〜ご挨拶〜
素人が
長年 溜め込んだ物語を
いくつかピックアップし
1週間掛けて纏めてみる昨今
Kindleというものを知り
それは
新たな遊びを見つけた感覚で
毎週 日曜日に
その中から10本を選び
パソコンと格闘しながら
そこへと載せてみる
もちろん
膨大な中で埋もれたままではあるけれど
これもまた
あくまでも自己満足な世界と微笑んでみる
その10本から漏れたものを
こうして毎日ここに載せて
ここに来て下さっている
見えない方々の反応を確かめて
反省などする
物語の多くを滑稽なSFとしたのは
SFと割り切れば
何でもありとなり
思ったことを勝手に膨らましても
成り立つことが分かったからで
セミリタイアし
親たちの介護の合間を縫って
そんな時間を楽しむ今
わずかでも
ご意見をお寄せ下されば
嬉しく思います
いつか
落書きした多く絵に
不思議な物語を添えて
大人の絵本にでもと
思いながら…
第六感
ある夢見る者と、不思議な生きものの物語
〜まえがき〜
人は昔から、「見えないもの」を感じながら生きてきました。
夜道でふと振り返る感覚。
夢の中でだけ会える誰か。
犬や猫たちが、誰もいない空間をじっと見つめている瞬間。
科学が発達した現代でも、私たちは時折、説明のつかない感覚に出会います。
この物語は、そんな「もうひとつの感覚」について書きたくて生まれました。
夢とは何なのか。
意識とはどこまで広がっているのか。
もし人間が、かつて持っていた感覚を少しだけ失っているのだとしたら——。
月面、分子転送、夢の研究。
SFという形を借りながら、この物語が描こうとしたのは、とても小さくて個人的な願いです。
大切な存在は、姿が見えなくなっても、どこかでこちらを見ているのではないか。
そんな気持ちを、ぱふという不思議な生きものに託しました。
静かな夜に、ゆっくり読んでいただけたら嬉しく思います。
その昔、人間たちにも五感以外のものが備わっていたのだろう。
そうだ——第六感と言われるやつだ。
時折、犬や猫たちが立ち止まって何かを見ているような、
でも、僕らには何も見えないような。
そんな、もう一つ別の感覚が、
かつてはここにあったのだろう。
——『第六感』より
第一章
夢の始まり
目が覚めると、いつもと同じ朝だった。
カーテンの隙間から光が差し込み、枕元の時計が七時十五分を示していた。だが僕の意識はまだ夢の中に半分残っていて、現実の輪郭がぼんやりとしていた。
枕元のノートの表紙には、子供の頃に描いた金色の箱の落書きがある。何の箱かは覚えていない。
夢を見る。それが僕の習慣であり、ある種の職業でもあった。
正確には、国立睡眠研究所の研究員として、僕は自分の夢を記録し分析する仕事をしている。名前は桐島湊、三十二歳。専門は「夢の構造解析」——意識が眠りの中で紡ぐ物語の法則を研究する、世間からはひどく変わり者だと思われている種類の学者だ。
ノートを手に取る。ベッドの脇には常に、夢を記録するためのノートと万年筆を置いている。目覚めてから三分以内に書き留めなければ、夢の細部は蒸発するように消えてしまう。
今朝の夢は、いつにも増して鮮明だった。
◆ 金色の電話ボックス ◆
夢の中で、僕は未来にいた。
どれだけ未来なのかは分からなかった。建物の形も街の匂いも、現代のそれとさほど変わらない。ただ、道の角に立つ電話ボックスだけが、決定的に違った。
それは金色だった。
眩しいほどの金色で輝いていて、朝の光を受けてぎらぎらと反射していた。ガラス張りの壁面の内側に操作パネルがあり、数字ではなく座標を入力するようになっている。緯度と経度、それから時刻。行き先をセットすると、身体が分子の単位まで分解され、電波として——あるいは光として——目的地まで転送される。
夢の中の僕は、それを当たり前のことのように知っていた。
技術の名前は「分子転送」。正式には「量子位相変換輸送システム」と呼ばれているが、街の人々はただ「ボックス」と呼んでいた。光の速度で移動できるが、光年単位の距離には対応していない。銀河間旅行にはまだ使えない——それが夢の中の世界の「常識」だった。
しかし今、この技術が最も活躍しているのは輸送ではなかった。
医療だ。
分子へと分解し、再び人体へと組み上げる過程で、異常な細胞を取り除くことができる。がん細胞も、変質したたんぱく質も、蓄積した毒素も——分子の選別という行為を通じて、身体の中の「不純物」を完璧に除去できるのだ。
それによって生き返った存在が、夢の中に現れた。
◆ ぱふ ◆
ぱふ、と僕は心の中で呼んだ。
