〜ご挨拶〜

ちょいと変な物語が出来まして

試しにここへ…   笑





『縁の確率が0.00003%しかない宇宙で』


【まえがき】

 人類は、なぜ誰かと出会うのだろう。
 そんなことを考えたことはないだろうか。
 たまたま隣の席になった。
 たまたま同じ道を歩いた。
 たまたま「暑いですね」と言った。
 人生は、そんな「たまたま」でできている。
 けれど現代は、その偶然すら管理したがる時代になった。
 誰と会い、誰を好きになり、誰と距離を取るのか。
 効率化と最適化の果てに、人類は「縁」さえ数値化し始める。
 もし、出会いが法律になったら。
 もし、「また会いたい」という感情が、政府AIに採点される世界になったら。
 そしてもし、
 誰かと少し関わっただけで、宇宙そのものが増殖してしまったら。
 本作は、そんな馬鹿げた世界の物語である。
 奈良で時空が割れ、
 鹿が奉行になり、
 火星人が近鉄の定期券を買い、
 縁の妖精が増殖し続ける。
 だが、この騒がしい物語の奥には、
 ひとつだけ静かなテーマを置いた。
 「約束しないことの優しさ」である。
 強く繋がろうとすると、
 人は時々、相手を苦しめてしまう。
 でも、
 「また会えたらいいな」
 くらいの軽さなら、
 案外、長く続くのかもしれない。
 この物語が、
 あなたの中の「忘れていた誰か」を、
 ほんの少し思い出させることがあれば嬉しい。
 そしてもし読後に、
 誰かへ「暑いですね」と話しかけたくなったなら、
 その時は空が割れても責任は負いかねます。


プロローグ1
「すれ違いは罪ですか?」

俺の名前は狭山一瞬。趣味は他人と会わないことだ。
さいたま市の2LDK、遮光カーテンは365日閉鎖。フードデリバリーの配達員とも置き配指定で、顔を合わせたことがない。俺の人生のモットーは「可能な限り、存在を薄く」だ。
それが功を奏したのか、30歳にしてエンカウンター指数0を達成。政府から「人間ミニマリスト認定証」が届いた。額縁に入れて飾ってある。
そんな俺に、課長が言った。
「狭山くん、奈良行ってきて」
「奈良? 鹿ですか?」
「違う。ワームホール。あと、現地の人と1回でいいから喋ってきて。君、喋らなさすぎて部署のAIがバグりかけてる」
断る理由がなかった。断るとエンカウンター指数が上がるからだ。皮肉な話である。
新幹線の中で、俺は隣の席の老人から飴を渡されそうになった。全身の毛穴が「危険信号」を出した。俺は光の速さで席を立ち、トイレに3駅分籠城した。これが後に言う「大和トイレ事件」である。
奈良駅に着いた。8月。気温38度。湿度まで38%あったらギャグなのに、と思う。
駅前で俺は深呼吸した。誰とも目を合わせない。視線は地面。地面だけが友達。
その時だった。
「あっついですね」
背後から声。振り向くべきか。振り向いたら負けだ。俺の30年が。
でも、振り向いてしまった。一瞬、という名前だけに。
そこにいたのは、鹿じゃなかった。セーラー服を着た、身長30cmの発光体だった。
「初めまして、一瞬さん。私はユカリ。あなたの『アクシデント』から生まれました」
「え、アクシデント? 俺なにかした?」
「したよ。今、『振り向いた』でしょ? それ、宇宙的にはビッグバン級の出来事」
ユカリは続ける。
「これから一瞬さんが誰かに話しかけるたび、私増えるから。縁って、そういうことだから」
「やめろ」
「やめない。だって、それが楽しくて、なんとも楽しくて」
その瞬間、俺のエンカウンター指数が0から18京に跳ね上がり、政府のサーバーが爆発した。ニュース速報が流れる。
『さいたま市在住の男、奈良で時空を破壊』
俺のひとり旅は、まだ始まったばかりだった。


