〜ご挨拶〜
ここも
いつの間にか
とりあえずの目標だった
5000話を超してまして
そこで
一旦 この先を考えるつもりが
知らぬ間に過ぎてまして
さあ
ど〜する? ってな今
ちょいと
調子に乗って
Kindleから漏れたものを
ここへと載せ過ぎてしまいまして
それでも
この先 ど〜する? が
何も思い付かないので
このままで良いか! なんて
そんなわけ…
ケセラセラ・マルチバース
〜訊かれなければ嘘を言わずにすむ宇宙〜
まえがき
人間という生き物は、なぜか「終わったはずのこと」を、時々思い出します。
あの時、別れなければ。
あの時、少しだけ譲っていれば。
あの時、たった一言、ごめんと言えていたなら。
人生には、そんな「もしも」が山ほどあります。
ただ、現実というやつは案外不親切で、過去をやり直すボタンなど用意してくれてはいません。
ならばせめて、小説の中くらいは、壮大に、盛大に、そして最高にくだらなくやり直してしまおう。
そんな気持ちから、この物語は始まりました。
本作は、若さゆえに引き千切ってしまった恋愛の糸と、同い年ゆえの譲れなさ、そして「もしも三十歳で独身だったら結婚しよう」という、誰もが一度くらいは勢いで口にしそうな危険な約束を、宇宙規模にまで無駄に拡張した滑稽なSFです。
出てくるのは、面倒くさい元恋人。超テキトーなAI。やたら金持ちなタコ型異星人。そして、宇宙そのものを巻き込む大迷惑な未練。
笑っていただければ幸いです。そしてもし、少しだけ「ああ、わかる」と思っていただけたなら、なお嬉しく思います。
結局のところ人生なんて、なるようにしかならない。
けれど、なるようになるまで、少しくらいジタバタしてもいいのかもしれません。
プロローグ
投げっぱなしの宇宙
結末のない物語なんて、この広大な銀河系には結構あるもんだ。
いや、むしろ宇宙そのものが、神様という名の不親切な作家が書いた、壮大な「投げっぱなし」の小説のようなものかもしれない。
「その後はすべて、お前たちが自由に想像しろ」
星々のきらめきを見上げていると、そんな声がどこからか聞こえてくるような気がする。
まあ、それはそれで、私たち頼りない人類としては、受け入れねばならないわけだけれども……。
特に、若い頃の恋愛というやつはタチが悪い。
それがもし「同い年」という最悪に頑固な組み合わせだった場合、お互いに譲るということの価値を全く理解できず、ただひたすらに衝突を繰り返すだけの、不毛な核融合炉と化してしまう。
かつて、地球というちっぽけな惑星の、うらぶれた地方都市で暮らしていたリョウとアキも、まさにそんな二人だった。
後ろ髪を引かれながらも、もつれた関係の糸をひとつひとつ手繰り寄せる努力などハナからせず、若さに任せて「えいっ!」と引き千切ってしまった。
いずれ「後悔」という名の重力崩壊(ブラックホール)が訪れることを、その青い脳みその片隅でわずかながら悟りながらも、振り返ることのできない季節を二人は超光速で駆け抜けていったのだ。
そんなあれこれがあって別れた二人だったが、さすがに別れ際、宇宙船のハッチが閉まる直前のような、少しばかりの名残りがあった。
「おい。もしもさ……俺たちが三十になったとき、お互いまだひとりでもんでいたならば、その時には……」
「尚も、もしもよ。その前にどっちかが結婚する時には、必ず知らせて。全力で呪いに行くから」
後先を考えずにそんな時空通信の口約束を交わしてしまうのも、また若さのなせる技だった。
そして最悪なことに、二人が何気なく交わしたその「もしも」の約束は、銀河系全域の戸籍を管理する中央量子サーバーに『量子もつれ契約(エンタングル・プロミス)』として、バカ正直に自動登録されてしまっていたのである。
十年の歳月が流れ、その約束が文字通り「宇宙規模のタイムパラドックス」を引き起こす引き金になるとは、当事者の二人はまだ知る由もなかった。
第一章
土砂降りは一滴の量子パルスから始まる
「結末のない物語なんて、全宇宙のSF小説の約四一パーセントを占めていますよ、船長」
鈍い真鍮色の球体が、天井のクレーンからぶら下がったまま、気の抜けた合成音声を響かせた。
