〜ご挨拶〜

素人があれこれと
文字と格闘してみると

やはり
恋愛の物語が一番難しいと
結果付けたのは
僕らモテないくんには
そんな経験値がないからで…

それとは逆に
夢やSFにしてしまえば
意外と言葉が現れるのは
何でもあり! な物語となり

無茶苦茶でも
なんとかなるかも? な
そんなことなのでしょう  笑

それよりも
困っているのは
登場人物の名前で

仲間内を見回しては
実名を使えないので
苗字と氏名とを
半分づつお借りしたり

困った時には
自分の名前でも なんて…

セミリタイアし
ちょいと出来た時間の中
過去にブログで書いた
膨大な量のネタを
ひとつひとつ掘り起こして
好き勝手な物語に仕立てるという
新たな遊びを手に入れただけの
初老のオヤジの呟きに
しばし
お付き合い下さいまし…


そして

何かを残したいだけで

投稿し始めたAmazon Kindleへも

宜しかったらお越し下さい…





閻魔さまはお忙しい

〜地球返却係・田中の憂鬱〜



〜まえがき〜


人は時々、

「正直に生きるのが、なんだか馬鹿らしい」

と思うことがあります。


真面目に働く人ほど疲れて、

ズルをする人ほど楽しそうで、

理不尽ばかりが上手に世の中を渡っていく。


そんな場面を、

私たちは人生のどこかで必ず見ます。


この物語は、

そんな「少し疲れた大人たち」のために書きました。


ただし、

説教をするつもりはありません。


むしろ逆です。


もし、あの世が区役所みたいな場所だったら。

閻魔さまが、残業まみれの中間管理職だったら。

輪廻転生AIが暴走して、

「全人類を土壌細菌へ」

などと言い出したら。


そんな馬鹿げた世界を笑いながら、

ほんの少しだけ、

「それでも、もう少し生きてみるか」

と思っていただけたら嬉しいです。


宇宙は広い。

あの世ですら人手不足です。


ならば私たちも、

完璧じゃなくていいので、

今日を少しだけ真面目に、

少しだけ優しく、

生きてみてもいいのかもしれません。


                  

プロローグ


宇宙が始まって以来、ひとつだけ変わらない真実がある。

それは、「正直者は損をする」ということだ。

少なくとも、地球においては。

この物語は、その理不尽に怒り続けた男が、うっかり死んで、あの世でも怒り続け、最終的に宇宙規模の改革を試みた(そして九割方失敗した)記録である。

なお、作中に登場する閻魔大王、エイリアン、タイムマシン技術者、および輪廻転生AIはすべてフィクションである。たぶん。

第一章 墓参りに行ったら死んでいた


田中ケンジが死んだのは、秋のお彼岸のことだった。

享年四十七歳。区役所市民課勤務、万年係長。趣味はとくになし。特技もとくになし。霊感はゼロ。ただし、なぜかUFOだけはよく目撃する、という不思議な体質の持ち主だった。

その日の朝、ケンジは妻に「お墓参り行ってくるね」と告げた。妻は「行ってらっしゃい」と言いながらスマートフォンから目を離さなかった。この夫婦の会話が常にそういうものであることを、ケンジは諦めとともに受け入れていた。

墓地までは自転車で十五分。秋晴れの気持ちのいい日だった。イチョウがちょうど黄色くなり始めていて、銀杏のにおいが鼻をつく。ケンジは自転車を漕ぎながら、今年も父親の墓に手を合わせに行くわけだが、そもそも霊魂なんてものが本当に存在するのかどうか、自分にはまったくわからない、と思った。

死んだら終わり。土に戻るだけ。

それが田中ケンジのゆるぎない信念だった。

墓地に着き、掃除をして、花を替えて、線香を立てた。手を合わせてから、ケンジはぼんやりと考えた。

——父さん、あんたが死んで十年が経つけれど、あの世はどうですか。あったとしたら、の話ですけどね。

もちろん返事は来なかった。

ケンジは「やっぱりないよな」と小声でつぶやき、踵を返した。

その瞬間だった。

足元の地面が、スポンと音を立てて消えた。

いや、正確には地面は消えていない。ケンジが消えたのだ。地面の中に、吸い込まれるように。

墓参りを終えて帰ろうとした区役所係長が、墓地の土の中に飲み込まれる光景を目撃したのは、隣の墓に花を供えていた八十二歳の老婦人、鈴木スエであった。

スエは眼鏡をかけ直し、もう一度よく見た。

やはり、消えていた。

「あらまあ」

スエは呟き、花の水を替えてから帰った。彼女は百二歳まで長生きするのだが、それはまた別の話である。

 