プロローグ2
すれ違いは前科三犯です

西暦3092年。人類は「エンカウンター法」によって管理されている。
見知らぬ他人と3秒以上目を合わせると、政府AI「ユカリ」が起動し、会話内容・笑顔の角度・別れ際の手の振り方まで採点する。合計100縁ポイントを超えた者は、翌朝には住民票が統合され、強制的に同居生活が始まる。通称「縁ドン」。
この法律ができた理由は単純だ。西暦2200年代、人類は孤独死で人口が半減した。そこで政府は決めた。「出会いは義務。縁は税金より重い」と。
さいたま市在住の公務員、狭山一瞬29歳は、この世界で唯一の奇跡だった。エンカウンター指数0。出生以来、一度も他人と会話したことがない。フードドローンは置き配。散髪は全自動坊主機。健康診断は採血ロボ。恋愛経験は、課金したAI彼女「ミコトα」とのオンライン同棲3年。
上司は言った。
「狭山くん、君の存在が統計学的ノイズになってる。奈良行ってきて」
「奈良ですか。鹿のフンを数える仕事ですか」
「違う。古代遺跡からワームホール反応が出た。視察してこい。ついでに誰かと一言でいいから喋ってこい。じゃないと君、来月から税率300%な」
税率300%は死ぬ。俺は新幹線に乗った。隣の席の老人が飴を差し出してきた瞬間、俺は非常停止ボタンを押しそうになった。結局トイレに京都から奈良まで籠城した。これが後の教科書に載る「大和トイレ事件」である。


第1章 
暑いですね、で宇宙が終わる
奈良駅。8月。気温38度。体感温度は俺の社会性と同じで氷点下。
俺は地面だけ見て歩いた。地面は裏切らない。地面は喋りかけてこない。
その時、背後から声がした。
「暑いですね」
振り向くな。一瞬。これは罠だ。振り向いたら30年の無縁生活が終わる。
でも体が勝手に振り向いた。一瞬という名前はそういう呪いらしい。
そこにいたのは鹿ではなかった。身長30センチの発光するセーラー服だった。
「初めまして一瞬さん。私はユカリ。あなたのアクシデントから生まれた縁の妖精です」
「縁の妖精? 賃貸契約にいらないやつ」
「ひどい。今あなたが『振り向いた』ことで、並行宇宙が1個増えました」
ユカリが指を鳴らすと、空がピキッと割れた。割れ目からもう一人ユカリが出てきた。
「自己紹介します。私もユカリ。さっき一瞬さんが『暑いですね』って心の中で復唱したから生まれました」
「心の声もカウントすんのかよ」
「します。縁法第8条、心の縁も縁」
俺のスマホが爆発した。画面には『エンカウンター指数:18京』と表示されていた。政府サーバーがダウンし、日本中の戸籍がシャッフルされ、首相が突然大阪のたこ焼き屋の店主と結婚した。ニュース速報が流れる。
『速報 さいたま市の男、奈良で時空を破壊』


第2章 
道を尋ねたら国が滅ぶ


ユカリ1号が言う。
「一瞬さん、これからあなたが他人と関わるたび、私たち増えるから。縁ってそういうの」
「増やさないで。俺はミニマリストなの」
「無理。だって楽しくて、なんとも楽しくて」
逃げようとした。走った先にいた観光客にぶつかる。
「すみません」
パキン。空がまた割れた。ユカリ3号誕生。
「すみませんから生まれました。罪悪感担当です」
俺は悟った。喋れない。息もできない。だが奈良の観光客は優しい。
「大丈夫? 熱中症?」
パキンパキンパキン。ユカリ4号、5号、6号。救護班、冷却班、塩飴班まで編成される。
3時間後、奈良公園はユカリで埋まった。鹿は怯えて角をしまい、観光バスはユカリを乗せて国会議事堂に突っ込んだ。理由は「道を尋ねられたから」。
俺が「近鉄奈良駅どこですか」と聞いた相手が、たまたま火星大使だったのだ。火星大使は親切に案内しながら母星に通信した。「地球人、我々を歓迎している。駅まで案内しろとのことだ」
翌日、火星艦隊が近鉄奈良駅に到着。駅員が定期券を売った。銀河戦争は回避された。


第3章 

長話が江戸を作る


逃げ場は東大寺しかない。駆け込んだ先にいたのは、掃除中のおばあちゃん。
「にいちゃん、どこから来たん」
「答えたら増える。答えたら宇宙が」
「まあ座り。冷たいお茶あるで」
断れなかった。座った。お茶が出た。うまかった。
「さいたまからです」
パキン。ユカリ100号、郷土愛担当が生まれる。
そこから3時間。おばあちゃんの戦争体験、孫の就職、飼い犬の腰痛まで聞いた。
話し終えて外に出ると、景色が変わっていた。電柱がない。代わりに瓦屋根。空にはドローンではなくトンビ。観光客が全員ちょんまげ。
ユカリ100号が言う。
「一瞬さんの長話が強すぎて、半径2キロが江戸時代になりました」
「なんで」
「おばあちゃんの『昔はよかった』が具現化した。縁エネルギー、歴史も曲げる」
江戸化した奈良で、俺は指名手配された。罪状「脱藩」。戸籍が江戸時代に巻き込まれたためだ。奉行所は鹿だった。鹿奉行は言う。
「お主、縁を粗末にしたな。切腹せい」
「嫌です」
「では婚活せい。縁ポイントが足りぬ」


