〜ご挨拶〜
確かに
命について考えることが増えた
そして
そんな文章も増えた
昨今
仲間たちから
生き急いでないか? と
問われるのは
Amazon Kindle に
そしてまた
ここにも
数多く投稿をしているからで
どした?
大丈夫か? と
連絡を貰うことばかり
還暦に辿り着いた時とは
何かが違う
この65という齢は
古希へとまっしぐらな
途中休憩のない
高速バスに乗り込んだかのような
時間が
何倍にもスピードを増して
目の前を通り過ぎて
いや
その時間の中に呑み込まれて
脱出口のない
その中で
もがいているかのような
そんな感覚に襲われている今
ならば
長年 書き溜めて置いた
多くを吐き出すタイミングかと
パソコンと格闘しながら
わずかにそれらの
仕上げを急いでみる
いつか描き溜めた落書きに
短編の物語を添えて
大人の絵本を出したかった
一枚の落書きの物語 などと
夢を見て来たけれど
なかなか
そんなチャンスには恵まれず
ならば
Kindleでと
吐き出し始めてみた
これで
ネット上にだけは
何かを残せたよと
苦笑いしながらも
残りの持ち時間と相談しながら
もう少し
急いでみようかと
長年溜め込んだ物語を
掘り起こし確かめてみる
そんなことだよ
ご同輩…
命のポイント、宇宙で使えます
~ある変わり者科学者の、逃げるだけの銀河旅行~
まえがき
人は時々、どうでもいいことから、とんでもないことを考え始めます。
スーパーのポイントカード。焼きすぎたトースト。朝食の目玉焼き。
そんな日常の隅っこに転がっている、小さな「なぜ?」。
本作は、そんな問いから始まりました。
もし、命にもポイントのようなものがあったなら。
もし、自分が今まで食べてきた命の時間を、誰かに少しだけ分けられるとしたら。
それは善意なのか。傲慢なのか。希望なのか。
あるいは、宇宙規模の大迷惑なのか。
この物語には、宇宙人が出てきます。宇宙船も出てきます。食堂も出てきます。サバの味噌煮も、たい焼きも出てきます。そして少しだけ、命について考える時間も出てきます。
ただし、この本は答えを与える本ではありません。
問いを持ち帰ってもらえたら、それで十分です。
読み終わったあと、夕飯を少しだけ丁寧に食べたくなる。誰かに少し優しくしたくなる。そんな物語になっていたら嬉しいです。
それでは、命のポイントが宇宙で使えるかもしれない旅へ。
いってらっしゃい。
「この宇宙で最も無駄なものは何か?」
「それは、使われなかった命だ」
― 銀河命題管理局・非公式パンフレット(絶版)
プロローグ:朝7時14分の啓示
田中ヨシオが「命にはポイントがある」という真実に気づいたのは、近所のスーパーのポイントカードが満杯になった朝のことだった。
財布の中で化石のように眠り続けていたそのカードには、気づけば8,432ポイントが蓄積されていた。有効期限は今日まで。
「もったいないな」
彼はつぶやきながら、トースターの前に立っていた。焼き上がりを待つ間、ふと思った。
もし命にもポイントがあって、死にかけている人に分けてあげられたら?
