身銭を切れぬ男
~バブル霞が関ドタバタ顛末記~


〜まえがき〜

昭和の終わり頃、日本は少しおかしかった。

いや、「少し」ではなかったのかもしれない。
土地の値段は空まで届きそうな勢いで上がり、銀座では毎晩タクシー争奪戦が起き、人々は「この好景気は永遠に続く」と、どこか本気で信じていた。

もちろん、そんなはずはない。

けれど、時代というものは不思議なもので、その渦中にいると、人はなかなか気づけない。
気づけないまま、笑い、怒り、威張り、飲み、転びながら、生きていく。

本作に登場する国枝勝男という男も、そんな時代を全力で泳いでいた一人です。
接待されることに慣れ、自分の財布を開くことを忘れ、それでもどこか憎めない。
むしろ私は、こういう人間臭い人物が好きでした。

「身銭を切る」という言葉があります。

お金の話のようでいて、実はもっと別のことなのではないか。
自分で選び、自分で払い、自分で責任を持つ。
それは結局、自分自身の人生を引き受けることなのかもしれません。

この物語は、バブル時代を笑うためだけの話ではありません。
時代に流されながらも、最後に少しだけ“自分”を取り戻した男の、小さな人間喜劇です。

笑っていただけたなら嬉しい。
そして読み終えたあと、百二十円の缶コーヒーでも飲みたくなっていただけたなら、とても嬉しく思います。






第一章 大蔵省のトラ、現る

昭和六十三年、春。
日本列島はバブルという名の甘い幻想に全身をひたしていた。地上げ屋が走り、ゴルフ会員権が億を超え、タクシーは捕まらず、女たちはお立ち台で踊り狂っていた。
そんな時代の東京・霞が関、財務省の前身たる大蔵省の一室に、一人の男が君臨していた。

その名は、国枝勝男(くにえだかつお)、四十八歳。
主計局の次長という肩書きを持ち、部下からは「トラ次長」と恐れられていた。なぜトラかといえば、怒ると顔が縦縞模様に見えるほど赤くなるからである。本人は虎のような威厳があるからだと信じていた。

「おい、高橋! この稟議書のどこに私のハンコがある!!」
国枝は分厚い書類を机にたたきつけた。コーヒーカップが吹っ飛び、部下の高橋係長の頭に直撃した。
「も、申し訳ございません! ただいま——」
「いまじゃ遅い!! 昨日中に回ってこなければならんのだ!! わかっとるか!!」
国枝の顔はすでに縦縞模様であった。

国枝の日常はこうだ。
朝は省用車で登庁。昼は接待ランチ(当然、お相手の民間企業持ち)。午後は会議(部下に説教するための儀式)。夕方から接待ゴルフの送迎(やはり民間持ち)。夜は銀座の高級クラブ(これも民間持ち)。
自腹を切ったのは、五年前に地元の自動販売機でコーラを買ったときが最後だという伝説があった。

「国枝次長って、財布持ってるんですかね」
新入りの三浦雄二(二十三歳、入省一年目)が小声で同僚にささやいた。
「持ってない。というか、持つ必要がないんだよ、あの人は」
先輩の篠田が苦笑いしながら答えた。
「でも、それっておかしくないですか」
「おかしいよ。でも、それが霞が関のルールなんだ」
三浦はまだ信じられなかった。入省前、父親から「身銭を切れる男になれ」と教わって育ってきたのだから。



第二章 伝説の接待ゴルフ大作戦

五月のある土曜日。
国枝は山梨県の超高級ゴルフ場「富士見クラシックカントリークラブ」にいた。会員権が一億二千万円という、バブルの申し子のような場所である。
「国枝次長、どうぞ」
丸の内物産の総務部長・前田が、キャディに持たせた最高級ドライバーを恭しく差し出した。

「うむ」
国枝は鷹揚にうなずき、ティーグラウンドに立った。
体型は中肉中背だが、腹だけが立派に前に出ており、ゴルフウェアを着ると江戸時代の番頭のように見えた。それでも本人は「精悍な体型」と思っていた。