それは犬でも猫でもなかった。強いて言えば——どちらでもない、不思議な生きものだった。大きさは中型犬ほど。体毛は白く、やや透けて見える。耳は少し大きく、瞳は金色で、夕暮れ時の空のような複雑な色をしていた。
ぱふは、以前死んでいた。
病名は、もう思い出せない。思い出せないことにしているのかもしれない。
それだけは、夢の中の僕には自明のことだった。あの日——ぱふが分子転送装置の医療モードによって治療を受け、再びこの世界に戻ってきたとき、僕はどれだけ泣いたか覚えていない。
ぱふは夢の中でも現実でも、僕のそばにいる。
起きているときも、眠っているときも。
今朝の夢では、ぱふが任務の相棒だった。
第二章
月面任務
「桐島研究員、準備はよろしいですか」
夢の中の声は女性のもので、どこか機械的に整えられた響きがあった。国の機密機関——正式名称は「量子転送応用研究局」、通称QTARの本部は地下三十メートルにあり、外からは存在さえ分からない。
「大丈夫だ」
僕は転送スーツを着込んだ。分子分解・再構築の際に識別情報を保持するための特殊繊維で作られていて、これを着ていないと再構築時に「誰であるか」が少しずれることがある。理論上は問題ないが、実験段階では何人かが別人の記憶を持って戻ってきたことがあった。
ぱふが傍らに来た。
金色の瞳で僕を見上げ、しっぽをゆっくりと振る。
「今日は月だよ」と僕は言った。「一緒に来るか」
ぱふは答えない。でも、ついてくる。それで十分だ。
◆ 分子として飛ぶ ◆
電話ボックスは、施設内の転送室にも設置されている。街のものと同じ金色だが、こちらは二人——いや、人間一人と生きものひとつが入れる広さがあった。
座標をセットする。月面基地「セレーナ一号」の受信ブース、現地時間十四時二十分。
「行くよ」
扉が閉まる。
次の瞬間、感覚がなくなる。
「感覚がなくなる」というのは正確ではないかもしれない。意識はある。だがそれは、肉体という容れ物を持たない意識だ。光の粒として宇宙空間を走っているとき、人は驚くほど研ぎ澄まされた状態になる。時間の感覚がなくなり、思考だけが残る。
僕は、その瞬間がひそかに好きだった。
どこでもない場所にいる。肉体の重さがない。痛みも疲れも、昨日のことも、明日への不安も——すべてが、分子の向こう側に置いてきたような感覚。
そうして——
月面基地の電話ボックスの中で、僕は身体へと戻った。
少し息を整え、ぱふを確認しようと視線を落とした。
ぱふは、いなかった。
代わりに——何かがおかしかった。身体の中が、少し、違う。
温かい。
ぱふがいた場所の温度が、そのまま僕の中にある。
◆ 一体化 ◆
「桐島研究員、到着を確認。ぱふの生体反応が——」
通信機から声が途切れた。
「どうした」
「ぱふの反応が、あなたと重なっています。転送エラーです。詳細は分析中ですが、識別情報の境界が——」
分かった、と僕は思った。
ぱふと僕が、一体化してしまった。
奇妙なことに、恐怖はなかった。むしろ——身体の内側から、ぱふの気配がじんわりと伝わってくる。笑っているような、嬉しそうな温度が。ぱふが好きなとき、あの独特の、しっぽを振るときの体温と同じものが、僕の胸の奥にあった。
「大丈夫だ」と僕は言った。「任務を続ける」
「しかし——」
「戻るための技術的解決より、今ここでしかできない観測の方が優先だ。判断は僕がする」
通信機の向こうで沈黙があり、やがて「了解」という短い返答が来た。
僕は月面基地の扉を開けた。
第三章
第六感
月の大気は、地球のそれとは根本的に違う。
月面基地の外部観測デッキは加圧されているが、窓の向こうには何もない空間が広がっていた。光が違う。影が違う。空気の揺れが、ない。
だが——
見えた。
何かが、見えた。
目に見えるものではない。視神経を通って届くものではなく、もっと直接的に——脳に、届く何かが。
僕は観測デッキの中央で立ち止まった。
◆ 脳に届くもの ◆
それは——
匂いではなかった。
音でも、光でも、温度でも、圧力でもなかった。
強いて言うなら——「情報」だ。
地球では感知できない、何らかの情報が、月という場所から直接、脳へと流れ込んでくる。それは言語を持たない。像も持たない。ただ、確かに「ある」という感覚として届く。
「ぱふ」と僕は心の中で言った。
お前はこれを感じていたのか。
地球で、誰もいない空間をじっと見つめていたとき。廊下の角で立ち止まって、僕には何も見えない方向に鼻先を向けていたとき。あの金色の瞳が、どこか遠くを見ているような表情をしていたとき。