トーストが跳ね上がり、彼の額に直撃した。
田中ヨシオ、享年推定52歳(本人も正確な年齢を把握していない)。
職業:生命熱力学研究者(無職に限りなく近い)。
特技:あらゆる食材の「前世」を想像すること。
趣味:死なないこと。
彼が「命のポイント移転理論」を思いついた瞬間から、宇宙はさりげなく、しかし確実に、彼に向かって転がり始めた。迷惑な話だが、宇宙はそういうことが好きなのだ。
第一章:62億の命を背負った男
田中ヨシオの朝食は、いつも哲学的だった。
それは彼が特別に深遠な人間だからではなく、単純に、食べるたびに計算してしまうからだった。
「今日の目玉焼き。鶏が卵を産むのに約26時間。飼育期間約18週間。餌の大豆は……」
彼は箸を止め、スマートフォンのメモアプリに打ち込んだ。
鶏:126日 × 1羽分。
大豆:栽培日数90日 × 推定0.3kg分。
合計、この一個の卵に関わった命の時間:約7,240時間。
「おはよう、またやってんの」
台所に入ってきた妻・田中ハナコ(53歳、元保育士、現在はヨシオの「奇行管理係」を自称)が、冷蔵庫を開けながら言った。
「ハナコ、聞いてくれ」ヨシオは立ち上がった。「僕の体には、今まで食べてきたすべての命が蓄積されている」
「そうね」
「豚、牛、魚、鶏、野菜、果物……計算したんだ。僕が生まれてから今日まで52年間で摂取した命の総数は、推定62億に相当する」
ハナコはオレンジジュースをコップに注ぎながら、「62億って地球の人口くらいね」と言った。
「そう!だから僕は一人じゃない。僕という体には、62億の命が詰まっている。だとすれば、この命を無駄にすることは……」
「62億の命を無駄にすることになる、と。去年も同じこと言ってたわね」
「今年はさらに進化した」
ヨシオは自作の図を広げた。コーヒーのシミと鉛筆書きで埋め尽くされたA3用紙には、「命のポイント移転理論(仮)」と書かれていた。
「命の時間を、ポイントみたいに分け合えたら?」
ハナコは一口ジュースを飲み、夫をじっと見た。
「それ、誰かに言いたいの?」
「世界に。いや、もっと広く」
「もっと広く、って……宇宙に?」
「なぜわかった?」
「わかりたくなかった」
◆
田中ヨシオの研究室は、自宅の六畳間にあった。
「研究室」と呼ぶには勇気が必要な空間で、床には論文と食べかけのポテトチップスが共存し、ホワイトボードには数式と「ゴミ出し火曜日」という注意書きが同居していた。
彼の肩書は「生命熱力学研究者」だが、大学を追われたのは8年前だ。理由は「研究費を使ってサバの生涯エネルギー収支を500ページにわたって計算し、査読者全員を発狂させた」からだった。査読者の一人は今もサバを見ると震えるという。
ヨシオはホワイトボードに書き込んだ。
命のポイント移転理論(LIFE POINT TRANSFER THEORY) 略称:LPTT
前提:すべての生命体は他の命を摂取することで存続する。摂取された命の「時間」は体内に蓄積される。この蓄積量は理論上、計測・移転可能である。
仮説:もし命の時間を単位化(ライフポイント=LP)し、個体間で移転できるならば、「死にかけている存在」にLPを集めることで延命が可能ではないか?
彼はペンを置き、自分の書いたものを眺めた。
「完璧だ」
その瞬間、六畳間の窓が内側から光った。
正確には「光った」というより「別の場所の光がここに迷い込んできた」という感じの、形容しがたい発光だった。オレンジと緑と、何故かわずかに焦げ臭さを含んだ光だった。
光の中から、何かが落ちてきた。
畳の上に落下したそれは、縦30センチほどの、金属とも有機物ともつかない素材でできた直方体だった。表面には文字が刻まれていたが、日本語でも英語でもなかった。
ヨシオはそれを拾い上げ、眼鏡を直し、じっくり観察した。
科学者としての本能が告げた。これは地球製ではない。
人間としての本能も告げた。ハナコには言わないほうがいい。
直方体はぶるっと震え、表面の文字が切り替わった。今度は日本語だった。