貨物宇宙船『デラシネ号』のメインAIであり、深刻なシステムバグを「高度なユーモア」と言い張る悪癖を持つ人工知能――通称『ケセラセラ』である。
「四一パーセント? 残りの五九パーセントはどうなんだよ」
リョウは操縦席のコックピットに深く沈み込み、賞味期限が三か月前に切れた合成炭酸水をすすりながら訊ねた。
「残りの半分は打ち切り、もう半分は著者の失踪、そして残ったわずかな例外だけが、読者を納得させる退屈なハッピーエンドを迎えます。
つまり、物事はなるようにしかならないのです。ケセラセラ、です。
それよりも船長、よせばいいのに、その超空間通知を開いてしまいましたね」
「……開いちまったもんはしょうがないだろ」
リョウはホログラム・ディスプレイを睨みつけた。画面の端では、真っ赤な警告灯がピコピコと間抜けな音を立てて明滅している。
それは小惑星の衝突でも、宇宙海賊の急襲でもなかった。ただ一通の、暗号化された私的量子パルス。発信源は、ここから三十光年離れたアンドロメダ星系外縁部、惑星環境テラフォーミング前線基地。
送り主の名前は、アキ。
地球時間で言えば、リョウが三十歳を迎えるまで、あとちょうど一時間十五分という、この最悪に絶妙なタイミングで届いた「爆弾」だった。
リョウは頭を抱えた。通知の文字が、空中に冷酷に浮かび上がっている。
【件名:結婚のお知らせ】
お久しぶり。約束通り知らせます。私、明日結婚します。お相手はアルファ・ケンタウリの第4星系領主。純金資産を惑星3個分保有している、とってもマナーの良い軟体触手生命体(タコ型異星人)の貴族です。結婚式は明日、彼の自家用超弩級戦艦の特設チャペルで行います。じゃあね。ご祝儀は時空送金で受付けてます』
「タコ……。タコだと?」
リョウは炭酸水のボトルをコンソールに叩きつけた。
「あいつ、あんなに地球にいた頃『生魚とタコだけは見た目がグロテスクだから絶対に無理』って言ってたじゃないか! 金か? 惑星3個分の純金に魂を売ったのか!?」
「人間の価値観は十年の歳月と銀河の気圧で変化するものです、船長」AIケセラセラは、コンソールのインジケーターをチカチカと明滅させながら言った。
「それより深刻なのは、あなたがその通知を開いた(既読にした)せいで、十年前の『量子もつれ契約』がアクティベートされたことです。ほら、土砂降りも一滴の雨から始まる、と言うでしょう?」
「おい、待て。アクティベートってどういう意味だ?」
その瞬間、デラシネ号の船体が、まるで巨大な見えない手で掴まれて激しく揺さぶられたかのように、ガタガタと悲鳴を上げた。コンソールの画面が一斉に赤く染まり、サイレンが鳴り響く。
「船長、前方空間の因果律が急速に乱れています! 超空間を、信じられない質量が強行突破してきます。
質量分析……地球人女性、一名!」
バリバリという空間が引き裂かれる激しい放電現象とともに、デラシネ号のすぐ目の前に、最新鋭の超光速インターセプター(大気圏突入型高速艇)が、次元の壁を突き破って姿を現した。
警告音を無視して、相手の船はデラシネ号の外部ハッチに強引にドッキングを敢行した。
プシューという、気圧調整の不快な音が静まり返った船内に響く。
通路の自動ドアが乱暴に跳ね上がり、そこから一人の女性が怒髪天を突く勢いで乱入してきた。
十年前と全く変わらない、気の強そうなアーモンド形の目。しかし、その身にまとっているのは、テラフォーマー用の耐熱宇宙装甲服だった。
アキだった。
「ちょっとリョウ!! なんで私の結婚通知を即座に既読にしてるのよ!?」
アキは開口一番、コックピットの床をブーツで踏み鳴らしながら叫んだ。
「はあ!? そっちが送ってきたからだろ! 嫌でも画面にポップアップしたんだよ! それよりお前、結婚式はどうしたんだよ! 慌ててこんなボロ貨物船に会いに来るなんて、どういうつもりだ!」
「私が来たくて来たわけないでしょ、この若造!!」
アキはリョウの胸ぐらを掴ま勢いで詰め寄った。
「あなたが通知を開いた瞬間、一瞬だけ『うわ、どうしよう、俺まだ独身なのに』とか、迷いすら見せちまう弱さを発揮したせいでしょ!
