人間、何度目ですか?
〜死後の世界は、まさかの役所だった〜
〜まえがき〜
人は時々、ふと思うことがあります。
「もし生まれ変わりがあるなら、自分は前に何だったのだろう」と。
歴史上の偉人だったかもしれない。
勇敢な武士だったかもしれない。
あるいは、空を飛ぶ鳥だったかもしれない。
けれど案外、
ただのカバだった可能性もあるのです。
本作は、死後の世界の“役所”を舞台にした、少し滑稽で、少し切ない物語です。
仕事に追われ、
家族との距離に悩み、
気づけば五十を過ぎ、
「まあまあだったかな」と人生を振り返る男が、
死後の窓口で知るのは、
自分がずっと動物だったという事実でした。
輪廻転生という壮大なテーマを扱いながら、
この物語には、世界を救う英雄も、
宇宙を滅ぼす悪役も出てきません。
出てくるのは、
少しくたびれた人たちと、
蛍光灯のうなる窓口と、
人生に疲れた係長たちです。
でも、だからこそ、
人間というものの可笑しさや、
不器用な優しさが見えてくる気がします。
もし読み終えたあと、
「まあ、B+くらいでいいか」
と少し肩の力が抜けたなら、
とても嬉しく思います。
第一章 死ぬのも楽じゃない
気がつくと、俺は真っ白な部屋にいた。
いや、部屋というか……役所、だ。
どう見ても役所。蛍光灯がジジジとうなっている。くたびれたパイプ椅子。床は薄汚れたリノリウムで、角のあたりに誰かが踏みつぶしたガムの跡がある。なぜか死後の世界にもガムの跡がある。
そして正面の窓口には、こう書いてあった。
「輪廻転生管理局 一般窓口」
その下に小さく、「受付時間:随時(死は時間を選ばないため)」と書いてある。随時、はそうだろうが、なんか腹が立つ書き方だ。
俺は手に番号札を持っていた。
「423番」
見渡すと、椅子に人が並んでいる。老若男女、国籍も人種もバラバラ。みんなぼんやりした顔をしている。まあそうだろう。死んだばかりなんだから。俺もぼんやりした顔をしているに違いない。
「次の方どうぞ〜」
窓口の声で俺は我に返った。番号表示板を見ると、「422番」が光っている。次だ。
立ち上がったら椅子がガタンと鳴って、後ろに並んでいた坊主頭のじいさんに舌打ちされた。
死んでも舌打ちされるのか、俺は。
窓口に近づくと、担当者の顔が見えた。三十代くらいの女性。眼鏡をかけて、黒髪をお団子にまとめている。制服は地方公務員みたいなグレーのスーツ。ただ目が、なんか、古い。妙に古い目をしている。何百年も生きてきたような目。いや、実際そうなのかもしれないが。
「423番、山田一郎さん」
「……はい」
「五十二歳、心筋梗塞ですね。ご臨終おめでとうございます」
「おめでとう言うな」
「あ、すみません、マニュアルで決まってまして」
彼女は少しも悪びれずにキーボードを叩いた。カタカタカタ、と小気味のいい音がする。
「ご遺族への連絡は済んでおります。お体は病院で安置中です。葬儀は来週の水曜、菩提寺で行われます」
「早いな」
「山田さんのご家族はてきぱきした方々ですので」
なんか傷ついた。俺が死んで三日も経たずに葬儀の手配が済んでいるのか。もうちょっと悲しんでくれてもいいんじゃないか。
「あの、妻は」
「奥様は今朝から泣いておられます。娘さんも泣いておられます。息子さんは泣くのを我慢して強がっておられます」
「……そうか」
「はい」
「そうか」
「はい。では手続きに入ります」
彼女はモニターを操作しながら、事務的な口調で言った。
「山田さん、人間 今回で何度目か、覚えていますか?」
俺は首をひねった。
「……1回目、じゃないんですか」
彼女は一瞬、動きを止めた。モニターを見て、また俺を見て。小さく、でも確実に、苦笑した。
「……そうですね」
「そうですね、って何ですか」
「いえ、あの」
彼女は咳払いをひとつして、画面を俺に見せた。そこに数字が出ていた。
「通算人間回数:1回目」
その下に、小さい字で備考欄があった。