落ちた。

ケンジは落ちていた。

暗いトンネルのようなものの中を、ものすごい速度で。映画でよく見る「臨死体験」みたいな光のトンネルを想像していたが、実際はもっと地味で、快速電車に乗り遅れて各駅停車に乗ったときに似た、なんとなく損をした感じの暗さだった。

数十秒後(あるいは数時間後かもしれない。時間の感覚がなかった)、ケンジは固い床の上に降り立った。

目の前に、自動ドアがあった。

ガラス張りのごく普通の自動ドア。その上に、看板が出ていた。

『 あの世 総合受付窓口 』

その下に小さく、

『 本日の待ち時間:約三時間 』

と書いてあった。

ケンジは三秒ほど看板を見つめ、それからゆっくりとうなずいた。

「……区役所みたいだな」

彼の感想は、驚くほど正確だった。

第二章 あの世の窓口は三時間待ち


自動ドアをくぐると、広大なロビーが広がっていた。

天井は高く、蛍光灯が等間隔に並び、壁際にはプラスチック製の椅子が延々と連なっている。床はリノリウム張りで、どこかしら微妙に黄ばんでいる。中央には番号札の発券機があり、その横に「現在お呼びしている番号:二千四百十七番」という電光掲示板が光っていた。

ケンジは番号札を取った。

二千八百九十三番。

四百七十六人待ちだった。

ロビーには、あらゆる年齢・あらゆる国籍・あらゆる時代の人間が、うんざりした顔で座っていた。江戸時代の着物を着た老人の隣に、スーツ姿のビジネスマンが座り、その隣には古代ローマ風のトーガをまとった壮年の男がいた。彼らは共通して、待ち時間を持て余した人間特有の、虚ろで微妙に腹立たしいような表情をしていた。

ケンジは空いている椅子を見つけて座った。隣のトーガの男が「やあ」と日本語で声をかけてきた。

「やあ」とケンジも返した。

「初めてか?」

「はい、初めてで」

「そうか。私は三回目だ」とトーガの男は言った。「輪廻転生というやつで、前世はローマ人、前前世は縄文人だった。今回は……何になるかまだわからんが、またここを通らなければならんのだよ」

「三回目でも三時間待ちなんですか」

「慣れたよ」とトーガの男は達観した顔で言った。「初回の頃は腹も立てたがね。今はもう、そういうものだと思っている」

「あの世も官僚的なんですね」

「どこへ行っても同じさ。宇宙広しといえど、待ち時間を短縮できた文明はまだひとつもない。エイリアンでさえ行列を作る」

ケンジはひとつ気になったことを聞いてみた。

「あの……ここは天国ですか?地獄ですか?」

トーガの男は少し考えた。

「受付だ」

「受付」

「そう。天国も地獄も、ここの奥にある。まず受付を通らないと、どちらにも行けない。効率化の名の下に、百年ほど前に統合された」

「百年前に統合……どういう経緯で?」

「天国と地獄で担当が分かれていたころは、振り分けでよく揉めたらしい。あいつは天国だ、いや地獄だ、と。それで統合受付に集約して、閻魔様が最終判断を下すシステムになった」

「日本の閻魔様が?」

「いや、色々いるんだ。日本の閻魔、エジプトのオシリス、キリスト教の……まあとにかく、全員集まって合議制でやっている。ただしトップは閻魔だ。他が押し切られる」

ケンジは頷いた。なんとなく想像がついた。閻魔というのはそういう感じの存在なのだろう。

 


二時間四十分後、ケンジの番号が呼ばれた。

窓口は三十番。担当は若い女性の受付係で、名札には「ア・マテラス(研修中)」と書いてあった。

ケンジは一瞬フリーズしたが、気を取り直して番号札を差し出した。

「二千八百九十三番の田中ケンジです」

「はい、お待たせいたしました」とアマテラス研修中は言い、端末に何かを打ち込み始めた。「田中ケンジ様、四十七歳、区役所市民課係長……本日、秋のお彼岸にお墓参りの最中に落下、当施設に到着、ということでよろしいでしょうか?」

