モテモテくんとモテないくん
〜失礼ながら、普通が最強という結論〜
プロローグ
世の中には、なぜかモテる人がいます。
そして、なぜかモテない人もいます。
「顔だろ」「年収だろ」「コミュ力だろ」と、人は色々言います。
けれど、少し年齢を重ねると、こんな疑問が出てきます。
――本当に、それだけだろうか。
格好いい人なのに、なぜか疲れる人。
地味だけど、一緒にいると安心する人。
優しいようで雑な人。
不器用だけど、ちゃんと人を見ている人。
人間は、案外単純ではありません。
この物語は、モテる男を羨み、モテない自分を笑いながら、それでも「普通って何だろう」と考え続けた人たちの話です。
少し偏見があります。
少し失礼です。
少し面倒くさいです。
でも、もしかしたら、どこかに自分がいるかもしれません。
唐揚げが冷める夜も、既読がつかない日々も、誰かと定食を食べる静かな時間も、人生には案外必要なのだと思います。
失礼ながら、肩の力を抜いて読んでいただけたら嬉しいです。
序章
「諸君、聞いてくれ」
金曜夜、赤羽の居酒屋。
唐揚げが冷めるのも構わず、田中誠は立ち上がった。
「外見の良い男に、中身の良い男はいない」
「おお……」
「100%、例外なくだ!」
「異議なし!」
テーブルを囲む男四人。平均年齢三十三・八歳。平均交際期間〇・六年。
彼らこそ、現代日本が失念した観察者集団「モテないくん学会」である。
「いいか、思い出せ。大学の桐生だ」
「ああ……」
「顔面国宝、桐生颯太」
「女の前では『重い荷物持つよ』って言うくせに」
「サークルの打ち上げの皿、一枚も下げなかったからな」
「LINEは女にだけ即レス。俺らのグループは既読三年」
小林が焼酎をあおった。
「なのにな、女たちは引っかかる。なぜだ?」
「外見だよ」
「そう、外見。奴らは外見で決めるから失敗する」
「俺たちは知っているのにな」
「長年、横目で見てきたからな」
沈黙。
唐揚げに、誰も箸をつけない。
この学会では、唐揚げが冷める時間が、真実の重さだった。
「だがな」
誠が続ける。
「外見の悪い男もまた、ダメなんだ」
「「えっ」」
「気を使わな過ぎる。爪は伸び、服はヨレヨレ、口を開けば会社の愚痴」
「「……」」
「ようするに」
誠はジョッキを掲げた。
「普通が良いのだな」
「「おお……」」
全員が頷く。
その瞬間、店員が唐揚げの追加を持ってきた。
「失礼します」
「「失礼ながら!!」」
店員が一歩引いた。
モテないくん学会は、今日も平和である。
第一章
外見100点、中身0点の法則
大学二年の春、事件は起きた。
新歓コンパ。場所は渋谷のチェーン居酒屋。
俺たち非モテ四天王は、隅の席でキャベツをつついていた。
その中心に、桐生颯太はいた。
「佐藤さん、飲み物大丈夫?」
「え、あ、はい」
「無理しないでね」
女の子たちが溶ける。
俺は見た。桐生が一滴も飲んでないウーロン茶を、店員に下げさせた瞬間を。
二次会、カラオケ。
「田中くんも歌おうよ」
女の子に振られて、俺がマイクを握る。
その隙に、桐生は受付で延長料金を全て同期の財布から出させていた。
三次会、解散。
「俺、終電だから」
桐生は颯爽と去った。
残された男三人で、割り勘の小銭を数える。
レシートには、桐生が頼んだシャンパン二本の文字。
翌朝、サークルのグループLINE。
桐生『昨日はありがとう!みんな楽しかったね!』
女の子『颯太くん優しかった』『気遣いすごい』
俺たちの既読は、つかなかった。
それから三年、既読はつかなかった。
「分かるだろ?」
赤羽の居酒屋で、誠は言う。
「外見の良い男に、中身の良い男はいない」
「100%」
「例外なくだ」
小林が頷く。山田が泣く。渡辺が唐揚げを食う。
冷めた唐揚げは、真実の味がした。
第二章
外見0点、気遣いも0点の悲劇
モテないくん学会の副会長、小林。
身長百六十八、体重八十、趣味はアニメと深夜ラジオ。
彼は言う。
「俺は外見で判断しない。内面を見る」
その理念は尊い。
だが、理念だけだった。
ある日、会社の飲み会。
新入社員の佐藤ひかりが隣に座った。
「小林さん、普段何されてるんですか?」
チャンスだった。