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銀河命題管理局(Galactic Proposition Management Bureau)緊急通達 第7,749,203,847号
拝啓、地球座標系・東アジア区画・日本列島・某所在住の生命熱力学研究者(無職に限りなく近い)殿。
あなたが本日9時14分(地球時間)に着想した「命のポイント移転理論」は、銀河命題データベースにおいて「重大命題」として自動登録されました。おめでとうございます。
なお、この理論は現在、宇宙の7つの文明が「命の選別」問題の解決策として争奪中です。あなたの身の安全は保証できません。逃げることをお勧めします。
以上。
追伸:ポイントカードの8,432ポイントは今日で失効します。使ってください。
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ヨシオはメモを読み返した。三度読んだ。
「ハナコ!」と叫んだ。
台所からハナコの声が返ってきた。「何?」
「僕、逃げることにした!」
「どこへ?」
「アメリカの田舎町か、ニュージーランド」
「………なぜ急に?」
「宇宙規模の話になったから」
沈黙が3秒続き、ハナコの声がした。
「朝ごはん食べてから行きなさい」
第二章:銀河命題管理局とは何か
宇宙には、問題がある。
問題は二種類ある。解決できる問題と、解決したら別の問題が生まれる問題だ。後者の代表例が「命の選別」だった。
数千年前(地球時間換算)、銀河系第4腕に位置するヴェルガン文明が初めて「命の優先度評価システム」を開発した。老人より若者、病者より健常者、という単純なロジックで命を数値化しようとしたのだ。
結果は壊滅的だった。
評価システムが最初に「最も命の優先度が低い」と判定したのは、システムを開発した科学者たち本人だった。彼らは高齢で、虚弱で、社会的生産性が低かったからだ。科学者たちは抗議したが、システムは「抗議行動は非生産的活動としてさらにポイントを減算する」と答えた。
ヴェルガン文明は2週間で崩壊した。
この教訓から設立されたのが「銀河命題管理局」だ。略称GPMB。モットーは「命の問いに、解答を出すな。ただし登録はせよ」。GPMBの主な業務のうち、最も多いのは「どうしようもなくなったら担当者を現場に送ること」だった。
◆
GPMBの地球担当官、その名もズヴ・オーパ(見た目は中年の日本人サラリーマンに完璧に擬態できるが、実際は3本の触手を背中に隠している)は、田中ヨシオの六畳間の前で頭を抱えていた。
「なぜこんな星で……」
彼のモノリス型通信機には、上司からのメッセージが届いていた。
至急:ズヴ・オーパ担当官へ。地球座標系の対象者・田中ヨシオが「命のポイント移転理論」を着想。現在、ケルヴ帝国(命の選別の科学的根拠にしたい)、解放戦線ノーム(選別不要を証明したい)、ポルグ商会(商品化したい)、学術連盟コスモス(純粋に研究したい)、その他3勢力(動機不明)が地球に向かっています。対象者の身辺保護と理論の悪用防止が急務です。なお予算はありません。健闘を祈ります。
ズヴ・オーパは通信機をしまい、インターホンを押した。スピーカーからハナコの声がした。「はい」
「あの、宅配便なんですが」
「あら、ご苦労様です。何の荷物?」
「銀河命題管理局からの、緊急避難のご案内です」
沈黙が5秒続いた。
「主人、またやらかしましたか」
「着想レベルでは宇宙最大級の案件です」
「……お茶でもいかがですか」
田中ヨシオは、ズヴ・オーパと向かい合って座った。
ズヴ・オーパはどこからどう見ても普通の中年サラリーマンで、くたびれた紺のスーツを着ており、ネクタイが少し曲がっており、目の下に濃いクマがあった。宇宙人というより過労の会社員に見えた。実際、過労だった。銀河規模で。
「つまり」ヨシオは言った。「僕の理論が宇宙で問題になっている?」