第4章 

パートナーガチャ神社


逃げ込んだ先は春日大社。ただし様子がおかしい。鳥居にネオン。賽銭箱がスロット。
巫女ユカリ999号がマイクで叫ぶ。
「本日縁ポイント大放出デー! すれ違った人と即ガチャできます! レアSSRは『ずっといたい』!」
参拝客が次々とガチャを回す。ガラガラ。ポン。
「おめでとうございます! 三重県の漁師と北海道の銀行員、カップル成立! 式は明後日!」
当人たちは初対面。でも法律なので逆らえない。号泣しながら婚姻届にサインしている。
俺は隠れた。だが神主ユカリ1000号に発見された。
「狭山一瞬様ですね。あなたは弊社のVIP。SSR確定ガチャを無料で回せます」
「断る」
「拒否は懲役200年」
泣く泣く回した。ドラムロール。キラキーン。
「SSR『もっといたい』一瞬専用バージョン当選! 相手は……」
ドラが鳴り止まない。煙が出る。機械が爆発。四散した紙吹雪の中から出てきたのは、
「私です」
初期ユカリ1号だった。
「え、お前自分と結婚すんの?」
「法律に、自分と結婚しちゃダメって書いてない」
書いてない。確かに書いてない。省庁のバグだった。
かくして俺は、俺から生まれた縁の妖精と婚姻した。婚姻届の保証人欄には鹿が蹄でサインしていた。行政、何してんの。



第5章 

また会う約束をしない勇者たち


新婚初夜、ユカリが言った。
「一瞬さん、知ってる? 約束すると宇宙が壊れるの」
「なんで」
「縁は『また会えたらいいな』の軽さでしか維持できない。確定させると並行宇宙が収束して、他の可能性が死ぬ」
試しにユカリが「明日デートしよ」と言った瞬間、東大寺大仏がくしゃみをして倒壊した。
「ほらね」
「もう二度と言うな」
俺たちは約束をしない生活を始めた。「じゃあ」で別れ、「気が向いたら」で再会する。すると不思議なことに、奈良中のユカリが安定し始めた。江戸時代も元に戻り、火星艦隊も「駅弁うまかった」と言って帰っていった。
俺は気づく。縁って、握りしめた瞬間に消えるシャボン玉だったんだ。
道を尋ねる。暑いですねと言う。笑顔が見えたら少しだけ長話をする。でもその先は追わない。追わないから、また会える。
終章 ずっといたい、の一言だけ
半年後、さいたま市。俺のエンカウンター指数は3になった。ユカリと、週一で来る宅配クリーニングの人と、たまに話す隣の部屋の大学生。それだけ。
政府は俺を「縁の聖人」として表彰したが、式典で「おめでとう」と言われた瞬間にユカリが3人増えたので辞退した。
奈良にまた一人で行った。鹿に煎餅をやる。鹿はもう俺を覚えていた。
隣にユカリがいる。
「また来たね」
「約束してないけどな」
「うん。それがいい」
夕陽が東大寺の屋根をオレンジに染める。観光客が一人、地図を広げて困っている。
俺は一瞬迷った。話しかければ、また何かが始まる。面倒くさい。世界が壊れるかもしれない。
でも、気づけば口が動いていた。
「道、迷ってます?」
パキン。
でも今回は、空は割れなかった。代わりに、小さなユカリが一人だけ、俺の肩に生まれた。
彼女は言った。
「それでいい。それが、楽しくて、なんとも楽しくて」
俺は笑った。きっと明日も、知らない誰かとすれ違う。
その全員と二度と会わないかもしれない。でもアクシデントがあれば、糸は繋がる。
それを縁と呼ぶなら、大切にしたいと思う。
約束はしない。ただ、また会えたらいいな、とだけ。
その軽さが、宇宙で一番強い力だと、俺は知っている。
『縁の確率が0.00003%しかない宇宙で』 完


