偶然は必然に

〜銀河系縁結び事務所の七転八倒〜


著:田中ケンジロウ・ガラクシー三世(推定)

銀河書房 刊



まえがき

人は時々、不思議なことを考えます。

なぜ、数ある選択肢の中から、それを選んだのだろう。

なぜ、あの日あの場所に行ったのだろう。

なぜ、たまたま出会った誰かが、人生を少し変えてしまうのだろう。

本書は、そんな「偶然」と「縁」をテーマにした物語です。

ただし、普通の恋愛小説ではありません。

舞台は銀河系。
縁結びは事務所制。
ニンジンにはセンサーが入り、宇宙にもたこ焼き屋があります。

少し馬鹿馬鹿しくて、でも少しだけ本気で、「人と人が出会う理由」について考えてみました。

もし最近、「出会いがない」「人生が変わらない」「縁なんて偶然だ」と思っているなら、この物語のどこかに、小さなヒントがあるかもしれません。

そして読み終えたあと、スーパーで野菜を少し丁寧に選びたくなったなら、作者としては本望です。

どうぞ肩の力を抜いて、宇宙の片隅にある小さな縁結び事務所へお越しください。




プロローグ 

運命という名のシステムエラー

西暦二二五〇年。人類は太陽系を飛び出し、近隣の星系にまで植民地を広げていた。
しかし、宇宙が広がれば広がるほど、人間の本質的な悩みはまったく変わらなかった。
仕事。金。そして、孤独。
田中ケンジロウ・三十七歳・無職。現住所:宇宙ステーション「こうのとり第十七号」・独身・ペット禁止区画在住。
彼の趣味は特になかった。強いて言えば、スーパーの野菜コーナーで最も「縁のありそうな」一本を選ぶことだった。
「この人参……いや、お前はオレを選んだんだろ」
ケンジロウはつぶやきながら、七十センチほどもある宇宙産ニンジンをそっと手に取った。宇宙重力が弱いせいか、野菜はすべて異様に細長く育つ。まるでアンテナのようだった。
「お客様、そちらの商品は本日の目玉商品でございまして、すでに七十三名のお客様が素通りされた逸品です」
隣から声がした。
振り向くと、そこには三メートル近い体躯の、緑色の皮膚をした店員がいた。名札には「ジョバンニ・ガラクセラ(木星系第四衛星出身)」と書いてある。
「……つまり選ばれなかった野菜ってこと?」
「いいえ。七十三人に選ばれなかったことで、お客様のために残っていたのです」
ケンジロウは三秒考えて、そのニンジンをカゴに入れた。
これが、すべての始まりだった。


第一章 

銀河系縁結び事務所(支店:こうのとり第十七号)

翌朝、ケンジロウは見慣れない通知を受け取った。
差出人:「銀河系縁結び事務所 こうのとり支店」
件名:「あなたの必然、見つかりました」
「迷惑メールじゃないか」
彼はそう言いながらも開封した。暇だったから。

【お客様へ】
昨日、宇宙産ニンジン(番号:GV-2250-3971)をお買い上げいただきありがとうございます。当商品には微細センサーが組み込まれており、選んだ瞬間の脳波・体温・視線・小声のつぶやきを解析した結果、お客様は「縁の哲学」に深い共鳴を示されていることが判明しました。つきましては、当事務所への来訪をご検討ください。

「野菜にセンサーが入ってたのか……」
ケンジロウは深刻な侵害を感じたが、外に出る理由ができたとも思った。
事務所は宇宙ステーションの第七ブロック、クリーニング屋とたこ焼き屋の間にあった。ドアは自動だったが、入るとき「ギィィ」という昭和感あふれる音がした。意図的な演出らしい。
「いらっしゃいませ」
受付には、小柄な老婆がいた。火星系の出身らしく、肌がうっすら赤みがかっている。白髪を高く結い上げ、丸眼鏡の奥からケンジロウを観察している。
「田中ケンジロウさんですね。昨日のニンジン、よく選ばれました」
「褒めていただいても…」
「褒めていません。事実を言っています」
彼女の名は、ヤマムラ・ハナコ。銀河系縁結び事務所のシニアマネージャーにして創業者。宇宙歴百四十三歳。
「当事務所の仕事はシンプルです。偶然を必然に変える。それだけです」
「……それは恋愛の話ですか」
「恋愛も。友情も。仕事も。ペットとの出会いも。すべてです」
「ペットまで?」
「犬に選ばれる人間と、猫に選ばれる人間は、最初から決まっているんですよ。問題は双方の準備が整っているかどうかです」
老婆はお茶を出した。茶碗には「ご縁」と書いてあった。