国枝がスイングした瞬間、悲劇は起きた。
「ぬおおおおっ!!」
盛大な空振り。しかもその反動でバランスを崩し、ティーグラウンドの端から一段下がった斜面に転がり落ちた。
「つ、次長!!」
前田が駆け寄ったが、国枝はすでに土まみれになって斜面の途中で止まっていた。真新しいポロシャツに泥の花が咲き乱れた。

「だ、大丈夫ですか!!」
「うるさい! 見るな!!」
国枝は立ち上がり、何事もなかったように砂を払った。顔は縦縞どころかタコのように赤い。
「……もう一度打つ」
「もちろんです、もちろんです。前田さん、ボールを」
丸の内物産の若手社員・坂本がせっせとティーアップしながら、必死に笑いをこらえていた。肩が小刻みに震えている。

「坂本!! お前、笑っとるだろう!!」
「め、滅相もございません!! 花粉症でして!!」
「五月に花粉症があるか!!」
「最近は一年中でして——」
「黙れ!!」
国枝の二打目は、今度はボールの上をかすり、ゴロで前方二十メートルに転がった。ショートホールである。
「……ナイスショット!!」
前田が絶叫した。接待の鑑であった。



第三章 銀座の夜、そして財布の謎

その夜、一行は銀座の会員制クラブ「蘭」に流れた。
ボトルがずらりと並び、着物姿のホステスが笑顔を振りまき、一夜で軽く百万円が飛ぶような場所だ。当然、請求書は前田の会社に向かう。
国枝は上座にどかりと陣取り、水割りを三杯飲んだところで哲学を語り始めた。これが彼の悪癖であった。

「いいか、前田君。人間はな、金というものをどう使うかで器がわかる」
「おっしゃる通りです」
「惜しみなく使える男が本物の男なんだ」
「まさに! 次長はいつも豪快で——」
「そうだろう。私はね、金の重さをよく知っておる」
前田は水割りを一口飲みながら、心の中で呟いた。(あなたが払ったためしが一度もないじゃないですか)


そのとき、事件が起きた。
国枝がトイレに立ち、戻ってくるなり蒼白な顔をしていた。縦縞ではなく、今度は青白い横縞のような顔色だった。
「ど、どうされました?」
「……財布を」
「財布?」
「財布を……落とした」
沈黙が流れた。

「どちらで?」
「ゴルフ場の……斜面を転げ落ちたときに……おそらく」
前田は即座に若手の坂本に目配せした。坂本は素早く公衆電話へと急ぎ、ゴルフ場に電話した。
しばらくして、坂本が戻ってきた。
「次長、落とし物係に財布が届いておりました。中身も無事だそうです」
国枝は安堵の息を漏らした。
「そうか……よかった」
「ちなみに、中にいくら入っていたかお確かめになりますか?」
「……千二百円だ」
前田と坂本は目を合わせ、同時にトイレへ駆け込んだ。

国枝の財布に入っていた千二百円は、すべて十円玉と百円玉だった。後でわかったことだが、国枝は毎朝自動販売機で缶コーヒーを買うために百二十円だけ財布に入れておく習慣があり、たまたまその日は補充を忘れていたのだという。
千二百円は、十日分の缶コーヒー代だった。



第四章 若い衆、登場す

翌月曜日。
三浦雄二は出勤すると、国枝次長が何かを探して机をひっくり返しているのに出くわした。
「おい、三浦!」
「は、はい!」
「自動販売機! 百円玉を持っているか!」
三浦は財布を開いた。百円玉が三枚あった。
「あります」
「貸せ」
「……は?」

「貸せと言っておる!!」
三浦は百円玉を差し出した。国枝はそれをひったくるように受け取り、廊下に消えた。
五分後、缶コーヒーを手に戻ってきた国枝は、三浦に百円玉を返した。
「ほら」
「あの……一枚足りません」
「……そうか?」
国枝はまた廊下に消え、今度は二分で戻ってきた。残りの百円玉を無言で差し出した。先輩の篠田が感動したような顔で言った。
「珍しい。次長が自分の金で補充してきた」