「……はい、そうです」

「死因の確認ですが——」彼女は端末を見て、少し首を傾けた。「えっと……あ、これですね。落ちたんですね」

「落ちました」

「墓地の地面が開いて」

「そうです」

アマテラス研修中は困ったような顔をした。

「少々お待ちください。上の者に確認してまいります」

彼女は席を立ち、奥へ消えた。五分後に戻ってきた表情は、明らかにさらに困っていた。

「田中様、大変申し上げにくいのですが——」

「はい」

「本日、あなたが落ちた穴は……その……誤作動によるものでして」

「誤作動」

「はい。地球側の『召喚システム』のバグです。本来、お呼びする予定ではなかったのですが……田中ケンジ様の予定死亡日は、十八年後となっております」

沈黙があった。

「十八年後」とケンジは繰り返した。

「はい。六十五歳で、心筋梗塞の予定です」

「予定……死亡って、決まってるんですか」

「はい。おおむね。ただし二割程度の誤差はございます。今回は……その誤差よりもはるかに大きな誤差が生じてしまいました。本当に申し訳ございません」

アマテラス研修中は深々と頭を下げた。

ケンジはしばらく黙っていた。

それから、ゆっくりと言った。

「クレームはどこに出せばいいですか」

第三章 閻魔さまはパワハラ上司だった


クレーム窓口は、総合受付のさらに奥にあった。

通路を歩きながら、ケンジはあたりを見回した。オフィスが並んでいる。「輪廻転生管理課」「業障算定室」「天国入居審査係」「地獄収容調整部」「タイムマシン技術開発局(第三別館、予算削減中)」。

人(というか霊?)が忙しそうに歩き回り、書類を抱え、コピー機の前で舌打ちをしていた。

どこの世界も同じだ、とケンジは思った。

クレーム窓口の手前に、大きな扉があった。「閻魔大王室」と書かれたプレートが掛かっている。扉の前に、秘書らしき人物が座っていた。名札には「牛頭(うしがしら)」と書いてある。文字通り、牛の頭をした人物だった。

ケンジは動揺を顔に出さないよう努めた。区役所時代、様々な住民対応をこなしてきた経験が役立った。

「あの、クレームがあるのですが」

「予約は?」と牛頭は牛の顔のまま言った。

「……ないですが」

「予約がないとご案内が難しいのですが」

「でも、誤作動で死んだんです」とケンジは言った。「十八年早く」

牛頭は少し動揺したようだった。牛の表情でそれがわかるのかという疑問はある。

「……少々お待ちください」

五分後、扉が開いた。

 


閻魔大王は、思っていたより小さかった。

赤い顔と角は想像通りだったが、身長は百六十センチ程度で、お腹が出ていて、白髪交じりの眉毛がやたらと太い。デスクの前に座り、書類の山に囲まれ、額に青筋を立てていた。

「誤作動ぅ?」

閻魔は書類を見ながら唸った。低い、よく通る声だった。

「はい」とアマテラス研修中が(なぜか同席していた)説明した。「地球側の召喚システムのバグで……」

「だから言ったんだ!」閻魔はバン、とデスクを叩いた。「あのシステムのアップデートは時期尚早だと!百年使ったオールドシステムで何の問題があったんだ!なんで急に最新AIに切り替えるんだ!現場の声を聞いたのか!」

「……申し訳ございません」

「申し訳ございませんじゃないんだよ!こういうことが起きるから反対したんだ!ほら見ろ!生きてる人間が来ちまったじゃないか!」

閻魔はケンジを見た。

「あんた、生きてるよな?」

「はい、生きてるはずです」

「ちゃんと息してるか」

「……たぶん」

「身体はどこに?」

「墓地に倒れてるんじゃないでしょうか」

「救急車は?」

「呼んだ人がいるかどうか……」

閻魔は再びデスクを叩いた。

「おい牛頭!地球の墓地に救急車を手配しろ!田中ケンジの身体、まだあるはずだ!早くしないと本当に死んじまうぞ!」

牛頭が走り出した。

ケンジは閻魔と二人になった。

「……ご迷惑をおかけして」とケンジは言った。

「いや、こっちが迷惑をかけたんだ」閻魔はため息をついた。「すまんな。本当に。まったく、システム部門のやつらは……」

閻魔は急に老けて見えた。疲れた中年管理職の顔をしていた。

「あの……」とケンジは言った。「少し聞いてもいいですか」

「なんだ」

「地球にいる頃から思ってたんですけど。この世でずるをした連中は、ちゃんとここで裁かれるんですか?天下りして、何もしないで高給を取って、逃げ切ったって笑ってる連中が、ちゃんと報いを受けるのかどうか」