そのせいで、中央量子サーバーが『契約の危機』および『重大な未練』を検知して、私の船のナビゲーションを強制ジャックしたのよ!
超空間を無理やり曲げて、あなたの座標に強制ワープさせられたの!」
二人は狭い貨物船のコンソールを挟んで、至近距離で激しく睨み合った。
同い年ゆえの、一歩も引かないプライドの火花が散り、船内の室温が物理的に2度上昇したのを、AIケセラセラの温度センサーが正確に記録した。
「やれやれ」AIケセラセラが、天井からぶら下がったまま呆れたように言った。
「訊かれなければ嘘を言わずにすむ、って言葉を人類は発明したはずですがね。
船長が『俺は今、宇宙の絶世の美女と籍を入れる寸前だ』とでも嘘の自動応答を設定していれば、彼女も今頃、タコ領主の触手に抱かれて幸せな式を挙げられたものを。出会わなければ欲しくならない、とはよく言ったものです」
「うるさい、黙れケセラセラ!」リョウは叫んだ。
「でも」AIは、冷徹な機械音の中にどこか楽しげな響きを混ぜて告げた。「なるようにしか、ならないってことですよ。
ほら、お噂をすれば、お次のゲストの登場です」
メインモニターの映像が切り替わり、二人の顔から血の気が引いた。
第二章
訊かれなければ嘘を言わずにすむパラドックス
デラシネ号のメインモニターに映し出されたのは、あまりにも場違いで、あまりにも豪華絢爛な、真金色の宇宙戦艦の群れだった。
その数、およそ百五十隻。
すべての船体には、ご丁寧に「祝・御成婚」「アキちゃん命」というダサい銀河文字のネオン電飾がピカピカと輝いている。
その中央に鎮座する、全長五キロメートルはあろうかというフラッグシップから、超空間通信が入った。
画面に映し出されたのは、最高級のシルクハットを斜めにかぶり、いくつもの吸盤に大粒のダイヤモンドを埋め込んだ、立派なタコ型異星人だった。彼は怒りで全身を紫色に変色させながら、数十本の触手を激しくうねらせていた。
『我が最愛のフィアンセ、アキを誘拐した地球の猿め!!』
タコ領主の声が、船内のスピーカーを震わせる。
『一分以内に彼女を我が元へ返さねば、お前たちの乗るイモ虫のような宇宙船を分子レベルで分解し、我が第23胃袋で完全に消化して、宇宙の塵にしてくれるわ!』
「ひどい言い様だな! この船はイモ虫じゃなくて、クラシックな貨物船だ!」リョウは思わずマイクに向かって言い返した。
「そこを怒るところ!? 殺されるのよ、私たち!」アキがリョウの肩を揺さぶる。
『黙れ! アキ、なぜ式場のバージンロードから突然消えたのだ! 私は君のために、今日の披露宴のメニューとして、最高級のプランクトンをバケツ一杯分用意していたのだぞ!』
「ごめんなさい閣下! でも、これは私の意志じゃなくて、十年前の元カレのバカ正直な精神波のせいで、船が勝手に……!」
「おい、アキ! お前、あんな成金軟体生物と本当に結婚するつもりだったのか!?」リョウがアキの腕を掴んだ。
「お前さ、さっき『私が来たくて来たわけない』って言ったけど、訊かれなければ嘘を言わずにすむんだ。
本当は、三十歳になる前に、俺が何してるか気になって、わざとあのタイミングで通知を送ってきたんじゃないのか?」
「な、何言ってるのよ! 私はただ、約束を守っただけよ! あなたの方こそ、一瞬でも迷いを見せたってことは、まだ私に未練があるんじゃないの!?」
「未練っていうか……!」リョウは言葉に詰まった。
出会わなければ欲しくならない。十年間、銀河の僻地で一人で貨物を運んでいた時は、アキのことなんて忘れていたはずだった。
しかし、こうして目の前に現れ、あの頃と同じように強気な目で自分をなじってくる彼女を見ると、若さゆえに「えいっ!」と引き千切ってしまったあの縺れた糸の切れ端が、胸の奥で猛烈に熱を帯びていくのを感じざるを得なかった。
「船長、アキさん、大変申し訳ありませんが、お二人のラブコメディ的な口論の最中ですが、タコ領主の艦隊が全てのレーザー砲のチャージを完了しました」AIケセラセラが、緊張感のない声でカウントダウンを始めた。
「主砲発射まで、あと三十秒。