「前世:カバ(5回)、ナマズ(12回)、ミミズ(不明)」
「カバ??」
「五回ほど」
「五回もカバやってたんですか俺は!!」
後ろの列がざわついた。坊主頭のじいさんがまた舌打ちした。窓口の彼女が「お静かに」と言いながらも、口元が微妙に緩んでいた。
「ナマズは十二回って何ですか。カバより多いじゃないですか」
「ナマズさんは比較的短命ですので、回数が嵩みやすいんです」
「そういう問題じゃないと思うんですけど」
「あとミミズさんは記録が途中で途切れていて……」
「途切れてる?」
「ミミズの時代はまだ管理局の記録システムが整備されていなかったもので」
「管理局、いつからあるんですか」
「カンブリア紀からです」
「古っ!!」
俺は頭を抱えた。椅子に座り直した。パイプ椅子がまたガタンと鳴った。今度は自分から鳴らしてしまったので、じいさんの舌打ちは自業自得だった。
「つまり俺は……」
「はい」
「ずっと動物をやってきて、やっと今回初めて人間になれた、と」
「そういうことになります」
「五十二年で死んだ」
「はい」
「短くないですか」
「平均的です。人間の場合」
「カバって何年生きるんですか」
「四十年から五十年ほどです」
「変わらんじゃないですか!!」
第二章 山田係長、あの世でも係長
「落ち着いてください、山田さん」
担当者の女性が、少し声のトーンを変えた。ちょっとだけ、人間味のある声になった。
「驚かれるのは当然です。でも、皆さん最初はそういう反応をされます」
「みんな自分が動物だったって知るんですか」
「知ります。ここで初めて自分の全履歴を見る方が多いですね」
「そんな大事なことを死ぬまで教えてくれないんですか」
「教えてしまうと、みなさん生きることに集中できなくなりますので」
「……まあ、そうか」
俺は深呼吸した。ここは死後の世界だから酸素があるのかどうかわからないが、とにかく深呼吸した。
「じゃあ、次はなんになるんですか。また人間ですか?」
「それが今日の手続きの主題です」
彼女はデスクの引き出しから、分厚いパンフレットを取り出した。表紙には「次の転生先について(一般向け)」と書いてあった。
「山田さんの今回の人生の評価をもとに、次の転生先の選択肢をご提案します」
「評価って……通信簿みたいなのがあるんですか」
「あります」
彼女はモニターを回して、俺に見せた。
山田一郎 転生評価シート
(人間 第1回目)
【仕事部門】
・30代:献身的。やや過剰。減点なし。
・40代以降:適切に力を抜くことを学習。加点。
・総評:B+
【家族部門】
・30代:ほぼ不在。やや問題あり。
・40代以降:改善傾向。努力を評価。
・総評:B
【人間関係部門】
・友人を大切にした。
・悩める仲間の相談に乗った。
・多少お節介だが悪意なし。
・総評:A-
【その他備考】
・お酒をよく飲んだ。
・女性関係は……省略。
・カラオケで必ず「勝手にしやがれ」を歌った。
・総評:C(減点なし、加点なし)
【総合評価】:B+
「勝手にしやがれが減点なしなのはなぜですか」
「曲自体は名曲ですので」
「そこは採点しないんですね」
「趣味は採点対象外です」
俺はしばらく自分の通信簿を眺めた。B+か。まあまあじゃないか。いや、五十二年かけてB+は高いのか低いのか。
「これで次はどんな転生先になるんですか」
「B+ですと、人間継続か、高等動物への一時降格か、どちらかをお選びいただけます」
「降格があるんですか」
「あります。ただ高等動物の場合、次の人間回への繰り上がりが早くなるメリットもあります」
「どんな動物ですか」
「イルカ、チンパンジー、カラス、ゾウ、など」
「カバは?」
「カバは……中等動物に分類されます」
「格下げじゃないですか!!」
「いえ、カバさんは大変立派な生き物で……」
「いいです。人間継続でお願いします」
「かしこまりました」
第三章 同期たちのその後
手続きが続く中、俺は待合室をぼんやり眺めた。