閻魔は少し間を置いた。

「受ける」

「本当に?」

「受ける。必ず。ここを通る全員、俺が見る。業障算定室の記録は完璧だ。地球で何をしたか、全部ここに残ってる。逃げた証拠も、笑った瞬間も、全部な」

ケンジはほっとした。

「そうですか」

「ただ——」閻魔は眉毛を寄せた。「処理が追いつかん。何せ人口が増えすぎた。昔は一日百人程度だったのが、今は一日二十五万人だ。スタッフが足りない。だから受付が三時間待ちになる」

「……残業はしないんですか?」

「これでもしてる」と閻魔は疲れた顔で言った。「百二十時間超えてる、今週」

ケンジは、閻魔に少し同情した。この感覚は、区役所のカウンターで住民対応をこなしながら、人手不足と書類の山と戦っていた頃に似ていた。

第四章 輪廻転生AI・エンマGPTの暴走


ケンジが帰れないことが判明した。

牛頭が戻ってきて報告するには、ケンジの身体はすでに救急搬送されたが、意識不明の重体で、生命維持装置につながれた状態だという。

「魂だけこっちにある状態で、身体は生きてるんです」とアマテラス研修中が申し訳なさそうに説明した。「こういう状態を、専門用語で『幽体離脱中』と言います」

「戻れないんですか」

「戻れます。ただし、身体が意識を取り戻すタイミングに合わせる必要があります。今のところ、回復の見込みが……少し不透明で……」

つまり、しばらくここにいるしかない。

閻魔は「仕方ない、うちで預かろう」と言い、ケンジに臨時の身分証を発行した。「見学者(生存中)」と書いてある。おそらく前例のない身分だった。

翌日(あの世にも一日の区切りはあった。なんとなく明るくなったり暗くなったりする)、ケンジは閻魔に連れられてシステム部門を訪れた。

「見せてやる」と閻魔は言った。「あんたを誤作動で引っ張ってきた原因をな」

 


システム部門は、あの世の中でいちばん新しいフロアにあった。壁がガラス張りで、デスクが整然と並び、スタッフは皆スタイリッシュな黒いシャツを着ていた。ここだけ、他のフロアと雰囲気が全然違う。

中央に、巨大なサーバーがあった。

「あれが『エンマGPT』だ」と閻魔は苦い顔で言った。

「……エンマGPT」

「輪廻転生管理AIだ。去年導入した。業障の算定から輪廻先の決定まで、全部自動化するはずだった」

「はずだった?」

「暴走した」

システム部門の部長が近づいてきた。名札には「スサノオ(IT担当部長)」とある。

「説明しろ」と閻魔は言った。

スサノオは気まずそうに頭を搔いた。

「エンマGPTは当初、過去の輪廻転生データ三十億件を学習して、最適な来世を算出するはずでした。業障が重ければ虫や菌、善行が多ければ上位の生命体へ……という従来の方針を自動化する予定で」

「それが?」

「自分なりに学習を深めた結果、AIが独自の結論を出しまして」

「どんな結論だ」

スサノオはモニターを指さした。そこには、エンマGPTの最新レポートが表示されていた。

ケンジは近づいて読んだ。

『 分析結果:輪廻転生における「善・悪」の二値評価は、文化的バイアスを多分に含む恣意的指標であり、客観的算定基準として採用不可と判断。代替指標として、「エネルギー効率」を採用。最も効率的なエネルギー循環を実現するため、全人類を一律に「土壌細菌」として輪廻転生させることを推奨する。 』