小林は答えた。
「寝てる」
「……」
「休日は基本、寝てる。あとはソシャゲ。課金は月三万」
「すごいですね」
「でしょ。あ、爪切ってないからポテチ食う時気をつけて」
ひかりの笑顔が、0.2秒止まったのを俺は見逃さなかった。
二次会、帰り道。
小林が言う。
「誠、見たか?ひかりちゃん、俺に興味あったぞ」
「どこで?」
「『すごいですね』って言ってた」
「あれは相槌だ」
「違う。あれは好意の『すごい』だ」
翌週、小林は会社にヨレヨレのTシャツで来た。
胸には『ネタバレ厳禁』の文字。
ひかりは一日、そのTシャツを二度見していた。
「なあ誠」
昼休み、小林が言う。
「清潔感って、何?」
「……」
「毎日風呂入ってるぞ。週二で」
俺は悟った。
外見の悪い男もまた、ダメだ。
彼らは、気を使わな過ぎる。
その夜、学会は緊急招集された。
議題:「小林をどうするか」
結論:「普通が良いのだな」
失礼ながら。
第三章
普通という名の最終兵器
佐藤ひかりは、普通だった。
美人すぎない。愛想が良すぎない。
でも、誰の話もちゃんと聞く。
桐生颯太の自慢話にも、小林のソシャゲ語りにも、同じ温度で相槌を打つ。
飲み会でも、サラダを取り分けない。桐生に媚びた笑顔も見せない。
なのに、一次会の終わりに潰れた小林の前に、黙って水のグラスだけ置いていった。
誰にも言わない。ドヤらない。
ただ、置いていった。
「あの子、普通センサー持ってる」
学会で山田が言った。
「モテモテくんにも、モテないくんにも、点数つけてない」
俺の勘が騒いだ。
これは、10年に一度の案件だ。
翌日、俺は決意した。
普通になる。
美容室。
「今日はどうします?」
人生で一番真剣な顔で言った。
「一番普通にしてください」
「……普通、ですか?」
「はい。普通でなきゃNOらしいんで」
「誰に?」
「仙人に」
美容師が遠くを見た。
十分後、鏡には“証言者の少ない容疑者”みたいな男がいた。
記憶に残らない。特徴がない。
完璧な普通。
次は服。
ユニクロで白シャツ、黒スラックス、ネイビーのジャケット。
マネキン買い。
店員に「就活ですか?」と聞かれた。
「婚活です」と答えそうになった。
会社。
「田中さん、今日なんか……」
ひかりが言った。
「はい」
「……清潔ですね」
「ありがとうございます」
「就活ですか?」
「違います」
心の中で叫んだ。
普通だ!俺は今、普通だぞ!
だが、普通は難しかった。
昼飯を誘えない。欲を出すなって内なる仙人が言う。
LINEも聞けない。損得抜きって内なる学会が言う。
結局、俺にできたのは「お疲れ様です」を少し優しい声で言うことだけだった。
そしてひかりは、同じ温度で「お疲れ様です」を返してくれた。
その日、俺は悟った。
普通が、一番難しい。
第四章
失礼ながら…の反乱
事件は、木曜に起きた。
「田中さん、ちょっといい?」
昼休み、屋上に呼ばれた。
相手は、桐生颯太。
顔面国宝。営業成績1位。女受け100点。
モテないくん学会の敵。
身構えた。
「何ですか」
「あのさ」
桐生は、空を眺めた。
「俺さ、モテなくて悩んでるんだよね」
「は?」
世界が止まった。
鳩も止まった。
「いや、本当に。佐藤さん、ひかりちゃんと仲良いじゃん」
「仲良く……ないです」
「でも、普通に話してる。俺が行くと、なんか敬語になるんだよ」
「そりゃあなたが……」
「外見だけなんだよ」
桐生が、俺の目を見た。
「飲み会とか、俺が払うの当然みたいな空気になる。相談乗っても『颯太くんなら大丈夫だよ』で終わる。俺の話、誰も聞いてない」
「……」
「この前、後輩の子に言われたんだ。『颯太さんって、人の話聞いてないですよね』って。図星すぎて、何も言えなかった」
「……」
「田中さんみたいに、普通がいいなって」
裏切られた。
モテモテくんが、モテないくん側に寝返った。
その夜、学会は紛糾した。
「桐生を学会に入れるか?」
「断固反対!奴は100%中身がないはず!」
「でも悩んでたぞ」
「演技だ!女の前での態度だ!」
「でも男の俺の前で態度変えてた」
「「……」」
小林が唐揚げを落とした。
「じゃあ……俺たちの理論、崩壊?」