スピンオフ1 
ユカリちゃん、さいたま市役所に就職する
配属先は縁結び課

本編の半年後。奈良の時空崩壊が収束し、増えすぎたユカリたちは政府によって保護された。問題はその数、推定8億体。処分案も出たが、「縁の妖精を廃棄すると全人類の婚姻率が0%になる」と判明し、急遽公務員として雇用されることに。
元祖ユカリ1号は狭山一瞬の戸籍上の妻だが、「扶養に入ると縁ポイントが加算されて危険」という理由で別居中。彼女は言う。
「暇だし、働く。公務員なら一瞬さんと同じ職場で、会わずに済む」
面接官は一瞬だった。気まずい。
「志望動機は」
「楽しくて、なんとも楽しくて、を全国に広めたい」
「不採用」
「労働基準法違反です」
採用された。
配属先は新設「さいたま市縁結び課」。業務内容は、エンカウンター指数が低い市民に「合法的なアクシデント」を起こさせること。 

 
例1:独身男性の前に、わざと自動販売機で小銭をばらまく。 

 
例2:図書館で同じ本に手を伸ばすシチュエーションを1日8回演出。 

 
例3:「暑いですね」って言うだけのバイトを雇い、駅前に配置。


ユカリは有能だった。初月でさいたま市の婚姻率が4200%上昇。市長がユカリにプロポーズした。市長は既婚者だった。市が崩壊しかけた。
一瞬は頭を抱える。
「お前、加減しろ」
「だって、縁って、大切にしたいって、一瞬さんが言った」
「俺が言うと呪文になるのやめろ」
最終的にユカリは「縁のインフレを防ぐため」という名目で、週休5日の名誉課長になる。主な仕事は、庁舎の屋上で鹿に餌をやりながら「また会えたらいいな」と呟くこと。それだけで市の離婚率が0%になった。理由は誰にもわからない。
市役所の給湯室には今も張り紙がある。
『ユカリ課長に「お疲れ様です」と言うと結婚します。挨拶は会釈までに』


スピンオフ2 
火星大使、近鉄の定期を買う

定期券で銀河平和

本編第2章で近鉄奈良駅に降り立った火星艦隊。その指揮官、火星大使ゾルバ・ゴンザレス42世は、駅員の「定期にします?」という一言で運命が変わった。
「テイキ? 地球の武器か」
「いや、割引です。6ヶ月買うと1ヶ月分お得」
「買う。火星全土の分」
こうして火星は近鉄の超得意客になった。火星兵は全員ICOCAを持ち、奈良〜大阪難波間を毎日通勤する。目的はない。定期があるからだ。
問題が起きた。火星に駅がない。
大使は近鉄本社に陳情する。
「我が星にも駅を。民が定期を活かせない」
近鉄は悩んだ末、回答した。
「無理です。火星まで線路引くと、初乗り運賃が国家予算超えます」
大使は涙した。部下が提案する。
「大使、我々が奈良に移住すれば解決では」
「天才か」
翌月、火星人2000万人が奈良県に住民票を移した。奈良の人口が突然爆増し、鹿せんべいが通貨になった。火星人は真面目なので、ちゃんと朝8時30分の急行で通勤する。行き先はない。でも定期があるから乗る。近鉄は空前の黒字。日本政府は火星人を「ふるさと納税の対象」にした。
大使は今、近鉄奈良駅の駅長室にいる。駅長と毎日将棋を指している。
「大使、そろそろ帰国の時期では」
「いやだ。定期がまだ5ヶ月残ってる」
「火星の政治は」
「副大使にリモートでやらせてる。彼はイオンモール橿原で働いてる」
地球と火星の国交は、こうして近鉄の定期券1枚で維持されている。
駅の発車メロディは今、『火星のテーマ』に変わった。鹿も拍子を取っている。


スピンオフ3 
鹿奉行、恋に落ちる

裁くのは恋
本編第3章で江戸化した奈良を治めていた鹿奉行。名は「角蔵」。角が立派なのでその名がついた。本来はただの奈良公園の鹿だったが、時空崩壊で奉行になった。語尾は「〜でござる」。
江戸が元に戻った後も、角蔵だけは人語を喋る能力が残った。観光協会が「ゆるキャラより安上がり」と判断し、正式に奈良市特別公務員として雇用。主な仕事は、観光客の荷物持ちと悪質な鹿せんべい転売の取り締まり。
ある日、角蔵は事件に遭遇する。修学旅行生が、子鹿に石を投げた。角蔵は即座に取り押さえ、白州へ連行した。
「この悪ガキめ、切腹申し付ける」
「鹿が喋った!」
「奉行でござる」
そこへ現れたのが、獣医の女性、吉野さくら26歳。彼女は言う。
「鹿さんは悪くない。驚いて石投げちゃっただけ。私が叱るから、切腹はやめて」
角蔵は初めて胸が鳴った。反芻ではない。恋だった。
だが問題がある。彼は鹿だ。彼女は人間だ。種族の壁。法律の壁。何より、彼には角がある。ハグできない。
角蔵はユカリ1号に相談した。
「拙者、恋をしたでござる。どうすれば」
「暑いですね、って言えばいいよ」
「もう9月でござる」
「じゃあ、道を尋ねなよ」
「拙者、奈良の道なら全部知ってるでござる」
結局、角蔵は不器用に手紙を書いた。字は蹄で書いたのでミミズが這ったようだった。
『さくら殿。拙者と、鹿せんべいを分け合ってくれぬか。でござる』
さくらは笑って答えた。
「いいよ。でも条件。奉行やめて、ただの角蔵に戻って」
「なぜ」
「奉行の角蔵より、ただの角蔵の方が、ずっといたいって思うから」
角蔵は辞表を出した。角もヤスリで丸めた。翌日から彼は公園のただの鹿に戻った。でも、さくらのポケットにはいつも鹿せんべいが入っていて、彼女が来ると角蔵は必ず近くにいる。
観光客は言う。
「見て、あの鹿カップル。微笑ましい」
角蔵は思う。約束なんかしない。また明日、彼女が来てくれたらいいな。それだけで、十分でござる。