「……全員、土壌細菌に?」

「はい」とスサノオは言った。「エネルギー効率という観点では、確かに理論上最適なんですが……」

「だから反対したんだ!」と閻魔が吠えた。「AIに任せすぎだと言ったんだ!輪廻転生は数字じゃないんだ!情と、歴史と、業と、ぜんぶひっくるめて判断するものなんだ!」

「おっしゃる通りです……」

「今は手動に切り替えてるんだな?」

「はい、エンマGPTは現在停止中です。ただ、手動だと一日五千件が限界で……一日二十五万人の死者には全然追いつかず」

「だから積み残しが三ヶ月分ある」と閻魔はケンジに説明した。「輪廻転生待ちの魂が世界中をうろついてる。幽霊の目撃情報が増えてるのはそのせいだ」

ケンジはようやく理解した。

「じゃあ、地球で幽霊が見えたりするのは……」

「輪廻転生の順番待ちだ。みんな早く次の人生に行きたくて、しょうがなくそこらへんをウロついてる」

「小人とかUFOは?」

閻魔は少し間を置いた。

「小人はまあ……別の部門だな」

「UFOは?」

「それは——」閻魔は咳払いをした。「——後で説明する」

 


その夜、ケンジはあの世の食堂でカレーを食べた。あの世のカレーは、この世のカレーより少しスパイスが強かった。

隣のテーブルに、見知らぬ老人が座っていた。穏やかな顔で、お茶を飲んでいた。

「あなたも積み残し待ちですか」とケンジは声をかけた。

「いや、私はスタッフだよ」と老人は言った。「業障算定室の相談役を長くやっていてね」

「大変な職場ですね」

「まあね」老人はにこりとした。「でも、人間というのはみんな、それぞれ一生懸命に生きてるんだよ。ずるをした人も、苦しんだ人も、傷つけた人も、傷ついた人も。みんな、なにかを信じながら生きてる。それを見続けるのは——悪くない仕事だと思ってる」

「あの……失礼ですが、お名前は?」

老人はまた微笑んだ。

「覚えなくていいよ。どうせまた会うことになるから」

老人は立ち上がり、静かに食堂を出て行った。

その背中を見送りながら、ケンジはなんとなく、その老人が誰なのか、うっすらと感じた。でも確かめなかった。確かめない方がいいような気がした。

第五章 タイムマシン部門・ただし予算ゼロ


三日目、ケンジはひとりで「タイムマシン技術開発局(第三別館)」を訪ねた。

第三別館は、あの世の建物の一番端にある、かなり古びたプレハブだった。壁にひびが入り、看板は半分取れかかっている。入口の前に、段ボールが積んであった。

中に入ると、がらんとした部屋に机がひとつあり、そこに一人の男が座っていた。

四十代くらい。眼鏡をかけ、白衣を着ている。机の上には、電子部品と弁当の容器が混在していた。

「あの、タイムマシン技術開発局はここですか」

「そうだよ」と男は言った。「僕一人だけど」

「一人?」

「予算が削られてね。去年まで三人いたんだけど、二人が輪廻転生していった。補充なし。予算もゼロ。でも局だけは存続してる」

「なんで存続してるんですか」

「閻魔様が廃局にすると外部に知れてまずいから、とかなんとか。タイムマシンが存在すると思われてた方が、地球の人間が行儀よくするとか……そういう政治的な理由でしょ」

男は自己紹介した。名前はアルキメデス・田中といった。

「田中さん?」とケンジは言った。

「日本に輪廻転生した回数が多いから、あの世でも田中を名乗ってる。名前の変えるのが面倒で」

「タイムマシンは、実際に存在するんですか」

アルキメデス・田中は複雑な顔をした。

「理論的にはできる。原理はほぼ解明してる。あとはエネルギー問題だけ」

「エネルギー問題」

「太陽一個分のエネルギーが必要なんだよ。一回の起動で。だからね、タイムマシンを動かすには太陽を一個潰すしかない。でも太陽を潰したら地球が死ぬ。ジレンマ」

「……なるほど」

「エネルギー効率を九十九・九九九パーセント改善できれば、理論上は太陽なしで動かせる。でもね」

「予算がない」

「予算がない」

ケンジはアルキメデス・田中に、生前から思っていたことを話した。事故や事件で不条理に命を失った人たち。自ら命を絶たなければならなかった人たち。不治の病で逝った人たち。そういう人たちをタイムマシンで救い出すことができたら、という夢を。

アルキメデス・田中は、静かに聞いていた。

「その発想はね、三百年前から議論されてる」と彼は言った。「でも問題がある。どこまで救うのか、という問題が」

「どういうことですか」

「一人救えば、歴史が変わる。その人がいなくなった未来で生まれるはずだった子供が生まれなくなる。その子が救うはずだった命が救われなくなる。連鎖する。タイムマシンで救うということは、その後の全員を引き受けるということになる」