「なっています」
「なぜ?」
ズヴ・オーパはため息をついた。宇宙担当官17年目のため息だった。
「あなたの理論は『命の選別』という概念に、新しい軸を提供します。これまでの選別論は『どの命が価値があるか』という評価軸でした。しかしあなたの理論は『命の時間は移転できる』という前提を持ち込んだ。これは選別を肯定する側にも否定する側にも、極めて都合のいい道具になり得る」
「道具になってほしくない」
「知っています。しかし宇宙は、便利なものを道具にするのが得意です」
「で、僕はどうすればいい?」
「逃げるのが最善です」
「どこへ?」
「とりあえず地球外に」
ヨシオは少し笑った。二人はハナコを見た。ハナコはお茶をすすりながら、「私は留守番でいい」と言った。
「逃げながら論文を書けと、そういうことですか」ヨシオが確認すると、ズヴ・オーパはうなずいた。
「その場合、もし万が一のことがあったら」ヨシオが言うと、ハナコが静かに割り込んだ。
「それは自殺じゃなくて他殺ね。犯人探すわ」
「犯人は宇宙にいるよ」
「そしたら宇宙まで乗り込むわ」
ズヴ・オーパは二人を交互に見た。地球人は時々、理解できない強さを持っている。17年で学んだことだった。
第三章:宇宙船は思ったより狭い(そして匂いがある)
ズヴ・オーパの宇宙船は、近所のコインパーキングに止まっていた。
見た目は白いワンボックスカーで、「有限会社オーパ総合管理」というマグネットシールが貼られていた。社名のフォントが少し歪んでいた。
「これが宇宙船」とヨシオが言った。
「現地調達の擬装です。手配が遅れて、これしかなかった」
「社名のフォントが歪んでいる」
「3分で作ったので」
「なるほど」
車内に乗り込むと、外見より明らかに広かった。「外側から見ると2列シートなのに、中が新幹線の自由席くらいある」とヨシオが言うと、ズヴ・オーパは「比喩の精度が独特ですね」と言った。
首都高の合流地点で、白いワンボックスカーは突然上昇した。窓の外で東京の夜景が急速に小さくなり、雲を突き抜け、大気圏の境界線を越えた。
地球が丸く見えた。
ヨシオは窓に顔を寄せた。真っ暗な宇宙に浮かぶ青い星。ここから見ると、62億どころか80億の命が詰まっているとは思えないほど静かだった。
「きれいだな」
「よく言われます」
「君も思う?」
ズヴ・オーパは少し間を置いた。「私の故郷の星は、こんな色じゃない。だから余計に、きれいに見えます」
「故郷は何色?」
「茶色と紫の縞模様です。地球人には不評らしい」
「僕はいいと思う。縞模様は好きだ。サバも縞模様だし」
「……サバですか」
「うちで一番研究した魚です」
「次の目的地は『第8補給ステーション』です」とズヴ・オーパは言った。「銀河の外縁部にある中立地帯。そこで身を潜めながら、理論を完成させます」
「逃げながら論文を書くのか」
「乱暴に言えばそうです。完成した命題は、それ自体が防衛になります。どの勢力も、完成した理論の『一部』は切り取れない」
「タイトルはもう決まってる」
「何ですか?」
ヨシオは窓の外の宇宙を見た。
「『命の選別は、誰もしてはならない。だからこそ、命は自分で選ぶ』」
ズヴ・オーパはしばらく黙っていた。
「……長いですね、タイトルとして」
「短くする気はない」
「そうですか」
宇宙船は加速した。
第四章:第8補給ステーションの住人たち
第8補給ステーションは、銀河の外縁部に浮かぶ、古びた宇宙港だった。見た目は昭和40年代の地方駅に似ていた。(これは偶然ではなく、設計者が地球のデザインに傾倒していたからだが、本人は認めていない。)
ホームには様々な生命体が行き交っていた。四本足で二本の触手を持つ生物が新聞(銀河版)を読んでいた。紫色の蒸気を吐きながら荷物を運ぶロボットがいた。全身が半透明で体内の臓器が透けて見える存在が、窓口でチケットを買っていた。
ヨシオはきょろきょろしながら歩いた。
「あそこの存在、肝臓が見える」