お前はずっと、これを受信していたのか。
胸の内側から、温かい肯定が返ってきた。言葉ではない。でも、確かに——うん、というような。そういう温度が。
テレパシー、と僕は思った。
脳から脳へ、直接伝わる言語以前の情報。人類がかつて持っていたはずの、五感に含まれない第六の感覚。
◆ 失われた交換 ◆
なぜ人間はこれを失ったのか。
答えは、月面に浮かぶ地球を眺めながら、自然に浮かんできた。
火だ。
人間は火を手に入れた。火によって夜を制し、寒さを制し、食物を変え、道具を作り、やがて文明を築いた。だがその見返りとして——何かを手放した。
火を使いこなすために、人間の脳は変化した。計画を立てる能力、因果を読む能力、言語を精緻化する能力——そうした「意識的思考」が発達するにつれて、もっと根源的で、もっと動物的な感覚が——使われなくなった。
使われない感覚は、退化する。
だが完全には消えていない。犬や猫の中には、今もそれがある。そして月という、地球の電磁ノイズから切り離された場所では——人間の脳にも、まだ残っているその感覚の痕跡が、微かに反応する。
ぱふと一体化しているから、増幅されているのかもしれない。
ピラミッドのことを思った。あれほどの巨石を、なぜ古代人が動かせたのか。ナスカの地上絵を、なぜ飛ぶ手段を持たない人間が描けたのか。もしかすると——翼などいらなかった。飛べたのだ。この感覚を使って、物を動かすことができた。重力に逆らう方法を、彼らはまだ知っていた。
そうか。
そうだったのか。
月面から地球を見ながら、僕はひとり呟いた。
第四章
先立った人々
急いで地球に戻る必要があった。
この発見を報告し、研究として再現実験を行わなければならない。月という環境、ぱふとの一体化——どちらが感覚の解放に寄与したのか、あるいは両方の組み合わせなのか。
転送ブースへと戻り、地球の座標をセットした。
再び、分子になる。
光になる。
宇宙を走る。
そして——地球の施設に戻ると、僕はひとりだった。
ぱふの体温が、消えていた。身体の中の温かさが、元の場所へと帰っていた。扉を開けると、ぱふが転送ブースの外で待っていた。金色の瞳で、いつものように僕を見上げて。
「帰ったよ」と僕は言い、膝をついてぱふの頭を撫でた。
ぱふは目を細めた。
そして——何も感じなかった。
第六感は、消えていた。
◆ 再び月へ ◆
研究員たちに報告すると、「興味深い事例だ」という反応が返ってきた。分子転送中の識別情報混在が、神経系に特殊な状態を引き起こした可能性。あるいは月面の電磁環境が、睡眠中に近い脳波状態を誘発した可能性。
理論はいくつも出てきたが、再現できなければ意味がない。
「もう一度、ぱふと一緒に月へ行こう」
今度は意図的に、同じ条件を作ろうとした。ぱふを伴って転送ブースに入り、月面基地へ向かう。しかし今回は、エラーは起きなかった。ぱふは正常に転送され、月面でも独立した個体として存在していた。
第六感は、来なかった。
観測デッキに立っても、あの「情報が脳に届く」感覚は再現されなかった。ぱふは隣に座って、月面の虚空をじっと見つめていた——あのとき、ぱふの目には何が見えていたのだろう。
「何が見えてる?」と聞いてみた。
ぱふは答えない。しっぽだけが、ゆっくりと揺れた。
どんな任務かと思いながら、僕はぱふを抱き寄せた。
すると——何かがおかしかった。
◆ 入れ替わり ◆
抱きしめたはずが、抱きしめられていた。
いや——正確には、抱きしめようとした側と、抱きしめられた側が、入れ替わっていた。
僕はぱふだった。
ぱふの身体の中に、僕の意識があった。床の高さが違う。見える角度が違う。前足の感触、後足の重さ、しっぽの存在感——すべてが新鮮で、奇妙で、なぜかとても懐かしかった。
人間の桐島湊は目の前に立っていて、少し呆然とした顔をしていた。彼の中に、今はぱふの意識があるはずだ。
嬉しい、と思った。
犬として感じる嬉しさは、人間として感じるそれよりずっと単純で、ずっと深かった。全身で喜びを感じる。しっぽが勝手に動く。ひとつのことが、全部になる。
まあいいか、と思った。しばらくはこのままでいよう。
この姿も楽しかろう。
◆ 見えるもの ◆
そして——見えた。
観測デッキの端に、人が立っていた。
月面基地の研究員ではない。転送スーツも着ていない。ただそこに、自然に立っている。こちらを見て、微笑んでいる。
一人ではなかった。複数の人が、そこにいた。どの人も、どこか懐かしい感じがした。名前を、知っている気がした。会ったことがある気がした。でも——