その日の昼過ぎ、三浦は国枝に呼ばれた。
「三浦」
「はい」
「お前、いくつだ」
「二十三歳です」
「若いな」
「はい」
「金を持っているか」
「……貯金は少し」
国枝はしばらく三浦を見つめ、それからなぜか遠い目をした。

「昔な……私も若い頃は、自分で払っとったんだ」
三浦は驚いた。この人にもそんな時代があったのか。
「居酒屋で一人で飲んで、自分の金で払って、それがなんとも言えん充実感があったもんだ。自分で稼いで、自分で使う。それが一番気持ちよかった」
国枝の目が、少しだけ柔らかくなった。
「でも、いつの間にかそういう機会がなくなって……気づいたら、自分の金の重さを忘れとった」
三浦は何も言えなかった。

「若い衆はな、もっと遊べ。もっと動き回れ。自分の金で、自分の力でな」
国枝がそう言ったとき、三浦には彼が本当のことを言っているように聞こえた。
その夜、三浦は同期の仲間数人を誘い、安い居酒屋で飲んだ。みんな割り勘で、合計三千八百円。
三浦はその三千八百円が、今まで使った中で最もうまく使えた金だと思った。



第五章 バブルの宴、終わりの始まり

平成元年、秋。
空気がわずかに変わり始めていた。株価がどこかぎこちなく、地上げ屋の声がいつもより少し大きくなっていた。大きな声は、たいてい不安の裏返しだ。
国枝はそれに気づかなかった。いや、気づいていたかもしれないが、気づかないふりをしていた。接待は続き、銀座の夜は続き、ゴルフ場の送迎車は続いた。

ある夜、前田から電話が入った。
「次長、実は来月の接待ゴルフなんですが……少し規模を縮小させていただきたいと」
「縮小?」
国枝の声が低くなった。
「ええ、社の方針でして……接待費の見直しを」
沈黙。
「……わかった」
国枝は珍しく、それだけ言って電話を切った。

翌朝、国枝は三浦を呼んだ。
「三浦、今晩ひまか」
「は、はい……特には」
「飯でも食わないか」
三浦は耳を疑った。
「……次長と、ですか?」
「他に誰がおる!!」
「も、もちろん喜んで!」

その夜、国枝が連れて行ったのは、霞が関の外れにある小さな焼き鳥屋だった。カウンター六席の、煙たくて狭い店だ。
「昔、よく来とったんだ」
国枝は生ビールを一口飲んで言った。
「若い頃か?」
「そうだ。入省してすぐ……財布の中が寂しい時によく来た。ここはうまくて安い」
三浦はびっくりした。この人が自分でメニューを見て、自分で注文して、自分の財布を出す姿が、まるで別人のようだった。

焼き鳥が五本ずつ並んだ。ネギマ、砂肝、皮、つくね、レバー。
「うまいな」
国枝が静かに言った。
「はい」
「自分で払うとな、うまいんだよ。不思議なことに」
三浦はビールを一口飲み、うなずいた。
会計は二人で六千二百円。国枝が七千円を出し、「おつりはいい」と言った。
マスターが「まいど!」と笑った。
国枝の顔に縦縞はなかった。



第六章 身銭を切るということ

それから一年が経った。
バブルははじけた。株は下がり、ゴルフ会員権は紙切れになり、銀座のクラブは閉まり始め、接待費は全国の企業で削減された。
国枝の接待スケジュールは見る見るうちに減り、手帳の土日欄が白くなっていった。

「どうする気ですか、次長」
篠田が心配そうに言った。
「どうするって、何を」
「だって、接待がなくなったら、次長の……その、日常が」
国枝は少し笑った。初めて部下が見た、威張っていない顔の笑みだった。
「大丈夫だ。自分で払えば済む話だろう」