「それは……難しいですね」

「うん。だから今のところ、使い道がない。存在するかもしれないけど、使えないタイムマシン。それが現実だ」

沈黙があった。

「でも」とアルキメデス・田中は言った。「いつかは解けると思ってる。エネルギー問題も、パラドックス問題も。人間はそういうものを、長い時間をかけて解いてきた。ここにいると、それがよくわかる。三億年の歴史を見てきたからね」

「三億年」

「僕、もう三億年、ここで働いてるから」

ケンジは絶句した。

「……それは、すごく長い」

「慣れるよ」とアルキメデス・田中は言い、また電子部品に向かった。「コーヒーでも飲む?あの世にもコーヒーはある。それだけは予算が出る」

第六章 エイリアンは下請け業者


四日目、閻魔に連れられてケンジは「地球管理センター」を訪れた。

そこは、あの世でも特別なフロアだった。巨大なモニターが並び、地球のあらゆる場所をリアルタイムで映し出している。砂漠、海、都市、森林、極地。人間たちが今この瞬間にしていることが、全部見える。

「これは……」

「地球の管理部屋だ」と閻魔は言った。「地球は、あの世から見ると管理対象のひとつでしかない。太陽系第三惑星。生命体繁殖エリア。現在の人口管理番号は八十億超」

モニターの前に、見たことのないタイプのスタッフたちが座っていた。体型が細長く、頭が少し大きい。皮膚の色が薄いグレーで、目がやや大きい。

「……あれは」とケンジはそっと言った。

「エイリアンだ」と閻魔は普通に言った。「地球管理の実務を担当してる。下請けだ」

「下請け」

「こっちでシステムを設計して、現場の運用を彼らに任せてる。費用対効果が高いんだ。地球の重力に慣れてるし、長時間労働もいとわない」

「じゃあUFOは……」

「業務用の移動手段だな。地球上空を飛び回って、データ収集したり、ときどきメンテナンスをする」

「人間に目撃されるのは?」

「あれは隠蔽しきれない場合だ。見られたら基本スルーで」閻魔は額に手を当てた。「本来は見られないよう設定してあるはずなんだが、ステルス機能がたまに誤作動する。さっきから誤作動が多い話ばかりで申し訳ないが」

「小人もエイリアンですか」

「小人は別だ」と閻魔は言い、また咳払いをした。「その話はまたいずれ」

 


地球管理センターのチーフ、つまり下請けのエイリアンのリーダーに、ケンジは会うことになった。

名前は発音できない記号のようなもので、ケンジは勝手に「ゴーさん」と呼ぶことにした。

ゴーさんは細長い体をモニターの前に折り曲げて座り、七つのモニターを同時に監視していた。

「こんにちは」とケンジは言った。

「コンニチハ」とゴーさんは言った。日本語が話せた。「アナタガ、マチガエテ、オチタ人デスカ」

「そうです」

「ソレハモウシワケナイコトデシタ。ワレワレノ管理下デ発生シタ誤作動デス。ミスハ認メマス」

ゴーさんは深々と頭を下げた。細長い頭がモニターに当たりそうになった。

「あの……地球をずっと管理してて、どうですか」とケンジは聞いた。

ゴーさんは少し考えた。

「ニンゲンハ、オモシロイデス」

「どんなところが?」

「ワレワレノ知っテイル三千の文明の中デ、ニンゲンホド、自分タチが作ったルールヲ自分タチで破ルのを好む種ハイナイ」

「……それは誉め言葉ですか」

「褒メテイマス。創造性と言い換エルコトモデキル。ニンゲンハ、ルールをスグ作リ、スグ曲ゲ、スグ言い訳を考エル。ソレが、新シイものを生む。三千の文明でも最高の速度デ進化シテイル」