「彼らは透過種です。外見が完全にオープンなため、嘘をつくのが苦手です。銀河一誠実な種族として知られています」
「見えることで誠実になるのか。おもしろい」
補給ステーションの奥に、小さな食堂があった。看板には銀河共通語と日本語で「食堂・なんでもあり」と書いてあった。
食堂に入ると、カウンターに大きな存在が座っていた。身長2メートル超、全身に赤茶色の短毛が生え、顔は何となくカバに似ていた。しかし割烹着を着ており、手元では味噌汁を作っていた。
「いらっしゃい」と、その存在は完璧な日本語で言った。「何にします?」
「何がありますか?」とヨシオが聞くと、
「この宇宙で食べられるものなら何でも。ただし材料は今あるもので」
「サバの味噌煮はありますか?」
食堂の主は目を輝かせた。(目が3つあったので、輝かせる面積が多かった。)「地球人久しぶりだ! サバ、あるよ!」
食堂の主の名前は、発音できないので「サチコさん」と呼ぶことにした。
サチコさんはヴォルガ星系第3惑星の出身で、「食で命をつなぐ」という文化を持つ種族だった。彼らの哲学では、食べることは「命の変換」であり、食事を作ることは「命のバトンを渡す聖なる行為」とされていた。
「だからあなたの話、すごくよくわかる」とサチコさんは言い、サバの味噌煮と味噌汁を出しながら続けた。「命はもらって、変えて、渡す。ずっとそれだけ」
「それを理論にしたら、宇宙が騒ぎ出した」
「それはそうよ。みんな、答えが欲しいから」
「答えじゃなくて、問いのつもりだったんですが」
サチコさんは笑った。「問いを立てた人が、答えを出す義務はない。でも問いを守る義務はあるかもしれない」
「守る?」
「間違った答えを出されないように」
ヨシオはサバを食べた。宇宙の果てのステーションで食べる地球のサバは、なぜか実家の味がした。
「命の時間を分け合えたら」とヨシオはつぶやいた。「死にかけている人に、みんなからわずかな時間を集めて渡せたら」
「いい考えだと思う」
「でも今の宇宙には、そんな技術はない」
「今の宇宙には、ね」とサチコさんは言った。「あなたが理論を完成させたら、誰かが技術を作るかもしれない。問いが先、技術が後。いつもそうよ」
ヨシオは味噌汁を飲み干した。
「ノート、ありますか?」
サチコさんは引き出しから、びっしり罫線の入ったノートを出した。表紙には「なんでもノート」と書いてあった。
田中ヨシオは、宇宙の片隅の食堂で、ノートを開いた。
第五章:追手と哲学と、逃げるということ
翌朝(宇宙に朝はないが、体内時計は朝と言い張った)、ケルヴ帝国の先遣隊がステーションに現れた。
三人組で、全員が黒いスーツを着ていた。宇宙人なのに黒いスーツを着ているのは、「威圧のためのユニフォームは宇宙共通語」だからだそうだ。
「田中ヨシオを引き渡せ」とリーダー格が言った。
「引き渡す理由は?」とズヴ・オーパが答えた。
「彼の理論は帝国の資産だ。命の選別の科学的根拠になる」
「理論はまだ完成していません。不完全な理論は資産になりません」
「では完成させろ。帝国の監視下で」
「お断りします」
戦闘になりそうな空気になった。
ヨシオは立ち上がり、ケルヴ帝国の先遣隊に向かって言った。
「少し聞いてもいいですか? あなたたちは、命の選別をどう定義していますか?」
「価値の高い命を優先し、低い命を排除することだ」
「価値の基準は?」
「生産性。帝国への貢献度。繁殖能力」
「あなた自身は、今の帝国においていくつ当てはまりますか?」
沈黙。
「……私は帝国の兵士だ。価値は高い」
「今は。では20年後、老いて戦えなくなったら?」
またの沈黙。今度は長かった。
「……それは別の話だ」
「それが別の話にならないための理論を、私は書こうとしています」
三人組は顔を見合わせた。
ズヴ・オーパがこっそりヨシオの袖を引いた。「今のうちに逃げましょう」
「逃げていいの?」
「話が続くと面倒なことになる。あなたの質問は効くので。走ってください」
宇宙船に飛び乗り、第8補給ステーションを離れた。モニターには7つの光点が追いかけてきていた。