第二章 

偶然の科学(と、大量のデータベース)

「実は求人がありましてね」
ハナコは唐突に言った。
「は?」
「あなた、無職でしょう。プロフィールは全部わかっています」
「どうやって」
「ニンジンが教えてくれました」
ケンジロウは自分が今後一切スーパーのニンジンを信用しないことを心に誓った。
「我々は縁結びのエンジニアを募集しています。つまり、人と人・人と物・人と機会を正しいタイミングで結びつける調整員です。給与は悪くない。寮完備。ペット可」
「ペット禁止区画に住んでるんですよね、わたし」
「だから転居が必要でしょう」
論理的すぎて反論できなかった。
事務所の奥に通されると、そこには巨大なスクリーンが広がっていた。宇宙ステーション全体の住民マップ。三万人以上の人間が光の点として表示され、点と点の間に無数の糸が走っている。
「これは?」
「潜在的な縁の可視化です。すでに絡まっているものもあれば、あと少しで繋がりそうなものもある。そして、このまま一生すれ違うだけのものも」
「悲しいな」
「悲しいですか?」ハナコは首を傾げた。「私はむしろ、これだけ多くの可能性があることに驚きます。問題は、タイミングです。糸が引き合っていても、どちらかが準備できていなければ、縛になるだけですから」
「縛?」
「縁が強引に結ばれると、縛になる。本人には良いつもりでも、相手を縛ることになる。それはもはや縁ではなく、呪いです」
ケンジロウは三時間後に採用されていた。


第三章 

初仕事は野菜売り場から

ケンジロウの最初の任務は、驚くほど地味だった。
「スーパーの野菜コーナーで、三十分立っていてください」
「……それだけですか」
「それだけです。ただし、ぼんやり立っていてはいけない。すべての商品を、縁ある人間の元へ送り届けるつもりで、心を込めて立っていてください」
「心を込めて立つ?」
「縁のある人間はね、引き寄せられてくるんです。あなたが意識を向けるだけで、流れが変わる。気配というものは、宇宙物理学的に計測可能な波動ですから」
ケンジロウは半信半疑のまま、宇宙産トマト(球体。宇宙で育つと重力がないため完全な球になる)の前に立った。
十分後、一人の女性が近づいてきた。
「あの、このトマト……おいしいですか」
三十代くらい。くたびれたジャケット。目の下にクマがある。手に抱えたバッグにはAIエンジニアのカンファレンスのロゴが入っていた。
「おいしいですよ。宇宙産は甘みが強い。疲れているときに食べると元気が出ます」
彼女はトマトを二つカゴに入れた。
「ありがとうございます。最近、ぜんぜん料理する気が起きなくて」
「一人ですか?」
「……ええ、まあ」
「ならトマトをそのまま塩で食べるだけでもおいしいですよ。料理しなくていい。ただ、縁のあった食べ物だから丁寧に食べてあげてください」
女性は少し笑った。
その夜、ハナコから連絡が来た。
「よくできました。彼女のストレス指数が十四パーセント下がりました。そして、あなたと彼女の縁の糸が、今日初めて接触しました」
「え」
「まだ繋がってはいない。でも、触れた。それで十分です」
ケンジロウはその夜、自分のニンジンをていねいに料理した。