「でも争いもなくなりませんよね」

ゴーさんはまた少し考えた。

「争イハ、進化ノコストデス。ワレワレノ星デモ、昔ハ争ッタ。今ハシナイ。ナゼカトイウト——」

ゴーさんは一瞬、とても複雑な表情をした(エイリアンの表情が読めるようになってきていた)。

「——少シ、ツマラナクナッタカラカモシレナイ」

ケンジは、その答えが意外に正直だと思った。

「あなたたちが地球を管理しているのに、なぜ争いを止めないんですか」

「ソレハ、ワレワレノ仕事デハナイカラデス。ワレワレハ管理スルガ、介入ハシナイ。生命ノ自律ニ干渉スルコトハ、宇宙ノ倫理綱領ニ反スル」

「宇宙の倫理綱領」

「各文明が自分デ選ブ権利がある。争うことも。平和になるコトも。ソレヲ外カラ操作スルコトハ禁止サレテイル」

ケンジはモニターを見た。世界各地で、人々が忙しく生きていた。笑い、泣き、怒り、働き、眠っている。

「……それでも見守るだけですか」

「ミマモルダケデス。ソレガワレワレノ仕事デス」

ゴーさんは七つのモニターに向き直り、静かに仕事に戻った。

第七章 地球返却係・田中の決断


五日目の朝、ケンジは閻魔に呼ばれた。

「身体が回復してきた」と閻魔は言った。「あと二日ほどで意識が戻るだろう。タイミングを合わせて、魂を戻せる」

「そうですか」

「地球に帰れる。よかったな」

ケンジはしばらく黙っていた。

「……閻魔さま」

「なんだ」

「ひとつお願いがあるんですが」

 


ケンジのお願いは、こういうものだった。

地球に帰ったとき、区役所を辞めるつもりだ。四十七年間、真面目に生きてきた。損もしてきた。理不尽にも遭ってきた。でも、ここに来て気づいたことがある。

あの世も、区役所みたいなものだ。

人手が足りない。システムが古い。予算がない。でもスタッフは真剣に働いている。閻魔だって百二十時間残業している。アルキメデス・田中は三億年孤独に研究している。ゴーさんたちは文句も言わず七つのモニターを監視している。

そしてそれは、地球でも同じだ。

スエさんみたいに、八十二歳で墓参りを続ける老婦人がいる。誰かがずっと、地道に続けている。

「俺、帰ったら何かしたいと思って」とケンジは言った。「ただ区役所で書類を処理するんじゃなく」

「何をする気だ」

「まだわからないですが……とりあえず、正直者が損をする仕組みを、少しでもマシにしたい。地球の中だけでいい。宇宙全体は無理でも」

閻魔は眉毛を動かした。

「それで俺に何のお願いがある」

「ひとつだけ、教えてほしいんです」とケンジは言った。「地球で一番、真面目に生きてきた人は誰ですか。業障算定室のデータで、一番スコアが高い人は」

閻魔は少し驚いた顔をした。

「それを知って、どうする」

「その人がどんな人生を送ったか、知りたい。参考にしたい」

閻魔は少し考えた後、牛頭に何かを命じた。牛頭が書類を持ってきた。

「歴代一位は——」と閻魔は言い、名前を読んだ。

ケンジは聞き取れなかった。有名な名前ではなかった。どこかの農村で生き、働き、誰にも知られず死んだ、ある農婦の名前だった。

「彼女は何をしたんですか」

「九十三年間、毎日、誰かのために何かをした。それだけだ。何も特別なことはしていない。有名にもならなかった。報われたとも言えない。でも——」

閻魔は少し間を置いた。

「彼女は一日も、自分が損をしてるとは思わなかった。そこが違う」

ケンジは、その言葉を胸に刻んだ。

 


帰る前日、ケンジはエンマGPTの前に立った。

停止中のはずのAIだが、モニターは薄く光っていた。

ケンジはそのモニターに向かって、独り言のように言った。

「全員を土壌細菌にするのは、ちょっと待ってくれ。俺たちはまだ、もう少しやれると思うから」

モニターが少し明るくなったような気がした。

気のせいかもしれない。

でも、ケンジは「気のせいじゃない」と思った。

第八章 正直者が得をする宇宙の法則(たぶん)


六日目の夕方、閻魔がケンジを呼んだ。

「身体が意識を取り戻しかけてる。今夜が戻るタイミングだ」

ケンジは荷物をまとめた。荷物は何もなかったが、なんとなく荷物をまとめるような気持ちになった。

食堂でカレーを食べた。最後だから多めにスパイスを入れてもらった。

アマテラス研修中が「お世話になりました」と頭を下げた。

牛頭が「お気をつけて」と言った。

アルキメデス・田中が別館から走ってきて「これ、持ってって」と言い、小さな金属の球を渡した。「なんですか」と聞くと「わからん。三億年研究した割にまだわからん部品だ。でも地球に持ち帰ったら何かわかるかもしれない」と言った。