隣の窓口では、スーツ姿の男が険しい顔で担当者と話し込んでいた。五十代くらい。背筋がまっすぐで、いかにも「できる男」という雰囲気がある。声が少し聞こえてきた。
「総合評価がAだと聞いたが」
「はい、山本さんはAです」
「ではなぜ次も人間なのか。もっと上の存在に転生できるはずだ」
「上の存在とは?」
「神とか、天使とか」
担当者が困った顔をした。
「山本さん、神や天使はまた別の……えっと、部署の管轄でして」
「別の部署?」
「こちらは輪廻転生管理局の一般窓口ですので、対応できる範囲が……」
「上を呼んでくれ」
「は?」
「上司を呼べと言っている」
俺は思わず吹き出しそうになった。死んだ後もクレームを入れるのか、この人は。
担当者がインカムに向かって「山本様が上席との面談をご希望です」とつぶやくと、奥から白髪の老人が出てきた。名札には「所長代理 ブラフマー(仮)」と書いてあった。仮、ってなんだ。
俺は自分の窓口に向き直った。
「あの人、知り合いですか」と担当者が小声で言った。
「見覚えはあります。大手商社のエリートで、俺の友人の友人みたいな感じで……」
「山本英二さんですね。人間16回目です」
「じゅ、十六回!?」
「ええ。ずっと優秀な方なのですが、なかなか満足されない方で」
俺は山本というスーツ男を見た。所長代理相手にも一歩も引かず、なにやら交渉している。
「毎回あんな感じなんですか」
「毎回です。すごく優秀で、すごく苦しんで、それでもやめられないんです」
「……そうか」
「山田さんのお知り合いにも、そういう方がいらっしゃいましたか?」
「います。何人も」
俺は思い出した。三十代の頃、同じ業界で走り回っていた連中の顔を。みんな優秀だった。俺なんかより何倍も優秀だった。だからこそ、降りられなかった。
「彼らは今、どうしているんですか。まだ生きてる連中は」
「それはお答えできかねますが」
「ですよね」
「ただ、皆さん、それぞれの場所で戦っておられます」
「戦ってる」
「はい」
俺はしばらく黙った。
窓口の向こうで、山本英二は所長代理と激しく議論を続けていた。死後の世界でも、彼は全力だった。それが彼の生き方なのだろう。十六回やってきた、彼の。
「俺は一回目で正解でしたね」
「は?」
「あんなに戦い続けたら、疲れますよ」
担当者は少し間を置いてから、静かに笑った。
「そうですね」
「カバの五回の方が、気楽だったかもしれない」
「カバさんは基本的にのんびりされてます」
「やっぱり俺、カバ向きか」
「次は人間ですけどね」
「ですね」
第四章 転生の条件
「では次の転生先の詳細を決めていきましょう」
担当者はキーボードを叩きながら言った。
「いくつかご希望をお聞きします。まず、性別は?」
「男でいいです」
「国籍の希望は?」
「……日本で」
「理由は?」
「なんとなく」
「なんとなく、で記録していいですか」
「いいです」
「時代は?」
「時代も選べるんですか」
「多少の融通は利きます。ただし現代〜近未来の範囲でのみです。過去への転生は交通渋滞が激しくて」
「交通渋滞?」
「人気の時代は競争率が高いんです。戦国時代とか江戸時代とか、みなさん行きたがるので」
「じゃあ現代で」
「現代ですね。何か特技や才能の希望は?」
俺は少し考えた。
「文章を書くのが、もう少し上手くなりたい」
「今回もお書きになっていましたね」
「下手だったんですよ。自覚はあるんですが、なかなか上達しなくて」
「次回は多少加算できます。ただし、才能はあくまでスタート地点ですので、あとは本人の努力次第です」
「わかってます」
「あと、体型の希望は?」
「えっ、それも選べるんですか」
「ある程度は」
俺は即答した。
「腹が出ない体質で」
「……それは」
「なんですか」
「今回、だいぶお腹が出ておられたので、多少の遺伝的傾向が引き継がれる可能性が……」
「引き継がないでください」
「努力はします」