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【あとがき】
 最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。
 たぶんこの小説は、
 「何を読まされたんだろう」
 という感想と、
 「なんだか少し泣きそう」
 という感想が同時に来るタイプの作品です。
 それで正解です。
 この物語を書いている間、
 私はずっと「縁」というものについて考えていました。
 人生には、
 二度と会わない人がたくさんいます。
 電車で隣に座った人。
 旅行先で道を教えてくれた人。
 一度だけ笑い合った店員さん。
 名前も知らない。
 連絡先も知らない。
 でも、なぜか忘れない。
 そういう小さな出来事が、
 人を少しだけ前に進めることがある。
 狭山一瞬は、
 誰とも関わらずに生きようとしていました。
 けれど結局、
 人は誰かと少しだけ繋がりながら生きていく。
 それは重たい運命ではなく、
 もっと曖昧で、
 もっと適当で、
 でも温かいものなのだと思います。
 約束しなくてもいい。
 無理に縛らなくてもいい。
 ただ、
 「また会えたらいいな」
 と思えるだけで、
 世界は少し優しくなる。
 そんな気持ちを、
 鹿と火星人と増殖する妖精を使って表現しました。
 冷静に考えると何を書いているのかわかりません。
 ですが、
 楽しくて、なんとも楽しくて、
 最後まで書いてしまいました。
 もしどこかで、
 奈良の鹿を見かけたり、
 近鉄に乗ったり、
 あるいは誰かに道を尋ねられたりした時、
 この物語を少しだけ思い出していただけたら幸いです。
 その時もし、
 肩の上に小さなユカリちゃんが見えても、
 きっと気のせいではありません。
また会えたらいいな。


あらすじ
西暦3092年。人類は「エンカウンター指数」という法律で管理されている。見知らぬ他人と会話すると、政府AI「ユカリ」が「縁ポイント」を計測し、一定値を超えると強制的に住民票が統合されたり、勝手に結婚させられたりするディストピア。
主人公は埼玉県在住の無気力な独身公務員 狭山 一瞬。彼のエンカウンター指数は驚異の0。30年間誰とも目を合わせずに生きてきた。ある日、上司から「奈良県に古代ワームホールがある。視察してこい。ついでに誰かと喋ってこい」と無茶振りされる。
奈良に着いた瞬間、古代遺跡が誤作動。時空が歪み、「一度すれ違っただけの他人と、二度と会わないはずの宇宙線」が具現化してしまう。それが可愛い見た目の宇宙生物 ユカリちゃん。ユカリちゃんは「アクシデントを起こせば起こすほど、私、増えるよ!」と無責任に宣言。
一瞬は「暑いですね」の一言を放っただけで、ユカリちゃんが分裂。分裂したユカリちゃんが別の通行人に話しかけ、さらに分裂。奈良の街は数時間でユカリちゃんに埋め尽くされ、観光客と鹿とユカリちゃんの三つ巴のカオスに。
「道を尋ねる」「振り返る」「長話をする」すべての行動が時空分岐を引き起こし、パラレル奈良が無限に生成されていく。気づけば一瞬は、立ち寄るはずじゃなかった「奈良県民しか入れない異次元スーパー銭湯」「鹿が市長をやってる東大寺市」「パートナー強制マッチング神社」などを彷徨うハメに。
そしてユカリちゃんの最終形態は、感情を数値化する女神「マタアウノミコト」。彼女は言う。「約束など不要。また会えることをわずかに願う心。それが全宇宙で一番強い縁エネルギーなの」