国枝はその週末、久しぶりに自腹でゴルフに行った。もちろん超高級コースではなく、郊外の公営コースだ。グリーンフィーは四千八百円。カートなし、キャディなし、弁当持参。
しかし、国枝はそのゴルフを生まれて初めて楽しいと思った。
スコアは百二十七。空振りも三回あった。それでも、自分の足でコースを歩き、自分の金でプレーし、夕暮れの富士山を眺めながらキャベツの千切りが入っただけの弁当を食べた。
うまかった。

三浦は数年後にそのことを知った。
国枝が定年で退官する日、送別会の幹事を任された三浦は、会費の集め方で悩んだ。割り勘でいいか、それとも後輩が多く出すべきか。
「割り勘にしろ」
国枝自身がそう言った。
「みんな自分で払え。自分の金で飲んだ酒のほうが、うまいに決まっとる」

送別会は居酒屋で行われた。会費は一人六千円、三十人が集まった。国枝も当然、六千円を払った。
乾杯のとき、三浦は思った。
身銭を切るということは、単なる金の話ではないのかもしれない。自分の意思で、自分の責任で、自分の人生を生きるということ。そのもっとも小さくて確実な証明が、自分の財布を開くことなのかもしれない。
国枝は上座に座っていたが、縦縞の顔ではなかった。少し照れたような、柔らかい顔だった。

三浦は六千円分、たっぷり食べて飲んだ。
それから十年後、三浦は課長になり、若い部下に言った。
「もっと遊べ。もっと動き回れ。自分の金でな、自分の力でな」
部下は不思議そうな顔をした。
「それ、どこかで聞いたことある言葉ですね」
「そうか」
三浦は笑った。「大先輩に教わった言葉だよ」



エピローグ 千二百円の財布

国枝勝男は、退官後、千葉県の小さな町で暮らした。
畑を耕し、近所の老人と将棋を指し、月に一度、地元の焼き鳥屋で一人で飲んだ。
財布には常に、きちんとした紙幣が入っていた。もちろん、全部自分で稼いだ年金だ。

ある日、近所の中学生が自転車で転び、国枝の畑の柵に突っ込んできた。
中学生は真っ青になって謝った。
「す、すみません! 弁償します!! あの、でも今お金が……」
国枝は柵を見た。少し曲がっているが、まあ直せる。
「いい。気をつけろ」
それだけ言って、畑に戻った。

中学生は後日、小遣いを貯めて自分で直しに来た。
国枝は黙って手伝った。
直し終わると、中学生が言った。
「あの……ありがとうございます」
「お前が直したんだ」
「でも手伝ってくれたじゃないですか」
国枝は少し考えてから言った。「缶コーヒーでも買ってこい。自販機のでいい」
中学生は走って行き、百二十円の缶コーヒーを二本買ってきた。

二人で畑のそばに座り、缶コーヒーを飲んだ。
「うまいか」
「はい」
「自分の金で買ったか」
「はい。お小遣いで」
国枝はうなずいた。
「それでいい」
そう言って、缶コーヒーを一口飲んだ。
百二十円の缶コーヒーは、やはり、うまかった。

            (了)


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〜あとがき〜

バブル時代というのは、不思議な時代でした。

世の中全体が、どこか熱に浮かされていた。
高いものほど価値があり、派手なものほど偉く見え、人は「払うこと」より「払わせること」に慣れていった。

けれど、時代がどれほど派手でも、人間そのものは案外変わりません。

見栄を張る人。
威張る人。
調子に乗る人。
そして、ふとした瞬間に、自分が何を失っていたのかに気づく人。

国枝という男を書きながら、私は何度も笑いました。
同時に、少しだけ切なくもなりました。

誰だって、自分の知らないうちに「当たり前」に飲み込まれていく。
だからこそ、ときどき立ち止まって、自分のお金で、自分の足で、自分の意思で生きているかを確かめる必要があるのだと思います。

もっとも、そんな立派な話をしながら、私自身もコンビニで余計なお菓子を買って後悔したりしておりますが。

それでも、自分で払った焼き鳥と缶コーヒーは、やっぱり妙にうまい。

本書が、読んでくださった皆様にとって、少し笑えて、少し懐かしく、ほんの少しだけ心に残る物語になっていたなら幸いです。