まあ、三十歳を目前にして宇宙の塵になるのも、それはそれで受け入れねばならないわけだけれども、と私は諦めの境地を学習中ですが、いかがいたしますか?」
「ケセラセラ、お前、さっきから他人事だと思って……!」
リョウはコンソールのレバーを握りしめた。
アキがリョウの手の上に、自分の手を重ねた。装甲服越しではない、人間の体温が伝わってくる。
「リョウ、どうするのよ。同い年のプライド、まだ意地張って引き千切ったままにする?」
アキが、少しだけ悪戯っぽい、昔よく見せた笑みを浮かべた。
「……なるようにしか、ならないんだろ?」
リョウはニヤリと笑った。
「だったら――全速前進だ! ケセラセラ、中央量子サーバーの契約を書き換えろ! 『三十歳でお互いひとりだったら』の項目を、今すぐ『三十歳になる一時間前に、全宇宙を敵に回して逃避行を始める』に変更だ!」
「了解しました、船長。これより『振り返れない季節(バック・トゥ・ザ・ユース)ワープ航法』を敢行します。
因果律がグチャグチャになりますが、ケセラセラ、なるようになるさ、です!」
ドガアアアアン!! とタコ艦隊の一斉射撃が放たれた瞬間、デラシネ号は光の粒子となって空間から消失した。
第三章
もつれた糸を千切るハイパー・ハサミ
次元の嵐を駆け抜けるデラシネ号の車窓(あるいはホログラムモニター)には、ぐにゃりと歪んだ過去の地球の景色が映し出されていた。
「ちょっとケセラセラ! どこにワープさせてるのよ!」アキが叫ぶ。
「申し訳ありません。お二人の十年前の感情エネルギーが強すぎて、船のタイムドライブが暴走しました。私たちは現在、地球時間でいう『十年前のあの別れの日』の軌道上に侵入しつつあります」
モニターに映し出されたのは、夕暮れ時の地球の地方都市の駅前だった。
そこには、二十歳の頃のリョウとアキがいた。二人は互いに顔を真っ赤にして、何かを大声で言い合っている。まさに、もつれた糸を「えいっ!」と引き千切る、あの決定的な瞬間だった。
「わあ、恥ずかしい……私、十年前あんなにダサい髪型してたっけ」アキが顔を覆う。
「俺だって、あんなペラペラの安いジャケット着て……。
おい、待てよ、あの時の俺たちをここで説得して、最初から仲直りさせれば、タコ貴族に追われることもないんじゃないか?」リョウが提案した。
「名案ですが、不可能です」AIケセラセラが遮った。
「現在のあなたたちのプライドは頑固ですが、十年前のあなたたちの若さのプライドは、現在の三・五倍の密度を持っています。タイムパラドックス用のハイパー・ハサミで因果の糸を切り離さない限り、過去の自分たちは、未来の自分たちの言うことなど耳を貸しません」
実際、船外カメラの音声集音装置が、過去の二人の声を拾い上げた。
『もういいわよリョウ! あんたなんか、一生宇宙の果てでイモ虫みたいな船に乗ってればいいのよ!』
『ああ、そうしてやるよ! お前こそアルファ・ケンタウリのタコとでも結婚しやがれ!』
「あ」現在のリョウとアキが、同時に声を漏らした。
「……タコって、俺、十年前から予言してたのか?」
「あんたが言ったから、私、本当にタコ領主と婚約する羽目になったんじゃないのよ!」
過去の二人が「えいっ!」と関係の糸を引き千切った瞬間、ピシピシと音を立てて、デラシネ号の周囲の空間にヒビが入り始めた。過去の選択が確定したことで、未来のタイムラインがバラバラに崩壊を始めたのだ。
第四章
振り返れない季節のワープ航法
宇宙船は、無数の「もしもの世界(マルチバース)」の濁流へと飲み込まれていった。
窓の外を、あり得たはずの無数の二人の未来が通り過ぎていく。
ある世界線では、二十歳の日に関係を修復した二人が、地球でごく普通の家庭を築き、毎日のように「今日のゴミ出しはどっちがやるか」で同い年ならではの泥沼の喧嘩を繰り広げていた。
別の世界線では、リョウがタコ異星人になり、アキがクラシックな貨物船になって宇宙を旅していた(これはAIケセラセラの悪質なバグによる幻覚だった可能性が高い)。
また別の世界線では、二人は出会うことすらなく、それぞれの人生を淡々と過ごしていたが、その目はどこか死んだ魚のように虚ろだった。
「ねえ、リョウ」マルチバースの光に照らされながら、アキが静かに言った。