第四章 

二兎を追う男と、銀河の法則

仕事を始めて三ヶ月が経った頃、事務所に奇妙な依頼が来た。
依頼人:ゴドウ・リョウタ(四十二歳・貿易商・木星系第二衛星在住)
依頼内容:「二人の女性との関係を同時に発展させたい」
ケンジロウは依頼書を見て、思わず声に出した。「無理でしょ」
「なぜそう思いますか」ハナコが隣から聞いた。
「いや、常識的に……」
「常識ではなく、法則として説明してみてください」
ケンジロウはしばらく考えた。
「……縁というのは、双方の準備が揃ったときに結ばれる。でも、誰かが別の縁に力を注いでいると、その人の準備は半分になる。だから、どちらとも繋がれない」
「続けて」
「それで、無理矢理奪おうとすると……トラブルになって、双方を失う。二兎追う者は一兎をも得ずって、要するに縁の物理法則なんだ」
ハナコは満足そうにお茶をすすった。
「さらに言えば、一瞬奪えたかに思えたものは、必ず奪い返される。これは引力の問題です。無理に引き離された縁は、より強い力で元の場所に戻ろうとする。宇宙物理学と同じです」
「じゃあ、ゴドウさんの依頼は…」
「お断りします。ただし、理由を丁寧にお伝えして、一つの縁に向き合う準備ができたら、また来てくださいと伝えます」
「怒りませんかね」
「怒るでしょう。でも一年後、感謝されます。三十七パーセントの確率で」
「三十七って微妙だな」
「縁結びは確率の仕事ではありません。可能性の仕事です」


第五章 

趣味の話(または、大人の縁はなぜ細いか)

ある日、ケンジロウはデータベースを眺めながら気づいた。
光の点のうち、四十代以上の人間の縁の糸が、著しく少ない。
「ハナコさん、これって……」
「大人になると、縁が細くなる。よく気づきました」
「なんでですか」
「出会う場所が、仕事だけになるからです」
老婆は立ち上がり、スクリーンの一点を指さした。
「見てください。この人。四十五歳、独身、会計士。一日の移動経路は、住居と職場の間だけ。接触する人間は毎日同じ顔ぶれ。縁の糸が増えようがない」
「かわいそうに」
「かわいそうではない。本人が選んだ動線です。ただ、趣味の場所に踏み出せば、一気に可能性が広がる。価値観を共有できる人間と出会えるから」
「価値観が合う人と出会うには、自分の価値観を外に出さないといけない」
「そうです。誰かが声をかけてくれるのを待っていては、始まらない。特に友人関係は、どちらかが最初の一歩を踏み出してこそです。そしてその一歩は、歳をとるほど重くなる」
ケンジロウはふと、自分のことを思った。
三十七歳。趣味なし。友人と呼べる存在はほとんどいない。
「……ぼくも、縁の糸が少ないですよね」
「入社三ヶ月で増えました。野菜コーナーで出会ったAIエンジニアの女性との糸も、今日また少し近づいています」
「え、本当に?」
「あなたが気にしているから、引き合っているのかもしれません」
ケンジロウは急に野菜コーナーに行きたくなった。


第六章 

タイミングという名の宇宙の意地悪

AIエンジニアの女性の名前は、スズキ・サキコといった。
ケンジロウが正式に知ったのは、彼女が事務所に迷い込んできた日のことだった。
「あの……縁結びって、人間同士だけですか」
彼女は入口でうろうろしながら聞いた。
「いいえ。仕事との縁も、場所との縁も取り扱います。何かお探しで?」
「新しい職場です。今の職場を辞めようと思っているんですが、どこに行けばいいのか」
ケンジロウは自分がここに来た日を思い出した。
「準備は、できていますか」
「え?」
「新しい場所に踏み出す準備が、心の中でできているかどうか、という意味です」
サキコはしばらく黙った。
「……正直、自信はないです。でも、今のままではいけないとは思っています」
「それで十分だと思います。自信がある人なんて、大抵は過信しているだけですから」
彼女は笑った。先月のトマト売り場とは違う、少し軽い笑い方だった。
後日、ハナコが言った。
「あなたと彼女の縁の糸が、今日初めて絡まりました。ただし」
「ただし?」
「彼女にはまだ、整理しなければならない縁があります。前の職場での人間関係、前の恋人との後始末。あと少し、時間がかかります」
「それは…待てばいい話ですか」
「待つのではなく、自分の準備をする時間だと思ってください。相手が準備している間に、自分も準備する。そのバランスが揃ったとき、縁は縛にならずに結ばれます」
ケンジロウは初めて、急かされている気持ちがしなかった。