やあ、と言うように、彼らは微笑んだ。
先立った人々だ、と分かった。
犬の感覚では、それが自明だった。説明ができない。でも確かに分かる。この人たちは、もうここではないどこかにいる人たちで、それでも今ここに来ていて、こちらを見ている。
ぱふはずっと、こういうものを見ていたのか。
地球で、廊下の角で立ち止まっていたとき。誰もいないはずの部屋の隅を見つめていたとき。あの金色の瞳に映っていたのは——こういう人たちだったのか。
怖くはなかった。
悲しくもなかった。
ただ——ああ、みんないるんだな、と思った。どこかに。こうして、たまに来てくれるんだな、と。
これは第六感か。
はたまた——第七感か。
第五章
目覚め
そこで、目が覚めた。
七時十五分。カーテンの隙間からの光。枕元のノートと万年筆。
いつもの朝。
ただ——ぱふが、布団の上で丸まっていた。金色の瞳が、半分開いてこちらを見ていた。
「おはよう」と言うと、ぱふはしっぽを一度だけ動かした。
夢を書き留める。詳細に、できる限り。金色の電話ボックス、月面、一体化、入れ替わり、先立った人々の微笑み。万年筆がノートの上を走る。
書きながら、思う。
夢は何のために見るのだろう。
研究者として答えるなら、記憶の整理や感情の処理のためだ。睡眠中に脳が情報を再編成し、不要なものを捨て、必要なものを長期記憶として固定する——そのプロセスの副産物として夢は生まれる、と教科書には書いてある。
でも。
本当にそれだけだろうか。
◆ 研究者の仮説 ◆
ぱふを抱き上げ、窓の外を見る。朝の光の中に、街がある。人々がいる。車が走り、鳥が飛び、誰かが犬を散歩させている。
五感でそれが分かる。
目で見て、耳で聞いて、皮膚で空気の温度を感じる。人間はその五つの窓から世界を認識する。
しかし——もし、六番目の窓があったとしたら?
眠っているとき、意識が肉体の枠から少しだけ外れるとき——閉じていたその窓が、かすかに開く。夢として流れ込んでくるものは、単なる記憶の断片だけでなく、ふだんは遮断されている何かも含まれているのではないか。
ぱふはずっとそれを受け取っている。
人間は眠るときだけ、それをかすかに受け取る。
だとすれば——夢を研究することは、失われた感覚の残滓を研究することに他ならない。
桐島湊、三十二歳、国立睡眠研究所研究員は、ノートにこう書き記した。
「仮説:夢は、第六感の痕跡である」
ぱふが鼻先を、ノートに押しつけてきた。
「読めないだろう、お前には」と言うと、ぱふはふんと息を吐いた。
そのとき、ぱふの金色の瞳が、部屋の隅を向いた。
何もない場所を、じっと見ている。
しっぽが、ゆっくりと揺れている。
誰かいる、と思った。
先立った人々が、朝の光の中で微笑んでいるのかもしれない。
やあ、と言いながら。
僕には見えない。でも——ぱふには見える。
それでいい、と思った。
ぱふが見ていてくれるなら、それだけでいい。
今日も夢を見るだろう。明日も。また別の場所へ、別の時代へ、別の身体で旅をするだろう。
そしてきっと——また、かすかに開く。
六番目の窓が。
おわりに
夢の中で、ぱふと月へ飛んだこと。分子になって宇宙を渡ったこと。入れ替わり、先立った方々の微笑みを見たこと。
犬や猫たちが、誰もいない空間をじっと見つめるとき——彼らの目には、何が映っているのでしょう。
第六感と呼んでも、第七感と呼んでも、あるいは別の名前を与えても構いません。
ただ、ぱふのような存在が傍らにいて、見えないものを見ていてくれる——それだけで、世界は少し、広くなるような気がします。
いつかまた、夢の中で会いましょう。
やあ、と言いながら。
了
〜あとがき〜
この物語を書きながら、私は何度も「夢」について考えました。
夢は脳の整理だ、と説明することはできます。
けれど、それだけでは片づけられない感覚が、確かにある気がするのです。
もう会えないはずの人が出てくる夢。
なぜか忘れられない景色。
言葉では説明できないのに、心だけが覚えている感覚。
人間は、合理性と引き換えに、何かを少しずつ置いてきたのかもしれません。
でも、完全には失っていない。
眠るとき。
祈るとき。
誰かを強く想うとき。
ほんの少しだけ、その窓が開く。
そんな気がしています。
そして犬や猫たちは、今もその窓の近くにいるのではないでしょうか。
ぱふは最後まで何も説明しません。
でも、説明しないまま寄り添ってくれる存在こそ、人生には大切なのかもしれません。
いつかまた、夢のどこかで。
やあ、と言いながら。