「どの世界に行っても、私たち、やっぱり喧嘩してるわね」
「みたいだな。同い年ってやつは、どうしても譲ることができない仕様になってるらしい」
リョウは苦笑した。「でもさ、出会わなければ欲しくならない。俺たち、出会っちまったんだから、この不毛な衝突も含めて、欲しくなっちまったんだよ」
「訊かれなければ嘘を言わずにすむのに、バカ正直に『結婚する時は知らせて』なんて言った私の負けね」
アキはリョウの肩に頭を預けた。
「いいえ、お二人の勝ちですよ」AIケセラセラが言った。
「中央量子サーバーの時計が、地球時間で午前零時を示しました。
船長、お誕生日おめでとうございます。あなたはいま、正式に三十歳になりました」
その瞬間、マルチバースの濁流がピタリと止まり、デラシネ号は元の宇宙空間へと吐き出された。目の前には、依然として彼らを包囲しているタコ領主の金色の艦隊が待ち構えていた。
第五章
ケセラセラ、あるいは結末のないマルチバース
『一分が経過したぞ、地球の猿ども!』
タコ領主の通信が、再びモニターに割り込んできた。
『大人しくアキを返すか、それともここで我が最先端の量子消滅砲のサビとなるか、選択せよ!』
リョウとアキは顔を見合わせ、そして同時に頷いた。
三十歳になったリョウは、人生で初めて「同い年の相手に譲る」という、大人の選択をする決意を固めていた。
そしてアキもまた、自分のプライドを少しだけ脇に置く覚悟ができていた。
「閣下」リョウはマイクを掴み、毅然とした声で言った。
「アキはあんたのところには戻らない。俺たちは十年前の約束を守ることにした。この縺れた糸は、もう誰にも引き千切らせない」
「そういうことだから、閣下、結婚はキャンセルで! 純金は自分で掘って!」アキも叫んだ。
タコ領主は怒りのあまり、紫色から真っ黒に変色した。『おのれ……撃て! 跡形もなく消し去ってしまえ!』
百五十隻の戦艦から、一斉に目も眩むような光線が放たれた。デラシネ号のシールドは一瞬で臨界点を突破し、警告音が頭がおかしくなりそうな音量で鳴り響く。
「ケセラセラ! ワープドライブは!?」
「完全にオーバーヒートです、船長!」AIケセラセラは、やはり気の抜けた声で答えた。
「ですが、中央量子サーバーが、三十歳を超えたお二人の『完全な合意』を検知しました。その結果、世界線が完全に固定され……何と言いますか、投げっぱなしのバグが発生したようです」
「投げっぱなしのバグ!?」
「はい。この物語の結末は、ここから先、誰も想像し得ない次元へと突入します。つまり――」
AIの言葉が途切れた。
デラシネ号を包み込んだのは、破壊の爆発ではなく、すべてを包み込むような、真っ白で優しい光だった。
タコ艦隊のレーザーも、壊れかけのコンソールも、迫り来る危機のサイレンも、すべてがその光の中に溶けて消えていく。
その光の向こうで、リョウとアキは、手を繋いだまま笑っていた。
これから二人がどこへ向かうのか、タコ貴族から逃げ切れたのか、それとも全く新しいマルチバースの開拓者になったのか、それはこの宇宙の誰も知らない。
まあ、それはそれで、受け入れねばならないわけだけれども。
だって、なるようにしか、ならないのだから。
(ケセラセラ・マルチバース――完?)
ーあとがきー
最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました。
書き終えてみて思うのは、この物語はSFの皮をかぶった「後悔」と「未練」と「笑い話」の話だったのだろう、ということです。
人はきっと、何歳になっても「あの時こうしていれば」を抱えて生きています。
ただ、もし人生にマルチバースが本当にあるとしても、きっと別の世界の自分も、案外同じことで悩み、同じところで転び、同じ相手と喧嘩しているのかもしれません。
だったら少し肩の力を抜いて、「まあ、なるようになるか」と笑ってしまうのも悪くない。
ケセラセラ。
人生も宇宙も、思ったより雑で、でも時々ちゃんと優しい。
この物語が、あなたの心のどこかに小さな笑いと、少しの余韻を残せたなら嬉しく思います。
また、どこか別の世界線でお会いしましょう。