第七章 

偶然を装った必然の正体

ある嵐の夜(宇宙ステーションにも気象コントロールシステムが誤作動して嵐になることがある)、ケンジロウは残業していた。
データベースを見ていると、一つの不思議な現象に気づいた。
縁の糸が、引き合っている人間同士は、なぜか接触直前に何らかの「偶然」が起きている。
野菜売り場で同じ商品を手に取る。同じ電車を逃す。雨で同じ軒先に入る。
「ハナコさん、これって事務所が仕掛けているんですか」
老婆はお茶を飲みながら答えた。
「半分は仕掛けています。半分は、宇宙が自分で動きます」
「宇宙が?」
「準備の整った縁というのは、引力を持ちます。磁石のようなものです。私たちの仕事は、その磁石が向き合えるよう、障害物を取り除くことです。でも、くっつくかどうかは、本人たちが決めることです」
「じゃあ、偶然ってのは」
「偶然は、必然への道を舗装したものです。たまたまその道を歩いたように見えて、実は歩く準備ができていたから、その道に足が向いた。」
「……オレが野菜コーナーであのニンジンを選んだのも」
「あなたが、縁を大切にする人間だったから、縁のある野菜の前で足が止まったのです。私たちはそれを見て、採用しました」
「採用の基準が野菜の選び方って」
「最も正直な基準です。人間は、自分でも気づかないうちに、自分の本質を商品棚に向かって示します」
ケンジロウは窓の外を見た。嵐が静まりつつあった。


エピローグ 

大事に生きよう

それから半年が経った。
スズキ・サキコは転職し、宇宙ステーション内のAI研究所に着任した。新しい職場の最初の日、彼女は偶然ケンジロウの事務所の前を通りかかり、偶然ケンジロウが外に出てきた。
偶然、二人は同じ方向に歩き出した。
「また会いましたね」
「また会いました」
二人は少し沈黙してから、同時に笑った。
その夜、ハナコはデータベースのスクリーンを眺めながら、二つの光の点の間に、しっかりと絡まった糸が生まれているのを確認した。
「よし」
彼女はお茶をすすった。
明日も仕事は続く。宇宙には、まだ無数の縁の候補が浮かんでいる。準備のできていない人間が、偶然を必然に変える日を待っている。
銀河系縁結び事務所は、今日も細々と、しかし確実に、宇宙の引力を調整し続けている。

       ──了──



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あとがき

この物語は、「なぜ人は、同じように見えるものの中から、ある一つを選ぶのだろう」という小さな疑問から始まりました。

スーパーの野菜でも、人との出会いでも、仕事でも、人生には理由の説明できない選択があります。

偶然と言えば偶然。

でも、その偶然に向かって歩いていた自分が、どこかにいたのかもしれない。

そんなことを考えながら書きました。

年齢を重ねるほど、人との縁は細くなったように感じることがあります。

新しい出会いは減り、毎日同じ景色を歩き、人生は少しずつ固まっていく。

けれど本当は、縁そのものが消えるわけではなく、「準備」と「タイミング」が少し難しくなるだけなのかもしれません。

この物語のケンジロウのように、何かを少し丁寧に扱うこと。
誰かとの会話を少しだけ大事にすること。
昨日とは違う場所へ、ほんの少し踏み出してみること。

そんな小さな積み重ねの先に、偶然を装った必然が待っているのだと思います。

皆さまの毎日に、良いご縁がありますように。

そして、今日選ぶニンジンが、なかなか良い一本でありますように。