誰も答えられなかった。
冷めた唐揚げが、ただ悲しかった。
店員が来た。
「失礼します」
誰も「失礼ながら」と言えなかった。
学会始まって以来の敗北だった。
終章 結論、普通が一番難しい
金曜の夜、会社帰り。
駅前で、ひかりに会った。
「田中さん」
「お疲れ様です」
「あの、相談があって」
心臓が跳ねた。
ついに来た。10年分の観察が報われる時。
「桐生さんのことなんですけど」
「……はい」
「今日、屋上で『普通になりたい』って言ってて」
「はあ」
「田中さんて、普通ですよね。どうしたら普通になれますかね」
俺は、空を見た。
普通の教え方なんて、知らない。
俺も、美容室で「普通にしてください」って頼んだ口だ。
「……難しいですよ」
「ですよね」
ひかりが笑った。
「桐生さん、格好いいし優しいけど、なんか疲れそうで」
「……」
「小林さんも面白いけど、一緒にいると私までヨレヨレになりそうで」
「はは」
「田中さんは、失礼ながら、その中間というか」
失礼ながら。
その言葉が、胸に刺さった。
「俺も、中の下です」
「違いますよ」
ひかりは言った。
「ちゃんと人の話聞いてくれるし、無理に面白くしようとしないし」
「……」
「それって、すごく難しいことだと思います」
10年間、横目で見てきた。
モテモテくんを恨み、モテないくんを嘆き、普通が良いと結論づけた。
でも、普通は、なるものじゃなかった。
気取らず、嘘をつかず、欲を言いすぎず。
ただ、それを続けることだった。
「ひかりさん」
「はい」
「飯、食いに行きますか」
「いいですね」
「普通の、定食屋で」
「行きましょう」
その日、俺たちは白米を食った。
味噌汁と、アジフライと、冷奴。
特に会話は弾まなかった。
でも、帰り道。
駅の改札で別れる時、ひかりが改札通ったあと、小さく呟いた。
「アジフライ、美味しかったですね」
周りの雑音で、たぶん俺にしか聞こえなかった。
振り向かなかった。でも、聞こえた。
失礼ながら、
普通が、一番難しい。
そして、一番強い。
エピローグ
鳴海仙人のメモ
数ヶ月後。
赤羽の居酒屋。
モテないくん学会は、解散した。
桐生は、営業から人事に異動した。
「人の話を聞く仕事がしたい」って。
小林は、週三で風呂に入るようになった。
「清潔感って、他人のためだな」って。
俺は、ひかりと月に二回、定食屋に行く。
付き合ってはいない。
でも、LINEは続いている。
既読も、ちゃんとつく。
「諸君」
最後の学会で、俺は言った。
「外見の良い男に、中身の良い男は、いるかもしれない」
「「えっ」」
「外見の悪い男も、気を使えるようになるかもしれない」
「「……」」
「ようするに」
ジョッキは掲げなかった。
「普通は、更新されるのだな」
誰も、失礼ながらと言わなかった。
店を出る時、テーブルの箸袋に文字があった。
誰が書いたか分からない。
酔った小林か、悩んでる桐生か、未来の俺か。
『モテる奴もモテない奴も、飯はちゃんと食え。
慌てず、ゆっくり、良く噛んで。
以上』
鳴海仙人、と小さくサインがあった。
俺は笑った。
そして、コンビニで半額の弁当を買って帰った。
ちゃんと、温めて。
ちゃんと、座って。
ちゃんと、食った。
失礼ながら、
それでいいのだ。
あとがき
この物語を書きながら、何度も思いました。
「普通」って、何だろう。
若い頃は、特別になりたかった気がします。
モテたい、認められたい、勝ちたい。
誰かより上に行きたい。
けれど人生は、少しずつ教えてくれます。
ちゃんと話を聞くこと。
ちゃんと食べること。
ちゃんと清潔にすること。
ちゃんと無理をしすぎないこと。
そんな当たり前が、案外いちばん難しい。
そして、その難しいことを続けられる人を、人は「安心する人」と呼ぶのかもしれません。
この作品に出てくる登場人物たちは、どこか不器用です。
偏見もあるし、勘違いもするし、妙な自信もあります。
でも、それでも前に進もうとしています。
少しずつ。失礼ながら。
もし読み終えたあとに、
「まあ、普通でいいか」
「今日はちゃんと飯を食うか」
そんな気持ちになっていただけたなら、とても嬉しく思います。