「全員来た」とズヴ・オーパが言った。
「人気者だね」とヨシオが言った。
「喜んでいる場合では」
「わかってる。逃げながら書こう。どうせ旅は長くなりそうだし」
「……地球人は時々、想定外の適応力を見せますね」
「62億の命を背負ってるからね。そのくらいはしないと」
第六章:命題を書く、ということ
宇宙船の中で、ヨシオは書き続けた。
追手を撒くたびにズヴ・オーパが別の宙域へ飛び、ヨシオはその間もノートを広げていた。無重力で紙がふわふわすることに最初は戸惑ったが、「重力クリップ」という道具で固定してもらってからは問題なかった。
彼が書いたのは「理論」ではなかった。正確には、理論の前にあるものだった。
命とは何か。なぜ命は食べることでしか続かないのか。食べるということは奪うことか、受け取ることか。受け取った命の時間は、どこへ行くのか。そしてもし、その時間を意識的に誰かに渡せるとしたら、誰に渡すべきか。
問いが問いを呼び、ノートはあっという間に埋まった。
ある夜(体内時計基準)、ヨシオはズヴ・オーパに聞いた。
「あなたは命の選別について、どう思う?」
「担当官として答えるなら、どの立場にも与しません」
「個人として」
「個人として答えることが許されるなら」とズヴ・オーパはゆっくり言った。「私は、選別に使われた星を3つ見ました。いずれも今は存在しません」
「消えた?」
「命を選別し続けると、選別される側だけでなく、する側も摩耗する。最後には選ぶべき命が誰もいなくなる」
ヨシオはノートに書いた。
命の選別は、最終的に選ぶ者を選ぶ。それは自滅の構造だ。
「だから選別じゃなくて、移転が必要なんだ。奪うんじゃなく、渡す。強制じゃなく、選択で」
「それがあなたの理論の核心ですか?」
「核心というか……出発点」
「出発点から始めてください。今がそのときです」
宇宙船の窓の外に、見たことのない色の星雲が広がっていた。オレンジと水色が混ざったような、地球では見られない色だった。
ヨシオはしばらく見ていた。そして書いた。
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命のポイント移転理論・完全版 序文
この宇宙で、命は孤立して存在したことがない。
魚は海を、鳥は空を、人間は他の命を食べて生きる。これは奪取ではなく変換だ。命は形を変えて続く。蓄積する。受け継ぐ。
ならば問う。その蓄積された命の時間は、意識的に渡せるか?もし渡せるなら、誰が誰に渡すかを決める権利は誰にあるか?
答えは一つだ。渡す本人だ。
命の選別を他者が行う権利は、どの文明にも、どの帝国にも、どのシステムにも、ない。選別するとしたら、それは自らの命を自らが選ぶ、ただその一点においてのみ許される。
そして、自らの命を守ることを選んだ命は、他の誰かに命の時間を渡すこともできる。
これが命題だ。解答ではない。
第七章:七つの勢力、一つの問い
理論の序文が完成した翌日、7つの追手勢力が、宇宙の一点で「停戦協議」を始めたという報告が届いた。
「なぜ?」
「あなたのノートの内容が、何らかの形で漏れたようです」
「誰かに話したっけ?」
「サチコさんが友人に話したそうです。それが広まりました。銀河情報網は速い」
「サチコさん……」
ズヴ・オーパはモニターを見せた。7つの光点が、一箇所に集まっていた。
「協議の内容を確認しましょう。ケルヴ帝国は理論を命の選別の根拠にはできないと判断し、それでも使えるか悩んでいます。解放戦線ノームは歓迎しているが理論が予想より複雑で扱いに困っている。ポルグ商会は商品化を検討したが『渡す権利は本人にしかない』という命題が商業モデルと根本矛盾するため再検討中。学術連盟コスモスは最も冷静で純粋研究を希望。残り3勢力は害なし」
「つまり、理論を書いたことで、追われるより話し合われるようになった?」
「今のところは」
ヨシオは窓の外を見た。遠くに光点が7つ、まとまって見えた。
