら」
「あの時、別の治療法を選んでいたら」
頭の中で、無限の「たられば」が回り灯籠のように駆け巡る。
遥か先まで歩いてきて、それなりに人生経験を積んだはずなのに、私はまたしても「こちら側は正しかったのか?」と、過去最悪の深い迷路に迷い込んでしまった。
夜、妻と二人で、静かにリビングで苦いコーヒーを飲んでいた。
「ねえ」と、妻が私の手を握った。「いろいろあったよね、本当に」
妻の手のひらは、出会った頃よりも少し小さく、けれど温かかった。
「あの時、会社を辞めた時も、今回のことも。たくさん波風はあったけれど……。でもね、あなた。私たちは今、こうして二人で生きてる。それだけで、十分じゃない」
妻のその言葉に、私はハッと息をのんだ。
そうだ。あっちの道を選んでいれば、愛犬はもっと長生きしたかもしれない。ビジネスももっと大成功していたかもしれない。
でも、あっちの道に進んだ私には、今、私の隣でこうして優しい言葉をかけてくれる妻はいなかったかもしれない。私の頑固な性格を理解し、支えてくれた仲間たちとも、決裂していたかもしれない。
選ばなかった側を羨ましく思うよりは。
どれだけ傷だらけでも、どれだけ不器用でも、まずは無事だったこちら側が。今、ここにこうして立っている私たちが。
『正解』だったと思えたならば。
胸の奥を締め付けていた冷たい霧が、すうっと晴れていくような気がした。


エピローグ:ご同輩へのエール
時計の針は、再び現代の洗面台の前へと戻る。
私はネクタイをきゅっと締め、上着を羽織った。
玄関へ向かい、靴を履く。今朝は靴紐もしっかりと結ばれている。
ドアを開けると、まばゆいばかりの朝の光が目に飛び込んできた。
空気は少しひんやりとしていて、どこか遠くの海の匂いが混ざっているような気がした。
人生という名の時間は、今日も私に「わずか1秒も待ってはくれないぞ」とばかりに、チクタクと音を立てて並走してくる。今日もまた、無数の交差点があり、無数の「乗れるか、乗れないか」の分岐点が待っているのだろう。
時には間違えるさ。時には立ち止まって頭を抱えるさ。
だけど、それでいい。
遥か先まで歩いた後に、「これで良かったんだ」と、自分で自分の足跡にマルをつけてやればいいのだから。
私は駅へと向かうアスファルトの道を、一歩、踏み出した。
悩みながら、迷いながら歩くこの道の少し先が、朝日に反射して、キラキラと輝いて見える。
鞄を肩にかけ直し、私は小さく微笑んだ。
――なあ、ご同輩。
人生、いろいろあるけれど。
お互い、今日という「こちら側」を、最高の正解にしてやろうじゃないか。
(自由な一歩を、またここから)

(完)


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【あとがき】

最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました。

人生を長く歩いてくると、不思議なことに、成功した記憶よりも「もしあの時」が増えていきます。

あの時、言えなかった一言。
乗れなかった電車。
会えなかった誰か。
曲がらなかった交差点。

人はきっと、選ばなかった人生を時々振り返りながら生きていく生き物なのでしょう。

けれど最近、私は思うのです。

本当に大事なのは、「どちらが正解だったか」ではなく、「こちら側をどう正解にしていくか」なのではないか、と。

この本の主人公は、特別な英雄ではありません。
ただ迷い、悩み、後悔しながら、それでも今日まで歩いてきた一人の人間です。

そしてきっと、それは私たち自身でもあります。

人生には波風があります。
思い通りにならないこともあります。
理不尽も、別れも、深い霧もあります。

それでも、朝は来ます。

また靴紐を結び、玄関を開け、一歩を踏み出す日が来ます。

その時に少しだけ、

「まあ、これも悪くなかった」

そう思えたなら、きっと人生は悪くありません。

願わくば、この本が、あなた自身の人生の足跡に、小さな丸印をつけるきっかけになれたなら幸いです。

――なあ、ご同輩。

お互い、今日という「こちら側」を、少しずつでも良い日にしていきましょう。



【紹介文】

たった一本違う電車。
たった一度の気まぐれな左折。
たった一秒の遅れ――。

人生は、「たか、なかったか」でできている。

江ノ電で出会った運命の人。
偶然曲がった交差点で始まった仕事人生。
喪失、後悔、そして「こちら側」を受け入れるまでの長い旅。

選ばなかった人生を羨みながらも、傷だらけで歩いてきたすべての人へ贈る、心に静かに沁みる人生小説。

読み終えた時、きっと少しだけ、自分の過去に優しくなれる。

――なあ、ご同輩。
今日という「こちら側」を、一緒に歩いてみませんか。



【あらすじ】

還暦を過ぎた男は、ある朝、靴紐を結びながらふと思う。

「あの時、曲がったか、曲がらなかったか……」

人生を振り返れば、それは無数の「たか、なかったか」の連続だった。

一本前の江ノ電に乗り遅れたことで出会った未来の妻。

気まぐれに曲がった交差点で再会した大学時代の先輩と、新たに始まった苦しくも濃密な仕事人生。

そして、失うことでしか見えなかった「今ここにあるもの」の意味。

選ばなかった人生は、いつだって輝いて見える。

だが本当に、そちらが幸せだったのだろうか。

人生の黄昏時、一人の男が辿り着いた答えとは――。

後悔と選択の狭間を生きてきたすべての世代へ贈る、“人生の答え合わせ”の物語。