「努力、って神様みたいな機関が努力ってどういうことですか」
「当局も万能ではございませんので」
俺はため息をついた。死後の世界でもため息をつく羽目になるとは思わなかった。
第五章 じいさんの話
手続きの合間に、休憩が入った。
担当者が「少々お待ちください、書類の処理に時間がかかります」と言い残し、奥に引っ込んだ。
俺はパイプ椅子に戻った。隣には、例の坊主頭のじいさんが座っていた。
しばらく沈黙が続いた。
「よく舌打ちしますね」と俺は言った。
じいさんは俺をじろりと見た。
「うるさかったからじゃ」
「まあ、そうですね」
また沈黙。
「あんた、何回目じゃ」とじいさんが言った。
「人間は初めてです」
「ほう」
じいさんは目を細めた。
「わしは七回目じゃ」
「すごいですね」
「すごくない。七回やっても、まだわからんことだらけじゃ」
「何が?」
「人間というものが」
じいさんはそう言って、天井を見上げた。蛍光灯がジジジとうなっている。
「六回やって、ようやくわかったのはな」
「はい」
「急いでも、仕方ない、ということじゃ」
俺は黙って聞いた。
「わしの三回目と四回目は、とにかく急いでおった。金を稼ぐ、出世する、認められる。そればかりじゃった」
「うまくいったんですか」
「うまくいった。うまくいったから、余計に辛かった」
「うまくいって辛い?」
じいさんはちらりと俺を見た。
「頂上に着いたら、次の頂上が見えるんじゃよ。人間てのは」
俺は何も言えなかった。
「今回、七回目は、初めてゆっくりやってみた。百三歳まで生きた」
「百三歳!」
「田舎に引っ込んで、畑を耕して、孫と遊んで、それだけじゃ」
「それで満足できましたか」
じいさんはしばらく黙った。
「まあまあじゃな」
「まあまあ」
「百点満点の人生なんか、ないんじゃよ。それが七回かかってわかったことじゃ」
俺は自分の両手を見た。
「俺はB+でした、評価が」
「上等じゃないか」
「そうですかね」
「わしの初回はCじゃった」
「初回って、あなたも動物から来たんですか?」
「犬じゃ」
「かわいい」
「うるさい」
じいさんはぷいと横を向いた。でも耳が少し赤くなっていた。
第六章 輪廻転生管理局の裏側
しばらくして、担当者が戻ってきた。
「お待たせしました。ところで山田さん、一つよろしいですか」
「なんですか」
「当局への……フィードバックをいただけますか。アンケートがございまして」
「アンケート?」
「はい。死後の手続きについて、満足度をお聞きしています」
俺は目を疑った。死後の世界にもアンケートがあるのか。
「絶対にそのアンケート、誰も回答改善に活かしてないでしょう」
「……努力しております」
「さっきも努力って言ってましたね」
「当局はつねに改善を目指しております」
俺はアンケート用紙を受け取った。五段階評価で、「受付対応はいかがでしたか」「施設の清潔さは」「転生先の選択肢に満足しましたか」などの質問が並んでいる。
「この椅子をなんとかしてほしいですね」とコメント欄に書いた。
「椅子、ですか」
「パイプ椅子、腰に来ます」
「……承ります」
「あと蛍光灯の音。ジジジってずっとうなってる」
「は、はい」
「死後の世界くらい、もうちょっと落ち着いた雰囲気にしてもいいんじゃないですか。窓から景色が見えるとか。音楽が流れるとか」
「ご意見として受け賜わります」
「期待はしてませんが」
担当者は苦笑した。今日何度目かの苦笑だった。でも今回は、少し本物に近い笑いだった。
「山田さんって、面白い方ですね」
「面白くないですよ。至って普通の五十二歳です。でした」
「人間一回目で、カバ五回で、ナマズ十二回で、B+は、なかなかですよ」
「褒めてるのかけなしてるのかわかりませんね」
「褒めてます」
俺は少し、照れた。
「あと一つ聞いていいですか」
「どうぞ」
「あなたは、何者なんですか。ここで働いてる人たちは、人間なんですか」
担当者は少し間を置いた。