「行く?」とズヴ・オーパが聞いた。
「逃げるより、話すほうが性に合ってる。ただ、一つ条件がある」
「何ですか?」
「サチコさんにも来てもらえるか。食事しながら話したい」
ズヴ・オーパは3秒間、沈黙した。「……連絡してみます」
第八章:宇宙会議は、やはり食堂でやるべきだ
7勢力の代表が集まった「停戦会議」は、結局、移動式の食堂船で行われることになった。
サチコさんが「うちの船を貸してあげる」と言ったのだ。「食べながら話すと、みんな少し素直になる。食事は命の受け渡しだから、食べている間は争えない」
テーブルの中央に、ヨシオが座った。
ケルヴ帝国の代表は黒いスーツのまま、やや緊張した様子でサバの味噌煮の匂いを嗅いでいた。「これは……食べ物か?」「そうです。どうぞ」「……美味い」
解放戦線ノームの代表は全身が発光する種族で、感情によって色が変わった。話を聞く間は青く、賛成するときは緑になり、怒ると赤になるらしかった。ヨシオが挨拶すると黄色になった。「喜んでいるの?」「……あなたが思ったより普通だったので」
ポルグ商会の代表はテーブルに着くなりそろばんに似た道具を取り出した。「商売の話はできますか」「命の売り買いはしません」「想定内です。では別のビジネスモデルで」「それは後で聞きます」
学術連盟コスモスの代表は老齢の研究者で、地球の大学教授に似ていた。「あなたの論文を読みたい」「まだ完成していません」「だから読みたい。完成前のほうが、問いが生きている」
動機不明の3勢力は、来てみたら「うちも命の選別問題で悩んでいたから」「有名になる前に話しておきたかった」「サチコさんの料理が食べたかった」という理由だった。最後の一つは正直だった。
食事が始まり、ヨシオは話した。難しい言葉を使わなかった。
朝食の目玉焼きの話から始め、62億という数字の話をして、スーパーのポイントカードの話をして、死にかけている誰かに命の時間を足せたら、という話をした。
そして言った。
「僕にできるのは、問いを立てることだけです。答えは出せない。答えを一つにしようとすること自体が、命を選別することになるから」
ケルヴ帝国の代表が聞いた。「では命の選別は、永遠にしてはならないということか」
「他者による選別は。自分の命を自分で選ぶことは、誰にも邪魔できない」
「帝国の維持に命の選別は必要だ」
「本当に? さっき質問しましたよね。20年後、老いた自分は選別されるか。その問いに、まだ答えていない」
代表は黙った。
解放戦線ノームの代表が緑色になった。「では我々の主張は正しいということか。命の選別反対」
「選別に反対することと、命を守ることは、同じじゃない場合があります。誰かが死にかけているとき、選別しないで全員を救おうとして、結果誰も救えない場合がある。そのときに必要なのは選別じゃなく、移転です。余っている命の時間を集めて、足りないところへ渡す。それは選別じゃなく、連帯」
代表はしばらく発光の色を変え続け、最終的に温かい橙色になった。
ポルグ商会の代表がそろばんを叩いた。「命の時間の移転を、市場として整備することはできないか?」
「できるかもしれない。でも売買じゃなく、贈与でなければならない。そしてその市場の管理は、GPMBのような中立機関が担うべきだ」
ズヴ・オーパが驚いたように顔を上げた。「私たちが?」
「できますか?」「……予算次第です」「宇宙の命題を管理している機関が予算不足というのはどうかと思いますが、それは別の話として」
学術連盟コスモスの代表が言った。「研究協力をしたい」
「一つ条件があります。研究の目的は、命の連帯を可能にすること。この一点は変えないでほしい」
代表はゆっくりうなずいた。「それが本来の科学の目的だ」
会議が終わったのは、サチコさんがデザートを出した後だった。デザートは何故か「たい焼き」だった。
「なぜたい焼き?」とヨシオが聞くと、
「地球人が来たら出すことにしてるの。命の形してるでしょ、これ」