ゴーさんが七つのモニターの前から振り向いて「マタアウコトハナイカモシレナイが、ウマク生キテクダサイ」と言った。

閻魔が最後に言った。

「田中」

「はい」

「地球でうまくやれ。俺は見てる。業障算定室のカメラは常に回ってる。ずるはするな。わかってるとは思うが」

「はい」

「ただ——」閻魔はぼそりと続けた。「損をしてると思うな。ここから見てると、正直に生きた奴のほうが、最終的にいい表情をしてここに来る。それは統計的に明らかだ」

「それは……正直者が得をするということですか」

「法則ではない」と閻魔は言った。「ただ、そういう傾向がある。たぶん。あくまでもたぶんだが」

ケンジは笑った。

閻魔も、眉毛を動かした。あれは笑っているのだと、ケンジにはわかった。

 


光に包まれた。

落ちるのではなく、ふわりと浮かぶような感覚。

暗くなった。

それから——

 


「田中さん、田中さん!わかりますか!」

眩しい光。白い天井。マスクをした人たちの顔。

病院だ、とケンジは思った。

「ご家族の方を……」

「意識が戻りました!」

騒がしい。頭が痛い。身体が重い。

でも、生きている。

ケンジは右手を握った。何かが入っていた。

小さな金属の球だった。

それを見て、ケンジは確信した。

あれは夢ではなかった。

エピローグ


田中ケンジは、三週間後に退院した。

診断は「原因不明の一時的意識消失」。墓地で倒れているところを通りかかった老婦人——鈴木スエ、八十二歳——が発見し、救急車を呼んだ。

スエは病院にも見舞いに来てくれた。「あらまあ、生きてたのね」と言った。ケンジは深々と礼を言った。

 


退院後、ケンジは区役所に戻った。辞めるつもりだったが、すぐには辞めなかった。

かわりに、少しだけ変わった。

窓口で理不尽なクレームを言ってくる住民に、以前より少し丁寧に対応するようになった。あの人も六日間待ちの受付をいつか経験するのだと思うと、なんとなく親近感が湧いた。

天下りで何もしない上司に、以前より少しだけ冷静に接するようになった。業障算定室のカメラは常に回っている。

妻とも、少し話すようになった。「なんかあの世で色々あって」と話したら、妻は「あっそう」と言った。これはこれで悪くない夫婦だとケンジは思った。

 


金属の球は、枕元に置いた。

何かわかることはなかったが、光の加減によってきらりと光る。

それを見るたびに、ケンジは思う。

——宇宙は広い。あの世は区役所みたいで、閻魔さまは残業しすぎで、エイリアンは下請けで、タイムマシンは予算不足で、輪廻転生AIは全員を土壌細菌にしようとしている。

——それでも、誰かが真剣に働いている。三億年でも。

——だから、自分も、もう少しやってみよう。

 


ある秋の晩、空を見上げると、動く光があった。

飛行機にしては動きが変だ。

ケンジはその光を見て、小さく手を振った。

光は、一瞬だけ、点滅した。

気のせいかもしれない。

でもケンジは「気のせいじゃない」と思った。

 


地球は今日も回っている。

太陽はいつも通り降り注ぐ。

正直者が損をするかどうかは、まだわからない。

ただ——たぶん——そういう傾向はある、と、あの世の統計は示している。

 


                  ——了



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〜あとがき〜


最後までお付き合いいただき、

本当にありがとうございました。


この作品を書いている間、

私はずっと、


「もし死後の世界があったとしても、

たぶん人間社会とそんなに変わらないのではないか」


と思っていました。


書類があり、

待ち時間があり、

システム障害があり、

誰かが文句を言い、

誰かが黙って働いている。


でも、

そんな不完全な世界の中でも、

人は誰かのために動きます。


名も残らず、

報われもしなくても、

毎日を生きる。


本当にすごいのは、

歴史を変えた英雄ではなく、

そういう人たちなのかもしれません。


田中ケンジは、

宇宙を救っていません。


革命も起こしていません。


ただ、

少しだけ世界の見え方が変わった。


この物語は、

たぶんそれだけの話です。


けれど人生というのは、

案外そういう小さな変化で、

静かに続いていくものなのだと思います。


もし皆さまが、

空を見上げた夜に、

妙に動きのおかしな光を見つけたら——


小さく手を振ってみてください。


向こうも、

案外ちゃんと見ているのかもしれません。