「……当局職員については、お答えできかねる部分が多いのですが」
「まあ、そうですよね」
「ただ」
彼女はモニターから顔を上げ、俺を真っ直ぐ見た。古い目。何百年分かの、目。
「私も、いつかはあちら側に行くんだと思います」
「あちら側って、転生する側?」
「はい。まだ先の話ですが」
「じゃあ今は何なんですか」
「今は……こちら側です」
俺はそれ以上聞くのをやめた。なんとなく、それ以上は聞かない方がいいような気がした。
第七章 出発
すべての手続きが終わった。
「では山田一郎さん、以上で転生の手配が整いました」
「早いですね。もう少しこっちにいてもいいですか」
「残念ながら、滞在時間に上限がありまして」
「そりゃそうか」
俺は立ち上がった。パイプ椅子がまたガタンと鳴った。もうじいさんの舌打ちは来なかった。見ると、じいさんはもうどこにもいなかった。先に行ったのだろう。
「山田さん」
「はい」
「次の人生も、B+以上を目指してください」
「目指します。……目指せるかな」
「目指せます。カバの頃から比べると、ずいぶん来ました」
「カバ、そんなに馬鹿にしないでください」
「馬鹿にしてません。カバさんは正直で、力強くて、縄張りを守る、いい生き物です」
「それが俺か」
「少し、残ってますよ」
俺は笑った。死後の世界で、久しぶりに笑った気がした。
「行ったら、何も覚えてないんですよね」
「はい。転生すると記憶はリセットされます」
「この会話も?」
「この会話も」
「じゃあ意味ないじゃないですか」
「意味はあります」
「どこに?」
担当者は少し微笑んだ。
「体が覚えています。頭では忘れても、どこかに刻まれています。だから人間は、理由もわからないのに懐かしい景色があったり、初めて会った人なのに昔から知っているような気がしたりするんです」
「……輪廻転生って、そういうことか」
「そういうことです」
俺は深く息を吸った。
「じゃあ、行きます」
「いってらっしゃいませ」
「次は腹が出ないようにしてくださいよ」
「努力します」
「努力って言うな」
エピローグ
翌朝——いや、転生してどのくらい経ったかはわからないが、どこかの産院に一人の男の子が生まれた。
泣き声は大きく、頬はぷくぷくで、じいさんたちが口々に「元気な子だ」と笑った。
男の子は泣きながら、何かを思い出しかけていた。
白い部屋。ジジジとうなる蛍光灯。古い目をした女性。坊主頭のじいさん。
でもそれは一瞬で消えて、彼はただ、あかあかとした光の中で泣き続けた。
お腹はすでに、少し出ていた。
二十年後。
その男は、居酒屋の丸椅子に座って、友人と酒を飲んでいた。
「なあ、なんか変な夢見てさ」と友人が言った。
「どんな夢」
「白い部屋で、役所みたいなところで、番号札もらって順番待ちしてんの」
男は手を止めた。
「……それ、なんか懐かしくない?」
「えっ」と友人は目を丸くした。「なんでお前が懐かしいんだよ」
「いや……なんとなく」
男はビールを一口飲んだ。
理由はわからなかった。でもどこかで、確かに、知っている場所だった。
そして何故か、腹が出ないように気をつけようと、強く思った。
ー了ー
〜あとがき〜
この物語を書いている間、私はずっと、
「人間って、そんなに立派じゃないよな」
と思っていました。
すぐ焦るし、
すぐ比べるし、
出世したら次を欲しがるし、
若い頃は無理をして、
年を取ったら腰が痛い。
それでも、
誰かを心配したり、
友人の相談に乗ったり、
家族を思ったりしながら、
なんとか生きている。
その“なんとか生きている感じ”を書きたかったのです。
もし本当に輪廻転生があるなら、
私たちは何度も生きて、
何度も失敗して、
少しずつ力を抜くことを覚えていくのかもしれません。
最初は全力で走って、
途中で転び、
ようやく最後に、
「急がなくてもよかったな」
と思えるのかもしれません。
そして、もし次に生まれ変わるなら。
どうか、
腹だけは出ませんように。