ヨシオはたい焼きを見た。確かに、魚の形をしていた。
「命の形か」
「食べ物って、みんなどこかで命の形してる。だから食べるたびに思い出す。何かの命をもらってるって」
ヨシオはたい焼きを食べた。甘かった。
エピローグ:帰り道と、続く問い
田中ヨシオが地球に戻ったのは、出発から3週間後(体内時計基準)だった。
白いワンボックスカーは、首都高の合流地点から普通に降下し、近所のコインパーキングに停車した。
「ありがとうございました」とヨシオは言った。
「こちらこそ」とズヴ・オーパが言った。「あなたの命題は、GPMBのデータベースで『解決済み』ではなく『継続中』として登録されます。これは最高の評価です。解決された命題は死にますが、継続中の命題は生き続ける」
「いい制度だ」
「あなたに教わりました」
「僕は何も教えてない。問いを立てただけ」
「それが一番難しいことです、宇宙で」
玄関を開けると、ハナコが台所にいた。エプロンをして、何かを炒めていた。
「おかえり」
「ただいま」
「ご飯食べた?」
「宇宙のたい焼きは食べた」
「なにそれ」
ヨシオは台所に入り、フライパンを覗いた。野菜炒めだった。
「ピーマン、嫌いなのに」
「体にいいから」とハナコは言った。「62億の命があるんでしょ、あなたの体に。ちゃんと養わないと」
ヨシオは笑った。
宇宙中を逃げ回りながら書いたノートは、すでに3冊分になっていた。タイトルはまだ長いままだった。
命の選別は、誰もしてはならない。だからこそ、命は自分で選ぶ。
それでいい、とヨシオは思った。短くする気は、やはりなかった。
その夜、スーパーのポイントカードの話をしながら、ヨシオはハナコに宇宙の話をした。ハナコは相槌を打ちながら野菜炒めを食べ、たまに「それで?」と聞き、ヨシオが「命の移転で宇宙会議をまとめた」と言ったとき、「いつかまたポイントカードが満杯になったらどうするの」と聞いた。
「今度は期限前に使う」
「それだけ学んできたの、3週間で」
「あとはノート3冊分」
「十分すぎる」
二人は笑った。窓の外に星が見えた。
どれかの向こうに、サチコさんの食堂があり、ズヴ・オーパが過労で業務日誌を書いており、7つの勢力が少しずつ変わり始めている。
命は今日も続く。変換されながら。受け渡されながら。問われながら。
― 完 ―
付記
田中ヨシオの「命のポイント移転理論」は翌年、銀河学術連盟コスモスとの共同研究として正式に発表された。論文タイトルは本人の希望通り、長いままだった。
サチコさんの食堂は現在も第8補給ステーションで営業中。地球人が来るとたい焼きが出る。
ズヴ・オーパは業務日誌の補充を申請したが、予算が下りていない。
ハナコのポイントカードは、今月また満杯になった。
この作品の命の時間は、読んでくださったあなたに贈与されました。
Amazon Kindle
あとがき
田中ヨシオは、たぶん少し変な人です。
いや、かなり変な人かもしれません。
けれど、「食べることは命を受け取ることではないか」「自分の命は、誰かの命の続きなのではないか」と考える姿勢は、どこか私たちの日常にも近い気がしています。
忙しい毎日の中で、私たちは時々、自分の命を“自分ひとりのもの”だと思ってしまいます。
けれど実際には、誰かが作ったご飯を食べ、誰かに助けられ、名前も知らない誰かの仕事に支えられながら生きています。
そう考えると、命とは案外、「受け取って、渡していくもの」なのかもしれません。
もちろん、この物語に出てきた「命のポイント移転理論」が現実になる予定は、今のところありません。たぶん。おそらく。願わくば、急に宇宙から通知も来ないことを祈ります。
ただ、もし明日の朝、ポイントカードを見たときに少しだけ笑ってしまったり、食事の前に「いただきます」が少し深く感じられたりしたなら、この物語はきっと続いています。
問いは、解決されなくてもいい。
問い続けることで、生きていけることもある。
あなたの今日の命の時間が、少しでも温かいものでありますように。


